●リプレイ本文
「あるわよね、そういう事って」
ナタリア・アルテミエフ(gz0012)からの電話で事と次第を聞き、百地・悠季(
ga8270)は思わずため息をもらした。
彼女自身、傭兵業の傍らL・Hで喫茶店を経営する身である。
「急な事情で予約がドタキャンなんて珍しい事じゃないわ。キャンセル料貰ったからって用意した材料はそのままにしておけないし‥‥店としては困るのよね」
同じ飲食店経営者として人事ではない――と、つい遠い目で考えてしまう。
とりあえず手帳をパラパラめくりスケジュールをチェック。
「そういえば今月のデートはまだだったし、ここで楽しませて貰うわよ」
と、夫のアルヴァイム(
ga5051)と共に出席を快諾した。
さて、当日の昼下がり。
アルヴァイム夫妻同様、ナタリアから誘いを受けた傭兵達が「猫娘飯店」へとぼちぼち顔を見せ始めていた。
発起人であるナタリア自身、夫の白鐘剣一郎(
ga0184)と共に午前中から訪れ、出席者へにこやかに挨拶する。
「予約を取ろうと思った矢先にこれとは意外といえば意外だったな」
剣一郎は微苦笑しつつも、店内に入ると顔なじみである店主へと声をかけた。
「お久し振りです、ご主人。今日は宜しく頼みます」
「こちらこそご来店感謝するヨ。今日は腕によりをかけてご馳走するネ」
厨房の奥で料理人たちと共に下拵えした食材をせっせと調理しつつ、中華料理屋の主が嬉しげに答える。
「福利厚生組合って確か『サラスワティ』内でテンションの高い集団がいたような‥‥」
空母「サラスワティ」にはイベントなどで度々乗船して縁のある寿 源次(
ga3427)はちらりと思い返した。
「まぁ、こうしてタダで飲茶パーティーにありつけたんだから、組合様様ってトコロだ。ありがとう、福利厚生組合。活動に関わるつもりは無いけどな!」
ちなみに源次自身、この猫娘飯店にはまだ結婚前のナタリアや剣一郎達と夕食を共にした思い出がある。
「懐かしいな、アレからもう2年近く経つのか? 大将、ご馳走になりにきたぞ」
「元はといえば福利厚生組合が原因ですし‥‥お詫びの意味も兼ねて中華を楽しみます♪」
件の福利厚生組合の組合長、御坂 美緒(
ga0466)もやってきた。
なぜ傭兵の彼女がプリネア軍空母の福利厚生組合長を務めているかというと‥‥説明すると色々長くなるので、ここでは割愛。
「今回は飲茶ですね〜〜〜たまにはこういったのも楽しそうですね」
上機嫌で来店した王 憐華(
ga4039)は、同行の赤宮 リア(
ga9958)の方へ振り向いた。
「零はまだ来ていないみたいですね。どこで時間をつぶしているのでしょうか?」
零とは2人の夫、漸 王零(
ga2930)の愛称だ。もっとも彼自身は、余程心を許した相手以外にこの呼び名を使うことを許さないが。
「零さんの事ですから、刀剣屋さんにでも立ち寄っているのではありませんか?」
問われたリアも、周囲を見回し小首を傾げる。
とりあえず2人は王零が来るまでの間、準備の手伝いをしようと店に入った。
「お手伝いしますよ♪ ただ御馳走になるだけでは申し訳無いですしね」
「それは助かるネ」
「ちわーっ! 凜君、もう来てる? ‥‥まだお仕事かな?」
元気よく片手を振って現れたチェラル・ウィリン(gz0027)は勇姫 凛(
ga5063)の姿を捜してキョロキョロ会場を見回し、水雲 紫(
gb0709)は携帯を取り出し誰かを呼び出している。
諌山詠(
gb7651)は、これをいい機会とデートに誘った冴木美雲(
gb5758)と腕を組んで来場。
彼にとって美雲はL・Hに来て初めて親切にしてくれた相手であり、今では大切な恋人だ。2人きりのデートは、去年のクリスマスに兵舎の詠宅で聖夜を祝った時以来。
「実は中華料理屋に来るのは初めてなんですよね、と」
詠は今日の飲茶会場が店前の屋外である事を思い出し、
「食べていれば温まるかもしれませんが、寒いといけませんし」
