タイトル:【聖夜】艦上忘年会マスター:対馬正治
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 25 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/01/09 00:22 |
●オープニング本文
●L・H軍港〜空母「サラスワティ」甲板上
「ふむ。準備の方は大事なく整ったようじゃの」
プリネア王女にしてサラスワティ艦長、ラクスミ・ファラーム(gz0031)は飛行甲板上を眺め回して満足げに頷いた。
「例年催しているクリスマスパーティーじゃが、今年は本国からわざわざ兄上が参加する。念には念を入れねばのう」
ラクスミのいう「兄上」とはプリネア皇太子にして国王代理を務めるクリシュナ・ファラームである。能力者のサイエンティストでもある彼はプリネア王国軍最高司令官も兼任し、目下UPC東アジア軍主導で進められているカメル解放戦の作戦会議に参加するためL・Hへ来島、そのついでに「サラスワティ」でのクリスマスパーティーにも出席するという報せが入っていた。
「‥‥ところでシンハ。これが日本の伝統様式に乗っ取ったクリスマスパーティーで間違いないのじゃな?」
飛行甲板一面に敷かれた畳敷き。ずらりと並んだお膳と座布団。
さらに会場の奥に一段高くセッティングされ金屏風まで置かれた舞台。
‥‥どこからどう見ても旅館の宴会場である。
会場の中央に置かれた高さ5m余りのジャンボツリーのみが、辛うじて「クリスマス」の面影を留めているが。
「はっ。日本では『ボーネンカイ』と呼ばれているそうですが‥‥」
王女から尋ねられた副長・シンハ中佐が、手元のパンフレットを見やりつつ答える。
ちなみにパンフレットの表紙には『幹事さんも安心! 格安宴会プラン』などと書かれているが、プリネア人である彼には漢字が読めないので無視している。
「いつぞやの温泉旅館で、こんな光景を見たような気もするが‥‥」
「つまりあれが日本の伝統様式なのでは?」
ただでさえ忙しい軍務の合間に押しつけられた幹事役のため、かなり適当である。
「出席者は浴衣姿がフォーマルとなります」
季節は真冬だが、太平洋上を常に移動し季節に合わせもっとも快適なポイントに位置する人口浮遊島L・Hの場合、甲板上でも寒いということはない。それでも肌寒いと思う招待客には半纏が貸与される予定だ。
「まあ今回は大規模作戦の祝勝会も兼ねておるしな。ひとつパーッといこうぞ」
そういってから、王女はクリスマスツリーの方をちらっと見やった。
ツリーの周りでは、同艦のマリア・クールマ(gz0092)少尉が大はしゃぎの李・海狼、李・海花の双子と共に飾り付けを行っている。
「あれからどうじゃ? マリアの様子は」
「勤務状況は特に変りありませんが‥‥非番の時など、甲板上でぼんやり海を眺めていることが多いようですな」
「まあ無理もないか‥‥ヨリシロとはいえ、元恋人のシモン(gz0121)があんな最期を遂げたのではのう」
「そのことですが‥‥」
ふいにシンハ中佐は声を落し、長身を屈めて王女に耳打ちした。
「UPC本部から入手した情報ですが‥‥参番艦を襲ったバイオステアー分裂体の肉片をULTと未来研が解析したところ、遺伝子情報は他の通常キメラとほぼ同じ‥‥つまりヒトゲノムは確認されなかったそうです」
「解せぬのう。シモンがあの怪物と融合したのなら、少なくともヨリシロのDNAは混ざるのではないか?」
「そこがUPC内部でも問題になっているようです。ステアーがキメラ化したのは暴走ではなく、最初から鹵獲防止のため仕組まれたトラップだったのではないかと」
「では、シモンの遺体はどこに‥‥?」
そう言いかけてから、ラクスミはさりげなく周囲に視線を走らせた。
「よいか? この件は暫く伏せておけ‥‥特にマリアの耳には入らんようにな」
「御意」
「話は戻るが‥‥日本の伝統的パーティーでは『ゲイシャ』による接待が付き物と聞いたが?」
「ご心配なく。その点はぬかりございません‥‥おまえたち!」
「「アイアイ・サー!!」」
野太い声と共に、女物の着物に島田髷、顔には白粉をべったり塗った筋骨隆々の水兵十数名がズラリと整列し、各人思い思いにマッスルポーズを決めていた。
「ひっ!? ば、化け物かっ!!」
「いえ、たまたま女性クルーの都合がつかなかったもので。『サラスワティ福利厚生組合』の有志に協力を要請致しました。本艦の名誉にかけ、誠心誠意接待にあたらせます」
接待というか、殆ど嫌がらせである。
(「本当に大丈夫かのう‥‥?」)
ラクスミの心配をよそに、クリスマスと祝勝会を兼ねた艦上パーティーの準備は着々と進められていくのであった。
●リプレイ本文
●宴の支度
「さ〜今日は船の上での宴会料理を作るよ〜」
オープンカフェ【子狐屋】経営者でもある矢神小雪は自ら宴会料理の提供を申し出ると、パーティー前日から「サラスワティ」艦内に食材や機材を持ち込み、【OR】フリルエプロンという出で立ちで料理の下準備に勤しんでいた。
