●リプレイ本文
ULTから「参考資料」として渡された録音テープ(通報者とオペレーターの会話内容)を聞き終えた傭兵達は、何ともいえぬ表情で互いに顔を見合わせた。
「あー‥‥何だ。今回のキメラは‥‥」
寿 源次(
ga3427)が何か言いかける。しかしその先が続かない。
聞けば、本件担当のオペレーターA君(仮名)はその後突然「暫く旅に出ます」と言い残し長期休暇を取ってしまったのだとか。
「俺‥‥帰っていいか?」
ボソッと呟く愛輝(
ga3159)。しかし一度依頼を受けてしまった以上そうもいくまい。
「聞いてねーぞ! 本部のモニターじゃ、ただ『商店街の食料をくすねる小型キメラを退治してくれ』ってだけの内容だったのに!」
Anbar(
ga9009)が憤る。
いや、掲示内容に偽りはない。ただ事実を一部隠してただけで。
紅月・焔(
gb1386)は例によってガスマスクの玩具をすっぽり被り顔を隠しているが、グラス部分から覗くイヤそ〜な目つきが彼の感情の全てを物語っていた。
まあ中には、
「ぷち侍! 何だか可愛いキメラ軍団なのです‥‥負けないようがんばるですね♪」
御坂 美緒(
ga0466)のごとく普段のマイペースを全く崩さない者もいたが。
「和菓子がキメラに食べ尽くされてしまったら、商店街の皆さんがまったり和めなくなってしまいます。これは一大事です!」
全く別の危機感から、グッと拳を握り締める香原 唯(
ga0401)。
「和菓子‥‥いっぱい‥‥」
唯の言葉を聞いて、甘い物に目のない幡多野 克(
ga0444)は思わずじゅるっと唾を飲み込んだ。
「じゃなくて‥‥侍のキメラ退治‥‥だった‥‥。早く‥‥倒して帰ろう‥‥」
克自身は己の事を「カワイイ男の子」などとは思っていない。
思ってはいないのだが、それでも――。
「なんだか‥‥嫌な予感もするし‥‥」
そんな中、独り複雑な葛藤を抱えているのは黒羽 空(
gb4248)。
(「お、俺は関係ないよな? 女なんだし‥‥」)
確かに空はれっきとした女の子だ。しかしボーイッシュな外見と男勝りの口調のため、初対面の相手から男子に間違われる事も少なくない。
ただでさえ「女らしくない自分」に少しずつ悩み始めた微妙なお年頃だけに、今回の依頼の結果次第では、とんでもないトラウマを抱え込んでしまいそうだ。
「そんなに心配なら、いっそ全員が男装で行ってみたらどうでしょう?」
唯が提案した。
「まあ‥‥リスク分散の意味では効果的かもな」
源次も頷く。
「‥‥なまじ自分達が女装して行くより自然だし、見栄えもいいし」
「それは良いアイデアなのです♪」
美緒もまた、瞳を輝かせて賛成した。
「折角だから男性陣もおめかししてあげましょう♪ 依頼者に与える第一印象は重要なのです♪」
「いや、別にそこまでせずとも‥‥」
「これが切っ掛けで新しいロマンスが誕生するかもです♪」
(「誕生せんでいいわ――っ!!」)
男性傭兵全員が全身全霊を込めて叫んだ。心の中で。
かくして数時間後。
移動艇で現場の商店街へ赴いた傭兵達は、とりあえずキメラ討伐の段取りを打ち合わせるため商店街組合長――すなわち通報者にしてゲイバーのママ・アケミ(45歳、♂)と面会する事となった。
「あら〜♪ 遠い所からわざわざお疲れ様ねぇ〜」
和装姿で出迎えたアケミは本名のイメージに比べれば意外に線の細い、良く言えば歌舞伎の女形風の優男だった。とはいえ髪型をワンレングスに整えようが、厚化粧で誤魔化そうが、その顔が「四十も半ばのオッサン」である事実は隠しようもない。
「‥‥ら、ラストホープの傭兵だ。宜しく頼む」
一同を代表して挨拶する源次。
