タイトル:最後の遠足マスター:対馬正治

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2007/11/08 17:32

●オープニング本文


 TVや新聞のニュースは、毎日の様にバグアとの戦争のことを報じている。
 でも、そんなのはどこか別世界の話だと思ってた。
 現に北海道や九州、それに東京までが「奴ら」に占領された後でも、前線から離れた地域に住む僕らの生活はさほど変わっていない。
 朝起きて学校に通い、勉強し、放課後は部活に出たり塾に通ったり――その繰り返しだった。
 クラスメートの中には、将来UPCの軍人に志願したり、「能力者」になって宇宙人と闘うんだ――なんて妙に張り切ってる連中もいたけど、僕はあまり興味もなかった。
 別に今のままで構わない。クラスの悪友どもとワイワイやりながら、卒業すればどこかの高校へ進学し‥‥そんな毎日が、ずっと続くんだと思っていた。

 そう、これまでは。

●日本近海・メタンハイドレート採掘プラント
「もう、いやぁーっ!」
「よせ、真弓! 大声出したら、奴らに気づかれるぞ」
 両手で頭を抱え、泣き叫ぶクラスメートの真弓を、僕は小声で窘めた。
 勝ち気で明るい性格。成績・スポーツ共に優秀なうえアイドル並に可愛い顔立ち。常にクラスのヒロインだった彼女が、今では別人のように取り乱し、壁際に座り込んだままガクガクと身を震わせている。
 もちろん、怖いのは僕だって同じだ。
 中学2年、秋の遠足――「東京に居座ったバグア軍の動きが活発化している」という理由で修学旅行が中止になり、がっかりしていた僕らは、代わりに東海沖にある海上プラントを日帰りで見学できると聞いて、無邪気に喜んだものだ。
 全長5百mもあるというメガフロートのプラントは、太平洋上にあるというラスト・ホープには遠く及ばないまでも、ちょっとした海上都市であり、そこで僕らは施設の見学やショッピングを楽しんだ。
 楽しい思い出になるはずだった‥‥「奴ら」が攻めてさえこなければ。

(山田、森川、渡辺‥‥みんな、死んじゃったのかなあ‥‥)
 まるで夢でも見ている気分だった。つい何時間か前まで、殆ど観光旅行のノリで記念撮影なんてしながらふざけ合っていた友人たちが、今では構内のどこかで冷たい死体になって転がっている。
 僕と真弓が助かったのは、ほんの紙一重の幸運だった。
 親父さんがこのプラントを運営する大企業の重役だという彼女は、以前にこの施設を訪れたことがあり、一般人なら立ち入れないような地下施設へ降りるエレベータのIDカードを持っていたのだ。
 クラス全員、真弓の案内で地下フロアまで逃げ込んだが、その途中でスライムみたいな怪物どもに襲われ、友だちも先生も、次々と餌食にされていった。
 そして今、最後に生き残った僕ら2人は、どこかコントロールルームみたいな部屋に閉じこもっている。金属製のドアにはロックがかかっているので、奴らもしばらくは入ってこれないだろうが、逆にいえば僕らも缶詰状態ということだ。
「同じだわ‥‥東京のときと」
 独り言のようにつぶやく真弓の言葉に、僕はハッとした。
 彼女は元々東京育ちであり、その東京は――いまバグアに占領されている。
 僕にとっては青天の霹靂でも、真弓にしてみれば、これは「二度目」なのだ。
「あの日、空から奴らが攻めてきて‥‥友だちも、母さんも、姉さんも‥‥みんな、みんな殺された‥‥あたし一人が、UPCのヘリに助けられて‥‥」
 虚ろな視線を泳がせ、彼女はうわごとのように喋り続ける。
「ずっと‥‥後ろめたく思ってた。あたし一人だけ生き延びたのが申し訳なくて‥‥だから、せめて死んだみんなの分まで精一杯生きようって、勉強も部活も頑張ってきたのに‥‥アハハ、滑稽だよね。あたしは、結局‥‥奴らに殺される運命だったのよ!」
 知らなかった。学校ではいつもあんなに明るく振る舞っていた彼女が、心にそんな痛みを抱えていたなんて。
「まだ諦めるのは早いよ‥‥きっと、助けが来るって」
「誰が来たって一緒よ! みんな殺されちゃうわ‥‥あの兵隊さんたちみたいに!」
 僕は返答に窮した。
 彼女のいうとおり、プラントには万一の事態に備えてUPCの戦闘機や警備兵が駐屯していたが、あのヘル‥‥何とかいう円盤の奇襲攻撃で戦闘機は発進する前に破壊され、兵士たちも円盤から降りてきた怪物の群に食い殺されてしまったのだ。
 確かに‥‥99%、僕らに生き残る望みはないのかもしれない。
 仮に僕一人だけなら、真弓同様、泣き喚くだけで何もできなかったに違いない。だが皮肉なことに、彼女が先に取り乱してくれたおかげで、辛うじて僕は冷静さを失わずにいられた。
(何か、武器になるものはないかな‥‥?)
 室内を見回すと、デスクの上に、警備兵のものらしい拳銃が1丁残されていた。手に取ってみると、思っていたほどは重くない。
 むろん本物の拳銃なんか触るのは初めてである。銃オタだった山田の家へ遊びにいったとき、エアソフトガンをいじらせてもらった程度だ。
(確かこう、セーフティを外して‥‥)
 ――パンッ!
 出し抜けに手の中の拳銃が跳ね上がり、天井に穴が開いた。
「うわっ!?」
「何やってんのよバカ! 奴らに見つかるでしょ!?」
 我に返った真弓に怒鳴られた。
「ご、ごめん‥‥でも、今の方が君らしいよ」
 僕がそういうと、彼女は意外そうに口ごもり、ちょっと頬を赤らめて俯いた。
 その姿を見て、僕は急に真弓を愛おしく感じると同時に――ひとつの決意を固めた。
 何としても、ここから2人で生きて帰ってやる。
 そんな辛い思いをして生き延びてきた彼女を、決して死なせるものか。

