タイトル:悪夢の島〜発端〜マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/20 22:49

●オープニング本文


(「どこだろう? ここは‥‥」)
 真っ暗な建物の中を、暗視ゴーグルを頼りに進んでいく。
 そこは広大な建造物の内部だった。古代の神殿のようにも思えるが、不気味に歪んだ柱や壁面のデザインは、自分が知っているどこの国のものとも違う。
 真夜中なのか、それとも建物全体が地下にあるのか――。
 すぐ近くに、複数の人の気配がある。どうやら、自分は何人かの仲間達と共にこの「遺跡」のような場所を調査しているようだ。
 ふいに、仲間の誰かが何事かを叫ぶ。その直後、「遺跡」全体が地震のごとく揺れ始めた。
(「な、何だよこれ!?」)
 天井の一部が崩れ、頭上から次々と瓦礫が降ってくる。自分も含めたメンバー全員がパニック状態に陥っていた。
 地震かと思ったが、そうではない。「遺跡」の中で、巨大な何者かが出口を求めるかのように動き回っているのだ。
(陸戦型ワーム!? いや、そんなんじゃない! あれは‥‥)

 高瀬・誠(gz0021)は悲鳴を上げて兵舎のベッドから跳ね起きた。

●未来科学研究所〜医療センター
「‥‥で、その夢はいつ頃から見始めたんですか?」
 研究所スタッフの医師として能力者たちの健康管理も担当するナタリア・アルテミエフ(gz0012)は、カウンセリングに訪れた誠に尋ねた。
「そうですね‥‥ちょうど『能力者』になった頃から‥‥もっとも、そのあとラスト・ホープへ引っ越してきたり、何かと慌ただしかったから、自分でも忘れかけてたくらいなんですけど‥‥つい最近になって、また‥‥」
 そういってから、誠はエミタが移植された自分の右手首を不安そうに撫でた。
「やっぱり‥‥これのせいでしょうか?」
「うーん‥‥」
 疑似人格ともいうべきエミタAIには能力者の体内に移植されたSES機関を制御すると共に、能力者自身の心身のコンディションをチェックし、過度の能力使用による暴走や健康被害を未然に防止する「セーフティ」としての役割も担っている。
 エミタAIの品質管理は万全であり、その安全は100%保証されている――一般的にはそういう事になっているし、かつてはナタリア自身もそう信じていた。
 だが、その後ある一定の条件下において「セーフティ」が無効となり覚醒中の能力者が暴走状態に陥る事が判明し、ごく稀なケースとはいえそうした暴走事件も報告されている。
 もっとも、今回の誠のケースはまた違うようだ。彼自身は別に暴走しているわけではないし、こうして話していても特に異常は感じられない。
「‥‥高瀬さんは、傭兵なる以前にも2回キメラ襲撃事件に巻き込まれてますよね? ひょっとして、その精神的な後遺症という事は考えられませんか?」
「初めはそうとも思ったんですが‥‥その、うまく説明できないけど、何かが違うんです‥‥だいいち夢の中に出てくる『怪物』も、僕の知ってるキメラやワームとは全然別ものですし」
「判りました。ではもう少し様子を見て‥‥あまり悪夢や不眠症が続くようなら、エミタAIの再チェックと、場合によってはエミタの交換も考えましょう」
 とりあえずその日はよく眠れるように軽い抗不安剤を処方してもらい、誠は医療センターを後にした。

●ラスト・ホープ〜街角
「失礼‥‥高瀬・誠くんだね?」
 兵舎への帰り道、誠は背後から声をかけられた。
 振り向くと、そこに黒革のロングコートをまといサングラスをかけた、中肉中背の白人男性が影のように立っている。
「そうですけど‥‥どなたですか?」
「最近、よくあの医療センターに通っているようだが‥‥どこか体の具合でも悪いのかね? いや‥‥具合が悪いのは体の方じゃないだろう?」
(「‥‥!」)
 誠は警戒して一歩後ずさった。
 彼も能力者の傭兵である。相手が普通の人間でない事は、直感で判った。
(「誰だこいつ? ナタリア先生が患者の個人情報を漏らすはずないし‥‥何で僕の事を知ってるんだ?」)
「あなたも能力者ですね‥‥ここの傭兵ですか? それとも正規軍の?」
「どちらでもないよ。まあ傭兵には違いないが」
 男は口の両端をつりあげ、ニイッと笑った。
「失敬、自己紹介がまだだったな。私のことは‥‥『ラザロ』と呼んでくれたまえ」

