●リプレイ本文
●それさえもおそらくは平穏な朝
「きゃあっ!?」
「わあっ!?」
前夜、自作PCの改造に熱中するあまりつい夜更かししてしまい、朝食もそこそこに通学路を走っていた井出 一真(
ga6977)は、前方の街角から飛び出してきた「その少女」と出会い頭に衝突してしまった。
「っとと、すいません、大丈夫ですか?」
謝りながら立ち上がると、目を回して失神している相手は同じ弁天学園の制服を着た女子生徒。年頃も、一真自身とほぼ同じくらいだ。
「き、君‥‥しっかりして!」
慌てて声をかけると、少女はパチっと目を開き、片手で頭を押さえつつフラフラ立ち上がった。
もう片方の手でしっかりトーストを持って。
「いったぁ〜〜‥‥」
「!!」
改めて正面から見た少女の、人形のように整った顔立ちを見て、一真の心臓がどきっと大きく鼓動を打つ。
(「か、可愛い‥‥!」)
「ご、ごめんなさい。‥‥ところで君も弁天学園の?」
「‥‥え? あ! はじめまして。今日からこちらに転校してきたマリ――あーっ!? もうこんな時間!!」
一真もつられて腕時計を覗くと、間もなく学園の警備員が正門扉を閉める時刻だ。
「わあ! もう遅刻寸前!? よ、よし近道しましょう、こっちです!」
少女の手を引き、とるものもとりあえず2人で走り出す。
「転校生ですか? それじゃあ名前は? クラスは?」
走りながら大声で尋ねる一真だが、背後からはしきりにモグモグいう音が聞こえるばかり。
どうやらトーストを食べるのに夢中らしい。
2人は滑り込みセーフで校門に飛び込むことができた。
「はぁ‥‥助かったわ。どうもありがとう」
「いえ、こちらこそ」
「じゃあ私、職員室に行って先生方にご挨拶してくるから」
「そうですか。では、気を付けて‥‥」
昇降口で上履きに履き替え、少女と別れて自分の教室へ向かったとき、一真はハタと気づいた。
「しまった! あの子の名前とクラス、聞きそびれた‥‥!」
その1時間ほど前。学園近くにある高層マンションの1室で――。
「ほら、いつまで寝ている零? もうすぐ1限が始まるぞ!」
金髪碧眼の美人女子大生、エリーゼ・ギルマン(gz0229)に毛布の端を思いきり引っ張られ、漸 王零(
ga2930)はベッドから落ちまいと大柄な体を丸めた。
「もう少し寝かせてくれ‥‥1限‥‥まかせた」
「調子に乗るな! いくら私が代返してやっても、試験に落ちたら留年は免れんぞ!」
(「やれやれ。この生真面目すぎる性格が玉に瑕だな‥‥」)
エリーゼの説教を聞きつつ、ベッドの中で思わず苦笑いする王零。
ここはギルマン家の部屋だが、王零の家とは昔から家族ぐるみのつきあいがあることから、エリーゼと同じく弁天学園大学部に通う王零も、学園に近いこのマンションに下宿生として厄介になっている身だ。
ひとしきり小言を言い終えた後、エリーゼは深くため息をつき、ちょっと寂しげな横目づかいで王零を見やった。
「おまえはそれでいいのかもしれんが‥‥私は、零と一緒に進級したいのだぞ?」
「‥‥分かった、分かった。顔でも洗ってくる」
やむなくベッドから起き上がり、大きく伸びをする王零。
とりあえず朝の一服、とばかり煙管などふかしていると、キッチンから引き返してきたエリーゼがタッパーのランチパックをぽんとベッドの上に置いた。
「朝食のサンドイッチだ。授業の合間にでも食べるといい。腹が減っては何とやら‥‥というしな」
普段着に着替えた王零とエリーゼがマンションを出ると、ちょうど登校途中だったリヒト・グラオベン(
ga2826)(母親の再婚のため現在は高瀬リヒト)、リヒトとは腹違いの弟の高瀬・誠(gz0021)、櫻小路・なでしこ(
