タイトル:原罪の使者マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/12/20 22:30

●オープニング本文


 初めてエミタの移植を受けたとき、カインは誇らしい気分で胸一杯だった。
 UPCの若き士官。しかも人類防衛のエリートたる「能力者」。
 まさに子供の頃憧れたスーパーヒーローになった気分だった。

 ――が、現実は彼を裏切った。

 何度目かの実戦。相手はキメラではなく、UPC軍の基地に勤務する一人の兵士。
 情報部の調査によれば、ほぼ100%バグアの「宿主」であるとのことだった。
 スパイ行為の証拠を突きつけ、命乞いする兵士をファングの爪で切り伏せた。
 奴らに情けは無用だ。下手に時間の余裕を与えれば、逃走されるか自爆されるか、あるいはこちらが取り憑かれて「宿主」にされるか――いずれにせよ命取りとなる。
 しかし、倒した兵士の遺体からは一片のバグア細胞も検出されなかった。
 彼は人間だったのだ。
 後の調査で、その兵士はバグア占領地域にいる妹(公式には死亡したことになっていた)を人質にとられ、やむなくスパイを強要されていた事実が判明した。
 事件は軍内部で処理され、カインが罪に問われることはなかった。

 しかし、それでもカインは軍籍を離れ、以後能力者として武器を取ることも拒んだ。
 夜ごとの悪夢に泣いて助けを乞う男の顔が現れ、両手からは未だに一人の人間の命を奪った、あの忌まわしい感触が離れない。
 除隊する際に自らエミタの切除手術を願い出たが、「術後の安全が保証できない」という理由から却下された。
 その後彼は信仰に救いを求め、ある小さな島へと移り住んだ。

 そして、およそ1年後――。

「神父様、怖いよお!」
 怯えきった子供たちが、泣き叫びながら司祭服のカインにしがみついてくる。
 教会に避難してきた大人の村人達も、不安を隠せないように両手を組み、祭壇へと祈りを捧げている。
「奴は‥‥もうこの近くへ来ているのですか?」
 子供達の世話をシスターに頼み、趣味のバードウォッチングで使う双眼鏡で窓の外を眺めた。
「おお‥‥神よ」
 村の上空を我が物顔に飛ぶ2匹のキメラは、一見人型の胴体に黒山羊のような頭部、そして蝙蝠のような翼を広げた、まさに中世画の悪魔像そのままの姿だった。
 家畜が多数食い殺されたものの、幸い避難が早かったため村人は無事だ――今の所は。
 既に村長がUPCに通報したというから、あと1時間もすれば援軍が駆けつけてくれるだろう。問題は、それまでの間いかにして時間を稼ぐか――。
 幸い村外れにあるこの教会はまだキメラに見つかっていないようだが、奴に気づかれるのも時間の問題だろう。

「何か、武器になるものはありますか?」
 カインは村長に尋ねた。彼自身は、軍を除隊して以来武器と呼べるものはナイフ一本身の回りに置いていなかったからだ。
 旧式の猟銃、拳銃、山刀――村人が所持していたのはそんなところだった。
「(駄目だな‥‥)」
 とてもキメラ相手に太刀打ちできそうにない。
 せめて対戦車ライフル並の大口径銃かロケットランチャーでもあればまだしも、猟銃や拳銃程度ではキメラのフォースフィールドに弾かれてかすり傷さえ負わせることもできまい。
「(せめてSES武器があれば‥‥)」
 無意識に自分の右手に埋め込まれたエミタを撫でてから、カインはハッと息を呑んだ。
「(何ということだ‥‥もう決して武器はとらないと神に誓ったはずなのに、私は戦うつもりでいたのか‥‥?)」
 ひとたび「能力者」になってしまった者の宿命なのか。
 自分は戦いを拒んだはずなのに、戦いの方が自分を放っておいてはくれなかった。
 とはいえ――恐怖の余り啜り泣く子供たち、不安に怯える村人たちを見捨てるわけにはいかない。
「心配ないよ。きっと神様がお守りくださるからね」
 子供達の頭を優しく撫でてやってから、カインは村人に頼んでひと振りの山刀を借り、独り玄関から外に歩み出た。
 もとより、こんな刃物で勝ち目はない。しかしグラップラーの俊足でキメラの注意を引きつければ、何とか救援が来るまでの間、奴をこの教会から引き離すことができるかもしれない。

