●リプレイ本文
空母「サラスワティ」が正規軍の揚陸艦3隻を伴い対馬島へ急ぐ間にも、艦のCDC(戦闘指揮センター)には刻一刻と変わりゆく戦況が伝えられていた。
『対馬空港近辺に潜入した偵察部隊、上陸地点の地雷撤去及び変電所へC4爆弾設置に成功!』
『不破少尉率いる制空部隊、浅茅湾上空の敵防空戦力を撃破。対馬島の制空権を確保!』
戦況は概ね人類側有利に推移している。UPC東アジア軍・九州方面隊司令部より『予定通り対馬島上陸作戦を決行せよ』との入電があった。
上陸地点はバグア軍が強固な水際陣地を敷く東水道側の勝見ノ浦を避け、西水道側から回り込んだ浅茅湾。同湾最奥部にあたる長坂浦より上陸、対馬空港を奪還。その後は第2次上陸部隊の増援を受けつつ、二手に分けた陸上部隊を島の南北に進撃させ、島内各地の町や港湾といった重要拠点を解放していく。
九州と朝鮮半島の中継点に位置し、沖縄本島に匹敵する広さを持つ対馬島を完全に人類側の手に取り戻すことは、福岡を占領するバグア軍を牽制し、また中国大陸から飛来する敵航空戦力を監視する上でも大きな戦略的効果をもたらす事だろう。
艦橋内の作戦会議室には艦長ラクスミ・ファラーム(gz0031)とプリネア海軍幕僚、そして本作戦にパイロットとして参加する8人の傭兵達が集まり、戦闘を前に最後のブリーフィングを行っていた。
「対馬解放の第一歩か。責任重大だな‥‥何としても揚陸艦を無事に対馬へ送り届けてやろう」
榊兵衛(
ga0388)が重々しく呟く。
「初海戦、頑張りますね♪」
対照的に、朗らかな笑顔で挨拶するのは御坂 美緒(
ga0466)。先日のカレーパーティーで顔を合わせそこねた幕僚達に、綺麗にラッピングした10円チョコを配る。
もっともその中の幾つかには極辛味の混じった、恐怖のロシアンチョコでもあるのだが。
「艦長、風邪はもう大丈夫なんでしょうか‥‥?
「もうすっかり元気じゃ。心配かけてすまなかったのう」
おずおず尋ねる明星 那由他(
ga4081)に軽く微笑むと、提督服の少女は作戦卓に広げられた対馬島の地図に視線を戻した。
「‥‥今も説明した通り、これから突入する浅茅湾は天然の要害じゃ。先行した偵察部隊が地雷を除去してくれたといえ、湾内の海底には多数のキメラが潜んでいると思われる。さらに、難関はここ――」
手にした指示棒の先で、長坂浦の手前で南北を陸地に挟まれた漏斗口――その名のごとく、幅3百mにも満たぬ狭い水道を指し示した。
「空港近くの海岸に陸軍を上陸させるためには、まずここを突破する必要がある。といっても、敵もそうたやすくは通してはくれぬじゃろう」
「‥‥そこで、俺達の出番ってわけだな?」
時任 絃也(
ga0983)が確認するように尋ねた。
元来女性との接触が苦手で、カレーパーティーで王女に謁見した時にはコチコチに緊張していた彼も、今は任務中とあって「女性」を意識する事もなく接している。
「うむ。本艦の所属機も含め、水中用KV5機、空戦用KV3機――まず湾内に水中キメラが待ち伏せておれば、これを排除して欲しい。さすれば本艦を含む揚陸艦隊は漏斗口から奥へ侵攻、最終的には長坂浦へ陸軍3個連隊の上陸が可能となる。その際の援護も頼みたい」
現在、浅茅湾上空は他のKV部隊が警戒にあたっているため、空母搭載機は海中と沿岸の敵だけに攻撃を集中する事ができる。
「ところでこの艦には『岩龍』2機が配備されてるそうだな? できれば、そのうち1機を雷撃部隊に加えて欲しいんだが」
一瞬、ラクスミはひどく複雑な表情になったが、ややあって頷いた。
