●リプレイ本文
●極東ロシア〜ウダーチヌイ
「まさかラインホールドの中に入るなんて」
尻餅をついた様な状態で擱座し、それでもなお超高層ビル並みの高さで屹立する人型巨大要塞の残骸を見上げ、柊 理(
ga8731)はふと何ともいえぬ無常観にとらわれた。
「不沈艦とも揶揄された巨大な遺物、こうして見ると何だか物悲しくも見えます‥‥」
一方、その傍らでブレイズ・カーディナル(
ga1851)が腹立たしげに怒鳴る。
「動いてるときは被害を振りまく厄介な存在だったが‥‥止まった後は今度はトラップか! 本当に手間かけさせてくれるな、このラインホールドってのは!」
まさにその言葉通り。LH内部で「ブービートラップ」として孵化した無数のキメラに対処するため、周囲には完全武装のUPC軍が非常警戒線を張り、再び大規模作戦が始まったかの様な騒ぎとなっている。
キメラどもが外部に溢れ出せばそれこそ一大事であるし、そして内部に閉じこめられた調査隊員達の救助も一刻を争う事態だ。
「倒れても尚抗うか‥‥」
戦死したバグア司令官、バークレーの怨念が未だ息づいているかのごとき巨人の骸を見上げる白鐘剣一郎(
ga0184)の表情は険しい。
「いいねぇ、何かワクワクするじゃないか。こういう冒険みたいなのも悪くないね。只戦ってるよりイイよ」
不敵に笑うエクセレント秋那(
ga0027)。だが間もなく、やや心配そうに剣一郎の方を見やった。
今回遭難した複数の調査隊のうち、秋那達の部隊が救出を担当するのは未来研から派遣されたナタリア・アルテミエフ(gz0012)(ナタリア・シロガネ)を団長とする1隊。そしてナタリアは剣一郎の妻でもある。
(「無茶しなきゃいいけどね。内心じゃ全く焦っていないと言ったら嘘になるだろうし、冷静に振舞おうとするタイプだから余計にねぇ」)
「秋那さん、これを‥‥」
剣一郎や秋那と同じく【ペガサス分隊】隊員のみづほ(ga6115)が、持参したスパークマシンαを手渡した。
「ああ、すまないね」
みづほ自身は直接LH内に入らないが、外で待機し負傷者のため医療器具や人員を手配するのが彼女の役目だ。
「ナタリアさん‥‥どうかご無事で」
「久し振りの仕事で中々面白い事態ッスからね、気合入れて行くッス」
やはり同小隊員のエスター(
ga0149)も、アサルトライフルの点検に余念がない。
「ペガサス分隊が集まってると思ったら‥‥なるほど、ね」
救出作戦を共にするシャロン・エイヴァリー(
ga1843)が納得したように呟いた。
彼女自身はUPC本部のオペレーター室から飛び出そうとしたヒマリア・ジュピトル(gz0029)の大声を聞きつけ、事情を聞いて依頼への参加を決めたのだ。
大規模作戦時はLH内部にも入っているため、初見よりは内部の様子にも通じている。
「そうか剣一郎とナタリアは夫婦なのか‥‥」
ブレイズもまた事情を察して頷いた。
「じゃあ祝いの言葉でも送るか。もちろん‥‥二人が揃ってあそこから出た後で、な」
「――では、そろそろ参りましょうか」
櫻小路・あやめ(
ga8899)の言葉に促され、一同は各自の武器・装備を背負って巨人の残骸目指して歩き出した。
「まぁ、無理だろうけど、あんまり気負いなさんな」
「ああ。‥‥いずれにせよ時間との勝負だ。迅速確実に行こう」
秋那からポンと肩を叩かれ、微笑する剣一郎。しかしその目には固い決意の光があった。
●ラインホールド内部
G4弾頭の高熱で黒く焼け焦げたLHの巨体には、UK弐番艦のドリル突撃によるものを始め、何カ所かの被弾孔が開いている。調査隊はそこに足場と梯子を組んで入り込んだのだが、傭兵達もその1つを使いLH内部へと侵入した。
「なるほど、思ったほどは寒くないな」
巨人の「体内」へ一歩踏み込み、剣一郎がいった。
外の寒風が遮られる事、また内部の動力源がまだ一部生きているせいか、LH内部は不気味なほど生温かかった。
およそ3mほどの幅を持つ通路は薄暗くやや傾いているものの、非常灯として機能していたらしい一部の光源が残っているので、暗視スコープなしでも行動できる程度の明るさがある。
感覚としては小中学校の廊下よりやや広いくらい。傭兵達は2列縦隊を組み、UPCから提供された内部見取り図に従い慎重に移動を開始した。
・基本隊列(←進行方向)
白鐘・ブレイズ・抹竹(
gb1405)・シャロン
櫻小路・秋那・エスター・柊
列の前後にエキスパートのあやめと理を配置。何処にキメラやその他のトラップが潜んでいるか判らぬLH内部で、2人の「探査の眼」は貴重なスキルだ。さらに理が「GooDLuck」を発動、敵の不意打ちや事故に備える。