ga3607)らとばったり会った。
「おう、みんなおはよう」
「おはようございます、王零」
ちなみにリヒトは王零と同じ大学部、なでしこは高等部、誠は中等部と歳こそ違うが、エリーゼも含めて彼らは幼馴染みの仲良しグループである。
「おや? メイは一緒じゃないのか」
王零がなでしこに尋ねた。
結麻・メイ(gz0120)。L・Hに本社を置き、有数の大企業グループを束ねる櫻小路財閥の令嬢であるなでしことは遠縁の親戚にあたり、かつては実の姉妹のように仲の良かった初等部の少女だ。
「それが、ここ最近メイ様と連絡がつかなくて‥‥」
なでしこの表情が曇る。
「友達の噂じゃ‥‥メイちゃん、最近はあまりタチの良くない連中と遊んでるらしいんです」
なでしこを横目で見やりつつ、いいにくそうに誠が説明した。
「それは感心せんな。一度汝らで意見してやったらどうだ?」
「でも、彼女の性格だと、下手にお説教なんかしたら却って意固地になりそうですし‥‥」
「なるほどな。まあ、もし困ったことになったら何時でも我に相談するがいい」
そう答えた王零の視線が、前を行くスーツ姿のがっしりした背中に向けられた。
「やぁ、義父。今日も暑くるしいぞ」
「誰が貴様の義父だぁーっ!?」
振り向き様に飛んでくるストレートパンチ。
その拳を紙一重でかわし、王零がカウンターで放ったお返しのパンチを逞しい腕がガードした。
「貴様は単なる居候だ! いいか、娘に指一本触れたらタダではすまさんッ!」
獅子の如く吠えたのは弁天学園の生活指導教師、ハワード・ギルマン(gz0118)。
エリーゼの父親であり、元米軍大佐の退役軍人という変わり種教師である。
演習中の事故で負った顔の傷を隠す鉄仮面も異色だが、娘に対する親バカぶりもまた尋常ではない。
「今朝のパンチにはキレがないぞ。早くも耄碌したか?」
「何の! まだケツの青いガキにひけはとらん!」
突然路上で始まる凄まじい拳と蹴りの応酬。
道行く人々が何事かと驚いて振り向くが、王零とハワードにとっては日常茶飯事、ある意味でスキンシップといっていい。
「2人ともいい加減にしろ! 毎日毎日、子供でもあるまいに」
呆れたエリーゼが割って入ったのは、丁度両者が互いの横っ面にクロスカウンターを決め相討ちになった直後だった。
「ほら零、講義に遅れるぞ? 全く、父さんも大人げないとは思わないか!」
「ぬぅ‥‥今朝も痛み分けか」
「ふっ。義父の老体を労って手加減したまでのこと」
「ファーック! この続きは後だ! 今夜こそケリを付けてくれるから、覚えておれ!」
エリーゼに引っ張られるように学園へと急ぐ王零に、中指を立てて怒鳴り返すハワード。
その間、リヒトたち一行は何事もないように会話を続けていた。
「‥‥しかしメイのことは困りましたね。やはり、一度注意した方が良いのではないですか?」
「そうですわね。‥‥分かりました。今日のお昼休み、メイ様と食事がてらお話ししてみましょう」
なでしこは意を決したようにいうと、隣を歩く誠に振り向きにっこり笑った。
「よろしければ、誠さんもご一緒にいかがです?」
「えっ‥‥?」
普段から姉のように慕うなでしこからの誘いに、照れ臭そうに頭をかく誠。
「そ、そうですね‥‥もしお邪魔でなければ、ぜひ」
「それは良い考えです。俺は合気道部の稽古があるのでご一緒できませんが‥‥後で結果を聞かせてください」
そういって、リヒトも穏やかに微笑み頷いた。
さて、時間を繰り上げ舞台は弁天学園高等部のとある教室。
(「せめて名前くらい聞いておけばなぁ‥‥」)
今朝方出逢った少女の面影が忘れられない一真は、自分の席で落ち込んでいた。
