●リプレイ本文
「チェラルちゃ‥‥軍曹も、なかなかノリのいい性格のようで、上の人も大変だな? ま、そういう娘は好きだけども」
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)はニカッと歯を見せて笑った。
「ただ進水式までに戻ってもらわないと彼女の立場にも関わるし、なんとか捜し出したいトコ」
失踪したチェラル・ウィリン(gz0027)軍曹を名古屋のUK進水式までに連れ戻すべく、UPCから依頼を受けた傭兵達は、とりあえず市内某所のラーメン屋に集合し、昼食がてら事前の打ち合わせに入っていた。
「失踪してまで食べたいラーメン。どれほどのものなんだろうね?」
注文した熊本ラーメンをズズッ‥‥と啜りつつ、新条 拓那(
ga1294)が呟く。
「話によれば、幻のラーメン屋台を探して失踪したらしい、と。‥‥まあ、そんな噂聞いたら気になるよな、やっぱ。是非とも幻のラーメンを‥‥じゃなくて、彼女を探し出して、ついでに噂の真相を確かめるか」
と、ブレイズ・カーディナル(
ga1851)。
傭兵達の興味は、自然とチェラル失踪の原因と思われる「幻のラーメン屋」へと向けられていた。
「どんな味がするんでしょうね。是非是非、食べてみたいです。もちろん、チェラルさんを見つけた後にですけどね」
水鏡・シメイ(
ga0523)が笑いながらいう。
「愛紗も『幻のラーメン』食べたーい♪」
今回のメンバーでは最年少にあたる愛紗・ブランネル(
ga1001)が、パンダのヌイグルミを抱き締めワクワクしたように叫んだ。
「‥‥もしかしてキメラで出来てるのかなぁ? キメラーメンとか。そういえばキメラって食べれるの??」
(「それは嫌だな‥‥」)
テーブルを囲む、愛紗以外の全員がついラーメンを食べる箸を止めて思う。ただし英国人で箸の使えないジュエルはフォークだが。
もっとも、一部のキメラが「食用可」であるのは事実らしい。しかも実際に食べた数少ない者の証言として「意外と美味かった」という声すらある。
「それでラーメン屋の親父さんも連れて来れたら、さらにいいんですけどねぇ‥‥」
シメイが少し遠い目をして呟いた。
今回の任務はあくまで「チェラル軍曹捜索」だが、噂によれば「幻の屋台」を探し求め、命の危険を冒しても街の北外れにあるキメラ出没地帯へ踏み込むラーメン通が後を絶たないという。民間人の安全を考えれば、これはこれで看過できない事態である。
「噂を信じ、危険地帯へ赴く人間は一人や二人ではないでしょう‥‥意図的に情報を流されたというのは杞憂かもしれませんが、事実であるのならば、この屋台の人を説得する必要はあると思われます。任務目的からは外れますが‥‥」
やや憂いを帯びた、物静かな声でシエラ(
ga3258)がいう。
そこでチェラル捜索は当然として、もし「幻のラーメン屋」を発見できれば、ついでに屋台の主を説得し営業場所を安全地帯に移して貰おうという事になった。
「ところで、誰かチェラル軍曹の顔を知ってる者はいないか?」
ふと拓那が仲間達に尋ねた。
UPC正規軍の中でもトップクラスの戦闘力を誇るチーム「ブルーファントム」所属のグラップラー、チェラル・ウィリン軍曹。その名は傭兵達の間でも知れ渡っているが、彼女本人に直に会った者というのは、実は意外と少ないのだ。
「私、持ってます‥‥彼女の写真」
シエラは自らが所有するチェラルの生写真を取り出し、出発前にラスト・ホープのコンビニで複写しておいたコピーを全員に配った。
それはちょうど昼寝中のチェラルを隠し撮りしたと思しき1ショットだった。
