●リプレイ本文
●天空の戦い
レイクパーク仮設基地を離陸して間もなく、KV各機のレーダーは30近い敵影を映し出していた。攻略目標であるジェネラル・ミッチェル国際空港上空を守る飛行キメラの群である。
「しっかし、亀が居ない分大勢ッスね〜」
バイパーのコクピットで、エスター(
ga0149)が半ば呆れたようにぼやく。
事前の情報によれば敵の守備隊にタートルワームは存在せず、またヘルメットワームも損傷のため辛うじて低空移動できる2機のみ。
ただし地上にゴーレム4機が待ち受けている事を思えば、決して油断はできない。
「‥‥それにこの間のアイツも居るッス」
先だってレイクパークの戦闘で相見えた迷彩塗装のエース機ゴーレム。あのときはまんまと逃げられたが、今回は奴も空港守備を務める以上、徹底抗戦してくるのは間違いない。
(「敵のエースとは、何とも人間臭い話だよねェー。人というインターフェイスを通しているからなのか? それともバグア自身に人と通ずる物があるのか‥‥?」)
編隊を組んで飛ぶ獄門・Y・グナイゼナウ(
ga1166)は思索を巡らす。
迷彩ゴーレムの搭乗者が元米軍のギルマン大佐であることは、既にUPC情報部から伝え聞いている。おそらくバグア軍の捕虜となりヨリシロ(宿主)にされたのでは――というのが情報部の見解だが、真相を知るには本人を捕縛するしかあるまい。
「‥‥実に興味深いねェー」
サイエンティストとして彼女がコメントできるのは、今の所これくらいだ。
「ゴーレムとワームと一杯のキメラ‥‥空港とは合わないシュールな組み合わせです。今度こそ、あの迷彩ゴーレムを仕留めるお手伝いをするのですよ!」
御坂 美緒(
ga0466)は無線のテストを兼ね、共同作戦として空港に突入予定のUPC陸軍部隊と連絡を取ってみた。
距離をおいて後方を飛ぶ「岩龍」の電子支援もあり、幸い通信状態は良好だ。
『空港施設の奪還と爆発物処理を担当するクロフォード大佐だ。泥人形の方はよろしく頼む』
機械化歩兵部隊を率いる正規軍指揮官からの返信が入った。
『大船とはいかないですけど、安心してください♪』
『ところでギルマン大佐ってのは知り合いかい?』
ジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)が通信に割り込むと、クロフォードは数秒間黙り込んだ。
『‥‥よく彼の名を知っているな。我々にとっては対バグア戦争の英雄だ。5年前、惜しくも戦闘中に行方不明となったが‥‥』
『そ、そうかい』
ジュエルは曖昧に返事をして慌てて無線を切った。できれば現役軍人時代の話を聞き出して相手の性格や戦術の傾向などを知りたかったのだが、もし当のギルマンが敵のエースとしてゴーレムに乗っていると知れれば、却って友軍の士気を下げる結果になりかねない。
情報部もそれを危惧して、あえて現場の指揮官クラスにさえこの事実を伏せているのだろう。
「‥‥元軍人、しかもグリーンベレー出身たぁな‥‥一筋縄じゃいかない奴が相手の様だな」
ゲック・W・カーン(
ga0078)が前途を憂慮する一方で、
「人と人が争う、できればそれに終止符を‥‥」
如月・由梨(
ga1805)は祈るような思いで呟いていた。
地上降下に先立って、まずは空港上空を守る飛行キメラを排除せねばならない。
傭兵達のKV10機は、目標を有効射程内に捉えると同時に各々スナイパーライフルやミサイル等の長射程対空兵器を一斉に発射した。
群を成すキメラの間でSES弾頭が炸裂し、Hワームほどの運動性を持たないキメラ達は第一波の攻撃で10匹ほどがバラバラと墜落していった。
