●リプレイ本文
●出発前
(「ハワードさん‥‥よっぽどエリーゼさんが心配なンですねぇ‥‥安心して成仏させてあげたい‥‥です」)
ULTの窓口で故・ハワード・ギルマン(gz0118)の鉄仮面を借り出しつつ、聖・綾乃(
ga7770)は思った。
ちなみにこの仮面はゾディアック「蟹座」のギルマンが愛用していた品だが、今回現れたのはヨリシロにされる前、つまりまだ人間だった頃のハワードの幽霊だという。そして依頼者のエリーゼ・ギルマン(gz0229)はハワードの娘だが、現在はバグアのヨリシロとされ2代目「蟹座」を名乗っている。
この複雑な状況を(幽霊の)ハワードに説明するのは困難なうえ、なまじ知らせればさらに事態を悪化させる怖れもあるため、ヨリシロの件は伏せて何とかハワードに昇天して貰おうという事でエリーゼと傭兵達の間でも合意ができていた。
同じ頃、漸 王零(
ga2930)は兵舎の床に正坐し、指にはめた2つの指輪【OR】憐華の想い、【OR】リアの祈りを外し、それぞれケースに収めた。
「二人共すまない」
●1日目
ウランバートル・バグア基地――。
バグア側から発信する誘導電波に従い基地内に入った傭兵達の移動艇は、事前の打ち合わせ通りエリーゼの自宅前に着陸した。
移動艇のドアが開き、カランコロンとゲタの音を響かせ、チャンチャンコに黄色いマフラーをなびかせながら流 星之丞(
ga1928)が姿を現わす。
「初めまして、貴女が傭兵ポストに手紙をくれた、エリーゼさんですね‥‥僕はこういう者です」
玄関前で出迎えたエリーゼに差し出した名刺の肩書きは、
『霊界ネゴシエイター ジョジョジョの星之丞』
「そんな職業があったのか‥‥?」
「任せてください、僕達が来たからには、貴女に取り憑いた幽霊は、必ず昇天させて見せますから」
「う、うむ‥‥よろしく頼む」
「幽霊退治‥‥ゴーストバスターなのですね♪」
続いて艇内から降りてきた御坂 美緒(
ga0466)は、挨拶代わりにエリーゼの胸を軍服の上からふにり始めた。
「な、何をするっ!?」
「これは浄霊に必要な儀式の一つなのですよ♪」
「そうなのか‥‥?」
ふにふにふに‥‥
(「こ、これは‥‥! かなりの戦力なのです」)
「こんな事で本当に幽霊を祓えるのか? って‥‥あぁっ、そこは‥‥」
ヨリシロも日常時の感覚は人類とそう変わらないのか、心なしかエリーゼの息が荒くなっている。
「へぇ〜、あんた達が能力者ってヤツ?」
家の奥から結麻・メイ(gz0120)が顔を出した。
「メイさんにも霊の影響が出てるかもなので、ふにふにの必要があるのです♪」
「きゃっ!? 何すんのよ〜!」
「ふむむ‥‥これは五十点です!」
「失礼ね! 勝手に採点しないでよ!」
慌てて美緒から逃れ、己の幼い胸を両手で庇うメイ。
「シモン(gz0121)さんの気を引く為には、もっと成長する必要があるのですよ!」
「‥‥何であんたがシモン様のことを?」
「恋する乙女は細かい事は気にしないのです♪」
「此処が、バグアの、基地‥‥なのに、井戸に、畳敷きと、縁側?」
初めて訪れるエリーゼの家(庭付き一戸建て兵舎)を眺め、ルノア・アラバスター(
gb5133)は首を傾げた。
「意外と‥‥質素、なんです、ね」
「ちょっと失礼。採寸させてもらうわよ」
メジャーを手に歩み寄った百地・悠季(
ga8270)が、その場でエリーゼのボディサイズを測り始めた。
「今度は何だ‥‥?」
「じっとして! 一応ウェディングドレスはこちらで用意してきたけど、サイズが合うよう調整する必要があるんだから」
「う、ウェディング‥‥?」
傭兵達の計画を聞き、エリーゼは愕然となった。
