タイトル:印度人もびっくりマスター:対馬正治

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 17 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/02/19 22:29

●オープニング本文


「バレンタインパーティー?」

 ラスト・ホープに停泊する空母「サラスワティ」艦長室。
 プリネア義勇軍司令にして艦長、ラクスミ・ファラーム(gz0031)は、応接用のソファに向かい合って座る、ひとつ年上の少女を見つめた。
「そっ。去年のクリスマス、この空母で船上パーティーやったでしょ? あんな感じで、バレンタインパーティーやってもらうの。傭兵さんやクルーの人達も喜ぶでしょ?」
 ニコニコ笑いながらいうのは、UPC総本部から連絡士官として派遣されたチェラル・ウィリン(gz0027)。
 正規軍の軍曹であるが、迷彩柄のタンクトップにホットパンツというラフな私服姿は、どちらかといえば傭兵を思わせる。実際、元傭兵のグラップラーだった彼女は、その卓越した戦闘能力から正規軍士官待遇を与えられたのだが。
 今日チェラルが「サラスワティ」を訪れたのは、傭兵達の慰労のため、バレンタインパーティーの会場として空母の甲板を解放して欲しい――という軍の依頼を伝えるためであった。
「いったい何の話かと思えば‥‥いかん、いかん。それは駄目じゃ」
 ラクスミは手を振り、にべもなく断った。
「えーっ、なんでー?」
「この艦の名前を知っておろう? ヒンドゥー神話の女神『サラスワティ』。日本でいうところの弁財天じゃ」
「それがどーかしたの?」
「弁天は嫉妬深い女神でのう。日本の言い伝えによれば、弁天の祠を祀った某所の池でアベックがボートに乗ると、女神の怒りを買って必ず破局を迎える事になるとか」
「えっ、ホント?」
「祟りを怖れるあまり、日本の恋人達はデートの最中、道端で弁天の祠を見かけただけで魔除けに親指を隠すそうじゃ」
「へえ〜。王女様って、プリネアの人なのに日本のコトに詳しいんだぁ」
「まあな。日本文化を語らせたら、ちとうるさいぞ? わらわは」
 感心したように金色の瞳を丸くするチェラルに対し、得意げにふっと笑うラクスミ。
(「殿下‥‥それは知り合いの日本人傭兵からたまたま聞いた、付け焼き刃の知識でしょうが。‥‥しかも全然別の迷信も混じっておりますぞ」)
 王女の傍らに影のごとく控えた副長、シンハ中佐は内心で思ったが、あえて口には出さなかった。
「‥‥ともかく、そういうわけでバレンタインの宴はやらん。女神の祟りがあると判ってみすみす恋人達を不幸にさせては、後味が悪いからのう」
「つまんないのーっ」
 そのとき、けたたましい泣き声と共に幼い双子の子供達が部屋に入ってきた。
 偵察機「岩龍」パイロットとして空母に搭乗している能力者、李・海狼(リー・ハイラン)、李・海花(リー・ハイファ)の兄妹である。
 おかっぱ頭の少年、海狼がピーピー泣く妹の手を引いてやってきた。
「うえぇーん! 辛いアルー!」
「王女さまーっ、海花が‥‥」
「喧しいのう。何事じゃ?」
「あのね、海花ったら船の厨房に忍び込んでつまみ食いして‥‥チョコレートだと思ったら、それがカレーの素で‥‥」
「なんじゃ‥‥他愛もない」
 やれやれといった顔つきで王女は立ち上がると、部屋の水差しからコップに水を注ぎ、泣きべそをかく海花に飲ませてやった。
 その光景をじーっと眺めていたチェラルが、ふと呟く。
「そういえば‥‥即席カレーの素って、板チョコにそっくりだよね。何でだろ?」
「さあ? そんな事、わらわも知らぬ」
「ボク、チョコもカレーも大好物なの。だからあれ見ると、つい囓りつきたくなっちゃうんだ」
「‥‥やめたほうがよいと思うぞ」
「そうだ!」
 唐突に、チェラルがポンと手を打った。
「バレンタインがダメなら、カレーパーティーにしようよ! どうせなら、この空母でインドまで行ってサ」
「はあ?」
 ラクスミが呆気にとられて目を瞬いた。
「カレーパーティーなんだから、女神様だって別に怒らないでしょ? それで、バレンタインのチョコを贈りたい女の子は、ついでにこっそり贈っちゃえばいいんだし」
「シンハ‥‥この者は、いったい何を考えておるのじゃ?」
 王女は副長の中佐を呼び寄せ、小声で耳打ちした。
「はあ‥‥自分が思いますに、おそらく単にカレーが食べたくなったのではと」
「‥‥なるほど」
「夕方になってさ、お台所からプ〜ンと流れてくるカレーの匂い‥‥たまんないよね♪」
 それを聞いて、ラクスミもにわかに空腹を覚えてきた。
「あいわかった」
 重々しく頷くと、王女はシンハ中佐に指示を下した。
「出航の準備じゃ。本艦は、これよりインド洋へ向かう!」

