●リプレイ本文
●ミルウォーキー市内〜レイクパーク
『重力波センサーがスー・セント・マリー方面からの敵機襲来を確認。KV型戦闘機12、電子戦機1‥‥戦闘機のうち1機は新型と思われる』
通信機の向こうから感情の籠もらない、機械合成音のような声が伝えてくる。
それを聞いているのは、顔全体を金属製のマスクで覆った人物だった。
がっしりした体格からして、おそらくは男性。
左側に穿たれた穴から覗く青い眼――それは確かに人間のものだ――だけが、じっと操縦席のコンソールパネルを見つめている。
「もはや大勢は決しているというのに‥‥往生際が悪いな。地球人どもは」
仮面から覗く左目が、嘲るように細められた。
●ミシガン湖上空
『何か手強そーな敵ばっかだけど、堕とせるだけ堕としていこーねー』
S−01の無線を通し、ヴィス・Y・エーン(
ga0087)が仲間達に通信を送った。
本来なら最近購入したばかりの陸戦用KV・LM−01で出撃したかった所だが、ルート43沿いに南下したUPC陸軍部隊がMW市街を目前に予想以上の苦戦を強いられているため、今回再び空挺作戦によりミシガン湖畔のレイクパークを占領、デトロイト方面から侵攻する友軍KV部隊の橋頭堡を確保する指令が下されたのだ。
戦況はお世辞にもUPC軍有利とは言い難い。人類側にとって希望の星ともいうべきユニヴァースナイト撃墜という報せは、傭兵達にも大きなショックを与えていた。
ギガワームは依然として上空に留まり、損傷を負わせたといえシェイドもいつまた姿を現すか判らない。
だが、それでも彼らはまだ希望を捨てていなかった。
修理さえ済めば、UKは再び蘇り大空に飛び立ってくれるだろう。それまでに一刻も早くMWを奪還し、北方に反攻拠点を築くことで五大湖解放への布石とするのだ。
現在、目標のレイクパーク付近に展開しているバグア軍はゴーレム5機、タートルワーム4機を主力とした地上部隊。共に強敵ではあるが、少なくともシェイドやステアーに比べればまだ与しやすい相手といえる。
――唯一の不安要素を除けば。
今回の大規模戦闘において、シェイドやステアーに人間のパイロットが搭乗し、UPC軍を散々悩ませているのはもはや周知の事実だ。そしてこれから向かうレイクパークのバグア軍陣地にも、まるで人類側の陸軍を真似たような迷彩塗装のゴーレムが混じっているという。
「ゴーレムがKVを模倣したワームならば、人間が搭乗していてもおかしくないですね。乗っているのは親バグア派か‥‥それとも――」
リヒト・グラオベン(
ga2826)は口に出しかけた不吉な言葉を呑み込んだ。
「人形に亀か‥‥手強いと聞くが、どうなのだろうね?」
ロイヤルブラックのフロックコート、ベスト、スラックスと、戦場にあってもダンディズムのスタイルを崩さないUNKNOWN(
ga4276)が、帽子を被り直しながら呟いた。
●敵前降下!