(「怯むな相手は民間人だ。だが‥‥いったい何だ!? このプレッシャーは!」)
もっとも、中には全く物怖じしない者もいた。
「拙者、香原 唯之助と申す者。よろしくお願いしますでござる」
ペコリと頭を下げる唯の姿は、頭にチョンマゲカツラ、【雅】漢のふんどしを前掛けにした「侍スタイル」。
‥‥侍というより丁稚奉公に見える気がしなくもないが。
「あらまぁ〜、可愛いお侍さんだこと。オホホ」
「香原君、それじゃ男装じゃなくて仮装だよ‥‥」
小声でツッコむ源次だが、そういう彼も侍キメラへの対抗上、侍装束一式を持参してきていたりする。
「でも、L・Hの傭兵さんにはカワイイ男の子が多いって噂には聞いてたけど‥‥本当だわねぇ〜。アケミ、嬉しくなっちゃう♪」
そういいつつ、ママさんの妖しい視線がジト〜っと男性陣に注がれた。同じ「可愛い」でも、唯に対するそれとは全くニュアンスが異なるのは明白だ。
一斉に目を逸らす男性傭兵達。
「ちちち違う! 俺は女だから! 間違わないでくれ! 頼むから、ほんっとお願い!!」
慌てて両手を振り叫ぶ空。
「ホホホ、判ってるわよ〜。これでもオカマ歴30年だから」
気さくに笑いながらも、
「‥‥でも残念ねぇ。あなたイイ線いってるわよ? 男の子だったら絶対ほっとかなかったのに、もぉ!」
空の全身からドッと冷や汗が噴き出した。
「そこのあなた、何でガスマスクなんて被ってるの?」
「あ、これ『人前じゃ絶対外すな』って死んだオフクロの遺言っすから」
適当な口実で言い逃れる焔。実の所はもっと個人的な理由によるものだが、今日ほど己の習慣に感謝した日はない。
「あら。残念ねぇ〜」
残る4名の男性傭兵を、なおも代わる代わる見つめるアケミの視線。
『ウフっ、よりどりみどりじゃな〜い♪ アケミ、迷っちゃう(はぁと)』
――とでも言いたげな表情でクネクネ腰を振っている。
(「‥‥怖いもの知らずだったつもりだが、あれは駄目だ。さっきからエマージェンシーコールが鳴り響いているぜ」)
ビビリまくるAnbarの顔に、熱い視線がピタリと止まった。
「ウフフ‥‥あたし好みのボ・ウ・ヤ」
(「ゲッ‥‥!?」)
「Anbarさん、ご指名なのです♪」
思わずたじろぐ少年を、すかさず背後に回りこんだ美緒がアケミの方へドンっと押しやった。
決して悪意ではない。いわば恋の後押しである。
(「ぎゃああああっ!?」)
「あらマア、大胆‥‥でもそうよね。傭兵さんでも、まだまだお母さんに甘えたい年頃よねぇ?」
いきなり胸の中に飛び込んできた(ように見える)Anbarを、ぎゅ〜っとハグするアケミ。
「すまん。これも任務遂行のためと思って我慢してくれ」
横からそっと源次が耳打ちする。
「‥‥わ、わかった。これも生きる為の試練だよな。し、仕方ないから耐えるぜ」
「あ、他の皆さんも諦めるのは早いですよ? 恋のチャンスは平等なのです♪」
誰も聞いてない。というか聞こえないフリをしている。
「早速で申し訳無いが伺いたい事が‥‥」
尊い犠牲者が決まった所で、源次が話を本題に戻した。
「この手の小型キメラは、一箇所におびき寄せてまとめて退治するのが効率的だ。できれば商店街の見取り図があれば助かるんだが」
「ええ、そう思って用意してきたわ」
抱き寄せたAnbarをなでなでしつつ、アケミが地図を差し出した。
「それと、作戦中は住民の避難をお願いしたい」
「任せといて。伊達に商店街組合の会長は務めてないから」
「うん、信頼されてるママさんなら出来る筈。信頼じゃなくて畏怖‥‥いえ何でもないこちらのこと」
「そうそう。あたしは組合長の責任上、立会人として後ろから見届けさせてもらうから。よろしくねん♪」