●参加者一覧

/ 白鐘剣一郎(ga0184) / 雪ノ下正和(ga0219) / 鷹見 仁(ga0232) / 榊 兵衛(ga0388) / 幡多野 克(ga0444) / 御坂 美緒(ga0466) / 綾峰・透華(ga0469) / クラリッサ・メディスン(ga0853) / 時任 絃也(ga0983) / 愛紗・ブランネル(ga1001) / ブレイズ・カーディナル(ga1851) / リヒト・グラオベン(ga2826) / 寿 源次(ga3427) / 忌咲(ga3867) / アイリス(ga3942) / 勇姫 凛(ga5063) / 絢文 桜子(ga6137

●リプレイ本文

●インド洋の風に吹かれて
 バグア軍との競合地域になっている北部のカシミール地方を除けば、インドは比較的被害の少ないアジアの大国である。
 今回「サラスワティ」で行われるカレーパーティーは、安全海域であるベンガル湾までわざわざ空母で出向き、艦上で本場のインドカレーを味わおう――という趣向であった。

 数台の移動艇に分乗した傭兵達が飛行甲板に降り立った途端、ツーンと鼻をつくスパイスの香り。
 既に甲板のあちこちにはコンロと大鍋が並べられ、インド本国から招かれたシェフ達が腕を振って各種のカレー作りに勤しんでいた。
「わーい、すごーい♪」
 愛紗・ブランネル(ga1001)はしょっぱなからうきうき、はしゃいでいた。
 お気に入りのぱんだのヌイグルミ「はっちー」も一緒である。
「ふふふ‥‥カレーパーティーと言いつつ、バレンタインの素敵な雰囲気が漂ってる事はお見通しなのです♪」
 人呼んで「恋の伝道師」御坂 美緒(ga0466)がワクワクした様子でいう。
 彼女の言葉通り、カレーパーティーというのは表向きの話、実質的にバレンタインパーティーらしいという噂は出席者の傭兵達の間でも広まっていた。
 もっとも、
「カレーとバレンタイン。何故結びつくのか皆目見当も付かん‥‥」
 と首を傾げる寿 源次(ga3427)のような出席者も少なくなかったが。
「カレー‥‥隠し味にチョコレート‥‥入れたりするみたい‥‥。案外‥‥無関係でもない‥‥かも?」
 と、幡多野 克(ga0444)は意味無くこじつけてみたりする。
「バレンタインデーにカレーを食べる‥‥それもなかなかに素敵な体験ですわね」
 楽しげにいうのは、いわゆる「和ゴス」と呼ばれる和洋折衷の今風な和服で盛装した絢文 桜子(ga6137)。
「そういえばインドは依頼で2度程伺いましたけれど、忙しくて本場のカレーを味わう暇はありませんでしたわね」
「あんまり辛いと食べられないんだよね〜」
 刺激の強い香辛料の匂いに、ちょっと顔をしかめる忌咲(ga3867)。それでも今回出席したのは、初仕事の時に知り合ったヒマリア姉弟にまた会いたいと思ったからだ。
「この空母に来るの初めてだし、艦長は王女様らしいし、流石にちょっと緊張するね」
 そんな忌咲の横にピタリとくっつき、
「カレー食べ放題ですか。アイリスは日本風のカレーライスが食べたいですよ〜」
 と無邪気に喜ぶアイリス(ga3942)。彼女の場合、これまで何度も同艦に搭乗し既に常連‥‥のはずなのだが、極度の方向音痴のためそのたび艦内で迷子になっていた。
(「でも今日は咲ちゃん(忌咲)が一緒だから、迷子にはならないですよ。多分‥‥」)
「近頃戦い続きでしたから、今日はゆっくり楽しませて頂く事にしましょう」
 空母でパーティーが行われると人伝に聞いて飛び入り参加したリヒト・グラオベン(ga2826)が、心地よさげに大きく伸びをする。
「こういうパーティでしかサラスワティに来る機会が得られないというのも幸か不幸か。少々複雑だな」
 白鐘剣一郎(ga0184)が苦笑しながらいった。
「本来ヴァレンタインデーは恋人同士が過ごす大切な日ですのに‥‥お世話になった方々にチョコレートをプレゼントするなんて、ラスト・ホープには変わった習慣がありますわね。でも、郷にあっては郷に従え、ですわね」
 別の意味で疑問を呈するのはクラリッサ・メディスン(ga0853)。
 まあ「バレンタイン・チョコ」という習慣じたいは日本独自のものなので、彼女が不思議がるのももっともではあるが。
 ともあれ北米の大規模作戦を始め世界の各地でバグア軍と戦う傭兵達にとって、1日とはいえ戦争を忘れて羽を伸ばせるイベントは何よりの息抜きだった。