「‥‥『SIVA』?」
「そう、民間傭兵派遣会社‥‥要するに君らの同業者だよ」
 商業地区の喫茶店。差し出された名刺を覗き込む誠に、ラザロが答えた。
 誠も話には聞いている。
 このラスト・ホープに居住している正規軍以外の能力者達はその殆どがULT(未知生物対策組織)に登録し依頼の斡旋を受けているが、それ以外にも能力者を傭兵として派遣する民間企業がいくつか存在している事を。
 相手がUPCの承認も受けた合法企業の人間と知り、誠もやや警戒を緩めた。
「それで、僕に何の用ですか?」
「実は、ある依頼で調査を進めているうちに、偶然君の名を知ってね‥‥正確には、君に移植されたエミタの製造ナンバーからたどり着いたんだが」
 思わず、誠は自分の手首を押さえた。
「どういう事です? その‥‥僕のエミタに、何か問題が?」
「悪いが、それはいえない。私にも業務上の守秘義務というものがあってね。依頼の内容について、迂闊には話せないんだ」
 ラザロは肩をすくめ、すまなそうに苦笑した。
「‥‥だが、手助けはできる。君自身がULTに調査依頼を出せばいいじゃないか? いま抱えている問題と、エミタとの関連について」
「結構ですよ。エミタの件については、研究所のナタリア先生にお任せして――」
「君の主治医は研究所から提供されたエミタを移植しただけで、その出所までは知らないだろう。それに‥‥真実を知りたいと思わないかね?」
「‥‥え?」
「仮に君のエミタに何らかの問題があったとしても‥‥UPCはそれを回収して、事実は軍事機密として闇に葬られるだろうな。理不尽な話じゃないか? 一度は君の体に埋め込まれた機械の事だというのに」
「でも‥‥依頼って高いんでしょう? 僕は自分の武器や装備も買わなくちゃならないし、そんなお金‥‥」
「心配いらん。依頼料はこちらで負担しよう」
「な、何で僕のためにそこまで‥‥?」
「――私も、知りたいからだよ」
 ラザロはサングラスを外し、動揺する誠の心を読み取るかのように、灰色の目で見つめてきた。
「いま君を脅かしている『恐怖』の根源‥‥それが、いったい何なのかを」

●参加者一覧

ゲック・W・カーン(ga0078
30歳・♂・GP
井上・セレスタ(ga0186
20歳・♀・ST
新条 拓那(ga1294
27歳・♂・PN
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
佐間・優(ga2974
23歳・♀・GP
潮彩 ろまん(ga3425
14歳・♀・GP
美川キリコ(ga4877
23歳・♀・BM
R・A・ピックマン(ga4926
20歳・♂・SN

●リプレイ本文

 未来科学研究所内、医療センターの一室。
 主治医のナタリア・アルテミエフ(gz0012)、そして他の傭兵達が見守る中、R・A・ピックマン(ga4926)は高瀬・誠(gz0021)と向かい合い、少年が語る悪夢の内容を何とかスケッチブック上に再現しようと一心に鉛筆を走らせていた。
「どうですか?」
 リヒト・グラオベン(ga2826)が横から心配そうに覗き込む。
 誠が能力者となる以前からの付き合いとなるリヒトとしては、久しぶりの再会で「もう傭兵暮らしには慣れましたか?」くらいの挨拶はしたかったのだが、連日の悪夢と寝不足でやつれた少年の顔を見て、事態は思った以上に切迫している事を改めて感じざるをえなかった。
「‥‥これでどうですか? 高瀬さん」
「そう‥‥ですね。だいたい、そんな感じです‥‥」
 いったん鉛筆を置き、ピックマンがナタリアや仲間達にスケッチ画を見せる。
 そこは地下室――というよりは、むしろ天然の鍾乳洞に人口の手が入った、何らかの地下空間といった雰囲気だった。
 誠は当初「神殿」「遺跡」といっていたが、実際に描いてみると一部に鉄扉や機械(といっても現存するコンピュータや工業機械とは明らかに異なるものだったが)らしき設備もあり、あるいはもっと近代的な「地下施設」と表現したほうが妥当かもしれない。
 そこまでは、画家であるピックマンの技量もあってかなり具体的に「再現」することができた。
 問題は、その中央で蠢く黒く巨大な影。悪夢の中で最後に決まって登場するという「怪物」の存在である。
 その姿だけは、誠自身どうしても言葉ではうまく表現できない様子だった。
「仕方ないな。夢なんて目が覚めて20分もすれば殆ど忘れちまうっていうし‥‥ここまで再現できただけでも、御の字だろう」
 ゲック・W・カーン(ga0078)がため息をついて呟く。
 歴戦の傭兵である彼も、相手が「悪夢」などという捕らえ所のない存在ではお手上げだ。