予め持参の「耳あて付きニット帽」を美雲にプレゼントするのだった。
アリシア(
gb9893)と紅月 風斗(
gb9076)もカップル参加組だ。
「美味しいものが食べられるといいね〜」
もっとも、中には最上 憐(
gb0002)のように純粋に料理目当てで参加する者もいたが。
「‥‥ん。食べ放題と。聞いて。私。参上」
頭に装着した【L&P】ウサミミカチューシャをぴょこぴょこ揺らし、会場に並べられた幾つかの円卓と「猫娘飯店」の店舗を品定めするかのように見比べる。
「‥‥ん。食材の。処分を。手伝いに来た。任せて」
その瞳には、既に食材はおろか店ごと食い尽くさんばかりの食欲が燃えていた。
「『猫娘飯店』なのに猫は1匹もいないんですか?」
少々不満そうに辺りを見回すのは真上銀斗(
gb8516)。
「猫」の1字に反応して思わず参加を決めてしまった彼であるが、これは「猫娘」ではなく本物の猫である。銀斗は大の猫好きなのだ。
「猫娘」はアウト・オブ眼中。といって、決して人間の女性自体に無関心なわけでもないが。
「‥‥しかたないですね。では、普通に飲茶会を楽しむとしますか」
「ナタリアさん、ご招待有り難うございます。せっかくの機会ですから楽しみましょうね」
クラリッサ・メディスン(
ga0853)が白鐘夫婦に声をかけた。
背後には途中で合流したらしく、元傭兵でULTオペレーターに転職したヒマリア・ジュピトル(gz0029)、弟のテミスト、テミストのGFミーティナ、さらにミーティナの兄レドリックと十神榛名の夫婦といった面々の姿もあった。
「皆さん、お久しぶりで〜す☆」
「おうヒマリア君。元気そうじゃないか」
(「く、ポムポムしたいと右手が疼くが何とか抑えるぜ!」)
つい昔のクセが出そうになるのを堪える源次。
「今日は旦那様とご一緒ではありませんの?」
「ええ」
ナタリアの問いに、やや寂しげに答えるクラリッサ。
「あの人も参加できていたらもっと楽しかったのでしょうけど。正直残念ですわね」
だがすぐに気を取り直したようにポンと手を叩き、
「どうでしょう? お店の名にちなんで、出席者の女性は全員『猫娘』のコスプレをするというのは」
クラリッサの提案に、
「え‥‥猫耳を付けないといけないのですか?」
と驚くリア。
「店本来の猫娘は居ないみたいだけどそれはそれ。こちらが『猫娘』になるのは構わないわよね」
そういって賛成する悠季の服装は家から着てきたチャイナドレス。
デザインは黒に金刺繍にて、デコルテ部分空きのロングでスリット深め、脚に網タイツ穿き。後は猫耳さえ付ければ完璧である。
「わたし自身、少々痛いかも知れませんけれど、せっかくの機会ですしたまにはこういう格好も宜しいんじゃないでしょうか」
「そんな。クラリッサさんも、きっとお似合いですわ♪」
「なに人事みたいに言ってるんです? ナタリアさんも当然、やりますよね?」
「えっ‥‥?」
一瞬赤面するナタリアだが、剣一郎の方をちらっと見た後、照れ臭そうに頷く。
他の女性陣一同も賛成し、全員で「中華風猫娘」のコスプレをすることにあいなった。
店主に相談すると、
「それは良い考えネ。実はこんなこともあろうかと、知り合いから古着のチャイナドレスを安く譲ってもらい保管してあるヨ」
店主の話によれば、いずれ貯金が貯まり店を大改装する時が来たら、女性店員も多数雇い名実共に「猫娘飯店」として新装開店する予定だという。
「もちろん猫耳カチューシャも人数分用意してあるネ」
「‥‥しかし、いつから猫耳などの貸し出しを‥‥」
常連客の剣一郎も、予期せぬ「猫娘飯店」の秘密を知らされ驚き呆れる。
「おもしろ〜い☆ これも中国の習慣なんですか?」
大はしゃぎのヒマリアに対し、クラリッサは一応フォローを入れた。
「これはあくまで今日の催し限定ですから、普通はそうじゃないと覚えておかないと要らない恥をかく事になりますからね」
「そうなんですかー?」
「ところで姉さん、何で僕の手を引っ張ってるわけ?」
