●リプレイ本文
その日は朝から小春日和の快晴だった。
天気予報によれば明日からしばらく雨模様になりそうだとのことなので、おそらく今年の桜を楽しめるのも、本日がラストチャンスと思われる。
そのためか、熊本城下公園の桜並木は平日の早朝であるにも拘わらず、思いのほか人出が多かった。
「大丈夫ですか? こんな所で寝てると風邪引きますよ?」
朝一番に現れた奉丈・遮那(
ga0352)に声を掛けられ、前夜から特等席にゴザを敷いて眠りこけていたチェラル・ウィリン(gz0027)はハッと目を覚した。
「へ? あ〜‥‥もうこんな時間かぁ」
同じく場所取りに付き合っていたヒマリア・ジュピトル(gz0029)、十神榛名、マリアも寝ぼけ眼を擦りつつ身を起こす。
「本日はお花見にお招きありがとうございます。いえ、もちろんキメラを誘き出す囮役もきっちり務めさせてもらいますけどね」
そういいながら、持参したクーラーボックスをよっこらせと地面に降ろす遮那。
まあ今回の敵キメラの性質上、「囮役」といっても、ごく普通に花見酒で酔っぱらっていればよいのだが。
しばらくすると、チェラルの呼びかけに応じて参加した傭兵達もぼちぼち集まり始めためた。
「チェラルおねえちゃーん!」
愛紗・ブランネル(
ga1001)が、駆け寄って来るなりチェラルの胸に飛び込んだ。
「あれ? 今日はラクスミお姉ちゃん来ないの?」
「王女様はねー、今日は都合が悪くて来られないんだ」
「そっか『欠勤』なんだね」
「ま、そんなトコかな? ‥‥アハハ」
ちょこんと膝に乗り残念そうに見上げる愛紗に、苦笑いしつつ答えるチェラル。
「せっかく今年最後の美しさを誇る散り初めの桜。それを汚そうとは余りにも無粋。速やかに片付けて、花見を楽しもうじゃないか」
イグニートを携えた榊兵衛(
ga0388)がふらりと現れると、持参したゴザを広げ、やはり持ち込みの純米酒、ぐい飲み、酒の肴を並べ始める。
その姿を目にした榛名が、ハッとしたように寝乱れた髪を整え居住いを正した。
「熊本でお花見なのです♪ 桜が綺麗かも‥‥楽しみですね、ヒマリアさん♪ 危なくてテミスト君は誘えないですけど‥‥」
御坂 美緒(
ga0466)は顔見知りのヒマリアにニパっと笑いながら声を掛けた。
「そういえば、ラクスミさんは来られるのでしょうか?」
「あれ? 御坂さん、王女様の空母で対馬まで行ってたんじゃないの?」
「上陸作戦は無事成功しましたよ♪」
実は兵衛も美緒も空母「サラスワティ」に搭乗し壱岐・対馬解放戦で戦っていた。
戦闘自体は無事UPC軍勝利のうちに終結したのだが、チェラルの話によれば「サラスワティ」は一端佐世保に寄港後、また新たな任務のためラスト・ホープに帰還したのだという。
「それは残念なのです。折角ですから、桜の花びらをつけた日本酒の樽を幾つか空母に贈りたいですね♪」
「そうだねえ。プリネア軍の人たちも対馬島への上陸作戦では頑張ってくれたし‥‥ボクからUPCに頼んでみるよ」
美緒の提案に、チェラルも頷いた。
「俺は酔っ払うほど酒を飲んだことがないんだ。どうなるかわからないぞ」
ゴザの上にどっかり胡座をかいた黒川丈一朗(
ga0776)が、さっそく愛飲のウィスキーをチビチビやりつつ宣言する。
「私、生まれてこの方まったく酔い潰れたことが無いんです」
ケイン・ノリト(
ga4461)もいった。
「便利なんですけど、反対に気になるんですよね。自分がべろんべろんに酔っ払うとどうなるのか」
今回、彼らは自ら志願して囮役を申し出てくれたわけだが、ただでさえ超人的な力を持つ能力者が本当に「泥酔」したとき何が起きるのか?