●潮風とスパイス
「みんなーっ! 今日は来てくれてありがとね♪」
 UPC正規軍から派遣され、また今日のパーティーの幹事役も務めるチェラル・ウィリン(gz0027) 軍曹が手を振って一同を出迎えた。
 つい最近、依頼で知り合った愛紗はその姿を見るなり、嬉々として駆け寄っていく。
「チェラルお姉ちゃん、キメラで出来たラーメンがあるくらいだから、キメラカレーもあるかな?」
「ん〜、どうだろ? キーマカレーならあると思うけど」
「この間はどうも。進水式はどうだった‥‥じゃなくて、どうでしたか?」
 やはり同じ依頼で面識のあるブレイズ・カーディナル(ga1851)が挨拶した。
「てへへ〜、キミ達のおかげで進水式には間に合ったよ。司令官たちにはこっぴどく叱られちゃったけど」
 と照れ笑いするチェラル。
「あんまり突っ走り過ぎない方が良いですよ‥‥って俺が言えた事じゃないか。俺も結構突っ走る方だからな〜」
「そうそう、キミ甘い物好き? この前お世話になったから、これ♪」
 そういって、チェラルは手にした袋から小さな箱を取り出し、ブレイズに渡す。
『印度人もびっくり』とロゴの入ったその箱は、パッケージだけ見ると日本で売ってる即席カレーの素にそっくりだった。
「カレーみたいだけど、中身はカレー風味の板チョコなの。面白いでしょ?」
 その様子を後ろから見ていた勇姫 凛(ga5063)はちょっとドキリとした。
 実は彼もチェラルのチョコを欲しいと思っていたのだが、この場で自分から言い出すのも何やら照れくさいので、後で改めて機会を窺う事にする。
「まぁ、今日はお仕事のことは忘れて、楽しんでってよ?」
 チェラルの案内で、一行はパーティー会場の中央へと移動した。

 一列に並べられた大鍋には本場インド風を始め東南アジア風、欧風など各種のカレールーがぐつぐつ煮られ、出席者は各々が好みに応じて別に用意されたライスやパン(ナン)にかけて食べるという形式になっている。
 実はインドに固有の料理としての「カレー」は存在しない。というか「カレー」という言葉じたい元々存在しなかった。
 いわゆるカレー粉、「マサラ」はインドにおいては日本の味噌や醤油と同様に広く一般家庭で使われる調味料のため、インド人にとっては特別に「カレー料理」を食べているという意識がないのだ。日本で一般にイメージされるカレー料理のイメージは、専ら植民地時代の英国経由で伝わったといわれる。
 そもそも「カレー」の語源にも諸説あるのだが、まあそれはさておき。
「ラクスミ殿下。この度は素敵なパーティの開催を有難うございます。サラワスティに乗船する機会を頂きまして、とても嬉しいですわ」
 プリネア王国の民族衣装を身にまとい、副官のシンハ中佐、そして護衛の海兵隊員達を従えて会場に現れた王女ラクスミ・ファラーム(gz0031)に深々とお辞儀し、桜子はさっそくお目当てのカレー料理賞味にかかった。
 タイ風グリーンカレー、マトンの挽肉を煮込んだキーマカレー。あるいは各種果物、野菜、ハーブをすり潰したチャツネ等々。
 料理に合わせて、アジアンテイスト豊かなドリンクも各種用意されている。
 さっぱりしたインド風ヨーグルトのラッシー、チャイ(ミルクティー)、インドビール等。
「カレーも良いですけれど、飲み物も個性的なのですよね。レシピ頂けませんかしら‥‥?」
 各種スパイスをブレンドしたマサラティーをアイスで飲みつつ、ニコニコする桜子。
 ちなみに本日の出席者には、お土産としてセイロンティーの茶葉が進呈されることになっていた。