「小雪の特注フライパンで出来立て熱々でおとどけするよ〜。わいわい楽しんでもらえればうれしいな〜」
百地・悠季も小雪を手伝い、材料の刻みや煮込みなどを担当する。
「空母に畳敷きって何て豪快な露天宴会なのかしらね」
本来なら夫と2人で出席したいところだが、あいにくスケジュールが合わなかったので仕方がない。
「まあ、宴会に催しがあるのは当然みたいだし、精々盛り上げてあげようかしらね」
何だかんだで世話好きの悠季であった。
「見てるだけじゃ悪いから‥‥」
明星 那由他もまた、会場の設営や配膳などの手伝いを志願していた。
ついでに「サラスワティ」では度々依頼を共にしている偵察機パイロットの李・海狼に【雅】浴衣「水玉」を、妹の李・海花に【雅】浴衣「向日葵」を贈ってやった。
「うわぁ〜、かわいいアル!」
「一応プレゼントのつもり、もうちょっと‥‥気の利いたものあればよかったんだけど、ごめんね」
「そんなことないですよ! 那由他さん、ありがとうございます!」
プリネア軍人といってもまだ幼い双子は、初めて着る日本の浴衣に大喜びで甲板の上を走り回った。
那由他自身も作業が終わった後、パーティ開会時には持参の【雅】浴衣「絣」に着替えるつもりである。
●聖夜の忘年会
そして、翌日の夕刻。
クリスマス・イブをロマンチックな洋上パーティーで過ごすべく、港には送迎の車に乗った招待客達が続々と集まってきた。
勇姫 凛は恋人のチェラル・ウィリンを誘い、最初に艦上へ上がるタラップを踏んだ。
「チェラル、大規模お疲れさま‥‥話聞いて、ひやっとする事もあったけど、また、こうやって一緒にパーティに行けて、凛、凄く嬉しいよ」
「てへへー、心配かけてゴメンね。でも何とか瀋陽も取り戻せたし、今夜は景気よくパーッと楽しもう!」
去年の七夕の際、凜から贈られた浴衣「紫陽花」を着付けたチェラルがワクワクしたようにいう。
「‥‥でも何でだろ? クリスマスパーティーなのに、浴衣推奨なんて」
「確かに変わってるよね」
そんな会話を交わしつつ甲板に上がったとき。
「ようこそおこしやすぅ〜〜!!」
会場へと引かれた赤絨毯。その両脇に、芸者姿のゴツイ男達がズラリと並び、三つ指をついてお辞儀した。
「いーーっ!?」
「ばっ、化け物‥‥凛が指一本振れさせないんだからなっ!」
素早くチェラルを背後に庇い、叫ぶ凜。だが、間もなく彼らが「サラスワティ福利厚生組合」の水兵達と判り胸をなで下ろした。
「一瞬、新しいキメラかと思ったんだぞっ」
「あー驚いた‥‥これってまさかどっきりカメラじゃないよねえ?」
チェラルはやや強ばった笑いを浮かべつつ、キョロキョロと周囲を見回す。
「貴様ら、お客様を脅かしてどうする!? ここはいいから、配膳の手伝いでもしておれ!」
MP(憲兵)の腕章を付けた海軍士官に一喝され、すごすご会場の方へ下がる男芸者‥‥いやゲイシャガイの集団。
そうこうするうちにも、次々と招待客のUPC、ULT、メガコーポ関係者、そして傭兵達が艦上に姿を見せ始めた。
「就航からこれまで無事戦い抜いて、もうこの艦も歴戦の勇士といった面持ちだな」
白鐘剣一郎は妻のナタリア・アルテミエフ(ナタリア・シロガネ)を伴い赤絨毯を踏んだ。剣一郎は紺の浴衣の上に【雅】甚平「漢」を羽織り、ナタリアは【雅】浴衣「桜舞」を着付けている。
「そういえば、帯の結び方などは大丈夫だったか?」
「ええ‥‥剣一郎さんに教わった通り結びましたけど‥‥大丈夫かしら?」
「問題ない。ナタリアも良く似合っているぞ」
剣一郎は微笑すると、今回のホストである艦長ラクスミ・ファラーム、並びにその兄でプリネア皇太子のクリシュナ・ファラームに挨拶するため両名の席へと足を向けた。
「ご無沙汰しております、皇女。毎回パーティ席上でのご挨拶ばかりが定例になってしまい恐縮です」
「おお、白鐘殿のご夫妻とは伊万里の温泉以来じゃのう」
王女は上機嫌に笑い、
「すまぬのう。兄上とわらわに気を遣ってもろうて」
そういうラクスミが着ているのは、パーティーに先立ち剣一郎が贈呈した【雅】浴衣「向日葵」。同じくクリシュナの方は【雅】浴衣「青海波」に身を包んでいる。
「殿下もご健勝のようで何より。中々皇女のお手伝いをする機会を得られぬままなのが、申し訳ない限りです」
「何の、カメルでグレプカを破壊したその方らの活躍は聞き及んでおる。それにこのユカタ‥‥なかなか着心地の良いものであるな」
皇太子は浴衣の両袖を広げ、鷹揚に微笑んだ。
ファラーム兄妹への挨拶を済ませ、用意された宴席に向かう途中、御坂 美緒とヒマリア・ジュピトル、テミスト、ミーティナらと出くわした。
「むむ、ヒマリアさんオペレーターになってから‥‥成長しましたね♪」
ふにふにふに‥‥
「む、胸とオペ業は関係ないんじゃ‥‥あぁン♪」
「仲良きことは麗しきかな。だが何事もほどほどが肝心だぞ? 無礼講とはいえ、クリシュナ殿下もいらっしゃる」
微苦笑を浮かべて自重を促し、そのまま畳敷きの宴会場へ。
「本日はお招き頂きまして有り難うございます、殿下。妻共々楽しませて頂きます」
榊兵衛は愛妻クラリッサ・メディスンを伴い、ファラーム兄妹に挨拶した。
