タイトル:【BV】カメル前線慰問マスター:対馬正治

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 14 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/03/30 11:44

●オープニング本文


 2010年2月。カメル解放戦「ガルーダ作戦」の最前線は奇妙な沈黙に包まれていた。

 バグア側指揮官ガーランド、及び鹵獲改造KV「妲己」を殲滅、フロール島を奪回したUPC東アジア軍と東南アジア連合軍はその後勢いに乗ってアロール島、ウェタル島の各島を解放。カメル共和国本土上陸作戦への布石を着々と打ちつつあった。
 だがその矢先、カメル外務省からの公式声明という形で、人類側に対し突然「一週間の一時停戦」が呼びかけられた。理由は「戦闘地域になると予想される北部沿岸地帯から一般市民を疎開させるため」。時期を同じくして、カメル方面から頻繁に襲来していたバグア軍ワームの攻撃もぴたりと止んだ。
 むろんUPCは親バグア派のカメル現政権を「正統政府」と認めていないので、そんな声明を受け入れる義理もない。ただし声明内容が「人道目的による要請」であり、人類側の一般マスコミにも報道されてしまったこと、またUPC側が最も怖れていた事態、すなわちバグア軍がカメル一般国民を最前線に動員し「人間の盾」として利用する可能性が弱まるという思惑もあり、「無言の同意」という形で全軍にカメル上陸作戦の延期を通達した。

●インドネシア領ジャワ島・スラバヤ港
「見え見えの策じゃな。一週間の間に海岸地域の防備をより強化する‥‥持久戦を目論んだフロレス島があっさり陥落したもので、カメル政府とバグアどもが慌てふためいてる光景が目に見えるわ」
 空母「サラスワティ」の艦長室で、ラクスミ・ファラーム(gz0031)は午後のミルクティーを飲みつつ苦笑した。
「しかしこの一週間は我が方にとっても貴重な時間となりますぞ。ソロール諸島攻略戦のため損失した兵力の補充。また現在最前線に留まっている各国軍の兵士達にも休養の必要がございますから」
 同艦副長、そして王女ラクスミの侍従武官でもあるシンハ中佐が生真面目な口調で答える。
 現に「サラスワティ」もまた、この停戦期間を利用しいったん人類側勢力圏のスラバヤへ寄港、艦の補修や整備、クルーの休養などにあてているのだ。
「ふむ‥‥いわれてみれば、このところフロレス海での戦闘、フロレス島上陸支援などで兵達も休む間なしじゃったからのう」
 ティーカップを皿に置き、ラクスミもふと考え込む。
 ちょうどそのとき艦長室のドアが開き、プリネア軍少尉のマリア・クールマ(gz0092)が姿を現わした。
「本国からの輸送機隊が到着したわ。これが本艦へ搬入する物資リスト‥‥」
「うむ、その件ならわらわも聞いておる」
 東南アジア連合の一角として参戦しているプリネア本国から支援の戦略物資。またインドネシア駐在のプリネア大使館を通し、近く皇太子クリシュナが督励のため同艦を訪問する旨も伝えられていた。
「ん? 何じゃ、この『チョコレート:コンテナ1個分』というのは? ‥‥艦のPX(売店)で入荷するには多すぎやせぬか」
「将兵への慰問品でしょう。ちょうど本艦が戦っている最中、L・Hやグリーンランドのゴット・ホープでは色々とバレンタイン関連のイベントがあったそうですから」
 もっともゴット・ホープで行われたそれは、北極圏における大規模作戦の一環としてバグア側の目を欺くために行われた偽装イベントであるが。
「ははは。兄上も中々粋なはからいをするのう」
 ラクスミも笑いながら、物資搬入リストに裁可のサインをする。
「では本艦も‥‥大規模作戦にあやかり、時期遅れのバレンタイン・パーティーでも催すか?」
 そういうと、マリアに対しパーティーの幹事を命じるのだった。

●参加者一覧

/ 雪ノ下正和(ga0219) / 御坂 美緒(ga0466) / リヒト・グラオベン(ga2826) / 漸 王零(ga2930) / 櫻小路・なでしこ(ga3607) / 藤村 瑠亥(ga3862) / アイリス(ga3942) / イレーネ・V・ノイエ(ga4317) / 勇姫 凛(ga5063) / 井出 一真(ga6977) / 百地・悠季(ga8270) / 遠倉 雨音(gb0338) / 鷲羽・栗花落(gb4249) / アーク・ウイング(gb4432

●リプレイ本文

「そういえば‥‥初めての依頼は、この艦に乗ってUK壱番艦の進水式護衛だったな‥‥」
 空母「サラスワティ」の飛行甲板上に立ち、藤村 瑠亥(ga3862)は己が傭兵としての第一歩を踏み出した艦(ふね)を見回してふと懐かしさを覚えた。
「サラスワティの活躍は耳にしていますが、こうして間近に見るのは初めてです」
 傍らの遠倉 雨音(gb0338)が話しかける。
「‥‥それにしても、瑠亥さんに誘われての参加ですが‥‥私、場違いじゃないでしょうか‥‥?」
「そんなことはない。よく似合っている」
「なら‥‥よいのですけど」
 そういいながら、ちらっと瑠亥の横顔を見やる雨音。
 今回、同艦で慰問も兼ねて行われるバレンタイン・アフターパーティーに誘ってくれたのは瑠亥であるが、どこか塞ぎ込んだ様子の彼が少し心配だ。
 思い切って問い質してみようかとも思ったが、さすがにこの場で聞くのも躊躇われ、しばらく頃合いを待つことに決めた。

