●リプレイ本文
●銀河重工本社〜会議室
10名の能力者たちが入室して各々の席につくと、プロジェクトチームの技術者たちはやや緊張したように背筋を伸ばした。彼らの中には、データではなく本物の能力者と直に会うのは今回が初めて、という社員さえいたからだ。
「ちょっと厳しいことを言いますけど、覚悟してくださいね。私達も命がかかってくるわけですからね。妥協は出来ませんから」
最初に発言を求めたのは雪野 氷冥(
ga0216)だった。
「まずC案から‥‥『影(シェイド)』の陸戦能力は既に確認済みです。その状況で陸戦能力を排除したこの機体は、はっきり言って不要です。主としている空戦でも、『影』に有効な火力が搭載できるのか疑問と言わざるをえません。私達は『影』とレースをしているわけではないんですから」
いきなりの厳しい指摘に、技術者たちは当惑の色を隠せない。
その様子を、オブザーバーとして同席している未来科学研究所スタッフのナタリア・アルテミエフ(gz0012)はハラハラした表情で、上司の蜂ノ瀬教授は逆にニヤニヤ笑いながら両者を見比べている。
「A案・B案については、『機体開発』というより『武装開発』ですよね?」
そこで彼女の提案は――。
・B案「人型重視の格闘機」をベースに運動性能・反応速度の向上
・飛行形態を移動用と割り切る形で変形機構を簡略化
・簡略化した分を含め、メインフレームを強化、耐久性を上げ重格闘・重火器の使用が可能にする
・低下する機動性能を補うために、C案で構想しているスラスター・ブースト機構をユニット化、それを搭載する事で機動性能を確保
・姿勢制御スラスターの増設と擬似的慣性制御用のスタビライザーの応用で、人型での空中での姿勢制御を行う
「確実にダメージを与えるなら、SES搭載の近接武器を叩き込むというのが一番と立証されていますから。C案で構想されているスラスター及びブースト機構なら、空力抵抗を考えていない人型でも音速を超えられるんじゃないかとも思いますしね」
「新型機開発プロジェクトをお手伝いする機会をとても嬉しく思っています」
麓みゆり(
ga2049)が立ち上がり、ペコリと頭を下げた。
「名古屋防衛戦にはR−01で、白兵部隊として参加しました。陸戦場はワームとKVの機動差が縮まるので、格闘戦に持ち込みイニシアティブをとって戦うことが出来ます」
そう述べた上で、
「私はB案に興味を惹かれました。白兵戦機は敵に肉薄してイニシアティブをとる戦術を必然的にとる為、被撃墜リスクも高くなります。格闘戦性能と武装アップに加えて、機体の基礎能力も底上げすると一層戦い易くなりそうです」
彼女の私案としては、
「銀河重工さまの技術力を強いインパクトで示す為にも、コストや量産性よりも個々の機体能力を重視して、人型形態のシェイドを仕留められる格闘戦性能を有した高性能機を開発されては如何でしょうか? 格闘戦機にとって最重要課題は、戦場のイニシアティブを握る事と考えています。GX放電管ではなく、近接戦時に敵よりも早く行動する機構『近接格闘アクチュエータ』を提案します」
「これは可能なのかね?」
「そうですね。固定武装をオプション化して、設計を一部見直せば‥‥」
蜂ノ瀬の質問に、プロジェクトリーダーが答えた。
「新たな兵器開発プランですか‥‥それが、命を預けるのに値するか見定めさせて頂く事にしましょう」
リヒト・グラオベン(
ga2826)は初対面の蜂ノ瀬とナタリアに軽く挨拶してから、銀河の技術者たちに向き直った。
攻撃力・防御力重視のA案に対しては総重量増加に伴う鈍重化と積載量の縮小を、C案に対しては現在の技術的潮流である空陸万能機の放棄に懸念を抱くリヒトは、私案としてB案の修正を提言した。
「エネルギー兵器使用を前提として、トルク(攻撃)を犠牲にしてジェネレーターの(知覚)改良を重視します。これにより、例を挙げるなら遠で搭載したGX放電、中でレーザー砲、近でビームアクスというように『非物理攻撃』を専門とした機体となり次期主力兵器の性能を十二分に発揮出来るのではないでしょうか?」
建宮 風音(
ga4149)が推したのは空戦専用機のC案だった。
地球上がまだ主戦場である以上「空域を制するものが戦場を制する」という思想に変わりない、という理由からである。
「前回の名古屋では、数の力とちょっとした工夫でなんとかなったけど、敵さんも必ず、手を打ってくるはず。だから、その為にも空で互角に渡り合える機体が必要なの。A・B案共に魅力的では在るけど‥‥でも機体の基本的能力がしっかりしていれば、その機体は長く愛用されると思うし。そこから改良や発展が利くしね。武装は次々と新しい兵器が開発されていくから、換装できるシステムを搭載してればね」
また整備士技師の立場から、
