●リプレイ本文
●仮想の戦域
風防の向こうに広がる光景は、雲一つない蒼空だった。
『今回の作戦は局地戦空挺KV雷電の試験戦闘だ。バイパー並みの空戦性能と30%増しの重装甲。そして異常なほどの武装搭載能力を生かした強襲作戦を試すわけだ』
無線のテストも兼ね、緑川 安則(
ga0157)は僚機に通信を送った。
ちらっと左右を見やると、1kmほどの距離をおいて編隊を組む友軍機が視認できる。
機体後方に広がる4枚の主翼と大出力の4発エンジン。その姿は、戦闘機というよりさながら(バグアの侵略さえなければスペースシャトルからさらなる進化を遂げたであろう)宇宙ロケットを思わせる。
だがその異形の機体こそ、五大湖解放戦の戦訓を元に開発された重装甲・重武装の局地戦KV、XF−08D「雷電」だった。
『敵は現行機6機。だがナイチンゲール、バイパーもいる。乗り手は間違いなくエースだ』
『了解。向こうにはリディス隊長もいるんだし、これは無様なところは見せられねぇな』
『テストのお手伝いをしっかりとさせていただきます』
改めてメンバーの確認を取る安則に、同じく雷電を操縦するブレイズ・カーディナル(
ga1851)、櫻小路・なでしこ(
ga3607)が応答する。
『要するに、敵の弾幕を無視して突破できるほどの装甲があるかどうかやな』
と、時雨・奏(
ga4779)からも返信。
ミッション自体は単純である。目標となるA地点目指して降下する彼ら「雷電」4機を、既存KV6機に搭乗した他の傭兵パイロットチームが迎撃する。
互いに幾多の実戦をくぐり抜けたベテラン同士の対戦。
ただし迎撃側がどう待ち伏せているか、空と陸にどういう形で戦力を配置してあるのかは不明。雷電チームとしては個々の空戦・陸戦性能はもちろんだが、地上降下の際敵に晒さざるを得ない無防備な瞬間をどう切り抜けるかが問題となってくる。
『作戦は装甲任せに、セオリー通り、煙幕や機体固有能力を活かし被弾率を下げつつも無理矢理降下する、と‥‥機体のコンセプト考えたらこれでえーか?』
『ああ。数は向こうが多い。超伝導アクチュエーターがあるといっても、何発か喰らうことは覚悟した方がいいな』
奏の言葉に安則が頷いた。
多少の被弾は覚悟しても、重装甲と圧倒的な火力をもって敵陣を制圧し、後から降下する友軍の橋頭堡を築く――「雷電」の防御力が開発陣のコンセプトに足りうるものか、それが今回の模擬戦闘で証明されるだろう。
(「神風特攻になるか、不沈艦になるか‥‥こいつ次第ってことやな」)
レーダーは早くも接近する敵影を映し出していた。
「KV同士で戦うというのも変な感覚です‥‥」
XN−01ナイチンゲールの操縦席に座り、夕凪 春花(
ga3152)はやや緊張した面持ちで独りごちた。
『雷電ですか‥‥まぁ前回関わったバイパーと同じく、実用化されれば十分効果が期待できる機体ですしね。精々試させてもらいましょうか、今後のためにも』
迎撃チームの指揮を執り、LM−01スカイクラスパーに搭乗して地上待機するリディス(
ga0022)からの通信が入った。
既存KVに乗る彼女ら迎撃チームの作戦も至って簡単である。
地上降下を図る「雷電」4機を、3機ずつが空・陸に分かれて迎え撃つ。
相手チームの降下地点が判っている以上、ここはうまく挟み撃ちにして降下前、もしくはその直後に全滅させたいところである。
『模擬戦とはいえ、それがどこまで実用的か、しっかり試させてもらうぜ』
と、陸戦形態のR−01で待機するジュエル・ヴァレンタイン(
ga1634)。
仮に実戦配備となれば、自分や仲間が命を預ける機体である。もし問題点があるようなら、ここで叩きのめしてはっきりさせておくのが開発陣に対する礼儀でもあろう。
『訓練とはいえ、手を抜くわけには行きませんね。本気で行かせてもらいます』
やはり陸戦を担当するF−104バイパーのクラーク・エアハルト(
ga4961)からの応答。
スナイパーライフルRとM−12帯電粒子加速砲で武装した彼は、いわば「仮想タートルワーム」として降下してくる雷電を地上から狙い撃つつもりでいた。
『こちらは準備OK。最初は空戦で降下を阻止するですよ〜』
『雷電の性能がどれほどの物か楽しみだ』
春花と同じく空中で待ち伏せるS−01のアイリス(
ga3942)、XN−01のソード(
ga6675)からも返信が来る。
既に準備は整った。
果たして銀河の新型機は、精鋭KV部隊の防衛線を突破して地上に降り立つことができるのか――。
『敵機確認、目標捕捉。先行降下隊は降下を開始せよ』
レーダーと目視で迎撃チーム3機を発見した安則は、ペアを組むなでしこ機、そして降下班を担当するブレイズ、奏の各機に伝達した。
