●リプレイ本文
新条 拓那(
ga1294)が再びその男に会ったとき、彼は殺風景な個室のテーブルでじっとチェス盤を凝視していた。軟禁同然の生活の中で、数少ない娯楽として1人チェスに興じていたのだろう。
「‥‥サイエンティストはいないのか?」
部屋に入ってきた傭兵達を見上げると、ラザロはそれだけ訊いてきた。
「スナイパー4名、グラップラー2名、それにファイターとビーストマンが1名ずつ。それが今回の編成だ」
一同の中ではラザロと初対面になるイレーネ・V・ノイエ(
ga4317)が端的に答えた。
「つまり、いざというとき錬成治療できる者がいないというわけか‥‥よし、チェックメイトだ」
ゲームを終わらせると、ラザロは顔を上げ、傭兵たちと向き合った。
「全く、蛮勇というか無謀というか‥‥今、この国がどういう状況か判ってるのか?」
「ぜひ伺いたいですね。この基地も、以前に増して警戒が厳重になっているようですが?」
前回もDF計画絡みの依頼で同じ空軍基地を訪れたミハイル・チーグルスキ(
ga4629)が尋ねる。
「最近オーストラリア方面から頻繁にワームが飛来して、国中が大混乱だ。カメル軍の旧式戦闘機じゃ歯が立たんから、今じゃ軍の連中もすっかり怯えて基地に籠もってる。ま、バグアの方もこちらから手出ししない限り、特に攻撃はしないがな‥‥今の所は」
チェスの駒を手で弄びながら、
「大統領は病気を理由に何処かへ姿を眩ました。もうここは国家の体を成してないよ‥‥そんな火事場みたいな所へ、体ひとつで乗り込んできたわけだ。君らは」
「だが今回は俺達だけじゃないぜ。UPC正規軍がKV部隊を派遣してくれた」
やはりラザロとは初対面の大賀 龍一(
ga3786)が反論した。
その言葉通り、彼らの移動艇を護衛してきたUPC空軍のKV部隊約50機が、現在も同基地内で待機している。航空部隊の中には電子戦機・岩龍も加わっているので、敵のジャミングに対抗し通信機の使用も可能となるはずだった。
「それにしたって例の新型機――シェイドだったか? あれに出てこられたらお手上げだろう。それでもUPCが部隊を派遣してきたのは‥‥もしカメルが内乱状態になったとき、直ちに軍事介入して親バグア政権の樹立を防ぐためだろうさ」
「そんな話はどうだっていい。俺達は、傭兵として仕事をしに来ただけだ」
桜崎・正人(
ga0100)がぶっきらぼうな口調で告げた。
「ああ、目的はシモンたちの亡命阻止。マリアの方は生け捕り‥‥だったかな?」
「初めて会った時‥‥俺の事‥‥すぐ見抜いた‥‥よね」
以前の依頼でラザロと面識のある幡多野 克(
ga0444)が尋ねた。
「ラザロさんから見て‥‥逃亡中の2人は‥‥どう見える? 恐怖を‥‥持ってる‥‥?」
「そうだな‥‥例えば前に君らの仲間が捕らえたペテロ。あいつは判りやすい‥‥典型的な対人恐怖症だ。自分以外の全ての人間が怖ろしい‥‥だから、己の身を守る象徴としてあれだけトラップや爆弾に執着してたんだろう」
ラザロは心理学者のような顔つきでじっと考え込み、
「マリアとは面識がないから知らんが‥‥シモンの場合、あの男を突き動かしているのは『憎悪』だな。理由は判らんが、奴は人類全てを心底から憎んでる。だからこそブライトン博士の演説に共鳴したんだろうがな。それはともかく――」
再び卓上のチェス盤に目を落とし、
「ずっと気になってたんだ。もしシモンたちに逃亡を唆したのがバグアなら、なぜ連中はさっさとワームを寄越して2人を回収しないのかとね。‥‥だがここで退屈しのぎにチェスを打ってるうちに、何となく察しがついた」