 一同は誠の休憩も兼ねて喫茶ルームへ移動し、コーヒーやジュースを飲みながら改めて誠を悩ませる悪夢、そしてエミタとの関連について論じ合った。
「エミタが及ぼす人体への影響‥‥サイエンティストとしては興味がありますね。もちろん、高瀬さんの精神状態も心配ですけれど」
 井上・セレスタ(ga0186)が、ナタリアに話しかけた。
「そうですね。ある意味、私の研究テーマにも関わる問題ですが‥‥ともかく、今は高瀬さんの主治医として、一刻も早く原因を明らかにして彼の不安を取り除いてあげなくてはなりません」
 誠の症状については、セレスタがナタリアに頼み、表向き「実戦のストレスによる軽い不眠症」という形にしてもらっている。仮に悪夢の原因がエミタにあった場合、軍上層部は直ちに誠のエミタを交換・回収し、全てを「軍事機密」として封印してしまう怖れがあったからだ。
「寝つきが悪けりゃいつでも添い寝ぐらいはしてやるけど、今回はちょいとタダ事じゃないみたいだね」
 日仏ハーフの美女で姉御肌の美川キリコ(ga4877)が、隣に座る誠の頭をクシャっと撫でつついった。
 むろんジョークであるが、まだ中学生の誠にはいささか刺激が強すぎたらしく、飲みかけのコーラを思わず吹きそうになる。
「つーか、それを嗅ぎつけてきたラザロって奴も何なんだろうね? アタシの『好み』じゃあないのは確かだけど」
 同席する新条 拓那(ga1294)をチラっと見やる。
「うーん‥‥彼とは何度か同じ依頼をこなしたけど、何を考えてるのか未だによく判らない人だからなあ」
 今回のメンバーでは唯一ラザロと面識のある拓那ですら、再びラスト・ホープに現れ誠に接近してきた彼の真意を計りかねていた。
「ラザロさんや『DF計画』に関する報告書には、全部目を通しました‥‥」
 やや思い詰めた表情で、誠がいう。
「確かに何だか危ない人みたいだし、ひょっとしたら僕に近づいてきたのも何か別の目的があるのかも知れないけど‥‥でも、やっぱり僕も本当の事が知りたいんです。自分に何が起きているのか‥‥それと、この悪夢と僕のエミタに何か関係があるのかを」
「うーん、ボクもそんな夢みるようになったらやだからなぁ。とにかく、みんなでこの謎を解いてあげようよ!」
 ちょうど誠と同い年の潮彩 ろまん(ga3425)が、にこっと笑う。
「ところで、ラザロはエミタの製造ナンバーから誠の事を知ったんだよな?」
 佐間・優(ga2974)が、ふと気になったようにナタリアを見た。
「そもそも、エミタってのはどこで誰が作ってんだ?」
「全てのエミタは当研究所が製造し、ULTが独占的に供給しています。ですから『SIVA』の様な民間企業の能力者であっても、そのエミタは当研究所の製品という事になりますね。もっとも、エミタ製造技術は研究所でも最高レベルの機密ですから‥‥私のような一般の医療スタッフは、ただ上から供給されるエミタを移植するだけですが」
「SFっぽい話ですが、色々な経験でエミタのAIが自我をもったり、残留思念を遺すことはありませんか? それが悪夢になるとか」
 拓那がナタリアに尋ねた。
「それは‥‥ないでしょう。エミタAIはあくまで能力者の力を制御して戦闘をサポートしたり、能力者自身の身体生命を守るためのシステムですから」
「残留思念っていえば、あの噂‥‥戦死した能力者の遺体からエミタだけ回収して、使い回してるってのはホントかよ?」
「‥‥はい」
 さすがに言い辛そうに、ナタリアは声を落とした。
「エミタは極めて希少な金属ですし‥‥バグア軍に回収された場合、内部のAI構造や戦闘記録のデータを解析される怖れがありますから」
 それを聞いた傭兵達が、一瞬複雑な面持ちで自らのエミタが移植された部位を見つめる。
「だとすると‥‥誠に移植されたエミタは以前他の能力者が使ってて、その能力者の記憶を誠が夢で見てるんじゃねえか?」
 優は自らの仮説を語り、ナタリアの意見を求めた。
「通常はあり得ない話ですわ。リサイクルするにしても、前の持ち主の情報はその時点で消去されますから‥‥ですが‥‥何かの手違いで、過去のデータが断片的に残ってしまう可能性は否定できません。極めてレアケースということになりますが」
「これは‥‥高瀬さん1人の問題ではありませんね。見方を変えれば、エミタに対する信頼がぐらついてしまう事件かもしれない」
 深刻な口調でピックマンが呟く。
「奇妙な機械を埋め込まれたと思えば確かに怖い。けど、エミタがないと戦えない。だから信用する。コイツは俺達の存在の前提条件なのさ」
 仲間達の迷いを振り払うように、拓那が決然と告げた。
 ともあれ、ラザロの目的が判らないまま彼を頼りにするのは危険――。
 そう判断した傭兵達は、まずは独自の情報収集から手を付ける事にした。
 まずセレスタとピックマンは、ナタリアと共に引き続き誠の悪夢の分析。そしてスケッチ画を元にしたCG画像の作成。
 ゲック、リヒト、キリコはラザロを派遣した組織「SIVA」の調査。
 拓那と優はUPC本部の斡旋所へ赴き、過去の報告書から似たような事例――誠の夢に出てくるような場所で戦死した能力者、あるいは能力者が悪夢に悩まされるような事件――が存在していないかの調査。
 またろまんは誠と共に図書館で、悪夢の原因となりそうな怪奇小説や都市伝説について調べる。
 ちなみにエミタの製造ナンバーについては、誠自身が申請すれば簡単な手続きで照会できるとのことだった。ただしそのエミタが過去「誰のものだったか」については、やはり個人情報という壁が立ちふさがり、調べるのにはかなりの手間と時間がかかりそうだったが。