(「避難してくれないかなあ‥‥できればずっと遠くに」)
そう思いつつも、拝借した地図を広げて作戦の打ち合わせに入る傭兵達。
見れば商店街の一角にぽっかりと開けた土地がある。
「ああ、そこ? 最近古いお店を取り壊した跡地よ。今は完全に空き地ね」
ここなら戦闘にも好都合だろうという事で、アケミに相談するとすぐ携帯で土地のオーナーと話をつけてくれた。
「あそこの地主もウチの常連さんなのよねー。あ、ココだけの話よ?」
「さー作戦準備だー開始だー」
「‥‥さー気張っていこー」
源次が一同に声をかけ、焔もそれに応えて拳を振り上げるが――。
何となく棒読みセリフに聞こえるのは気のせいであろうか。
克は一瞬だけAnbarを見やったが、すぐ「‥‥ごめん!」と涙ながらに戦闘準備にかかった。
既に住民の避難は完了。商店街の店も全て休業しシャッターを下ろしている。
作戦は「キメラは和菓子が好物らしい」という情報に基づき立てられた。
唯が用意したした【OR】バケツういろう、【OR】和風チョコ『サムライの塊』、その他各員持ち寄りの和菓子類を餌としてキメラを釣り出し、空き地まで誘導した所で一気に殲滅しようという計画だ。
ちなみに和風チョコの方は日本刀の形に「サムライの塊」と銘打たれているが、これは「魂」の誤植らしい。
空き地は南側を除く3方を鉄筋コンクリートのビルに囲まれているので、いったん中に入れれば出口は一箇所。袋の鼠である。
「侍には侍。これで奴らを威圧してやる」
源次は持参したちょんまげカツラ・袴・わらじへ着替え準備万端。
嵩張るバケツういろうはとりあえず空き地の中央に置き、囮を務める傭兵達は手に手に和菓子を持って商店街の各所に散らばった。
特に狙い目はこれまで被害を被った和菓子屋やコンビニの前。
源次が持参した落雁やきんつば、ついでにペットボトルのお茶まで取り出し、
「緑茶との相性が最高でござる」
などといいつつ美味そうに食べていると、何処からともなく小さな侍の群がわらわら現れた。身の丈10cmくらいだが、その姿は立派に侍そのものだ。
「これ造ったバグア、TVの時代劇ファンなのか‥‥?」
目眩を覚えながらも離れた仲間達に無線連絡。他のコンビニやお菓子屋前に張り込んだ仲間達の前にもぷち侍の群が現れたという。
物欲しそうな目で寄ってくる侍達をすぐには攻撃せず、囮班の傭兵達はハーメルンの笛吹きよろしく巧みに空き地の方へと誘導した。
空き地の手前まで来た所で、侍達はピタリと立ち止まった。
バケツで型どりした大迫力のジャンボういろうが目に入ったのであろう。商店街各所から集まってきたぷち侍の群は1つに合流し、そのまま雪崩を打って空き地へ走り込んだ。
「――今だ!」
(アケミの相手をしつつも)近くの物陰で待ち伏せしていたAnbarが閃光手榴弾を投擲。
激しい閃光にキメラ達の動きが止まった瞬間、待ち伏せ班・囮班双方の傭兵達が一斉に攻撃を開始した。
「甘味はソウルフードなんだ‥‥キメラには1つたりとも渡さない!」
前衛として先陣切って突入した克は月詠と菖蒲の二段撃で手近のミニキメラどもを一気になで切りにする。商店街のど真ん中だけに銃器や爆発物は使えず、メインは近接系の武器だ。
『曲者ー!』『であえ、であえーっ!』
閃光のショックから立ち直り、針のような日本刀を一斉に振りかざしたぷち侍に対し、覚醒した愛輝が瞬天速+疾風脚で一気に仕掛ける。
「お前らが曲者だ」
得物は斧槍のパイルスピア。バッタの如く飛び跳ねて襲ってくる小さな侍を穂先の斧で狙い、弧を描くように大きく振り回した。