「カメル側の一方的休戦宣言‥‥如何にも裏が有るのは目に見えているけど、それで友軍も息抜きできるなら、それに越した事は無いわよね」
 上はシフォンブラウス、下は黒の膝下丈レギンスに桃色のホットパンツを重ねた軽装で甲板に上がった百地・悠季(ga8270)は、早くも空母クルーや慰問に訪れた傭兵たちで賑わうパーティー会場を見回した。
「時節柄、パーと発散させるのも良い感じよね」
 ちなみに慰問メンバーの中には瑠亥と雨音たちのようにカップルで参加の者もちらほらと見える。
「桃色雰囲気発散連中が詰め掛けて、乗務員に悔しがられる気がしないでもない‥‥あたしは単身だから半減だけどね」
 悠季はちょっと残念そうにため息をついた。最愛の夫とは今回スケジュールが折り合わず、単独での参加である。
 とはいえ、この艦にも催し事の度に何度か訪れているうちに、それなりの愛着も湧いてきた。「護り抜く」事を主体に動いてる彼女としては、機会が有ればそういう方面で参加してもいい――と気分を入れ替える。
「夏予想大規模終了時をタイムリミットの半休突入時までにね」
 肩を竦めると、その足でテントの下に設置された仮設厨房を目指して歩き出した。

 そんな桃色発散カップルの1組、勇姫 凛(ga5063)は恋人のチェラル・ウィリン(gz0027)と手を繋ぎ、仲睦まじくスラバヤの街を港目指して歩いていた。
「チェラル、この間はお疲れ様っ」
「凜君こそ。あ〜、常夏の島はいいよねぇ」
 2人はつい先日まで、グリーンランドにおける大規模作戦【BV】を支援するため極東ロシア方面の陽動依頼に参加していた。
 極寒のシベリアから夏真っ盛りのジャワ島へ。一般人なら環境の急変で体調を崩しそうなものだが、そこは能力者である。いつも通りタンクトップにGジャン、ホットパンツ姿に戻ったチェラルは南国の解放感を満喫してる様子だった。
「今日はチョコとか一杯あるって招待状に書いてあったから、楽しみだよね」
 にこっと笑いながらいうと、
「だよねー。久しぶりに甘い物がおなか一杯食べられるなんて、ボク幸せだなぁ〜」
 チェラルも歯を見せてニカッと笑うのだった。

(「妲己は排除できたが‥‥しかし、シモンといいガーランドといい、あれがヨリシロの末路というと‥‥複雑だな‥‥」)
 甲板上で潮風に吹かれつつ、漸 王零(ga2930)は水平線の彼方、カメル共和国本土のある方向を眺めつつ物思いに耽っていた。
「己丑北伐」のカメル南征、そしてフロレス島における「妲己」討伐戦。
 幾多の激戦をくぐり抜けてきた王零を、この海の向こう、カメル本土で「奴」が待ち受けている。
「奴も‥‥倒したらああなってしまうのだろうか‥‥」
 2年越しの因縁に決着をつけるときを目前に闘志が昂ぶる一方で、うまく言葉にできない複雑な思いもある。
 だが今更考えた所で詮無いことと気を取り直し、香草を詰めた煙管をふかしながらパーティー会場の方へと振り返った。
「しかし‥‥なんというかこの時期にバレンタイン・パーティーをやるとは‥‥‥‥なんか色々な執念というか怨念が満ちてそうだなぁ」

 その怨念に満ちた一団、前線勤務のためL・Hの各所で行われたバレンタイン系のイベントに一切参加できず、どよ〜んとした重い空気に包まれた「サラスワティ福利厚生組合」の面々を前に、組合長である御坂 美緒(ga0466)はヒマワリのような笑顔で演説していた。
「幸いバレンタインは小休止がありましたが、この先の戦いは未だ不透明です。こんな時こそ、我々福利厚生組合は一丸となって尽力し、平和な花見を‥‥マリアさんやチェラルさんや艦長の艶姿を手に入れるのです♪」
「花見」と聞いても最初ピンと来なかったプリネア軍水兵達も、
「どんな衣装を着て欲しいかのアンケートも取っておくですよ♪」
 という美緒の言葉には一斉に反応してざわめいた。
「や、やはりここはセーラー服を‥‥もちろん水兵服でない方でっ!」
「いや、自分としては、まず王道としてメイド服を推奨するべきかとっ」
「何を抜かすバカモノ! 戦いに疲れた我々の心を癒してくれるのはナース服以外にありえん!!」
 本人達がその場にいないと思って言いたい放題である。
「アンケート結果は『どきっ☆コスプレお花見パーティー』という企画書に纏めて、マリアさんに託しておくのです♪」
 ‥‥実現するかどうかは、神のみぞ知る。
 そして少し離れた場所から、その様子を窺うアーク・ウイング(gb4432)。
「サワスワティでのバレンタイン・パーティかー‥‥にやり」
 そう呟くと、あどけない顔に似合わず何やら黒い笑みを浮かべるのだった。

「‥‥今年も、恋愛関係は何も進展せず一人かあ」
 雪ノ下正和(ga0219)もまた、複雑な胸中のままパーティー会場へ赴く一人であった。
 恋愛の方も頑張ろう。そう思いつつも、ゴットホープで開催されたバレンタイン・イベントには中止派の陣営で戦っていた。
 もっとも今回は大規模作戦の一環として、グリーンランド・バグア軍の目を欺くため行われた偽装イベントでもあったが。
「もうバレンタインは終わったんだ‥‥あまり意識しないでパーティーを楽しもう」
 自らにそう言い聞かせ、恋愛とか嫉妬などは刃の下に心で押して忍ぶ正和であった。