広大なミシガン湖を越え、対岸の眼下にレイクパークが見えたと思うや、傭兵たちのKVを狙い淡紅色の光線が走った。
地上に展開するタートルワーム4機が打ち上げるプロトン砲の対空砲火だ。
「うわっ!?」
間一髪で光線が傍らをかすめ、スコール・ライオネル(
ga0026)のR−01が機体を大きく傾ける。
タートルのプロトン砲は、威力こそ大きいものの命中精度はさほど高くないといわれている。奴らが脅威となるのは数十機単位で一斉に弾幕を張ってきた時だ。
だが、今回の敵は明らかにこちらを狙ってきている。
(「この前の連中とは違う‥‥!」)
以前、やはりミシガン湖畔で空からの奇襲作戦に参加したヴィス、エスター(
ga0149)、藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)らは直感した。
むろん傭兵側も、危険な敵前降下であることは百も承知だ。
強行着陸に際しての攪乱役を担当したのはリヒトをリーダーに櫻小路・なでしこ(
ga3607)、聖・真琴(
ga1622)で編成される突撃前衛「WOLF」隊。
敵陣の前で高度を下げ、対地攻撃のため速度を落としたところで、案の定凄まじい集中砲火が浴びせられてきた。
「くうっ! ‥‥でも私、分の悪い賭けは嫌いじゃないんですよ」
機体に損傷を負いつつも、僚機に援護されたなでしこ機がK−01小型Hミサイルをタートル群目がけて発射する。小型ミサイル250発が、地上百m四方に及ぶ広範囲に夕立のごとく降り注いだ。
もちろんAAMなので対地目標への命中は期待できないが、激しい爆発が煙と土砂を高く巻き上げ、ちょうど敵の射界を遮る煙幕の役を果たした。
その瞬間を狙い、傭兵達はKVを人型に変形させ次々と着陸。ただし岩龍のみはタートルの射程外である後方5kmの上空に残し、電子支援にあたらせる。
「鷲木菟(みみずく)」隊のヴィス、伊佐美 希明(
ga0214)がスナイパーライフルを構えて砲撃支援の体制を取り、突撃前衛「LEON」隊のUNKNOWN、キョーコ・クルック(
ga4770)、スコール、迎撃後衛「山狗(てんぐ)」隊の藍紗、桜崎・正人(
ga0100)、エスター(
ga0149)、御坂 美緒(
ga0466)の各機がゴーレムを迎え撃つためそれぞれ銃器や近接兵器を構えて前進する。
――が。
爆煙が収まったとき、彼らが見たのは異様な光景だった。
手足を甲羅に収めたまま地上に並ぶ、4機のタートル。その陰からわずかに身を乗り出したゴーレム5機のアームに握られた武器は――。
スナイパーライフル。
ゴーレム達は防御の高いタートルの甲羅をトーチカ代わりに利用し、自らは長射程ライフルでKV狙撃の準備を整えていたのだ。
「出刃包丁振り回すだけが能じゃないわけッスね!」
エスターがスナイパーライフルD−02を構え応戦するが、状況は遮蔽物のないこちらの方が圧倒的に不利だ。
身を隠す場所もない湖岸に立たされたKV9機に、ゴーレム部隊のライフル弾が容赦なく殺到する。
全滅の危機を救ったのは、まだ空戦形態のまま上空に残っていたWOLF隊、ヴィス機の127mmロケット弾による支援爆撃だった。
ゴーレム達が再びタートルの陰に身を伏せた機を逃さず、体勢を立て直した突撃班7機が装輪走行で一気に距離を詰める。その直後着陸したWOLF隊も後に続いた。
KV部隊が近接距離に入ってきたのを見て、甲羅から手足を出したタートルが改めてプロトン砲の砲撃を再開する。
またゴーレム達も、5機のうち4機が装備をライフルからディフェンダーに似た白兵戦兵器に切替え、傭兵達を迎え撃つべく前進を開始した。
が、例の迷彩ゴーレムは動かない。相変わらずタートルを盾にしたまま、自らはライフルによる支援射撃に徹しているようだ。
やはり奴が「隊長機」なのか――。
