●リプレイ本文
台湾・高雄を出港した空母「サラスワティ」は、間もなく目的地のイベン島沖合に到達しようとしていた。
「戦歴で名を馳せたこの空母で作戦に従事できるとは光栄なものね」
同艦には初搭乗となるアンジェラ・ディック(
gb3967)は潮風に銀髪を靡かせつつ、英国の旧SASやカナダ陸軍空挺部隊で鍛え上げた逞しい腕を組んだ。
今回の討伐対象はイベン島の海岸を荒らすヤドカリ型キメラ群。ただしその大きさは人型形態のKVにも匹敵するという。
「相手とするには適当な輩ね‥‥ワタシは陸戦担当だけど、仲間と協力してきっちりと片をつけましょうかね」
UPCによる正式な呼称は未定だが、「殻」にあたる部分の色と形がFRそっくりであることから、プリネア王女にしてサラスワティ艦長のラクスミ・ファラーム(gz0031)は勝手に「ニセライド」と命名している。
「FRに擬態したキメラの駆逐か‥‥敵エース機を堕とした気分を味わえるのは戦意高揚になりそうだな」
UPC軍が撮影したキメラの写真を眺めつつ、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)が鋭く隻眼を光らせる。
つい先日、強敵との戦いで愛機を大破させ自らも負傷した彼女としては、まがい物とはいえFRを彷彿とさせる大型キメラを叩きのめすことで意気を上げたい所だ。
「機体を真っ二つにされたいいリハビリになると良いがな」
一方、威龍(
ga3859)は新種キメラが人類側に与える心理的影響を懸念していた。
「FRに偽装したキメラか。そんなモノをばらまかれたら、通常の時ならともかく大規模作戦の時みたいに情報が錯綜している時にはパニックになるだろうしな」
既にL・Hの傭兵達の間では「次の大規模作戦も間近」との噂が流れている。
「調子に乗せてニセステアーだのニセシェイドだの送り込まれても迷惑だ。とっとと消し去るに限るな」
同じ飛行甲板上で、天小路桜子(
gb1928)はラクスミに謁見していた。過去、サラスワティ艦上で開かれたパーティー等に参加し既に王女とも面識がある桜子だが、本格的な戦闘依頼で同艦に搭乗するのは今回が初めてなのだ。
「ご挨拶が遅くなりましが、天小路桜子と申します。よろしくお願い致します」
「うむ。そなたの従姉殿には日頃より世話になっておる。本日は存分に腕を奮ってもらおうぞ」
やがて華奢な体をプリネア海軍制式パイロットスーツに包んだマリア・クールマ(gz0092)少尉がつかつか歩み寄り、人形の様な無表情のまま敬礼した。
「‥‥目標海域に到達。これよりキメラ掃討作戦、開始‥‥」
「そうか。では、わらわはブリッジに戻る。後は頼んだぞ」
マリアの横では、今回のウーフーパイロットを勤める李・海狼(リー・ハイラン)も小さな胸を張って真似するように敬礼している。
外見こそヤドカリに似たニセライドだが、本物のヤドカリとは違い日中は沖合の海底に潜み、夜間に上陸して沿岸の町や村を襲うのだという。ことに水中での動きが素早く、正規軍の駆逐艦が出撃してもすぐ逃げられたり、時には反撃され大破した艦さえあるとのことだった。
そこで傭兵達はKV部隊を陸戦と海戦、そして索敵の3班に分け、海底に群れるニセライドどもを海戦班が浜辺へと追い上げ、海岸で待ち伏せる陸戦班と挟撃して殲滅――との計画を立案した。
まず先行して索敵を務める海狼のウーフー、及びプリネア軍の対潜哨戒ヘリ・サイレントキラー6機が飛行甲板から飛び立つ。
「敵の早期発見が肝だからな。よろしく頼むぜ」
「ハイ! 任せてください」
