●リプレイ本文
バグア軍襲来の報せは、間もなく同じ浜辺で撤退準備を進めていた傭兵部隊にも伝えられた。
「くっそー‥‥嫌なタイミングで襲って来やがるぜ。支援部隊が到着するまでの間、何が何でも食い止めるっきゃねーな‥‥!」
ノビル・ラグ(
ga3704)は背嚢の中から必要な装備を取り出し、素早く身につけた。
「シモン(gz0121)が墜ちて崩れるかと思ったけど‥‥持ち直したのか? 新しい司令官でも就いたか‥‥」
聖・真琴(
ga1622)はカメル本土の方角を険しく睨みつけた。
「まさかあの『野郎』‥‥か?」
ウランバートルに滞在していたゾディアック「蟹座」エリーゼ・ギルマン(gz0229)のFRがカメル方面に移動したらしい、という噂は既に傭兵達の耳にも届いていた。
「しかし‥‥奴が司令官ね‥‥祝いの一言でも送ってやりたいが‥‥今は時間を稼がないとな」
漸 王零(
ga2930)の言葉通り、既に北方の海上では救援の海軍揚陸艦、そして支援のKV部隊が甲板上で出撃準備に入っている。ただしどんなに急いでも到着まで20分はかかるという。
「‥‥まぁ良いや。逢わなきゃ関係ない‥‥」
真琴はかぶりを振り、海とは反対側の密林方向から攻め寄せてくる敵戦力に視線を戻した。人狼型キメラのウェアウルフ。生身で相手にするには少々面倒な相手だ。
「キメラにしてはやけに統率が取れているな‥‥何者かが指揮を執っているのか」
まだ余力を残した正規軍兵士達(せいぜい1個小隊程度の戦力だが)が決死の覚悟でキメラ群の前進を押し留めている様子を一瞥し、イレーネ・V・ノイエ(
ga4317)は不審そうに呟いた。
キメラの動きがいつもの様な猪突猛進ではなく、左右に広く展開し、明らかに浜辺方向への迂回突破を狙っていたからだ。
「指揮官は強化人間か? ちっ、ますます厄介な!」
「色々気にはなるけど‥‥今は皆を無事に退かせるのが先決だ」
ノビルの言葉に真琴が答え、正規軍を支援すべく傭兵達も戦闘態勢に入る。
まず8名の傭兵は部隊を二手に分けた。
王零、ノビル、イレーネ、レールズ(
ga5293)、鮫島 流(
gb1867)が密林方向へ向かい、キメラとその指揮官の撃退。
真琴、月神陽子(
ga5549)、レティ・クリムゾン(
ga8679)は浜辺で待機、負傷兵の護衛と共に、前衛を突破してくる敵戦力がいればこれを迎撃する。
「指揮官がただの強化人間なら良いんですけどね‥‥」
レールズの脳裏に、結麻・メイ(gz0120)が遺した不吉な言葉が蘇る。
『NDF計画からとんでもない化け物が生まれるかもね』
竜の翼でいち早く前衛の友軍部隊の側まで駆けつけた流は、正規軍兵士達に呼びかけた。
「ここは俺達に任して、後退して浜辺のメンバーと合流を!!」
辛うじて戦えるといっても、彼らもまた傷つき弾薬も底を尽きかけている。中型キメラ相手の戦闘は余りに荷が重いだろう。最悪、浜辺の負傷兵もろとも虐殺の憂き目に遭いかねない。
「助かった! 我々だけでは、とても防ぎきれん」
能力者兵3名を殿に、歩兵部隊は密林方向に牽制射撃を加えつつ徐々に後退を開始した。
「敵側にも人間がいるのではないか? あの動き、キメラだけのものとは思えん」
やや遅れて到着したイレーネは、撤退してきた兵士の1人をつかまえて尋ねた。
「森の中に、青い服を着た人間らしい奴が3人‥‥全員、まだ子供の様に見えた‥‥」
兵士はうわごとの様に喋ったあと、両手で顔を覆いガタガタ震え始めた。大の男であるUPC軍人が、まるで自分が子供の様に怯えきっていたのだ。
「や、奴ら‥‥化け物だ! 特に両手に刀を持った女‥‥友軍のファイターが、手も足も出せないまま首を‥‥!」
「青い服の餓鬼!? ‥‥もしかして、NDF‥‥か?」