 リヒト・グラオベン(ga2826)はEAIS(東アジア軍情報部)の連絡要員としてたまたまスラバヤに滞在中の高瀬・誠(gz0021)をパーティーへと誘った。
 民間傭兵派遣会社「SIVA」へ就職した中島・茜も誘うつもりだったが、あいにく彼女は九州方面へ長期出張中だという。
「残念ですね。彼女も出席できれば、いい息抜きになったでしょうに」
「ええ。‥‥でもちょっと気になりますね。最近、北九州の春日バグア軍も、また動きが活発になってるそうですし」
 誠が心配そうに答える。
 先日はその春日基地司令、ダム・ダル(gz0119)自ら兵を率いて筑後市上空で人類軍と交戦したという。去年の秋に佐賀補給所を奪回された春日バグア軍だが、再び態勢を立て直し南下の機会を窺っているのは明白だった。
 カメルや北九州だけではない。UPC東アジア軍には、長年の悲願ともいうべき北京解放という課題も残されている。
「アジア地域の情勢も予断を許しませんが‥‥ともあれ、今日一日は戦争のことを忘れて楽しみましょう」
「そうですね」

「サラスワティって来るの初めてなんだよねぇ‥‥ワクワクするなぁ」
 港から艦に乗り込むタラップを昇りながら、鷲羽・栗花落(gb4249)は同伴するイレーネ・V・ノイエ(ga4317)に話しかけた。
「姉さんは何時もきてるんだよね? 色々案内してほしいなー♪」
「うむ。最近はフロレス海でのUPC艦隊護衛の依頼に参加したな」
 すっかりお馴染みとなったプリネア軍空母を見上げるイレーネ。
 この艦には、彼女にとってもう一人の「妹」というべきマリア・クールマ(gz0092)が乗り組んでいる。
 この機会に栗花落と引き合わせ3人でのんびり過ごすつもりだが、せっかくパーティーに来て余興の一つに参加しないのも不粋と、隠し芸を披露すべく栗花落と打ち合わせ済みであった。

「本日はお招き頂き、ありがとうございました」
 チャイナドレスにハイヒール姿と、いつになく派手な衣装で来艦の櫻小路・なでしこ(ga3607)はホストのプリネア王女ラクスミ・ファラーム(gz0031)、及びその兄でプリネア皇太子のクリシュナ・ファラームに挨拶した。
 その際彼女自身も関わるカメル解放戦についても報告したが、ファラーム兄妹がとりわけ興味を示したのはフロレス島における鹵獲改造バイパー「妲己」討伐戦の戦果報告であった。
 今回のカメル侵攻作戦「ガルーダ」において、カメル・バグア軍司令官エリーゼ・ギルマン(gz0229)の副官ガーランドの搭乗機であり、エリーゼのFRに次ぐ「脅威」とみなされていた機体である。
「でかしたぞ。まさにプリネア名誉騎士の誉れじゃ」
 微笑してなでしこの手を取るラクスミだが、ふと眉をひそめた。
「‥‥しかし腹心を妲己もろとも討ち取られたギルマンが、次にどう出てくるかが心配じゃな」
「いずれにせよ、いち早く妲己を成敗したことでフロレス島奪還が事前の予想より遙かに少ない損害で成功したことに間違いない。『ガルーダ』作戦に従軍している我が祖国の兵達に成り代わり、私からも礼をいわせてもらおう」
 前線視察ということもあり、本日はプリネア軍元帥服姿で参加のクリシュナは、騎士のような作法でなでしこの掌を取り、その手の甲に軽くくちづけした。
 続いてやはり妲己討伐に参加したリヒトがファラーム兄妹に挨拶、
「まずはパーティーを開いて頂いたラクスミ王女に感謝をこめてこれを‥‥息抜きの一時を楽しませて頂きます」
 白いバラの花束を王女に贈呈する。
「王女殿下におかれましてはご機嫌麗しく存じます。この度はお招きに預かりまして光栄の至り――」
 同艦へは初の訪問となる雨音は、やや緊張気味でラクスミに挨拶した。
 そのついでに、瑠亥の初依頼となったUK一番艦進水式の依頼についても尋ねてみる。
「そうそう。あれは第1次五大湖解放戦の直前‥‥本艦は名古屋港のある伊勢湾の警備を任されておったのう」
 既に2年以上前の事である。
 ラクスミは懐かしそうに当時の戦闘の様子、特に瑠亥を含むKV部隊がバグア軍のゴーレムと初めて交戦したことなどを話して聞かせた。
「今はKVの性能もずいぶん進歩したので、それほど怖ろしい敵ではなくなったが‥‥その当時は、ゴーレムの回避能力の高さにかなり手こずらされたようじゃの」
「これからはタロスが敵の主力に取って代わるのかも‥‥油断できませんね」
 挨拶を終えた雨音は、ラクスミの許可を取り、瑠亥に頼んで「サラスワティ」艦内を案内してもらうことに。
「すごく、ご無沙汰しちゃったですよ。でも、皆さん元気そうで何よりなのですよ」
 アイリス(ga3942)は手土産のチョコレートクリームケーキを、ファラーム兄妹やシンハ中佐、そしてちょうど側にいた李・海狼と李・海花にも贈った。
「食べたらちゃんと歯も磨くですよ?」
「はい!」
「はいアルよ〜」
 喧嘩にならないよう1つずつ渡したのだが――。
「あー! 海狼のケーキ、ちょっと大きい! ズルいアル」
「気のせいだよ。相変わらず食い意地が張ってるなぁ、海花は」
 ケーキの大きさを巡り他愛もない口論を始めた双子の兄妹を遠目に見やり、リヒトがふっと微笑む。
(「フロレス海の戦闘ではNDFのタロスに撃墜されかけた海狼がどうしているか気がかりでしたが‥‥どうやら心配はいらないようですね」)