まずは突撃前衛の6機がゴーレム隊と交戦状態に入った。
「Lets start the Party!!」
スコールはバルカンで牽制しつつ敵に接近し、ディフェンダーでゴーレムの手足を狙う。
「突っ込みと逃げ足にゃ自信があるんだよ!!」
カプロイア社の新鋭機、K−111を駆るUNKNOWNの機槍グングニルが唸り、剣を振りかざして向かってきたゴーレムに対し一撃で大ダメージを与えた。
「――脆いものだな。諸君の力はそんなものかね?」
「白獅子に黒獅子‥‥それに白黒メイドか」
苦笑しつつも、僚機が弱らせたゴーレムにユニコーンズホーンでとどめを刺すキョーコ。
「良いとこ取りしてるみたいで、なんか申し訳ないんだけど」
などと言う間もなく、別のゴーレムが繰り出してくるディフェンダーを慌ててホーンで受け流した。
「さすがにっ攻撃が重い‥‥」
量産機とはいえバグアの新型ワーム、侮れない。
「さぁっ突撃開始!」
やはり装輪装甲とガトリング砲の弾幕で牽制しつつ間合いを詰めた真琴が、踊るような軽快な動きでゴーレムの腕にチタンファングの斬撃を決めた。
その間、ヴィスと共に砲撃支援にあたる希明はスナイパーライフルD−02の長射程を活かし、狙撃と移動を繰り返しつつ突撃班を支援。ブレス・ノウによる精密狙撃でゴーレムの間接部を狙う。
「無粋な泥人形どもが‥‥一体も逃がさん!」
タートルの甲羅を貫ける知覚兵器を持たないのがもどかしいが、プロトン砲発射の気配があれば妨害のため即座に頭部や砲塔部分を狙っていった。
「鷲木菟隊の牽制狙撃を受け、山狗隊は突撃前衛への援護攻撃に入る! 山狗壱隊はLEON隊、弐隊はWOLF隊の援護行動に入れ、全機散開!」
藍紗の指示の下、山狗隊の4機が量産ゴーレム3機を引きつけ、その間に「LEON」「WOLF」計6機が迷彩ゴーレムの潜むタートル部隊に向かった。
「私は牙となろう。諸君は鋭き爪だ!」
「所詮は大亀、そんな鈍いビームは当たりません!」
各小隊のリーダーであるUNKNOWNとリヒトが僚機に檄を飛ばしつつタートルに肉迫、主にプロトン砲塔の無力化を狙いグングニルの猛撃を繰り返す。
なでしこの振り回すハンマーボールが命中すると、さしもの固い甲羅もボコッと音を立てて陥没した。
美緒は専らスナイパーライフルでWOLF隊を支援していたが、近づくゴーレムがあればライトスピアに持ち替え、逆に装甲の薄そうな場所を狙って刺突を決める。
「私だって、この位は出来るですよ♪」
たじろいだゴーレムに、同じ山狗隊のエスター、正人の狙撃が浴びせられ、確実にダメージを与えていく。
傭兵達の巧みな連携により、その後ゴーレム2機、タートル1機が沈んだ。
●迷彩色のエース機
死闘が続くさなか――。
相変わらずタートルの間を動き回り狙撃を繰り返していた迷彩ゴーレムのライフルが、比較的装甲の薄そうな美緒機に狙いを定めてきた。
「きゃっ!?」
だがその銃口は、次の瞬間に標的を変えた。
近くにいた正人が、すかさずスナイパーライフルD−02で射撃体勢を取ったからだ。
「‥‥お前の相手はこっちだ」
普段は口数も少なくぶっきらぼうな正人だが、仲間が傷つくことを厭う気持ちにかけては人一倍強い。
大気を切り裂く実体弾がすれ違い、互いの機体の装甲を削り取る。
「ぐぅっ!?」
外観は似たような兵器でも、威力の方はバグア製の方が一段上だった。
迷彩ゴーレムが動きを止めた――と見るや、奴は素早く装備を持ち替え、脚部バーニアを吹かして高々と宙へ舞い上がった。
短距離の疑似飛行能力でタートルワームと、それを攻撃する突撃前衛班を飛び越し、隊長機ゴーレムは山狗隊のど真ん中に着地した。
その右手に握られているのは、KVでいえばおそらくビームコーティングアクスと思しき禍々しい斧。