さらに接近すると、残りのキメラがまだ20匹近く、蝙蝠のような翼を広げて襲いかかってくる。しかし1匹として無傷のものはおらず、片眼が潰れていたり、中には羽根もボロボロで飛ぶのがやっと、という有様の奴さえいる。
どうやらキメラの生産が間に合わず、大規模戦闘の生き残りを無理やりかき集めてきたらしい。
それでも空の怪物達は創造主たるバグアに刷り込まれた闘争本能に従い、あるものは体当たりで、またあるものは炎や雷のブレスを吐き付けKVを空港に近づけまいと必死で抵抗してきた。
対する傭兵達も、高分子レーザーやガトリング砲などの近接武器で次々とキメラを撃墜していく。
「重要拠点だって話だからな、楽にはやらせてもらえないだろうが、俺たちだって負けてられない。その先を目指すためにも!」
ブレイズ・カーディナル(
ga1851)が叫び、キメラの防空網に穴が開いた隙を狙ってジュエル、エスター、セラ・インフィールド(
ga1889)らと共に高度を下げ、ロケット弾による対地攻撃に移った。
滑走路上で待ちかまえる敵戦力を少しでも削ると共に、先行して降下するA班4機を支援するための爆撃である。
「‥‥?」
危惧されていたプロトン砲による対空砲火はない。代わりに傭兵達の目に映ったのは、滑走路上に雑然と並ぶHワームの黒い機体だった。
一瞬「罠にはめられたか?」と焦るが、迎撃に上がってこない所を見ると、単に壊れたワームを運びこんで並べただけのようだ。
爆撃目標を散らすためのダミー。20世紀から使われている古典的な戦術である。
「古臭い手使いやがって!」
確かに古臭い。だがそれは、今まで彼らが相手にしてきたキメラや無人操縦のワームならば絶対に思いつかない手段でもある。
滑走路上に相次いでロケットが着弾、コンクリートの破片と土埃を舞い上げた。
爆煙に紛れ、漸 王零(
ga2930)、由梨、ゲック、シエラ(
ga3258)の4機が人型に変形、空港の滑走路へと強行着陸した。
第1フェイズ成功――誰もがそう思って安堵する。残るB班4機、C班2機はキメラ掃討の後、順次降下しゴーレム隊を包囲・殲滅する予定だった。
が、キメラの数はだいぶ減ったものの、最後に残った十数匹がしぶとく食い下がり、ことに奴らの吐く雷のブレスがKVの電子機器に与えるダメージは馬鹿にならない。
空と陸に分断された形で、彼らは本格的な戦闘に突入することになった。
●滑走路の悪魔
遠くに見える空港ビルの中から、さかんに爆発の閃光と噴煙が上がっている。クロフォード大佐率いる陸軍部隊も既に突入、屋内を守る中小型キメラと交戦状態に入っているのだろう。
陸戦形態で降り立ち、互いの死角を補いつつフォーメーションを組んだA班4機は、敵の姿を求めて滑走路上に並ぶHワームの残骸へと前進。
その時、ふいにスクラップとなったワームの側面を蹴破り、4機のゴーレムが出現した。
同時に2機のHワームがふわりと浮き上がり、高さ5mほどの空中を滑るように移動しつつプロトン砲を放ってくる。
奴らはワームの残骸を隠れ蓑にしていたのだ。
だがレイクパークの時と違い、ゴーレム達はディフェンダーに似た近接兵器を手に、最初から白兵戦を仕掛けてきた。現在、地上にいる彼我の兵力は丁度4対4。上空の6機をキメラに足止めさせている間に、一気にケリをつけるつもりらしい。
そしてその先頭には、長大な機槍を構えた迷彩ゴーレム――ハワード・ギルマンだ。
前衛に立つ漸が迎え撃つ形となった。
「我が前に立塞がるなら斬捨てるのみ。『闇影の狂鬼神』漸 王零、押して参る!!」