 教会から外に出るなり、カインは1年ぶりに「覚醒」した。
 覚醒変化により、掌と足首から、まるで聖痕のごとく血が滴り落ちる。
「神よ‥‥我が罪を許したまえ‥‥」
 上空を旋回するキメラたちの姿が、彼には1年前に己の犯した罪の権化のように映っていた。

●参加者一覧

ハルカ(ga0640
19歳・♀・PN
エリク=ユスト=エンク(ga1072
22歳・♂・SN
蒼羅 玲(ga1092
18歳・♀・FT
ブレイズ・カーディナル(ga1851
21歳・♂・AA
ジェット 桐生(ga2463
30歳・♂・FT
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
エマ・フリーデン(ga3078
23歳・♀・ER
時雨・奏(ga4779
25歳・♂・PN

●リプレイ本文

「親父さん‥‥あんたのご同類がいるぜ。‥‥尤も、こちらは能力者だけどな」
 現場へ急行する高速移動艇の中で依頼内容、そして参考資料として添付されたカインの個人情報を読み終え、ゼラス(ga2924)は瞑目して呟いた。
 己の犯した罪の意識に苛まれて信仰の道に入ったというカインと、かつて孤児院で自らの親代わりだった神父を心の中で重ね合わせているのだろうか。
「キメラを倒す事も重要だけど、まずは教会にいる村の人達の保護が第一よね」
 と、ハルカ(ga0640)。
 現時点で、彼らはカインが村人達を守るため、山刀一本でキメラたちをひきつける囮役を務めている事など知らない。ただ「元能力者(グラップラー)の軍人」「村の信望を集める神父」という情報から、もしやという悪い予感はあったが――。
 せめてもの希望は、今の所村人から死傷者が出たという報せがないことか。
「素早くキメラを倒し、村人が無事なうちに助け出そう。何としても助けるぞ‥‥一人も犠牲にはさせない!」
 熱血漢のブレイズ・カーディナル(ga1851)が、掌にバシッ! と拳を叩きつける。
「高速艇から、あるいは到着地点からキメラの姿と、教会の安否を確認できればいいのですが‥‥」
 朧 幸乃(ga3078)は移動艇の窓に顔を寄せた。
 蒼羅 玲(ga1092)、ジェット 桐生(ga2463)も双眼鏡を取り出しそれぞれ島の上空にキメラの姿を求めたが、残念ながらそれらしき影は見あたらなかった。
 空中からの襲撃を避けるため低空飛行で接近したのだが、あるいは移動艇の接近に気づいたキメラの方がどこかに身を隠したのかもしれない。
 UPC本部の記録にあったデータによれば、「バフォメット」の身の丈は約2m。普通の人間に比べれば一回り大きいが、「巨大」というほどでもないので、森にでも潜まれたら捜すのは厄介だ。
 移動艇は島の上空をいったん旋回し、村とその外れにある教会の位置は確認したが、やはりキメラは見あたらず、教会に避難しているという村人の安否も不明だ。

 森に囲まれた小さな村の側に移動艇を下ろす場所がないため、やむなく島の海岸部に着陸し、艇を降りた一行は目と鼻の先にある小さな森を見やった。
 この森を抜ければ、徒歩20分ほどで村へ到着する。
「‥‥敵はどこだ‥‥」
 移動艇内では一言も発しなかった寡黙な男、エリク=ユスト=エンク(ga1072)がボソッと呟く。
 一同は再び双眼鏡で周囲を索敵したが、やはりキメラの姿は発見できない。
 その静けさは、却って不気味ですらあった。
 ジェットは上空に照明弾を打ち上げた。少なくとも元軍人のカインなら、これで援軍が来たことに気づいてくれるだろう。キメラを呼び寄せることにもなるかもしれないが、それはそれで教会から注意を逸らす役に立つ。
 傭兵達は事前の打ち合わせ通り、2班に分かれて行動することにした。