「変形機構の導入が現場泣かせかな? ただでさえ飛行機は各部の疲労が激しいのに、それに加えて変形の繰り返し、さらに瞬間加重の激しい格闘を続けば機体の耐用年数は短くなるよ。だから変形を外して、その分を推力上昇や急旋回に耐え得るフレームや主機を持った機体が待ち遠しいかな」
さらに補足の提案として、
「分離合体の出来る機体って作れないかな? 所謂、分離する前は重戦闘機で分離後は支援戦闘機と陸戦格闘機という風な感じにね。機体は仕様から複座型になるけど‥‥変形機構を双方共に外した機構だから、役割をはっきり分けた特化型の機体が運用できると思う‥‥小型にする必要があるけど」
「合体ロボですか‥‥個人的には実に魅力的ですが、現在の技術ではまだちょっと難しいですねえ」
技術者の一人が、ひどく口惜しそうにいった。
「実際シェイドと当たった際の私見だが、ベースとして考えるならB案だな」
名古屋防衛戦の経験者、三間坂京(
ga0094)がいう。
「撃墜出来なかった場合を想定・重視した追撃戦に強い機体との連携が取れるのは、操る側にとっては心強いんだが。空戦スタイルは撹乱や援護等の補佐的役割に留め、本領を発揮する主戦場は陸上というコンセプトで。実戦では各社機体が混在する訳だしな‥‥器用に隙間を埋められるタイプというのも国産機らしいな、と」
わずかに考え込み、
「表現し辛いが‥‥出撃の段階から行動を共に出来る陸戦機‥‥? 現行のKVに比べ若干小型な機体にする事で、複雑な陸上地形に適応可能な機動性を持たせ。白兵重視を前提とした小型機の欠点になりうる防御性能は、装甲を厚くする事で機動性と両立。同時に、索敵やKVに搭乗したままでの準備・復旧作業等への対応能力も拡張する事が出来るんじゃないか?」
GX放電管等、単体での開発状況も影響する特殊機能は前提装備として盛り込まず。以降のオプション兵装としてバリエーションを増やし、使用者・作戦単位での拡張性――いわばユーザーニーズに応えられるだけの幅を特色のひとつにできないか? というのが坂京の意見だった。
「‥‥まあ、紙一重で汎用機化しそうだが‥‥有る意味万能機とも解釈出来ない事もない。初期購入費用が安く抑えられる分、装備に自由度が出るというか‥‥」
「わしはA案とB案を推して非物理系の兵器を用いた機体開発を推す」
独自の折衷案を提言したのは時雨・奏(
ga4779)だった。
「せっかくの新兵器でも、シェイドの機動性に対抗できんと話にならん。そこで装備力、命中を高めた機体が欲しい‥‥つまり砲撃支援KVの開発てとこや」
ここで彼が出したのは驚くべき提案だった。
「KVの変形も人型やなくて獣型4足で機体を支えるようにし、機動力と装備力の向上、巨大な砲門を安定して使えるようにしたい」
技術者のある者は呆気にとられ、またある者は慌てて熱心にメモを取り始める。
「既存の兵器が一部、持てなくなるやろうけど砲撃戦が主体やし、獣ならではの格闘戦つー方向で改良余地はあると思う。それに他社と同じ物作ってもしょうがないやろ? 機体の特殊能力はより新型兵器を有効に使えるよう命中率上昇、威力向上のために知覚上昇がええ」
なおシェイドに関しては、
「粒子加速砲やらG型放電管のみ効果あったつーことは、対物理に特化して作られたのとちゃうか?」
実際、非物理攻撃兵器が出回ってきたのは最近である。シェイドが初めて現れた東京防衛戦の当時は、殆どが物理的な攻撃兵器で占められていた。
「変形能力とか見ても、こちらの戦力や兵器を意識しとる可能性は充分あるで。シェイドは『対地球人』に特化して作られたんとちゃうか?」
「確かにな。あの科学者の演説とは裏腹に、バグアは我々を研究し、模倣しつつある‥‥」
蜂ノ瀬が独り言のように呟いた。
「知覚関係の武器やパーツやけど市場では他社もまだ開拓途中や。格闘兵器ではビームコーティングアクスが最近出たくらいやで? 非物理系の格闘兵器やKVの知覚を増すパーツは全く売ってへん。他社に先んじてイニシアチブを握れるチャンスはあるんちゃうかな」
そういって、奏は持論を締めくくった。
「新型機かあ‥‥強い機体、凄い機体、てのも嬉しいけど、実際使う身としては思うとおりに動いて壊れにくい、信頼性の高さを、忘れないでほしいな」
クリア・サーレク(
ga4864)が推したのはB案だった。
「今までの機体はみんな、『飛行機が人型も取れる』程度で、人型格闘戦に主眼を置いたのは無かったと思うし。ファイターとかグラップラーとか、格闘を得意とする能力者は多いのにね。スナイパーのボクも、もっと人型が柔軟に動いて狙撃態勢や障害物遮蔽を取れると嬉しいしね。あ、ナタリアさん?」
「はい?」
急に指名されたナタリアが、驚いて顔を上げる。
「お医者さんなら、人の体に詳しいよね。骨格とか関節とか、そういう構造ってナイトフォーゲルに流用できないのかな?」
