タイトル:【ODNK】私の故郷マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/22 23:23

●オープニング本文


 佐賀奪還を目指す『烈1号作戦』発令からおよそ1週間。第一段階ともいうべき有明橋確保に成功した第206特務機動中隊――通称『睦中隊』は、橋の周辺警戒任務を後続の正規軍部隊に引き継ぎ、次なる任務として沖端川沿いに下った柳川市街地の偵察に向かっていた。

 キャタピラを軋ませ走る95式戦車の車内で揺られながら、車長の円藤賢二は普段はやかましいくらいお喋りな操縦手の高橋美香が、いつになく無口になっていることに気づいていた。
「戦車兵」といっても、賢二と美香はまだ16歳。熊本の士官学校で教育中の所を「烈1号」発令に伴い特務兵として動員された身だ。
(「この間の戦闘のショックかな? 生まれて初めて、同期の仲間が戦死する所を見ちゃったわけだし‥‥」)
 とりあえず何か声をかけようかと思った矢先、美香の口から先に言葉が洩れた。
「‥‥ひどい‥‥」
「え?」
「何で? 何でバグアじゃなくて‥‥UPCがあたし達の街を壊しちゃうの?」
 ペリスコープ(戦車用潜望鏡)に映る車外の光景は、有明海に展開したUPC海軍艦艇、及び「SIVA」KV部隊による砲爆撃により廃墟と化した柳川市周辺の変わり果てた有様だった。

 その時になってようやく賢二も思い出した。
 ――美香の実家は、この先にある柳川市街地にあることを。

「仕方ないよ‥‥僕らの任務は佐賀の奪還なんだから。もし柳川を取り返すのに兵力を割いてたら、その間に熊本まで攻め込まれちゃうかもしれないし‥‥」
 元々柳川市じたい、特に重要な工業施設や軍事拠点が存在するわけではない。バグア侵攻前の時代、そこはのどかな田園や歴史的建築物、そして柳川の代名詞ともいうべき網の目のような水路が広がる平和な水郷の里だった。
 それでもなお、バグアによる拠点化、及び大牟田から大川方面へと伸びる補給線を南から襲撃される憂いを断つため、九州方面隊が選択したのは徹底した焦土戦術であった。
 幸いこの策は成功し、焼け野原となった柳川に「戦略的価値なし」と判断したバグア軍は中小型キメラの群れだけを残し大川方面へと後退。
 近々大川に集結したバグア軍とUPC軍主力との間で大規模な総力戦が始まるはずだが、その結果がどうなるかは賢二にも想像がつかない。
「でも‥‥だからって‥‥こんなの、あんまりだよ‥‥」
 理屈で解っていても感情で納得できないのか、美香は唇を噛んで啜り泣き始めた。
「そりゃあ、あたしは能力者になれない一般人よ? それでも、ただこの街が好きだから‥‥この街を守りたくて、軍に志願したのに‥‥」
「‥‥」
 結局それ以上かける言葉が見つからず、賢二は彼女から視線を逸らし、ペリスコープによる周辺警戒に戻る。
 彼自身の故郷――福岡は現在完全なバグア占領地となり、両親を含む家族は生死すら不明だった。


「高橋が姿を消しただとぉ!?」
 熊本士官学校きっての鬼教官。そして現在は「睦中隊」指揮官の須賀大尉から雷鳴のごとき怒声を浴び、賢二は思わず身を竦めた。
「そ、その‥‥自分と砲手の岡崎は戦車のパーツ補充のため整備班に行っておりまして‥‥戻ってみたら‥‥」
「何か心当たりは?」
「彼女の実家はこの先の柳川市街にあるんです。ひょっとしたら‥‥」
「バッカモーン!! バグア軍は撤退したといえ、街にはまだキメラがウヨウヨしとるんだぞ!? 正気の沙汰ではない! もし無事に見つかっても、部隊逃亡として軍法会議もの――最悪、銃殺刑もありえる」
「そ、そんな‥‥!」
「うろたえるな! 俺だって、こんなことで部下を死なせるわけにいかん。‥‥ちょっと待ってろ」
 しばらく考え込んでいた須賀大尉は、やがて通信兵を呼び何事か指示を下した。
「ULTに依頼を出して傭兵に捜索を頼もう。‥‥ただし高橋が行方不明になったのは、あくまで『偵察任務中』ということにする。判ったな!?」
「は、はいっ! ありがとうございます!」