 ガンッ! ガンッ!

 突然、廊下の外から何者かが激しくドアを叩く音。
 やばい。今の銃声で奴らに感づかれたか?
「そこにいて。君は、僕が‥‥必ず守るから」
 怯える真弓の前に立ち、僕は自分自身の恐怖心を必死に抑えながら――。
 激しく叩き続けられるドアに、銃口を向けた。

●参加者一覧

ファファル(ga0729
21歳・♀・SN
ベル(ga0924
18歳・♂・JG
鷹代 由稀(ga1601
27歳・♀・JG
沢村 五郎(ga1749
27歳・♂・FT
平坂 桃香(ga1831
20歳・♀・PN
翠の肥満(ga2348
31歳・♂・JG
リヒト・グラオベン(ga2826
21歳・♂・PN
神城 皐(ga3666
19歳・♂・FT

●リプレイ本文

●プロローグ
 高速移動艇が上空に接近したとき、目的地である海上エネルギー・プラント周辺は既に戦場のごとき様相を呈していた。
 旧日本自衛隊を主力とするUPC正規軍の護衛艦隊が周辺海域を遊弋し、プラント上空を警戒するためナイトフォーゲルの編隊や哨戒ヘリが飛び交っている。
「遠足の途中でバグアの襲撃にあうなんて‥‥運が悪かったといえばそれまですが、それでも彼らがこんな目にあう必要はないはずです。彼らの日常を奪う権利なんて誰にもないはずなのに」
 平坂 桃香(ga1831)が、内に怒りを孕んだ口調でいった。それは今回の任務に参加した全員の思いでもあったろう。
「‥‥幸いとは到底いえませんが、生き残りがいるだけでも救いがありました。一刻も早く、悪夢の渦中にいる2人を救い出しましょう」
 リヒト・グラオベン(ga2826)が桃香の言葉に頷く。
「今回の作戦はスピードが重要だな‥‥退路の確保は任せておけ」
 ふぅ‥‥と煙草の煙を吐きながらいうのはファファル(ga0729)。ちなみにこれから向かう戦場はメタンハイドレート、すなわち固形メタンガス採掘プラントである。当然施設内は禁煙であろうから、今の内に一服つけておくつもりなのだろう。
「そういえば、火属性の武器って向こうでつかえるのかな?」
 自らのスコーピオンを見やり、鷹代 由稀(ga1601)が首を傾げる。
「それは大丈夫でしょう? 効果が及ぶのは敵キメラだけですから」
 翠の肥満(ga2348)――通り名とは裏腹に、細身の元テロリストが答えた。
「緊張するなぁ‥‥。いやいや、初めてだからこそ覚悟を決めておかないと! ‥‥そして彼らを早く安心させないとね」
 今回が初任務となる神城 皐(ga3666)が武者震いする。
 その一方で、ベル(ga0924)は一人黙々と銃の手入れを続けていた。
 前回の任務で自分に足りないものは「最後まで守り通す覚悟」と気づいたものの、常に平常心を保つ己の戦闘スタイルのため、肝心の場面でも全力を抑えてしまう自分に自己嫌悪気味になっていたのだ。
 その時、移動艇にUPC正規軍からの通信が入った。
 ようやくプラント上のヘリポート周辺を制圧したため、着陸を許可するという連絡だった。