「いや、あんたとミーティナちゃんがペアルックで猫娘になったら可愛いかなーって♪」
「僕はいいよぉ!」
殆ど半ベソをかき、力一杯姉の手を振り解くテミスト。
かくして女性陣一同は主の案内で店の2階に上がり、猫耳付きチャイナドレスに着替え始めた。
「ん? この服貸してくれるの? 着替えたほうがいいのかなぁ?」
きちんとクリーニングされハンガーに吊されたよりどりみどりのチャイナドレスを眺め、アシリアがそのうちの1着を選ぶ。
「ん〜ちょっと胸がきついけど、大丈夫なの。後はいっぱい食べちゃうのよ〜」
「そういえばボクも半分は中国人のはずなんだけど、チャイナドレスって初めてだなぁ」
物珍しそうに物色の末、緑地に龍柄刺繍のドレスを選ぶチェラル。
「‥‥私はこれだけにしておきましょう」
和服姿の紫も猫耳カチューシャのみを借り出す。
反対に憐はチャイナは着てもウサミミカチューシャだけは頑として外そうとしなかった。
「‥‥ん。ネコ耳より。ウサ耳が好き」
実に明解な理由である。
「‥‥ん。ウサ耳の。方が。長いから。好き」
長さの問題なのか。
「‥‥ん。ウサ耳は。良い物。私の。ナイチンゲールにも。付けている」
その言葉通り、彼女の愛機「オホソラ」にはセンサー系を強化する「KV用兎耳アンテナ」が装備されている。メーカーによれば「工学的に計算された兎耳形状」とのことだが、KV用アクセサリの世界は実に奥が深い。色んな意味で。
「‥‥ん。今月は。私の。中では。ウサ耳。強化月間」
(「何を強化するんだろ‥‥?」)
近くで聞いていたチェラルはちらりと思うが、あえて口には出さなかった。
「ヒマリアさんはじっくり着替えさせてあげるですよ♪」
「きゃわわ〜〜!?」
丁度普段着を脱いだ所で美緒に捕まったヒマリアがまたもやふにふに攻めにあっているが、もはや日常の光景なので誰も何も言わない。
「胸の大きな人は大変ですねぇ‥‥私は標準サイズですから、そういった苦労は御座いませんけど‥‥」
着替え中の憐華の姿を見て、リアが何となく悔しそうにコメントする。
もっとも憐華は憐華で、
(「むむ‥‥リアさん‥‥じわじわと追い付いてきてますね」)
と内心で危機感を覚えたりしているのだが。
さて、そんな憐華がいざドレスを選ぶ段になると。
「むぅ‥‥‥‥ちょうどいいサイズがありません‥‥ちょっと小さいですけどこれでがんばりますか」
辛うじて自らの魔乳を押し込めそうな1着を選び、苦労しながらも何とか着付ける。
何とか着られた、と思った瞬間――。
ビリビリビリ‥‥
「ん‥‥なにか今、嫌な音が‥‥」
――ベリッ!
「き‥‥きゃぁぁぁぁぁ!!」
憐華の着たドレスは見事に胸の部分で破れ、ボムッと2つの双丘が己の存在を誇示するがごとく飛び出した。
「れ‥‥憐華さん!! 胸の大きな人は本当に大変ですねぇ‥‥」
慌てて駆け寄ったリアが、苦笑しつつも彼女の胸を周囲の視線から隠してやる。
やむなく憐華はレンタルを諦め、自ら持参しつつも(ちょっと際どいかな?)と自粛していた、胸元やスリットが大きく開いた白のチャイナドレスに改めて着替え直した。
「ごめんなさい、店長さん。弁償はこれで‥‥」
「あいや。どうせ古着だから気遣いは無用ヨ」
笑って憐華の申し出を辞退した店主だが、彼女が「どうしても」というので、
「なら、気持ち分だけ頂いておくネ」
と千C札1枚を受け取った。
とまあ多少のアクシデントはあったものの、無事に着替えを済ませた女性陣が再び店外の会場へ姿を現わすと、待っていた男性陣からは一斉に「ほぅ」と感心の声が上がった。
「えっと、あはは‥‥。に、似合いますか?」
照れ笑いを浮かべる美雲の猫耳チャイナ姿を目にして、
「あぁ、よくお似合いです」
と感想を述べる詠。
(「カメラでも持ってくればよかったかな?」)
そんなことを思いつつ、恋人を宴席までエスコートする。途中、スリットから覗く足を気にした美雲は「きゃんっ!?」と転びかけ、詠の腕にぶら下がる格好になったが。
