タイトル:【魂鎮】伊万里の湯マスター:対馬正治

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 44 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/11/13 17:11

●オープニング本文


●ラスト・ホープ〜未来科学研究所
「ULTの厚生組合から回覧板が回ってきたな。何々‥‥九州の伊万里解放記念。1泊2日で温泉宿に団体でご招待、か‥‥おーい、誰か希望者いるかーっ?」
(「‥‥!」)
 医療セクション主任で上司の蜂ノ瀬教授の声を適当に聞き流していたナタリア・アルテミエフ(gz0012)は『温泉』という単語にピクッと耳を震わせ、仕事の手を止めた。
 ちなみに科学的にはこれを「カクテルパーティー効果」という。
 ‥‥いや、どちらかといえば「パブロフの犬」かもしれないが。

(「温泉‥‥そういえば、去年鹿児島の指宿に行って以来、一度も行ってなかったですわ」)
 兼業主婦となってから家で過ごす時間も増えたとはいえ、相変わらず未来研の仕事は忙しい。週に何度かは職場に泊まり込み、入浴は備え付けのシャワーのみで済ますことも珍しくないのだ。
 立ち上る湯煙。広々とした露天温泉に浸かり、日頃の疲れもストレスも何もかも汗と共に洗い流す、得も言われぬ悦楽。
(「行きたい‥‥でもこんな時、真っ先に挙手したら‥‥『温泉』と聞けばホイホイついていく軽薄な女と思われてしまいそうですわ‥‥で、でも今なら仕事も比較的暇だし、こんなチャンスいつまた巡って来るか‥‥ああ神様っ! ナタリアは一体どうすればよいのでしょう‥‥?」)

「あーナタリア君? 何を煩悶してるか知らんが、人のデスクの前で身悶えするのはよしてくれんかねぇ‥‥」
 無意識のうち上司のデスクの真ん前に移動し、両拳を胸に当てイヤイヤするように体をくねらせていたナタリアは、ハッと我に返り耳まで赤くなった。
「あ! いえ、これは‥‥ええと、もし差し支えなければ、私もULT職員や傭兵さん方と親睦を深めるべく、参加させて頂ければと‥‥」
「構わんよ? ‥‥そうそう、君のご両親、日本に帰化していま九州だって?」
「ええ。父と母も医師なので、向こうで小さな病院を経営しておりますけど」
「考えてみれば、新婚旅行もまだだったしねえ。この際、旦那さんと一緒に親孝行してあげるといい」
 蜂ノ瀬はあっさりいうと、ナタリアの分も含め4枚の招待券を差し出した。
(「やりましたわ〜〜♪」)
 天にも昇る気分で、スキップしながら自分のデスクへと戻るナタリア。
 そんな彼女の耳に、
「‥‥他にも回覧が来とるな。ミンダナオ観光コース、イベン島リゾートホテル無料チケット‥‥おーい、希望者いるかね?」
 同じ蜂ノ瀬の声はまるで届かなかったという。

●参加者一覧

/ 石動 小夜子(ga0121) / 白鐘剣一郎(ga0184) / 榊 兵衛(ga0388) / 鳴神 伊織(ga0421) / 御坂 美緒(ga0466) / 弓亜 石榴(ga0468) / クラリッサ・メディスン(ga0853) / 新条 拓那(ga1294) / エマ・フリーデン(ga3078) / 寿 源次(ga3427) / 藤村 瑠亥(ga3862) / アルヴァイム(ga5051) / 勇姫 凛(ga5063) / メリー・ゴートシープ(ga6723) / 井出 一真(ga6977) / 百地・悠季(ga8270) / テミス(ga9179) / 遠倉 雨音(gb0338) / クロスエリア(gb0356) / 米本 剛(gb0843) / 鴇神 純一(gb0849) / 紅月・焔(gb1386) / セレスタ・レネンティア(gb1731) / 霧島 和哉(gb1893) / リヴァル・クロウ(gb2337) / アレックス(gb3735) / 澄野・絣(gb3855) / メビウス イグゼクス(gb3858) / 水無月 春奈(gb4000) / 零崎 弐識(gb4064) / 橘川 海(gb4179) / 冴城 アスカ(gb4188) / セシル シルメリア(gb4275) / サンディ(gb4343) / トリシア・トールズソン(gb4346) / ウラキ(gb4922) / 雪待月(gb5235) / ナンナ・オンスロート(gb5838) / 天原大地(gb5927) / ヴィンフリート(gb7398) / 神楽 澪(gb7497) / 鳳凰 天子(gb8131) / 神楽 菖蒲(gb8448) / 紅桜舞(gb8836