「シモンの遺児たちも今では奴の部下というわけか‥‥」
ノビルと王零は顔を見合わせ、頷いた。
その間、イレーネは無線で浜辺にいる仲間達に状況を連絡する。バグアのジャミングにより通信状態は劣悪だが、何とか情報は伝わったようだ。
「敵はNDFか‥‥」
浜辺でイレーネからの通報を受けたレティの心境は複雑だった。
ハリ・アジフ(gz0304)の心理改造により殺人鬼に変えられた少年少女達への同情。先の大規模作戦で、戦友の命を奪ったカメル・バグア軍への復讐心が胸の裡で交錯する。
「だが、まずは撤退する兵隊をこれ以上虐殺させる訳にはいかない。‥‥今は何より護る事を優先しよう」
陽子は救急セットで重傷者の応急手当にあたる一方、まだ体を動かせる軽傷者達に手持ちの武器弾薬を配った。
密林を抜けてくるのがキメラだけなら、真琴とレティ、そして自分の3名で何とか対応できるだろう。
「問題は、NDFのうち1人でもこちらに来た時ですわね‥‥」
「かかって来な、あんた達の相手は俺達だ」
流は竜の翼で素早く移動しつつ、両手剣のグラファイドソードで人狼キメラどもを斬り倒した。
森の奥から時折プロトン銃と思しき淡紅色の光線が撃ち込まれてくるので、強化人間がいるのは確かだろう。ただしその姿はまだはっきりと見えないが。
ふいにプロトン光線が止み、キメラどもが素早く左右へ分かれる。まるで何者かに道を譲るかの様に。
密林の中から、青いドレスをまとった17、8の若い女が姿を現わした。
「NDFか‥‥初見の者、というより面子が増えたのか?」
かつてNDFメンバーと生身で交戦経験のあるイレーネだが、この少女には見覚えがない。しかも彼女が腰の左右に差しているのは2本の武骨なククリ・ナイフ。
「面白い嬢だな」
興味を覚えるイレーネだが、同時に血なまぐさいまでの危険な香りを感じ取り、油断なくアサルトライフルの照準を合わせた。
「ようこそ能力者の皆様。NDFのマグダレーナと申します。どうぞお見知りおきを」
武器を構え警戒する傭兵達を前に、まるでパーティーのホストの如く優雅に一礼する。
「たった3人で一個中隊を強襲とは余程腕に自信がおありで?」
「中隊? ああ、あんな雑兵はキメラに任せれば充分でしょう」
レールズの皮肉に対し、蒼髪の少女は灰色の瞳を細め微苦笑した。
「そんなことより、初陣のお相手がその名も高い能力者傭兵の方々とは、光栄の至りですね。だって――」
マグダレーナの両目がカッと見開かれ、その笑顔は歯をむき出した残忍な哄笑に豹変した。
「テメェらの首かっ切って持ち帰りゃ、それだけアタシの戦歴にハクが付くしなぁ!!」
両手を腰のあたりで交差させ、瞬時に2刀のククリ・ナイフを抜き払う。
レールズは咄嗟にセリアティスの槍を構え、ソニックブームで射程を伸ばし更に流し斬りも加え、襲いかかってきた少女にカウンターの刺突を決めた。
一瞬、マグダレーナの動きが止まるが、すぐ顔を上げニタリと笑う。
「嬉しいじゃねぇか‥‥ようやく、ちったぁ遊べる連中が来てくれたぜっ!」
相手がウェアウルフであれば、おそらく生命の半分は削ったであろう一撃を涼しい顔で受け止めたのだ。
「これが強化人間? 冗談じゃないですよ‥‥本物のバグア並じゃないですか」
レールズは再びメイの言葉を思い出した。
「‥‥なるほど、これがNDFで生み出された化け物って訳か‥‥」
「はぁ? 一般人から見りゃテメェらだってバケモンだろーが! ま、アタシほどじゃないだろうけどサ!」
「みんな下がれ! こんな奴、俺1人で充分だ!」
流が叫ぶ。一見蛮勇ともとれる言葉だが、これは仲間同士で予め決めた「符丁」であった。
その場にいた傭兵達が一斉にサングラスを装着したり耳を塞ぎ地面に伏せるのを確認後、強化人間めがけ閃光手榴弾を投擲。