風斗はアリシアの姿を見て、
「似合っているが、少し大胆じゃないか?」
と正直に一言。やはり二人して宴席に着く。
「そういえば、テミスト君。ミーティナちゃんの格好どう思います?」
「え? ええっと‥‥」
まだ11歳と幼い恋人の猫耳チャイナ姿を前に、ポリポリ頬をかくテミスト。
「‥‥か、可愛いよ」
「ヒマリアさんも似合ってますわよ。たまにはみんなでこういう格好するのも悪くないと思いません?」
「はい☆ そーですよね♪」
「姉さんは何着ても、中身が同じだから‥‥」
「何ですってぇ〜!?」
逆上して覚醒しかけるヒマリアを、慌ててクラリッサが制止した。
その頃になると、残りの出席者達も相次いで到着していた。
TV撮影のため遅れてやってきた凜は会場を見回し、猫耳チャイナのチェラルを発見。
「あ、凜くーん! こっち、こっち♪」
「あれ? 勇姫さん、顔が赤いですよぉ?」
ヒマリアに冷やかされ、
「べっ、別に凛、ドキドキなんかしてないんだからなっ」
とにべもなくいいつつ、チェラルの隣に座るや、そっと耳打ちする。
「チェラル、似合ってる‥‥凛、ドキッとしちゃった」
見事にツンデレである。
「えっと‥‥確かここでいいはずだよな‥‥ふむ‥‥二人はどこにいるんだろう」
悠然と煙管をふかしながら(ただし吸っているのは煙草ではなく香草だが)来場した王零が、憐華とリアの姿を捜す。
「零さんっ! 遅かったではありませんか。ささ‥‥こちらですよ♪」
駆け寄ったリアが、憐華と共に出迎えた。
「ん? ‥‥二人とも何をやってるんだ‥‥そんな恰好で」
リアル猫娘がいるとは聞いてなかった王零は驚きつつも、
「‥‥まったく‥‥似合ってるけど他の人に見せるのがもったいないよ」
空いている円卓の一つに憐華をリアを誘い、席に座って2人の腰を抱き寄せる。
「ほら‥‥二人は我のそばにいろ‥‥な」
「こ、これ‥‥何の集まりなんですか?」
生真面目にUPC軍服を着込んで現れた高瀬・誠(gz0021)は、呆気に取られて呟いた。
「来ましたね。運がいいですよ誠さん。今日はプロの点心が食べ放題ですからね」
彼を携帯で呼び出した紫に手招きされ、「あ、はい‥‥」とおずおず同じ円卓に座る。
「今日は‥‥また新しいお面なんですね」
誠のいうとおり、紫が被っているのは【OR】父尉。一般には能で使われる老人の面である。
「さぁ‥‥? 老いた、という事ですね。色々と」
何時ものごとく飄々とした声音で笑うと、
「さ、そんな事はどーでもいいでしょう? 飲茶を楽しみませんと」
出席者も全員が揃い、小春日和の青空の下で傭兵達の飲茶会が始まった。
店員達が出来上がった点心を各々の円卓へと運んでくる。
中華まん、シュウマイ、ワンタン、小龍包、春巻、月餅、杏仁豆腐etc.
「素晴しいの一言じゃぁないか。来て良かった。本当に」
色とりどりの点心を前に、思わず源次が歓声を上げる。
「特にこの杏仁豆腐! 雪原の如き白い輝き、スプーンの上で楽しげに踊るその姿! さらに豆腐と言いつつ寒天と牛乳なニクい奴!」
皿に取り分けた杏仁豆腐にさくっと匙を入れ、
「むぅ、何てこった、ここまで悩まされるとは‥‥この、白い悪魔め!」
ただし月餅は油っこいので食べすぎには注意。
そのため飲茶に欠かせないのが中国茶である。洋食の珈琲などとは違い、脂肪分を体内で分解するため食事中に何杯でも飲む。
杏仁豆腐を一皿平らげた源次は、隣で箸の使い方に戸惑うレドリックに声をかけた。
「ハッピーかコノヤロウ! 十神先生とはどうだい?」
「なかなかの強敵だな。キメラ討伐の方がよっぽど楽だぜ」
「口煩そうだが家族を想っての事。経験あるだろ?」
「そ、そいつは、まあ‥‥」
「ふふふ。一本取られましたね、あなた」
微笑みながら、夫の茶碗に烏龍茶を注ぐ榛名。
そんな彼女の姿に、源次も思わず苦笑する。
「コイツの相棒も大変そうだな。ま、きみらの絆じゃそんなヤワじゃないだろうし、心配は無用だろう」
「うむ、相変わらず良い味だ」