●リプレイ本文

●北九州〜伊万里市
「温泉‥‥ですか、こうやってゆっくりするのも良いものですね」
 移動艇から降り立ち、再び観光地としての復興が進む温泉街を眺め渡しながら、鳴神 伊織はしみじみと呟いた。
「自分達の仕事の成果がこうした形となって実感できるってのも、いいもんだな」
 北九州におけるバグアとの攻防戦に一度ならず参加した寿 源次もしばし感慨に耽る。
 白鐘剣一郎の場合、年初に結婚した愛妻ナタリアとの、実に9ヶ月遅れの新婚旅行であった。現地で合流したナタリアの両親、ニコライとミーシャのアルテミエフ夫妻と握手を交わし挨拶する。
「本当にご無沙汰していますが、お元気そうで何よりです」
「いやいや。こちらこそ娘がお世話になってます」
「どうも研究以外は世事に疎い子で‥‥何かご迷惑をおかけしていなければよろしいのですが」
「まあ、お母様ったら‥‥」
「とんでもない。こんな機会でもないと中々親孝行も出来ませんからね」
 と苦笑しつつ、妻と義理の父母をエスコートし旅館の送迎バスの方へと向かう。
 そんな剣一郎に、背後から元の小隊仲間である朧 幸乃が声をかけた。
「お久しぶりです、白鐘さん。今回の旅行、もう観光コースは決めているのでしょうか‥‥?」
「うん。一通り回って見るつもりだ」
「もしお邪魔でなければ、ご一緒させて頂いてよろしいでしょうか?」
 ちらっと気遣うようにナタリアを見やる。
「邪魔だなんてとんでもありません。歓迎しますわ♪」
「うむうむ。こういう旅は、人数が多い方が楽しいものだ」
 ナタリア親子も笑顔で快諾した。
 新婚といえば、この6月に祝言を挙げた榊兵衛、クラリッサ・メディスンの夫妻も参加していた。
「こういう機会でもないとなかなか二人で出掛ける機会もありませんし、楽しみましょうね、ヒョウエ」
「お互いに忙しい身でもあるし、こういう機会は積極的に利用しないとな。充分に英気を養って、明日からまた頑張るとしよう」
 兵衛はバスへと向かう一行の中に十神源二郎の姿を認めた。
「ご無沙汰しております、十神先生」
「おお、榊殿か。6月の結婚式以来じゃのう」
「先生も益々ご壮健のようで安心しました。榛名とレドリックも仲良くやっているようだな」
「夫婦善哉は結構じゃがなぁ‥‥婿殿には、やはり十神家跡継ぎに相応しい男として精進してもらわんことには」
 厳めしく答える源二郎の背後から、
「お久しゅうございます、兵衛様、クラリッサ様」
「あんた方もあの島で結婚したんだって? 遅くなったがおめでとう!」
 榛名とレドリックの新婚夫婦が声をかける。
 その傍らにはレドリックの妹ミーティナ、彼女のBFであるテミスト、そしてテミストの姉ヒマリア・ジュピトルまでぞろぞろくっついている。
 御坂 美緒は事前にULTから貰った伊万里観光のパンフレットを、こっそりミーティナに渡した。
「テミストさんが何処へ行くか迷ったら、これを読んでさり気無くリードしてあげるといいのです♪」
「わぁ、ありがとうございます」
 その一方で、ヒマリアには使い捨てカメラを渡す。
「隠れてバッチリ二人の記録を撮るですよ♪」
「あぅぅ‥‥面白そうだけど、また弟に一歩リードされちゃうのかな〜?」
 何も気づかず、ただ初めて訪れる伊万里の地を物珍しそうにキョロキョロ見回すテミスト。そんな少年の成長記録に新たな1頁が開かれるのだろうか?
 さらに美緒が目をつけていたのは、井出 一真とプリネア軍少尉マリア・クールマの2人連れだった。
 ラクスミ・ファラーム以下プリネア軍一同も後ほど合流するという。ただしマリア少尉に限っては、どうやら一真自身が個人的に誘ったらしい。
 当然、美緒は2人の様子もしっかりチェックするつもりだった。
「サラスワティ福利厚生組合」組合長である美緒としては、同空母のアイドルであるマリアに熱愛発覚ともなれば、ぜひ会報に載せねばならぬ。
「温泉! 温泉! いやーどんな悪戯が出来るか楽しみだね♪」
 到着早々ハイテンションの弓亜 石榴と対照的に、リヴァル・クロウはややブルーな心境である。
(「恋人と来られないというのは残念であるが、まあ仕方がない」)
 新条 拓那は当初恋人の石動 小夜子と2人きりでお忍び参加の予定であったが、いざ当日になってみると石榴、リヴァル、ウラキら兵舎仲間で団体参加することになっていた。
「まあいいさ。2人きりになれる時間もあるだろうし、今日はのんびり過ごそう」
「‥‥硫黄の匂いがする‥‥ガスが出ているものなのか、温泉は‥‥」
 カナダ育ちのウラキにとっては二度目の来日だが、周囲は珍しいものだらけ。
「‥‥毒ガスの街で一晩明かす‥‥危険な休暇だね‥‥」
 さすがにそれは心配のしすぎだが。
 6月にJB作戦があったこともあり、傭兵同士の新婚夫婦、あるいは恋人、友人以上恋人未満――といったカップルが多いのも今回の旅行の特徴だ。
 アルヴァイムと百地・悠季もそんな夫婦の1組。紺の着流しを着用した夫に合わせてか、今日は悠季も和装の着物姿だ。
「お互いにあちらこちらに飛び待ってすれ違うことの多い傭兵稼業。こうして2人きりになれる機会は大切にしたいわね」
「中国辺りがきな臭い昨今、忙しくなる前に骨休め、だな」
 アルヴァイムも頷く。
「というか、皆一息入れたいと押しかけみたいよ‥‥一人身は南無よね」
 今からでもあちこちで惚気の声が聞こえるのは、決して気のせいではあるまい。
「おー、温泉ねぇ。ま、いい骨休めにゃなんだろ」
「にっしーと一緒に温泉‥‥えへへ」
 恋人同士である零崎 弐識とメリー・ゴートシープも既に盛り上がっている。
 天真爛漫で喜怒哀楽のめまぐるしいメリーは、今回の旅行中「にっしー」こと弐識とずっと行動を共にするつもり。
 弐識は弐識で、
(「メリーも最近何やら落ち込んでたみてえだし、いい息抜きになんだろ」)
 と考えていた。
 そのすぐ後ろでは、
「チェラル、今回は一緒に温泉とか色々楽しもうね」
 普段より気合いを入れておめかしした勇姫 凛が、チェラル・ウィリンと腕を組んで歩いていた。
「温泉かぁ‥‥そういえば久しぶりだな〜」
 何やら遠い目で呟くチェラル。
 もちろん参加者の中にはごく普通に友人同士、あるいは単身で羽根を伸ばすため来た者もいる。
「温泉、か‥‥。本当に‥‥本当に楽しみですねぇ」
 どっしりした体格に黒のダブルスーツ。ロングコートを羽織ったヨネモトタケシがのんびりした口調でいう。
「‥‥もう‥‥旬な季節か‥‥」
 紅月・焔は秋晴れの空をしみじみ見上げた。
 玩具のガスマスクを頭からすっぽり被った姿が何気に不穏だが、これは普段からの習慣なので仕方がない。
「ULTは厚生組合まであるのか。流石だな」
 鳳凰 天子の場合、能力者になるまで田舎暮らしが長かったものの、エミタ移植をした後は傭兵として日本どころか世界中を駆け巡ることになった。今回の旅行の話を知り、久しぶりに帰国しゆっくり温泉に浸かろうと参加したのだ。
「‥‥たまには浴衣も着たいしな」