 傭兵達が須賀大尉より「内密に」事実を告げられたのは、現場に到着し間もなくのことであった。

●参加者一覧

石動 小夜子(ga0121
20歳・♀・PN
霞澄 セラフィエル(ga0495
17歳・♀・JG
流 星之丞(ga1928
17歳・♂・GP
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
明星 那由他(ga4081
11歳・♂・ER
レールズ(ga5293
22歳・♂・AA
米本 剛(gb0843
29歳・♂・GD
レイド・ベルキャット(gb7773
24歳・♂・EP

●リプレイ本文

「大尉の判断を尊重します」
 現場に到着し、中隊長の須賀大尉より事の次第を打ち明けられた傭兵達の1人、霞澄 セラフィエル(ga0495)は微笑して頷いた。
 故郷の街を目の前に、思わず中隊を抜け出してしまった高橋美香の気持は、彼女にも解る様な気がする。
(「でも、私達は前に進まなければなりません、自分の‥‥そして皆の未来を守る為に」)
「いくら戦線が苦しいとは言え‥‥『兵』としての気概すら侭ならないでしょうに」
 士官候補生とはいえまだ10代の少年少女達、しかも一般人の「特務兵」で編制された睦中隊の面々を見回し、ヨネモトタケシ(gb0843)はため息をもらした。
 何はともあれ、彼らの受けた依頼は「任務中」行方不明となった戦車兵・美香の捜索とその保護だ。
「一人でキメラの徘徊する街中なんて、危険ですね‥‥早く見つけ出さないと」
 石動 小夜子(ga0121)が心配そうに呟き、大尉に軍用車貸与の申請、美香が向かったと思われる彼女の実家の位置など必要な情報提供について相談に入る。
「道が無事ならよいのですが‥‥」
 一方、流 星之丞(ga1928)、明星 那由他(ga4081)らは美香と同じ戦車に搭乗する車長の円藤賢二、砲手の岡崎優作らと面会し、やはり手がかりとなる情報を入手しようと試みていた。
「もし良かったら、美香さんが柳川市について何か楽しそうに話していた事とか、教えて貰えないかな?」
 思い出は時として多くの事を伝えてくれる。もし実家に居なかった場合や、実家に向かった時に通る道を推測する手掛かりになるかも知れない――星之丞はそう考えたのだ。
 だが賢二と優作は互いに顔を見合わせ、やがて戸惑うように答えた。
「いえ‥‥彼女が柳川出身だって話は聞いたことありますけど、それ以上のことは何も‥‥」
 賢二がやや声を落し、
「僕も含めて‥‥中隊の仲間には、故郷をバグアに占領されて家族の安否も判らない者が大勢います。おそらく、彼女なりに気を遣っていたのかもしれません」
「そうでしたか‥‥」
(「こんな時代だもん、誰だって‥‥失くしてるものの‥‥、一つや二つもってる」)
 星之丞と共に話を聞きながら、那由他は内心で思った。

 中隊から貸し出されたのは軍用トラックが1両。傭兵8名に美香を加えても充分な余裕はあるが、装輪車なので瓦礫などが散乱した市内のどこまで入り込めるか判らない。
 周辺地図、その他必要な資材を調達した傭兵達はトラックに乗り込んでいった。
 ドライバーズシートには小夜子、那由他、朧 幸乃(ga3078)が、他の傭兵達は周囲の警戒も兼ね幌を取った荷台へ上る。
「未来ある命を奴らに奪われるわけにはいきません。必ず助け出しましょう」
 レイド・ベルキャット(gb7773)が改めて仲間達に呼びかけた。
 かつて同じくらいの年齢だった妹をバグアに殺された過去を持つレイドにとって、美香の安否は他人事と思えないのだ。
 かくして傭兵達を乗せたトラックは睦中隊の野営地を出発し、黄昏時の道路を柳川市街方面へと走り出した。