●エネルギープラント地上部・ヘリポート
「UPC東アジア軍の松本少佐だ。今回のキメラ掃討作戦を担当する」
 旧陸自上がりと思しき厳つい顔の将校が、移動艇から降りてきた傭兵たちを出迎えて敬礼した。
 既に正規軍による制圧作戦は始まっていた。対キメラ戦の特殊部隊がヘリで強行着陸、犠牲を払いながらも何とか地上部の一部を奪還した所だという。
「スライムってのは厄介な相手でなぁ‥‥対キメラ用の貫通弾もなかなか効かん。いっそ火炎放射器でまとめて焼き払ってやりたいところだが‥‥あいにくここはメタンガスの採掘プラントときた。下手に大火力の兵器を使えば、施設自体が吹っ飛びかねん。糞っ!」
 忌々しげに足許の甲板を蹴り、
「ヘリポートは取り戻したといっても、地上部の建物内だけでもまだ相当数のキメラが居座ってる。もちろん本部に増援の依頼は出してるが‥‥今の兵力では、とても地下まで手が回らん、というのが実情だ」
「なるほど‥‥それで、俺たち傭兵の出番ってわけか」
 所々で銃声が轟くメガフロートを見回し、沢村 五郎(ga1749)がつぶやいた。
「なら、早速ですが‥‥施設内の見取り図を貰えますか?」
「ああ。それはこっちの技術屋さんに聞いてくれ」
 松本の背後から、作業服に黄色いヘルメット姿の男が姿を見せた。
「銀河エネルギー開発の佐々木と申します。どうも、この度は‥‥」
 同社は現在、兵器から日常物資までを幅広く生産し、実質的に日本経済を支える巨大複合企業・銀河重工の系列会社だ。その年齢から見て、現場のエンジニアとしてはかなりのベテランと見ていいだろう。
「挨拶は結構です。それより、構内の造りはどうなってますか? それと、CR(コントロール・ルーム)に残っているという生存者と連絡が取りたいのですが」
「それは、こちらを‥‥」
 佐々木は手にした数枚の図面を、甲板の上に直接広げて説明を始めた。
「ご覧の通り、CRは地下5階。本来なら、ここから全ての部屋に連絡が取れるはずなんですが‥‥」
「残念ながら、スライムの奴らが電源と通信ケーブルを切りやがったらしい。ついさっき部下が警備室を制圧したが、モニターも電話も、全然使い物にならなかった。当然エレベータもな」
 松本が苦々しく口を挟んだ。
 生存者2名を確認したというプラント会社のリモート監視システムも、今は完全にダウンしているという。
「それは困りましたねえ。何とか、CRと連絡を取る方法はないんですか?」
 翠が佐々木に尋ねる。
「はあ。構内に入れば、何カ所かに非常用の赤電話が設置されてます。あるいは、それが生きていれば‥‥」
「となると、問題は地下への進入路ですね‥‥」
 リヒトがしゃがみこんで図面を見つめた。
「たとえば、この非常用避難通路とか‥‥」
「そこは止めとけ! さっき斥候を出したが、スライムだらけでとても踏み込める状態じゃないそうだ」
 慌てて松本が忠告した。
「あと考えられるとすれば、この作業用通路ですね」
 佐々木が指さしながら、
「地下5階まで、徒歩で降りて頂くことになりますが‥‥非常口と違って、許可された作業員しか出入りできないよう施錠されてますから、キメラでもそう簡単に入り込めないのではと」
「決まりだな‥‥次は班分けといこうか」
 仲間たちの顔を見渡し、ファファルがいった。

 A班(生存者救出):由稀、五郎、リヒト、翠
 B班(退路確保):ファファル、桃香、皐、ベル

 傭兵たちは、各自UPCから貸与された通信用インカムを身につけ、同時に覚醒状態へと入った。
「能力者」の覚醒を見るのは初めてなのか、佐々木が目を丸くして驚いている。
「入り口までは部下に案内させよう。増援が到着しだい、こちらからも支援部隊を送るつもりだが‥‥それまで、よろしく頼むぞ」
 松本少佐が背筋を伸ばし、再び敬礼した。

