●リプレイ本文
「あー、何もかもが懐かしいなぁ〜、とそういうわけにもいかないよな。何せ、クビになった人間だからな。俺は」
久しぶりに訪れる新田原基地の敷地を見渡し、大賀 龍一(
ga3786)は苦笑した。
「‥‥こんな形で新田原に戻ってくるとは思わなかったが、やるっきゃねーか」
とりあえず古巣の知り合いに挨拶でも――と思い旧航空自衛隊のUPC軍パイロットたちの待機所へ行こうとしたとき、稲葉 徹二(
ga0163)とブレイズ・カーディナル(
ga1851)が後を追ってきた。
「空自の先輩方に会うんですか? 自分たちもご一緒させてくださいよ」
バグアとの戦闘で失った徹二の父も空自の隊員だった。そしてかつて名誉あるエリートパイロットの象徴だった「イーグルドライバー」たちに、ぜひ挨拶したかったのだ。
「おい、どうした傭兵さん? トイレでも捜してんのかい」
そんな3人に、40代半ばと思しき正規軍パイロットが声をかけてきた。
龍一がかつてこの基地に勤務していたことを告げると、
「気の毒だけど、昔の連中はもう殆ど殉職しちまったぜ。俺にしたって、よその飛行隊から流れてきた身だしなぁ」
手を振ってにべもなくいった後、古参パイロットは改めて龍一の顔を見やり、
「ん? あんた、ひょっとして大賀さんか? 情報流出がどうたらで辞めたっていう」
「いやー、お恥ずかしい。仰る通りです」
「へえ‥‥まさか能力者になってたとはねぇ。羨ましいもんだ」
滑走路に駐機したナイトフォーゲルS−01――空自アグレッサー機と同様の迷彩塗装を施した龍一の愛機を眺め、やや複雑な面持ちで男がいう。
「これからはあいつの時代か‥‥俺のイーグルもすっかり老いぼれちまった。ジェット機時代になった頃の、レシプロ機パイロットの気持ちがよく判るぜ」
「そんな‥‥ここらで奴らに見せ付けてやりましょうよ。地球人の底力って奴を!」
ブレイズが元気づけるように言葉をかけた。
龍一が名前を尋ねると、
「別に名乗るほどのもんじゃねえが‥‥コールサイン『シュライク1』、TACネームは『ゾンビ』ってんだ‥‥3回墜とされて、まだしぶとく生きてるってな」
日焼けした顔に歯を見せて笑うと、男はその場から立ち去った。
「出来うるならば、友軍の被害は可能な限り押さえたくあります‥‥折角8年を生きぬいたベテランを、こんなところで死なせたくはないですね」
去っていく男の背中を身ながら、徹二がぽつりともらした。
ラスト・ホープから新田原基地に派遣された8名の傭兵たちは、2チームに分かれて飛行隊を編成していた。
A班:白鐘剣一郎(
ga0184)(リーダー)
エクセレント秋那(
ga0027)
クレア・フィルネロス(
ga1769)
OZ(
ga4015)
B班:大賀 龍一(リーダー)
稲葉 徹二
ブレイズ・カーディナル
獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)
コールサインは「ルーキー」。
なお敵のジャミング対策として、各班には電子戦偵察機「岩龍」1機ずつが随伴。
「初めての空戦だ。訓練とは違って緊張するねぇ」
KVのコクピット内で出撃の時を待ちながら、秋那がつぶやいた。
元女子プロレスラーである彼女は、初めてリングに上がった日にも似た気分を味わっている。これがまた、慣れると嵌ってしまいそうで怖いという気もしたが。
「ぶっちゃけ、レスラー時代から空中戦ってのは苦手なんだよねぇ。まぁ、やってやるって!」
「(空を守った母なる鷲、偉大なるイーグル。今回の任務では、彼らに最大限の敬意を払いたいんだよー)」
コクピットの中から滑走路に駐機するUPC軍のF−15JGを見つめ、獄門は思っていた。
また別の機内では、クレアが独り静かに目を閉じ、バグアに奪われた婚約者へと思いを馳せている。
「(ついにワームと戦う事ができるのですね。私の大切な人を奪ったバグア、その主力兵器と)」
復讐の為だけに戦うのは浅ましいとも思う。だが今回は、その衝動を抑えられそうになかった。
「倒します‥‥絶対に」
そんな風に感傷に浸る者たちがいる一方で、
「こーいうのは気分が大切だからな‥‥へへへ」
コクピットにスケベな写真を貼りつけ、いつものごとくハイテンションなOZ。
「ケツにブチ込むってなぁ‥‥俺の得意分野だぜぇ、にひひ。終わったら一杯やろうぜ。帰ってこれたらだけどな‥‥へへへ」
間もなく、滑走路の向こうで旧空自のF−15が、そして援軍として東アジア諸国から参加したMig29がメインエンジンを吹かし、次々と滑走路を飛び立っていく。
だが「ルーキー」の傭兵たちにまだ出撃命令は下らない。
彼らを含め、能力者が登場するKV部隊は旧世代機中心に構成された第1次攻撃隊からやや間を置いて出撃する手はずになっている。
有り体にいってしまえば、彼ら先発部隊は春日部基地から飛び立ったバグア軍航空兵力を福岡上空で足止めするための「囮役」にすぎない。
おそらく今回の大規模作戦で殆どの旧世代機は失われるだろう。これから先はナイトフォーゲルに代表される、SES兵器搭載の空陸万能型戦闘機が対バグア戦闘の主役となる。
