●リプレイ本文
●プロローグ
出発を待つ高速移動艇の中。既に傭兵たちが集合し、今回の任務についてあれこれと話し合っていた。
「ま、気持ちは解らなくもないけど、勇敢と無謀は違うってことを教えてあげるべきだね。でも兵隊なら情報の大切さも解る筈なんだけどねぇ‥‥」
やや呆れた口調でいうのはリリアーナ・ウォレス(
ga0350)。
「そういうな。彼らにはその肝心な『情報』が与えられてなかったんだから」
と、ゲック・W・カーン(
ga0078)が窘めた。
バグアの存在自体は90年代から認知されていたといえ、あの大規模攻撃が始まった当時、情報収集力の低い小国の軍隊にとっては、やはり寝耳に水の出来事だったに違いない。
「‥‥敵のまっただ中に唯一の生存者か‥‥精神的に相当追い詰められている筈だ。無事に保護できれば良いんだが」
戦闘となれば敵に容赦のないゲックだが、島に残された兵士に対してはかなり同情的な様子だった。
「一人の孤独、一人の恐怖‥‥頂けねぇな。何とかして助けてやらないとな」
ゲックの言葉に頷き、ゼラス(
ga2924)もつぶやいた。
「『敵地でも必ず救出される』そう思わせる、実行することは軍隊の基本だよにゃー。サクッと終わらせて、一服つけたいね」
出発前のみんなの緊張をほぐそうとするかのように、フェブ・ル・アール(
ga0655)があえてお気楽な調子でいう。
そのとき、作戦に同行するUPCの情報士官が、数名の医療班を伴い艇内に乗り込んできた。
「遅くなってすまない。諸君から申請の出ていた、残存兵に関する情報を集めていたものでね」
「何か判ったのかよ?」
男勝りの口調で佐間・優(
ga2974)が尋ねる。
UPC士官は、まず鞄から取り出した偵察機の航空写真を一同に見せた。
四方を海に囲まれ、中央部は密林に覆われた南洋の小島。現在、オセアニア方面のバグア軍はこれといって大きな動きを見せていないため、この海域は戦略的にはある意味「空白地帯」と化している。
密林の手前には寄り添うようにして立つ小集落があり、その1軒の天井に空いた大穴の奥に、迷彩服を着た男らしい人影が覗いていた。
「画像解析と、当時の記録を照会してようやく特定できたよ。アラネシア共和国陸軍中尉、オラン・ベンディーク、25歳‥‥兵種は狙撃兵だ」
「そいつは厄介だな‥‥」
煉条トヲイ(
ga0236)が眉をひそめる。仮にオランが正常な判断力を失っていた場合、救出に来た自分たちまで狙撃目標にされかねない。
「同国軍の制式狙撃銃は米国製M40A1、最大射程915m‥‥旧世代の銃だが、用心に越したことはないな。それと、彼の家族についてだが‥‥」
士官は気まずそうにいったん言葉を切り、
「例の島が襲われた三日後、アラネシア本国もバグア軍の襲撃に晒され‥‥全員行方不明だそうだ」
一瞬、艇内が重苦しい沈黙に包まれた。
●上陸作戦開始!