「何か、心当たりがあるんだねっ?」
八重樫 かなめ(
ga3045)が思わず身を乗り出す。
「奴らは観戦してるのさ。一般人の軍隊と能力者が、そして能力者同士が戦う光景を‥‥こうしてチェス盤を覗き込む俺たちのようにな」
「私たち‥‥チェスの駒じゃないですぅ」
おどおど抗議する幸臼・小鳥(
ga0067)を尻目に、ラザロは盤上に黒のキングとクイーンを、そして適当に選んだ白い駒9つを並べた。
「敵は2人。こちらは俺を含めて9人‥‥普通に考えれば、まず勝負にならん。だがバグアの連中が、こんな一方的なゲームを許すと思うかね?」
「その時はその時さ。あんたのご託は、もういいよ」
龍一が少し苛立ったようにいう。
「それよりメンバー分の野戦服と閃光榴弾(フラッシュグレネード)を供出してくれないか?」
「廊下にいる警備兵に掛け合ってみろ。UPCの人間だといえば貸してくれるだろう?」
その時、卓上に置かれた電話機が鳴った。
「ああ、俺だ‥‥‥‥そうか、判った」
受話器を置いたラザロが、改めて一同の顔を見渡した。
「シモンとマリアがカメル軍の検問を突破した。奴らは真っ直ぐ南の海岸に向かっているそうだ」
地図を広げ、カメル南部の海岸部を指し示す。そこに港はなく、ただ延々と断崖が伸びるだけの地点だった。
傭兵たちはラザロとカメル軍の輸送ヘリに乗り、南の海岸を目指した。
野戦服と閃光榴弾は同国軍から借りられた。もっとも小鳥だけは体が小さすぎ、着られるサイズがなかったため私服のままだが。
護衛として先行したKV20機、及び岩龍からは「上空に敵影なし」との報告だった。
ちなみにKV部隊のうち30機は「カメル首都防衛」を理由に基地に残っている。
(「ラザロのいうとおり‥‥UPCは、いざとなればカメルに軍事介入するつもりかな?」)
拓那は気になったが、ともかく今はシモンたちとの決着が先だと思い直す。
――前回、シモンによって負傷し、あるいは侮辱された仲間達のためにも。
カメル側は陸軍1個大隊を投入し、海岸部の捜索を続けている。シモンたちを発見した場合、手出しはせず無線か信号銃で連絡する手はずになっていた。
「‥‥とはいえ、気は許せんな」
イレーネが赤い隻眼を光らせ、ラザロやヘリのパイロットに聞かれぬよう、仲間たちに小声で囁いた。
「自分たちが2人を制圧した後、カメル軍が口封じのため殺害を図るやも知れぬ。戦闘が終わればマリアは保護対象だ、全力で護る。完全に彼女の安全が確保されるまでは臨戦態勢は解かぬよ、どんな横槍が入るかも分からぬでな」
万一のキメラ出現に備え、またシモンたちに悟られぬよう、20機のKVと岩龍は陸戦形態に変形し、機体を低くして密林に身を隠した。
とりあえず海岸付近の空き地にヘリを下ろし、傭兵達は打ち合わせと各々の装備の最終チェックに入った。
今回、武器をいつもの弓からアサルトライフルに代えた小鳥に、元自衛官の龍一が射撃術を細かくアドバイスしてやる。
「なぁ、嬢ちゃん。撃てんの? 骨折するぞ?」
「あぅ、あぅぅ‥‥」
「いやさ、もう宇宙人が相手だから、子供傭兵なんて不思議にも思わないけどよ」
「はぅっ‥‥私、子供じゃ‥‥ないですぅ」
「‥‥はい? 18歳?」
小鳥の実年齢、いわゆる「乙女のヒミツ」を聞いてポカンとする龍一。
その傍らでは、今回の依頼に発端から関わり続けた拓那が中心となる形で、戦闘に際してのグループ分けを行っていた。
A班(シモン制圧):拓那、ミハイル、龍一、ラザロ
B班(マリア確保):かなめ、克、小鳥、イレーネ
※正人は遊撃班として後方支援
9対2。回復役がいない不安はあるが、短期決戦で一気に押し潰せる戦力差である。