光と爆音が炸裂し、マグダレーナは片腕で顔を覆った。
その隙を狙い、流、レールズ、そして月詠と国士無双の両刀を携えた王零が突撃し集中攻撃をかける。
手応えはあった。
にも拘わらず、マグダレーナは凶暴な笑顔のまま、ぎろりと目玉を動かし傭兵達を一瞥した。
「少しはやるのねぇ。こりゃ、マルコの奴が勝てなかったワケだわ」
2条の閃光が走る。円舞のような動きから、ククリ・ナイフの重い斬撃が3人の傭兵を弾き飛ばす。3名の中では特に防御の高いレールズでさえ、一撃で手痛いダメージを食っていた。
「‥‥あの蒼い髪の女――滅茶苦茶強ぇ! 王零、レールズ、鮫島! 援護するぜ‥‥!!」
後衛に控えるノビルがSMGを構え、イレーネと共に援護射撃を浴びせる。
蒼髪の少女はゲラゲラ笑いながら、素早く後方に飛び退き森の奥へと逃げ込んだ。
態勢を立て直した傭兵達も後を追う。
強化人間を浜辺の負傷兵達からより引き離すことを考えれば、ある意味で傭兵側にとって計画通りの展開とも思える。
が、森に駆け込んだ直後、マグダレーナの声が木霊した。
「ここはアタシとマティアで充分よ! ヨハネ、あんたはキメラを指揮して浜辺の連中を片付けちまいな!」
前衛を迂回して浜辺へなだれ込んできたキメラの群に対し、レティの大口径ガトリング砲の砲身が回転し猛射を加えた。
真琴はニヤリと笑ってキアルクローを構え、限界突破と疾風脚を発動。
躊躇いなくキメラの群に突っ込んでいく。
「は♪ 喰らってやンよ! 掛かって来いや畜生共!」
流れる様に踊る様に。
勢いを殺さず、そのまま力に変えて――。
少女の肢体は軽やかに舞い、キアルクローの爪が、砂錐の爪を装備した回し蹴りが、かまいたちのごとく人狼の肉を切り裂きながら走り抜けていく。
元より一撃必倒を狙ってはいない。
すれ違い様にダメージを与えた敵は、後に続く陽子の振るう鬼蛍が、レティの放つガトリング砲の掃射が確実に仕留めていく。
背後を守る仲間達を信じ、真琴は一陣の風と化してキメラの群を縦横無尽に翻弄した。
ある程度ダメージの蓄積を自覚したところで、瞬天足により素早く自陣に戻り、救急セットを用い体力の回復を図る。
「新手だ!」
負傷兵の誰かが叫んだ。
「後から後から‥‥鬱陶しい奴らめ」
専ら援護射撃に専念していたレティも、応急手当を済ませた真琴と共に白兵戦を戦うべく、武器を大太刀「紅炎」へと持ち替えた。
「‥‥蒼ざめたる馬あり。これに乗る者を『死』という‥‥」
人狼どもの唸り声に混じり、微かに人語が流れてくる。
キメラの群を擦り抜け現れたのは、まだ14、5と思しきカメル人の少年だった。
「――NDFか!」
先にイレーネからの報告を受けていた人類軍の間に緊張が走る。
「‥‥彼らは地を支配し‥‥人を殺める事を許されたり‥‥」
独り言のようにブツブツ呟く少年、ヨハネの言葉に耳を貸している暇などなかった。
「貴方達の心にはまだ‥‥戦う勇気が残っていますか?」
陽子は振り返り、背後に控える正規軍兵達に呼びかけた。
答えのように構えられた彼らの銃には、それぞれ最後の弾丸が込められている。
「ならば教えて差し上げましょう、鼠を狩るつもりの猫に。窮鼠をみくびると、どうなるかという事を!」
陽子の手から照明弾が放たれた。
それを合図に、負傷者を含む百名近い兵士達の銃が一斉に火を噴いた。
嵐の如く襲いかかる弾雨に、一瞬キメラどもが怯む。
その隙を狙い、真琴とレティが左右から突進した。
キアルクローと砂錐の爪が人狼どもの肉を斬り裂き、紅炎の刃が赤い軌跡を描いてその骨を断つ。
そして陽子も走った。
狙うは唯一人、気怠そうな無表情でこちらを見つめる青服の少年。
「ただの敗北では終わらせません。一矢報いて、人類の誇りを取り戻します!」
全スキルを発動させた渾身の一撃――!