●救出作戦開始
 幅2mほどの階段で昇降する作業用通路は、松本がいった通り電源が落とされ、非常灯の仄かな明かりだけが唯一の頼りだった。
 傭兵たちはファイターの五郎と皐が先頭に立ち、2列になって慎重に階段を降りていった。
「い、いよいよですね‥‥」
 初の実戦を前にした皐が、緊張を隠せぬ様子で隣の五郎に話しかける。
「佐々木さんのいう通り、キメラもまだここには侵入していないようだな‥‥もっとも、壁一枚向こうは地獄になってるんだろうが」
「ゴクッ‥‥やめて下さいよ」
 地下3階にさしかかったところで、壁に「非常用」と白ペンキで書かれた小さな赤い扉が見えた。佐々木がいっていた赤電話だろう。
「あたしに任せて」
 由稀がいったん覚醒を解き、扉を開けて受話器を取る。
 いくつか並んだボタンのうち「CR」と表記された一つを押した。
 プルルルル‥‥
 十秒近い間、呼び出し音が鳴り続ける。
『‥‥はい』
 やがて電話の向こうから、まだ少年のような声が答えた。
 ――いた!
 仲間たちに片手でOKサインを出しつつ、由稀が会話を続ける。
「あなた、生存者ね? 名前は? いまそこに何人いるの?」
 数秒の沈黙の後――。
『た、助けにきてくれたんですねっ! いま、外はどうなってますか!? あの怪物たちは――』
「とりあえず落ち着こうか? はーい、深呼吸してー」
 電話の向こうで、言われたとおり呼吸を整える気配。
『僕は‥‥東葉中学2年の、高瀬誠(たかせ・まこと)です‥‥あともう一人、クラスメートの萩原真弓(はぎわら・まゆみ)が‥‥』
「それだけ?」
『‥‥はい。それより、どうなってるんですか? 部屋の電気も、監視カメラの画面も全部消えちゃって‥‥非常灯だけはついてますけど』
「キメラはどう?」
『今の所は‥‥さっき部屋に押し入ろうとした奴がいましたけど、諦めて行っちゃったようです』
「すぐそっちに行くから、それまで通気口とか目立つ隙間のあるところからは離れててね。そうそう、あたしは鷹代 由稀。名前、覚えておいてね?」
『鷹代さんですね‥‥よ、よろしくお願いします』
 2名だけとはいえ、生存者が確認できたことは傭兵たちにとっても明るい材料だった。

 地下5階へ入る鉄扉の前。
 図面によれば、この扉から出て左に50mほど行った所にCRへの入り口があるという。
「いいか? 行くぞ」
 佐々木から借りた作業員用のマスターキーで鍵を開け、ファファルがドアを開いた。
 すかさず桃香と皐が半身を出し、両サイドの安全を確認。
「左、異常なし!」
「右、20m先にグリーンスライム2!」
「よし。救出班、行けぇーっ!」
 ファファルとベルのスコーピオンが火を噴き、同時に救出班の4名がCR目指して走り出す。
「さて、救出班が仕事を終えて帰ってくるまで死守せねばな‥‥この50mを」
 かつて共に闘った桃香に、ファファルが声をかける。
「平坂、背後は任せろ。貴様は前方に集中していればいい!」

 CRの入り口までたどり着いた由稀は、やはり佐々木から借りたIDカードでドアを開こうとしたが、プラントの電源が落とされているためかびくともしない。
「ええい、まだるっこしい!」
 結局スコーピオンの一連射でロックを破壊し、無理やりドアをこじ開けた。
「誠くん! あたしよ、鷹代よ!」
「た、鷹代‥‥さん?」
 両手で拳銃を構えていた少年が、呆けたようにつぶやき、そのままヘナヘナと床に座り込んだ。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫よ!」
 続いて五郎と翠がCRに飛び込み、リヒトは入り口の警戒にあたる。
「こいつはしまって。素人が引き金を引くような事態には、我々が絶対にしませんから」
 まだショックの醒めやらぬ誠の手から穏やかに拳銃を取り上げた翠が、サングラスをずらし軽くウィンクした。
 五郎が室内に目をやると、デスクの下に身を隠した少女が、未だに頭を抱えたまま小刻みに震えていた。
「ま、真弓のおかげで助かったんです‥‥彼女が、ここに入るIDカードを持ってたから」
「そうか‥‥」
 五郎は真弓の手を引き、いやいやするように頭を振る少女を優しく抱き起こした。
「ここに導いたのはベストの行動だ。最後まで投げ出すな」
「早く撤退しましょう! 今度はこっちから新手のキメラが来ました!」
 入り口の方からリヒトが叫ぶ。
 由稀たちは誠に向き直った。
「これから、おねーさんがキッチリ地上まで送り届けるわ。だから、悲しむのも泣くのも脱出できてから‥‥。約束できる?」
「‥‥はい。真弓のことは、僕が‥‥」
「なら、頼むぞ‥‥庇ってやれ。お前が萎縮するな」
 五郎が真弓を引き渡すと、誠は彼女に肩を貸して立ち上がった。
「うし! んじゃ行こかー!」
 ニッと微笑んで、由稀がいった。

