●リプレイ本文
モンゴル北東部、ケルレン川北岸上空。
「いやあ、苦労しましたよ」
高速移動艇に同乗したUPC情報士官がいった。
今回の依頼主である「天狼」メンバーが所持しているという情報が、最近極東方面のバグア軍が見せる一連の不審な動向にも関連しているのではというUPC本部の判断により、情報部から派遣されてきたのだ。もっとも彼の任務はメモリーカードの受領だけで、戦闘に参加するわけではないが。
「無線機はともかく、さすがにジープをラスト・ホープから持ち運ぶわけにはいきませんからね。中国支部とかけあって、何とか協力を取り付けましたよ‥‥あちらさんはだいぶ渋ってましたが」
現在バグア軍に広大な領土の2/3を占領された中国は、首都を重慶に移して必死の抵抗を続けている。まずは敵に包囲された北京の解放を優先目標とする中国軍としては、いちいち北の隣国のことまで構っていられない、というのが本音であろう。
まして、これから向かうのはいつキメラが出現するやもしれない両軍の競合地域だ。
「こういう点の戦いってのは、俺達傭兵の出番だろ?『戦場を駆ける群狼』‥‥俺達もそれに混ざろうじゃねぇか」
ゼラス(
ga2924)が不敵な笑みを浮かべる。それから、ふと「天狼」リーダーで部下達を逃がすためワーウルフの群と闘っているアスガイという男のことを思った。
(間違いじゃなけりゃ、俺が能力者になる前‥‥傭兵として流れていた頃世話に‥‥いや、記憶違いもな。何せ何年も前の話だ。会ってても、向こうも覚えちゃいないな)
「戦いたいという気持ちはいつものことだが‥‥アスガイという男、死なせたくはない、という気持ちが不思議と強いか」
陽気な復讐者(
ga1406)が独り言のようにつぶやく。
その隣では、
「部隊を率い抵抗を続けたのみでなく、自らを部下の為の盾と為すとは。そのような勇敢な方を見殺しにしては、ネヴィル=シモンズ家の‥‥いえ能力者の名折れというもの。情報と部下の方々のみでなく、アスガイ隊長も必ずや救出致しますわ!」
エリザベス・シモンズ(
ga2979)、通称「リズ」が義憤に駆られていた。
正規軍大佐という地位を捨て反バグアのレジスタンスに身を投じ、現在は生き残った部下たちを逃がすため足止めとなってワーウルフの群と闘っているはずの男。
組織や階級に縛られず、いわば戦場の一匹狼として闘う傭兵たちではあるが、だからこそ危険な任務を共にする仲間同士の「信頼」は何ものにも代え難いものであり、身を挺して仲間を逃がしたアスガイに奇妙な共感を覚えるのだろう。
また彼は能力者の中でもまだ数少ない「ビーストマン」、すなわち獣人であるという。
「隊長様を早く動物病院に運んでやらねーと可哀想だからなぁ、へへへ」
とOZ(
ga4015)が笑った。
(「いくら獣人でもそりゃないだろ」)――と他の全員がツッコミたい気分だったが、パンクロッカーを思わせる彼の突飛な言動はいつものことなので、誰も何もいわなかった。
やがて移動艇は中国側との合流地点、競合地域としては比較的安全と思われる川岸に着陸した。
「UPC中国支部の陳少尉だ」
正規軍の冬季服をまとった小隊長が、素っ気ない態度で敬礼した。
「要請通り、ジープ3台を運んできた。ただし運転手は貸せん。自分も、いたずらに部下を危険に晒すわけにはいかんからな」
それだけいうと、乗ってきた装甲車に乗り込み、さっさと引上げてしまった。
「では、任務が完了したら無線で連絡して下さい。我々は後方で待機していますから」
必要な物資や武器を降ろすと、本部の情報士官も移動艇に戻って離陸する。
「やれやれ。どいつもこいつも、薄情なものだな‥‥」
河原を吹き渡る夜風に長い髪をなびかせ、御影・朔夜(
ga0240)がこぼす。
「ま、正規軍なんてあんなものよ。気にしてたらキリがないわ」
葵 宙華(
ga4067)が肩をすくめた。
一方、伊河 凛(
ga3175)はジープに駆け寄り、素早くボンネットを開けエンジンその他を点検した。
「チェックは完了した。問題ない‥‥兵士達は、そう遠くへは行ってないはずだ」
当初の手はず通り、傭兵達は各々無線機を携帯し、3台のジープに分乗して走り出した。
ルートじたいは単純だ。このまま川沿いを西に走れば、どこかで「天狼」生存者と合流できる。ただし、彼らがまだ生きていればの話だが。
