●リプレイ本文
●ディートリッヒ隊、出撃
3月某日未明。UPC軍大村航空基地(長崎県)より壱岐島へと戦略物資を輸送するC−130H輸送機、及び電子戦機「岩龍」を護衛するため、傭兵達の搭乗するKV10機は次々と滑走路を離れた。
「戦略物資」といっても、実は輸送機の積荷は空。真の目的は壱岐水道上空に出没し、人類側の物資輸送を執拗に妨害する3機1組の小型ヘルメットワーム、通称「三つ子の悪魔」を誘き出すための囮作戦である。
「三つ子、ね‥‥それだけ連携戦闘に長けてるということかしら? 二機は無人機の可能性が高いらしいけど、だとしたら随分と器用なパイロットね」
S−01を操縦する皇 千糸(
ga0843)が、覚醒変化の赤い瞳を光らせクールに呟く。
軍からの情報によれば、3機編成のHワームのうち少なくとも1機は通常より高い性能を持つ有人のエース機。ただし3機とも全く同じ白い機体であるため、外見上の班別は困難であろう――との事である。
「エース機の見極めは難しいでしょうけど、要は三機全部墜としちゃえばOKよね」
「チェラル単独で3機撃墜目前までいっている、今回の敵対象。いくらなんでも、10機がかりで沈めることができなければ沽券に関わるね」
XN−01搭乗の鯨井起太(
ga0984)が、やや気負ったようにいう。
今回の依頼目的は「3機完全撃墜」であるが、単純に撃墜するだけではなく、こちらの被害も最小に抑えつつ完封するのが望ましい。それらを時間をかけずにこなせるほどではないと、上にはいけない――と起太は考えていた。
「功を焦るつもりも、敵を侮るつもりもないが、気概すら持てない者にエースの資格は無い。与えられた役割をきっちりこなし、確実に悪魔を倒さなくてはね」
『あ、そうだ。コールサインとか良く分からないので、誰かつけてくださいです〜』
とアイリス(
ga3942)から各機へ通信。
『ならディートリッヒ隊がいいわ』
今回の作戦立案者であり、部隊長も務める藍紗・T・ディートリヒ(
ga6141)に敬意を表し、聖・真琴(
ga1622)が提案する。
ディートリッヒ隊
D1(撃破班):藍紗、緋沼 京夜(
ga6138)、月神陽子(
ga5549)、起太、真琴
D2(牽制班1):アイリス、櫻小路・なでしこ(
ga3607)
D3(牽制班2):黒崎 美珠姫(
ga7248)、千糸
D4(護衛班):勇姫 凛(
ga5063)
「気負わず慎重に‥‥かつ大胆に‥‥」
部隊長の重責を肩に負いつつ、藍紗は緊張した面持ちで操縦桿を握りしめた。
「それに京夜と揃いの新型での初陣‥‥失敗するわけには行かないのじゃ」
今回、共に最新鋭機F−108ディアブロで参加している最愛のパートナーを、ちらりと風防越しに見やる。
京夜もまた、翼を並べる藍紗の存在を意識しつつ、強敵を前にした高揚感に胸を躍らせていた。
「くく、ブルーファントムの代用品扱いってのは光栄だな。今回は相棒の藍紗や月神さんといい、ガーデン隊の仲間もいるんだ。しっかり代わりを果たしてみせようじゃねえか――そんじゃあ、いっちょエースを叩き落してやるぜっ!」
●2つの影、1つの真実
大村基地から壱岐空港まで、直線距離にしておよそ百km弱。低速のレシプロ輸送機に合わせても10分そこそこのフライトだが、それは春日基地から発進する敵Hワームの攻撃をいつ受けてもおかしくない、魔の10分でもある。
囮のC−130Hを囲むディートリッヒ隊はわざと平戸上空を迂回する遠回りのコースを通って壱岐へと向かったが、海上に出て間もなく――。
『今、何か光った‥‥来るよ』
R−01搭乗の凜が各機に警告する。
案の定「奴ら」は現れた。
繭のごとく真っ白にカラーリングされた3機編隊のHワーム。Y字型編隊ではなく、慣性制御独特の円を描くような動きで、絶えず位置を入れ替えながら接近してくる。
確かに、これではどの機体がリーダーなのか判らない。
『敵ワーム3機の接近を確認。輸送機は護衛機の誘導に従い即時離脱、岩龍は後方からの電子支援をお願い致します』
S−01搭乗のなでしこが、すかさず正規軍の2機に通信を送った。
それに伴い、護衛担当の凛が後退する輸送機を庇うため配置につく。
『みんなが食い止めている今のうちに、空域から離脱を‥‥凛が援護するから』
輸送機のパイロットに指示を送りつつも、凜はワーム達の動きから注意を逸らさなかった。
(「チェラルでも倒しきれなかった相手か‥‥でも、凛、もうこれ以上の被害は、絶対に出したくないから。それに、この先チェラルが危険になる可能性だってある、凛、そんなの嫌だから‥‥」)