1体1体は意外に脆く一撃で真っ二つになるが、とにかく数が多い。初撃をくぐり抜け、足許に斬りつけようとしたキメラを逆手に持ち替えた斧槍で掃き捨てる様に斬る。
「よっし、一気に殲滅しよう! で、早く帰ろう!」
後半のセリフに本音を滲ませた空が下段に構えた葦で手近のキメラを狙い、飛びかかってくる敵の刃はゲイルナイフに持ち替え回避する。
「そんなもの当たるか!」
「仮面の奇行師‥‥焔。見参」
名乗っては見るものの、イマイチ調子が出ない焔。その証拠に字がおかしい。
それでもお構いなしに襲ってくるキメラをアサルトクローで返り討ちに。
『無礼者! そこへ直れ!』
妙に甲高い裏声でキメラの1匹が愛輝に怒鳴った。
そのまま一段高く跳躍し、渾身の一撃「無礼討」を見舞ってくる。
が、戦闘中に「直れ」といわれて本当に直るバカもいない。
「‥‥」
愛輝が無言で避けると、無礼討はあっさり外れ、キメラはそのままボテっと地面に激突した。
『ううっ‥‥不覚!』
その場で膝を突き、己の刀を腹に突き立てる侍キメラ。
「おー‥‥なんか無駄に潔いな‥‥」
思わず戦いの手を止め、感心してしまう空。
まあキメラに武士道も何もないから、おそらくこいつらを造ったバグアが趣味で刷り込んだ習性だろうが。
前衛組の攻撃を擦り抜けたキメラの一群を、空き地の入り口手前で待機した後衛組が迎え撃つ。
「御用でござる! えいっ!」
チョロチョロ走り回る侍を虫取り網で捕らえる唯だが、敵もキメラだけに刀で網を破り再び飛び出した。
「逃がさんぞ!」
立ちふさがった源次に対し、跳躍して無礼討を仕掛けてくるキメラ。
今度は命中した。‥‥威力はたかが知れてるが。
「当たっても大して効かないでのあれば外れたも同然! 恥を知れ!」
胸を張って一喝する源次。
『‥‥?』
不思議そうに小首を傾げるキメラだが、また懲りずに無礼討をかけてくる。
「所詮はネズミ並みの知能か‥‥」
バカらしくなった源次は無礼討をかわし、キメラに切腹の余裕も与えず機械剣αで三枚に下ろした。
その傍らでは、超機械γの先端でミニキメラの頭を押え付けた美緒が、刀が届かず「ムキーッ!」と両手を振り回す侍を電磁波攻撃であっさり黒焼きにしていた。
「武士は武士でも鰹節よのう♪」
とにもかくにも――。
2時間近くに及ぶ戦闘の末、傭兵達は商店街に潜んでいた侍キメラの群を1匹残らず殲滅する事に成功。
サイエンティスト達から錬成治療を受けた後、傭兵達はアケミの店で打ち上げを行った。
「今日は店の奢りよ〜。未成年にはジュースもあるからジャンジャン飲んでね♪」
カウンターには無事に残ったバケツういろうがデンと置かれている。
「ん、疲れているときに甘いものはうまいなー」
スプーンでういろうを頬張りくつろぐ空の横では、
「‥‥キメラを相手にしている方がどれだけ楽だったかしれないぜ。この埋め合わせ、必ずして貰うからな」
グッタリ疲れたAnbarが仲間達にグチをぶちまけていた。
一方アケミはといえば、次に標的と決めた愛輝に言い寄るも、
「すみません、恋人が居ますので‥‥」
と断られしょげている。
「えっと‥‥。何かあったら‥‥またUPCに連絡して‥‥。きっとまた‥‥新しい出会い(という名の生け贄)が‥‥あると思うよ‥‥?」
そういって慰める克。
「記念に皆さんとアケミさんのラブラブツーショット写真を撮るです。UPC公認カップルズの誕生なのです♪」
(「やめてくれぇ――っ!!」)
心の中で絶叫する男性陣を尻目に、
「サラスワティにも何枚か送って、こういう事例もあるからと隊員の息抜きイベントとして、海水浴休暇の必要性を説くですよ♪」
と早くも夏の海に思いを馳せる美緒であった。
<了>