移動艇が海岸に到着したとき、ちょうど島は激しいスコールに見舞われている最中だった。
「ツイてるぜ。これなら、奴さんの有効視界も限られるってもんだ」
大賀 龍一(
ga3786)がしめたとばかり親指を立てる。
「助けにきたあたしたちが、上陸した途端にズドン! じゃ割が合いませんからね」
熊谷真帆(
ga3826)も同意を示した。
残る問題は島に居座ったキメラたち。そして、廃墟と化した村のどこかに潜んでいる筈の、オラン中尉の説得および救出――。
傭兵たちは、とりあえず2班に分かれて行動することを決めた。
第1班(キメラ警戒班):ゲック、リリアーナ、フェブ、ゼラス、真帆
第2班(オラン救出班):トヲイ、優、龍一
海岸から目的の村へは、徒歩でおよそ20分。当初は一緒に行動し、途中でキメラに遭遇した際は警戒班が応戦、救出班は先行してオランの身柄確保に向かう。また、不幸にして彼の死亡を確認、もしくは傭兵側の覚醒可能時間が残り1時間まで消耗しても発見できなかった場合は速やかに撤退。
当初はオランからの狙撃に備え各自が約8メートルの距離をおいて隊列を組む予定だったが、10メートル先も見えない激しいスコールのおかげでその必要はなさそうだ。
万一に備えて全員が覚醒状態に入り、一行は砂浜を踏みしめ前進を始めた。
「先輩、見てください。このヴィア、おニューなんですよ」
真帆がゼラスに色々と話しかける。同じファイターの先輩とあって、かなり親しみを抱いているようだ。
一匹狼気質の強いゼラスだが、悪い気はしなかったらしい。そのうち、真帆に対してヴィアを使った効果的な戦法を教えるなど、2人の間で刃物談義が盛り上がった。
「みんな気をつけて! 前方に何かいるよ!」
優れた知覚を活かし、周囲の警戒にあたっていたリリアーナが鋭く叫ぶ。
ほぼ同時に、前方数mの砂地がボコっと盛り上がり、20cmほどの鼠に似たキメラが3匹出現した。一般に「キメララット」と呼ばれるタイプだ。
傭兵たちも即座に応戦する。フェブ、ゼラス、真帆が前衛に立ち、リリアーナはバックアップ。ゲックはその俊敏さを活かして側面からの援護に回った。
「今宵のヴィアは血をご所望じゃー!」
先陣を切って突入した真帆が、豪破斬撃で紅に輝くヴィアでキメラに斬りつける。
「行くぜキメラ野郎! 盛大に俺と踊りな!」
真帆の一撃で深手を負ったキメラにゼラスが躍りかかり、その言葉通り舞うような斬撃でとどめを刺した。
「しっかし自動小銃はいいけどサ、刀ってのは何の冗談なんだろうな。私らにジャパニーズ・サムライにでもなれってのかねェ?」
フェブは慎重に間合いを取りつつ、残り2匹のキメララットに対しスコーピオンの銃弾を浴びせる。後方のリリアーナはアサルトライフルによる支援射撃。同時に疾風脚で左翼から回り込んだゲックがファングの爪を叩きこんだ。
●残された男
警戒班がキメラと激しい戦闘を繰り広げる一方、計画どおり先行した救出班は、ようやく目的の村の入り口へと到着していた。
かつては美しい南洋の楽園だった筈の村も、今は見る影もなく荒れ果てた廃墟と化している。
「とりあえず、俺が様子を見てこよう」
龍一が隠密潜行で気配を消し、航空写真から推定されるオランの「隠れ家」へと向かった。
その直後、折悪しくスコールが降り止み、雲間から南国の強い陽射しが差し込んだ。
「まずいな‥‥こんな時に」
――パンッ!
トヲイの悪い予感は的中した。銃声が轟き、村の前で待機する彼らの足許近くに、着弾の土埃が上がったのだ。
「俺たちの目的はオラン中尉の保護。反撃は厳禁だ!」
気配を消した龍一と、そして何よりオラン本人に聞こえるよう、トヲイが大声で怒鳴った。
「私に任せて。こういう時は、女の方が警戒を解きやすいでしょう?」
覚醒による影響で口調も女らしく変わった優が、瞬天速を使い狙撃地点と思しき小屋の前まで移動した。一般人の目から見たら、それこそ瞬間移動のごとく映ったことだろう。
「アラネシア軍の、オラン・ヴェンディーク中尉ですね?」
小屋の窓辺から、僅かに突き出された銃口が動く。
「‥‥なぜ、俺の名前を知っている? お前たちは、何者だ?」
その声は、意外なほど冷静だった。
「私たちは地球人の『能力者』。どこの国にも属さず、傭兵としてバグアと闘っている者です」
「何だそれは? 聞いたこともないぞ」
男の声が、警戒と疑惑で険しさを増した。
「能力者」の存在が公になったのは2006年10月のこと。もしオランがそれ以前にこの島で籠城を始めたのなら、当然彼は能力者の存在など知るよしもない。