A班:ハルカ、ブレイズ、ジェット、エリク
B班:ゼラス、朧、蒼羅、時雨

 A班は村の教会に直行して民間人の保護。そしてその間、B班は森の中を捜索しバフォメットを発見したら速やかに殲滅。
「敵は中型キメラといってもかなり手強いらしいからな‥‥みんな気をつけろよ!」
 ブレイズが注意を促し、傭兵達はチームごとに分かれて森を目指した。
 A班を村へ先行させ、B班はやや散開して森の中を警戒。
 時雨・奏(ga4779)は移動しつつ、キメラの気を引くため呼笛を吹いた。
「キメラが寄って来たら手間かからんしええけど、寄って来るなら女の子の方がもっとええなぁ‥‥」
 が、その時。
 キメラでも女の子でもない、苦しげな男の呻き声が木陰から聞こえてきた。
「‥‥!」
 急いでB班4名が駆け寄ると、そこに黒い司祭服を着た若い男が倒れていた。
 右手にもった山刀は半ばから折れ、衣服の所々が裂けて血が流れ落ちている。
「カイン‥‥さん?」
 玲が話しかけると、男はうっすら目を開き、力なく微笑んだ。
「ようやく‥‥来て‥‥くれましたか」
 しかしすぐハッとしたように、
「気をつけて‥‥そこに、奴が‥‥!」
 バサッ――!
 木の葉が舞い散り、木立の合間から黒い影が飛び上がる。
「キメラかっ!」
 咄嗟に覚醒した傭兵たちの前に、中世の悪魔をそのまま再現したかのようなキメラ「バフォメット」が、翼を広げてその異様な姿を現した。
 ボホォーーーッ!
 牛のような鼻息を漏らすと、胸の前で合わせた両手の間に夜の闇を凝縮したようなエネルギーの塊が収束し、そのまま闇弾として投げつけてきた。
 白い龍人と化した時雨が「獣の皮膚」で防御を高め、瞬速縮地ですかさず神父を庇ってその攻撃を体で受け止める。
「ああくそ、能力の大判振る舞いや‥‥お前らも、はよ援護せいっ! 悪いが獣の皮膚どころか覚醒時間すら、そう保たんぞ、わし」
 空中のキメラに対し、玲と時雨はそれぞれスコーピオンとスナイパーライフルの対空射撃を浴びせた。
「ああっ覚醒したら鉤爪が邪魔でトリガー引かれへん〜‥‥嘘や」
 時雨が毒づくが、それでも何とか爪の先を使ってトリガーを引く。
 とにかく敵が上空にいる限り、近接武器は役に立たない。
 朧はやむなく両手のファングを外し、スコーピオンで対空射撃に加わった。
 バフォメットは続いて目映い光の塊「光弾」を放つが、傭兵達の銃弾を避けながらの一発なので、これは狙いを外した。
 数では優位といえ、専門のスナイパーがいないため、命中弾はあるがなかなか急所に当たらない。
 そんな中、ゼラスは腰を落とし、敵が地上に降りてくるチャンスをじっとうかがっていた。
 キメラは続けざまに数発の闇弾、光弾を打ち込んできたが、なぜかそれきり攻撃の手を止め、傭兵達の上空を旋回している。
 どうやら、特殊能力による遠隔攻撃には奴も相当のエネルギーを消費するようだ。
 しばらく手こずったが、やがて時雨の撃ったスナイパーライフルの一発がキメラの翼を打ち抜いた。
 苦しげな咆吼を上げ、バフォメットがヨタヨタと地上付近に降りてくる。
「――待ってたぜ!」
 ゼラスが身を躍らせ、ファングの爪を振りかざした。
「死神と悪魔‥‥どっちがより常世で踊れるか‥‥決めようじゃねぇか!」
 流し切りの一撃が、死神のあぎとと化してキメラの両翼を根元から食いちぎる。
 武器を銃から蛍火に持ち替えた玲が流麗な剣さばきで流し斬りを叩き込み、バフォメットの息の根を止めた。
 キメラの絶命を確かめた後、傭兵達はカインの元に走り寄った。
 幸い命に別状はないようだが、あいにく今回のメンバーに練成治療のできるサイエンティストがいない。とりあえず救急セットで応急手当を施すのが精一杯だった。
「私なら、大丈夫です‥‥」
 傷の痛みに顔を歪めつつも、カインは気丈に体を起こした。
 聞けばこの1時間、グラップラーの俊足だけを頼りに、ひたすら森の中を駆け回ってキメラ達の目を引いていたのだという。しかしSES武器を持たぬ悲しさ、ついに空から襲いかかるバフォメットの爪を浴びてしまったのだ。
 バフォメットたちが移動艇の接近に気づき、警戒して森へ隠れなければ、まず命はないところだった。
「奴の仲間がもう一匹‥‥村の方へ‥‥」
 傭兵達は顔を見合わせた。
 ただちに村に急行し、先行したA班と合流しなければならない。
 しかし、負傷したカインをどう扱うか――。
「私も‥‥一緒に行きます」
 傭兵達のためらいを読んだかのように、カインがいった。
「まだ2時間くらいなら、覚醒していられます‥‥村の人達を見殺しにするわけには、いきません」
「なら、これを‥‥護身用に」
 朧が差し出した彼女のファングを目にした瞬間、カインの喉から悲鳴がもれた。
 それは1年前、軍の任務とはいえ一人の人間の命を奪ってしまった同じ武器。
 忘れることも、取り消すこともできぬ、彼自身の「罪」の象徴。
「そ、それを‥‥私に使え‥‥と?」
「生きるために牙をむくのは、全ての生きるものの本能‥‥」
 穏やかに、朧が微笑んだ。
「生きたい、護りたいと武器をとった貴方の行為‥‥神様は裁かれますか‥‥?」
「しかし、1年前のあの日‥‥『彼』は私に武器を向けたわけではなかった。‥‥ただ泣いて慈悲を乞い、生きることを願っていたのに‥‥それを、私は‥‥」
「神父さん! 個人的には、出来ればあんたにはこれ以上戦って欲しくない。だが、そうも言ってられないかもしれない‥‥」
 ゼラスも傍らから声をかけた。
 さらに、朧が言葉を継ぐ。
「あなたの過去の罪は、あなた自身が決めること‥‥あなた自身が清算できたと思うその日まで、償い、懺悔し続けて下さい‥‥ですが、今日今この時、あなたはこの村の人達を命を懸けて護った英雄です‥‥」
「英雄、ですか‥‥」
 カインの口許に、自嘲めいた笑いが浮かんだ。
「しかし‥‥戦いを拒むことで、罪から逃れようとしていた私の考えも‥‥また傲慢だったのかもしれません」
 神父は胸で十字を切り、神に許しを請う祈りを短く捧げた後、朧から受け取ったファングを両手に装着した。
「いずれは地獄の業火で焼かれるこの身‥‥ならば、せめて罪なき人々のために捧げましょう」