「よう、一真。どうした? 朝っぱらから元気ねーな」
後ろの席で携帯ゲーム機のギャルゲーに興じていたクラスメイトの雪ノ下正和(
ga0219)が、ゲームの手を止め背中をつついてきた。
「その表情から察すると‥‥ははーん。悩みの種はコレか?」
小指を一本立て、ニカっと笑う。
「そ、そんなのじゃないですよ!」
「隠すなって。そういうことなら俺に相談してみ? 親友のために一肌脱ぐぜっ」
「いや〜あの子とは、別にそんな関係じゃ‥‥」
耳まで赤くして口ごもる一真。バレバレである。
「そうかそうか。昔から小難しいメカ弄りにしか興味がなくて、浮いた話ひとつないおまえにも、ようやく春が来たってわけか‥‥うんうん」
正和は感慨深げに何度も頷き、
「‥‥で、相手の名前は? 何組の子だ?」
「それが皆目分からないから、困ってたんですよ」
「あちゃー。それじゃ俺も捜しようがねえなあ」
「ですよねえ‥‥」
机に突っ伏し、再びどよ〜んと暗くなる一真。
その時教室の扉が開き、担任教師が1人の女子生徒を連れて教壇に昇った。
「えー、HRを始める前に、皆さんに新しいお友だちを紹介します」
「今日からこちらに転校したマリア・クールマ(gz0092)です。どうぞよろし――」
と、そこまでいいかけたところで一真と目が合った。
「「あーーっ!! 今朝の!?」」
2人は目を丸くして、お互いを指さし叫んでいた。
●早弁少女とお忍びの姫君
「ここが今日から凛の通う学校か‥‥」
その日、もう1人の転校生――本業である芸能活動の関係でL・Hへと引っ越してきた勇姫 凛(
ga5063)は、早朝番組出演のため遅れた事情を警備員に話して門を開けてもらい、それ自体1つの街くらいの広さを誇る弁天学園の広大な敷地を見渡した。
「前は仕事忙しくて、出席日数ギリギリだったからな。ん? あれは‥‥」
グラウンドの片隅で、2人の女子生徒を数名の男子生徒が取り囲み、何事か揉めている様子が凜の目に留まった。
女子生徒はチェラル・ウィリン(gz0027)とラクスミ・ファラーム(gz0031)。早弁とサボりの罰で校庭をランニングさせられていたところを、突如現れた男子生徒たちに絡まれたのだ。
男たちの髪型は各々モヒカン、アフロヘア、そしてスキンヘッド。揃って似たような長ランにダボダボの学生ズボンを履いている。
世にも凶悪な面構えは、校庭よりも世紀末の荒野をバイクで暴走している方が余程似合いそうだ。
「お2人さん、こんな時間に仲良くジョギングか〜い?」
「寒いだろ? ウェヘヘ、俺たちとあったかいコトしねーかぁ?」
「余計なお世話だ‥‥!」
ラクスミより先にキれたチェラルが、不良たちを睨みながら一歩進み出た。
「おっ、何だぁ? 女のクセに、俺ら罵愚悪連合に楯突こうってかぁ?」
「罵愚悪だか馬糞だか知らないけど、女の子に手を出すヤツはボクが――」
と、そこまでいいかけた時。
何処かから飛んできた学生鞄が、モヒカンの頭部を直撃した。
「いてぇーー!?」
「まてっ、その手を放せっ‥‥君達、大丈夫?」
「何だてめーは!?」
「面倒くせぇ! こいつからやっちまえ!」
咄嗟に助けに入った凜に向かって不良たちが一斉に襲いかかってくる。
「アイドルを舐めるな! 演技のために格闘技だって習ってるんだからなっ」
ローラーブレードを走らせ不良共のど真ん中に突入するなり、相手の死角に回り込んで巧みに突きや肘打ち、膝蹴りを叩き込んでいく。
「ほほう。なかなかやるのう、あの生徒」
感心したように見物するラクスミの隣で、
「よーし。ボクも助太刀するぞーっ!」
腕まくりして喧嘩に加わろうとしたチェラルの目が、足元に落ちた凜の鞄に釘付けになった。正確にいえば、鞄に下げられた古びたキーホルダーに。