「うむ。今宵は存分に楽しんで、今年一年の疲れを癒して欲しい」
こちらはまともな制服姿の海軍士官に案内され、宴会場へと赴く。
「‥‥何か色々と勘違いがあるようですわね」
ゲイシャガイの姿を目に止め、クラリッサが首を傾げた。
「艦長もクルーも異国人だから仕方ないと言えば仕方ないんだろうが‥‥まあ、せっかくの王女殿下からの招待だ。有り難く楽しませて貰うことにしような」
「まあ、わたしとしてはこうしてヒョウエとゆっくりと一緒に過ごせる時間があるだけで幸せなんですけれどね」
クラリッサはそういうと、嬉しげに兵衛の腕を取る。
「ねえ、覚えてます、ヒョウエ? 2年前のクリスマスも二人で『サラスワティ』に来た時のことを。きっとあの時からヒョウエの事意識していたのだと思いますわ。もっと早くに気付いていれば、今の幸せを手に入れることが出来ていましたのに‥‥勿体ないことをしましたわ」
「お初に御目にかかりますクリシュナ殿下、ラクスミ艦長、シンハ中佐。井出 一真さんの留守に若葉【弐】隊長職を北伐にて務めました、守原有希と申します」
「兄上、こちらは大規模作戦のおり、本艦のマリア・クールマ少尉が度々世話になっておる小隊の守原殿じゃ」
「いえ、こちらこそマリアさんにはいつもお世話になっております。本日は宜しくお願い致します」
「ほう。歳は若いが、実に頼もしい。今後ともマリアのことをよしなに頼む」
緊張した面持ちで謁見を終えた有希は、同行者のクリア・サーレクと共に会場へ。
「クリアさん、一緒に楽しみましょう」
(「思えば2月14日、うちのメール告白後、友達から始まって‥‥」)
その後幾つかの依頼やイベントを通し、徐々に深まってきたクリアとの仲。
それでも、まだ「友達以上、恋人未満」というのが現状だ。
「ね‥‥似合うかな?」
タートルネックニットワンピの上にケープカーデを重ね着したクリアが、ちょっとドキドキした様子で尋ねる。ちなみにこれらの衣装は今年のクリスマスプレゼントとして有希から贈られたばかりの品だ。
「は、はい。とても似合いますよ」
やはりクリアから贈られたヤドリギの腕輪を愛しそうに撫でていた有希は、はっとしたように我に返った。
全ての招待客を乗船させた「サラスワティ」はより南の海を目指して出港したが、甲板上では引き続き傭兵達によるファラーム兄妹への謁見が続いていた。
(「あれから一年、時が経つのは早いものですね」)
幼少期をロシアで過ごしたリヒト・グラオベンにとって、クリスマスは新年を祝う祭でもある。にもかかわらず、何故か心から祝う気持ちになれなかった。
つい先日、自ら看取ったバグア工作員、結麻・メイの最期が目に焼き付いていたからかもしれない。
(「‥‥ん、俺らしくもない悲観めいた想いでした」)
気を取り直すと、ラクスミ達サラスワティ関係者の前で持参したカバンの中身を披露した。
「今年は趣向を変えて、各種オルゴールセットを用意しました。どうぞ、中からお好きなものを選んでください」
「ほう‥‥では、わらわはこの『聖夜の星』を貰おうかの」
興味深そうにドイツ製の手回しオルゴールを覗き込んだラクスミが、その1個を選んで取り出した。
「じゃあ、私はこの『微睡む仔猫』を‥‥」
浴衣「晴天」を着付け、ちょうど会場の巡回を終えて戻ってきたマリアも1個を手に取る。
続いてクリシュナ、シンハ中佐、そして李兄妹も1個ずつを選んだ。
終夜・無月は如月・由梨を伴い空母の甲板上を歩きながら、ふと星空の下に広がる夜の海原を見やった。
「海か‥‥」
UK参番艦「轟竜號」内部の戦いでバイオステアーにとどめの太刀を入れた事。捕虜となったメイの最期を看取った事など、様々な記憶が脳裏を過ぎる。
そんな感慨に耽りつつも、ファラーム兄妹の御前に出た。
両名ともこういう席での挨拶は数多く受けているから、あまり堅苦しくされても楽しくはなかろう。とはいえ相手は王族、守るべき礼節は守り、紅く美しいラクスミの花束を贈呈した。
「御初にお目に掛ります‥‥自分はULT所属傭兵の末席に身を列ねる終夜・無月‥‥今宵は招待の程‥‥感謝致します‥‥」
「噂に名高い【月狼】の総隊長であるな? 勇名はかねがね聞いている」
穏やかに微笑む無月に対し、クリシュナも頷きながら握手を求めた。
「何だか見た目的には外国の方が間違って覚えてしまったというような風情が見受けられますが‥‥」
宴会場へと移動しながら由梨が小声で耳打ちする。
「‥‥気にしたら負けです」
微笑を崩さぬまま、無月は遠い目で月光に煌めく海原に視線を戻した。
「お初にお目にかかります。クリシュナ皇太子殿下、ラクスミ王女殿下」
サラスワティへは初の乗船となる水雲 紫は、いつもの【OR】狐面【影打】に【OR】黒乃和服【菊花】という出で立ちでファラーム兄妹に挨拶を述べた。
「この度はすば――らしい宴か‥‥パーティーで」
ちらっと視界の端に見えた、どこかピントのずれた会場の光景に一瞬頬が引きつる思いであるが、狐面が幸いし何事もなかったように振る舞う。
「私情故、申し訳ありませんが‥‥面越しの非礼は、お許し願えれば幸いです」
「苦しゅうない。今宵は無礼講じゃ」