「さ、先の船上パーティーでは世話になりました――」
 桜子に続いてラクスミに謁見した時任 絃也(ga0983)は、2m近い巨体を緊張で固くしつつも辛うじて挨拶を済ませた。
 今回、彼はラクスミからバレンタインのチョコを貰いたいと願っていた。たとえ義理であっても、一国の王女から何かを贈られるなどそうそうある事ではない。
 ただし女性が苦手なうえ甘いものが殆ど駄目な彼にとって、自ら女性に何かを貰おうとする事は極めて困難を有する行為であった。
 顔に油汗を流し、瞳は泳ぎ、失神寸前を気力でねじ伏せた状態で――。
「‥‥で、話は変わり不躾ですが、チョ、チョコ‥‥」
「貴殿は王女殿下からチョコレートを賜りたいと申されるか? 承知した」
 途中で口を挟んだのはシンハ中佐だった。
 背後の海兵隊員に命じて王家御用達の箱入り高級チョコレートを取り出させ、
「――恩賜の菓子である。心して受け取られよ」
 嗚呼、何ということか。このままでは「中佐から贈られたチョコ」になってしまう。
(「嬉しくねぇーーっ!」)
 だが危機一髪のところで、
「だから、そういう堅苦しいのはよせ。今日は無礼講といったであろう?」
 中佐からチョコを取り上げたラクスミが、
「いずれ依頼で世話になることもあろう。その時はよろしく頼む」
 そういいながら、自らチョコを手渡した。
「感謝します、この礼は何らかの形で代えさせて貰いますよ」
 絃也は冷や汗をかきつつ礼を述べ、安全圏へと離脱。
 潮風に当たりつつ、
(「こういう時女性が苦手だと損をするんだな‥‥仕事では意識しなくてすむんだがなぁ」)
 胸の裡でぼやきながらも、本場のカレー料理を堪能した。

「‥‥どーせ見栄張らなきゃいけないような彼氏さんとかもいないしね」
 綾峰・透華(ga0469)はちょっと遠いところを見つめつつ、もちっとしたナンにカレーをつけて色気より食い気で食べまくる。
 やがて会場のラクスミの姿に気づくと、近寄ってチョコを渡した。
「今日は殿方に贈る日ではないのか?」
「友チョコって言って、女の子の友達同士でチョコを渡す事もあるのよ」
「そうなのか? では、ありがたく頂戴しよう」
 そういうと、彼女もシンハ中佐から預かっていた高級チョコを1箱、透華に渡すのだった。
「そうだ! 岩龍パイロットの男の子は?」
「あの双子の片割れか? 確か、その辺に‥‥」
 ラクスミが見回すと、李・海狼(リー・ハイラン)はすぐ見つかった。
 会場の隅っこで妹の李・海花(リー・ハイファ)と2人、擦りリンゴで辛みを抑えた子供用カレーを楽しげに食べている。
 透華は手招きし、
「海狼くーん、はい、チョコあげる!」
 一瞬、ポカンとした顔で受け取った海狼だったが、一応バレンタインの事は知っているのだろう。すぐカーッと赤くなり。
「あ、あの‥‥ありがとう‥‥ございます」
 だがその後、背後から羨ましそうにじーっと見つめる海花の視線に気づくと、透華にペコリと頭を下げ、半分に割ったチョコを兄妹で仲良く食べ始めた。

「おお、これが本場のカレーってやつか、美味そう! こういうのは食えるときに目一杯食っておかないとな。食い物に限らずどんなことでも出来なくなってから悔やんでもしょうがない」
 ブレイズは様々なカレーを味わいつつ、チェラルから聞いた海花のエピソードをふと思い出していた。
(「チョコと間違えてカレーのルーをかじった、か‥‥」)
 パターンは逆だが、実は彼も子供の頃、妹がカレーを作っていたので、ちょっと悪戯でカレーとチョコをすり替えたという過去があった。
(「そしたらあいつ、気付かずそのまま鍋に入れてしまって、気付いた頃には野菜と肉のチョコ煮込みの完成と。いや〜、あれは笑った‥‥ま、その日の晩飯、俺だけそのチョコ煮込みにされたんだが」)
 カレーにまつわる思い出も、人により様々である。

「一口にカレーと言っても作り方だけで欧風、日本風、インド風と様々な種類と扱う具で味も変わってきますからね」
 会場に並ぶ鍋をひとつひとつ見て回り、リヒトは呟いた。
「俺の好みとしては、炒めた玉葱と骨付きチキンをよく煮込んだチキンカレーですが――そこはシェフの腕前に期待しましょう」
 彼は日本のバレンタインの習慣をよく知らなかったし、知っていても自分には無縁の催しと感じたことだろう。
 それでも出席したのは、先の依頼で世話になったラクスミ王女や空母のクルー、それに初対面となるチェラル軍曹に挨拶がしたかったからだ。
 甲板上はクルーや招待された傭兵達で混雑していたが、何とかラクスミの姿を見つけると、持参していた艦長用の軍帽をプレゼントした。
「おお、かたじけないの」
 ラクスミはひどく気に入ったらしく、
「つまらぬものじゃが、礼だと思って受け取ってくれ」
 恩賜用のチョコをリヒトにも手渡した。
(「‥‥何でチョコなんでしょうね?」)
 不思議に思いつつも、快く礼をいって受け取るリヒトであった。

