●リプレイ本文
●谷間の怪植物
「うわっ、でっかい花だなぁ‥‥」
崖の上から眼下に咲く巨大な「花」を双眼鏡で見下ろし、白鴉(
ga1240)が思わず声を上げた。
そう。それは黄色い花心部を取り巻き真紅の花弁が放射状に並ぶ、「花」としか形容しようのない物体だった。直径約10mという、その大きさを別にすれば。
「‥‥可愛くないわね、生で見ても」
ロッテ・ヴァステル(
ga0066)も率直な印象を述べる。
本体だけみればただの巨大花でも、その根元から生えて周囲にうねうねと蠢く無数のツタ、いや「触手」を見れば、それが尋常の植物でないことは一目瞭然だった。
コードネーム「ギガ・フラワー」――飛行ワームによってこの山中に植え付けられ、大量の毒花粉を飛ばして風下の街をパニックに陥れた巨大植物型キメラである。
「バグアの奴ら手を変え品を変え、よくもまあ飽きもせずに次々に手を打ってきやがる‥‥勤勉だな」
ザン・エフティング(
ga5141)が肩を竦める。
「まあそれに付き合ってやってる俺達も勤勉って事で、気合いれていこうや」
「ロッテさんと一緒の依頼に入るのも‥‥久しぶりですねぇ」
長身の美女の横に小動物のごとくちょこんと立った幸臼・小鳥(
ga0067)が、少し嬉しそうにいった。
今回の任務はキメラ殲滅ではなく、あくまで花心部の細胞サンプル採取である。そのため、まずは彼女ら4名の傭兵が山中に入り現地調査にあたっていたのだ。
キメラの毒花粉にそなえ、傭兵達はUPCから貸与された化学防護服、およびガスマスクを装着している。ただし全身を覆う特殊ゴム製の防護服はひどく動き辛く、特に能力者の知覚や回避に与える影響が懸念されるので、今のうちに体を慣しておくという意味もあった。
「防護服‥‥むぅ、狙撃が少ししづらいかも‥‥ですぅ‥‥」
三日後にはUPC空軍部隊による殲滅作戦が決行されるので、被害者の治療薬を開発するためにも、サンプルはその前に何としても採取せねばならない。
現場の地形は「岩龍」の偵察写真によりだいたい把握していたが、こうして実際に訪れてみると、改めて厄介な場所であることが判る。
ギガ・フラワーは、幅3百mほどの狭い谷間の底に咲いていた。
街を襲った時ほど大量ではないが、巨大花は時折呼吸するかのように花粉を吹き上げているため、谷底はうっすら黄色く霞んで見える。
「あの様子だと風向きはどうあれ、防護服なしじゃとても近づけないわね‥‥」
「攻撃方法は‥‥花粉と触手以外になければいいの‥‥ですけどぉ」
ロッテと小鳥が話し合う。
傭兵達は崖から谷底へと降りる狭い一本道を見つけ、足場に気をつけながら移動を開始した。人が一列になってようやく降りられる狭い下り道だが、幸い谷底に着くまでキメラは攻撃してこなかった。
敵の攻撃範囲を探るため、まず小鳥が長弓の矢を1本打ち込んでみる。
弧を描いて飛んだ矢が花の本体へ達する遙か手前で、素早く伸びた一本の触手がパシッ! と矢を捕らえた。
続いてザンが足許にあった拳大の石を拾って投げつけて見るが、やはり空中で触手に絡み取られる。
花の根元にびっしりと繁茂した触手の伸びる範囲は、およそ百m。つまり、スナイパーライフルでも敵の「制空圏」に踏み込まねば本体を攻撃できないということだ。
覚醒したロッテが、試しにルベウスで軽く攻撃を仕掛けてみた。
百m圏内に入ったとたん伸びてきた触手を、紅い炎の爪が何本か斬り飛ばす。
切断された触手はいったんは引っ込むが、そこでジワジワと再生を始めた。
「再生完了まで、およそ5分って所ね‥‥」
その花弁は見るからに分厚く、人間が飛び乗っても破れる心配はなさそうだ。