覚醒変化による半透明な『狂いし仮面』で顔を覆い、一撃必殺のソードウィングを構えてギルマンに斬りかかる。
が、その斬撃は虚しくかわされた。
『‥‥機体が違うな。貴様、この前の奴ではないのか?』
オープン回線で、低くこもった男の声が問いかけてきた。
「ギルマン!! 先日の槍の奴からの伝言を伝えてやるからしかと聞け。『生きていたら、また遊んでやろう』との事だ。まぁ、そんな機会はやらんがな」
返事代わりに返ってきたのは、目にも留まらぬ機槍の一閃だった。
「ぐあっ!?」
KV用の機槍グングニルの場合、その威力と引き替えに機体の運動性を落とすという欠点がある。だがバグア製のそれは、機体の動きに何ら影響を与えていない。
一瞬にして漸のバイパーは20%に及ぶ生命を削り取られていた。
『誰でも構わんよ。ならば貴様に代償を払ってもらうまでだ』
「漸さん!?」
シエラ、その他僚機も援護に向かおうとするが、各機の前に1機ずつ量産型ゴーレムが立ちはだかる。「量産」といっても、その戦力は無改造KVより遙かに勝るのだ。
振り下ろされた剣の一撃をメトロニウムの盾で食い止め、その衝撃に少女の小さな体が悲鳴を上げた。
「今度は‥‥こちらから行かせていただきます」
回避運動を取りつつ、ブレス・ノウ付与のユニコーンズホーンで、装甲の隙間を突いてカウンター。何とか一矢を報いるも、敵の動きを止めるには至らず、逆に後方から絶え間なく撃ってくるワームのプロトン砲を浴びてしまう。
ゲックは何とか移動砲台を務めるHワームから墜としたかったが、やはり量産ゴーレムの相手に手一杯でとてもその余裕がない。
前衛グループ同士、連携の打ち合わせは充分に行っていた。
本来ゲックはレーザー等により中距離支援を担当する予定だったが、よもや敵がいきなり白兵戦を挑んでくるとは想定外だった。
「グリーンベレー仕込みの戦闘技術‥‥ご教授願おうか!」
相手をギルマンの分身と思い、近接兵器のツインドリルで刺突をかける。だがそれも敵の素早い動きにかわされ、カウンターの一撃を受けるはめになった。
「くぅっ‥‥さすがに強い、ですね」
ディハイングブレードで敵の剣を受け流し、由梨は端正な顔をしかめた。
可能ならギルマンに接近し機槍ごと腕を切断する戦法も考えていたのだが、味方のエースである漸のバイパーでさえ防戦一方で苦しんでいる。
己の機体でどうにか出来る相手ではなかったのだ。
いま出来る事は、せめて後続のB班が到着するまで目の前の量産機を抑えるのみ。
「ただのR−01と思ったら、大間違いですよ?」
命中率の高さを活かし、辛うじてライト・ディフェンダーの一撃を命中させる。しかし敵の防御も固く、次の瞬間には反撃され脚部に損傷を負ってしまった。
●遙かなる扉
戦闘が長引くにつれ、第1次降下部隊のダメージは蓄積し練力も消耗していく。
このままでは全滅も時間の問題――と思われた時、砲撃を繰り返していたHワーム2機が、地上からの火箭を浴びて大爆発を起こした。
『あれがエースって奴か‥‥へっ、おっかねぇな』
『C班の女の子達を迎えるためにも、ワームはさっさと黙らせちまおうぜ!』
ブレイズとジュエルの威勢のいい声が無線から響く。
上空のキメラをあらかた片付け、ようやくB班4機が降下してきたのだ。
8割に及ぶ損傷を受け、殆ど機能停止寸前に追い込まれていたシエラ機を庇い、すかさずセラ機が割って入る。
ゴーレムの剣をまともに浴びるが、徹底した機体改造とメトロニウムフレームで防御を高めた彼のR−01はその一撃に耐え抜いた。
「堅いだけが取り柄です。そう簡単に抜かせません」