剣一郎もナタリアが取り分けた点心に箸をつけ、満足げに頷く。
「暑すぎず寒すぎず‥‥ラスト・ホープではほぼ一年中外で食事が出来るのが利点だな」
同じ円卓に悠季を伴い座るアルヴァイムは、妻のチャイナドレスに合わせて漢民服に丸縁サングラスを着用。
中華のテーブルマナーに乗っ取り食事を小皿に取り分けると共に、のんびりと中国茶を飲みつつ中華料理の背景にある「寒暖温冷」の思想について語った。
「『四気』とは漢方薬の薬効を分類するときの基礎的理論だが、食べ物の薬効の分類にも当てはまる。つまり全ての食べ物はその産地等により寒・暖・温・冷の性質があるということだ」
つまりこれら4つの性質を持つ料理を季節や個人の体質に合わせて食べることで、漢方薬と同様の薬効が得られるのだという。
「医食同源、というのが思想らしいからな。体にも良さそうだ」
「漢方や薬膳の持つ効用は医学者の私も認めるところですが、本当に中国四千年の知恵ですわね」
感心したように杏仁豆腐を口に運ぶナタリア。心なしか、点心の中でも酸っぱめものを好んで食べているようだ。
「ま、難しい話はおいといて、今日は飲茶を楽しみましょ」
悠季は饅頭類から始めて蒸し物・揚げ物・炒め物を小皿に取り、アルヴァイムと分け合って舌鼓を打つ。
剣一郎は向かいの円卓で凜と共に飲茶を堪能するチェラルに声をかけた。
「中々調子は良さそうだな。もしかすると任務に出ているかもしれないと思ったのだが」
「うん、ボクもてっきりカメルに派遣されるかと思ったら、上の方から待機命令が出てさ。‥‥ひょっとして、次の大規模が近いのかなぁ?」
シューマイを2、3個一度に頬張りながら、チェラルが答えた。
「そうか。それはともかく、冴木たちにお土産にするなら早めに頼んでおいた方が良いぞ」
「わふぁっへるふぉ(判ってるよ)‥‥むぐっ!?」
喉に詰まったらしく、慌てて烏龍茶で飲み干す正規軍エースの姿に、剣一郎も思わず微苦笑する。
「ところで皆さん、奥様の猫娘姿のご感想はいかがです?」
クラリッサの言葉に、互いの相方を見やり照れ臭そうに苦笑いする旦那衆。
「どう、似合う?」
髪の色に合わせ、赤い猫耳を付けた悠季がにっこり笑うと、
「似合わない、という台詞を言ったことは無いけどな」
生真面目な口調でアルヴァイムが答える。
「白鐘夫妻・漸とこ3人・そしてあたし達の処と概婚者勢がこれほどまでに揃ってるとはね‥‥予備軍カップルもいるようだし、華やかに桃色よねえ‥‥」
悠季がちらっと横目で見る先では。
「美味しそうですね♪」
2人きりで円卓に座る美雲と詠が仲睦まじく食事を楽しんでいた。
「ふむ、中々に種類があるものですね」
詠は宴席に並ぶ点心の数々を見渡す。
(「というか、キャンセルした団体はどれ程食べるつもりだったのか‥‥」)
紹興酒や老酒は少々きついので、アルコール分控えめの上海ビールを1本だけ頼む。
「美雲さんはちゃんと二十歳になってからですよ、と」
「杏仁豆腐だ。これ、好きなんです」
「はい、口開けて下さい‥‥美味しいですか?」
「あむっ‥‥美味し〜い♪」
「‥‥あぁ、今度機会があれば美雲さんのも食べてみたいですね」
それを聞いた美雲は、なぜか突然顔を赤くして俯いた。
「えぇっと‥‥‥‥詠さんがそこまで言うなら‥‥きゃっ、恥ずかしい!」
「あのー『美雲さんを』じゃなくて、『美雲さんの手料理を』食べたいって意味だったんですけど‥‥」
「えっ?」
自分の勘違いに気づいた美雲は二度赤面。
さらにその向こうの席では、
「風斗ちゃんもいっぱい食べるのよ〜。ほらほら、これなんか美味しそうなの〜」
アリシアが風斗に料理を取り分け、やはり和気藹々と食事を楽しんでいる。
美緒は同席のヒマリアに、去年の暮れ「サラスワティ」の忘年会でプリネア皇太子から贈られたパールの指輪を見せた。
「何とこの前、クリシュナ様が私のことをお妃に相応しい女性と言ってくれたのです♪」
「うっわー、すごーい!」
ヒマリアも目を丸くして驚く。