「まずは調査隊と迅速に合流したいものだな」
小銃「シエルクライン」を構えた抹竹が、側壁や天井を警戒しつついう。
幸いナタリア班の調査担当ブロックは判っているので、地図を辿っていけば片道30分くらいで到達できるはずだ――何事もなければの話だが。
「トラップかあ‥‥」
シャロンの脳裏に、通路一杯の巨石が転がってくる光景が過ぎる。
(「昔の映画にあったわよね、そういうシーン‥‥タイトル忘れちゃったけど」)
ウイィ――ン‥‥と遠くから微かに響いてくる動力音が、戦死した両軍兵士達の啼き声の様にも聞こえるが、そんな感傷に浸っていられるのもごく僅かの事だった。
内部へ侵入して数十mも行かないうち、通路の奥から甲虫を思わせるキメラ3匹が現れたのだ。
体長は50cm余り。ぬらぬらと粘液を引いている所からみて、まだ孵化して間もない様だが、それにも拘わらず羽根を広げて空中から襲いかかってきた。
「湧いて出たな‥‥正面は俺が。脇に出たヤツは頼むぞ」
事前にあやめから警告を受けた傭兵達は、隊列を組み替え剣一郎・秋那が前面に立つ形で戦闘態勢を取った。
「天都神影流・斬鋼閃っ!」
剣一郎の月詠が一閃し、ダメージを受けたキメラ1匹に秋那のロエティシアがとどめを刺す。
さらに前列の突破を図る2匹をあやめの血桜、ブレイズのガラティーンが迎え撃つ。
「エスター! 1匹抜けたわ!」
同じくガラティーンを振るいつつ、シャロンは後列のスナイパーに声をかけた。
「気分はダンジョンエクスプローラッスね!」
狭い場所故、味方への誤射や跳弾に注意しつつ、エスターのアサルトライフルが火を噴く。
抹竹と理もそれぞれ銃火を浴びせ、一行は3匹のキメラの息の根を止めた。
だがまだまだ序の口。それから10mも進まぬうち、新手の昆虫型キメラが複数襲ってくる。強さはさほどでないものの、相当数がLH内部を徘徊している様だ。
「しっかし、連中どこからわいて出てんだかな‥‥」
接近してきた小型キメラを蛇剋で串刺しにし、思わずぼやく抹竹。
敵はキメラだけではない。
「待って。斜め向かいの壁の中に――」
理の指摘で立ち止まった剣一郎が肩口のベルトに固定した【OR】ハイパワーハンドライトで照らすと、何やら装置らしいものが壁に埋め込まれていた。
「破壊しましょうか?」
「いや、こういういかにもフラグっぽいのは下手に触らない方がいいっス」
などと話し合っていると、ズシンッと音を立てて目の前の通路に隔壁が降りた。
おそらくは対人センサー。気づかず通過していれば、危うく押し潰されている所だ。
「この仕掛け、何とか解除できないか?」
地図と見比べつつ、剣一郎は仲間に相談した。調査隊のいるブロックへの最短ルートがこの通路なのだ。
理とあやめが改めて探査の眼で探ったが、隔壁自体にトラップは仕込まれていない。
そこでブレイズとシャロン、2人のファイターが豪力発現で筋力を高め、力一杯隔壁を持ち上げた。
「せーの!」
ズズズ‥‥未知の金属で出来た重い壁がいくらか動き、何とか人間が伏せて通れる程度のスペースが開く。
「‥‥ふぅ。‥‥って、何で皆黙っちゃうのよっ」
半ば感心、半ば驚きの視線で見守る仲間達に、つい赤面して抗議するシャロン。
キメラ同様、この種のトラップはほぼ十数mおきの間隔で仕掛けられていた。
床の落とし穴や天井からいきなり降りてくる隔壁の様な単純なトラップから、挙げ句は通過した後で通路の位置そのものが変わる程の大仕掛けなものまで。
しかし自艦が占領された際に備えてこんなトラップ類を用意しているあたり、武闘派司令官の印象が強いバークレーも意外に用意周到な性格だったのかもしれない。
帰路のルートがかなり変化する事が予想されたため、あやめとブレイズは手分けしてトラップの位置、ルートの変更点などをなるべく詳しくメモし、帰還用の新たなマップを作成しながら進んだ。
それに加え、理は移動中一定間隔で壁にペイント弾を撃ちマーキングとした。
「急ごう。距離的にはもう少しのはずだ」
いよいよナタリア隊の調査ブロックへと近づき、剣一郎達も足を速めたとき。
正面手前の壁を塞ぐように、体長1mほどのカマキリ型キメラがライトの光に浮かび上がった。
これまで遭遇した奴の中では一番の大物だ。
「図体がでかくたって所詮は『蟷螂の斧』だよ!」
先手必勝と瞬天速のスキルを発動した秋那が先制攻撃を加えると、大カマキリは前肢の鎌を振り上げ、大きくジャンプするや傭兵達に反撃してきた。
「唯一点を狙い撃つ‥‥天都神影流、虚空閃・徹」