外見は巨大植物のようなキメラがどうやって敵の動きを探知しているのか、花粉と触手以外に攻撃手段を持っているのか、調べたいことはまだある。だが練力のロスも考慮し、傭兵達はとりあえず初日の調査を終え、谷の上へ後退した。
●北風が吹く時
同じ頃、サンプル採取を直接担当するナタリア・アルテミエフ(gz0012)を始め、シェリル・シンクレア(
ga0749)、夕凪 春花(
ga3152)、ミハイル・チーグルスキ(
ga4629)らは、気象条件など作戦実行に必要なデータを集めるため、地元の測候所を訪れ調査に当たっていた。
所内で借りたPCを使い、天候記録や現場の地形データなどをまとめてグラフや表を作成していたミハイルは、一息ついてコーヒーカップを口に運んだ。
「パニックハザード系の映画のようだね‥‥このような状況が現実で起きていることに私は驚きを隠せないよ」
といいつつも、その口調はあくまで冷静である。
その傍らで、
「綺麗なお花だといいんですけれど‥‥ラフレシアらしいですから、私好みじゃありませんね〜」
やはりPCにより風向きや天候、地形等のデータをチェックしつつ、シェリルが苦笑する。
測候所の予報によれば、4日後には北からの強い季節風が吹くという。そのとき、再び街に向けてギガ・フラワーから大量の毒花粉が散布されるのは確実であろう。
「でも、天気なんてどう変わるか判りませんし‥‥もしデータと違った場合は出たとこ勝負ですね」
ナタリアと共に過去の気象データ解析にあたっていた春花が、やや心配そうにいう。
バグア軍に制宙権を握られ、軍事衛星はもちろん民間の気象衛星や観測衛星まで全て破壊されてしまった現在、各地の測候所ではレーダーや気圧計など地上からの観測を頼りに昔ながらの天気予報を行っている。当然、戦争前に比べてその精度も落ちる。
「ですから、軍も殲滅作戦を急いでるんですわ‥‥」
プリントアウトされた膨大なデータに素早く目を走らせながら、ナタリアが答えた。
「爆撃は三日後の予定になってますけど‥‥実際には、私たちのサンプル採取が完了した時点でKV部隊を基地から発進させるから無線で連絡してくれと、さっきUPCから通達がありました」
一方、勇姫 凛(
ga5063)は被害に遭った街の様子を調査していた。
住民から花粉が降ってきた時の状況、麻痺しなかった者はいなかったか? 等を聞き込み、少しでも花粉の弱い時間が分かれば採取もしやすいと思ったからだ。
だがあいにく街の人間は殆ど避難したか自宅に閉じこもっているかで、路上に人影はなく、あたかもゴーストタウンの様相を呈していた。
やむなく愛用のローラーブレードを走らせ、被害者が多数入院しているという地元の病院を訪ねた。
医師の話によれば、症状の重さは花粉を浴びた量に比例しているという。車内や屋内にいた人々からも手足の痺れを訴える者が続出しているというから、僅かな隙間から容易に侵入するくらい細かい花粉なのだろう。
病室を覗くと、運悪く屋外で全身に花粉を浴びた被害者がベッドに横たわっている。中には小さな子供たちまでいるのを見て、凜の胸が痛む。
「あっ、ヒメだ!」
ベッドで寝ていた子供の一人が、凜を指さしてその愛称を叫んだ。
彼は傭兵であると共に、現役の美少年アイドルでもある。元々能力者になったのもTV番組の企画がきっかけだった。たちまち病室内の注目が集まり、結局ベッドの端からリクエストに応じてサインして回るはめになる。
何やら調査なのか慰問に来たのか判らなくなってしまったが――。
(「街の人や花粉症に苦しむ人の為にも、バグアのこの作戦、成功させるわけにはいかない‥‥」)
被害者の一人一人に声をかけ元気づけながら、凜は改めて思った。
●サンプルを採取せよ!