●ぶらり温泉街
 現地の旅館に到着後、鴇神 純一、テミス、神楽 澪の3人は、宿泊室に荷物を置くなり、衣服を脱いで部屋に備えられた家族風呂に浸かった。
「みーちゃん(澪)、背中流しっこしよっか?」
「ん‥‥」
 3人で背中を流し合ったあとは、一般家庭のバスタブより一回り広い湯船に体を重ねてゆったりと浸かる。
「はぁ〜‥‥極楽じゃ〜♪ 美人の嫁と可愛い娘、男の幸せ満喫‥‥だな」
「うふふ、私も幸せですよ」
「‥‥ん‥‥気持ち‥‥良い‥‥」
 上機嫌で旅先の風呂を満喫する純一、テミス、そして澪。バスルームには、部屋の冷蔵庫から出してきた酒やジュースもある。
「ささっ、一献いっとこう」
「っと、ではお酌しましょうね‥‥みーちゃんはジュースよ?」
「ぁ‥‥ありがと‥‥」
 ゆっくりのんびり湯に浸かりつつ、グラスに注いだ酒とジュースで乾杯。
 端から見れば既に家族同然の3人であるが、純一とテミスはまだ正式な夫婦ではない。
(「今夜あたり‥‥話を切り出す頃合いかな」)
 内心で密かに思う純一であった。

 クロスエリアも温泉直行組の1人だった。
「やっぱり温泉は日本に限るね、欧米とかじゃ、みんなが裸で一緒に入るなんてまずないしね。裸の付き合いは大切だよ」
 とばかりに、遠慮無く混浴の露天風呂へとGO。
「くぅ〜、ふぁ〜♪ 日本の温泉は最っ高だね!!」
 満足げにお湯の中でくつろぐ彼女のすぐ近くで、旅館からレンタルの湯浴み衣を着たチェラルと凜も入浴していた。
「ステアーのパーツ、無事に回収できて良かったよね」
「だよねー。未来研の人たち、うまいこと解析してくれるといいんだけどなぁ」
「‥‥あっ、そうだ、今度新曲出てコンサート有るんだ、一応またチケット送るね」
「え、ホント? ありがとっ♪」
 そんな会話を交わしつつ、濡れた湯浴み衣に透けるチェラルの日焼けした肌をちらっと見やり、内心でドキドキする凜。
(「‥‥あっ、いやらしい事とか考えてる訳じゃ、無いんだからなっ」)

 同じ温泉組でも、タケシの目当ては近場の温泉探索だ。
 服装も【雅】浴衣「青海波」に着替え、【雅】たたみ草履を履いて表へ出る。
「其処に温泉があるならば‥‥行かねばなりませんねぇ」
 職業上、切り傷・打ち身等が多いのでその手の湯があれば尚よし。たとえ山中の秘湯であっても赴く覚悟だ。
「いざ‥‥温泉巡りへ!」
 タケシほど気合いを入れているわけではないが、到着後旅館でひと風呂浴びた天子も浴衣に着替え、ぶらりと散策を始めていた。
「やはり日本のじめっとした自然は良いものだな。苔の匂い、川の音、ここが生まれ故郷だという感じがする」

 とりあえず「のんびり休むこと」を目的に参加したナンナ・オンスロートは、普段の彼女を知る者が見たら驚くくらいダラダラと温泉→部屋で読書、時々居眠り→また温泉のループを繰り返していた。
「休みですか? 満喫してますよ」
 湯上がりに備え付けのマッサージチェアに揺られ、グダーっとしている。
 同じくグータラ過ごしていた霧島 和哉と出会い、他に話題もないので何となく盛り上がらない武装談義に耽ったりする。
「ドロームSMGは傑作銃ですよね」
 だがそんなまったりした平和も、同行グループの1人・アレックスによって破られた。
「‥‥だらけてねぇで、外行くぞ、外!」
 和みきった仲間達の様子に苦笑しながらも、やはり部屋で休んでいたメビウス イグゼクスも引っ張り出し、温泉街や土産物屋巡りに出発するアレックス。さらにアレックスの恋人トリシア・トールズソン、その親友・サンディも一行に加わった。

 セレスタ・レネンティアは旅館前でタクシーを拾うと、秘窯の里と呼ばれる大川内山へと向かった。車を降りると、奇跡的に戦火を免れ、狭い路地の両側に白壁土蔵に瓦葺き屋根という当時の面影を残した鍋島藩御用窯の里が、静かに彼女を出迎えた。
「原風景というのは良いですね‥‥空気が美味しい」
 自前の【OR】デジタルカメラを片手に鍋島藩窯公園や里内を回り、自然風景や、同じく窯元巡りに訪れたセシル シルメリア、雪待月らの姿を写真に収める。
「うわー‥‥すごいですー」
 銀細工師でもあるセシルは大きな窯を眺めてテンションあげあげ。また「雪お姉さん」と慕う雪待月と久しぶりに旅行できたのも楽しかった。
 雪待月の方も、窯元を巡りながらセシルの解説に熱心に耳を傾ける。
 一通り窯元見学が終わると、2人は現地の土産物屋に寄った。
「むむー。こういうのって確か木刀がいいんでしたっけ?」
 何だかんだと悩んだ末、雪待月の意見でお揃いの焼き物アクセサリを購入、店員に包んで貰うのだった。