セキュリティチェックは乗船時、指紋と声紋認証で済ませているので、空母の警備兵も紫の狐面姿を怪しむことはなかった。
会場ではエプロンドレスの小雪、割烹着姿の悠季、それに小雪の手配した調理スタッフらが食事のお膳を並べていた。
まずは軽い突き出しとして焼き鳥(各種 タレ・塩)、揚げ出し豆腐、枝豆、おでん(各種)、湯豆腐。
飲み物は日本酒(冷・熱)、ワイン(白、赤)、そして未成年向けに甘酒とソフトドリンク各種。
割烹着姿でも髪をアップにまとめた悠季の色っぽいうなじに、つい招待客の注目が集まるが、それも次の瞬間にはお酌のため寄り添ってきたゲイシャガイ軍団により各所で「うげっ!」「ぎゃあっ!?」と恐怖の悲鳴に変わった。
「お、今年も‥‥いや、見なかった事にしよう」
ロイヤルブラックのオートクチュール・スーツの上に同色のフロックコートを羽織り、帽子も黒のボルサリーノといつもどおりダンディな出で立ちで会場に現れたUNKNOWNも、惨状(?)を目の当たりにしてふっと顔を背ける。
「‥‥なんだか、久しぶりのサラスワティだな」
と感慨深げに甲板上を見回していた雪ノ下正和は、ゲイシャガイの姿を見るなりその場で凝固。
「――げっ!?」
とりあえずお酌は断り、手酌でジュースなど飲みつつお膳の料理に舌鼓を打つ。
(「あの水兵さん達はノリが良いだけで、変な趣味があるわけじゃなくネタでやってくれているんだろうな‥‥いや、そうであって欲しい」)
と心の底から願いつつ。
「ふむ、何やら色々とごちゃ混ぜになった日本風の宴会か。ま、こういったものも楽しいだろうし‥‥何より、マリアの気が紛れそうならば‥‥」
ワイングラスを片手に物思いに耽っていたイレーネ・V・ノイエは、目前を通過する漢ゲイシャの姿に顔をしかめた。
「何だ? 今のは‥‥何か違うというか変と言うか‥‥あ、あまり近付きたくはないな」
「ここは結構ですから、他の方々のお世話をなさって下さいね」
「妻がこうやって世話を焼いてくれているからな。俺達に気を使わなくても良いぞ。他の参加者達の接待に廻ってくれ」
クラリッサと兵衛は最初から夫婦仲の良い所を見せつけ、ゲイシャ衆を寄せ付けない。
「‥‥他の仲間に災厄を振ってしまったかな。まあ、俺としてはクラリーが側にいてくれるのが一番有り難いのは確かだしな」
苦笑いしつつ、兵衛は隣席にいる白鐘夫妻にも酒を勧めた。
「今年一年お疲れさま。ナタリアとは久しぶりだな。夫婦仲が相変わらず宜しいようで、俺としても嬉し限りだな。来年も宜しく頼むな」
「ああ。こちらこそな」
「よろしくお願いしますわ♪」
クラリッサはクラリッサで、遊びに来たヒマリアとテミスト、ミーティナにこの宴会にかなりの誤解が混じっていることを説明してやった。
「そーなんですかぁ? 日本の人は、みんなこうやってイブを祝ってると思っちゃった‥‥」
「‥‥まあ、これはこれで楽しいですからヒマリアさん達も楽しんでいって下さいね」
もっとも、中には全然気にしない者達もいたが。
「サラスワティ福利厚生組合‥‥サラスワティ内部のネタ組織と思っていたけど‥‥やっぱり、それ以外の何物でもないね」
料理をつまみながら、アーク・ウイングは「さもありなん」という表情で見物していた。その一方、腹の中では、
(「さーて、どんなふうに面白い騒動を起こそうかなー」)
ちょっと黒い悪戯心が疼いている。
「何だか奇妙な光景ですけれど、これがプリネア国の風習、なのですね」
石動 小夜子は宴席でゲイシャガイの群れを眺めつつ微笑んでいた。
「ふふ‥‥和洋が微妙に混ざっているというか‥‥服装はアジア風ですし、きっととても不思議なお国柄、なのですね。‥‥あの芸者さんたちも、きっとプリネア特有の文化、なのですね」
これがカルチャーショックというものか――と独りで納得する小夜子。
むしろ彼女の心配は、同席する新条 拓那の、どこかうかない様子にあった。
「まま、小夜ちゃんも、とりあえず一杯‥‥ってね。今年も色々お世話になりました。乾杯! さて、何から食べようかな」
浴衣の上に来年の干支にちなんだ虎縞ジャケットを羽織り、表面上はいつも通り明るく振る舞っているが、その実どこか落ち込んでいることを、恋人である小夜子は敏感に見抜いていた。
(「あれだけ決着を付けたいと言っていたシモンさんが、亡くなってしまったのですもの‥‥けれど、あれほどの豪傑の終わりにしては‥‥何処か腑に落ちません」)
カメル上空の戦いで撃墜されたシモンについて、UPCとしては表向き「死亡」という見解を取っているが、その一方で肝心の遺体が回収できなかったことから、軍の一部では彼の死を疑問視する声もあるという。
小夜子は内心である種の違和感、嫌な予感を拭い去れなかった。
(「もし何かあっても‥‥この命に代えても、拓那さんをお守ります‥‥」)
拓那のコップにジュースを注いでやり、お互い料理を楽しみながら、胸中で密かに決意を固める小夜子であった。
それはそれとして――。
ゲイシャガイの跳梁により半ばお化け屋敷と化した宴会場の有様を見かね、有志の傭兵達が主催者のラクスミに抗議することとなった。