そして三日後の昼――。いよいよ作戦決行のため、ナタリアを含めた一行は防護服に身を固めて谷底へと降りていった。
キメラの攻撃範囲はおよそ百m。防護服の影響で多少動きが鈍っているとはいえ、覚醒した能力者ならば10秒台で駆け抜けられる距離だ。
「サンプル採取じたいは、10分もかからないと思います。それまでの間、よろしくお願いしますね」
ガスマスクのシールド越しに、ナタリアのくぐもった声が響く。
「ところで、青い顔してるけど、大丈夫?」
心配そうに凜が尋ねる。さすがに足場が悪いため、いつものローラーブレードにはロックをかけ通常の靴として履いていた。
「ええ‥‥。でも、意外に重いですね‥‥これ」
初めて両手に装着した超機械1号を持ち上げ、ナタリアが答えた。その上サンプル採取用の調査機材を抱えているので、彼女自身は殆ど戦闘に加わることはできない。
傭兵達は、2班に分かれて戦闘体勢に入った。
ナタリア護衛班:ロッテ、白鴉、凛、ザン
後方支援班:小鳥、シェリル、春花、ミハイル
「私のほうの護衛は‥‥春花ちゃんお願いしますねぇ‥‥」
ロッテから借りたスナイパーライフルを携えた小鳥が、おどおどと春花を見上げる。
外見こそ殆ど同い年に見える2人だが、実は小鳥の方が遙かに年上――というのは乙女のヒミツだ。
百m少し手前に近づくと、どうやってこちらの動きを感知しているのか、無数の触手がわらわらと伸びて警戒するように蠢いている。
まず支援班が血路を開き、ナタリアと護衛班が突入、花の上に飛び乗ってサンプル採取、そして脱出――時間は10分少々と短いものの、危険なミッションであることに変わりない。
9人の能力者は、黄色い毒花粉の霞に煙る悪魔の巨大花を改めて睨み付けた。
「まずは先手をとらせてもらうよ。この衝撃波をおえば多少楽になる」
支援班のミハイルが、触手の群目がけてイグニートの真音獣斬を流し斬りで打ち込んだ。槍から放たれた黒い衝撃波が走り、数十本の触手をまとめて吹き飛ばす。
悲鳴こそ上げないものの、植物キメラの触手は慌てふためいたように萎縮し、辛うじて人間が通り抜けられそうな空間が啓かれた。
「今だ!」
護衛班4名はナタリアの前後左右を囲む形で、キメラ本体を目指して一斉にダッシュした。
「はぁぁぁぁぁぁっ! たぁりゃっ!!」
再び伸びてきた触手の先端を、ロッテのルベウスが斬り飛ばす。
近接攻撃を主体とするグラップラーやファイターの場合、防護服着用による能力への影響は比較的少ないものの、それでも動き辛い事には変わりない。また、注意すべきは敵の攻撃で防護服が破れた場合、その裂け目から毒花粉に犯される危険だった。
やはりヴィアを振るって触手をなぎ払っていた白鴉は、刃をすり抜けた触手にしたたか脇腹を殴られたが、幸い防護服は無事だった。
「痛っ、ちくしょーこんな攻撃なんかには負けられねぇ!」
調査機材を抱えて走るナタリアの体を絡め取ろうとした触手を、割って入った凜の槍が獣突で弾き飛ばした。
「安心して、ナタリアは凛達が絶対に守るから」
片手に蛍火、片手にフォルトゥナ・マヨールーを構えたザンが、味方のフォーメーションに死角ができないよう気を配りながら、刀で触手を切り払いつつ銃で応戦。
「侍にしてガンマンを舐めるなっ!」
一方、支援班は小鳥がスナイパーライフルで銃撃を浴びせ、触手群を牽制していた。
「ナタリアさん達へは‥‥近づけさせませんよぉっ」
普段は弓使いの小鳥だが、過去の依頼で仲間の傭兵から銃による射撃の手ほどきも充分受けている。