 剣一郎とナタリアの家族、そして幸乃を加えた一行は伊万里から松浦西九州線で楠久駅へ。駅からは車で移動し、九州でも有名なM酒造会社を見学。
 この蔵元、先祖代々伝わる「河童のミイラ」を祀ってあることでも知られている。
 白鐘夫妻のすぐ傍らで、リヴァルと水無月 春奈の2人連れもガラスケースの中に保存されたミイラを興味深げに覗き込んでいた。2人は特に恋人という間柄ではないが、たまたま友人同士ということで昼間の観光を共に過ごしていたのだ。
「‥‥日本酒を造るには水が重要ですからね。水にかかわりのあるものを守り神にしたのでしょうね」
「昔の日本には、見世物用として人魚や鬼のミイラを作る専門の職人がいたそうだ。これもそのひとつであろう」
「とりあえず、本物‥‥です。そこに、皆さんの思いが詰まっている以上は‥‥」
 硝子越しにミイラを見つめつつ、真摯な口調で呟く春奈。
 M酒造を出た2人は外に駐めたリヴァルの車に乗り込んだ。
「お互い、一番傍にいてほしい人間がいないという点で残念ではあるがせっかくの機会だ。楽しもうとするか」

 弐識は地元で借りたレンタサイクルに乗って市内探索。荷台に横座りしたメリーが、落ちないよう彼の背中にしっかりしがみ付いている。
「おっ、メリー。あれいってみよーぜ、あれ。甘いモンはいいねーっ」
「わぁ、食べるー!」
 途中で見つけた店でアイスを買い、二人で一緒に食べる。恋人同士、旅先で食べるアイスの味もまた格別である。

「不思議だね。普段はあれだけ早く過ぎる時間が、今日は亀の歩みみたいにゆっくりだ。ずっとこのままでもいい位で‥‥ふわぁ」
 その頃、拓那を始めとする一行は、散歩がてら温泉街の猫探索を続けていた。伊万里が解放され住民が戻ってきたためか、自然と猫まで街角の至る所に集まっている。
「旅先の楽しみの、一つです」
 観光地だけに人懐こい猫が多く、小夜子が頭を撫でてやると「ニャ〜ン」と鳴いてすり寄りってきた。
「はは、流石温泉街の猫様だ。お客さんのもてなし方を良く心得てるよ。あーあ、気持ちよくだらけちゃってまぁ‥‥」
 拓那は苦笑しつつ、猫じゃらしを振って猫と戯れる相方を写真に収めてやる。
 そうして一通り遊ぶと、また次の猫スポットを求めて移動。
 その際、小夜子はさりげなく拓那の傍らに寄り添い、そっと手を繋いだ。
(「‥‥今なら、少しぐらいは良いですよね」)
 そんな2人に気を遣ってか、やや距離を置いて土産物屋を覗いて回るウラキ。
「温泉街か‥‥店が沢山あるね‥‥温泉卵‥‥? なんだこれは」
 やはり見る物全てが珍しく、1個試食してみた。
「中々、悪くないね」

 その頃市内の某温泉では、お目当ての露天風呂を見つけたタケシが大柄な体を湯の中に沈め、さっそく盆で浮かべた日本酒をちびりちびりとやり始めていた。
「此所の温泉の効用は‥‥何ですかねぇ?」

 源次は午前中の時間を使い、伊万里市外の秀林寺を見学した。
 ごく普通の小さな寺だが、境内に入ると右手に「猫大明神」の文字が刻まれた石碑、いわゆる「猫塚」がある。
「これが、かの有名な鍋島の化け猫か‥‥」
 石碑に浮き彫りになった七尾の化け猫。口をかっと開き形相も凄まじいその姿を眺めやり、古の祟り話に思いを馳せる。
「ここで化け猫キメラに襲われたらシャレにならんな‥‥出てくれるなよ?」

 冴城 アスカと神楽 菖蒲は午前中、玄界国定公園内、春には1万本のつつじが咲き誇るという竹の古場公園でゆっくり散策を楽しんでいた。
「綺麗な景色ねぇ‥‥ホント癒されるわ」
 アスカが菖蒲にいった。
 一方の菖蒲は軽装甲服兼パイロットスーツで身を固め、いつもの黒革のコートを羽織ったやや物々しい出で立ち。伊万里市を含む佐賀周辺は解放されたといえ、北九州各地ではまだバグア軍とUPC軍の戦闘が続いているのだ。
「‥‥福岡も早く市内まで奪還したいものだわね」
「ん? 菖蒲、いま何かいった?」
「ううん。ただの独り言よ」
 せめてこの一時、戦場のことは忘れようと、2人は遠く壱岐・対馬の島影を見やりながら歓談した。
 ランチタイムが近づくと、アスカが持参したガイドブックを取り出す。
「どの店が美味しいか食べ比べてみない?」
 スレンダーなボディに似合わず大食いのアスカは既に食う気満々。
 そのまま2人で市街地へと引き返したあと、入れ違いの様にリヴァルと春奈がやって来た。
 彼らは逆に公園でのランチだ。
「つつじの花が見られないのはちょっとだけ残念ですけど、眺めはよいですね」
 手作りの弁当を広げつつ、春奈はいった。
「一応、お弁当を作ってきたんですよ。お口に合うかは分かりませんけどね」
「すまんな、手間をかける」
 春奈の弁当に箸をつけつつ、海の彼方を見やるリヴァル。
「 壱岐、初めて傭兵として動いた場所か。懐かしい、ここから見えるのか 」
「お粗末さまです。外で食べると味も良く感じますからね」
 雄大な景観を楽しみつつ食事を終えた2人は、午後の観光のため再び伊万里市街へと車で戻るのであった。