ソニックブームと急所突きを同時発動、剣一郎の切っ先から放たれた見えざる刃がキメラの胴体を射抜く。
シャロンがスマッシュの一撃を加え、ブレイズは試作型機械剣のレーザーブレードを実体化させ、光の刃で前肢の1本を斬り飛ばした。
床にへたり込み文字通り虫の息となったキメラの頭部にエスターがライフルの銃口を向け、
「Rest in Peace!!(安らかに眠れ!!)」
零距離射撃で引導を渡した。
キメラが倒れた後、壁を見やるとスライド式のドアが僅かに開き、中から人の声らしき音が聞こえる。
エキスパート2人が安全を確認した後、ブレイズが慎重にドアを開くと――。
そこに白衣の科学者や護衛の兵士、計十名の調査班が部屋の奥で身を寄せ合うようにして座り込んでいた。
「救助に来た。皆、無事か?」
「‥‥剣一郎さんっ!?」
ナタリアが立ち上がって叫んだ。
彼女の白衣と顔は黒く汚れていたが、大きなケガはなさそうだった。
「ご無事ですか!? お待たせしました!」
理が大声で呼びかけると、一般人の調査隊員達もおずおず立ち上がった。
抹竹は小銃を構えて周囲の安全を素早く確認。次いで隊員達に負傷者がいないか確かめる。
ナタリアの話によれば、孵化直後の小型キメラはUPC軍兵士のマグナム・ライフルで何とか駆逐できたものの、後から現れたあの大カマキリに歯が立たず、手近の部屋に逃げ込み今まで籠城していたのだという。その際、兵士や調査スタッフの数名がかなりの深手を負っていた。
「とにかく、みんな命があってよかったよ」
秋那は隊員達に持参のミネラルウォーターを配り、ナタリアにはスパークマシンαを渡した。
「ああ、助かりますわ! 私、自分の超機械をキャンプに置いてきてしまって‥‥」
重傷者には覚醒したナタリアが錬成治療を、その他の軽傷者には抹竹が持ち込んだ救急セットで応急措置を施す。またエマージェンシーキットから取り出した非常食を隊員一同に振る舞った。
傭兵達もナタリアから錬成治療を受け、往路での負傷を回復させる。
その際、あやめはナタリアに尋ねた。
「まだ、新婚と言うのに大変ですね。何か気の毒に思います。‥‥ところで、昆虫の類は大丈夫でしたでしょうか?」
「ええ。私、昆虫は全然平気ですの」
微笑して答えたナタリアは、なぜかひどく遠くを見るような目で付け加えた。
「だってあれには‥‥‥‥触手がありませんもの」
重傷者が何とか歩ける状態まで回復した所で、一同は脱出の支度にかかった。
この近辺のキメラは往路でだいたい片付けたものの、問題はトラップにより外部へのルートが大部変わってしまった事だ。
これについてはあやめとブレイズのマッピング、及び理が壁に残したマーキングなどを頼りに何とか帰る事ができるだろう。
「‥‥ともあれ此処を出よう。俺たちがカバーするので、動ける者は怪我人の補佐を」
「長居は無用、引き上げましょ」
剣一郎やシャロンが一同に呼びかける。調査隊員達は比較的元気な者が負傷者を支え、その周囲を傭兵達が囲む形で、外への出口を目指して移動を開始した。
小一時間の後、ようやく元の破損孔から外へ出た一行を、みづほが手配した救護スタッフが出迎えた。一般人の隊員には毛布をかけてやり、負傷者には治療を、それ以外の者には温かい飲み物や食事を提供する。
周囲を見回すと、同様にして別の傭兵部隊に救助された調査隊員達が救護を受けていた。
本部に問い合わせたところ、迅速な連絡が幸いし、調査隊員の大部分は既にLH内部から救出されたという。
残された問題は、内部に湧いた大量のキメラ群だ。
「この調子じゃ内部の解明もまだ先になりそうですね‥‥」
救出部隊と入れ替わるようにして、今度は「キメラ掃討」を任務とする傭兵や正規軍の部隊が続々とLHの内部に乗り込んでいく光景を見やり、理がため息をもらす。
「良く頑張ったなナタリア。大事が無くて何よりだ‥‥それにみんなも、本当にありがとう」
生還した愛妻を固く抱き締め、剣一郎は仲間達に礼を述べた。
むろんその直後、仲間達からは散々祝福と冷やかしの言葉を浴びる事になったが。
「‥‥」
そんな中、ブレイズはそっと離れると、1人再び巨人の骸へと足を向けた。
キメラ掃討部隊に加わるためである。
少しでも奴らの数を減らせば他の救助班の助けになる。そしてもし調査が続けられるのであれば、倒さなければならない敵だからだ。
(「‥‥個人的には調査は続けてもらいたいと思うし。さすがに‥‥ヨリシロにされた人を助けられる可能性なんてのは高望みしすぎだろうけど‥‥」)
たとえそうであっても、今後のために何か新しい発見があるなら――。
そう思わずにいられないブレイズであった。
<了>