 その日の夕刻、傭兵たちは再び医療センターに集まり、互いの調査結果を報告し合った。
 まず「SIVA」については、ラスト・ホープにも支社を置く大企業だけあり、会社概要などは容易に調べる事ができた。
 ULTには及ばないものの、能力者を含む傭兵を多数抱え、かなり手広く民間軍事会社としてのビジネスを展開しているようだ。ただしULTに比べると顧客は各国政府やメガコーポレーション等からの依頼が多く、その分秘密主義的な色合いが強い。
 リヒトたちも一応L・H支社を訪れてみたが、「アポイントメントのないお客様は、ちょっと‥‥」という理由でやんわり追い返されてしまった。
「‥‥思えば俺はこの手の交渉って不得手なんだよな‥‥はてさて、どーしたもんかねぇ」
 ゲックとしてはいざとなれば「SIVA」の社員を個人的に飲みに誘い、後々問題にならない程度の手段で「説得」することまで考えていたのだが、
「まあ『SIVA』のデータベースが必要なら、ラザロに頼めば何とかしてくれるでしょう。もっとも、そのためには彼を動かすそれなりの『取引材料』がいるでしょうが」
 というリヒトの言葉に、とりあえず思い留まる。
 一方、斡旋所に行った拓那達は、誠がエミタ移植を受ける以前の記録を徹底的に調べ上げていた。
 ちょうど名古屋防衛戦を直前に控え、バグア軍との戦いも一層激しさを増していた時期である。それだけに能力者の死亡報告も多かったが、残念ながら誠の「悪夢」と直接結びつくようなケースを見いだすことはできなかった。
 もっとも斡旋所で閲覧できる報告書が全てとは限らない。あるいは、何らかの事情で未公開のまま「封印」されてしまった事件がないとは言い切れないのだ。
 その意味で一見些細な、しかし見方によれば重大な情報を持ち帰ったのは、ろまん達図書館組だった。
 ろまんはまず20世紀初頭の米国で「宇宙的恐怖」をテーマに多くの怪奇幻想小説を発表し、現在でも一部に熱狂的なファンを持つ某作家の全集を誠に読ませてみた。
「こっちの全集は字ばっかだし読みにくそうでボク読んだこと無いんだけど、遺跡で出てくるキメラやワームじゃない巨大な物と言うのが似てるみたいって教えて貰ったんだ‥‥ひょっとして昔読んで怖くなっちゃったからかなぁと思ったんだけど‥‥」
 しかし別に怪奇小説マニアでもない誠はその作家の名前すら知らず、古風な文体で書かれたそれらの作品群を読んでも、あまりピンと来ない様子であった。
 その後、さらに図書館のPCを借りてラスト・ホープ内のネット上に存在する都市伝説系サイトなどを閲覧していたのだが、その中に「島の話」というのを発見した。

『太平洋のある島からバグア襲来のSOSが入り、UPCが能力者の傭兵部隊を派遣した。しかし無事に生きて戻ったのは唯1人。しかもまだ20代の若者だったその傭兵は完全に発狂したうえ姿は老人のごとく変貌し、何が起こったのかろくに話せないまま死亡した』