 同じ頃、伊万里の食堂街。
 風呂上がり、浴衣姿で街に出た凜とチェラルは「食い倒れマップ九州編」を片手に昼食をとる店を捜していた。
「あ、あっちに伊万里牛のステーキ専門店があるみたいだよ」
「ホント? 楽しみだな〜♪」
 店のドアを開けると、先に入店した2人の女性傭兵が次々と運ばれてくるステーキ料理を平らげていた。
「ステーキは断固レア。レアよレア」
「まだまだ余裕あるけど、まだ食べる?」
 玄海国定公園から移動してきた菖蒲とアスカである。
 評判の店とあってか、同じ店内には午前中のんびりと散策を楽しんだ伊織や地元の食材を味わおうと訪れた悠季・アルヴァイム夫妻の姿もあった。
 さらに別席では、
「ん〜♪ レーションとは全っ然違うね!! 何で旅先の、しかも温泉入った後のご飯ってこんなにおいしいんだろうね?」
 旅館でひと風呂浴びてさっぱりしたクロスエリアが、大盛りライスのお代わりを頼みつつ満面の笑顔でランチを頬張るのだった。

 昼食後、再び傭兵達はそれぞれ名所巡りに出発。
 悠季とアルヴァイムは手を繋ぎ、肩を寄せ合って仲睦まじく市内の民芸品店などを見て回った。
「いらっしゃいませっ」
 何件目かに寄った店先で元気よく声をかけた橘川 海の顔を見て、悠季が目を丸くする。
「あら? あんた、こんな所で何してるの?」
「ええと、まだ若い人が帰ってきていないらしくて‥‥ちょこっとお手伝いですっ。夕方までには戻りますよっ」
 ひょんな所でバイト中の姿を知り合いに見つかり、ペロっと舌を出す海。
 アルヴァイムは暫く店内に留まると、民芸品について海や悠季の説明を熱心に聞き、郷土文化への理解を深めていくのだった。

 伊万里焼の原産地といえば大川内山だが、駅から歩いてすぐの市街地にも、本場の伊万里焼について一通り体験できる商工会議所の博物館がある。
 昼食を終え、伊万里市へ引き返してきた白鐘家一行は、その博物館の工房で「ろくろ」「絵付け」を体験してみた。
 工房内には他の傭兵達の姿も見受けられた。
「世界に一枚しかない絵皿というのも良いですね‥‥」
 と絵付け体験に臨む伊織。
 その隣では、やはり源次が大きめの絵皿に絵筆を走らせている。
 さらさらとイチョウ・紅葉の葉など描いたあと、オマケとして

『能力者も 恋したっていいじゃない 人間だもの』

「うむ、げんぢ先生の大作である」
 とはいえ自分でこの皿を使う様子を想像すると泣けてくるので、プレゼントの名目でレドリック・榛名夫妻の所へ贈って上げようと心に誓う源次。
「なかなか気持ち良い手触りだろ? 泥って」
 純一は澪を膝に乗せ、自分の手を彼女の掌に被せるようにして、ろくろ回しを手伝ってやった。
「よーし、そのままゆーっくり形を整えて、上手だぞーみーちゃん」
「ん‥‥すごい‥‥手触り‥‥。ふ‥‥ふぇ‥‥難しい‥‥」
 澪も懸命である。
「よし、じゃあ後は任せて、おかーさんと絵付けしてくるといい」
「ん‥‥行ってくる‥‥」
 自分用と決めた最初の湯飲みが出来上がると、純一はそれを澪に持たせてテミスの方へ行かせ、自らは残りの2つ――テミスと澪の分に取りかかる。
「お母様‥‥お父様が‥‥絵付け‥‥してくるといい‥‥って‥‥」
「よしみーちゃん、何の絵描こうか? あ、すみませーん!」
 テミスは博物館員のレクチャーを受けつつ、澪と2人で何とか家族茶碗の絵付けを完成させた。
 クラリッサもまた、兵衛を誘い陶芸教室に参加していた。
「‥‥やはり、初めてだと勝手が違いますわね。もう少し上手に出来るかと思ったのですけれど」
 初体験だけに出来上がりの焼き物は多少いびつだが、それも2人ならば後々の笑い話として良い思い出になる。
 もっともクロスエリアの作品はいびつを通り越して、もはやモダンアートであったが。
「‥‥何だろこれ? 私にも分からないや;」

 別フロアの売店コーナーでは、リヴァルと春奈がそれぞれお土産用の焼き物アクセサリーを見繕っていた。
「リサに土産として買っていこうとも考えているのだが、どうにもどれが適切なのか判断できん」
 親しいULTオペレーターへの土産物に悩むリヴァルのため、春奈もあれこれアドバイスしてやる。
「リサさんには‥‥ブローチとか似合いそうですし、リヴァルさんも同じようなデザインのネクタイピンを購入してはいかがかしら?」
 むろん春奈も自分用の土産を選ぶため、色とりどりの焼き物に視線を走らせる。
「私は‥‥帯止めでも‥‥。着物を着ることもあるかもしれませんし、先行投資ですね」

●湯煙の中で‥‥
 夕方になると、観光を終えて旅館に戻ってきた傭兵達はいよいよ温泉を堪能すべく(既に堪能している者もいたが)、内湯の大浴場と露天風呂等、各々お目当ての風呂場へと向かった。
「‥‥何故入り口が三つあるんだ‥‥男と女と‥‥その中間‥‥?」
 日本の温泉初体験のウラキには、まず「混浴」というのが理解できない。
 剣一郎とナタリアがとりあえず男女別に分れようとした時、幸乃は今日一番伝えたかった言葉を口にした。
「改めて、ご結婚おめでとうございます。特に白鐘さんは、ご自分のお身体もお大事に‥‥God bless you‥‥」