シェリルの超機械γから放射される電磁波攻撃はあいにく水属性なので植物キメラに対して効果は薄いものの、それでも敵の注意を引きつける役にはたった。
問題は有効射程だ。基本的にはナタリア班の2、30m後方からの援護射撃であるが、小鳥が狙撃眼でライフルの射程をギリギリまで伸ばしても90m。
つまりナタリア班が敵の本体に近づくにつれて、支援班もいきおい触手の攻撃圏内に踏み込まざるを得ない。
小鳥の小さな体に絡みつき、空中にさらいとろうとした触手を春花の月詠が素早く両断する。
「小鳥ちゃん、周辺の事は私に任せて」
その傍らで、やはり触手に肢体を絡め取られそうになったシェリルを、すんでの所でミハイルがイグニートでなぎ払い救出した。
「ありがとうございます、ミハイルさん」
「どういたしまして。君が自力で戦えてしまってはガードマンの意味がなくてね」
シールド越しに覗く狐獣人の顔は、どこかこの戦いを楽しんでいるかのようだ。
「――あそこです!」
ナタリアが指さしたのは、ラフレシアを思わせる巨大花から垂れ下がり、比較的地面に近づいた花弁の一部だった。
5人の能力者は触手と戦いつつ地面を蹴ってジャンプ、そのまま花弁の上に飛び乗る。
花弁とも肉塊ともつかぬブヨブヨした赤い絨毯の上をこけつまろびつ、しゃにむに中央の花心部を目指す。
彼らが花の上に乗り上げると、奇妙なことに触手の動きが止まり、スルスル後退した。それと入れ替わりのように、花心の中から体長50cmほどの蜂型キメラが2匹飛び上がり、空中から襲いかかってくる。
「こいつらが最後のガードマンってわけか?」
「煩わしいわよ‥‥このっ!!」
白鴉とロッテ、凜とザンがそれぞれペアを組む形で蜂キメラを迎撃。
その隙に花心部に駆け寄ったナタリアが、調査機材を広げてサンプル採取作業を開始した。シールドの奥で覚醒した瞳を淡く輝かせながら、彼女は手慣れた動きで花心の各部にある細胞を採取し、それぞれ分類された試験管に詰めていく。
「――終わりました! 脱出しましょう!」
ナタリアの声と共に、能力者たちはしつこくまといつく蜂キメラに最後の一太刀を浴びせ、敵がひるんだ隙に撤退を開始した。
先に飛び降りたロッテと白鴉がナタリアの体を受け止め、殿を務める凜とザンが再び襲ってきた触手群をなぎ払いつつ、5人は一塊になって巨大花から走り去る。
「採取は完了‥‥しましたかぁ? なら‥‥撤退ですぅっ!」
それを見た支援班も後退し、能力者たちが百mの圏外に出ると、触手や蜂キメラの追撃もピタリと止んだ。おそらく、自らの本体を守る防衛本能しか持ち合わせてないのだろう。
蒼空の彼方から飛来したKVの編隊が、谷間の上空で急降下し次々とフレア弾を投下していく。名古屋防衛戦でも使用された特殊爆弾は、いったん地面に潜りこんだ後に爆発し、地中深くはびこった根もろともギガ・フラワーを超高温で焼き払った。
その光景を、能力者達は遠く離れた山腹から見守っていた。
「ナタリアさんケガはなかった?」
「ええ、お陰様で‥‥それより皆さんこそ、おケガなさった方は錬成治療しますよ?」
労るような白鴉の言葉に、ナタリアも笑顔で頷く。
「作戦終了ね‥‥お疲れ様」
そう仲間達に声をかけるロッテだが、ふとフレア弾の延焼で燃え上がる周囲の山を振り返り、
(「自然の理を侵し命を蝕む悪魔の花‥‥お前が居なければ‥‥森が焼かれる事もなかったのに」)
怒りと哀しみの入り交じった気持ちで、劫火の中に滅びゆく巨大キメラを険しく睨み付けるのだった。
<了>