こればかりは提案者のチェラルにも予測がつかない。
一応、会場の各所には熊本県警の私服警官達が目立たない形で配置され、キメラ出現、その他「不測の事態」が発生した際は、一般の花見客を速やかに避難誘導する手筈になってはいるが。
チェラル自身も今日は愛用のファングでなく、いつでも装着できるようメタルナックル1組をGジャンのポケットに忍ばせてある。
(「これでブン殴る相手がキメラだけで済めばいい‥‥けどな〜」)
‥‥って、大丈夫なのかこの作戦。
「お花見ニャ〜☆」
お日様のような笑顔一杯に、アヤカ(
ga4624)が会場に現れた。見かけは女子高生のようだが、実は既に成人しているのでお酒もOKである。
彼女の手土産は日本酒の安くて美味しい純米大吟醸。肴として赤味噌でじっくりと煮込んだ牛すじの土手煮。
「これさえあればお酒が進むニャよ〜☆」
「うにーぃ! お花見を邪魔するなんて許せないっ! さくっと撃退してお花見しなくちゃですのっ」
アヤカと共に訪れた菜姫 白雪(
ga4746)はキメラへの怒り‥‥よりも討伐後のお花見への期待に目を輝かせた。
ちなみにアヤカ、白雪、そして同行の勇姫 凛(
ga5063)は3人ともビーストマン、そして傭兵とアイドルを兼業する友人グループである。
さらに凜の旧友でマルチタレントを目指して修行中の諫早 清見(
ga4915)も一緒だ。彼は手作りの肴として、鳥肉を醤油・生姜・卵・ニンニク・酒に一晩漬けて揚げた「ザンギ」、及び大根の明太あえサラダを持参。
「あれ? キミも来てくれたんだ。こないだは鰻ごちそーさま♪」
過去、何度か依頼を共にした凜の顔に目を留め、チェラルが笑って手を振る。
「ちょっと時期遅れだけど、サイコーの花見日和だよね? あ、一応キメラ退治が目的だけどさ。アハハ」
「花よりチェラル‥‥」
「え? 何か言った?」
「‥‥なっ、なんでもないんだからなっ」
以前、仕事帰りにチェラルと鰻を食べに行ってから、ますます彼女が気になる日々。
今日もチェラルに喜んで貰おうと、予算一杯の料理と飲み物を持ち込んでの参加であるが、さすがに照れくさくて口には出来なかった。
「さあ、初の任務って奴だ、気合を入れて‥‥‥‥え? 花見? キメラ退治、だろ?」
張り切って装備を整えてきた龍深城・我斬(
ga8283)は、チェラルから今回の作戦の主旨を聞かされ、やや肩すかしをくらったような表情になった。
「なるほど、それなら囮をやろう。これでも元大学生、コンパで酒には慣れているな」
早速近所の酒屋やコンビニを回り、日本酒と菓子折りの他に酒のつまみとして烏賊の燻製や柿ピーといった定番物を買いこんでくる。能力者になる前は現役大学生というだけあり、自分用のゴザやポットのお茶、エチケット袋まで準備してくるという周到さである。
武器の類はキメラ出現までジャケットの裏などに隠し持つことにした。
「やっぱ日本人としては春は花見やっとかないとな‥‥敵はのんびり酒飲んでれば出てくるって言うんだし、和やかに行こう」
阿木・慧慈(
ga8366)はレジャーシートの上に胡座をかき、プシュっと瓶ビールの蓋を開けた。柿ピー、裂きイカなどおつまみを並べ、紙コップに注いだ冷えたビールをグッと飲み干す。
「春だよなぁ‥‥」
思わず呟きながら、抜けるような青空を背景に舞い散る桜の花を見上げた。
さて、出席者の中には花見じたい初めて、という者もいた。
「チェラル様、お招き頂きまして有難う御座います」
ギィ・ダランベール(
ga7600)は深々と頭を下げ、恭しく挨拶した。