威龍の言葉に元気よく応え、ウーフーへと駆け上る海狼。
6機のヘリは一般人パイロットが操縦するため直接大型キメラを攻撃はできないが、空中からソノブイを投下することで広範囲の水中索敵網を形成、そのデータは海狼のウーフーを経由して傭兵達のウーフー各機にも転送される。
索敵班に続き、陸上での待ち伏せを担当するKV5機が発艦態勢に入った。
「アルケオ1、ハイリガートイフェル、コンディションオールグリーン――悪ヲ戮ス魔帝ルナフィリア・天剣(
ga8313)、出るぞ」
金と黒でカラーリングしたウーフー「フィンスタニス」を駆る天剣がスキージャンプ甲板を蹴って南洋の蒼空へと舞い上がる。
「コールサイン、『Dame Angel』、挟撃により殲滅開始します」
艦橋から見守る提督服の王女に敬礼すると、アンジェラは「ディム・エンジェル(貴婦天使)」の名を持つアンジェリカを発進させた。
「今回は海中戦と敵の追い込みを頼むことになるが‥‥気を付けていくのだぞ」
「うん‥‥イレーネも」
既に何度も戦闘を共にしたマリアに声をかけ、イレーネのロジーナが出撃。
桜子のウーフーもその後に続き、最後の陸戦班である神代千早(
gb5872)はバイパーに乗り込む直前、恋人のアリステア・ラムゼイ(
gb6304)の方へ振り返った。
「アリステアさんは水中班ですね。初めてのKV戦ですから、無理してはいけませんよ?」
「千早さんも気をつけてね‥‥。それじゃ、また後で」
陸戦班5機が「イベン島海岸へ着陸」との連絡を受けた後、空母艦尾のウェル・ドックよりマリアのビーストソウル(BS)を含む海戦班も順次水中用KVを発進させて行った。
「手に入れて1年以上‥‥売却する事も無く搭乗する事も数える程度‥‥それで久し振りに埃落しに来たのだが‥‥はやまったか?」
九条・命(
ga0148)は久々に乗り込むKF−14改のコクピット内で当惑を覚えていた。
「何だ? この得体の知れない微妙感は‥‥まるで獣の尾を踏み、更にタップダンスを踊り出した様な‥‥」
やはり普段の愛機・ディアブロ改とは色々と勝手が違う。
「まあ良い、なるようになれ!」
細かい事はエミタAIのサポートに任せ、ままよとばかり機体を海中へと発進させる。
対照的に、海戦経験豊富な威龍は躊躇うことなく出撃。乗り慣れたBSは彼にとって己の手足のようなものだ。
最後の発進となるアリステアは、サラスワティに予備機として搭載されたBSをリースしての参加である。
「初めて乗るKVが支給された機体じゃない上に水中用‥‥まぁ、これはこれでいいか」
持ち込みの兵装・アクセサリを空母整備班に取り付けてもらい、先輩傭兵達を見習って海中へと滑り込んだ。
その頃、イベン島に着陸した陸戦班は海岸近くの防砂林に機体を隠し、ニセライドを迎撃すべく配置についていた。
5機のKVのうち2機は桜子、天剣の電子戦機ウーフーだ。
索敵班からのソナー情報、水中用KVからのセンサー情報を受信し、2人は協力してデータを分析。やがて沖合の海底に蹲る大型キメラらしき物体の位置情報を割り出した。
数は合計で6匹。
その情報は即座に海戦班のKVにもフィードバックされた。
命の乗るKF−14改のモニター画像に、海底から塔のごとくそびえる円錐形の物体が映った。
奴らを陸地へと誘導するのが命たち海戦班の役割だが、勢子となって追い立てるか、逆に囮として誘い出すかは彼我の実力差しだいだ。
5機の水中用KVは互いに離れすぎないよう適度な間隔をおいてニセライドの群れに海方向から接近、まずは威龍が遠距離から熱源感知ホーミングミサイルを放った。