かつて空の王者として君臨したイーグルドライバーたち――彼らはそれを知りつつも、なお最後の宴を謳歌するごとく蒼空へ駆け上っていった。
そして30分後――いよいよ「ルーキー」他のKV部隊にも出撃命令が下された。
新田原基地から離陸後、一気に高度6千mまで上昇し、阿蘇山を遙か眼下に見下ろしながら北西に向かう。左手には佐世保と大村から上がった友軍機の大編隊も見えた。
いったいどこからかき集めたのか、と思いたくなるほどの数である。
とはいえ能力者搭乗のKVですら小型ワームに対して3:1で互角、という彼我の性能差を思えば、決して楽観は出来ないが。
「こちらルーキー・リーダー『ペガサス』。友軍諸氏の支援に感謝する。共にこの空から侵略者を1機でも多く撃退せんことを」
剣一郎は通信を送り、バンクで挨拶してから友軍機と共に福岡を目指した。
バグア軍の基地がある春日部上空まで来たとき、既に先発した第一次攻撃隊とバグア側のワーム・飛行キメラ混成部隊との激しい空中戦が繰り広げられていた。
といっても、いかんせん在来型戦闘機では最も小型のワームにさえ歯が立たない。
発射したAAMは慣性制御で軽くかわされ、肉迫してのバルカン砲も赤く光るフォースフィールドに弾かれる。逆にワーム側から淡紅色のプロトン砲や紫色の収束フェザー砲が発射されるたび、1機また1機と友軍機が炎に包まれ墜落していった。
それでも、彼らベテランパイロットは囮役を立派に務めていた。一方的に追い回されるように見せかけて巧みにワームの編隊を崩し、後に続くKV隊のために攻撃させる隙を作りだしていたのだ。
『ペガサスよりAチーム各機へ。予定通り1機ずつ確実に落としに行くぞ。アタック!』
剣一郎の号令と共に、まずは彼のAチームが前衛、龍一がリーダーを務めるBチームがバックアップとなり、岩龍のECCM支援を受けつつ高々度からパワーダイブ。
自軍の編隊から離れ、傷ついた友軍機を単独で追い回す小型ワームに狙いを絞った。
慣性制御による桁外れの機動力を有するワームに対し、長射程ミサイルによるアウトレンジ攻撃は殆ど意味を成さない。必然的に相対距離2千m内での有視界戦闘がメインとなり、その意味で対ワーム戦における空戦は半世紀以上昔のドッグファイトに逆戻りしたともいえる。
ルーキー隊もまた、剣一郎機を先頭にワームの機体が視認できるギリギリまで間合いを詰めた。
「見切った‥‥そこだっ!!」
ガトリング砲の牽制から高分子レーザーへの狙撃に繋ぐ。
続く2番機の秋那もまた、直前まで引きつけてガトリング砲を浴びせすかさず離脱。
追加装甲とディフェンダーで防御力を上げているといえ、敵のプロトン砲とフェザー砲は侮れない。
「プロレスラーは攻撃を受けてなんぼ‥‥なんて言ってられないからねぇ」
上空からの奇襲。さらにSES兵器によりFFの堅固なガードを破られ狼狽したように逃げまどうワームを目がけ、クレア機が突進する。
「もっと引き付けて‥‥!」
大型の機体に似合わず小回りの利くR−01を巧みに操り、アグレッシブ・ウィングを使用してミサイルポッドで攻撃。
たまらず慣性制御で離脱を図るワームに、OZの4番機が食らいついた。
「へへへっ♪ ボイルしてやンぜ‥‥食べ頃までな」
ブレス・ノウにより相手の未来位置を予測、ホーミングミサイル4発を叩き込む。
ついにワームが爆発し、九州の空にそのグロテスクな機体を散らした。
「イヤッホゥ!! いい具合に火が通ったぜぇ! 奢ってやっから残さず喰いな!!」
「あばよ!」
秋那が快哉を叫び、
「撃墜を確認‥‥やりました」
クレアもまた、感慨深げにつぶやいた。
KV部隊の突入により、バグア側は混乱に陥っていた。まだ性能面で優位にあるにも拘らず、今まで在来機相手の「楽な戦い」に慣れすぎていたのだ。
加えて、彼らの目的はあくまで名古屋のUPC日本本部攻略の支援である。
まず主力である中型以上のワームがM6の高速で次々と本州方面へ離脱。殿として踏みとどまったのは30機ほどの小型ワーム、そして多数の飛行キメラだった。
UPC側は在来機がキメラを、そして正規軍を含むKVがワームを分担して戦う形となった。
『ペガサスよりドラゴン、バトンタッチだ。健闘を祈る!』
まずは1機を撃墜したルーキー隊は、予定通り前衛とバックアップが交代し、龍一率いるBチームが前面に出た。
セオリー通り、混戦の中で孤立した小型ワーム1機に狙いを定めて突入。レーザー攻撃を試みるも、これは慣性制御でかわされ、逆に背後に回り込まれてしまった。
しかし龍一も元空自のパイロットである。推力変化ノズルを傾け、かつてはSu−27のお家芸であったクルビット(反転宙返り)でバックを取り直し、戸惑う敵機にミサイルを叩き込む。
「良い子は真似するなよ」
Bチーム2番機、徹二のKVは射程距離に入ったのを確かめミサイルを発射。ワームが回避行動に気を取られている間にガンレンジに詰め、アグレッシブ・ファング使用でレーザーを浴びせた。
同じワームたちが、ついさっきまで遊戯のようにF−15を追い回していた光景が脳裏を過ぎる。
「‥‥そうやって俺の親父も殺したんだな手前等はッ! ‥‥墜とすッ!