 会場内でもチェラルにぴったりくっついた愛紗は、いろんなカレーに挑戦。
「そうだ、今度はキメラーメンパーティーを開くのはどうかなぁ?」
 こしょこしょとチェラルに耳打ちする。
「アハハ〜それは難しいかなぁ? あのラーメンは美味しかったけど、材料が材料だから人によっては拒絶反応起こしそうだし‥‥」
 ポリポリ頬をかいて苦笑いするチェラル。
 愛紗は「全員のチョコが欲しい」とおねだりしたが、チェラルから「今日は1人1個なんだ」と聞かされ、ラクスミからチョコレートを貰う事にした。
 チェラルに手を引かれ王女の所まで連れて行ってもらい、
「ラクスミお姉ちゃん、チョコちょーだい? でもカレー粉はいらないからねっ」
 上目使いにキラキラと期待の眼差しでねだる。
「こら、『お姉ちゃん』じゃなくて『王女さま』だよ?」
 と窘められても、
「ふぅん、そうなんだぁ。‥‥で?」
 きょとん、としている。
「はっはっは。まあ子供はそれくらい元気があるのがよいわ」
 鷹揚に笑いつつ、ラクスミは恩賜のチョコを贈るのだった。

●それぞれのVt.Day
 バレンタイン――それは男達にとって、時として悪魔の祭と化す。
「インドか、こんな形で天竺に来るとは思わなかったな‥‥」
 甲板の端から穏やかに凪ぐベンガル湾の海原を見つめ、雪ノ下正和(ga0219)はポツリともらした。
 去年のクリスマスも大晦日も、意中の女性を誘うも失敗で彼はロンリーだった。
 そして今回もまた、思いを寄せる女性に勇気を出して誘いの手紙を出したものの、その結果は惨敗に終わったのだ。
「バレンタインなんて、大っ嫌いだーーーっ!!」
 と海に向って叫ぶ正和。
「‥‥‥‥ああ、カレーの匂いがする。ビーフにマトンにチキン‥‥俺はカレーは日本や西洋のよりインドやタイといったアジアカレ−が好きなんだ!」

 会場にとって返した正和がカレーをヤケ食いしているその頃、美緒は艦のクルーに配るため大量購入した10円チョコの袋をヒマリア・ジュピトル(gz0029)に見せていた。
「うわ〜、いっぱい買ったんですねえ」
 義理チョコとはいえ、一つ一つ丁寧にラッピングしてある。もっともその中には明太子味や激辛味も適当に混ぜたロシアンチョコであるが。
「日頃から危険な任務に従事してる皆さんに、感謝と応援の気持ちを込めて、なのです♪ ‥‥あれ、あの空母って何人乗ってるのかな?」
 数だけいえば総員で千名余り乗艦しているが、実際には通常勤務に就いている者や夜勤明けの休息を取っている者もいるので、いま会場にいるのは総勢百名余りというところか。
 美緒がにこやかにチョコを配るとクルー達も喜んで受け取ったが、間もなく会場の何カ所かで「ギョエーッ!」「み、水、ミズ!」といった悲鳴があがった。
 いちおう事前にロシアンチョコであることは伝えてあるし、そもそも極辛上等のカレーパーティーなので別段怒る者はいなかったが。
 10円チョコを配り終えた美緒は、別途購入してあった可愛らしい猫の絵入りのハート型チョコレートを、ヒマリアと弟のテミストに贈った。
「これからもよろしくお願いしますね♪」
「わ〜い、ありがとう☆」
 ヒマリアは大喜びで、自分はお気に入りの和菓子屋で見つけた「チョコレート大福」を美緒に贈った。
「あ、ありがとうございます‥‥御坂さん」
 ちょっと照れたようにテミストが頭を下げる。
「あんたはいいわよねぇ? ミーティナちゃんから、しっかり手作りの本命チョコなんて貰ってたしー」
 弟の頭を、うりうり肩肘でつつくヒマリア。
「今日は、もしかしたら凄い告白も付くかも! ヒマリアさんも、これは大いに参考にすべきですよ!」
「わぁ〜☆ 見たい、見た〜い!」
 キラキラ瞳を輝かせ、ヒマリアが叫んだ。