「それって、うまく行けばちょー玉の輿じゃないですか〜!」
「ところでヒマリアさんも、ここに来てから長い事になりますけれど‥‥そろそろ気になる人は出来たですか?」
「えー? あたしは、さっぱりですよぉ」
「オペレーター業になったのですもの、格好良い傭兵さんや軍スタッフのエリートさんとお近付きになる機会にも恵まれてそうですし‥‥実は告白されっぱなしとか♪」
「そんなことです〜。意外に地味な仕事なんですよ? 電話は一日中鳴りっぱなしで休む暇もないわ、バグアやキメラと全然関係ない依頼も飛び込んでくるわで」
「私がばっちり応援してあげるので、素敵な人が出来たら是非教えて下さいね♪ 本人が隠していても、テミスト君ルートからの情報入手で完璧ですよ♪」
「う”っ‥‥そ、その時は、よろしくお願いしますね‥‥」
「テミスト君とミーティナさんの仲は上手く行っているでしょうか?」
「ごらんのとーりです」
ヒマリアが指さす先で、猫耳ミーティナがスプーンでとった餃子を、テミストが美味しそうに頬張っている。
「この調子なら、ヒマリアさんに義妹が出来る日も近いです♪」
「‥‥あと7、8年くらい待って欲しいなぁ」
左右に憐華とリアを侍らせた王零は、まさに両手に花の状態だった。
「これも美味しいですよ〜。はい♪ お口を開けて‥‥」
リアが肉まんを取って王零に食べさせれば、
「はい‥‥零‥‥あ〜〜ん」
憐華も負けじと箸に取った春巻を食べさせる。
「あむ‥‥ん‥‥さすがにおいしいね‥‥料理人の腕もいいけどやはり汝らが食べさしてくれるからかな」
そのうち徐々に大胆になってきた憐華が、
「おいしいですか? ‥‥じゃぁ次は‥‥はむ‥‥ん」
一度口に含んだフカヒレスープを、何と口移しで王零に飲ませてやる。
これにはリアも仰天した。
「憐華さんスゴイですね‥‥私は人前でそこまでは出来ないです‥‥」
一通り点心を味わった王零は、
「ほら‥‥我ばかりじゃなくて二人も食べろ‥‥よし‥‥我が食べさしてやる」
今度は自ら箸を取り、憐華とリアに食事を振る舞った。
少し日が傾いたためか、やや海から吹き付ける風が冷たくなってきた。
「チェラル、そんな格好で寒くない?」
ノースリーブ・チャイナドレス一枚のチェラルに、凜は自分のジャケットを羽織らせてやった。
「ありがと。凜君は大丈夫なの?」
「大丈夫、凛はさっきも、アイドルだらけの寒中水泳大会の収録だったから、寒いのにはなれてるから‥‥くしゅん!」
「ダメだよ、いくら能力者だからって無理しちゃ‥‥そうだ! こうしよ♪」
ぐっと身を寄せたチェラルが、ふたりの肩に改めて上着を掛け直す。
互いの温もりが伝わるほど体が密着し、凜の心臓はまた鼓動を早めた。
「チェラル、この間はぬいぐるみありがとう‥‥凛、嬉しくていつも持ち歩いてるんだ‥‥」
鞄を開け、中にしまった【OR】ちぇら猫のぬいぐるみを見せる。
「わーっ。嬉しいな♪」
「あっ、他の人には内緒なんだからなっ」
真っ赤になって念を押す凜。
再び鞄を探り、【Steishia】ブランドのボアブーツとレースショートグローブを贈った。
「遅くなっちゃったけど、チェラル、誕生日おめでとう」
「え? あ、ありがとう‥‥ボクの誕生日って、本当はよく判らないから軍に登録するとき1月1日にしちゃって‥‥いつも正月のお祝いと一緒に済まされてたんだ。テヘッ」
「本当は、凛も手作りしたかったけど、時間が無くて‥‥でも、きっと近いうちに‥‥だから今回は」
そういって俯いた凜の頬に。
「今は‥‥そのキモチだけで充分だよ」
ちゅっと音を立て、チェラルの唇が軽く触れた。
やはり午後の潮風に肌寒さを感じた王零は、逞しい両腕を広げ、2人の妻をぐいっと抱き締めた。
「ん‥‥二人がいればこの寒さも問題ないね‥‥ほらもっとくっついて‥‥ん‥‥ちゅ」
2人の頬に続けて接吻し驚かせる。
「零さん‥‥」
リアは瞳を閉じて王零に身を寄せ、憐華は自慢の魔乳を押しつけ王零と温もりを共にするのだった。