 残ったクリームケーキを一つ持ち、アイリスはなでしこと共にパーティー会場へと向かった。
 幹事として炊事や給仕役のクルー達に細かな指示を下すマリアへもチョコケーキを届けに行くためだ。
「ありがとう‥‥」
 アイリスからケーキを受け取り、マリアは青い眼を細めて微笑した。
 まるで人形のようにぎこちなかった以前に比べて、ずいぶん自然に感情を表に出せるようになってきたようだ。
「マリアさんは、いつも忙しそうなのですよ」
「でも、これが仕事だから‥‥」
「アイリスも、何か力になりたいですよ。お料理を運んだり、お手伝いするのですよ」
「何か用事がありましたら、わたくし達もお手伝いいたします」
 同行したなでしこも申し出る。
「そう? それじゃあ、なでしこにはイベント運営のアシスタントを‥‥アイリスには、艦内で勤務中のクルーの人達にチョコレートを届けに行ってもらえる‥‥かな?」
「どこに持っていけばいいですか?」
「そこのエレベーターから地下3階まで降りて、それから――」
 と、ICレコーダーのボイス再生のごとく、マリアは艦内のコースについて延々と口頭で伝え始めた。
 サラスワティの艦内見取り図はプリネア海軍の重要機密である。顔なじみの傭兵といえども、そうそう外部の人間には見せられないのだ。
「と、とにかく行ってくるですよ〜」
 各種チョコレートが一杯に盛られた籠を抱え、マリアから教わった道順をぶつぶつ暗唱しつつ、手近のエレベーターへと向かうアイリス。
 なでしこがパーティー会場の中央に設営されたイベント用ステージの方へ移動すると、入れ替わるようにして井出 一真(ga6977)が話しかけてきた。
「幹事だそうですから、俺にお手伝い出来ることあれば手伝いますよ」
「え? でも、いまなでしこやアイリスにも頼んだばかりだし‥‥」
「さっきから見てると、マリアさんずっと働きっぱなしじゃないですか? せっかくですから、マリアさんも楽しまないと」
 そういうと、持参した箱をマリアに手渡す。
「‥‥?」
 不思議そうな顔のマリアがラッピングを外し蓋を開けると、中身は折りたたまれた【Steishia】ゴシックワンピースと【Steishia】タートルネックニットワンピ。その上にザッハトルテの箱がちょこんと乗せてある。
 いわゆる逆チョコだ。
「本来は、お世話になった方への感謝、ということらしいですから」
「そうなんだ‥‥」
 少しはにかんだ、それでも嬉しそうな顔で新品のドレスを見つめるマリア。
「じゃあ、少しだけここ、お願いできるかな? ‥‥着替えてくるから」

「イベントのお仕事ですか? よかったら僕もお手伝いしましょうか?」
 運営スタッフの名札を付けてアシスタントを務めるなでしこに、UPC軍服姿の誠が声をかけた。
「助かりますわ、誠さん」
 振り返ったなでしこも、にっこり笑う。
「よろしければ、パーティーの方でもエスコートして頂けると嬉しいのですけど」
「えっ!? そ、それは‥‥」
「お姉さんのお相手はお嫌でしょうか?」
 ちょっといたずらっぽく微笑むなでしこ。
「いえ、そんなこと! じゃ、じゃあ僕なんかでよかったら‥‥」
 照れ臭そうに頬を赤らめ、誠が頷いた。
(「カメル関連のお仕事で誠さんもお疲れでしょうし‥‥これで少しは気分転換になればよいのですけど」)
 正規軍の特務軍曹とはいえ、まだ中学生のような少年を案じ、内心でそう思うなでしこであった。

「テミスト君とミーティナちゃんも親密そうで何よりなのです♪」
 一般人向け学園の制服姿で現れた幼いカップルを前に、美緒がにこやかにいう。
「ミーティナちゃん、来年はもう中等部に進学するんですよぉ〜。それに比べて、テミストったらいつまでも成長しなくて――」
 と、弟の頬をつんつん突くULTオペレーターのヒマリア・ジュピトル(gz0029)。
 その言葉を最後まで聞かず、問答無用で美緒のふにふにが彼女を襲う。
「むむ‥‥これは、全体的にふっくらと‥‥やはりオペ業は運動不足になりがちでしょうか?」
「ぎくっ。そ、そんなー、気のせいですよ☆」
「あれ? 姉さん、こないだ難しい顔して『ダイエット入門』て本読んでなかった?」
「いま何か言った? テ・ミ・ス・ト・くぅ〜ん」
 ひきつった笑顔のまま、ヒマリアは弟の頭にがしっとヘッドロックを決めた。
 慌てて止めに入るミーティナ。まさに修羅場である。
「姉弟はケンカするほど仲が良いのです♪」
 美緒はその足でファラーム兄妹の方へと足を向けた。