「そっか、ダランベールさんはフランスの人だもんね。どう? 日本の桜は」
「桜は散り際が一番美しい‥‥以前、本で読みました。せっかくの機会ですので、ジャポネ独特の風習を存分に味わいたいものですね」
黒いフォーマルスーツをきっちり着込み、ハム・チーズ・クラッカーなどを材料に少々凝った手作りの洋風オードブルを大皿に盛る。さらに高級ワインのコルクを抜き、シートの上に並べたワイングラスに注ぎ始めた。
すぐ近くでカップ酒を飲んでいた一般の花見客が、何事かと目を丸くして眺めている。
「ま、まあ、今日は楽しんでってよね。キメラの方は、ボクら未成年組が引き受けるから‥‥」
霧雨 夜々(
ga7866)も花見初体験の1人であった。
ドイツ人とのハーフという事もあるが、お嬢様育ちなのでそもそもこの手のイベントに慣れていないのだ。しかも会場で知り合いといえるのは新条 拓那(
ga1294)と白雪の2人しかいない。仕方がないので、最初のうちは最も親しい拓那の後ろに隠れてしばらく様子を見ることにした。
黒崎 美珠姫(
ga7248)の場合、イタリア滞在が長かったので日本の桜を見るのは久しぶりだった。
(「お花見を満喫したい、けれど傭兵業はさぼりたくないな」)
――という彼女にとって、今回は一石二鳥の依頼である。
ただし、美珠姫自身はお酒を飲まない。その代わり手作りのおにぎり、それに悪酔い防止のため自ら兵舎で開いているカフェの特製アイスコーヒーを水筒に詰め、他の出席者の分まで用意していた。
出席者もほぼ集まると、同じ兵舎の者同士、あるいは依頼などで見知った者同士等で幾つかのグループに分かれ、散りゆく桜を愛でつつ花見の宴が始まった。
「よっ、すっかりベテランの貫禄だな。後光が射して見えるよ」
ヒマリアを訓練生時代から知る寿 源次(
ga3427)が、後輩傭兵の頭をポムポム叩いて笑う。
本日の着流し姿は、さしずめ時代劇に登場する小粋な遊び人か若旦那という風情。大きなズタ袋に飲み物を詰め込んであるが、その下にさりげなく超機械を隠すのは忘れていない。
「もうっ。寿さんてば、まだあたしを子供扱いしてる〜っ!」
「はっはっは、すまんすまん‥‥しかし、散り際の桜もまた綺麗だな」
「桜を見ながら飲むお酒って、美味しいね〜」
やはりヒマリアとは旧知の仲である忌咲(
ga3867)が美味そうにスブロフを煽る。
「ん‥‥流石ロシア産。結構きついね〜」
などといいつつ、アルコール濃度99%、そのまま燃料にもなりそうな強い酒をこともなげにグイグイ飲んでいた。
見かけは中学生のような彼女が飲酒しているのを目にした私服警官の1人が注意しようと近づくが、ポケットから出した写真入りの運転免許証を示すと、慌ててペコペコ頭を下げ元の配置へと戻っていった。
そう、忌咲もまた成人なのだ。
彼女に限らず能力者の傭兵、特に女性にはなぜか外見と実年齢のかけ離れた者が多い。これも能力者ゆえの特質であろうか? いずれ研究所のナタリア博士が解明してくれる‥‥かどうかは定かでないが。
「ヒマリアちゃんて未だ飲めないんだっけ? 残念だな〜」
「ふみゅ〜〜‥‥」
ちょっと悔しいヒマリアだが、こればかりはどうしようもない。お酒は二十歳になってから。羨ましそうに横目で見つつ、紙コップに注いだジュースで我慢する。
ウワバミのごとく飲み続ける忌咲の背後から、
「えと‥‥桜餅‥‥作って‥‥来ました‥‥」
妹の忌瀬 唯(
ga7204)がおずおずとお手製の和菓子を差し出す。
姉と違って人見知りの激しい彼女は、こういう人出の多い場所では常にぺっとり忌咲の後ろにくっついて行動しているのだ。