服装は乱れ、お腹をかき、口は大きく開き、よだれまで垂らして幸せそうに寝ている。
「‥‥」
数秒の沈黙の後。
「ハ、ハハハ‥‥さすが軍曹、噂にたがわぬ自由奔放ぶりだな!」
とりあえず豪快に笑い飛ばし、ジュエルが辛うじてフォローを入れる。
そんな中、勇姫 凛(
ga5063)だけは、「いいなあ‥‥」と呟きつつ、シエラの手元にある生写真を羨ましそうに見つめていた。
仲間達の視線にハッと気づき、
「べっ、別にずっと気になってたとか、そういうんじゃないんだからなっ!」
と慌てて否定する。
どうやら、前から気になっていたらしい。
ランチも終えた所で、傭兵達は街へ出て情報収集を開始した。
何しろUPC側からの情報ではただ「幻のラーメン屋台の噂」としか教わってないので、そんな店が本当に存在するのか、存在するなら何時頃、どのあたりに出没するかなど詳しく調べる必要があったのだ。
内密の調査なので、各々目立つ武器はボストンバックや袋などに仕舞っておく。
また現役アイドルの凜はそれ自体目立つ存在なので、サングラスをかけて変装。
「この前、仕事でラーメンの特集番組に出たから、凛も持ってて」
そういって取り出したのは「九州食い倒れMAP・ラーメン編」。
ラーメン通の間ではベストセラーらしく、同じ本をチェラルが買っていた可能性は高い。
「屋台っていうと夜間営業のイメージがあるんだよね。昼間は材料の仕入れや仕込みをしているのかな?」
愛紗の意見もあり、昼間のうちは二手に分かれて市内の聞き込みにあたる事にした。
A班(市場担当):シメイ、愛紗、拓那、ジュエル
B班(商店街担当):ブレイズ、シエラ、凜
調査対象は専らガイドブックに掲載された有名ラーメン店の店員や客。あるいは食材を供給している製麺所や卸市場など。
相手の警戒を招かないよう、能力者としての身分は明かした上で、「傭兵向けに発行している無料情報誌に噂のラーメン屋台を紹介したい」との口実も用意した。
A班は専ら「幻のラーメン屋」についての情報収集を担当した。
「北の町外れに絶品の屋台があるとかって聴いたんですけど、その辺に材料を卸してたりはしてません?」
製麺所や青物市場を訪れた拓那は、そこで働く授業員達に聞いて回った。
「ああ、あれね。『幻のラーメン屋』ってやつ‥‥」
確かに、彼らも屋台の噂は知っていた。
ただし肝心の営業場所となると、皆「さあねえ?」と首を捻るばかりだった。
大口顧客である有名店ならまだしも、屋台も含めた自営業レベルの店主となると、数が多すぎていちいち顔を覚えていないという。
(「仕方ないな。こちらの線はあきらめて、軍曹の捜索一本に絞るか‥‥」)
拓那は諦めてため息をつくしかなかった。
一方、チェラル軍曹の最後の足取りについては、すぐに裏が取れた。
ブレイズらB班がガイドブックに三つ星で推奨されている有名ラーメン店の前に列を作る客達に聞き込んだところ、常連らしい何人かが写真のコピーを見て、
「あー、この女の子ならゆうべ見かけたっけなあ」
「暫くこの店の行列に並んでたけど‥‥何か急用でも思い出したみたいに、凄い勢いで向こうの方へ走っていっちゃたよ」
と、北の方角を指さして証言したのだ。
夕刻――。
再び集合した傭兵達は、互いに聞き込み調査の結果を報告し合った。
「とにかく進水式は明後日だし、今夜のうちに急いで軍曹を捜し出そう」
拓那の言葉に全員が頷き、いよいよキメラ出没地域である街の北外れに出発しようと、全員が武器や装備の支度を始める。