優はやむなく覚醒を解き、両手のファングを外して地面に捨てた。さらに上着を脱ぎ捨て、タンクトップにスパッツという無防備な姿を銃口の前に晒す。
「俺たちはあんたを助けに来た! 信用できないってんなら、後で俺のことを撃ったってかまわない。だから今はついて来い!」
「‥‥」
数秒の沈黙。
やがて小屋の扉がギイッ‥‥と開き、狙撃銃を手にした若い兵士が現れた。
褐色の顔は長く伸びた無精髭に覆われ、頬の肉は削ぎ落としたようにこけているが、その目はまだ強靱な意志に爛々と輝いている。
「地球人は‥‥あとどれだけ残っている?」
「まだ大勢残ってるぜ。確かに地上の半分はバグアに占領されちまったが――」
その場に歩み寄って来たトヲイが告げた。
「それでも、みんな必死で闘ってる。俺たちや、あんたみたいにな」
「そうか‥‥」
オランは地面に跪き、歯を食いしばって泣き始めた。
「まだ人類は滅びてなかったんだな‥‥俺だけじゃなかったんだ。俺だけじゃ‥‥」
「そーそ。ワンマンアーミーでスーサイドアタックなんて、今日日、誰もやらないぜ」
潜行を解いて姿を見せた龍一が、笑いながらいった。
ザザザザ‥‥
「気をつけろ、ヤツだ!」
そう叫ぶなり、オランが膝立ちで銃を構え直した。
さきほどの銃声を聞きつけたのか。密林の奥から、角を生やしたトカゲのようなキメラが、後ろ足で立ったままこちらに向かい突進してくる。
「なりは小さいが油断するな! あの体当たりで、何人も仲間がやられた!」
M40A1のボルトを引いて立て続けの発砲。銃弾そのものはフォースフィールドに弾かれたが、さすがに至近距離からの着弾に驚いたらしく、キメラの動きが一瞬鈍った。
その隙を逃さず、トヲイが刀を振るい豪破斬撃を浴びせる。
『ケェエエエッ!』
「‥‥下らんものを斬ってしまった」
続いて再び覚醒状態に入った優がファングで斬りつけ、龍一がハンドガンの銃撃を浴びせた。
ダメージを負いながらも、辛うじて体勢を立て直し反撃しようと起き上がるキメラ。
だが、その胴体を背後から鋭い鉄の爪が串刺しにした。
「恐怖も絶望も‥‥この『ダンシング・キラー<踊り狂う死神>』が裂き飛ばす!」
ゼラスだった。
キメララットを一掃した警戒班が、ようやく村へと駆けつけてきたのだ。
「ぃゃー‥‥もォホント参ったね」
あっけらかんとした口調でぼやきつつも、密林方向への警戒を怠ることなく、アサルトライフルを構えたリリアーナが村に入ってくる。
フェブ、ゲック、真帆も後に続き、8名の傭兵部隊は無事合流を果たした。
「能力者か‥‥なるほど、たいした、もの‥‥」
そういいかけ、オランがズルズルと地面に倒れた。
緊張が緩んだことで、ついに体力の限界に達したのだろう。辛うじて息はあったものの、男が極度に衰弱しているのは誰の目にも明らかだった。
浜辺にはまだ何匹かのキメララットが潜んでいたが、親玉らしいトカゲ型キメラが倒されたことで、敵わぬと見たのか密林へと逃げ込んでしまった。
傭兵たちにしても、兵士の救出に成功した以上、この島にもう用はない。
失神したオランを、上着を結び合わせて作った即製の担架で2人が運び、残り6人が周囲を警戒する隊形で、彼らは移動艇の待つ海岸へと引上げていった。
●エピローグ
「かなり衰弱していますが‥‥とりあえず、命に別状はありません」
艇内のベッドに寝かされたオランに点滴を施しながら、医療班のスタッフがいった。
手持ちの糧食が底を突いた後は、スコールの雨水と、キメラたちの目を盗み密林から採ってきた雑草や木の実だけで1年近い歳月を生き抜いてきたのだろう。
「‥‥気分はどうだ?」
目を覚ましたオランに、ゲックが穏やかに話しかける。
「俺は‥‥まだ、生きてるのか」
「そうだ。すぐラスト・ホープの病院へ運んでやるよ」
「もし、知ってるなら‥‥教えてくれ。俺の故郷は‥‥家族は無事か?」
「‥‥」
ゲックを始め、傭兵たちは暗い表情で黙り込んだ。
それは最も辛い、しかし誰かが答えねばならぬ質問だった。
だがそんな一同の顔を見渡し、
「いや、いい‥‥すまなかった」
オランの方で事情を察したように、軽く手を上げてゲックの言葉を遮った。
その手を軍服の胸ポケットに伸ばし、震えながら1枚の写真を取り出す。
それは妊娠したお腹を抱えて微笑む、若い女性の姿だった。
「奴らさえ来なければ、俺は父親になってる筈だった‥‥奴らさえ、来なければ」
震える声が、やがて嗚咽から慟哭へと変わった。
<了>