――『マリアを生きたまま確保』という縛りさえなければ。
「あの子には‥‥家族が居るんだね」
かなめが、ポツリと呟いた。
「犯罪者だけでなく‥‥そんな子供まで実験に使うなんてぇ‥‥」
「政治的な事は‥‥分からない‥‥けど‥‥。身柄確保は‥‥彼女の助けに‥‥なるかな‥‥」
小鳥と克も、暗澹とした面持ちで語り合う。
それは、この場にいる誰も答えられない問いかけだった。
「それでも、ボクはやるよ」
グレートソードを背中の盾代わりに背負いながら、かなめがいった。
「‥‥マリアを家族に会わせたいから」
ヘリの中でカメル軍部隊と通信を取っていたラザロが、戻ってきて告げた。
「2人が見つかった。ここから2kmばかり東の海岸だ」
閃光榴弾の使用に備え、全員がサングラスと耳栓を用意した。
KV部隊はそのまま待機させ、一行は再びヘリで移動。
目的地に降りると、そこはゴツゴツと岩場の突き出した断崖絶壁の手前だった。
「シモンとマリアは?」
「そ、それが‥‥」
小銃を抱えたカメル兵が、戸惑うように海の方を指さした。
荒涼とした岩場から一際突き出した大岩の上に――。
右手にヴィアを携え、まだ幼さを残す華奢な少女が佇んでいた。
銀色のショートボブヘアが潮風に揺れ、微妙に焦点のずれた蒼い瞳が、虚ろな表情でこちらを見下ろしている。
髪の色が報告と違うのは、まだ覚醒していないからか。
「投降勧告はしたのか?」
「駄目です! あの娘に近づいただけで、何処かから狙撃手が‥‥」
以前と同じだ。シモンはマリアを囮に立て、自らは隠密潜行で身を隠し、後方から近づく者を標的にしている。
「メアリー・ブラウン!?」
かなめはマリアの本名で呼びかけてみた。
――反応は、ない。
やむなく傭兵達は一斉に覚醒。
4名のスナイパー達はやはり隠密潜行で気配を消し、拓那、ミハイル、そしてラザロは後方に潜んでいるシモンの姿を求め側面から回り込んだ。
マリアが覚醒する前に制圧しようと、かなめが閃光榴弾の安全ピンを外したとき。
ふいに頭上の太陽が陰った。
「なっ‥‥!」
その場にいた全員が愕然とする。
マリアの立っている後方上空に、全長百mに及ぼうかという大型ワームが忽然と出現したのだ。
「‥‥なぜ、私たちを追うの?」
マリアが口を開いた。
「私たちはただ、この崖の向こうへ行きたいだけなのに‥‥」
おそらく岩龍のレーダーが捕らえたのだろう。こちらから連絡する前に、密林に潜んでいたKV20機が一斉に飛び立ち、ワームへと向かう。
ワームの底部に音もなく穴が開き、中から数知れぬ飛行キメラが飛び出した。
ハーピー、ドラゴンフライ、バフォメット――。
大型ワームを攻撃しようと接近した友軍機はキメラたちにまとわりつかれ、動きが鈍った所を所を敵のプロトン砲やフェザー砲で次々と撃墜されていく。
マリアと対峙したかなめと克の眼前にも、1匹のバフォメットが降り立った。
「――くっ!」
2人は手にした閃光榴弾を相次いで投げつけた。
激しい閃光と爆音は悪魔の姿を象った人型キメラを一瞬たじろがせるが、ちょうどその陰に隠れたマリアに覚醒の余裕をあたえてしまった。
少女の銀髪が翡翠色に変わり、同時に妖しい燐光を発する。
バグアの出現により、傭兵たちの計画は大幅に狂った。
イレーネ、小鳥、正人、そしてシモンを狙うはずだった龍一まで、とりあえず正面のバフォメットを狙い集中砲火を浴びせる。
その結果、拓那たちは後方支援なしで突出する形になってしまった。
(「さぁ、どこからでも撃ってこいよ。どんなに身を隠しても射線を辿れば、そこに射手は居るんだから」)