「今年は日本の元号で平成22年2月22日‥‥つまりニャン×5で猫いっぱいの記念日があるのです」
「ほう。‥‥それが何か?」
「ラクスミ様には是非とも、ネコミミネコ尻尾装備でPRに協力して欲しいのです♪」
「またかーっ!?」
 笑顔で美緒が差し出したコスプレセット一式を目にして、思わず一歩たじろぐラクスミ。
「ホントはマリアさんにもお願いしたかったですが‥‥ここにはいないですね」
「あー、それ面白そう! ボクもやるやるーっ♪」
 ちょうど凜と共に会場へ到着したチェラルが、片手を大きく振りながら駆け寄ってきた。
「チェラルさんならノリがいいから引き受けてくれると思ったです♪」
「じゃが、わらわは‥‥」
「よいではないか、ラクスミよ。時には座興で将兵の心を和ませるのも、艦長たるものの務めとは思わぬか?」
「ううっ‥‥」
 兄の皇太子にまでいわれ、二の句が継げなくなったラクスミは、そのままチェラルに引きずられるようにして更衣室へと連行されていった。

 会場には立食形式の円卓が並べられているが、出された料理の殆どはプリネア本国から慰問物資として贈られてきたチョコレート、あるいはチョコ関連のお菓子や料理だ。一応、甘物が苦手な出席者のために通常のオードブルも出されてはいるが。
 また口直しのためコーヒー、紅茶からアルコール類まで各種ドリンクも用意されている。
 甲板の一角に設置された仮設厨房では、エプロン姿の悠季が早速采配を振るっていた。
「一流のシェフとまではいわないけど、料理の腕にはそれなりに自信があるのよ」
 今回のパーティーの目玉の一つに、リヒトが提案した「闇チョコフォンデュ」がある。
 要するにチーズフォンデュのチョコ版だ。
 絡める具材として普通はチョコに合わせて酸味のあるフルーツ類が使われるが、今回はサプライズとして参加の傭兵達が各々密かに持ち寄った具材が集められ、まさに「闇鍋」状態で宴席に出されることになる。
 悠季はといえば、空母の炊事兵達と共にチョコスープの味見や具材の切り分けなど下準備に大忙しであった。
 やがてメインディッシュの支度も調った所で――。
「さあ、召し上がれと」
 キャスター付きの台座にデンと置かれたコンロと大鍋。数名のプリネア兵に押されガラガラとパーティー会場へ引き出されてきたその中では、悠季が調理した特製チョコスープがグツグツ煮られている。
 出席者たちは各々用意した「マル秘食材」を乗せた皿(上から蓋で覆い隠されている)を手に、大鍋の周囲に集まった。
 その途中、
「凛は、こんなの用意してきて見たんだ‥‥」
 傍らのチェラルにそっと見せるのは、つい勢いで買ってきた雷おこし。
「チェラルは何を持ってきたの?」
「うん。ボクはねぇ‥‥」
 ニコニコ笑いながら蓋を少し開けると、蒸し立てのシューマイが湯気を立てている。
「この前の飲茶でとーっても美味しかったから。あのお店で買ってきちゃった♪」
 チョコとの相性とかそういう問題は、あまり深く考えていないようだ。
 マル秘食材は鍋の脇にある長テーブルの上に並べられ、炊事兵の手により誰がどの皿を置いたか判らないよういったん順番を並べ替えられたあと、端から順番に番号のシールが貼られた。
「それでは皆さん、ルールを説明します」
 発案者のリヒトが鍋の前に立って厳かに告げた。
「これから一人ずつクジを引いて頂き、当った番号の皿に乗った食材をチョコスープに浸して食べてください。中身を見てからパスするのは反則ですよ?」
 いわばチョコフォンデュのロシアン・ルーレットである。
 鍋を取り囲む一同の間に緊張が走り、しばし会場を沈黙が覆う。
「‥‥では、わらわが最初に馳走になろうかの」
 なかなか挙手する者がいないのをもどかしく思ったのか、ネコ耳・ネコ尻尾のコスプレに着替えて戻ってきたラクスミが自ら進み出ると、炊事兵が恭しく差し出す容器に入った三角クジを引いた。
 三角の1辺を千切り、クジを開く。
「7番か‥‥」
 同じ番号シールの貼られた蓋を取ると、皿の上にあるのは山盛りの苺だった。
「おお! これは当たりじゃな♪」
 ウキウキした様子で鍋に駆け寄り、スプーンに刺した大粒の苺にチョコスープを絡め、美味そうに頬張るラクスミ。
 その様子を見て安心したのか、傭兵を含むパーティー参加者たちも次々にクジを引き始めた。
 大半の皿は、やはり蜜柑やバナナといった無難なフルーツ類が多かった。
 中には焼き餅が入っていて、そのままお汁粉になったりもする。
 凜が持参した雷おこしも、ちょうどクランキーチョコのような食感が、引き当てた参加者には好評だった。
 しかし闇鍋だけに、時には「外れ」もある。
「これ‥‥ナニ?」
 皿の上でホカホカ湯気を立てるチクワやハンペンを見つめ、ユピテルが目をパチクリさせた。
「ああ、それは『おでん』といって日本の伝統料理です」
 ちょっとした悪戯心から食材のメニューに加えていたリヒトが教えてやる。
「へえ〜」
 串に刺したチクワにたっぷりチョコを絡め、ユピテルは口に頬張った。
「うーん‥‥このプリプリした歯ごたえに、チョコの甘味と出汁の旨味が紡ぎ出す絶妙の‥‥‥‥」
 とそこまでいいかけ。
 ニコっと笑うや、弟の肩をポンと叩き、そのままおでんの皿を押しつけた。
「あーっと! あたしダイエット中だったんだ☆ テミスト、あんた育ち盛りだから食べていーわよ?」
「ね、姉さん‥‥」
 まさに鬼姉である。
「それじゃあ、僕も‥‥いいですか?」
 おずおず進み出た誠がクジを引き、同じ番号の皿の蓋を取る。
 皿の上にあったのは――なぜか干しスルメイカ。
「‥‥」
 ひくっ、と少年の頬がひきつった。
「あら! ごめんなさい。それはわたくしが‥‥」
 思わずなでしこが両手で口を押さえる。
「い、いえ、構いませんよ。たまにはこういう変わったのも面白いですから」
 かなり無理のある笑顔を浮かべ、半分チョコに浸したスルメイカを思い切って囓る。
「――むぐっ!?」
 誠は突然反転するやドリンクコーナーへダッシュ、ミネラルウォーターをガブ飲みし始めた。