「こらーっ! 貴様ら、そこで何をしておる!」
「やべぇ、先公だ!」
騒ぎに気づき駆け寄ってきた体育教師の松本・権座(gz0088)を目にして、不良たちは慌てて校舎の方に逃げ去った。
「おまえたち、ケガはないか?」
「ボクらは大丈夫だけど‥‥先生、あいつら罵愚悪連合って名乗ってたよ?」
「罵愚悪? 妙だな。奴らはもう解散したはずだが‥‥」
「いったい何じゃ? その何とか連合とかいうのは」
ラクスミの質問に、チェラルと権座は気まずそうな表情で顔を見合わせた。
「んー‥‥ラクスミ君は、この件に関わらない方がいいよ‥‥」
「そうだな。‥‥とにかく、3人とももう教室に戻れ」
権座が立ち去った後、チェラルは拾った鞄を凜に手渡した。
「あ、ありがとう」
「キミ、凜君‥‥昔、近所に住んでた勇姫 凜君でしょ?」
「え? じゃあきみは‥‥ひょっとしてチェラル?」
驚いて聞き返す凜。
「すぐ判ったよ。だって、このキーホルダー‥‥引越しの時、ボクがお別れに贈ったヤツだもん」
「うそっ、チェラル‥‥凛、見違えちゃった」
「凜君、あの時お返しに護呪羅のぬいぐるみくれたでしょ? 今でも部屋に飾ってるよ♪」
「わぁ、あの時あげた怪獣のぬぐるみ、まだ持っててくれたんだ」
「えへへ‥‥嬉しいなぁ。こんなトコでまた会えるなんて」
さっきまでの威勢の良さとは一転し、頬を染めて凜と見つめ合うチェラル。
(「ふむ。わらわは、どうやらお邪魔虫のようじゃの」)
さりげなくその場から離れたラクスミは、教室ではなく校舎裏に回り込んだ。
中庭で草むしりをしていた若い東洋人の用務員に近づき声をかける。
「これ、威龍(
ga3859)!」
「はっ。何か御用でしょうか? 殿下」
華僑のプリネア人、威龍。ラクスミにとってはこの学園でただ1人の同国人である。
留学当初、心細さもあってかラクスミは彼にだけ自らの身分を打ち明けた。
以来、ことある毎に使用人のごとく扱っているのだが、威龍自身は嫌な顔ひとつせず王女に仕えていた。
それもそのはず、彼の正体はプリネア皇太子クリシュナより密命を受け、ラクスミのボディガード兼お目付役として送り込まれたシークレット・サービスである。
ラクスミが学園視察の勤めをきちんとこなしているかの定時報告もその任務であるが、ラクスミ自身はそれに全く気づいていない。
「おぬし『罵愚悪連合』という団体に聞き覚えはあるか?」
「罵愚悪連合‥‥昔、この学園を仕切っていた不良グループですね」
予め調査した情報から、威龍は淀みなく答えた。
「しかし、彼らは2年前、最後のリーダーが退学処分を受けてから解散したと聞いておりますが」
「き奴らは確かにそう名乗っておったぞ?」
「不穏ですね‥‥よもや新しいリーダーが現れ、グループ復活を目論んでいるのでは?」
「むむ。さすれば、学園の危機ということじゃな?」
「殿下、如何でしょう? 御留学中のこの学園に於いて起こっております騒動を巧く収めれる事が出来たなら、クリシュナ皇太子からの信頼も厚くなるかもしれません」
「ふむ‥‥それも一興じゃの」
「是非ご英断を」
その瞬間、中庭の茂みから目映いフラッシュが炊かれ、2人は驚いて振り返った。
「何奴じゃ!?」
「ふっふっふ‥‥プリネア王国から密かに来島した王女様。かつて学園を脅かした罵愚悪連合の復活‥‥まさに大スクープなのです!」
茂みの中から葉っぱだらけで立ち上がったのは、カメラを構え、腕に「新聞部」の腕章をつけたメガネのセーラー服少女。
校内新聞の記者、御坂 美緒(
ga0466)であった。
「新聞部!? いったい何時からわらわのことを!?」