同時に、撃破班・牽制班の計9機は「三つ子の悪魔」に向けて一気に速度を上げた。
今回の作戦の鍵は、3機のうちに潜むという「真のエース機」を見極める事。たとえ他の2機を墜としても、肝心のエースを逃せば「奴ら」はまた復活してくるに違いない。
なでしこは、何気にオープン回線で話しかけてみた。
『あのう、名古屋での失態で左遷されてきたのでしょうか?』
特に意図したものではない、いわば天然の呟きである。
――何の反応もない。
3機のHワームは、相変わらず円運動を続けながら、速度を変えることもなくKV部隊へと接近してくる。
(「実は3機とも無人機なんじゃないか‥‥?」)
傭兵達はそんな疑いを抱くが、まずは当初の計画通りエース機判別の計画を実行に移した。
敵編隊が有効射程に入るのを待って、なでしこ機と京夜機がタイミングを合わせK−01Hミサイルを発射。
両機合わせて計500発に及ぶ小型ミサイルの暴風がHワームの編隊を襲う。
――が。
3機の白いワームは突如として各々が全く別のランダムな回避行動に入り、驚くべきことに全てのミサイルを避けきった。
「――!」
傭兵達は驚愕に目を見張った。その動きは、AI制御のオートパイロットで動く通常のHワームとはまるで違う。
下手をすれば――あのステアーにさえ匹敵するかもしれない。
千糸は敵の挙動から何とかエース機を見極めようとしたが、能力者の優れた動体視力を以てしても全く区別がつかなかった。一般人の目なら、まさに「瞬間移動」としか映らなかっただろう。
「まさか、3機ともエース‥‥?」
一瞬、そんな悪寒さえ覚える。
「というか、コレをたった一機で撃退した軍曹さんってどんだけスペシャルな人よ!」
『もう一度行きます!』
なでしこが京夜に声をかけ、虎の子のK−01、最後の1斉射分を発射した。
再び放たれたミサイル500発分の嵐を、嘲るように回避するワーム編隊。
能力者達の視線がその動きに注がれた。
さすがに2度目となると目が慣れたのか、ほんの僅かながら、回避運動が他の2機に比べて速い1機がいる。
「ふむ? あの機体がそれっぽいかしら?」
千糸が呟く。
よくよく見れば、ワーム達は全てのミサイルを避けたわけではなかった。
数発程度とはいえ、その生白い機体の表面に被弾の痕がある。
が、千糸が目を付けたその1機だけには全く被害がなかった。
――間違いない。「奴」だ。
それだけ判れば充分だった。
傭兵達は直接エース機を狙う撃破班、護衛のダミー機を阻む牽制班2つの3隊に分かれ、「三つ子の悪魔」に立ち向かった。
●必殺! トライバード・アタック
ワーム側も、これが自分達を狙った囮作戦である事は既に感づいていたのだろう。
だが彼らは撤退する様子も見せず、再度編隊を組み直すと、傭兵達のKV部隊に牙を剥いて襲いかかってきた。
最初に標的にされたのは美珠姫のディアブロだった。目立つ新鋭機である事、他のパイロットに比べて操縦経験が浅そうな事から目を付けられたのだろう。
円を描くように旋回しながら包囲し、3方からプロトン砲の光線を浴びせてくる。
「動いて! F−108!」
美珠姫は必死の思いで回避行動を取り、機体性能にも助けられ辛うじて被害を最小限に食い止めた。
「本当に怖いのは、敵のエースに活躍を許して、人類が気持ちで負けてしまうこと‥‥それはさせない!」
間一髪の危機を救ったのはペアを組む千糸機、そしてやはり牽制班を担当するアイリス&なでしこ機だった。
「援護はお任せあれ」
被弾痕から明らかにダミーと判る2機を引きつけ、エース機を孤立させるのが彼女達の役目だ。
「よし、それじゃ私達はこっちのワームの相手ね」
「今日こそ年貢の納め時なのですよ!」
近接して高速AAMや滑空砲、高分子レーザー砲で攻撃し、徐々にエース機から引き離していく。
その間、撃破班の5機は本命である白いエース機を取り囲んでいた。
「アンタの相手はアタシだぁー!」
真琴が叫び、一撃離脱のレーザー砲攻撃。
『わたくしの名は陽子。月神陽子です。名乗りなさい、白きエース機の乗り手よ。死に逝く貴方の名を、せめて――きゃあっ!?』
全て言い終えぬうち、至近距離から放たれた収束フェザー砲により陽子機が弾きとばされた。
敵ワームはこちらの通信など聞いていない。
傭兵達の背筋に冷たいものが走った。
あの機体には「誰か」が乗っている。だがそれは五大湖解放戦に出現したシェイドやステアー、エース機ゴーレムのパイロット達のような「人間」ではない。
あるいは――まだ前線の兵士でさえ直に見た者の少ないという、真のバグア人かも知れない。
そのとき爆発音が響き、牽制班と戦っていたHワームの1機が炎と煙を引いて眼下の海面へと墜落していった。