彼女の場合は本当に未成年なので、もちろん酒は飲めない。
「わあ〜美味しい! 忌瀬さんが作ったのぉ?」
「き、気に入って‥‥もらえて‥‥嬉しい‥‥です」
地方によっては「道明寺」とも呼ばれる桜餅。前日のうちに材料を買いこみ、わざわざ朝早起きして作ったのだ。しかも大勢の人に食べてもらえるよう、一口サイズで数を多めに作ってくるという気の遣いようである。
この手のイベントは新たに友人を作る良い機会でもある。
「虎牙 こうき(
ga8763)だ、ヨロシク頼むな」
傭兵になって間もないこうきは、人懐こい笑顔を浮かべて周囲の傭兵達に自己紹介も兼ね挨拶して回った。
挨拶ついでに、
「少し貰っていいっすか〜?」
と申し訳なさそうに、だがどこかおちゃらけた感じで参加者の飲み物や料理にお相伴したりと、意外にちゃっかりしている。
一方、
「ほい、食べ物と飲み物。楽しんでる〜?」
拓那は前日に注文しておいた飲み物やオードブルを宴席の各所に回し、また1人で溶け込めない者がいないかどうかチェックするなど、花見が盛り上がるようさりげなく気を配っていた。
彼は成人であるが下戸なので酒は飲んでいない。根っからの世話好きなのか、殆どチェラルに代わって幹事役を務めているかのようだ。
一通り会場を見回ってから自分の場所に戻ると、
「お疲れ様です‥‥はい、どうぞ」
石動 小夜子(
ga0121)が茶碗に甘酒を注いで差し出した。
「お。サンキュー」
拓那は受け取った甘酒を一口啜ると大きく背伸びをし、
「見惚れる位見事な桜だね。一緒に堪能できて嬉しいよ、俺♪」
「私も‥‥」
小夜子はにっこり微笑み、早起きして作ってきたおにぎりを拓那に勧めた。
「お花見、楽しみたいですね。それと‥‥新条さんと、一緒に‥‥」
そこまでいってからぽっと赤面。
拓那も急に照れくさくなったが、貰ったおにぎりを食べ終えると、小夜子と2人、甘酒を酌み交わしつつしっとりと桜を観賞した。
その頃、チェラルはといえば既に酔いの回った霧雨仙人(
ga8696)の長話に延々付き合わされていた。
「誰も信じないがわしゃ千年以上生きておるんじゃ‥‥証拠に安土桃山時代の話をしてやろう。ぶつぶつ」
千年はさすがに大袈裟としても、その外見年齢は確かに百歳近い。
ULTの登録上では制限年齢ギリギリの98歳という事になっているが、その実年齢は誰も(あるいは本人も)知らないという謎の老爺である。
「アハハ‥‥そーなの? すごいねー」
「チェラルちゃんはええ体をしておるのー。一瞬でも触らせてくれれば成仏できるかものー」
といいつつ皺だらけの手を伸ばして来るのを、横にいる愛紗や凜が怒って振り払う。
チェラル本人は、やや引きつった笑顔でお酌してやるだけだ。
――相手が若い男や中年オヤジなら、一撃で昏倒させている所だろうが。
「ところで『花咲爺』ってなーに?」
愛紗から出現が予想される敵キメラのモデルについて尋ねられ、チェラルは榛名から聞いた民話のまた聞きで説明してやった。
「灰を撒くと花が咲くんだよね? 愛紗もやってみたーい」
「うーん、キメラの灰じゃ咲かないと思うけど‥‥」
「‥‥で、その後バイトの方は如何です?」
ケインは求職の依頼で世話をしたマリアに尋ねた。
「お店の人、厳しいけど‥‥色々、教えてくれる」
相変わらず表情に乏しいが、少しだけ嬉しそうにマリアが答える。
武器のヴィアは手近のゴザの下に隠してあった。
『敵のキメラが凶暴化しない限り、剣は使わないこと』とチェラルから言い含められていたからだ。