屋台についての決定的な情報が得られなかったため、捜索は昼間同様、2班に分かれて行う。
「愛紗はA班だから、シメイお兄ちゃん、拓那お兄ちゃん、ジュエルお兄ちゃんと一緒だねっ」
夜は寒いので温かい飲み物を持参。携帯品はぱんだリュックの中。さらにチェラルが空腹で行き倒れになっていた時に備えて、お菓子までしっかり詰め込んでいた。
街の中心地から北に出ると、そこから一変して無人の廃墟が広がっていた。
元はここも平和な住宅地だったのだろうが、キメラ出没のため住民達は皆疎開してしまったのだろう。
二手に分かれて捜索を開始し、十分ほどが過ぎたとき、突如として路地の陰からキメラが襲ってきた。
見かけは豚そっくりだが、その図体は牛並みの凶暴そうなキメラである。
「早速出やがったか!」
既に覚醒済の傭兵達は、直ちに迎撃のフォーメーションを組んだ。
『ブヒィーー!』
豚キメラは鼻息も荒く、傭兵達めがけて突進してきた。
カウンターでシメイの矢を片眼に受け、ひるんだ所を瞬天速で回り込んだ拓那と愛紗が足を狙って斬りつける。
足の腱を切られて動きが止まった巨獣に、ジュエルが突入しシュナイザーの斬撃。
やがて呼子の音を聞きつけ集まったブレイズらB班も戦闘に加わり、傭兵達はキメラの息の根を止めた。
「ふう。噂にたがわず、物騒な場所だぜ‥‥」
額の汗を拭いつつ、ブレイズがいうか、いわないかのうち。
『ブヒヒィーーッ!!』
道の向こうから、もう1匹の豚キメラが突進してきた。
「新手か!」
再び臨戦態勢に入る傭兵達。
だが、キメラが彼らの射程圏に入る一瞬前――。
夜の闇を裂くように、銀色の光が閃いた。
目にも止まらぬファングの二段撃。その残像だけを宙に残し、小柄だがしなやかに引き締まった人影が地面に降り立った。
背後から強烈な斬撃を浴びた豚キメラが、甲高い悲鳴を上げてグラリと巨体をよろめかせる。さらにその後方から第二の人影が飛び出すや、手にした刃物を振って瀕死のキメラにとどめを刺した。
「フッ‥‥SES装備の包丁、さすがに切れ味が違うぜ」
豚キメラを倒した2人の姿を見て、傭兵達は呆気にとられた。
1人は黒い野球帽に黒ジャンパーを羽織った初老の男。
そして、もう1人は――。
「チェラル軍曹!?」
傭兵達が口々に叫んだ。
「‥‥ん? キミたち、誰?」
グラップラーの少女は金色の大きな瞳をパチクリさせた。
「もしかして、キミたちも傭兵? 何か事件でもあったの?」
「事件も何も‥‥司令官が心配してたぜ? 名古屋でユニヴァースナイトの進水式があるのに、軍曹がいきなり失踪したから」
我に返ったジュエルが事情を説明する。
「うっそー。だって軍からは、そんな連絡――」
そういいながらホットパンツの尻ポケットから携帯を取り出したチェラルは、
「あ〜っ、しまった!? ここって、携帯繋がんないんだったぁ!」
(「もしかして、天然‥‥?」)
一瞬絶句する一同だが、とりあえず気を取り直し、
「と、とにかくすぐ俺達と戻りましょう。軍曹には、UK進水式の警備命令が出てるんですから」
ブレイズを始め、全員で説得にかかる。
「それって、いつ?」
「明後日ですが‥‥」
「それじゃ、もうちょっといーよね?」
バツの悪そうな笑顔を浮かべて、チェラルが拝むように手を合わせる。
「丸一日探し回って、ようやく目当てのラーメン屋さん見つけたトコなんだし‥‥」
「ラーメン屋‥‥?」
一同の視線が、チェラルの背後にいる黒ジャンパーの男に集まった。
見れば、男はたった今倒したばかりの豚キメラを、大きな中華包丁を振い黙々と解体している。その右手首が淡く光っている所から見て、彼もまた能力者らしい。