最初の1発はかわされ、後方で水中爆発の水泡が広がる。
6匹のキメラは一斉に浮上し、円錐状に尖った殻の頭頂部を前方に向ける姿勢で突進してきた。
「あの姿だけ見ると、確かにFRにそっくりだな」
ある程度引きつけた所で、KV部隊は中距離兵器のガウスガンによる一斉射撃を開始。
赤い殻の一部が水中用ライフル弾の命中で削り取られると、ニセライドは全身の各所から細かい水泡を噴き出し、回避を上げつつなおも突っ込んでくる。
BS3機、KF−14改1機は挌闘戦に備え航走形態から人型へと変形した。
威龍はレーザークローを実体化させ、間合いに入ったキメラへと斬りつけた。
いかにFRに擬態したとて、所詮はキメラ。光の爪はザクリと赤い殻に突き刺さり、そのまま深い傷痕を刻みつけた。
「やはり、こいつは水中では頼りなるぜ。俺の思うように動いてくれる」
その隣でマリアのBSもレーザークローを奮って別のニセライドとやり合い、命とアリステアは左右のやや後方からガウスガンによる援護射撃を続ける。
相手が駆逐艦などより遙かに手強いと悟ったか、ニセライドのあるものは反転して陸側へと逃走し、またあるものはより深海へ逃げ込もうとする。
「お帰りはそちらじゃないよ。なによりも‥‥ここは海岸への一方通行だ」
すぐ脇を擦り抜けようとしたニセライドに対し、アリステアは空母から貸与された「試作・KV用漁網」を覆い被せた。
それ自体はSES兵器ではないが、メトロニウム合金で編まれた特殊な網はキメラの怪力でもそう簡単に破れない。絡みつく網を切ろうとして2本の鋏を伸ばしもがくニセライドに、アリステアは水中用サブアイシステム3連装で命中精度を高めたガウスガンの砲火を浴びせ、さらにレーザークローを突き立てまず1匹目を倒した。
残り5匹のキメラは一路海岸を目指し逃亡する。
その海岸では、陸戦班5機のKVが満を持して待ちかまえていた。
「まだですね‥‥もう少し、引き付けてから‥‥」
姿勢を低く下げ、防砂林の中に身を隠したバイパーの機内で、千早は海岸から1匹、また1匹と上陸してくるヤドカリ型キメラを睨みつつ、じっと攻撃の時を待った。
焦ってタイミングを早まり、また海に逃げられては海戦班の苦労が水の泡となってしまう。
やがて5匹目のニセライドが上陸、さらに波打ち際から人型形態の水中用KV4機が立ち上がるのを確認し、いよいよ陸戦班も行動を開始した。
「さて‥‥待ち時間は終わりだ。手早くバラす」
「フィンスタニス」の機体を起こした天剣はブーストオンで僚機と共に突撃、スラスターライフルで牽制しつつ一気に距離を詰めると、ニセライドの1匹に対し真ツインブレイド、続いて機爪プレスティシモで斬りかかる。
物理・知覚双方の攻撃を試し、その効果を測るためだ。
「電子戦機と侮らないで貰おう。モドキ等に遅れを取る訳にはいかんっ‥‥!」
固い殻で身を守るニセライドはキメラにしては頑丈だったが、知覚攻撃への耐性はさほどでもなさそうだ。また雷属性の追加ダメージも効いているらしいので、以後は機爪による攻撃をメインに切替えた。
「SESエンハンサー起動。ターゲット・ロックオン」
アンジェラの「ディム・エンジェル」は機体スキル併用で初撃の高分子レーザーを照射。その後もレーザーの連射を浴びせつつ慎重に近づいていく。
キメラ群の退路を断つことを計算に入れ、試作型リニア砲により中距離から狙撃を開始したイレーネは、生身戦闘の時と同様にまず敵の右目を狙う。