ハワードが化けて出た原因が娘の将来を案じての事なら、ここは「人類側の傭兵と結婚してUPCを円満退役した」というシナリオを演じ、安心して昇天してもらう。
すなわち偽装結婚。
「UPCの調べでも、昇天と精神的安心の間には、密接な関係があるとのデータがあります‥‥」
「人類の『英雄』もやはり人の親。どんなに娘が変わってしまっても、愛しさは変わらないでしょう。ですからエリーゼさんも、そう邪険にせず父親を迎えてあげてくださいね」
自称・霊界交渉人の星之丞、そしてロボロフスキー・公星(
ga8944)らも、言葉を尽くして説得した。
「しかし偽装とはいえ、結婚というからには相手がいないと‥‥」
「漸王零だ‥‥今回は‥‥その‥‥よろしく頼む」
仮面を付けた「花婿役」の王零がエリーゼの前に立ち、自己紹介する。
「あ、いや‥‥こちらこそ」
心持ち赤面して、エリーゼは眼を伏せた。
一方、綾乃とルノアはハワード本人に会うべく、彼が日課のジョギングコース(生前の習慣らしい)にしているという河原に向かった。
暫く待っていると、やがて土手上の道を、野戦ズボンに軍靴を履き、逞しい上半身を迷彩柄のTシャツで包んだ大男が走ってくる。
ただし頭に覗き穴だけ開けたダンボール箱をすっぽり被っているため、足の部分が透けていなければ幽霊というより単なる変人だが。
「えと‥‥はじめまして」
「お嬢ちゃん達は?」
怪人ダンボー仮面‥‥もとい、ハワード(の幽霊)は訝しげに立ち止まった。
「と、とりあえず、これをお届けに! 詳しい話は、それから‥‥」
お化け嫌いの綾乃としては、まず仮面を被って欲しかった。焼け爛れた幽霊の顔など見たら気絶してしまうかもしれない。
「What?」
手渡された鉄仮面をハワードは不思議そうに見やった。それもそのはず、地球人として戦死した彼にヨリシロ時代の記憶などあるはずもない。
「よくわからんが‥‥まあ、ダンボールよりマシか」
綾乃が伏せていた顔を恐る恐る上げると、そこにはゾディアック「蟹座」のギルマンが生前(?)そのままの姿で立っていた。
(「この姿‥‥お姉にも見せたかったな‥‥」)
思わず目頭が熱くなる綾乃。なぜそう感じるは、彼女自身にも判らなかったが。
「はて‥‥何処かで、お会い、した、ような?」
ルノアも再びかくり、と小首を傾げる。
多分気のせいだろうと思い直し、お中元として持参した素麺の詰め合わせを差し出した。
「あの、これ‥‥つまらない、もの、ですが」
「む。物資の配給か? ご苦労である!」
ハワードは背筋を正し、ビシっと敬礼した。
「元軍人さんですから、確かに姿勢は良いのですが‥‥反面、優雅さが足りません。結婚式と言うより決闘の場に向かう様にしか見えませんので、そこを修正致しましょう」
(偽装)結婚式にあたり、花嫁に相応しいマナーをエリーゼに伝授するのはロアンナ・デュヴェリ(
gb4295)の役目だった。
座敷に上がり、畳の上で定番の歩行法から教えていく。
「単に背筋を伸ばして歩くよりは、多少腰に動きを加えた方が他人からの眼には好意的に見られるでしょう」
「なかなか‥‥難しいものだな」
「はい、次は笑顔の練習! これはヨリシロにされる以前から仏頂面で通していたみたいなので、少々骨が折れそうですが‥‥まぁ何事も努力です」
何しろ式は明日だ。多少のスパルタもやむを得ないだろう。
「こ、こうか?」
「ぷぷぷっ。ヘンな顔ぉ〜!」
縁側から見物中のメイが耐えきれずに吹きだした。
「メイさん。貴女もこちらにいらっしゃい」
「へ? 何であたしが」
「‥‥年長者に対する敬意がまったく欠けています。貴女も少し行儀作法を身に付けた方が良さそうですね」