「留学初日から追っかけていたです♪」
「ば、バカな‥‥何故バレたのじゃ!? この立ち居振る舞い、言葉遣い‥‥何処から見てもナウでヤングな今時の女子高生であろうが!」
「‥‥」
内心で色々とツッコむ威龍だが、あえて口には出さない。
「ご安心ください。とりあえず殿下のことは秘密にしておくのです」
「そ、そうしてくれるか?」
「これを機にラクスミ様の学友としてお手伝いをし、クリシュナ様の覚えめでたくなり、ゆくゆくは‥‥なのです♪」
「いやそんな、いきなり国の将来を左右するようなことをいわれても‥‥」
「義姉さんと呼んでくれて良いのですよ?」
「ううっ‥‥ともあれ、今は学園を救うのが先決じゃ。その方も力を貸してくれぬか?」
「ハイなのです♪」
●闇の生徒会! 迫り来る嵐の予兆
「すまないね。授業中にいきなり呼び出したりして」
高等部生徒会室。普通の学校ならば校長室並みに豪華な部屋のデスク上で掌を組み、生徒会長の緑川 安則(
ga0157)は鋭くメガネを光らせた。
「いいえ。これも生徒会副会長の務めですから」
そう答えるなでしこだが、いったい何事が起きたのか今ひとつピンと来ない。
「ここひと月ほどで、高等部の生徒会役員が次々と交替している件は知っているかね?」
「そういえば、そんな噂も‥‥」
「急病やケガ、家庭の事情‥‥理由は様々だが、問題は後任の役員になった連中だよ。見たまえ」
バサっと卓上に新役員たちの顔写真を広げる安則。
そこに写っていたのは、モヒカン、アフロ、スキンヘッド‥‥やはり学園よりは世紀末の荒野が似合う悪党面ばかりであった。
「まあ‥‥」
思わず両手で口を覆うなでしこ。
「全員、札付きのワルどもだ。これが偶然だと思うかね?」
「皆さん、改心して学園のため働くことになさったのですね?」
がくっ、と安則の肩が傾くが、すぐ気を取り直してメガネの位置を直す。
「なら良いのだが‥‥どうも私にはそう思えない。知っての通り、我が校の校則で生徒会長や副会長などの要職は厳密な選挙により選ばれるが、一般役員となるとクラス毎で自主的に決められる‥‥いい加減なクラスになると、面倒がってクジ引きで決めている所まであるほどさ」
「と申しますと‥‥その盲点を利用して、何者かが生徒会を乗っ取ろうと企んでいるといるということでしょうか?」
普段は天然でおっとりしたなでしこだが、頭の回転は早い方だ。すぐに安則のいわんとすることを察した。
「うむ。もう一つ心配なのが、彼らが過去、罵愚悪連合に関わっていたメンバーだということ‥‥」
「ただの不良が出来ることではありませんね‥‥何者かが陰で糸を引いているような気が致します」
「同感だ。一刻も早く、その黒幕を見つけ出したいのだが」
そのとき、なでしこのポケットの中で携帯が鳴った。
「はい、櫻小路ですが‥‥」
「なでしこですか?」
電話の主はリヒトだった。今は合気道部の道場からかけているという。
「実は、休憩時間に携帯をチェックしたら誠から『助けて』とだけメールが送られていて‥‥それから、何度電話してもつながらないのです」
「‥‥誠さんが!?」
同じ頃、講義を抜け出してきた王零は高等部の保健室で養護教諭のイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)と顔を合わせていた。
「やぁ‥‥イレーネ。今日も相変わらずな美貌で何よりだよ」
「相変わらず世辞がうまいな」
ストレートのロングヘアで右目を隠し、白衣の胸元を大胆に開けた美貌の校医は、デスクに片肘をついてアンニュイな笑いを浮かべた。
「ところで、何か面白い話はないか?」
王零とて単なる暇潰しに保健室を訪れたわけではない。