「あい判った。後でパイロットに命じておこう」
王女が幕僚達を率いて艦橋の指揮所へ戻ると、傭兵達も各自の搭乗KVのある場所へと向かった。
「サラスワティは‥‥そうか、あの時以来になるのか‥‥」
愛機G−43ハヤブサの待つデッキ上へと昇った須佐 武流(
ga1461)は、潮風に吹かれつつ、過去の大規模作戦の際「サラスワティ」搭乗員として参加したある戦闘を回想していた。
奇しくも同じ九州沖の空戦で、敵ヘルメットワームに危うく撃墜されかけた武流機を救うため、正規軍「岩龍」のパイロットが身代わりとなって命を落としている。
「今度こそはあのときのようなことは起こさせはしない‥‥!」
改めて決意する武流の目に、ふと奇妙な光景が映った。
飛行甲板の端に駐機する岩龍2機の前で、まだ6、7つの幼い少年と少女が手を取り合い、じっと見つめ合っている。
「気をつけるアルよ、海狼‥‥」
「僕は大丈夫。それより海花こそ‥‥しっかり守るんだぞ。王女様と、この船を‥‥」
冗談の様だが、2人が着ているのはややブカついているとはいえ、紛れもなく本物のパイロットスーツだ。
狐につままれたような気分で見つめる武流の前に、おかっぱ頭の少年がトコトコ歩み寄ると、緊張に強ばった顔を上げ敬礼した。
「岩龍パイロット、李・海狼(リー・ハイラン)‥‥雷撃隊としてお供します」
今回の作戦に水中班として参加するのはKF−14が4機、そしてLM−01の計5機。
飛行能力のない水中用KVは、本来ならホバークラフト等を出入りさせる艦尾ウェルドック内の格納庫で待機していた。
(「海戦は初めてですので、気を引き締めてかかりましょう」)
操縦席で計器類をチェックしながら、如月・由梨(
ga1805)は思った。
今回出撃するKF−14のうち、彼女の搭乗機だけは自己所有のカスタム機である。性能的には最も高いといえるが、それでも水中という未知の戦場では何が起こるか判らない。空戦用KVと違い脱出装置がないので、万一大破した時は生身のまま脱出し、海面まで泳がねばならないのだ。
(「KVでキメラが相手ともなると、余裕もありそうですが、勝手も分かりませんし、全力で挑みましょう」)
その隣では、空母から貸与されたKF−14に乗り組む砕牙 九郎(
ga7366)が、持ち込みの防御用アクセサリ、そして水中用ガウスガンを、空母整備員の手も借りて機体に装着していた。
「空母は高性能らしいし、艦長はちっちゃい王女なのに前線で戦ってるってのはすげぇなぁ。こっちも負けずに頑張って、きっちり勝つとすっかね‥‥でも借り物のKVはなるべく壊さねぇように注意しねぇとな」
宗太郎=シルエイト(
ga4261)は水中用キットを装備したLM−01で参加していた。
「私にとって、初めての水中戦‥‥敵はどんな動きで攻めてくるんでしょう」
既存KVを水中行動可能にする水中用キットだが、その分攻撃力や回避力が低下するなど問題点も多い。とはいえ、乗り慣れた自機でそのまま戦えるという安心感もある。
「まぁ、どんなキメラが来ようと‥‥陸に上がるみなさんのためにも、全て倒させていただきます」
機体を蒼一色にカラーリングした愛機を、宗太郎は頼もしげに撫でた。
対馬南方から西水道へ回り込んだ上陸艦隊が浅茅湾口に差し掛かったとき、空港の方角から立て続けに爆音と黒煙が上がった。
偵察部隊が破壊工作として仕掛けておいたC4爆弾が作動したのだ。
それを合図として、まず李・海花(リー・ハイファ)搭乗の岩龍が、先行して母艦から飛び立って行く。