「私の故郷も、つい先日の大規模作戦で戦場になりました‥‥」
 トラックのハンドルを握りながら、幸乃は出身地であるロサンゼルスのスラム街と、そこで暮らしていた友人知己の顔を思い浮かべつつ、誰にいうともなくいった。
「シェイド討伐作戦」の主戦場としてバグア軍との激戦が繰り広げられたL・A市街。
「皆が生きているのか分からない‥‥だから、他人の気持ちなんて本当に分かるわけはないけど、彼女の気持ちは、なんとなく理解できるような気はします‥‥」
 だからといって、特別同情的にはならない。心の中で「仕方のないこと」と割り切ってしまっているからかもしれない。
 しかし、美香という少女に伝えたい言葉はある。
 ――自分自身の口からでなくともいいから。
 荷台の上で揺られながら、レールズ(ga5293)もまたバグアによって見る影もなく荒された父方の母国に思いを馳せていた。
「帰りも同じ道を通れるとは限らないから‥‥」
 夕陽に染め上げられた柳川の地を車窓から見渡し、那由他は使用可能な道路を地図と照らし合わせチェックした。

 市街地のすぐ手前までは、10分ほどで到着した。
 問題はそこから先。皮肉にも人類軍自らの砲爆撃により、ビルは倒壊し道路の舗装には亀裂が走り、とてもトラックで走れる状態ではない。
 やむなく傭兵達は降車して徒歩で美香を捜す捜索班、その場に残ってトラックを守る待機班に分かれて行動することにした。
 捜索班はレールズ、レイド、タケシ、星之丞、霞澄の5名。うち夜間戦闘に有利な暗視スコープを装備しているのは霞澄のみ。他の者は各々懐中電灯、ランタンなどの照明器具を使い捜索にあたることになる。
 もっとも夜間の照明は却って廃墟に潜むキメラを呼び寄せる可能性もあるので、充分注意が必要であるが。
「ごゆっくり‥‥」
 待機班を担当する1人、幸乃が出発前の装備を点検する捜索班の仲間に声をかけた。
 何気ない一言だが、そこには彼女なりの思いが込められている。
 美香の精神状態を思えば、たとえすぐ発見できたとしても説得して連れ戻すにはかなりの時間を要するだろう。その間、何があっても車両を守り抜くという決意。
 ふと思い出したように、手持ちの飲み物と板チョコをハンカチにくるみ差し出した。
「美香さんに会えたら、差し入れに‥‥」
 小夜子は中隊から借りた黒い防水シートを車全体にかけ、遠目から軍用車と悟られないようカモフラージュを行っている。
「皆さんが帰ってくるまで、しっかり見張っておかなくては」
 むろん、照明も必要な場合を除き消しておく。
「本当なら‥‥傷を、癒す役目なのに‥‥情けないな‥‥」
 大規模作戦での負傷が癒えない那由他は、体の痛みを堪えつつ小夜子の作業を手伝った。
(「美香さん‥‥、難しいな‥‥。街は直せるし、生きてないと出来ないことも沢山ある、でもそんなこと分かってるだろうし‥‥」)
【雅】提灯の仄かな灯りで手元を照らしながら、那由他は少女兵の身を案じる。
(「唯一つ言えることは、まだ美香さんには心配してくれる人がいる、その人たちを‥‥悲しませるようなことはしないで欲しいな‥‥」)
 小夜子と那由他が車両の隠蔽工作を行っている間、2本のゲイルナイフを携え周囲を警戒する幸乃は、いつしか陽も落ちて星が瞬き始めた夜空を見上げた。
 美香に伝えたい、様々な思いが胸を過ぎる。
 形は変わってもこの土地は残っていること。
 避難した人もいるだろうこと。
 今ここに残ればいずれにしろ死ぬ。そうなれば今と昔、両方の縁者が悲しむこと。
 生きていればいつか、帰ってこれること――。
(「私がいわなくても、きっと皆さんが伝えてくれるでしょう‥‥」)