遊び人の大学生とは世を忍ぶ仮の姿。彼にはバイトで学園内の厄介事を密かに解決するトラブルバスターというもう一つの顔がある。
そしてイレーネは彼に依頼を仲介する、いわば窓口役というところだ。
「ま〜‥‥保健室に居ると、生徒達の噂も耳に入ってな。何でも罵愚悪連合が再び活動を再開したとか‥‥ときに、この生徒を知っているか?」
イレーネは一枚の写真を王零に渡した。
「誰だ、こいつは?」
「高等部のシモン(gz0121)。前の生徒会長選挙で緑川に僅差で敗れ、今は平の生徒会役員だ。成績優秀、品行方正‥‥ところが、なぜか彼だけ罵愚悪連合から役員の座を奪われていない」
「つまり、こいつが今回の黒幕‥‥?」
「それを調べるのが、貴公の仕事だろう?」
「やれやれ。面倒くさいが‥‥生徒会長直々の依頼では、断るわけにもいかんか」
そのとき保健室のドアが開き、マリアがおずおず入ってきた。
「すみません‥‥朝、道で転んで‥‥たんこぶができちゃったんですけど」
「そうか、早速診てやろう‥‥ほらほら、おまえ達はさっさと教室に戻れ!」
ベッドでくつろいでいた男子学生達を追い出し、マリアを椅子に座らせるイレーネ。
続いてエリーゼまで姿を現わした。
「零! 講義中姿を消したと思ったら、こんな所で何をしている!?」
「お迎えが来たようだな、漸」
「そのようだな。‥‥では、いずれまた」
エリーゼにきっと睨まれ、思わずイレーネは内心で苦笑する。
(「漸と自分は何もないのだが‥‥まあ面白いから良いか」)
そしてマリアのため、戸棚から冷湿布を取り出すのだった。
「いっそ告っちまえよ。同じクラスだなんて、絶好のチャンスじゃねえか?」
高等部の食堂でラーメンを啜りつつ、正和が一真に言った。
「そういわれても‥‥俺とマリアさん、今朝知り合ったばかりだし‥‥」
向かい合って炒飯を食べつつ、もう一つ踏ん切りがつかない一真。
「うーん、おまえ昔から奥手だしなぁ‥‥」
暫く思案した正和は、やがてポンと手を打った。
「こうならラブレターしかないっしょ? ギャルゲ的にも」
「ら、ラブレター!?」
「とにかく自分の気持ちを包み隠さず全部書くんだよ。携帯メールなんかより、ずっとインパクトあるぜ?」
「そうですね‥‥よし! こうなればイチがバチか、俺の気持ちを手紙でマリアさんにぶつけてみます!」
残りの炒飯を掻き込み、教室へ取って返す一真。早速レポート用紙を取り出しラブレターを綴り始める。
しかし、昼休みが終わってもマリアは戻って来なかった。
朝の事故で出来たたんこぶを診て貰うため、保健室に行った――それを最後に、ぷっつり消息を絶ってしまったのだ。
「困りましたわね。誠さん、メイ様も誘ってお昼をご一緒する予定でしたのに‥‥」
何となく緊張感の欠けた表情で呟きながらも、リヒトと合流したなでしこは校内で誠の捜索にかかった。
とはいえ広大な弁天学園。携帯メールだけを手がかりに消えた少年を捜すのは至難の業といって良い。
2人して困り果てている時、廊下の向こうからやってきた美緒、威龍、ラクスミの3人とばったり出くわした。
「まあ、ラクスミ殿下?」
「げげっ!」
慌てて威龍の背後に隠れようとしたラクスミだが、もう遅い。
「お忘れでしょうか? 去年、プリネア王宮のパーティーでお会いしたなでしこです!」
産油国のプリネアは、櫻小路グループの石油会社とも深い関係にある。
「そ、そうであったな‥‥お久しぶりじゃ、なでしこ殿」
「あなたが、あのラクスミ・ファラーム王女ですか?」
リヒトも驚いて留学生の顔を見つめる。
「いやあ、もうお忍びでも何でもなくなっちゃいましたねえ」
威龍は苦笑して頬を掻いた。