岩龍、および自艦のレーダーで周辺空域を警戒しつつ「サラスワティ」は最大戦速で湾内へと突入した。
続いて哨戒ヘリ8機が発艦し、湾内の各所にソノブイを投下する。
案の定、周囲の海底には体長1〜5mの各種水中キメラがウヨウヨしていた。
とくにキメラが密集している数カ所を狙い、「サラスワティ」のVLSからアスロックが発射された。垂直発射された対潜ロケットは大きく弧を描いて海中に突入後、ホーミング魚雷となってキメラの群のど真ん中で炸裂。
相次いで水柱が上がり、湾内の海面は沸騰したかのごとく白く泡だった。
アスロックの攻撃後、傭兵達の搭乗するKVも空中班は飛行甲板から、水中班は艦尾のウェルドックから次々と発進していく。
空母から借りたKF−14を操縦する美緒が強化ガラス越しに海中を覗くと、先ほどの攻撃でバラバラに吹き飛んだキメラが無数の肉片となって漂っている。
だがその向こうから、あのシーサーペントを始め、サメやエイに似た中小型キメラの生き残りが群れをなして襲いかかってきた。
貸与品の8式短魚雷はひとまず温存する事にして、美緒はKVを人型――KF−14の場合むしろケンタウロスを思わせるが――に変形させ、水中用兵器の高分子レーザークローで迎え撃った。
アスロックの直撃を免れたキメラ達も、鋭く伸びた光の爪によって次々と切り刻まれていく。
「やっぱりクローは浪漫なのです♪」
美緒とペアと組みKF−14で中型クラス以下の敵を担当する九郎は、ガウスガンでキメラ群を攻撃した。
磁力で発射される水中用アサルトライフルは試作型とはいえ長射程と魚雷並の攻撃力を誇り、体当たりで空母や揚陸艦を狙うキメラを確実に掃討していく。
「仲間達が命がけで切り開いてくれた道だ! 邪魔はさせねぇってばよ!」
中小型キメラの群をだいたい始末した頃、哨戒ヘリの投下したソノブイの一つが不審な影を捉えた。
位置はちょうど漏斗口の手前。体長10m以上、ソナーの影からしてタカアシガニを思わせる形状のキメラだ。おそらく対KV用に生み出された超大型タイプだろう。
「いよいよ現れましたね」
それまでは全機で中小型キメラ掃討にあたっていたが、ここで大型キメラ迎撃を担当する宗太郎、那由他、由梨の各機が前衛に出た。
「僕だって‥‥少しは慣れてきた‥‥、大丈夫‥‥やれる」
那由他は敵キメラの詳細な位置情報を母艦及び空中の雷撃隊に連絡。
続いて8式短魚雷を発射、蟹型キメラが回避行動をとる方向を予想して先回りしようとブーストのスイッチに手を伸ばす。
だがキメラは思ったほど大きくは動かず、音響ホーミング魚雷は呆気なく全弾命中した。
「やった‥‥?」
水中爆発がKVの機体を揺さぶり、押し寄せる水泡が視界を塞ぐ。
その彼方から、爆発とは異なる別種の衝撃が那由他機を襲った。
「これって、まさか‥‥超音波メス!?」
サイエンティストの知識から敵の特殊能力を見抜いた那由他は咄嗟に回避行動を取り、改めて由梨機と連携してキメラを挟撃する体勢をとった。
「これが海の中‥‥動きが難しいですね。空とも陸とも勝手が違います‥‥」
初めての水中戦に戸惑いを覚えつつも、由梨は蟹キメラの下方向へ回り込み、ガウスガンで攻撃。那由他と共に敵を海面近くへと追い上げていった。
「雷撃隊の皆様‥‥お願いします!」
同じ頃、水中班から大型キメラ発見の報を受けた空中班3機は、海狼の岩龍も加えて縦一列のフォーメーションを取った。
水中班から提供された情報に基づき雷撃ポイントを設定、ギリギリまで速度を落とす。
「覚えてないかもしれんが、これで一つ借りを返せるか」