元々良家の子女であるロアンナは特に女性の立ち居振る舞いに厳しい。
その背後から立ち上る何やら禍々しいオーラに抗えず、結局メイもエリーゼと並んで花嫁修業を受けるはめになった。
「ほほう。今はそのL・Hが人類軍の拠点に‥‥」
綾乃、ルノアと共にエリーゼ宅へ戻ったハワードは、星之丞や王零も交えて縁側に腰を下ろし、麦茶を飲みながら歓談していた。
最初は初対面の傭兵達を怪訝そうな眼で見ていたハワードも、星之丞から能力者の誕生から最近の世界情勢まで説明され、ようやく彼らを「地球防衛の同志」と認めた様だった。
「そうか‥‥まだ人類は立派に持ち堪えているか」
感慨深げに何度も頷くハワード。仮面なので表情は定かでないが。
「娘さんが心配な気持ち、何となくわかります‥‥まして、バグアに寝返った様に思えては。でも、娘さん裏切ってないですよ、明日傭兵の男性と結婚されるそうですから‥‥」
「結婚!?」
仮面をずらして麦茶を飲もうとしたハワードの手がピタリと止まる。
「しかし、あの子はまだ二十歳だ。まだ早いのでは‥‥」
「信じてあげましょうよ、そして一緒に娘さんを祝福しませんか‥‥娘の花嫁姿、父親としては淋しいけれど本望ですよね」
そういって微笑する星之丞だが、ハワードの方は納得できない様子。
「まず相手の男に会ってみなくてはな。大事な娘をそう簡単にはやれん」
当の花婿である王零はすぐ側にいるのだが、あえてこの場では名乗らなかった。
エリーゼのドレス調整を完了した悠季は、妹分のルノアも誘い近所にある公民館へと向かった。
明日の挙式と披露宴のため、小ホールを借り切って会場を設営するためである。
あいにくエリーゼ配下のバグア兵はその大半が夏期休暇で田舎(本星)に帰省中のため、急遽暇そうなご近所バグアに応援を頼むなど大わらわだ。
2人が公民館に着くと、既にロボロフスキーが自らスケッチしたイメージ画に基づき、エプロンや割烹着を着た主婦バグア達にあれこれ指示を下していた。
「そこの百合の角度をずらしてみて――えぇ、それで良いわ。素敵よ」
基地内の花屋で調達した大量の生花を使い、殺風景な小ホールはみるみる優雅な式場へと飾り付けられていく。
夜になり、式場の準備を終えた傭兵達が戻ると、綾乃は出発前に調達した花火セットを取り出し、全員を花火大会に誘った。
「ハワードさんのために作ったのです♪」
美緒が一日かけて作り上げたダンボール製の鎧をハワードに贈呈。
「動きにくいんだが‥‥」
正義の死者だんぼー魔神‥‥もといハワードがボソっといった。
浴衣に着替えたエリーゼもメイを連れて庭に降りてくる。
まだどこかよそよそしいエリーゼに、綾乃がそっと耳打ちした。
「ハワードさんの事‥‥嫌いじゃないですよね? 親子として一緒に花火しませんか?」
「‥‥そうだ、な」
やや照れくさそうに「父親」の傍らに寄り添ったエリーゼが、2人して線香花火など灯してみる。
「感動のシーンなのです♪」
持参のデジカメで父娘の姿を記念撮影する美緒。
「どうだ‥‥大佐‥‥一杯?」
花火大会も終わり静寂に包まれた夜の縁側で、王零はハワードを酒に誘った。
「‥‥つきあおうか」
王零の持ち込んだ肴を並べ、傭兵と英霊は静かに盃を酌み交わした。
ぽつぽつとお互いの過去を語り合う。
そこで王零は、初めて自らがエリーゼの花婿であることを告げた。
「ふむ‥‥薄々、そんな気はしていた」
「『大事な娘は簡単にやれん』と言っていたな。我が花婿に値する男か、ここで試してみるか?」
「とはいわれても、こんな体ではな」
「リスクがないと力が振るえないのが合衆国軍人の誇り‥‥いや父親として貴様か!!」
「‥‥」