 クラリッサは手作りのトリュフを剣一郎、源次、テミストに贈った。
「これは以前の依頼でお世話になったほんの気持ちです。また何かの依頼で一緒になった時にはお願いしますわね」
 自分がチョコを贈られるとは想定外だった源次は衝撃で3秒固まり、その後破顔。
「! ‥‥あ、ありがとう。大事にするよ」
「早めに食べた方がいいですわよ。手作りですから‥‥」
 その後、クラリッサは戦友の榊兵衛(ga0388)の姿を捜し、やはりお手製のトリュフコニャックを贈った。
(「これを受け取った時、あの朴念仁はどんな顔をするのでしょうね? それを見られるだけでこれを贈る甲斐があるのかも知れませんわ」)
 ちょっとした悪戯心。もっとも彼女自身は、その奥にある己の本心をまだ自覚していないようだが。
「ありがとうな。まさかクラリッサからこういうモノを贈られるとは思わなかった」
 兵衛にしてみれば己には無縁の行事と思っていたのだが、友人の源次に誘われる形での参加であった。
「源次、誘ってくれてありがとうな。旨いカレーが食えるだけでもここに参加した甲斐があったというモノだな」
 そんな風に談笑しているとき、人混みの中から声をかけてきた2人連れがある。
 ラスト・ホープで武術指南に当たる十神・源二郎と、孫の十神・榛名だった。
 桜柄の和服に身を包んだ榛名はクラリッサの姿を認めて一瞬、遠慮するように足を止めたが、祖父の源二郎が先に大声を張り上げ兵衛に挨拶してしまったので、やむなく後をついてくる。
 そんな榛名達に、兵衛が声をかけた。
「ここでのクリスマスパーティー以来か? 息災にしているか?」
「は、はい‥‥」
「互いに忙しいようで会う事も出来なかったが、榛名と先生の事はいつも気に掛けていた。十神先生もご壮健のようで安心した」
「ワシの事なら心配無用じゃよ。今度の大規模作戦も、参加できないのが残念なくらいじゃわい。ガッハッハ!」
「いやー、十神先生。御達者で何よりです」
 空気を読んだ源次が、すかさず間に入って源二郎翁を引き離しにかかる。
「先生、自分の祖父が南洋での戦い、口癖のように言っておりました」
「ほう? おぬしのご親族もあの戦争に?」
 この歳の老人にこの手の話題を振ると、たいていしばらくの間は話が止まらなくなる。そうして源次は巧みに源二郎を引っ張りながら、
「迷うのか? 勝負を投げるのか? どうせ無駄? それだけは無い、決して。ん、独り言さ」
 ソワソワしている榛名にそっと耳打ちして離れていった。
 一方クラリッサも、
「‥‥初々しくて良いですけれど、まだまだ女性としての経験が不足していますわね。良い殿方を落とすにはもう少し修行が積んで貰わなくては困りますわね」
 聞き様によってはやや刺のある言葉を残し、他の傭兵たちの輪の中へと去っていく。
 別にクラリッサに悪気はないのだが、なぜ榛名に対してついきつい態度をとってしまうのか、彼女自身にもよく判らなかった。
 後に残された兵衛は、榛名を前にしてやや話題に窮した。
「‥‥本場のカレーというのも旨いものだ。こういう旨い飯を作ってくれる相手に早く巡り会いたいものだ」
「あの‥‥旨い飯とは、ほど遠いですけれど‥‥」
 榛名は手にした巾着袋から、ラッピングされたチョコレートの箱を出して兵衛に差し出した。
「見よう見まねで作ってみました‥‥お口に合えばよいのですが」
「とんでもない、有り難く受け取らせて貰う。‥‥榛名が俺をそういう対象だと、少しは見てくれていると自惚れても良いんだろうか?」
 棒術使いの少女は頬を染めて俯いていたが――。
 やがて、こくんと頷いた。

 ずっと一緒にいた愛紗が手洗いに立つ隙を狙い、凜はさりげなくチェラルの側に近づいていった。
「あれ? キミも確か、この前熊本で――」
「この間はあんな言い間違いをして、ごめん‥‥」
 チェラル失踪事件の依頼で初めて本人に会ったときの失言を思い出して赤面しながらも、本の入った紙袋を渡す。
「何コレ? わーっ『食い倒れMAP・カレー編』!? これ欲しかったんだぁ!」
「もう収録終わって使わないから‥‥もし、見てて分からないこと有ったら、凛、案内くらいは出来るからなっ」
 実は、しっかり本屋で買ったものだが。
「あれ? もう一冊入ってる‥‥ティディベア専門誌?」
「あっ、違う、そっちは凛の‥‥なんかじゃない、絶対違うからなっ」
 趣味で買った自分の本まで一緒に入ってた事に気づき、真っ赤になって慌てて言いつくろう凜。
 気になる相手の前だと、どうも意地を張ったり焦ってボケてしまうようだ。
 チェラルはぷっと吹き出し、
「アハハ‥‥キミ、何だか面白いねー。別にカレーでなくても、お勧めの美味しいお店があったら、今度案内してくれない?」
「‥‥え?」
「ハイ、これ。ボクらが友達になったシ・ル・シ」
 子供のように屈託のない笑顔を浮かべ、チェラルはさっきと同じカレー型チョコの箱を凜に手渡した。
 びっくりした凜はしばらく無言。嬉しそうな照れ顔を見られたくないばかりに顔を逸らし、それでも小さく「‥‥ありがとう」と呟いた。