 一足早く戻った石榴は予め聞き出しておいた拓那と小夜子の入浴時間を見計らい、ニセ看板を立てて2人を混浴の露天風呂へと誘導した。
「私ってば何ていう恋のキューピット♪」
 風呂場で出くわした2人は驚いたが、小夜子の方が特に嫌がらなかったので、そのまま入浴することに。
「良い眺めですね。ふふ‥‥伊万里を奪還された方々に感謝しなければ」
 予期せぬトラブルに却って嬉しそうな小夜子。彼女と知り合って随分経つが、こうして側にいるのと意識すると、拓那は未だに胸が熱く、愛おしくなる。
「そっちの湯加減はどう〜? あ、まん丸お月様だ。そっちからも見える? 綺麗だねぇ‥‥天国ってここの事なのかも」
 半ば照れ隠しで、敷居越しに隣の風呂へ声をかけた。
「あら、こっちはお楽しみ中よ♪ 一緒に混ざる?」
 ちょうど隣の女湯では、アスカと菖蒲が他の入浴者に見せ付けるようにイチャついている最中だった。
「広くて気持ちいいわねぇ〜♪」

 剣一郎が男湯に入ると、ちょうど先に湯船に浸かっていた兵衛とでくわした。
「どうだ? ナタリアとはうまくやっているか?」
「そちらこそ、改めてクラリッサとの結婚おめでとう。遅くなってしまったが」
「暫く見ないうちにナタリアも美人ぶりが上がったようだ。それだけ白鐘に愛されている証拠だろうな。まあ、うちのクラリーも捨てたものではないがな」
「ははは‥‥そういわれると、俺ものろけ話が出てしまいそうだ」
「一緒に居られる時間こそ少ないが、妻がそばにいてくれるというのは良いものだな。‥‥守るべき者が居るというのは、力を与えてくれる。そうは思わないか?」
「同感だ。俺は依頼で動き回っているし、ナタリアも相変わらず未来研で忙しいからな。実際、まさか新婚旅行が今になるとは」
 そういって微苦笑する剣一郎。
「だが彼女と一緒にいる時間は大切にしているつもりだ。榊もそうだろう?」

 内湯の大浴場にはサウナや水風呂なども備えられている。
 アレックス、和哉、メビウスの3人は、先刻から額を寄せ集めじっと水風呂に浸かっていた。
 先日の依頼で、敵の強化人間に大敗を喫した「反省会」である。
「‥‥次、は‥‥あんな事に‥‥ならないように、しなきゃ‥‥だね‥‥」
 和哉の口から悔恨の言葉がもれる。
 自身の、戦闘におけるなけなしの長所。
 心に誓った成すべき事。絶対に譲れない物。
 それら全てを、先日の依頼で完膚なきまでに叩き伏せられた。
 外傷こそほぼ皆無だが、心に負った傷は深い。
「‥‥兎に角、今は休みましょう。折角の休暇、ですからね」
 そんな和哉を労るように、メビウスが微笑む。
「次は、絶対に負けねぇ」
 グッと拳を握り締めるアレックス。
 そのとき風呂場のサッシが開くと同時に、「きゃあーっ!?」と黄色い悲鳴が響き渡った。
 紅桜舞がつい、間違えて男湯の方に紛れこんでしまったのだ。
 バスタオルを体に巻き付け、そのままバタバタと廊下を走り去っていく。
「何だったんだ‥‥?」
 思わず顔を見合わせるアレックス達であった。

「伊織さんです? 偶然ですねー」
 大浴場の女湯に向かった伊織に、セシルが声をかけてきた。
「あら。セシルさんは昼間どちらの方へ?」
「ええ、雪お姉さんと大川内山の窯元巡りに」
 その言葉のごとく側には雪待月、向こうで一緒になったセレスタの姿もある。
 伊織は持参のスペシャルトリートメントセットを取り出すと、自分も伊万里焼の絵付け体験に参加した事など話しながら、シャワー席の前で洗髪とヘアケアを行った。
「せっかくの温泉、素敵な男性の一人でも居れば良かったのですけれど‥‥」
 ぼやきつつもシャワーで汗を流すセレスタ。
 湯船に浸かったセシルは、隣に座る雪待月の体にじ〜っと見入った。
「‥‥やっぱり雪お姉さん凄いですー」
 同じ浴槽では親友の澄野・絣と共に入浴した海がのんびり鼻歌を歌っていた。
「上がったら、フルーツ牛乳飲もうねっ」
「日本では肌の触れ合いが大切なのですよ♪ ヒマリアさん、今日も存分に可愛がってあげますね♪」
「みゅあーっ!?」
 洗い場では例の如く美緒に捕まったヒマリアがふにふに&耳かぷ、さらにあそこをああされたりと玩具に‥‥もといスキンシップを楽しんで(?)いる。
 ようやく美緒から解放されたと思ったら、今度は背後から石榴に「だ〜れだ?」と胸を掴まれ、と散々のヒマリア。
「あれが日本の文化か‥‥面白いのう」
 その光景を見物しながら、夕方になって宿に到着したラクスミがもの珍しそうに呟いた。
「トリシア。こっちおいで、髪洗ってあげる」
 サンディはトリシアをシャワー席に座らせ、親友の金髪を優しく、愛しく洗ってやった。
 洗い終わった後は背中を流してやる‥‥と見せかけ、
「どれどれ、少しは成長したのかな?」
 背後からトリシアの可愛らしい胸を揉み、そのまま冗談半分にくすぐりはじめる。
「きゃははは! やめてよぉ、サンディ」
 笑いながら一応は抵抗するトリシアだが、その実まんざらでもないらしい。
 そんなトリシアをそっと抱き締め、サンディは耳許で囁く。
「大好きだよ。トリシア」