「無礼を承知で進言するが、あそこにいる不気味な連中は何とかした方が良い。カッコから見るに芸者の類に見えるがアレでは本職に失礼だ」
時任 絃也が憮然として物言いをつける。
「場にそぐわないが、まだ黒服の方がましかと考える。忙しい任務の合間のことかも知れんが一考してくれ」
「この者はこう言っておるが‥‥どうなのじゃ? シンハ」
「ウーム。妙ですなぁ」
プリネア語で書かれた「日本文化ガイド」を読み直しながら首を傾げていたシンハ中佐だったが、間もなく頭を掻いてバツが悪そうに笑った。
「いや面目ない。どうやら、カブキの『オヤマ』と勘違いしたようです。ワハハ」
「おぬしという奴は〜‥‥」
「シンハ中佐、まさか識者であるあなたの指示だったとは」
ラクスミや剣一郎も開いた口がふさがらない。
「とはいえ‥‥今更、艦内勤務中の女性兵を呼び集める時間もありませんしなぁ」
「ぬう‥‥かくなる上は、せめて見栄えさえ良ければ女性でなくともよいのでは?」
ラクスミの瞳がキラーン! と輝く。
かくして貧乏籤を引いたのは、最後に挨拶にやってきた鷹見 仁だった。
「うむ、おぬしなら幾分マシになりそうじゃ」
「え? なに?」
突如能力者の海兵隊員に両脇から掴まれ、甲板の隅へと引っ張られていく。ラクスミから何事かを命じられたマリアも、化粧道具一式を携え無言で後を追っていった。
「きゃー! いやー! やめてー! おかーさーん! ‥‥うぅ‥‥もうお婿に行けない」
‥‥といった騒ぎの後、再び戻ってきたのは。
すっかり芸者の着物を着付け、顔までメイクを施された仁。
「似合ってるわ‥‥」
マリアに渡された手鏡を覗き、
「こ、これが私? ‥‥って、なんじゃこりゃあ!」
一瞬己の姿に見惚れてから悲鳴を上げる。
「おお、わらわの見込んだ通りじゃ♪」
実際、背の高さと若干体つきがゴツイ事を除けば、本物の女の子を使ってもここまでいけるか――というくらいの完璧な仕上がりであった。
その後、王女の命により会場を徘徊していたゲイシャガイ達は全員甲板の隅に隔離され、替わって男の娘芸者(仁)とマリア、それに面白がって志願したヒマリアが宴席の接待役を務めることに。
突き出しのお膳はいったん下げられ、替わってメインディッシュともいうべき料理の膳が運ばれてきた。
○魚料理
お刺身(各種)
焼き魚
ブリ大根
○鍋物
味噌煮込み鍋
コラーゲンたっぷり鍋
○クリスマス料理
鳥の丸焼き
チーズフォンデュ
チョコレートフォンデュ
○ご飯物
五目炒飯
白ご飯
いずれも小雪会心の手作りメニューだ。
その頃になると宴もたけなわ、舞台に拓那が上がりマイクを持って叫んだ。
「それでは始めましょう!サラスワティ艦上、突発! 和服、コンテストー! ゲストはラクスミ王女とシンハ中佐でお送りします。お二人ともよろしく〜」
ご指名を受けた艦長&副長コンビが驚きつつも壇上に上がる。
かくしてアドリブ企画「和服ファッションショー」が始まった。
参加は自由。飛び入り歓迎。
「さ〜て1番は傭兵エースと未来研才媛のおしどり夫婦、白鐘剣一郎&ナタリアの登場だーっ!」
拓那のコールに答え、剣一郎とナタリアが舞台に上がると宴席に向かってにこやかに手を振る。
「殿下、お二人のファッションは如何ですか?」
「うむ。夫婦で対照的な色合いを選んだ所がなかなか心憎い演出じゃのう」
‥‥という具合に、ラクスミとシンハがコメントを付けていく。
ただしあくまで座興なので、特に優劣はつけない。
唐突に始まった和服ショーに唖然としていた由梨も、無月に手を引かれ流されるように参加することに。
「さあ、続くは傭兵トップエース同士のカップルだーっ!」
「ほほう。まさしく似合いの美男美女じゃ」
「どちらが男かも判らないほどですなあ」
クリアは持参した【雅】浴衣「桜舞」および和装一式に着替えて登場。
笑顔で舞台に上がるや、くるりと一回り。
「この浴衣はクリアさんがご自分で?」
拓那のインタビューに対し、
「た、誕生日に贈られたんだよ‥‥守原有希さんに」
客席の方から大きな拍手、ヒューヒューと指笛が上がる。
壇上のクリアも、そして客席の有希も思わず赤面して顔を伏せるのだった。
そんな少女を微笑ましく見守りつつ、イレーネはのんびりワインを傾ける。
イレーネ自身は出場する気はない。むしろ客席で、可愛い娘たちの艶姿を肴に飲むのが彼女の楽しみだ。
クリアと同じ浴衣「桜舞」で出場した凜は、歌舞伎俳優よろしく浴衣の上半身を諸肌脱ぎし、大きく見得を切った。
「凛のこの桜吹雪、散らせる物なら散らして見ろっ」
「いよーっ! 待ってましたっ!」
客席のチェラルが大きくかけ声を上げる。
配膳の手伝い中、割烹着姿だった悠季は、改めて持参の浴衣に着替えて舞台に現れた。
半纏をスルリと脱ぐと柄は白地に笹格子。各格子の間に月の満ち欠けの模様が散りばめられ、それをさらに濃紺の帯で締めあげている。
「おお、まさに大人の色香というか‥‥自分がまだ20若ければ放っておきませんなあ」
「シンハ‥‥本国の奥方がこの場にいないと思って言いたい放題じゃのう」
そんなこんなで、大盛況のうちに和服ファッションショーは終了。