一方、ギルマンと渡り合う漸の援護に向かったのはエスターだった。
やや急角度で突っ込み減速しつつ変形、人型の空気抵抗とブースト逆噴射で減速し制動をかけ、残りの勢いのままローラーで地面を滑走する。
本来ならSライフルによる援護射撃が彼女の役割だが、あと一撃をくらえば漸の機体は確実に破壊される。
目視とレーダー、そして直感で判断し、あえて突撃しての近接戦闘を選んだ。
『む? 貴様、確かレイクパークでも――』
新手のKVを認めたギルマンが機槍の矛先を変える。
『――やめろっ!』
エスターの意図に気づいた漸が思わず叫ぶ。
だが彼女は敵の攻撃をかわそうともせず、装輪走行のまま全速で突入した。
鈍い破壊音と共に、火花と大量の部品が飛散する。
コクピットを僅かに外し、エスター機は敵の機槍に串刺しとなっていた。
一瞬で機体生命の半分が消し飛ぶ大ダメージ。だがそれと引き替えに、彼女は初めてギルマンの動きを止める事に成功した。
「‥‥Rest in Peace!」
身動きの取れぬ迷彩ゴーレムの鼻先にSライフルの銃口をピタリと押し当て、立て続けの零距離射撃。
『ぬぅ‥‥ッ!』
ギルマンの声が焦りを帯び、片足を上げエスター機を激しく蹴り放す。
その瞬間、ゴーレムの機体が大きく揺れた。
一瞬の勝機を見出した漸が、試作剣「雪村」の斬撃を浴びせたのだ。
かつてあのシェイドすら撃墜したレーザーブレードの強烈な一撃。
――その代償として、漸は撤退に必要な分を除く殆どの練力を使い切った。
それでもまだ、ギルマンは倒れない。
慣性制御により素早く後退、武装をプロトン砲と思しき銃器に持ち換える。
「己が危ういとなれば、尻尾を巻いて逃げる‥‥所詮はその程度の男か?」
傷の痛みに耐えつつ問い詰める漸の言葉に、返信はない。
部下の量産機に前衛を委ねた手負いの迷彩ゴーレムは援護射撃に徹し、以後決して前面に出ようとはしなかった。
「こうなったら撃墜王を狙うのですよ!」
機体損傷をものともせず、残り3匹にまで減った飛行キメラを狙い、美緒がSライフルを撃ちまくる。
その一方で、彼女と共にキメラ掃討にあたる獄門は、地上の戦況をチェックしつつ眉根に皺を寄せていた。
「不味いねェー。このままじゃ全滅だよ‥‥」
比較的ダメージの少ないと思われるC班の2機でさえ、その損傷率は既に6割近くに及んでいる。これは予め全員で合意済の撤退ラインを超えていた。
やむなく地上の陸軍部隊に連絡を取り、撤退の旨を打診。
クロフォード大佐からは意外な答えが返ってきた。
『たった今、UPC司令部からも作戦中止命令を受けた‥‥残念だが、空港の奪還は諦めるより他なさそうだ。直ちに撤退に移るので、支援を頼む』
『了解。ケツ持ちは性分の様な物でねェー。雑魚は任せたまェー!』
「しぶとさには結構自信ある方なんでね、多少の攻撃は受けてなんぼ!」
ブレイズ、ジュエル、セラが殿を務め、損害の大きな漸たちのKV、及び陸軍部隊の後退を援護する。
量産ゴーレム3機はSライフルで応射はするものの、それ以上の追撃はしなかった。
彼らの任務はあくまで空港守備なのだ。
そんな中、迷彩ゴーレムはなぜか自らのプロトン砲を撃つこともなく、ただ地面に突き立てた機槍にもたれかかるようにして撤退する傭兵達を見守っていた。
その姿から、ギルマンの感情を読み取る事は難しい。
かくして、ミシガン湖西岸部解放のための「空への扉」は再び閉ざされた――。
辛うじてレイクパーク基地へ生還した傭兵達を待っていたのは、UPC北中央軍が『DoL』作戦におけるミルウォーキー奪還を断念したという報せだった。
<了>