「温泉というのは、やはり心地よいものですわね。こう、体の芯から温まって、日頃の疲れが抜けていくような気がしますわ」
 湯船の中に居合わせたナタリアに、クラリッサがいった。
「やはり、愛するヒョウエの前でもいつでも綺麗で居たいですもの。温泉に美人になる効果があったらいいですわね」
 兵衛にとって常に最高の女性であることが、彼女の誇りでもあるのだ。

「そういや女湯から男湯って覗けるのかな?」
 石榴は空いた盥を逆さに積み上げ、仕切りの壁越しに覗いてみようとLets チャレンジ!
 残念ながら、頭一つ分届かなかった。
 そこで男湯の方にいるはずのウラキに対し、
「私、いま胸を洗ってるの〜」「わ〜、チェラルさんっておっきい♪」
 と音声のみ攻撃に切替える。
「なっ‥‥あまり人をからかうものじゃない‥‥」
 壁の向こうで体を洗っていたウラキは、聞き覚えのある声に思わず赤面した。
 依頼の古傷を癒すためゆっくり薬湯に浸かっていたヴィンフリートも、
「おいおい誰だ、男湯なんて覗くなよ。うほぁな人かそれとアレな女の人か?」
 訝しげに声を上げるが、
「‥‥まあいいや。見たいなら見やがれ」
 と開き直り、そのまま湯治を続けるのだった。

 温泉を出た後は宴会場で夕食となるが、有志の者はそのまま娯楽室も借りて温泉卓球大会も並行して開催された。
 一番手はアレックス対ナンナのシングル戦。非覚醒状態とはいえ、素でも超人的な身体能力を誇る能力者同士の対戦だけに、そのレベルはオリンピック優勝戦すら上回る。
 恋人と親友の卓球対決を前に、トリシアはどちらを応援してよいのか判らずワタワタ。
「浴衣で卓球とな? 変わっておるのう」
「これも日本の文化なのです♪」
 自らも浴衣に着替え、珍しそうに見物するラクスミに、にこやかに解説する美緒。

 夕食の宴会場も宴たけなわとなっていた。
「いやですから先生、レドリックはイイ奴ですよ? ゴツイけど」
「しかしじゃなぁ。十神家の婿には、それなりの品格というものが必要で――」
 可愛い孫娘を嫁に出した寂しさからか、酔うにつれ絡み酒になっていく源二郎に、苦笑しつつも源次と兵衛が酌をしてやる。
 浴衣姿の凜とチェラルはカラオケでデュエットを歌う。
 酒と料理を堪能したクロスエリアは、旅館から卓と牌を借り出し会場の隅で麻雀大会を始めていた。
「ふふ、甘い、甘いよ。それロンだよ」
 賑わう宴会場に、卓球を終えたアレックスとトリシアが現れ、白鐘夫妻に挨拶に来た。
「ご無沙汰してるな。これが新婚旅行ってトコか?」
「あの時のブーケ、部屋に大切に飾ってます」
「ウフフ。トリシアさんも、きっと幸せなお嫁さんになれると思いますわよ?」
 剣一郎の隣で頬を染め、ナタリアが微笑んだ。
 一方、美緒はプリネア軍一行が借りている宴席の間にすすっと侵入。ビールを飲んでいたシンハ中佐に、
「この形式で、サラスワティでも南海で祝勝記念月見会を‥‥そしてクリシュナ様のご招待を‥‥」
 と計画書をそっと中佐に手渡した。
「では、後ほど殿下にもお見せしておきましょう」
 頷きながら計画書を懐にしまう中佐。
「とはいえ、中国やカメル方面で戦火が広がっている折‥‥もしかするとクリスマスまで持ち越しになるかもしれませんぞ?」

●湯上がりの夜空の下
 宴会や卓球大会の喧噪をよそに、遠倉 雨音は入浴後、藤村 瑠亥を旅館の外に呼び出した。
 瑠亥がLHから姿を消して数ヶ月。戻ってきた頃には右目が失われ、纏う雰囲気も、まるで憑き物が落ちたように一変していた。
 何が起きたのか、今まで聞くことはできなかったが――意を決して、この旅行中に聞いてみるつもりになったのだ。
 雨音の問いかけに対し、僅かに左目を閉じていた瑠亥は、やがて懐から以前に雨音から貰ったクロスと、それと一緒につけられた別のクロスを見せた。
「これの‥‥本来の持主のところにな‥‥」
 バグアの占領下になってしまったことは知っていた。
 でも、それでも行かなければならなかった。
 ついに言えないまま、自分から奪い去ったあの場所まで戻って、言わないといけなかったことがあるから――それが贖罪。
 瑠亥は全てを打ち明けた。
「贖罪をしなければならないと‥‥以前言いましたね」
 雨音は片手を伸ばし、そっと労わるように瑠亥の右目の眼帯を撫でた。
「『罪』の贖いは‥‥できたのでしょうか? そして、その結果は‥‥右目を犠牲にしただけの価値が、ありましたか?」
「そこで終ってしまっても別にかまわなかった、それが報いというならば構わなかった」
 結果として失った、抉られた右目を指差しながら自嘲気味にいう。
「もっとも‥‥こうして今話せているのだから、戻ってこられたのは素直に嬉しいことなのだろうけどな‥‥」
 相手が雨音だからこそ、言っても構わないと思った。
 その先を言うのにまだ抵抗はあるが。
「こう思えるようになったのは、雨音やあそこで手伝ってくれた者たちのおかげだ。礼をいう‥‥ありがとう」