「お疲れ様。新型の開発などにも顔を出しているようだし、相変わらず忙しそうだな」
 剣一郎は、久々の再会となるナタリア・アルテミエフ(gz0012)と談笑していた。
「白鐘さんこそ‥‥先日の大規模作戦で機体損傷されたと伺った時は、生きた心地がしませんでしたわ」
「勝負は時の運だからな。そういう事もある‥‥しかし中々気を抜けない状況もあるだけに、機会があれば今度こそ温泉にでも行きたいものだ」
 そんな風に世間話も絡めつつ、しばし殺伐とした戦場の空気も忘れてリラックスした気分を満喫する剣一郎。
「やはり任務が山を越えたら一度本格的に骨休めしたい気はする。ナタリアはそうした休養に良さそうな場所の心当たりはあるか?」
「温泉ですか‥‥そういえばこの前、タダで九州の温泉宿に泊まれるなんて依頼もあったようですね‥‥私は教授に却下されて行けませんでしたけど」
「ははは‥‥それではますます、一度行ってみたいものだな」
 つい仕事のグチが出るナタリアに、思わず微笑する剣一郎。
「あ、そうそう‥‥忘れるところでしたわ」
 ナタリアは思い出したように、ハンドバッグから丁寧にラッピングされたチョコを取り出し、剣一郎に贈った。
「普段が研究や仕事ばかりで、こういう習慣には疎いんですけど‥‥白鐘さんには、まだ去年の模擬戦の時のお礼もしていませんでしたし‥‥」

(「彼女、来てるのかな‥‥?」)
 克はもしやと思って会場の中をそれとなく見回っていたのだが、やがて人混みから遠く離れ、甲板の端まできたとき、ようやくその少女の姿を見つけた。
 少女は銀色のショートボブヘアと白いワンピースドレスを潮風になびかせ、ただじっと海の彼方を見やっていた。
「‥‥マリア?」
 その名を呼ばれ、彼女は驚いたように振り返った。
 元DF隊員「マリア」。親バグア派能力者として一度はUPCに拘束されたものの、その後釈放され、今では人類側の傭兵に加わったと聞く。
「あなた‥‥覚えてる。カメルで、戦ったひと‥‥」
 人形のような無表情のまま、抑揚のない声でマリアがいった。
 克は以前、マリアが仲間の能力者と共にオーストラリアへ亡命しようとするのを阻止する依頼に参加していた。しかも、最後まで抵抗する彼女を刀の峰打ちで制圧したのは他ならぬ克自身だ。
「え‥‥と‥‥」
 一度は戦った相手といえ、これからは同じ傭兵仲間ということで、挨拶くらいしようと思って捜していたのだが、いざ会ってしまうとうまく言葉が出てこない。
「ありがとう」
「――え?」
「もし会えたら、お礼がいいたかった。‥‥だって、あそこであなたが止めてくれなかったら‥‥私、誰かを殺してたかもしれないもの。だから、これ‥‥」
 少女はポケットから取り出した小さなチョコを、掌に載せて克の方へ差し出した。
「ごめんなさい。この船のお店で買った、安物だけど‥‥」
「あ、ありが‥‥とう」
 少しどぎまぎしながら、克も予め持参していた小さな花束――チューリップのアレンジメントを手渡した。
「俺からも‥‥これを‥‥。女の子は‥‥花が似合う‥‥よね‥‥」
「花‥‥よくわからない。けど‥‥綺麗‥‥」
 DF計画で能力者にされるまでの記憶をほぼ喪失した少女は、それでもチューリップの香りを嗅ぎ、何かを思い出しているかのようにぎこちなく微笑んだ。