その言葉を聞いたハワードが、無言で立ち上がり、庭先に出た。
「――噴ッ!!」
青白い闘気が迸り、ダンボール鎧とその下のTシャツまで破れ飛ぶ。
特殊部隊で鍛え抜いた男の肉体がその場で実体化したのだ。
「それでこそ、『英雄』と呼ばれた漢‥‥!」
同じく覚醒した王零は、拳を握り締め全力でハワードに向い殴りかかっていった。
「ふう‥‥どうやら親父殿の許しは貰えたようだ」
「すまんな。世話をかけて」
傷だらけの体を引きずる王零を、寝室の布団の上で浴衣姿のエリーゼが出迎えた。
王零は仮面を外し、己の素顔を見せた。
「あ、仮とはいえ我の妻になるのだから我の事は零と呼んでくれ。それが限られた親しい奴が呼ぶ我の本来の名だ」
「零か‥‥良い名だ」
立ち上がったエリーゼが微笑むと、電灯の明りを消す。
暗闇の中で、女はするりと浴衣の帯を解いた。
●2日目
「お待たせ致しました! 本日挙式をする花婿、漸 王零と花嫁、エリーゼ・ギルマン両名の入場です!」
司会役の悠季がマイクで高らかに告げる。
ドアの周りを飾るフラワーアーチを、綾乃&メイをベール持ちとした新郎新婦がくぐって入場するや、式場に集まった傭兵達やご近所バグアが一斉に拍手喝采した。
花嫁のドレスは白のスレンダーラインを基本にフリルをあしらい、髪が透ける様な長ベール、白い長手袋の手元に白薔薇とアマゾンリリーのキャスケードブーケ。
花々で飾られ、十字架を添えて作られた祭壇に王零とエリーゼが上る。
「健やかなるときも、病めるときも‥‥その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
神父役を務めるロボロフスキーの言葉に、2人は声を合わせ宣誓する。
続いて指輪交換。
「絶対に見捨てず、総てから護り、ただ愛するよ‥‥エリーゼ」
王零はそう囁き、エリーゼと口づけを交わし合った。
昨日の特訓を思い出したロアンナは、思わず花嫁の母親気分で涙を拭う。
挙式は滞りなく終り、披露宴が始まった。
「せーの、で、始め、ましょう」
宴席ではルノアが音頭を取り、メイとデュオで「点取り虫のサンバ」を歌い始めた。
2人して徹夜で特訓したのだ。最初こそ渋っていたメイも、今はノリノリでタンバリンを振って歌う。
式典の最後を飾るのは、お約束のブーケ・トス。
ロボ手製のブーケをエリーゼが投げると、すかさず悠季がメイの背を押して落下地点に押し出す。自らの手元に飛び込んだブーケを驚いて見やるメイだが、誰を想像したのかポッと頬を赤らめた。
「義父、安心しろ。妻は我が幸せにしてやる」
「頼むぞ。もし泣かせる様なことがあれば、また化けて出るからな?」
式終了後、王零の胸をハワードが拳で軽く小突いた。
「ええ、この2人なら心配いらないので、是非とも天国からの祝福をお願いするわね」
一礼して悠季が保障する。
(「いつまでも見守ってあげて下さいね?」)
無言で見つめ合うハワードとエリーゼの姿を前に、今は亡き両親を重ね合わせ瞳を潤ませる綾乃。
「これ、どうぞなのです♪」
近所の写真店で急ぎプリントアウトしてきた結婚式の写真多数を、美緒がハワードに手渡した。
「God bless for you‥‥」
ハワードの仮面が地面に落ちた。
下から現れたのは火傷痕の消えた精悍な軍人の顔。
同時にその姿が薄れ、ライスシャワーの紙吹雪に紛れるように天高く消えていった。
王零がふと目を醒ますと、そこは兵舎のベッドの上だった。
「ん‥‥不思議な夢だ‥‥ふ‥‥あれも可能性か‥‥っといい時期だし墓参りに行くか」
ふと思いついた様に夢の中で着ていた同じ服装に着替えると、徳利を下げて何処かへ出かけていく王零であった。
<了>