「‥‥私はね? 別に思い入れとか、そーいうのはないんです。ですがね?『宿題』? みたいなもんを置き忘れてるんですよ、カメルには」
紹興酒の満たされたグラスをドンと円卓に置き、紫が言った。
「宿題‥‥ですか?」
「聞いてますか? 誠さん!」
出来上がっていた。カメル戦に行きそびれた自棄酒である。
飲酒のペースが早まるにつれ、いつしか面も外し、すっかり酔っぱらっている。
「あの、水雲さん? ちょっと飲み過ぎじゃあ‥‥」
「私はね‥‥んぐんぐ‥‥ん!」
一気に飲み干したグラスをグッと差し出す。
「え?」
「『え?』じゃないんですよ。酌ですよ、酌。それともアレですか。いい歳こいてこんな格好してる女にゃ酒は注げねぇって訳ですか?」
頭の猫耳を揺らしつつ、ジト目で脅迫。
いつもの飄々とした声音も態度もなくなっている。
――ある意味、日頃の「壁」を取り去った自然体、ともいえるが。
「まったく‥‥いーですか? 私はね、カメルに――」
「は、はい!」
延々とくだを巻く紫に対し、冷や汗を浮かべひたすら酌を続ける誠であった。
一方、酒に強い銀斗も紹興酒を2本ほど空けたが、さほど乱れることもなく。
店員を呼ぶとポケットから広げた手帳を広げ、
「これの作り方って聞いて宜しいですか?」
料理のレパートリーを増やす為、レシピを聞いてメモに取ったりしている。
その頃になるとどの卓も食事は一段落し、各々食後の中国茶やお酒、ビールなどを飲みつつのんびりと歓談が始まっていた。
そんな中、相変わらず店員達が足繁く給仕を続ける円卓があった。
「‥‥ん。おかわり。おかわり。大盛りで。特盛りで」
憐の卓である。
運ばれるメニューを次々と平らげていくスピードは、飲茶の開始時からいささかも衰えない。
「‥‥ん。これと。あれ。全部。頂く」
いや、時間を追うにつれ加速しているようだ。
普通中華料理といえば、取り分けにつかった小皿を店員がマメに取り替えてくれるものだが、憐の場合そんな必要すらない。
なぜなら、大皿に盛って運んだ料理が速攻で彼女の胃袋に消えていくのだから。
「‥‥ん。出来上がったら。直接。口に。放り込んで。くれると。効率が良いかも」
もどかしそうにいう憐の言葉に、ついに切れた料理人達は、残りの食材全てとガスコンロを庭先に運び出し、本当にその場で料理を作り始めた。
「‥‥ん。大丈夫。まだまだ。全然。余裕で。食べられるので。おかわり」
もはやそれは飲茶でも何でもない。あたかもブラックホールに吸収される無数の星々を見るかのごとき、壮大にして神秘的な光景であった。
「今ナタリアが酒を飲むと、子供の体の中に直接アルコールが入る事になるからな。済まないが遠慮させてくれ」
食後酒を勧めに来た店員に対し、剣一郎がやんわりと断った。
「そう言えば、あのあと産婦人科で診察は受けたのか?」
ふと気になった剣一郎がナタリアに尋ねる。
「ええ。超音波診断で診て頂いたところ‥‥元気な女の子だそうですわ」
新たな命の宿ったお腹を愛しげにさすりながら、ナタリアが微笑んだ。
「そうか‥‥それは良かった」
安堵したようにため息をもらす剣一郎。
「蜂ノ瀬教授は何か言っていたか? 相応の期間休ませて貰う事になるし、支障がないと良いのだが」
「はい。いま、産休の期間とその間の業務代行のスケジュールを、未来研の方で調整している所ですわ。あと教授の紹介で、L・Hでも一番設備の整った産婦人科病院のベッドを予約してくれるそうです♪」
「あたしも人事じゃあ無くなるといろいろと大変ね‥‥」
他人事とは思えなかったのか、悠季がしみじみ呟いた。
アルヴァイムも妻の体が心配なのか、自然とその後の話題は出産費用とか良い病院とか、ついでにつける名前の考え方とかに花が咲いた。
この世界に「能力者」が誕生してはや3年余り。今後は能力者同士、あるいは能力者と一般人の間の結婚、そして2世誕生は必然的に増えていくだろう。
果たしてその子たちが生まれる世界の行方はどうなるのか?