「それはよかった‥‥任務とはいえ折角のお花見です、楽しみましょうね」
「‥‥うん」
少女はコクンと頷き、芋焼酎の瓶を取ってケインの杯に注いだ。
「あの‥‥これ‥‥ボクが作ったのですが‥‥宜しければ‥‥どうぞ‥‥」
そんな2人に、珍しく姉の側から離れた唯が桜餅を勧める。
以前に依頼で一緒に行動したケインとマリア、それに拓那には若干馴れたらしい。
先に拓那の方にも持って行こうとしたのだが、小夜子といいムードになっているのを見て遠慮してきたのだ。
「この葉っぱ‥‥剥がすの?」
「いえ、これは一緒に食べていいんですよ。この塩漬けの味が、あんこの甘さとほどよく合うんですから」
ケインにいわれ、ぎこちなく一口食べてみるマリア。
「‥‥甘い‥‥ありがとう」
唯の方に振り向き、微かに顔を綻ばせた。
兵衛は「囮組」として、若者グループから離れてきた源次を含む年長者達と大人同士、静かに酌み交わしていた。
「ほう。これがジャポネのサケですね?」
日本酒の相伴に預かったギィがもの珍しげに杯を口にする。
「異国の文化だが、心に響く何か、感じるだろうか?」
と、フランス人傭兵に日本酒の魅力を説く源次。
「む‥‥これが、スルメでございますか」
ギィは目の前に並ぶ酒の肴――スルメ、イカの塩辛、卵焼き、漬け物各種、白和え、蒲鉾など全てに興味津々、という風情だ。
「花はいいよな。見る者の気持ちを和ませるし、季節の移ろいをその姿で告げてくれる」
しみじみと慧慈が呟く。
春が来て、夏が来て。繰り返される季節の中で、ちっぽけでも幸せを見つけられたら、それでとりあえず生きる意味を覚えるだろう。
(「‥‥だからこそ、戦う。誰かの「幸せ」を守る為に」)
「兵衛様、おひとつ‥‥」
主に囮組の接待を務める榛名が、兵衛の杯に純米酒を注ぐ。
「うむ。すまんな」
ぐいっと杯を空けてから、道着袴に白襷の少女を見やり、
「‥‥いかんな。キメラも現れないうちから、そんなに殺気立っては」
「え? しかし、これも任務の――」
「チェラル軍曹にもいわれたのだろう? 良く射る弓は良く緩ませるとも云う。今からそのようではいざという時に本来の力を出し切れないぞ‥‥それにそんな顔をしていたら、せっかくの美人が台無しだ」
「申し訳ありません‥‥私が未熟でございました」
「まあ、いい。折角の桜だ――良かったら、共に眺めないか?」
「‥‥はい。喜んで」
頬を染めて兵衛に身を寄せる榛名を見て、源次はやや複雑な心境になった。
いつぞやの「サラスワティ」艦上パーティーの際には2人の仲を取り持とうとした彼であったが、最近になってどうやら兵衛の想い人が別にいるらしい事を知ってしまったのだ。
――当の兵衛自身はまだ気づいてないようだが。
(「榊氏は榛名嬢を純粋に後輩として心配しており、それは恋とは違う‥‥この事を彼女は受け止めきれるのか?」)
その頃、会場の中央では傭兵アイドルグループが音頭を取って、若者たちのカラオケ大会が始まっていた。
「みんなーっ! 盛り上がるニャ〜☆」
夏 早くしゃべり続けた
素顔のままの都会の猫とビーチ
奪われない 夢見てる愛
ひと夏の授業が 信じた
いつでも 未来からの輝きが
熱くなる この部屋みたいな過去の影
愛の言葉は風の中のビーチと夜の帳が
自由になりたかった 何もかものような夏
アヤカがオリジナルソング『BLACK CAT』を歌うと、凜も負けじとローラーブレードで飛んだり跳ねたりしながら新曲『恋のラブラブ炎』を熱唱する。
「(この歌に乗せて、凛のハート、チェラルに届け‥‥!)」