 一方、先行して村へ入ったB班の4人が目にしたのは怖れていた光景だった。
 教会の尖塔の上空を、バフォメットの忌まわしい姿が旋回している。
 今の所は村人たちも恐怖で息を潜めているようだが、もし誰かが耐えきれずに飛び出したり、下手な攻撃を仕掛けようものなら、たちどころに屋根を突き破って侵入し、教会の中は地獄と化すだろう。
「させるかよっ!」
 ブレイズが小銃S−01を連射し、キメラの注意を引きつけた。
「‥‥ゆくぞ‥‥」
 目隠しを外したエリクが、アーチェリーボウで敵の翼を狙う。
 ジェットもハンドガンで対空射撃に加わった。
 傭兵達の方へ向かってきたキメラの真下を瞬天速で突っ切る形で、ハルカが教会までたどり着いた。
 固く閉ざされた扉を叩き、
「UPCの者です! 救援に来ましたっ!」
 閂を外す音が響き、わずかに開いた扉の隙間から、村長らしき老人がおずおずと顔を覗かせた。

「現在、キメラと私の仲間達が交戦中です。間もなく増援も来ますから――皆さんは奴に気づかれないよう、このまま音を立てないように隠れていてください」
 教会の中に招き入れられたハルカは、村人たちに状況を説明した。
「あの‥‥神父様は‥‥?」
 子供たちの一人が、恐る恐る尋ねてきた。
「心配ないわ」
 ハルカはニッコリ笑う。
 もう1匹のバフォメットは既に殲滅したこと、そしてカインも無事であることは、既にB班からの無線連絡を受けていた。
「神父さんは無事です‥‥もう1匹の怪物は、彼が退治しました」
 村人達の間から「おおっ」と感嘆の声が上がった。
(「これくらいのウソなら‥‥神様も見逃してくれるよね」)
 心の中で、ペロッと舌を出すハルカ。
 それから恐怖に怯える子供達を一人一人抱き締め、
「ボクたち、もう大丈夫よ」
 そうやって勇気づけてから、彼女自身も仲間達と戦うため、教会を後にした。