敵はバグアだけではない。人類側社会の一部にも、残念ながら能力者の結婚や子作りに対し根拠のない偏見を抱く人々がいる。
「や、あたしにとって『手に届く未来』はそれだからね」
どこか遠くを見る眼差しで、悠季は呟いた。
「‥‥‥スー‥‥スー‥‥」
「もしもし、水雲さん? 風邪引きますよ、そんなとこで寝ちゃ」
ついに酔いつぶれて円卓に突っ伏して眠り込んだ紫を、心配そうに誠が揺り起こした。
ゆっくり顔を上げた紫の口から、殆ど聴き取れるかどうかの小さな声が洩れる。
「――さん?」
「え?」
誰かの名を呼び、今まで見た事がないような優しい笑顔で抱きついてきた。
「あ、あのっ!?」
そして口づけしかけ――傍らにスル―してもたれかかり、再び眠り込む。
もはや誠が何度声をかけても、起きる気配はなかった。
(「誰と間違えたんだろう‥‥?」)
「‥‥ん。おいしいから。いくらでも。入る。おかわり」
大皿特盛り五目炒飯をペロッと平らげ、次の料理を催促する憐に対し、
「申し訳ございません、お客様。参りました‥‥もう食材がございません」
料理人一同が土下座して詫びる。
「‥‥ん。品切れ?。分かった。帰る。帰りに。カレーを。食べて行こうかな」
「まだ食べるんですか‥‥」
「‥‥ん。おいしかった。今度。機会が。あれば。また来たい」
「はあ」
「‥‥ん。また。食材が。余ったら。呼んで。全力で。食べに来るから」
「いえあの、ご勘弁を‥‥店が潰れちゃいます」
とりあえず食材が底を突いたところで、本日の飲茶会も自然と閉会になった。
「それじゃあ、僕はその辺でタクシー拾って、水雲さんを兵舎まで送りますから」
泥酔して眠りこんだ紫を背負い、誠が一同にペコリと頭を下げて会場から去る。
「とっても美味しかったです! 今度は3人で来させて頂きますね♪」
「これじゃ‥‥もうけもでないだろう‥‥これを少しでも足しにしてくれ」
リアが礼儀正しくお辞儀し、王零はポケットマネーから10万Cのチップをポンと店主に渡した。
「謝々。いやあお客さん、太っ腹ネ。今後ともご贔屓に」
余った食材どころか店の冷凍庫まですっからかんになってしまったので、店主が内心ほっとしたような顔で抱拳し頭を下げた。
「さぁ‥‥帰ろうか‥‥部屋に帰ってもう少し今日を楽しもう」
王零はその巨体に憐華とリアを軽々抱え上げ、お持ち帰りのごとく3人で帰路に付く。
中には進んで店側に片付けを申し出る、銀斗のような者もいた。
「これはカメル戦が終わったら、祝勝記念パーティーとして、ドキッ☆猫娘だらけのチャイナ服パーティー♪ を開かなくてはですね♪ 企画書を送っておくのです♪」
と、早くも福利厚生組合長として次なるイベントを構想する美緒に、
「今度は‥‥組合員さんの猫娘はご遠慮してもらいましょーね」
苦笑いしてヒマリアが付け加える。
「いっぱい食べましたね〜」
満足そうに店を出た美雲は、そこで詠から
「そういえば着替えてませんよね‥‥?」
と指摘を受けた。
見れば、他の女性陣はレンタルの猫耳とチャイナドレスを返すため、いったん店内に戻っている。
「あぁ! つい、このままの格好で出てきちゃった! 急いで着替えてこなきゃ」
大慌てで引き返そうとして。
「ぅきゃあ!」
お約束のごとく派手にコケる美雲であった。
「ふ〜いっぱい食べたね〜。今日はお招きに預かりありがとうございます、なの。今度は、普通に食べに来るのよ〜」
店主に挨拶し、元の服に着替えたアリシアは外で待つ風斗の元へ小走りで戻った。
「たくさん食べたね〜。また、一緒に行こうね〜」
「まだ時間もあるし、どこか行こうか? 何かしたい事とかはないか?」
「う〜ん‥‥どこでもいいや。風斗ちゃんと一緒なら」
「なら、一緒に散歩でもするか?」
そういうと、アリシアと手を組んで歩き始める風斗。
何気ない雑談を交わしつつも、今この瞬間にしか味わえない「幸福」をしみじみ実感する。
(「護りたい、大事な人を‥‥仲間を、その為に戦い続ける」)
そう決意を新たにする風斗であった。
後に源次はこの日を振り返り、こう呟いたという。
「体が沢山あれば、料理に迷う事も無かったのに」
<了>