ほぼ同時に、迎撃チーム空中班も接近する雷電隊を捉えていた。
「1・2・3・4‥‥全機補足、避けられるヤツいるか?」
まずはソード機がSライフルRを発射。これを皮切りに、双方の編隊が遠距離兵器による交戦を開始した。
ことに双方が撃ち合うK−01小型Hミサイルの応酬は凄まじいの一語に尽き、実戦ではバグア相手を想定した兵器がひとたび同じ人類に向けられた時の恐怖を、傭兵達は身を以て実感する。
雷電チームでは降下班の盾となる安則、なでしこ機に、迎撃チームでは編隊の先頭に位置するソード機に攻撃が集中する形となった。
ソードは特殊性能のハイマニューバを駆使して被害を抑え、対する雷電チームは防御の高さもあり、緒戦の空中戦で最も被害の大きかった安則機でさえ未だ6割以上の機体生命を残している。
距離が近づき、互いに入り乱れてのドッグファイトのさなか、当初の打ち合わせ通り雷電チーム降下班のブレイズ、奏両機が先行して一気に高度を下げた。
これに対し地上班のクラークがさっそくSライフルRとM−12粒子加速砲で迎撃を試みるも、あいにく地上戦を想定したKV人型形態では、空中を高速移動する目標を狙い撃つのは至難の業であった。
「‥‥やはり、勝負をかけるのは降下の瞬間ですか。とりあえず、雷電がどれほどの物か試させて頂きましょう」
一方、降下班の奏は、
「おー動く動く♪ 機体に合わせて着込んできたから、その程度では揺るがんぞー」
特殊性能の超伝導アクチュエータで地上からの対空砲火をかわしつつ、強行着陸に備えてM−122煙幕装置を使用した。
「んじゃ、橋頭堡築くとしようかー」
高度を下げつつ、ブレイズと共に人型形態に変形、エアブレーキとスラスターを併用しての急減速。
「煙幕か、逆に利用させてもらうとするか」
ソードは命中精度の高さを利して煙幕に身を隠す降下班を狙うも、上空に留まった雷電チーム2機の妨害を受けてしまう。
『敵飛行部隊の相手をしてから降下するので、よろしく頼む!』
春花のレーザー砲でダメージを負いつつも、安則はG−01ミサイルを全弾ぶっ放し、その後も滑空砲、SライフルRを駆使してなでしこと共に降下班の援護に務めた。
「その隙は見逃しませんっ」
「回避と装甲がどの程度か見せてもらうですよ〜」
春花はG放電装置、アイリスは滑空砲を以て降下班を追撃するが、やはり安則となでしこのペアが盾となって防ぎきった。
地上に降り立った雷電2機に対し、無傷で待ち受けていた迎撃地上班のLM−01、R−01、F−104が激しい砲火を浴びせる。
「ははは、たやすく落ちると思うなよー」
元より集中砲火を予測して機体装甲を強化し、さらにメトロニウムシールドの盾を構えた奏が笑う。逆に後続部隊の降下を援護するため、ガトリング砲を乱射して弾幕を張った。
それならばと、ビームコーティングアクスを主兵装にしたジュエルがいち早く突撃し、未だ兵力が合流前の相手チームに対し白兵戦を挑む。これは五大湖解放戦の際、バグア軍のエース機ゴーレムが使い、傭兵側に煮え湯を飲ませた戦法でもある。
「してやられた相手の真似をするなんて、無様だけどな」
苦笑いしつつも、
「ま、手ぇ抜いちゃテストにならないし、なりふり構っちゃいられない。悪いけど全力で相手させてもらうぜ?」
これを迎え撃ったのは雷電チームのブレイズ。彼は行動力を確保するため、あえて近接戦兵器による最低限の装備に留めていた。
ジュエルのガトリング砲をディフェンダーで防ぎ、カウンターでソードウィングを振って相手のBCアクスと激しく打ち合う。
「全然重武装じゃないが、これもこの雷電の装備力とスペックの高さがあるから出来ることだし。こういう戦い方も一つの手だ、ってことさ!」
「堅さを前面に出すなら、これを耐えて反撃するくらいしてくれないとな〜」
未だ煙幕で霞む戦場に、第2次降下班の安則となでしこが、また彼らを追撃して迎撃チームの3機も降下してくる。
戦いは本格的な地上戦へと移行した。
「接近してからが本番!」
第1次降下班とあって最も損傷の大きいブレイズ機の懐に飛び込み、リディスがフットワークを活かしたレッグドリルの蹴撃。さらにクラークは後方から試作リニア砲による支援射撃を2発命中させるも、雷電の強靱な装甲はまだ破れない。
「いかに重装甲といえどっ!」
春花のレーザー砲がようやくブレイズ機にとどめを刺した。
一方、合流を果たした雷電側残り3機は空戦でダメージの重いソード機に攻撃を集中し、これを沈める。
5対3となった両チームが、さらに戦闘を続行しようとしたとき――。
『えーと、今回はこのへんで結構です。戦闘終了してくださーい』