 廊下の右にいたスライム2匹はファファルたち3人に任せ、ベルは左方向に新たに出現したブラックスライムと闘うリヒトを援護するため、鋭角狙撃でスコーピオンを撃ち続けた。
 その背後を、生存者を救出した由稀たちが出口に向けて撤退していく。
「救出成功よ! あなたたちも下がって!」
「了解!」
 援護射撃で体力を削られたスライムにファングの一撃を与えたリヒトが、瞬天足で後退する。
 ベルも共に引き返そうとした、そのとき――。
 死んだかと見えたブラックスライムが、身を丸めて黒い砲弾のごとく体当たりをかけてきた。
「‥‥!」
 咄嗟に近距離用のフォルトゥナ・マヨールーを抜こうとするが――間に合わない!
 一瞬硬直したベルの眼前で、黒いスライムが炎に包まれ消滅した。
 火属性の乗ったスコーピオンによる、由稀の鋭角狙撃だった。
「‥‥燃やしゃいいってことよ」
 それだけいうと、踵を返して出口へと走り去る。
「あなたもお先にどうぞ。殿は僕が務めますから‥‥ケツを噛まれるのは御免です」
 呆然とするベルにそういって、翠がスコーピオンを構えて前に出る。
「‥‥まだ覚悟が足りないのか?」
 ベルは悔しげに唇を噛んだ。
「‥‥いつか‥‥無意識に体が動くくらい、強くなりたいな‥‥そうなれば、きっと今よりも多くの人を守れると思うんだ‥‥」
 そんな彼女の肩をポンと叩き、リヒトがいった。
「なに、焦ることはありません。バグアとの闘いは、まだ先が長いんですから」

●エピローグ
 傭兵たちが作業用通路から地上へ脱出するのと入れ替わるかのように、増援を得た松本少佐の部隊が地下構内へと突入していった。
 五郎と桃香は自ら申し出て掃討戦へ参加。
 そして他のメンバーは、誠たちを日本の病院へ送り届けるため、共に移動艇に乗り組んでいた。
 既に夜の闇に覆われたメガフロートのあちこちで銃火が閃いている。巨大なプラント内からキメラの群を完全に駆逐するまで、あと何日かかるのか――それは誰にも判らなかった。

「バグアとの戦争なんて、人事みたいに思ってました‥‥でも、もう安全じゃないんですね。日本も‥‥」
 移動艇の窓からその光景を見下ろしながら、誠がポツリと洩らした。
 その傍らで、毛布にくるまった真弓が静かに寝息を立てている。
「お友だちのことは気の毒だったけど‥‥きみたちだけでも助かってよかった。とにかく、今夜はゆっくり休むといいよ」
 そんな少年を労るように、皐が声をかけた。
「そうだ。その女の子をよく最後まで守り通した‥‥大切にな」
 ニヤリと笑いながら、ファファルがからかい気味にいう。
「いえ、そんな‥‥」
 照れたように赤面する誠だったが、不意に改まって顔を上げた。
「あの‥‥皆さん、ラスト・ホープから来た『能力者』の方たちなんですよね?」
「? そうだが‥‥」
 少年は胸ポケットから学生手帳を取り出し、さらにその間に挟んだ一枚の紙を無言で差し出した。
 それを見るなり、傭兵たちが一様に眉をひそめた。

 ――「能力者」適合試験合格通知。

「夏休みに友だちと面白半分に受けたら、僕だけ合格してたんです‥‥でも、エミタの移植は受けなかったし、みんなにも内緒にしてました。親からは『宇宙人のことなんかUPCに任せて、おまえは高校に進学しろ』っていわれたし、僕もそれが当たり前の生き方だと思ってましたから。けど‥‥」
 誠は俯き、拳を握り締め肩を震わせた。
「こんなことになると判ってたら‥‥せめて、僕に皆さんと同じくらいの力があれば‥‥!」
(‥‥やりきれんな)
 ファファルは嘆息し、ラスト・ホープに戻ったら今夜はとことん飲みたい――そう思いつつ、半日ぶりの煙草に火をつけた。

<了>