 多少内容は異なるが、似たような噂は複数のサイトで見つかった。
「ボクが気になったのはね、この噂が広まり始めたのが名古屋防衛戦の直前――つまり誠くんが能力者になった、すぐ後からってことなんだ」
 噂の真偽はさておき、誠がエミタ移植を受ける直前に軍が何らかの極秘作戦を行い、その顛末を「封印」した可能性は充分にある。
「UPCが教えてくれなくても、『SIVA』のデータベースから探れば何かつかめるかもしれないね。なら、これまで集めた情報を纏め上げて、ラザロと接触してみようじゃないか?」
 ジャーナリストの勘で何かを嗅ぎ取ったのか、キリコが不敵な笑みを浮かべる。
「早く解決して、アンタがよく眠れるようになるといいね」
 そういって、不安げな誠をぎゅーっとハグしてやるのだった。


 数日後、誠を通してラザロと連絡を取った傭兵たちは、指定された時刻に「SIVA」支社ビルへと赴いた。
「まさかこんなところで貴方に会えるとは、ね。貴方が求める『恐怖』を秘めた悪夢‥‥尋常じゃないって事はまずハッキリしたよ」
 久々の再会となる相手に、拓那が誠のエミタ製造ナンバー、プリントアウトした「島の話」、そしてセレスタがナタリアと協力してCG化したピックマンの絵を見せた。
「いや、素晴らしい――たった数日でこれだけの情報を集めてくるとは。やはり、君らに依頼して正解だったよ」
 それらの資料に目を通し、ラザロは灰色の目を輝かせ嬉々としていった。
「失礼、一つ質問させて頂いても良いですか?」
 初対面となるラザロに簡単な自己紹介を済ませた後、リヒトが問いただした。
「誠から聞きましたが、今回の依頼の報酬はラザロ‥‥貴方が払うそうですね。一傭兵が払うには、少々額が多過ぎるのではないですか?」
「ふふ‥‥まあ、もっともな疑問だな」
 男は口の両端をつり上げ、傭兵達へ向き直った。
「実をいえば、報酬を出したのは俺じゃない。『SIVA』を通して俺に仕事を持ち込んできた依頼人さ」
「あんたも誠が悪夢を見る理由を知りたいんだろ? 俺たちも同じだ、仲間が困っているなら助けてやりたいんだ。頼む。知ってることを教えてもらえねぇか?」
「むろん、そのつもりだ。ただし、その前に会ってもらいたい人物がいる」
 そう優に答えると、ラザロはオフィスの内線電話を取り上げ、誰かと短く話した。
 数分後、一同がいる応接室の扉が開き、まだ二十代半ばの若い女性が現れた。
「紹介しよう。ソニア・グリーン‥‥今回の依頼者だ。ついでにいえば、彼女の亡くなった旦那はULT所属の傭兵‥‥つまり君らのお仲間だよ?」
 ソニアは傭兵達に軽く一礼すると、事の経緯を語り始めた。
 彼女の亡夫、能力者グラハム・グリーンは、名古屋防衛戦が始まる少し前に依頼で太平洋上のある島へ仲間の傭兵達と共に派遣され――そして、生きて戻ってきたのは瀕死の重傷を負ったグラハム1人。
「島の話」は実話だったのだ。
「発狂」だの「老人のような姿」は誇張された噂に過ぎないが、帰還直後のグラハムが殆ど錯乱状態だったことは事実であり、錬成治療の甲斐もなく病院で息を引き取ったのだという。
 そしてグラハムの遺体から回収されたエミタの製造ナンバーは、誠のそれと完全に一致していた。
「いったい、あんたのご主人はその島で何を見たんだ?」
 ゲックの問いに、ソニアはただ首を振るばかりだった。
「『俺は見た。だが思い出せない、エミタが思い出させてくれない』――それが、主人の最期に言い残した言葉でした」
「それは‥‥エミタAIがご主人を発狂から守るため、自動的に『怪物』の姿だけ記憶から消去したのでは?」
 ハッとしたようにセレスタがいう。
 ソニアは目に涙を浮かべ、呆然とする誠と傭兵達に向かって叫んだ。
「UPCは軍事機密を理由に何も教えてくれませんでした‥‥でも私は知りたいんです! あの人が何を見たのか‥‥どうして死ななくてはならなかったのかを!」
「この事実‥‥闇に葬らせてしまうわけにはいきませんね」
 リヒトが静かに呟いた。

<了>