ブゥーーンンーー。
不気味な唸り声と共に、ワームの機首部分にある赤いライトが両眼のように輝く。
もはやダミー機に合わせる必要もないと判断したのか、白いエース機は突如としてこれまでよりケタ違いの機動性を発揮して撃破班のKVにプロトン砲とフェザー砲の乱射を浴びせてきた。
再び接近した真琴機も被弾して危うく失速しかける。
だがそれは、敵が己の手札を晒した瞬間でもあった。
確かに奴は強い。だが、傭兵達とて過去遙かに強力なシェイドやステアーとの死闘を生き抜いてきたのだ。
「たとえエース機と言えど、所詮ステアーには及びません。貴方に負けるようでは、わたくしの願いは叶わないのです」
再び体勢を立て直した陽子が僚機とフォーメーションを組んだ。
「対エース用に手に入れた機体だ。翼並べる悪魔の力、とくと見せてやるぜ!」
京夜が藍紗と呼応し、2機のディアブロがエース機を動きを封じるべく牽制する中、ソードウィングを装備した陽子・真琴・起太の3機が縦列を組んでブーストをかける。
「トライバード・アタック! 行くよっ!! ブーストぉーっ!」
仲間達と共に編み出した対エース機用の戦法を真琴が叫んだ。
「ファイターの役割は、剣を持って敵を切り、前衛に立って味方を守ること。それは空だとて何も変わりません。喰らいなさい。天空の剣を持つ鬼の連撃を!!」
朱色に染め上げられた陽子のバイパー「夜叉姫」が、M6の極音速をもって最初の剣翼を浴びせる
続いて真琴機が突入、
「絶対に逃がしゃしねぇ‥‥アンタはココで散るンだっ!」
幾多の地球人パイロットの命を奪った白い悪魔の機体に、怒りを込めて二の太刀を食い込ませる。
「さあその歌声を聞かせてあげたまえ、ボクのナイチンゲール!」
起太のXN−01がハイマニューバを付与して3撃目を与えた瞬間、白いHワームは火花を散らしてバランスを崩し、錐もみ状に回転しつつ墜落を始めた。
通常のHワームなら、ここで爆散していた事だろう。
だが奴は海面に激突する瞬間に慣性制御で機体を立て直し、反転上昇して再びKV部隊に食らいついてきた。
やはり「悪魔」と怖れられただけの事はある。
慣性制御を駆使したジグザグ飛行で傭兵達の攻撃をかわし、逆にフェザー砲を収束から拡散モードに切替え、1対5の戦力差もものともせずに死にものぐるいの反攻に転じてきたのだ。
再び爆発音が響き、2機目のダミー機が空中で砕け散った。
●壱岐水道の墓標
役目を終えた牽制班4機、さらに輸送機の無事な離脱を確認した凛も加わり、10機のKVは手負いのエース機ワームに対しほぼ完全な包囲網を敷いた。
「凛、伊達に後ろからお前達の動きを観察していたわけじゃないんだからなっ!」
凜がスナイパーライフルRを撃ち込み、先ほどピンチに陥った美珠姫も温存していたG−01ミサイルを放って一矢を報いる。
他のKV各機も残弾のミサイル、レーザー砲を惜しみなく叩き込んだ。
次第に動きの鈍ってきたHワームの機首ランプが、苦しげに喘ぐように点滅する。
真琴は自機を背面飛行でワーム上に並べ、敵パイロットに向けて――見ているかどうかは定かでないが――凄絶な笑みを浮かべながら中指を立てた。
『止めをっ! ‥‥藍紗! やっちまえ!!』
それを合図に、今まで後方支援に徹していた藍紗・京夜の2機が前面に出た。
『コードTFじゃ京夜! A・フォース展開!』
『エネルギー充填率120%! いけるぜ、藍紗!』
『タイミング合わせ! 3・2・1‥‥』
『――ツインフォース・ストライク!!』
翼を並べた2機のディアブロが、A・フォースにより最大限に攻撃・知覚を上げたうえでエネルギー集積砲と粒子加速砲を同時に放つ。
物理攻撃と知覚攻撃、2本の強烈な光条がエース機ワームの機体を貫いた瞬間、赤い機首ランプがふっと消え、白い円盤はそのまま放物線を描いて海面に落下した。
ディートリッヒ隊が撃破を確認しようと高度を下げた、その瞬間。
ボシュウゥーーッ!!
海水を蒸発させ、一条のプロトン光線が天空に向けて伸び上がる。
(「まさか、まだ――!?」)
一瞬身構える傭兵達だが、やがて淡紅色の光線が弱々しく途絶えた直後、海面下で起きた爆発が高く水柱を上げた。
名も知れぬバグアのエースパイロットは、壱岐水道の海を墓場として絶命したのだ。
傭兵達は、互いの健闘を称えるように上空で大きく弧を描いて旋回した。
「任務完了♪ やったね☆ お疲れさま」
真琴がニカっと笑い、仲間達に向けて親指を立てる。
「これで、少しは解放戦が楽になるでしょうか?」
眼下に見える壱岐島、そしてさらにその先に浮かぶ対馬島を見やり、安堵したようにアイリスが呟いた。
<了>