 もちろん会場には闇チョコフォンデュの他にも、板チョコから豪華なチョコケーキまで至るところチョコレート菓子が並べられている。
 ファラーム兄妹に挨拶したあと、正和は仲間の傭兵達と歓談しつつ、ショコラを飲みつつチョコ料理を堪能していた。
 ふとその中に、バレンタインの売れ残りと思しきハート型チョコを見つけ、またまたやるせない思いが湧いてくる。
(「べ、別に誰からも貰えなかったからじゃないんだからなっ!!」)
 半ばヤケ気味にハートチョコをバリバリ囓って食べ終え、改めて周囲を見回した。
「これでチョコレート風呂もあれば、完璧なチョコ尽くしだな」
「ほう。雪ノ下殿はチョコ風呂をご所望かな?」
 近くで聞きつけたラクスミがパンパンを手を叩く。
 間もなく、飛行甲板のエレベーターから白磁のバスタブと、その中になみなみと注がれた液状チョコがせり上がってきた。
「闇フォンデュ用チョコスープの余りじゃがの。いま40度くらいまで冷めていい湯加減じゃぞ?」
 驚く正和だが、好奇心も手伝い、更衣室で水着に着替えて戻ってくると、恐る恐るチョコ風呂に浸かってみる。
 ムッと鼻をつく甘ったるい香り。だが入ってみると、温かくドロリとした感触が、まるで泥の温泉に浸かっているようで意外と心地よい。
 ついウトウトした正和が、冷えて完全に固まったチョコの中から救出されるのはそれから30分ほど後のことであった。

 闇鍋のロシアンルーレットが終わると、次は会場中央に特設されたステージで有志による隠し芸大会が始まっていた。
「今日のために色々と衣装とか用意してきたんだよー頑張ろう!」
 張り切る栗花落がイレーネのために用意した衣装は――。
「とりあえず姉さんの服装はー‥‥思いっきりどピンク全開ふりふり一杯のお姫様コーデ! あわせて眼帯も花をあしらった可愛らしいやつに!」
 俗に「甘ロリ」と呼ばれるファッションである。
 ついでに薄く淡いメイクを施した姿は、どこからみても「お姫様」。
「‥‥姉さん可愛いvv」
「このフリフリ感や色使いは、些かどころかかなり照れる格好だな‥‥」
 日頃とのギャップに戸惑うイレーネだが、たまには良いかと納得する。
 栗花落自身の衣装はといえば、タキシードに髪も纏めてあげて男装。
 つまりは「白馬の王子様」役である。
 そして2人が演じるは、ミュージカル風の演劇。
 とある国のある王子とお姫様。決して結ばれぬ二人が出会い、そしてそんな運命を打ち破るべく奔走するという物語だ。
 姫の手に口づけし、姫の手を取って踊り、求愛の歌を歌い‥‥とにかく栗花落が積極的にリードする。
 その姿はかつての宝塚風というか、美しくも妖しいムードさえ漂う。
 日頃と勝手が違ううえ、時には栗花落がキスなどしてくるので、イレーネの方は赤面しないよう堪えるのにひと苦労だ。
(「うん、ボクはそんな趣味じゃないし姉さんも恋人さんがいるから大丈夫、大丈夫‥‥なはず」)
 劇の幕が下りると、舞台の袖で照明や音声などを監督していたマリアが拍手しながら近づいてきた。
「2人とも、とっても良かった‥‥」
「栗花落とマリアが逢うのは初めてだったかな?」
 その機会に、お姫様ドレスを着たままイレーネは栗花落を紹介した。
「はじめましてっ、マリアさん。お友だちになろうね?」
「うん。こちらこそ、よろしく‥‥」
 マリアは頷くと、ドレスのポケットからハート型チョコを取り出し、それぞれ2人に手渡した。
「それでは、自分は着替えて――」
「ダメ! 姉さんは今日一日、ボクの恋人なんだから」
 更衣室に引き揚げようとしたイレーネの袖を、栗花落がグイと引く。
「途中で着替えようとしたら後で酷いよー?」
(「今日の栗花落は何やらいつも以上に超強気だな‥‥」)
 結局、イレーネはパーティーの間中お姫様ドレスで過ごすこととなった。

 ステージ上では続いて王零が【OR】各様式飴細工用道具一式を駆使して飴細工を演じていた。
 溶かした飴を器用に伸ばしては曲げ、サラスワティの船体、王族衣装をまとったラクスミの飴細工などができる度、宴席から喝采と拍手が挙がる。
 ちなみにラクスミ飴には他にネコ耳・白スクバージョンなどもあるのだが、これは後で希望者に配る予定である。
 一番大きなサラスワティ飴と正装ラクスミ飴は、そのまま会場の中に飾りとして置かれた。
 その後はなでしこが歌と演舞を披露。
「じゃあ、凛から一曲‥‥応援歌〜これから共に歩む君へ〜」
 凜はローラーブレードでステージ狭しと飛んだり跳ねたり踊りながら、恋人同士やこれから恋人になる者達を応援するため熱唱する。