鬼蛍の刃がヨハネの肩口に食い込み、そこで止まった。
「‥‥貫けない!?」
ヨハネの口許に薄笑いが浮かび、片手でサーベルの鞘を払う。
至近距離からの刺突が、鈍い音を立て陽子の体を刺し貫いた。
「くぅ――ッ!」
苦痛に顔を歪めながらも、陽子はヨハネの胸板を蹴り飛ばし、辛うじて背後に飛び退く。傷は深いが、幸い急所は外れていた。
互いに半身を朱に染めつつ、NDFの少年とファイターの少女が対峙する。
「裁きの日は‥‥近いんだよ‥‥」
相変わらず意味不明の言葉を呟いていたヨハネは、何を思ったか突然踵を返し密林方向へ駆け出す。後を追う陽子の刃は、替って立ちはだかるウェアウルフを虚しく斬殺するだけだった。
森の中では、引き続きマグダレーナと傭兵達の死闘が続いていた。
木々の間を縫い、踊るような剣裁きでククリ・ナイフを振り回す少女に対し、王零は月詠で相手の斬撃を逸らし、国士無双で突きを入れる。時に兵装を持ち替え、機械剣やショットガンによる零距離射撃などの奇手も躊躇せず用いた。
流は障害となる樹木を面倒とばかりソードで薙ぎ払い、相手と間合いが開けばすかさず拳銃ジャジメントを撃ち込む。
マグダレーナに斬りかかられたレールズはまず1刀をセリアティスで受け止め、続けざまの1刀を槍の柄を回して受け止めた。
「槍にはこういう使い方もあるんですよ!」
ソニックブームを乗せて零距離から刺突を浴びせる。が、少女の体は僅かに揺れただけで、横凪ぎに払う反撃の刃がレールズの脇腹を抉った。
一方、イレーネとノビルは森の奥にいるマティアと撃ち合っていた。
敵はまだ10歳の幼女。しかし小さな体を利し、密林の中を素早く移動しつつ容赦なくプロトン光線を浴びせてくる。
「そうそう好きに暴れさせるかよッ‥‥これでも喰らいやがれ!!」
ノビルは隠密潜行で身を隠し、木の間を過ぎる青い人影に向けて影撃ちで貫通弾をお見舞いする。
2人は援護射撃のスキルを巧みに用い、何とかマティアが仲間を直接援護できないよう動きを封じることに成功していた。
北方の空から響く轟音。救援のKV部隊の到来だった。
「ちっ。時間切れかよ」
悔しげに曲刀を引いた蒼髪の少女に、やはり一歩下がった王零が声をかける。
「ああ、そうだ。エリーゼに伝言を頼む」
「? あんた、うちの司令官のこと知ってんのかい」
「まあな。『着任おめでとう‥‥汝と逢える機会が減らない事を祈ってるよ。ああ、前任者の様にせっかくの美貌を損なわないよう気をつけろよ』と‥‥汝の真名を知る待ち人が言っていたと‥‥な」
「へぇ‥‥」
ナイフの刃にべっとり付いた血を舐めつつ、NDFの少女は愉快そうに目を細めた。
「ま、伝えとくわ。今日は楽しませてもらったしね」
陸戦形態のバイパーが警戒にあたる中、兵士達は重傷者から優先に揚陸艦のホバークラフトへと乗せられていく。
「マグダレーナ‥‥。新約聖書に出てくる『マグダラのマリア』と――聖女と同じ名前かよ。ったく、趣味悪ぃぜ」
最後尾で撤収を待つ傭兵部隊の中、NDFが去った密林を見やってノビルが呟いた。
‥‥きっと、また戦う事になる。
そんな確信めいた予感を感じつつ‥‥。
<了>