ダメージを負いつつもなおプロトン砲で反撃してくるワームに、ブレイズ機が肉迫した。
「どんなにしぶとくてもこれだけ撃ち続ければ‥‥いい加減落ちろ!」
レーザーをメインに、近距離からガトリングの砲火を浴びせる。
形勢不利と悟ったか、奥の手の慣性制御で逃走をはかるワームを、獄門機がブーストをかけて追う。
「諸君! もはや戦争に勝った気でいるバグアどもには、教育してやろうじゃないかねェー。我らは孵った! 我らは騎士鳥! この空は、変わらず人間の物であると!!」
ブレス・ノウで発射されたミサイルが炎の尾を引きワームに突き刺さる。
また1機、侵略者の円盤がその醜い機体を地球の空に四散させた。
2時間に及ぶ戦闘でバグア側は20機近くを失い、残存の小型ワームはほうほうのていで春日部基地へと逃げ帰っていった。既に主力が大阪方面へ移動したいま、彼らには命を賭けてまでUPC軍と交戦する理由がない。
もっとも人類側の被害も決して少ないものではなかったが。
加えて、上空にはまだ多数の飛行型キメラが残っている。
『メーデー、メーデー。こちらシュライク1、ゾンビ。どうやら限界のようだ。すまんが離脱させてもらう』
龍一の無線に、聞き覚えのある声が飛び込んだ。
見れば、数百メートル離れた空域で黒煙を引いたF−15が急速に高度を下げていく。
出撃前に言葉を交わした、あの古参パイロットだ。
『ルーキー6、ドラゴンよりゾンビへ。状況報せ。撤退を援護する!』
龍一は慌てて応答した。
『残念だが佐世保まで保ちそうにねえ。博多湾方面から海上へ脱出する』
「(海上へ‥‥?)」
見れば、博多湾沖合に見慣れぬ大型艦が1隻遊弋し、駆逐艦並の動きで敵の空襲を回避しながら盛んに対空砲火を打ち上げている。
UPC海軍からただ1隻、パイロット救難のため投入された新鋭空母「サラスワティ」だった。
『情けねえが、奴らに墜とされるのはこれで4度目だ。だが、まだまだくたばらねえぞ。何せ俺様はゾンビだからな!』
F−15を狙って降下してきた大型キメラを、ルーキー隊の8機は集中砲火を浴びせてバラバラの肉塊に変えた。
その隙に離脱した「ゾンビ」機は、感謝の印のように翼をバンクさせつつ海上へと飛び去っていく。
「たとえ機体が墜とされようとも、その魂と誇りは不滅である。なぜならば、雛鳥(ルーキー)たる我ら能力者がそれを受け継ぐからだー!」
去りゆくイーグルの機影を見つめ、獄門が目に涙を浮かべて叫んだ。
バグア軍の主力は去ったが、福岡上空の戦闘はまだ続いていた。残された飛行キメラが傷ついた正規軍の在来機を狙い、ハゲタカのごとく襲いかかっているのだ。
一方、能力者搭乗のKV隊は次々と戦場からの後退を始めている。
この先に控える名古屋防衛戦のため、彼らには出来る限り機体の温存が命じられているのだ。
ルーキー隊のKVは、武器弾薬・練力共に残り半分というところ。
『さて、どうする‥‥?』
Aチームリーダー、剣一郎からの通信に、龍一は迷わず答えた。
『当然だ。可能な限り、友軍機の撤退を援護する!』
『逃げんの手伝ってやっからよぉ、後で一杯奢れよなオッサンたち! にひひ♪』
OZが威勢良く叫び、傭兵たちのKVは再びキメラの群を目指して突入していった。
<了>