 隠し芸大会の後は、サラスワティの艦上パーティーでは恒例となりつつあるビンゴ大会が開かれた。
 今回の景品は主に傭兵達持参の品。やはりチョコレート類が多いが、中にはオルゴールや懐中時計などの目玉アイテムも混じっている。
 凜は【ZOO】ねこくっしょんをそっと景品の中に追加した。
「べっ、別に凛、自分で買ったわけじゃないんだからなっ」
 やがて出席者にビンゴカードが配られると、李兄妹がガラガラを回し、司会役のなでしこがナンバーを読み上げる。
 その結果は‥‥終わったあとのお楽しみ。
 今回、通常のビンゴ大会の他に、バレンタイン企画として男性限定の特別抽選が行われた。
 景品はごく普通のバレンタイン用ギフトカードであるが、ラクスミ、マリア、そして提案者のなでしこ自身が口紅のキスマークを付けたレアアイテム。
 ただしサインは入れず、当選しても「誰のキスマークか」判らないのがミソである。

「よう、お嬢さん。カクテルはどうだい?」
「ごめんなさい。私、未成年ですから‥‥」
 その大人びた容貌から成人と間違われ、給仕役の水兵から勧められた酒を断ると、雨音は先刻から気になっていた瑠亥の本心を確かめるため、それとなくパーティー会場から離れた甲板の隅へと誘った。
「よくわかったな‥‥少し、な」
 雨音の問いかけに対し、一度は物憂げに視線を逸らす瑠亥だが、やがてぽつぽつと打ち明け始めた。
 とある者――バグアの強化人間――を説得できなかった。
 以前の自分と重なる部分があった者を。
「それで‥‥もしまたその人に会ったら、瑠亥さんはどうするつもりなんですか?」
「‥‥多分手を差し延べる。俺が過去、そうしてもらったように‥‥な」
「過去――ですか?」
「俺はもともと、何もなかった、底辺の人間だ――」
 生きるために何でもやった。
 当然、この手は血に染まっている。
「だが、なんの気まぐれか。ある変人が俺に手を差し出して来た‥‥それを手にとったから。今、俺はここにある。なればこそ、俺もまた手を差し出さねばならない‥‥」
 そこまでいって、瑠亥はふっと笑って雨音を見やった。
「‥‥っと、パーティに相応しくもない話だったな」
(「それも少し前まで普通の学生だった女性に‥‥」)
 瑠亥の中で、もう一人の自分が諫めるように呟く。
(「これ以上関わってはいけない‥‥自分は本来、表の人物と関われるような真っ当な人間でもないのだが‥‥どうしてだろうな‥‥気づいたら、ここまで関わっていた‥‥」)
 だが、雨音は隻眼の若者から目を逸らさなかった。
「説得が相手に届くのか‥‥私には分かりません。ですが、瑠亥さんがそうしたいのなら、そうすべきだと思います。何事も、やってみなければ始まらないのですから」
 そこで一瞬言い淀むが、
「ただ――どうか、無理はなさらぬように。今度は左目も失ったなんて笑えない冗談、私は嫌ですからね?」
 自分を真っ直ぐ見つめる少女の視線に、根負けしたように軽く肩を竦める瑠亥。
(「たまには‥‥いいか」)
 己の過去に縛られた頑なな心が、冬の陽射しを浴びるかのように、ふと和む。
 いつかは終わる戦い。
 その時はもう自分に先が無いのもわかっている。
 だから、少しだけ‥‥。
「そういえば、雨音の昔も聞いたことないぞ? よければ聞かせてくれないか?」
(「もう少しだけ、この心地好い時間を‥‥」)

 パーティーの喧噪もやや落ち着き、参加者たちはプリネア軍楽隊の奏でるムーディーな曲に合わせてチークダンスを踊る者、引き続き料理を食べながら友人や恋人同士語らう者と、思い思いのやり方で宴の終盤を楽しんでいた。
「妲己という強敵を倒す、お手伝いをしてきたのですよ♪」
 クリシュナからダンスに誘われた美緒は、手を取り合いゆっくり踊りながら、皇太子にフロレス島での戦闘を報告した。
「うむ。櫻小路殿からも聞いたが‥‥これでようやくカメル本土に王手を掛けられた」
「先日は指輪、ありがとうございました♪ 素敵な贈り物、とても嬉しいです♪」
 礼を述べたあと、美緒は持参したチョコブラウニーを手渡した。
「フロレス島の英雄からの贈物か? かたじけない、有り難く頂こう」
 妹姫と同じ緑色の瞳が、子どものように屈託のない笑みを浮かべる。
「あの‥‥指輪を下さったという事は、少しは自惚れて良いのでしょうか?」
 おずおずと美緒は口にした。
「クリシュナ様が私の事を、少しでもそう思って下さるのなら‥‥私頑張りますので、カメル解放の暁には‥‥」
 普段の積極的な彼女にも似合わず、ぽっと頬を染める。
「今は人類未曾有の危機ゆえ、国に身を捧げねばならぬ身だが‥‥私とて男だ。人並に恋のひとつもしたい」
 それだけいうと、クリシュナは美緒の身体を抱き寄せ、後はただメロディに身を任せて静かにダンスのステップを踏み続けた。