 廃墟と化した市内を、暗視ゴーグルを被り隠密潜行で気配を消した霞澄が、仲間達に先行して偵察役を務める。
 レイドが探査の眼で周囲を探ると、案の定、瓦礫や廃屋の陰に危険な肉食獣らしき複数の気配を感じ取った。
 柳川を放棄したバグア軍が置き土産とばかりに放った対人キメラであろう。
 レイドから合図を受けたレールズがランタンを地面に置くのと、体長2m近く、狼をそのまま大きくしたような獣型キメラ2匹が物陰から襲いかかってくるのはほぼ同時だった。
 すかさず先手必勝のスキルを発動したレールズが、セリアティスの槍を振るい流し斬りでキメラの側面に刺突を入れる。
 傭兵達めがけ突進してきたもう1匹のキメラの前に、タケシの巨体が壁の如く立ちはだかった。
「我流‥‥双刃!」
 蛍火と血桜による二段撃を浴びたキメラが、悲鳴と血飛沫を上げて飛び退く。
 後方からは霞澄が洋弓アルファルにより支援。
 レイドはシールドとクルメタルP−38を構えたが、周囲から新手のキメラを呼び寄せる危険を考え、無闇な発砲は控えた。
 再び躍りかかったキメラの牙を、タケシのメタルガントレットが受け止める。
「なんのなんの‥‥その程度では!」
 僅かな手傷を活性化で自己回復させ、再びタケシの二刀流が閃いた。
「我流‥‥流双刃!」
 二段撃&流し斬りによる斬撃を受け、ひとたまりもなくキメラは絶命。
 残る1匹に星之丞がクルシフィクスで斬りつけ、逃げようとしたところをレールズがソニックブームでとどめを刺した。
「やはり市内はキメラの巣窟になってますね‥‥一刻の猶予もなりません」
「無事でいてくださいよ‥‥」
 傭兵達は再び隊列を組み、霞澄が先導する形で美香の実家方向を目指す。
 途中、殆ど潰れかけた民家の手前で、先刻と同タイプの狼型キメラが、何かを嗅ぎつけた様にしきりに匂いを嗅いでいる。
(「まさか‥‥?」)
 嫌な予感を覚えた霞澄は狙撃眼で射程を伸ばした洋弓を放つ。
 一瞬狼狽したキメラに駆け寄った傭兵達は、集中攻撃による速攻で仕留めた。
 キメラが絶命した後、廃屋の中からゴソゴソと物音が聞こえる。
「まだキメラがいるのか‥‥?」
「いえ。この気配は‥‥『敵』ではありません」
 探査の眼で確認したレイドが、仲間達に告げた。
「MIA(戦時行方不明者)となった高橋戦車兵ですね? 救援に来ました!」
 レールズが声をかけ、およそ1分後。
 民家の奥から、UPC制服姿の少女がおずおずと這いだしてきた。
 まだあどけない顔は煤で黒く汚れ、制服はあちこち破れて血が滲んでいる。
「あの、皆さんは‥‥?」
「L・Hから来た傭兵です。須賀大尉からの依頼で、あなたの捜索に来ました」
「傭兵‥‥あ! あの時の‥‥」
 有明橋の戦闘を共にした星之丞の顔を見つけ、少女兵は小さく叫び――そして、気が抜けたようにその場にへたりこんだ。