 同じ頃、一真もマリアを夜の散歩に誘っていた。
「俺も温泉って来た事なかったんですよ。それで、お誘いしてみたんですが」
「ん‥‥楽しかった。ありがとう」
 夜目にも白い少女の横顔は、やはりどこか虚ろで人形めいている。
「その‥‥不躾な申し出なんですが。一つ約束をして欲しいんです」
「‥‥何?」
 以前の大規模作戦。マリアが単機でシモンのステアーに接近しようとしたことに、一真は触れた。
「もし同じような機会があっても、決して一人で行動しない、と約束して下さい‥‥その時俺が居れば、一緒に行きますから」
「でも‥‥一真まで、危険に巻き込まれる」
「約束ですよ?」
 やや語調を強め、そしてにっこり笑い小指を差し出す一真。
「‥‥」
 やや戸惑っていたマリアだが、やがてコクンと頷き、細い小指を一真の指に絡ませるのだった。

 部屋で澪を寝かしつけた後、純一とテミスは窓際に腰掛け、伊万里の夜空を見上げていた。
「家族って‥‥やっぱ良いなぁ‥‥」
 しみじみと呟く純一。しばしの沈黙の後――。
「‥‥なぁ、テミス。俺と一緒にならないか?」
「え、と、それって‥‥私でよければ‥‥」
 驚いて目を瞬かせるテミスだが、間もなく頬を赤らめ「はい」と答えた。
「まさか傭兵になって、もう一度家族ができるなんて思いませんでした」
 そんな2人の会話には気づかず、澪は布団の中ですやすやと寝息を立てている。

 アレックス、和哉、メビウスの部屋にはお菓子とジュースを手土産にナンナ、トリシア、サンディ、海、絣が押しかけトランプや雑談に耽っていた。
 いつしか話題は季節外れの怪談大会に。
「こここ、怖くないですよっ?」
「振り返るとそこには‥‥」
「うーうー、騎士の情けをっ」
 サンディの語るとっておきの怪談に、両耳を塞いで思わず涙目の海。
 だが昼間のバイトに疲れたのか、いつしか絣にもたれかかりウトウトしている。
「この辺でお開きかあ?」
 アレックスは同じく眠り込んでしまったトリシアをお姫様だっこで抱き上げ、そのまま女子部屋へと運んでやった。
「‥‥おやすみ」
 額にそっと口づけし、そのまま自室に引き返す。

 宴は終り、静けさを取り戻した温泉宿で、傭兵達は各々の時を過ごした。
 旅館の従業員から混浴露天風呂の空き時間を連絡してもらったアルヴァイムは、悠季と共にゆっくりと入浴。日本酒と甘酒でしっとり月見酒を堪能した。
 深夜、やはり人気のない時間を選んだ剣一郎は改めてナタリアと混浴の風呂に浸かった。
「やはり温泉は良いな。義父さんと義母さんは何か言っていたか?」
「ええ。『良い夫に恵まれたな。幸せになれよ』と、それだけ‥‥」
「早く孫の顔を見せたいとも思うが‥‥子を産み、育てるのは何かの片手間に出来る事でもない」
 授かったなら無理を通してでも頑張って育てるつもりだが、今は焦らず行こうと剣一郎は思った。
「こんな時代ですけど‥‥私も欲しいですわ‥‥剣一郎さんとの子供」
「ナタリア、愛している」
 剣一郎はそう囁くと、湯煙の中で愛妻の体を抱き締めた。

「ね、ねえ‥‥一緒にお風呂入ろ?」
 水着に着替えたメリーは弐識を誘い、白鐘夫妻と入れ違う様に混浴風呂へ向かった。
「はぁ、良い湯だよなぁオイ」
「えへへ、にっしー‥‥」
「な、楽しかったか? ひひ」
「うん! 後でコーヒー牛乳飲んで、一緒のお布団で寝よ?」
「考えて見りゃ、こーいう普通のでーとっぽいのは初めてだよな。ま、これからも色々楽しいことしようぜ。な、お姫様」
 そういって、弐識は一途な恋人の頭を撫でてやった。

 戦闘依頼の多い昨今、体を癒すため参加の天原大地は宴会やその他の喧噪には加わらず、深夜1人でゆっくり露天風呂に浸かった。
「‥‥いいねぇ、この静けさ。戦争してるなんざウソみてえだ」
 岩に背中を預け、夜空を見上げる。
 故郷の奪還、死した幼馴染と友の弔いとしてのバグア打倒、友を死なせてしまった自分のように苦しむ者を生まない、そんな未来が、頭上に輝く星と重なる。
「‥‥やれやれ、星が未来じゃあだいぶ遠いじゃねえか」
(「‥‥けどよ、掴まねぇとな――「星」を‥‥」)
 実は同じ露天風呂に源次も入っていたが、広いうえ湯煙のため互いの姿には気づかなかった。
「人の笑顔っていいもんだよな‥‥」

●明日に向けて
 翌朝。絣の奏でる静かな笛の音が流れる中、起床した傭兵達はそれぞれ帰り支度を始めた。
 親しい者への手紙を認める者。売店で土産物を見繕う者。最後の朝風呂を楽しむ者など、人それぞれである。
 海はアレックスに、朝一番で出した写真とキーホルダーを渡した。
「怪我しちゃ、ダメですよ。『どんな戦場からも生きて帰る』っていっても、怪我は心配する人、たくさんいるんですからっ」
 写真の中にはトリシアの心配そうな表情も入っている。
「分かっちゃいるんだが。‥‥気を付ける。さんきゅ」
 苦笑しつつ、お説教付きの贈物を鞄にしまうアレックス。
「また皆で来ようぜ」

 かくして伊万里での休暇を終えた傭兵達は、またそれぞれの戦場へと戻って行った。

<了>