拓那がそう思った瞬間――案の定、空気を切り裂く銃弾が彼の脇腹を抉った。
数百m先の岩場で、素早く移動する人影がある。
「っ痛ぅ‥‥でも、こんなヘナチョコ弾にまぁけるもんかぁっ!」
シモンが隠れたと思しき方角へ、力一杯閃光榴弾を投げつける。
サングラスを通しても目の眩むような光と爆音。
すかさず瞬天速で岩場まで走ろうとする拓那の前に、2匹目のバフォメットが飛来し、掌から凝縮した闇の塊を投げつけてきた。
少し遅れて上り坂を瞬速縮地で加速してジャンプしたミハイルが、イグニートでキメラを攻撃。
「舞台演出でやったことはあるが、まさか自分がやるとはね」
とりあえずバフォメットの相手はミハイルとラザロに任せ、拓那は痛みを堪えつつ瞬天速で岩場へと向かった。
スナイパー達の銃撃がようやくバフォメットを沈黙させた頃、かなめは正面からマリアとやり合っていた。
能力者としては経験の浅いマリアの動きは変化に乏しく、すぐ手の内が読めてきた。ただし、龍一たちの銃弾を手足に受けても顔色ひとつ変えず、ひたすら攻撃してくる姿には鬼気迫るものがあったが。
無表情に豪破斬撃をかけてくるマリアに対し、腕一本犠牲にする覚悟でかなめがファングを身構えたとき。
横合いから飛び込んだ克が刀の峰打ちで急所突きを入れた。
「シモ‥‥ン」
微かに呟きながら、マリアはその場にくずおれた。
岩場に躍り込んだ拓那は、閃光榴弾のショックからようやく立ち直ったシモンが慌てて構え直したアサルトライフルをツーハンドソードで叩き落とした。
「あの女の子の親探しとしちゃバグアは物騒過ぎじゃないか? あるいはお前が物騒な親しか知らなかったか!」
「親、だと‥‥?」
シモンが顔を歪めて嗤った。
「私が初めて殺したのが、その物騒な父親だよ‥‥七つの時にな!」
腰のアーミーナイフを抜き、至近距離から刺突をかけてくる。
明らかに鍛え抜かれたプロの動き。
――勝負は一瞬でついた。
先手必勝のスキルを使った拓那の剣が、シモンの心臓を刺し貫いていたのだ。
「悪いな。手加減するには、あんた強すぎたよ‥‥」
シモンの覚醒が解け、蒼かった長髪の色が漆黒へと戻っていく。
「この私が‥‥人間ごときに‥‥」
呻くように呟き、男は息絶えた。
バサッ! 羽音と共に上空から舞い降りた一匹のバフォメットが、シモンの屍をさらって飛び去っていった。
「何のつもりだ? 奴は、もう死んでるのに‥‥?」
シモンの体を抱えたバフォメットが大型ワームの中に吸い込まれると同時に、それまで上空でKVと戦っていたキメラ群も、そしてワーム自体も出現した時同様、唐突に南方向を目指して撤退していった。
生き残ったKV8機が陸戦形態でカメル軍を牽制する中、傭兵達は意識を失って倒れたマリアに応急手当を施した。
かなりの傷を負っているが、今すぐL・Hに運べば何とか助かりそうだ。
「君に罪はなかった。罪があるのは君のような子をつくってしまった大人なのだろうね。申し訳ない」
ミハイルが呟きながら、少女の体に毛布を掛けてやる。
脇腹の傷を押さえながら戻ってきた拓那が、シモンの最期を仲間達に告げた。
「詰めが甘かったな、シンジョウ。どうせなら奴を切り刻むべきだった」
キメラの返り血を浴びたまま、ラザロがいう。
「‥‥どういう意味だ?」
「奴らはな、たとえ死体であっても‥‥死亡直後で脳さえ無事なら人間をヨリシロ(宿主)にできるんだよ。生前の記憶、知識、能力‥‥そのままにね」
絶句する拓那の顔を見つめ、男は妙に穏やかに笑った。
「次にシモンと会ったときは、もう人間と思うな。デビル・フォース‥‥悪魔の部隊から、とうとう本物の悪魔が生まれたってわけさ」
<了>