カンツォーネ・シンガーでもある美珠姫は清見を始め周囲の仲間にも呼びかけ、日本の桜の歌、春の歌をメドレーした。
「わからない人は言ってね。教えるよ?」
つられて立ち上がったケインが、持参した三味線を取り出しコーラスに伴奏をつける。
「んふ〜‥‥何だか良い気分なのですよ♪」
宴たけなわのさなか、甘酒を飲んでいた美緒がふーっとため息をついた。
「そういえばヒマリアさん、あれから少しは成長したのでしょうか?」
唐突に、隣にいたヒマリアの胸をぷにぷにしてくる。
「きゃあっ!? 御坂さん、冗談きつ――」
と、よくよく見れば、美緒の顔は真っ赤である。
‥‥どうやら甘酒で酔ってしまったらしい。
ぷにぷに。熱心にぷにぷに。
「ふっふっふっ、このまま大きくなるマッサージコースなのです♪」
「キャハハ! 御坂さん、やめっ‥‥ギャハハハハ! くすぐったいよぉ〜!!」
はたから見ると女の子同士じゃれあってるようにしか見えないので、誰も気に止めなかった。
そのすぐ側では、ようやく場の空気に馴染んだ夜々が、普段のペースに戻りお手製のツヴィーヴェル・クーヘン(ドイツの玉ネギケーキ)を周囲に配り回っていた。
「きゃっほーーーー☆ お花見っていいもんだねぇ」
そのとき。
ふと頭上から、桜の花びらとは違う、白い粉のようなものが風に乗って降ってきた。
異変に気づいた傭兵達が一斉に顔を上げると、桜並木の中でもひときわ大きな巨木の上に、昔話から抜け出て来たような格好の老人が立っていた。
小脇に抱えたザルから、何やら灰のような粉を撒いている。
(「――出たっ!」)
チェラルが手で合図を送ると、事前の打ち合わせ通り警官達が一般の花見客を公園の外へと誘導する。
だがその時には、例の毒灰は靄のごとく傭兵達を包み込んでいた。
「‥‥暑いな」
それまで会場の片隅で黙々とウィスキーを飲んでいた丈一郎が、ぼそっと呟いた。
泥酔で自分を見失った丈一郎は、その場で 脱 ぎ 始 め た。
誰も見たくない筋肉質オヤジの肉体美!
齢31を数えてトレーニングを重ねた肉体は絞られ、未だ衰えを知らず!
会場の女性傭兵達がパニックに陥る。
いや、パニクったのはまだ理性を残している証拠だ。
「う〜。ヒマリアちゃん、もうちょっと構ってよ〜」
それまで顔色一つ変えずウォッカやスブロフを飲み続けていた忌咲が、突如泥酔モードに突入しヒマリアに抱きついてきた。
「きゃわわわ!?」
ギューッと抱き締める。甘える。寂しがる。
周囲への警戒心が低くなるらしく、ミニスカートで転がったり寝転んだり。
チラっと何かが見えたり見えなかったり。
一方、さっきまでヒマリアをぷにぷにしていた美緒はといえば、いちおう超機械を構えて木の上のキメラに攻撃を開始していた。
「あれ? 大変です! あのキメラお爺さん、分身の術を使うですよ!」
‥‥やっぱり泥酔モードじゃん。
「ああっ、私の攻撃が勝手にそれていくです! 足元もふらついて眩暈が‥‥こ、これは謎の攻撃です!」
まあ彼女の場合、キメラ出現前から既に泥酔していたわけだが。
「チェラルちゃんはええ体をしておるのー。一瞬でも触らせてくれれば成仏できるかものー」
こっちも最初から泥酔状態だった霧雨仙人がムニュッ! とチェラルの胸を鷲づかみにし、ついにどつき倒される。
「‥‥ん? 視界が‥‥まわ‥‥うにぃ」
泥酔と同時に覚醒した白雪が、ぺたーんと座り込み「うふふ、うふふ」ととろけるような笑顔で笑い出した。
何だかその目はヤバいくらいに据わっている。
スパーッと煙草を吹かし、
「あ〜らぁ‥‥可愛い仔猫ちゃん? おいたはダメよぉ?」
すっくと立ち上がるなり、花咲爺キメラの乗った桜の木に真音獣斬をぶちかます。