のほほんとした若い女性の声と共に風防の外の光景が暗転し、変わってコクピット内が照明で明るくなった。
当初は「両チームどちらかが全滅」まで戦う予定であったが、現時点で必要なデータが一通り収集できたという事らしい。
「皆さん、どうもお疲れ様でした〜」
立会人のナタリア・アルテミエフ(gz0012)を始め、開発スタッフ一同から労いの声を受けつつ、傭兵達は銀河重工研究所内のバーチャル訓練システムのブースから揃って降りてくる。
「うっす。また逢ったなナタリアちゃん。いいデータは取れたかい?」
「ええ。とても参考になりましたわ」
ニカっと歯を見せてサムズアップするジュエルに、ナタリアもにっこり微笑んだ。
●戦い終わって‥‥
模擬空戦を終え、会議室へと場所を変えた傭兵達は、そこでコーヒーを飲みつつ銀河側の開発スタッフと意見を交わした。
「こいつはなかなかすごい性能だな。こういう固い機体は結構好みだし、ぜひ採用してもらいたいな」
墜とされたとはいえ、リニア砲の直撃にまで耐えた雷電の防御力に感心するブレイズ。
「自分は昔、生身で降下してたんですよね。装甲があるってのは大事なことだと思いますよ」
撃った側であるクラークも、元空挺部隊出身の経験を踏まえ同意を示す。
「スペック的に重装備に耐えられ、かつ装甲も厚そうですので少々の無理も利きそうです。今回はシミュレータですが、実機が開発されたなら乗ってみたいです」
そういって、なでしこは実機搭乗への意欲を示した。
「もうちょっと硬くても良い気がするです。敵の真っ只中に降りる訳ですから、下手すると離陸不可でやられちゃうかもしれないのです」
と、アイリスはやや手厳しい。
「後ですね、降下地点をある程度維持できるだけの継戦能力もあった方が良いと思うですよ〜。折角降下しても、他の人の降下地点を確保できなきゃ、意味が無いですよ」
「雷電は硬い分地上での取り回しには難があるようですし、地上で懐にもぐりこめれば十分に撃破できる可能性もあるでしょう。無論その辺も対策はされているでしょうけど」
小回りの利くLM−01で白兵戦を挑んだリディスが、率直に意見を述べる。
「確かに、最近各社で発表された新鋭機に比べると、回避力が劣るのは認めざるを得ませんね‥‥」
傭兵達の意見をメモに取りつつ、開発スタッフの社員が考え込む。
「しかし運動性や空戦性能を重視した機体は必然的に防御の方が脆くなりますし‥‥特に大規模作戦ともなれば、戦力バランスとして雷電のような機体が必要になってくると思うんですよ。ほら、貴方がた能力者さん達にも、ファイターとグラップラーがいるようにですね」
安則は雷電の重装甲・重武装は評価しつつも、
「ハヤブサの欠陥とまで言われたこの超伝導アクチュエータ、雷電には不似合いじゃありませんかね? もちろん、実戦配備となれば使いこなしてみせますが」
雷電とは対照的に運動性重視のナイチンゲールで戦った春花は、
「かなり重装甲に仕上がっていますが、『降下時の隙』という根本の問題が残ったままなのが気になる所です。それと、超伝導アクチュエータ‥‥かなり高性能ですがコスト面は大丈夫なのでしょうか? 個人的には、雷電には攻撃力上昇系が合っていると思ったり‥‥」
機体特殊能力で運動性の不足を補うか、あくまで強襲機としての攻撃力を追求するか――これもまた今後の課題であろう。
もうひとつ問題となったのは、対物理防御の高さに比べて知覚兵器に対する弱さだった。実は今回の模擬戦において、雷電チームに最も大きな損害を与えたのはレーザー砲とBCアクスだったのだ。今回はたまたま対空砲火で使い切ってしまったといえ、仮にクラークが地上戦で粒子加速砲を用いていれば、さらに被害は拡大したかもしれない。
「ここは唯一脆い所やからな‥‥他の機体に比べると、厚いといえば厚いけどバグア相手やと、ちと薄い気もするのうー」
降下班として対空砲火を浴びた奏が、課題点の一つとして指摘する。
その後も活発なディスカッションが続いたが、これら傭兵達の意見も鑑み設計を見直しつつ試作機を製造、さらにはUPCへ採用申請――というスケジュールを示し、その日のシミュレータ戦闘は無事終了となった。
「そういえば、これ販売価格はいくらや? 最低でもバイパーくらいはするやろ?」
「この雷電が完成すれば少なくとも助かる友軍は多いでしょう。値段もバイパークラスにしても文句でないでしょう」
妙に現実的な奏と安則のやりとりに、
「まあ、その辺は生産数にもよりますが‥‥なるべく皆さんがお求めやすい値段に収まるよう、努力させて貰いますよ」
銀河の開発部長は苦笑いしつつ席を立つのだった。
<了>