 バフォメットの放った闇弾の直撃を受け、エリクが後方に弾き飛ばされる。
「‥‥死線を超えろ‥‥俺の求めるモノは、その先にある‥‥!」
 再び立ち上がったスナイパーの矢が、ついに敵の翼の根元を射抜いた。
 飛行能力を失ったバフォメットは、それでも鋭い鉤爪を振い、闇弾・光弾を放って抵抗を続ける。そのしぶとさたるや、あのセイレーンなどの比ではない。
「いい加減くたばりやがれ!」
 振り下ろされる鉤爪をかいくぐり、ブレイズの豪破斬撃が、続いてジェットの流し斬りがキメラの体力を削っていく。
 惜しむらくは、切り札ともいうべき紅蓮衝撃が練力不足で使えないことだ。
 だがそこに、教会から戻ったハルカ、そして森の方からB班とカインも駆けつけた。
「罪も裁きも知った事じゃない! あらゆる恐怖と絶望は‥‥裂き飛ばす!」
 ゼラスのファングによる豪破斬撃を受け、バフォメットの動きがガクリと落ちる。
 最初の戦いでゼラスたちB班もかなり練力を消耗していたが、銃を持つ者は後方からバックアップを、刀やファングを使うものは果敢に近接攻撃を繰り返した。
 カインもまた怪我を押して戦いに加わり、1年間のブランクを感じさせぬ動きでバフォメットにファングの斬撃を決めた。
 その姿を見ながら、傭兵達はやるせない感情を覚える。
 あんな悲劇さえ起きなければ、この青年は優秀な能力者の戦士として、地球防衛の戦いにどれだけ貢献したことだろうかと。
 やがて長く続いた戦いの末――。
 悪魔の姿を象ったキメラは、ついに力尽きて大地にくずおれ、その姿に相応しい地獄へと旅だっていった。

「ありがとうございました‥‥これは、お返ししましょう」
 外したファングを朧に返すカインの掌に覚醒変化による血痕を認め、エリクが呟いた。
「‥‥聖痕‥‥か‥‥」
「聖痕? そんな尊いものではありません。これは、私の‥‥罪の証です」
 掌の覚醒痕、そしてその下に埋め込まれているであろうエミタを撫でながら、カインが答える。
「罪、か‥‥そんなもの‥‥誰だって背負ってる」
 エリクは己の持つSES兵器の剣「イアリス」を神父に手渡した。
「‥‥ラストホープに在住せずにいる傭兵など少なくない‥‥救われたいのならば、より多くの命を救えば良い‥‥」
 彼自身は、カインに傭兵として復帰して欲しいと願っていた。しかし、これ以上彼の人生に立ち入るわけにもいかないだろう。
「救われようなどとは考えていません‥‥私が犯した罪は、もはや取り返しのつかぬものですから」
「まーお前さんの信仰なんぞ知らんがな、何もせんかったら、見て見ぬ振りして見捨てたのと変わらんわ。『ああ、私は村人を救える力がありながら見捨てました』なんて祈るより、よっぽどええ」
「あれ程のキメラを二匹も引き付けてたんだ、よくやったよ。あんたが居なければ多分もっと酷いことになっていたはずだ。あんたがこれからどうするかには口出しする気はないけど‥‥自分で自分を納得させられるような、そんな生き方を目指してみるといい」
 時雨とブレイズの言葉を聞き、カインは穏やかに微笑んだ。
「では‥‥この剣は、有り難く頂戴しておきましょう。能力者としてこの村を守ることもまた、私なりの祈り‥‥神の思し召しやもしれません」

 幸いカインの負傷は、村の診療所でひと月も療養すれば治るだろうとのことだった。
 頭や手足に包帯を巻いた神父と、村人たちに見送られながら、傭兵達は島を後にする。
「神父さん‥‥自分に負けるなよ」
 そう呟くゼラスの脇を、
「なに感傷に浸ってんの〜?」
 と肘で突付くハルカ。
 しかし彼女もまた手を振る村の子供たちを振り返り、
「早く戦争を終わらせて、あの子たちを罪びとにしないようにしなくちゃね」
 決意を新たに頷くのだった。

<了>