大木が揺らぎ、キメラはザルを抱えたまま地面に放り出された。
「捕まえろーっ!」
拓那を始め、アルコールを口にしていない傭兵達が一斉に覚醒して動き出す。
見かけの老体に似合わぬ素早い動きで逃げるキメラを追い、公園中を舞台にした壮絶な追いかけっこが始まった。
「若者よ、ファイトで〜す!」
三味線を弾いたまま泥酔モードに入ったケインのビートが加速し、追跡劇に合わせて軽快なBGMを奏でる。
ついにトランクスまで 脱 ぎ 捨 て 脱ぐ物がなくなった丈一郎は、全裸のままでファンシーに花占いを始めていた。
「チャンピオンになれる〜? なれない〜? なれる〜? なれない〜?」
同じ泥酔モードでも、遮那などはそのままグーグー寝崩れてしまったので、まだ害がない方といえる。
もっとも毒灰の効果にも個人差があるらしく、兵衛や源次には全く乱れる気配がない。
一度はゴザの下に隠したイグニートを取り出そうと手を伸ばした兵衛だが、多勢に無勢でキメラ捕獲は時間の問題――と見たか、そのまま榛名の酌で泰然と飲み続けた。
いかにキメラが素早いといっても、所詮グラップラーやビーストマンの速さには及ばない。
「凛、数年ぶりのお花見なんだ、お前なんかに邪魔させないんだからなっ!」
アルミホイルを巻いてマイク台に偽装していたフロスティアを構え、瞬速縮地で回りこんだ凜が獣突でキメラを弾き飛ばす。
「清見、任せたっ!」
キメラがぶっ飛んだ先には、工事用の頑丈な保護シートをかすみ網のごとく広げた清見と拓那が待ちかまえていた。
「確保! おじいちゃん飲みすぎだよ、暴れるなら連れて帰るからね?」
「桜は満開! 花咲か爺さんは間に合ってまーす!」
相手もキメラだけにいちおうフォースフィールドなど張って抵抗するが、いかんせん十数名の能力者に取り押さえられてはFFごと身動きが取れない。
計画では、このままUPCに通報し引き取ってもらうはずだったのだが‥‥。
「おう、ちょっとそこの花咲爺さん、あんたもこっち来て、呑め、そして歌え!」
泥酔モードですっかり出来上がった我斬がフラフラと近づき、キメラの口に強引に日本酒の一升瓶を押し込む。
「お前もジジイなら、若者の手本となるよう飲まんか!」
チェラルにどつかれ正気に返った霧雨仙人も、続いてスブロフを一気飲みさせる。
‥‥いやあんた、人の事はいえないって。
毛細血管の先までアルコールが回ったか、全身炎のごとく真っ赤になったジジイキメラに――。
「枯っれ木にはっなを、さっかっせっましょ♪」
キメラの落としたザルを拾い上げた愛紗が駆け寄り、大はしゃぎで中に残った灰を頭からぶっかけた。
一瞬キメラの動きが止まったかと見るや、風船のごとくプーッと膨れあがり――。
パチンッ!
破裂音と共に、無数の桜吹雪と化して公園中に舞い上がった。
「これは‥‥本当に美しいものに出会うと、人は言葉を忘れてしまうものですね‥‥」
本物の桜吹雪と区別のつかなくなったキメラの残骸に見惚れ、思わずギィが呟く。
「やっぱ儚いな‥‥」
こうきは故郷の桜を思い出していた。
何もかもにも似た過去の影は 語り明かしたおまえみたいに
今 裏切りのごとき過去の影
静かに時に流される 語り尽くせぬ私は黒猫
美しい歌は 静かにしゃがんでしまう 夢見がちな黒猫
呆気にとられて見つめる一同の背後から、泥酔モードのまま歌い続けるアヤカの『BLACK CAT』が響き渡る。
「今年の桜は見納めだが‥‥しかし良い花見であった」
舞い散る桜の花に向けて、源次が名残を惜しむように杯を上げた。
<了>