一見FR陸戦形態のようなニセライドだが、その本体――頭部や脚はヤドカリ同様「殻」の下からはみ出すように覗いている。ロジーナの射出したリニアガンで顔面の右半分を吹き飛ばされたキメラは慌てて外殻の中に閉じこもり、防御を高めた。
「水滴でも岩を穿つ‥‥バグアの装甲如き‥‥」
殻に籠もったキメラに対してイレーネは兵装を30mm重機関砲に切替え、1点集中の砲撃を続ける。5本1組になった砲身が高速回転しつつ炎を吐き続け、やがて赤い殻の一部が鈍い音を立てて陥没した。
「もらったよ!」
すかさず接近したアンジェラがその穴にGFソードを槍のごとく突き立て、容赦なく内部を抉る。柄についたスイッチを押した瞬間、雷属性の知覚攻撃が敵の内蔵に直接叩き込まれ、キメラの巨体が一瞬痙攣して動きを止めた。引き抜いたGFソードで再び斬撃をかけると、ニセライドは全身から煙を吐きつつボロボロ崩れ始めた。
「確認しました、援護します!」
千早は僚機と連絡を取り合い、近接戦闘を行う機体を援護する形で距離に応じて兵装を使い分けた。
中距離の目標に対してはヘビーガトリングで足止め。遠くの敵にはミサイルポッド、135mm対戦車砲など重火器を絶え間なく撃ち続ける。
「うふふっ‥‥まだまだいきますよっ‥‥」
覚醒の影響か、何やらトリガー・ハッピーのような危ない笑みを浮かべる千早。
残り2匹となり、しかも外殻をボロボロにされた残存のニセライドが、再び海を目指して撤退を始めた。
「逃がすものか。沈めっ‥‥」
逃走するキメラの背後から脚の部分を狙い、天剣がスラスターライフルとレーザーカノンで砲撃。
「もう海へは帰しませんよ!」
桜子はやはり貸与武器のKV用漁網を投網の要領で1匹のキメラを絡め取り、動きの鈍ったところでレーザー砲をお見舞いする。
海岸から上陸した海戦班のKVも、予め装備したバルカン砲等の陸戦兵器でニセライドを挟撃。
間もなくイベン島沿岸を荒らし回ったニセライド6匹は1匹残らず殲滅され、砂浜に赤い貝殻の破片とグロテスクな死骸を晒す事となった。
「頑丈な殻だったな‥‥装甲には使えんかね」
足元に転がる殻の破片を拾い上げ、天剣は思案したが、残念ながらキメラの肉体については今だ人類の科学で解明できない部分が多く、またUPCもより強力なワーム対策を優先する都合上、せいぜい「サンプル」としてULTや未来研に回収されるに留まるだろう。
「サラスワティ」に収容されたKVが艦内で整備を受けている間、戦いを終えた傭兵達はのんびりとイベン島の渚を散歩した。
現在、同島の各地でも並行してUPC軍によるキメラ掃討が実施され、夏までに無事完了すればリゾート地として傭兵にも開放されるという。
「夏にまた、今度はお仕事じゃなくって、のんびりと来れたら良いですね」
覚醒が解け、元通りおしとやかな巫女見習いの少女に戻った千早は、恋人のアリステアと並んで海を眺めつつ、にこやかにいう。
「そ、そうだね‥‥」
ちょっと照れながらも、(「そうなればいいな‥‥」)と思いつつ千早と語り合うアリステア。
同じ海岸で、イレーネもマリアと並んで岩場に腰かけていた。
「ふふっ、その表情だと辛いことはあまりなさそうだが‥‥」
「‥‥うん。空母の人達、とても親切にしてくれるから」
「だが、若しも辛いこと等があったら、遠慮なく自分に言ってくれ。血の繋がりはないが‥‥マリアのことは本当の妹だと思ってるからな」
「え‥‥あ、」
一瞬、マリアは頬を赤らめ言葉に詰まったが――。
「ありがとう。イレーネ‥‥ね、姉さん」
以前に比べれば随分と自然になった微笑みを浮かべ、イレーネに頷いた。
<了>