そう独りごちると、絃也はポイントを狙って魚雷を投下。続く4機もこれに習い航空雷撃を敢行、着水点から4本の白い航跡が走り、やがて海面下の爆発で大きく水柱が上がった。
「これからは水中の敵と戦う事も多くなるんだろうな。その為にもこの8式短魚雷が早く量産化されるようになると良いんだが‥‥」
眼下の光景を見下ろしながら兵衛が呟く。
一方、武流は得意とする空戦の相手がいない事がややもの足りず、
「何もないのも何かつまらないものがあるな‥‥まぁ、その分魚雷を敵に叩き込んでやるぜ」
新たな獲物を求めて猛禽のごとく海上を旋回した。
分厚い甲羅を身にまとい、ワーム並みに堅固な防御力を誇る蟹キメラも、立て続けの雷撃、そしてガウスガンの砲撃で相当弱ってきたらしい。
宗太郎はLM−01で一気に接近すると機体を人型に変形、キメラが振り下ろす鋏をかわし、カウンターのレーザークローを叩きこんでとどめを刺した。
「ふぅ‥‥水中でも、結構動けるもんだな。少しヒヤッとしたぜ」
漏斗口の「門番」として立ち塞がっていた大型キメラを排除した後、「サラスワティ」及び揚陸艦隊は浅茅湾のさらに奥へと侵攻した。
そこでも多数の中小型キメラが待ち伏せていたが、水中班5機は近接戦兵器を、空中班4機は対潜魚雷を駆使し、空母のアスロックの援護も受けつつ群がる敵を掃討していく。
兵器搭載量の大きい兵衛のバイパーが空中に留まっている間、他の3機は魚雷を撃ち尽くすと空母に帰投してその度補給と装填、反復攻撃を繰り返す。
やがて上陸地点の長坂浦へ迫ったとき、ソノブイが再び10m超の巨大物体の存在を感知した。
2匹目の対KVキメラ。おそらくさっきと同じ蟹型の奴だろう。
水中班のKV部隊が温存していた魚雷、そしてガウスガンで集中砲火を浴びせる。
キメラは堪らず後退を開始。水陸両用の行動力を持つらしく、そのまま長坂浦の海岸へと上陸した。
海中での戦闘を避け、上陸する陸軍を直接狙うつもりだろう。
「逃がすかよ。お前ら全員倒さなきゃ、前に進めねぇんだ!!」
宗太郎と由梨が後を追って上陸、空中班からは絃也が着陸しキメラを追撃する。
音の伝導率の低い大気中で、超音波メスの射程は著しく低下する。
蟹キメラはリーチの長い巨大な鋏を振り回して抵抗を続けたが、絃也がガトリング砲で支援する中、宗太郎と由梨が敵の左右に回り込み、それぞれシールドスピアとライト・ディフェンダーで攻撃。
甲羅が固いといってもタートルワームほどではないのか、蟹型キメラはやがて力尽きて大地に倒れ伏した。
揚陸艦の艦首バウ・ドアが開き、兵士を満載した揚陸用舟艇が次々と吐き出された。
海岸部にはまだ若干の中小型キメラが残っていたが、空母に帰投し兵装を84mmロケットに換えた兵衛のバイパーが空中から支援爆撃、さらに上陸済のKV部隊もガトリング砲や各々の近接武器でキメラどもの抵抗を排除していった。
その間にも第1陣の上陸部隊が橋頭堡を築き、続いて戦車、自走砲、装甲車などの大型兵器を陸揚げさせていく。
浅茅湾突入からおよそ半日、UPC軍は奇跡的な無血上陸を果たしていた。
だが偵察部隊の地雷除去、制空隊の勝利、そして空母部隊の湾内掃討――そのどれが欠けても、今回の作戦で大きな犠牲が払われたに違いない。
『無事成功したら、うちあげやりたいですね♪』
残存キメラ警戒のため水中で待機する美緒が、仲間達に通信を送る。
攻略目標の対馬空港目指して進撃する陸軍部隊の車列を見守りながら、
「‥‥あ。食べられる海産物キメラがいたかどうか、確認を忘れました。ちょっと勿体無かったです」
宗太郎は残念そうに呟くのだった。
<了>