続いて有志による隠し芸大会へとなだれこむ。
「あぬびすのぬいぐるみ」を抱えた正和が腹話術のコントで笑いを取れば、元バスケ部のクリアは甲板上に設置したゴールを狙い華麗な連続スリーポイントシュートを披露。
ちなみに曲芸ドリブルもお手の物だが、さすがに浴衣姿でそこまではできない。
会場を煌々と照らしていた照明がふいに落されると、舞台上に当てられたスポットライトの中に須佐 武流の姿が浮かび上がった。
(「サラスワティにも‥‥1年ぶりくらいになるのか? あまり来る機会に恵まれなかったし‥‥」)
両手に抱えたエレキギター型超機械「ST−505」をつま弾きつつ、武流は思う。
(「ここに来ると‥‥昔のことを思い出す。あのときの俺のミスを‥‥」)
徐々にテンポが高まり、やがてハイテンションなビートのリズムを奏で始めた。
何も考えず一心不乱に‥‥ただひたすらに。
何もかも忘れて、武流はただ激しくロックを弾き続けた。
●去りゆく年、未だ見ぬ明日
再び照明が灯され、やや雰囲気の落ち着いた宴会場では、傭兵や招待客達が親しい者同士で和やかな談笑が始まっていた。
「やぁ、誠。楽しんでいるか?」
漸 王零は高瀬・誠の姿に目を留め、宴席に呼び込んだ。
「酒でも‥‥っと汝にはまだ早いか‥‥そうだな‥‥何か食い物をご馳走しよう」
「ありがとうございます、総隊長」
「なに遠慮はするな。今年一年がんばった汝への総隊長からの報酬だ‥‥今だけでも日常を忘れて楽しんでも罰はあたらんだろう‥‥な?」
「はい。‥‥今年も総隊長には、本当にお世話になりました」
(「メイの件も含めあいつも今年は大変だっただろうな‥‥たまにはこういった場で気晴らしができればいいんだが‥‥ふむ」)
「や、これは漸さん。お疲れ様です」
気さくに声をかけてきたのは、銀河重工社員の明石・小源太だった。
「久しくだね。元気にしていたかい? 雷電の件では色々面倒をかけてすまなかったね‥‥」
「いえいえ。こちらこそ、弊社の不手際で多大なご迷惑をおかけしまして」
「おかげで安心して戦えるよ‥‥これも汝が色々動いてくれたおかげだよ‥‥感謝する‥‥まぁ‥‥色々とこれからも世話になるかもしれんがそのときはよろしく頼むよ‥‥ほら‥‥どんどん飲め」
「おぉっと、こりゃどうも。頂戴します」
王零から受けた盃をぐいっと飲み干す小源太。
向かいの席からやってきた無月が、小源太に声をかけた。
「『ムラサメ』開発の件ですが‥‥あれから如何でしょう?」
「‥‥実はもうムラサメ開発は中止になったんですよ。ぶっちゃけ、いま銀河(うち)が販売に力を入れてるのはNMVコンペを勝ち抜いたシラヌイですからねぇ」
「皆の意見を纏めた嘆願企画書があるのですが‥‥送らせて貰えますか?」
「うーん‥‥まあ俺宛に送って頂ければ、上の方に回しておきますけど‥‥正直、期待はできませんよ? 俺自身、今は自分が担当してるXF−09Bの開発コンセプト見直しで余裕のない状況ですから」
手洗いのため席を立った誠は、その帰り、座敷の一隅でひっそりと手酌で飲む紫に呼び止められた。
「奇遇‥‥ですね? 浴衣、お似合いですよ」
「いえ、それほどでも‥‥エメリッヒ中佐から『たまにはゆっくりして来い』っていわれて」
「色々ありましたからね。中佐の粋な配慮‥‥でしょう。多分、おそらく」
お面を僅かにずらし、盃を口にする。
「真弓さんは‥‥その後、どうです?」
「‥‥相変わらず、です」
誠の表情が暗くなり、ポツポツと話し始めた。
強化人間である真弓にはFFがあるため、手術はもちろん注射や点滴さえ受付けない。「延命治療」といっても、その実態はただ意識不明の少女に対し、鼻から挿入したチューブで流動食を与えることくらいしかできないのだという。
「ただ‥‥余命1年を宣告された患者でも、実際には2年、3年と生き延びるケースもあるそうですし‥‥あとは、彼女自身の生命力だけが頼り‥‥だそうです」
「そうですか‥‥」
しばしの沈黙の後、紫はゆっくりと口を開いた。
「人が生きるには、何が必要だと思います?」
「え‥‥?」
「私は『生きたい』という意思だと思っています」
いいながら、狐面の女は懐から赤いリボンの切れ端を取り出し、じっと見つめた。
誠も息を呑む。「それ」が何を意味する物か、すぐに察したからだ。
「私には、それが無かった。だから『未練』だけで生きてきた」
「え? でも‥‥」
「けどそれも、限界な気がします。心が、生きようとしていない」
「そんな‥‥」
「それを証拠に色が――いえ」
「色が‥‥どうしたんです?」
「まぁ、だからってすぐには死にませんよ。私はしぶといですからね」
最後はいつもの如く飄々とした口調でいうと、そこで話を打ち切り再び飲み始める。
誠は不安げな面持ちで紫を見つめたが、仮面の上から彼女の本心を読み取ることはできなかった。
宴会料理にも飽きたアークが腹ごなしに甲板を歩いていると、会場から追い出されやけ酒を煽るゲイシャガイの一団が目に付いた。
「こんばんはー」
「おや? 坊や、確か夏にイベン島で‥‥」
「うん。アーちゃん、あの時のカメラまだ持ってるよ? マリアさんやチェラル軍曹の白スク水着ギリギリ写真」