「それはまあ‥‥ロボットの原点は人体の模倣ですから」
「せっかく人型が取れるのに、武器を構えて車輪で突撃をかけるだけ、てのももったいないと思うし、もっと人間の体のように動かせれれば良いのに。どうせなら、ジャパンのアニメみたいにカッコイイ人型ロボットに乗って見たいと思うしね」
またGX放電管に対する代案として、クリアは電撃を格闘武器から放電し、ワームを内部から破壊する新兵器を提唱した。
元米軍パイロットの佐伯 純(
ga5022)はC案を主張した。
「更に超高速で機動する為に有視界戦闘の意義が薄れていく。故にコックピットの風防自体を装甲し、視野は全天候型スクリーン、もしくはヘッドディスプレイ化し、機外の視界はレーダーと光学センサーで補う。また、機体の飛行・武器管制の複雑化、敵機の常軌を逸した戦闘機動の察知の必要性を鑑み、複座化する。戦闘中のスクリーンの故障のような緊急時は装甲化した風防を爆砕し、視界を確保することはできないかしら?」
「あ、それ素敵ですわね‥‥」
飛行機恐怖症のナタリアが瞳を輝かせて呟くが、「公私混同はいかんよ、君」と上司に窘められる。
「また、電子兵器の強化に伴い、機体のガワの大型化、電子機器を壁面から距離を置くと同時にモジュール化し、防御力を強化する。更に全翼化で超高速巡航時の機体の安定化を図る。シェイドに対抗する電子兵器、粒子加速機は、それら装備の後付けを前提として設計すべきではないかと思う。特定の機体でしか運用出来ない兵装じゃ、作る意味がないわ」
シェイドに限定し、新たな脅威が現れて、その度に一から機体を開発し直すのは開発する側にも運用する側にも負担が大き過ぎる――というのが彼女の懸念だった。
「それに、私達消費者はお金持ちじゃないし。変形機構は機体の拡張性を潰してしまう。
それならいっそ、戦闘機に戻るべきなんじゃないかな?」
「先の戦闘で効果があったといって新兵器固定が採用されるほど、本部も性急ではないでしょう」
瓜生 巴(
ga5119)はA・B両案の目玉であった新兵器搭載について批判を述べた。
「放電管はシェイドに効果があったようですが、次は対策されます。相手にはあんなにシェイドを自慢していたブライトン博士がいるんですから、お大事のシェイドに傷付けた武器をほっておくもんですか?」
その上で彼女が提案したのは、奏と同じく4足歩行タイプの機体だった。
「人型は体躯に見合った威力が出せないので、四足型にしては? 体当りに近い攻撃になり、躯体の柔性・剛性を高める必要がありますが、その技術は将来的にも活用できます。四足技術は戦争前から培われています。基本的に歩行器官というより格闘時のジャッキみたいなものですし。武装は機体に半固定する形で、持替えの必要はありません」
「名古屋防衛戦以降、個人的に着想していた新型KV案が少しはお役に立つかな? まぁ、単なる趣味として考えていただけなのだが‥‥」
最後にリャーン・アンドレセン(
ga5248)が席を立って発言した。
「私はB案を推させて貰おうか。理由の一つは、空戦においてはバグア軍に一日の長がある事。二つ目は、現状のKV用武器で最もシェイドに対しての威力が期待出来るのが『試作剣雪村』である事。以上の理由から、先ずは空戦でシェイドを叩き落してから、地上での格闘戦に持ち込むのが妥当と思われる。もっとも『雪村』以上の武器が開発されるのなら、また話は違ってくるが‥‥」
GX放電管については、G型の強化版とはいえやはり威力に不安が残る。
彼女としてはむしろ「雪村」完成版に期待を寄せていた。
「『試作剣』と言うからには、そろそろ完成版を拝みたい所ではある」
そういって、自ら作成した詳細なプランを別途提出した。
一通り能力者側の意見が出そろった所で、今度は銀河の技術陣も交えて再度の意見交換。
風音や純のように空戦専用機を推す声もあったが、やはり大方の意見としてはB案の挌闘戦重視機に対する支持する声が多く、また搭載武装に関しては外付けのオプションとすることで、より機体性能のベースアップを追求する方針で固まった。
また陸戦形態については、一部の技術者たちが奏と巴の提案した4足歩行タイプに注目し、人型形態とは別に改めて2本建てのプランとして試作機を設計、UPCに提案――という形でまとまった。
試作機の愛称についても能力者側から様々な案が寄せられたが、その結果人型にはXF−08A「ミカガミ」、4足形にはX−08B「阿修羅」の名が与えられた。
「やはり彼らを呼んで正解だったろう? さて、どんな機体がお目見えするか‥‥実に楽しみだよ」
会議の終了後、議事録を読み返しながら嬉々としていう蜂ノ瀬教授の表情は、さながらラジコン飛行機をいじる少年のようでもある。
ナタリアは普段無理難題ばかり押しつけてくる傲岸な上司の、意外な一面を見るような思いだった。
<了>