 食べたり騒いだり、楽しい一時を過ごしたあと、凜はチェラルを人目につかない艦橋の陰に誘い、2人きりの時間を作っていた。
 褐色肌の少女をぎゅっと抱き締め、互いに交わす口づけはチョコレートより甘い。
「このまま浚っちゃいたいな」
照れつつも悪戯っぽく微笑する凜。
「フフ、いーよ? そうだなぁ‥‥いっそ2人で月までいっちゃおか?」
 答えるチェラルも、白い歯を見せて笑った。

 一真はマリアに、彼女の搭乗するKVの整備をしたいと申し出た。
「でも空母のKVはプリネア軍の整備班が‥‥」
「いえ、俺もお手伝いしたいんです。これからもマリアさんを守ってくれるように、と」
「‥‥わかった」
 マリアも同意し、二人して艦内格納庫へ降りるエレベーターへと向かう。
 それに気づいた正和や悠季が近寄るや、
「いよいよフラグが立ちましたか? 頑張ってください、井出さん!」
「仲人の要望有れば引き受けるわよ」
 口々に声援(?)を送るので、2人は揃って赤面し俯いてしまった。
 エレベーターに乗り込んだあと、マリアは赤面したままポケットからハート型チョコを取り出し、一真に手渡した。
「これ、さっきのお礼‥‥軍からの支給品でごめんなさい」

 一真たちが格納庫へ降りると、その隅っこではアイリスがぺたんと座り、一人のプリネア兵とチョコを食べていた。
「‥‥で、また迷子になって、ここに辿りついたって? 大変だねぇ、アイリスさんも」
「でもマウアーさんもお元気そうで何よりなのですよ〜」
「ま、未だに上等兵だけどな。ハハハ」

 再び甲板上。
「これからのカメルでの戦い‥‥より一層激しくなる事でしょう。誠も軍人として危険な任務を命じられるかもしれません」
 リヒトは甲板の潮風に吹かれながら、誠にいった。
「ええ、覚悟は出来てます‥‥僕も正規軍の情報部員ですから」
「共に戦う友として、これを受け取って下さい。二年前の名古屋で果たせなかったもの‥‥今の貴方なら資格があるはずです」
 リヒトから渡された二刀小太刀「花鳥風月」をじっと見ていた誠だが、やがて「頂きます」と答え、深々と頭を下げた。

 同じ甲板の遙か艦尾付近では、恋人たちの桃色ムードにすっかりあてられた「福利厚生組合」のメンバー達が車座になって自棄酒を呷っていた。
「くそぅ、L・Hにいれば、今頃本命チョコを貰ってたはずなのに‥‥」
「何? 貴様、何時の間に彼女なんか作りやがった?」
「いや、2月13日あたりに運命の出逢いがあったんじゃないかな〜、と」
 などと不毛な会話を交わしている野郎共の側に、鞄を抱えたアークが近づいた。
「こんばんは」
「ん? ああ、傭兵のお嬢ちゃんか。でもあのカメラはもうないんだよなぁ‥‥」
 はぁ〜、とため息をつき、再び酒を呷り始める組合員。
「あのね、さっき女の人から福利厚生組合の人にこれを渡してって頼まれたんだけど」
 そういいながらアークが鞄から綺麗にラッピングした箱を取り出すと、
「なにぃ!?」
 水兵達の血走った視線が一斉に集まった。
「渡す人の名前を言わずに女の人がどこかに行っちゃったんだ。誰に渡していいか分からないから、ひとまずみんなに預けておくね」
 そういうと、ご丁寧にラブレターまで添えられた箱を押しつけるように組合員たちに渡した。
「ふふふ‥‥勝った! やはり恋の女神は俺様に微笑んだか」
「待てい! いつ貴様の物だと決まった?」
「その通り! 貰うなら俺に決まってるだろうが! 相手は知らんけど」
「何を勝手なっ!」
 たちまち始まる血みどろの殴り合い。
「おい! 貴様ら、そこで何を‥‥ってうわぁ〜!?」
 駆けつけてきたMPまで巻き込む大喧嘩となった。
 その場から全力で走って離れたアークは、取り出した双眼鏡で騒動の様子を見物する。
「さて、今度、サラスワティに来る時は、福利厚生組合のみんなにどんな悪戯を仕掛けようかな?」
 箱の中身は確かにチョコである。
 ただしアーク自身が適当にかき集めた市販品だったが。

「奴との決着のためにも過去のデータはしっかり纏めておかんと‥‥」
 パーティーを半ばで脱けだし、王零は甲板の端でゾディアック「蟹座」との戦闘データを読み返していた。
「しかし‥‥改めてみるとこんなに戦っているのか‥‥」
 2度の撃墜にも拘わらず、ヨリシロを換えて戦い続けるバグアの将。だが長らく続いた「ヤツ」との因縁も、間もなく決着を迎えようとしている。
「あっちがカメル本土‥‥奴が待っている場所か‥‥」
 宴席から拝借してきた2つのグラスのうち1つをカメルの方角に置き、もう1つを手に持ち酒を注ぐ。
「あそこが決着の地になるのかな‥‥我が奴を倒すか奴が我を降すか‥‥楽しみだな‥‥」
 ガルーダ作戦の第2段階、カメル本土上陸作戦は目前に迫っている。
「おまえはどうだ? ‥‥カルキノス」
 誰にも聞こえぬよう小声でその名を呟くと、手にした酒杯を一気に飲み干す。
 2つのグラスをその場に残し、立ち上がった王零は艦橋の方へと歩み去った。

<了>