「あなたが美香さん、ですね。ご無事で何よりです」
 レイドが持参した救急セットで応急手当を行う。幸い、美香の怪我は大したものではなかった。
 幸乃の差し入れであるチョコを一口囓ると、ふいに美香は泣きだし、しゃくりあげながらこれまでの経緯を語った。
 実家の家族がどうしても心配で、気がついた時は市街に向けて歩き出していたこと。
 市内に入ってから間もなく中型キメラに襲われたが、小柄な体格が幸いし、潰れた民家の隙間に潜り込んで今まで隠れていたことなど。
「さ、帰りましょう。隊の皆さんが心配していますよ」
 レイドの言葉を聞くなり、にわかに少女の表情が固くなった。
 彼女も士官候補生だけに、己の軍規違反を今になって自覚したのだろう。
 傭兵達は須賀大尉の真意を説明したが、それでも少女は立ち上がろうとしない。
「この街の姿を見て、ショックを受けてしまったんですよね。だからこんな風に‥‥気持ちは分かります」
 まず、面識のある星之丞が声をかけた。
「でも、まだ貴方の守りたい街は、ここにあるんじゃないですか?」
 星之丞は自らの胸を指さした。
「生きていれば、バグアを倒した後、貴方の手で大事な街はまた元に戻せます‥‥でも、人の命は無くしたら元には戻りません。貴方が今亡くなったら、悲しむ人が沢山いますよ‥‥だから、僕達と一緒に帰りましょう」
「‥‥」
「ちょっと失礼?」
 レールズは美香の隣に腰を下ろし、星空を見上げた。
「‥‥俺は中国出身でしてね? ‥‥あなたもあっちの状況の噂くらいは聞いたことあるでしょ?」
「は、はい‥‥」
「以前北京上空を飛んだ事がありましてね。あ、別に北京出身じゃないですが‥‥。破壊された街、ボロボロな人々、栄華の象徴だった建築物の残骸‥‥言葉になりませんよ」
 遠くを見るような目でため息をもらすレールズ。
「でもそれが現実‥‥人類とバグアの圧倒的な差‥‥あなたみたいな将来ある若者ですら戦場に引っ張り出さなきゃならないほどに」
 再びの嘆息。
「俺達能力者だって所詮はただの人、今すぐ飛んで帰って祖国の首都を解放したくとも不可能だ」
「皆さんも‥‥同じ、なんですね」
 レールズは美香の顔を真剣な眼差しで見つめた。
「ですがね。街が燃えようと象徴が崩れようと、人の想いさえあれば、何度でも、何度でも! 蘇るんですよ。だから今は戦って戦って戦い抜いて勝ちましょう。そして生き残りましょう。焦土にだって種は植えれるんですから‥‥」
 能力者の力強い言葉と微笑みに、つられたように少しだけ美香の口許が緩んだ。
「街並みも大切ですが‥‥其処に住む人が居なくては寂しいものですよ? 美香さんのご家族だって、きっと無事に避難されてるはずです」
 穏やかな声でタケシが諭す。
「あなたの身を案じて依頼を出した中隊長と仲間達のことも、考えてごらんなさい」
「ご、ごめんなさい‥‥あたしってば‥‥自分のことばかり‥‥」
 再び泣き始めた美香に、霞澄が優しく声をかけた。
「やるせないのは判ります、それでも私達は未来の為に前を向かなければなりません」
 それから持参した超線香花火を取り出し、
「どうです? もう少しくらいはここにいてもいいと思うんです」
 にっこり笑って少女に手渡した。

 他の傭兵達が周辺の警戒にあたる中、廃墟の中でしゃがみ込んだ霞澄と美香が花火に興じる。
「わあ! 線香花火なのに、すごく長持ちするんですね」
 音を立てて弾ける花火を見つめ、美香は子供のようにはしゃぐ。
 この場に留まるのが危険であることは承知している。だが霞澄は、せめて僅かの間でも、彼女に故郷の街を見せてやりたかった。
 ――たとえ変わり果てた姿であっても。
(「今の気持ちを覚えておく為にも‥‥」)

「美香さん。気持ちは判りますけれど‥‥他の方達に心配をかけるのは良くありませんよ」
 帰りのトラックの車上で、小夜子がやんわりと諫めた。
「戦う人の中には、自分達のような思いを他の人達にさせたくない、と思って戦っている人だって居るのです。私だって‥‥」
 心の中で、愛しい人の顔を思い浮かべる小夜子。
「だから、自分だけが酷い目に遭っているのでは無い、誰かが自分達の助けを待っている、という事だけは忘れないで下さい‥‥」
「はい‥‥」
 その頃になるとだいぶ落ち着いたのか、美香は素直に頭を下げた。

「バカモンッ!! 貴様、それでもUPCの士官候補生かぁーっ!!」
 野営地に帰還した少女をまず出迎えたのは、須賀大尉の雷鳴の如き怒号であった。
 思わずビクっと縮こまる美香。
 だが大尉はいったん振り上げた拳を宙で止め、軽く彼女の肩を叩いた。
「‥‥とにかく無事で良かった。早く持ち場に戻れ‥‥円藤と岡崎が心配しとるぞ」
「も、申し訳ありませんでしたっ!」
 背筋を正して敬礼し、小走りで戦車班の方へ駆け去る美香の背中を見送りながら、依頼を終えた傭兵達も中隊長に挨拶し、L・H帰還の準備に移る。

 明日、偵察任務を終えれば睦中隊は大川方面へ進軍するという。
 バグア軍の陸戦ワームが集結した激戦地――。
 移動艇に向いながら、傭兵達はただ彼らの無事を祈るより他なかった。

<了>