「‥‥うん。いい具合に脂が乗ってやがる。肉は叉焼にして‥‥豚骨スープのダシにも当分不自由しねぇな」
(「やっぱりキメラーメンかぁーっ!?」)
傭兵達は青ざめたが、チェラルは顔色ひとつ変えずニコニコしている。
「お店を見つけたのはいいんだけどサ、親父さんに『ちょっと材料の仕込みを手伝ってくれ』って頼まれちゃって‥‥まだ、肝心のラーメン食べてないんだ。テヘッ」
「そういうワケにはいかないよ!」
凜が怒って叫んだ。自分達も危険を冒してここまで来たのである。速やかにチェラルに原隊復帰して貰わねば、これまでの苦労が水の泡だ。
人差し指をぴしっと向けて、チェラルの瞳を真っ直ぐに見つめ――。
「戻ってくれないなら、凛はキミに結婚を申し込む!」
「へ‥‥?」
一瞬、その場の空気が凍結した。
唖然とする仲間達、そして目点になったチェラルの表情を見て、ようやく凜も自分の言い間違えに気がついた。
「りっ、凛は決闘っていいたかったんだからなっ!」
真っ赤になって訂正する。
「ま、最低限、進水式までに間に合わせりゃいいんだろ?」
ジュエルが間に入って取りなした。
その間に豚キメラの解体を済ませた親父が、顔を上げて威勢のいい声をかけてきた。
「おうっねーちゃん! 手伝わせてすまなかったな。お代はタダでいいから、まあラーメンでも食ってけや」
「わーい♪ あ、そだ! 折角だから、みんなも一緒に、どお?」
真っ暗闇の廃墟の一角に、ポツンと灯る赤提灯。
まるで昭和時代から抜け出して来たような古びた屋台を囲み、傭兵たちはチェラルと共に店の奢りでラーメンを振る舞われた。
材料が材料だけに、最初は恐る恐る箸をつけてみると、これが結構いける。
コシが強くて、それでいて舌の上でとろけるような太麺。
こってりした豚骨スープの味わい。
「お‥‥美味しい〜っ! これは確かにチェラルちゃんが食べに来たくなるのも分かる!」
思わず声を上げる拓那。
話を聞くと、店の主も実は傭兵だった。一時はラスト・ホープで暮らしていたものの、やはり長年続けてきた稼業が忘れられず、1年ほど前に故郷の街へ舞い戻ってきたのだという。
「たまたまある依頼であの豚キメラを倒してよ。ひょっとしたら‥‥と思って料理してみたら、意外に美味かったわけよ。こいつが」
「貴方は何の為にラーメンを作るのですか? ‥‥それは食べてもらう為、人々に活力を与える為ではないのですか?」
ふと箸を置き、シエラが問いかけた。
「私には‥‥私の手は奪うだけの力しかありません‥‥しかし、貴方には、貴方の手には与える力がある。人々に希望を与える為、どうか、営業場所を安全な場所へ移していただけませんでしょうか‥‥?」
「う〜ん‥‥俺は道楽で続けてるだけで、別に宣伝してるわけじゃないんだがなぁ」
「私も‥‥いえ、私達も。一日も早く。この場所を、誰もが通える安全な場所にすることをお約束しますから」
「ま‥‥そこまでいわれちゃ、断れねえか」
店主はしばし考え込んだ後、
「その代わり、材料の事は企業秘密だぞ?」
「うんっ。ボクがUPCの広報部に頼んで、ラーメン通の人達に屋台の移動を連絡して貰うよ!」
片手でOKサインを出し、チェラルがいう。
とりあえず任務達成――ついでに親父の説得にも成功し、傭兵達もほっとしたように顔を見合わせた。
「チェラルお姉ちゃん、甘い物って好き?」
服の裾をむぎゅと掴み、愛紗が上目遣いに誘ってみる。
「じゃあ今度一緒に食べに行こー? 約束だよー♪」
「いーよ。L・Hに帰ったらね!」
丼のスープを飲み干し、チェラルはニカっと笑った。
<了>