あどけない笑みを浮かべつつ、ポケットから使い捨てカメラを取り出す。
「うっ、売ってくれ! 幾らだ!?」
「そーだなー‥‥」
その時。
「おい! 貴様ら、そこで何をしとる!?」
ああ、何ということか。会場の方からMPの士官がツカツカ歩み寄ってくるではないか。しかも間の悪いことに、イベン島で出くわした同じMP。
「おや? その子供、確かイベン島で――」
「アーちゃん、何もしてないもん」
いうなり、持っていたカメラをポイっと海に投げ捨てる。
『うぉあああぉああーー!!』
獣の如く雄叫びを上げ、十数名の水兵達がゲイシャ服を脱ぎ捨て、レミングの群れのように次々と海面にダイブしていった。
「のわっ!? な、な、何なんだ、おまえらは!?」
思わず腰を抜かしたMPが、狼狽しつつも慌てて無線で救難ボートの要請を出す。
「まあ水兵さんだから‥‥別に溺れたりしないよね」
クスクス笑いながら、アークはこっそりその場から離れていった。
同じ頃、甲板の一角に設営された救護用テントの下。
飲み過ぎで悪酔いした水兵や招待客を救護所へ誘導し寝かせていた那由他は、ふと首を傾げた。
「そういえば練成治療は二日酔いも治せるのかな‥‥?」
つい好奇心が頭をもたげ、超機械γを取り上げ錬成治療を施してみる。
その結果――患者の容態は良くも悪くもならなかった。
「やっぱりダメかあ‥‥使用目的が違うもんね」
といいつつ、しっかりデータをメモに取る那由他であった。
「海というのもいいもの、だ」
宴会場の喧噪から離れ、独り甲板の手摺りにもたれかかったUNKNOWNは、波の音に耳を傾け、潮の風に紫煙を靡かせながら、持参した3つのワイングラスに葡萄酒を注いだ。
「‥‥約束、守れなかった、な――シモン」
1つは己の為に。
1つは相棒の為に。
もう1つは‥‥シモンの為に。
ただ、波を見て想い出に浸る。
「そして‥‥未来に、乾杯」
ふと人の気配を感じ振り向くと、やや離れた場所で、洋酒の小瓶を持った拓那が少しだけ自分で口をつけ、残りを海に注いでいた。
「っと、見つかったか。ちょっとね。この海のどこかに居るシモンとも一杯やろうかと思ってさ」
「君もかね」
2人の傭兵は暫く無言で夜の海原を眺めていたが、やがて気持ちに一区切りをつけると、またそれぞれの居場所へと戻っていった。
甲板上の別の一角では、イレーネがマリアを呼び出し2人きりで話し合っていた。
「元気そう‥‥だが、少し疲れているのではないかな?」
「‥‥」
「シモンのことを考えるなとも、無理に笑えとも私は言わん。だがな、全部を自分の中に封じ込めたままではお前に進める切欠も掴めまい」
「私‥‥判らないの。『あれ』が本当にシモンだったのか‥‥本当に、全てが終わったのか」
「だから‥‥私が、ずっとお前のことを抱き締めているから、溜まって出せない想いを全部、ぶちまけて良いのだぞ。私はお前の姉なのだから‥‥確り、私が受け止めるから」
「‥‥お姉さん!」
突然イレーネに抱きつくと、マリアは子供のように啜り泣き始めた。
「怖い‥‥5番目の『あの子』は私の身代わりになって死んだ‥‥カメルでは今でも新しい『私』が創られ続けてる‥‥私、まだ生きてていいの? 今、ここにいて‥‥みんなと笑っていい資格なんてあるの!?」
「もういい‥‥何も言うな」
そういって優しく「妹」を抱き締めるイレーネ。
その隻眼の先に、何事かを決意したような表情で立つ井出 一真の姿が映った。
「ほら、井出が何か用事があるようだぞ」
本音をいえば、このままマリアを抱き締め続けてやりたい。
だがそうもいくまいな――とイレーネは胸の裡で苦笑した。
「えーと、ですね。その‥‥一つだけ、お願いがあるのですが」
じっと俯くマリアに、一真が切り出した。
「これから、俺の言うことを聞いていて欲しいんです」
「‥‥」
「俺は、あなたが、好きです」
マリアは顔を上げ、不思議そうに一真を見上げた。
今の言葉の意味を懸命に考えている――そんな表情だ。
「ともかく、いつの頃からか俺の望みは一つです。マリアさんが笑顔で居られること――これからも、その為に俺はやっていくつもりです」
「‥‥私‥‥笑っていいの?」
「もちろん――いえ、俺がそうできるようにしてみせます!」
暫く沈黙していたマリアが、ふと思い出した様に懐から小さなピンバッジを取り出した。【スカイブルーエッジ】。ステアー撃墜のため、たった2人で作った一度限りの小隊のエンブレム。
「これ、空母の整備士さんに頼んで2つ作って貰ったの‥‥1個は一真に渡そうと思って」
「俺のために?」
「あの空で戦った時、たった2機だったけど‥‥私は独りじゃなかった。一真と確かに繋がってるような気がした。‥‥昔、あの人とカメルの密林を逃げてた頃みたいに」
掌に載せた2個のバッジのうち、1個を一真に手渡した。
「まだ、笑うのは無理かもしれないけど‥‥一真とだったら、見つけられるかも。‥‥私が今、ここで生きていられる理由が」
少女がその場から駆け去った後、一真は緊張の糸が切れたようにへたり込んだ。
「一寸二人で歩きません?」
有希はクリアを誘い、座敷を離れて甲板を歩き出した。