ラクスミの話によれば、威龍と美緒の調査から罵愚悪連合のアジトの一つである旧校舎の空き教室を洗い出し、直接乗り込む途中だという。
そこでリヒト、なでしこも合流し、5人は目的の教室へと急いだ。
一団となって駆けだし、教室の扉を破らんばかりの勢いで開ける。
そこで彼らが見たものは――。
椅子と机を端に寄せた教室の床に胡座をかいてたむろう、モヒカンにアフロの不良達。
そして部屋の中央では、誠がシュンとなって座っていた。
「リヒト義兄さん! なでしこさん! この人たちが、僕のこと無理やり‥‥」
「詳しい事情を聴きたいですね。事と次第によっては――」
「お、俺達だって知らねえよ! ただ、シモン様が『計画』が完了するまでこいつを閉じこめとけっていうから‥‥」
リヒトの静かな怒りを感じ取ったか、不良達が慌てて弁解する。
その中で、1人ポカンと口を半開きにした初等部生の少女がいた。
「なでしこ‥‥?」
「メイ様!」
嬉しげに駆け寄ったなでしこが、呆気に取られるメイの元に駆け寄り、少女の両手を取った。
「心配しましたわ。近頃、悪いお友だちとお付き合いしていると伺って」
「あ、あたしのことならほっといてよ! これもシモン様のご命令だもん」
「シモン様‥‥いったいどなたです?」
「えーと、何ていったらいいか‥‥」
頭のリボンを揺らし、赤面したメイが人差し指を付き合わせてモジモジする。
「傍で好きな人を応援する‥‥それでは50点ですよメイさん!」
「だ、誰よあんた!?」
いきなり美緒に指摘されてたじろぐメイ。
美緒はすかさずICボイスレコーダを取り出し、
「恋とは相手を助けるもの。つまりシモンさんの目的を理解し、協力してあげる事こそ恋する乙女の行動なのです♪」
「そ、そうかしら‥‥?」
「ですから、シモンさんがどんな計画を立てているかを教えてみて下さい♪」
「えーと、シモン様はねえ――」
美緒に気圧されるまま、メイが語った所によれば。
シモンの計画とは、生徒会の一般役員を徐々に罵愚悪連合のメンバーと入れ替え「闇の生徒会」を結成。現生徒会長をリコールできる人数を掌握した所で、一気に学園支配を実現するのだという。
「もう必要な人数は揃ってるのよ。でもシモン様は『あと1つ足りないものがある』って仰ってたわ」
「足りないもの‥‥?」
なでしこが首を傾げたとき。
『全生徒諸君に告ぐ!』
校庭の方から、拡声器の大音量で叫ぶ声がした。
●最終決戦! 弁天学園よ永遠に
「我が『闇の生徒会』は現時点を以て生徒会長のリコール、並びにこの私、シモンの生徒会長就任を決議する!」
背後に罵愚悪連合数十名を従えたシモンが大声で叫ぶ。
「そして紹介しよう。彼女が新たな副会長、マリア・クールマだ」
「え? わ、私が何で?」
シモンに肩を抱かれたマリアが呆然としている。
有無を言わさず拉致され、未だに事態を把握できていないらしい。
「あーっ! マリアさん!?」
ようやく恋文を書き上げ、後は彼女に渡すだけ――と緊張して待っていた一真は教室の窓から外を見て仰天した。
「こいつは、ただ事じゃねえな。動くとすっかね」
騒ぎを聞きつけた正和は自分のロッカーから木刀を取り出した。
「近頃のガキどもは‥‥」
ぼやきながらも、イレーネも救急箱を持って保健室を出る。
「誰よ、あの女!? ひどい‥‥シモン様、闇の生徒会の女王はあたしだって仰ったのにぃ!」
「やっぱりメイ様じゃ年齢がなぁ‥‥下手すりゃ犯罪だし」
不用意に洩らした不良は、その場でメイに蹴り倒された。
「ふっ。ついに正体を現わしたね、黒幕君‥‥」
校舎の中から安則が歩み出る。
その背後には、悠然と煙管をくわえた王零の姿もあった。