『前衛に主力を偏らせすぎたな。素人の傭兵どもが!』
KV全機の無線を通して、嘲笑を交えた男の声が響いた。
タートル殲滅を優先するため、攻撃力の高い機体を突撃前衛に固めた傭兵側の編成を見抜き、後方の支援部隊から先に叩くつもりなのだろう。
「――くそっ!」
LEON、WOLFの両隊は直ちに後方にとって返そうとするが、図体の割に素早いタートルワーム3機に回り込まれ包囲されてしまった。
プロトン砲は既に潰してあるのだが、大亀たちは隊長機の方へ行かせまいと、甲羅から生えた鋭い突起で体当たりをかけてくる。
山狗隊リーダー、藍紗はM−12帯電粒子加速砲で狙撃しようとしたが間に合わず、辛うじてライトディフェンダーでアクスの一撃を受け止め、大きく後方へ弾き飛ばされた。
「く、さすがは歴戦の勇士といったところか‥‥じゃが、我らは負けぬ! 同じ空で戦う皆のためにも負けるわけにはいかぬのじゃ!!」
藍紗と心を一つにしたかのごとく、山狗隊・鷲木菟隊の全機がゴーレム隊長機目がけて火力を集中する。
が。奴は慣性制御を使うこともなく、バーニアによる回避だけでそれらの攻撃をよけきると、猛禽のごとく反撃に転じた。その機動性、防御力、攻撃力――全てにおいて、紫の量産ゴーレムを遙かに上回っている。
そんな中、エスターのみは別行動を取っていた。
(「後方部隊だけじゃ奴は抑えられないッス」)
そう判断した彼女は、タートル群に包囲された前衛班の救出に向かったのだ。
装輪走行で素早く移動しつつ、装備をライフルから高分子レーザー砲に換装。
「あたしにこれを使わせるのがどういう事か、身を持って思い知るッス!」
放たれたレーザーの矢がタートルの頭部を貫き、慌てて甲羅に引っ込めた所を、今度はリヒトのグングニルに甲羅ごとぶち抜かれる。
包囲網を脱出した前衛班の精鋭は、エスターと共に後方へ急行した。
K−111の装輪走行でダッシュをかけたUNKNOWN機がグングニルで吶喊。アクスを握った隊長ゴーレムの右腕を付け根から破壊する。
「ふっ‥‥お前だけが特別、と思ったかね?」
ゴーレムの残る左腕が上げられ、「まだまだ」といいたげに一本立てた人差し指を左右に振った。ボディ内部に収納していたもう1本のアクスを器用に取り出し、UNKNOWNに向き直って対峙する。
「まだやるか? いっておくが――私の愛機は、凶暴だからな」
『――もういい、ギルマン。ここは退け』
『何だと?』
『上の方針が変わった。間もなく東京から援軍が来る』
『! あれが来るのか‥‥なら、これ以上戦うのも馬鹿らしいな』
生き残りの量産ゴーレムが、突如煙幕銃を撃った。
濛々と立ちこめる煙が周囲を覆ったかと思うや、2機のゴーレムが疑似飛行によってその場から離脱していく。
‥‥追撃するか?
一瞬判断に迷う傭兵達だが、結局深追いは避け、置き去りにされたタートル2機の殲滅を優先した。
隊長機の後を追い逃亡を図るタートルだが、所詮は空を飛べぬ哀しさ。装輪走行で回り込んだKVに退路を断たれ、たちまち傭兵達の集中攻撃に晒される。
「ちっ! やってくれンじゃねぇ〜の。この借りは万倍で返してやらぁっ!」
隊長機を取り逃がした怒りも込め、真琴がレーザー砲で最後の亀にとどめを刺した。
「あー、暫く亀さんは見たくも無いよー‥‥幾ら美味しいからって、スッポンだってパスしたいねー」
後でUPCに提出予定の戦闘記録をチェックしながら、ヴィスがぼやく。
レイクパーク確保の任務は達成したものの、傭兵達の機体もボロボロだ。特に突撃前衛を担当したKVの損傷率は50%にも及んでいた。
「‥‥新たな機体を求めるだけでなく、俺達自身も更なる鍛錬が必要となりますね」
傷ついた愛機を見上げながらリヒトが呟いたとき、デトロイト方面よりMW解放を目指して飛来する友軍KV部隊の大編隊が湖の上空に姿を現した。
<了>