「北伐前の『生きて帰ってまたどこかに』って約束‥‥もし頂いたヤドリギの腕輪に自惚れてよかなら、その約束『ずっと』しませんか? これからの戦いも、よければその後も」
ちょっとドキリとしたように、クリアが立ち止まる。
「故郷奪還の悲願もそれでよそ見し辛いのは百も承知だけど、もう一つ我侭いいですか?」
有希はひと呼吸おき、
「メールや耳打ちじゃなく貴女の顔を真直ぐ見て言わせて下さい。クリアさん、貴女が誰より大好きです、愛してます」
「これから先も‥‥メトロポリタンXの奪回に躍起になったり、KVの改造に一生懸命になると思う‥‥」
クリアは正面に向き直り、少年の目を真っ直ぐ見つめた。
「それは変われないけど、ボクの想いもまた変わらないから‥‥来年もよろしくね、有希さん。大好きだよっ」
有希の頬に、少女の柔らかい唇が押し当てられた。
「プリネア名誉騎士として、セルゲーエフという敵の偉い人をやっつけて来たのです♪ きっと国の名声も高まったですよ♪」
浴衣姿の美緒はクリシュナの前で踊るように回りながら報告した。
さっき飲んだ甘酒のせいか、体がポカポカして寒さなど微塵も感じない。
「その話なら妹から聞いた。そなたは美しいだけでなく、勇敢な騎士でもあるのだな」
「あらら‥‥甘酒が効いてきたのでしょうか‥‥なんだかふらふらするです」
ついうっかりわざと、畳に胡座をかいたクリシュナの前に倒れ込む美緒。
「大丈夫か? 甘酒で酔ったわけでもあるまい」
「クリシュナ様に釣り合う女性になる為、ばんばん手柄を立てるので‥‥そうしたら結婚相手の候補として、見てくれますか‥‥?」
甘酒に酔った勢いも手伝い、美緒は皇太子を見上げ決意の眼差しで問う。
「ふむ‥‥確かに、そなたのように勇敢で美しい女性なら、妃としての資格はあるやもしれぬ」
クリシュナはふと憂いの眼差しで美緒を見つめた。
「とはいえ‥‥手柄も良いが、無茶はいかんな。傭兵なればこそ、危険を冒さねばならぬこともあろうが。あたら命を粗末にしてはならぬぞ?」
そして美緒の懐に、何やら小箱の様な物をそっと差し込んだ。
「うぅ‥‥酷い目にあった‥‥恨むぜ姫さん」
ようやく芸者役から解放され、げっそりした気分で仁は夜風に当った。
「すまぬのう。無理を頼んで」
「ちょっとしたトラウマもんだよ」
「じゃが、傭兵稼業ともなれば辛いことも多かろう。たまにはバカ騒ぎで忘れてみるのも一興とは思わぬか?」
いわれてみれば、儚く散ったメイや一向に対処法の見つからない真弓の身体の事で落ち込んでいた気持ちが紛れたのも確かだ。
(「気付かれないようにしていたつもりだったんだが‥‥向こうが一枚上手だったかな」)
仁はふっと笑い、ラクスミに向き直った。
「ま、来年もよろしくな、姫さん」
既に宴も終わりに近づき、人影もまばらになった宴会場で、何組かの恋人や夫婦達が互いに寄り添い、聖夜が耽る時の流れに身を委ねていた。
小夜子は騒ぎ疲れた拓那を誘い、膝枕で横にしてやった。
「今年も頑張りましたもの‥‥今日ぐらいは、ゆっくり休んで下さいね」
満天の星空を見上げ、
「海上のクリスマス‥‥素敵です‥‥」
同じ星空を、榊夫妻は会場から離れた甲板の隅で身を寄せ合ってゆっくり眺めていた。
「‥‥こういう安らかな日々が少しでも続くと良いですわね」
「今年もこうしてクラリーと二人で過ごすことが出来たな。来年の今頃もこうやって二人揃って何処かで星空を眺めることが出来たら良いな」
そしてお互い口づけを交わし合う。
無月と由梨は、甘酒を酌し合い、互いに鍋をつつきながら談笑する。
「由梨の酌だとより美味しく感じますね‥‥」
もっとも会話の内容は専ら戦争に関することで、あまり色気はないが。
「来年も宜しくお願いします‥‥」
凜とチェラルも冬の星空を見上げ、クリスマス気分に浸っていた。
「チェラル‥‥これ、クリスマスプレゼント。猫小さな鐘叩くの、可愛いなと思って」
凜からの贈物は、フリーデン社のレターセットと色鉛筆で描いたお手製のクリスマスカードを添えた手回しオルゴール。
「わ、偶然だね! 実は、ボクも‥‥」
チェラルが紙袋から出したのは、自分をモデルにした猫の手作りぬいぐるみだった。
「知り合いの傭兵さんから、凜君こーゆーの好きだって聞いたから‥‥あんまりデキは良くないけどね。てへっ」
「今年も色々お世話になったから、ありがとう‥‥そして、来年も宜しく。来年は、今年よりももっと、幸せにするんだからなっ」
頬を染めて告げると、凜は恋人の体をしっかり抱き締めた。
「しかし、気が付けばもう今年も終わりか。戦い続けだったとはいえ、本当に刻が経つのは早いな」
「‥‥そうですわね」
「来年はもう少し一緒にいられる時間を増やすよう努力しよう」
そういって微笑する剣一郎に、ナタリアはペガサスの絵柄を彫り込んだ木製の小物入れを贈った。
「‥‥実は‥‥昨日、同僚のお医者さんに診て貰いました」
「何だって? 何処か具合でも悪いのか?」
「違うんです。私達の子供‥‥3ヶ月目だそうです」
呆気に取られた剣一郎の顔を見つめ、ナタリアは照れ臭そうににっこり笑った。
<了>