「来たな、旧時代の化石が‥‥さあ、おとなしく我ら優良種に支配権を譲るがよい!」
「シモン君、君は優良種こそ残すべきだというが、君自身が優良種だと言えるのかね? そもそも、優良種とは誰のことを指すのかな? 君のことかい? だとしたら君は裸の王様だなあ。そんな人間が優良種‥‥」
「黙れっ!」
シモンの拳が鈍い音を立てて安則の頬を殴る。
思わず動きかけた王零や正和を、安則が手で制した。
「おー、怖いねえ。君の言う優良種とは言論ではなく暴力で挑むのかね? つまり君は力しか誇れない馬鹿な男と証明するわけだね?」
「その通り! 所詮、この世を支配するのは力のみ! やれっ!」
「ウオォーーー!!」
獣の如き雄叫びを上げ、罵愚悪連合の不良達が安則に襲いかかる。
「よっ会長、雑魚は俺に任せなっ♪」
木刀を構えた正和が飛び出し、北辰一刀流の剣さばきで不良どもをなぎ倒す。
一見無防備に突っ立った王零は、近づく不良を煙管の一撃で昏倒させる。
なでしこやラクスミに手を出そうとした不良は、その場でリヒトの合気道、威龍の中国拳法で叩きのめされた。
チェラルと共に何事かと外に出た凜は、シモンの顔を見るなり愕然とした。
「あー! シーちゃん!?」
「わ、私をその名で呼ぶとは‥‥貴様、まさか」
「ちっちゃな頃はあんなに素直で、泣き虫だったのに‥‥」
「うわ! そんな昔の話を蒸し返すな!」
「でも、平和を乱すなら、凛、許さないんだからなっ!」
いうなり、ポケットから取り出す鋼鉄製の独楽。
「そ、それは――秘密教育委員会のマーク!? ば、バカな!」
「支配では生まれないゆとりや安らぎの時間も、大切な学園生活の一部なんだぞっ!」
「ま、仕方ないですよねえ。シモン君は‥‥」
切れた唇から滲む血をハンカチで拭いつつ、安則が引導を渡すように告げる。
「ロリコン薄毛野郎とでも言えばいいでしょうか? せっかくのいい顔が前髪の後退でもったいないことになってますよ。いっそ剃髪して僧侶にでもなったらどうですか」
シモンの広い額にびきびき血管が浮き上がり、その口から怪鳥のごとき絶叫が迸った。
『キシャアーー!!』
「あのバカ、シモン様の逆鱗に触れやがった!」
「ひぃっ! 逃げろ! 俺達まで巻き添えになる〜!」
それまで暴れていた罵愚悪の不良どもが、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
野獣と化して襲いかかってきたシモンの攻撃をかわし、安則は素早く護身用のメタルナックルを装着。
「シモン!! 貴様のような奴に学園の秩序は任せられん! 優良種? 優良種だと気取る貴様は絶対に優良種とは言えん! 地べたに這っておけ!」
安則の鉄拳がシモンの顔面を直撃。
『ぶべらっ!?』
そのまま数m後方に吹っ飛び、シモンは大の字になって気絶した。
負傷した不良達が悄然としてイレーネの治療を受ける。
「きっとメイさんの手を借りて使えば、シモンさんの頭も三ヶ月で豊かな世界を取り戻せるのです♪」
美緒は失神したシモンの横に、そっと育毛剤を置いてやる。
「これ、ホントに利くのぉ?」
「大丈夫ですよ。御父様の会社の製品ですから」
首を傾げるメイに、なでしこが微笑みかけた。
「全く‥‥あまり心配させるな」
エリーゼは王零のかすり傷に絆創膏を貼りながらため息を洩らす。
「ああ‥‥今日も疲れたけど‥‥義父とのラストバトルが残ってるな‥‥」
そんな中、最後まで事態を理解できないまま立ちすくむマリアに向かい、一真が歩み寄った。
「あの、これ‥‥」
「‥‥え?」
夕陽を背景に見つめ合う、一真とマリア。
かくして、弁天学園の一日は幕を下ろすのであった。
<了>