(「う〜ん。邪魔しない方がいいのか?」)
 物陰からマリアと克のやりとりを偶然見てしまった鷹見 仁(ga0232)は、何となく気後れを感じて顔を引っ込めた。
 彼は直接マリアと戦ったわけではないが、釈放された彼女を故郷の街(といっても既に廃墟と化していたが)へ護送する依頼に関わった事で、その後どうしているかずっと気になっていたのだ。
(「まあ、あの子も元気にやってるようだし‥‥無理に俺が会う事もないか」)
 そんな事を思いつつ、踵を返してパーティー会場へ戻ろうとしたとき。
「――わっ!」
 後ろから来たプリネア人の少女と、出会い頭に衝突してしまった。
「あいたた、ごめん‥‥あれ? おまえ‥‥」
 UPCではなくプリネア海軍の女性用士官服を着ている所からみて、おそらく空母の一般クルーだろう。だが、その顔には確かに見覚えがある。
「確か‥‥去年のクリスマスパーティーの時も会ったよなぁ? 服装は違うけど」
 女性士官はギョッとしたように後ずさった。
 ――実は、彼女は王女ラクスミが変装した姿である。
 招待客相手に接待を続けるのにいい加減疲れたため、後の事をシンハ中佐に任せ自分は一般クルーに化けて一息つこうとしていたのだが。
(「いかん。バレたか‥‥?」)
「‥‥なんだ、おまえもこの艦のクルーだったのか。道理でなぁ」
 ガクッ、とラクスミはこけそうになった。
 といって、今さら正体を明かすのも何やら気まずい。
「あ、ああ‥‥あのときの傭兵か。覚えておるぞ、うん」
「で‥‥おまえ、こんなとこで何やってんだ? パーティーはいいのか?」
「いや、わら‥‥いやわたしは勤務中でな。近頃、煙草の吸い殻を艦内でポイ捨てする不逞の輩が多いゆえ、上官にいわれて見回っておったのじゃ」
「ふーん。大変だな、こんなときに仕事なんて」
「ま、まあそれほどでも‥‥ハハハ」
 ラクスミ(変装)はポケットを探り、自分のおやつ用に取っておいたチョコレートを取り出した。
「すまんが、ここでわたしに会ったことは内緒にしておいてもらえぬか? これでも、一応秘密の任務なのでな」
「何だそれ‥‥ひょっとして、義理チョコってやつか?」
「えーと、まあ‥‥その様なものじゃ」
「そうだな‥‥義理チョコとはいえ、何か礼をしなくちゃな」
「いや別に、そんな大層なものでは‥‥」
「聞いた話じゃ‥‥この艦の船長をしている王女様には、傭兵にも親衛隊がいるって話だよな。例えこの艦がバグアに襲われても王女を守りに来てくれるヤツには事欠かないだろうが‥‥俺は王女じゃなく、お前を守りに来てやるよ。」
「そ、そうか‥‥?」
 褐色の肌の少女は、しばしバツが悪そうに視線を泳がせていたが――。
 やがてニッと白い歯を見せて笑うと、
「なら、その時は‥‥頼りにしておるからな?」

「テミスト君は、彼女とか出来たの?」
「もーそれが、3つ年下の女の子とラブラブで〜♪」
「やめてよ姉さんっ。僕とミーティナは、まだそんな‥‥」
 忌咲は久々の再会となるヒマリア姉弟と友チョコを交換した後、しばしカレーを食べつつ互いの近況などについて歓談していた。
(「五大湖の方はすごく苦戦してるし、今の内に英気を養わないと‥‥あれ、アイリスがいない?」)
 今日こそは迷子にならないようにとわざわざ頼まれ、今までずっと手を握っていたはずの友人の姿が忽然と消えている。
「どうかしたの? 忌咲さん」
「え? ううん、たいしたことじゃないから」
(「話に夢中になって、アイリス見失っちゃったよ。まぁ、艦のどこかには居るだろうから、後で探そう」)

「あれ、ここどこでしょう?」
 はっと気づいたとき、アイリスはガランとした艦内の何処かに突っ立っていた。ある人物を捜してちょっと忌咲から離れたと思ったら、例によって極度の方向音痴が発動し、いつの間にかこんな所まで入り込んでしまったらしい。。
「また迷子になっちゃったですよ〜。いつの間にか咲ちゃんも居ないですよ〜」
 途方にくれて半ベソをかいた所で、廊下の向こうから近づいてくる者がある。
「おーい、お嬢ちゃん。此所は関係者以外、立ち入り禁止だよー!」
 艦内を巡回している「サラスワティ」の警備兵である。
「あれ? あんた前にどこかで――」
「‥‥あー!」
 アイリスは思わず大声を上げた。
 何という偶然であろうか。今回を含めてこの空母で3回迷子になった彼女を助けた警備兵は、実は同一人物であった。
「あのあの、お名前を聞かせてもらえますか?」
「俺? 海兵隊のマウアー上等兵だけど‥‥」
 見ればまだ若いプリネア軍兵士は、やや面くらいつつも名乗った。
「よかった〜! マウアーさん、捜してたですよ〜」
 アイリスは嬉々として、持参した手作りのチョコケーキを差し出した。
「これ、今までのお礼です〜♪」


「‥‥それでじゃな。弾薬も食料も尽きた南方の密林で、ワシらの部隊は‥‥」
 延々と続く源二郎翁の回顧談を聞かされつつ、甲板から海原を眺める源次の頭の中に、ふと浮かぶ一句。
(「恋人達 甘き囁き スパイシィ」)

 ――おそまつ。

<了>