メンバーたちやアスガイの安否を思うと、先頭車両のハンドルを握る凜のアクセルを踏む足も自然と力が入る。
「速度を上げるぞ。多少揺れるかもしれないが‥‥我慢してくれ」
後続2台目のジープを運転するのはリズだった。
「急ぎですから、少々揺れますわよ!」
ただでさえ乗り心地の悪い旧式ジープで河原を走るのだ。下から突き上げる震動はハンパではない。
助手席では陽気な復讐者が大きく体を揺らしながら、
「リズ、帰ったら一緒に茶を飲む約束は忘れてないだろうな?」
「当然ですわ。本場の英国紅茶をご馳走しますから、楽しみになさってね」
覚醒状態が似ているためか、妙に気の合う2人であった。
キメラやバグア軍の襲撃に警戒しつつ、1時間ほど走り続けたところで、ヘッドライトの光輪の中に複数の人影が浮き上がった。
一瞬、手にした突撃銃を構えたその人影は、こちらが人間だと判ると、慌てて銃を下ろし大きく手を振った。
「『天狼』の生き残りか!?」
凜が後続車に無線連絡、即座にジープを急停車させる。
薄汚れた野戦服に身を包んだ4人の兵士は、いずれもまだ20代の若者たちだった。
うち1人は頭に包帯を巻き、仲間の肩に縋って歩くのがやっとという有様である。
「おぉいたいた‥‥こんな所でジョギングたぁ楽しそうじゃねーか、へへへ」
OZが嬉しげにいった。
「UPCの方ですか? 自分は‥‥『天狼』副官のサムカです」
4人を代表するように進み出た若者が、背筋を伸ばして敬礼した。
「いかにも。おまえたちの隊長、アスガイに依頼されて来た」
ジープから降りた榊兵衛(
ga0388)が答えると、
「救援を感謝します。隊長が、これをあなた方にと‥‥」
胸ポケットから取り出した小さなメモリーカードを兵衛に手渡し、それで気が緩んだのか、サムカはその場にグラリと跪いた。見れば、彼も野戦服のズボンが破れ足から血を流している。
「あっ、お気を確かに!」
慌ててリズが駆け寄り、予め準備してあった毛布を兵士たちに掛け、魔法瓶に詰めた熱いブランデー入り紅茶を気付けに飲ませる。
「今回の依頼は、天狼メンバーの生存者の救出とメモリーカードの回収だ‥‥」
サムカから渡されたカードを見つめ、兵衛がいった。
「冷たい言い方だが、逃げてきた副官以下の天狼メンバーを保護し、本部まで護送すれば一応の任務達成と言っていい。だから、まずは彼らとカードの保護を優先すべきだろう」
傭兵たちが、驚いたように兵衛を見つめた。
当然、この後アスガイ救出のため作戦を続行するつもりでいたからだ。
「一時の感情で大局を見失うのは戦士のする事ではない。確かに俺も出来うるなら、アスガイと云う男を助けたいと思う。だが、なぜ彼はこの男達に情報の詰まったカードを託したのか、考えてみてくれ。この情報があれば、多くの戦う術もない人々を救う事になるかも知れないんだ。だから、俺はこいつらの命を最優先に護ろうと思う」
むろん兵衛とて、アスガイを助けたいという思いはある。だが今回のチームでは年長者にあたる彼としては、この場で憎まれ役となってもあえて正論を撃つ必要を感じたのだ。
わずかな沈黙の後――。
「いわれてみれば、生存者を救出してメモリーカードを入手してしまえば、アスガイに用も無いか」
ふと、朔夜が口を開いた。
「‥‥もっとも、生憎とそんな詰まらない真似をする気も無いのだが」
他の傭兵たちも、彼の言葉に同意を示すよう頷く。
兵衛はふっと笑った。
「お前らの気持ちはよく分かった。後の事は任せて、行ってこい! 一足先に本部に戻っているからな。必ず生きて戻って来いよ。祝杯の用意をして待っているからな」
「あなたたちは、どうするの?」
宙華が、「天狼」残存メンバーたちに問いかけた。
「俺たちも連れて行ってくれ!」
「隊長を見殺しにはできません!」
4人のうち、比較的体力を残した2人が口々に叫んだ。
「じ、自分も‥‥一緒に‥‥」
負傷を押して立ち上がろうとする副官のサムカを、宙華は手で制した。
「あなたは任された任務を全うしなさいよね、託されたんだからね」
傭兵たちは、ここから3班に分かれて行動することになった。
A班(メモリーカードと負傷者護送):兵衛、凜
B班(ワーウルフ狙撃):OZ、宙華、「天狼」兵士2名
C班(アスガイ救出):朔夜、陽気な復讐者、ゼラス、リズ
※C班はB班狙撃ポイントへワーウルフを誘き出す陽動も担当。
「心配するな。隊長は必ず生きて帰ってくる」
兵衛に肩を借りて乗って来たサムカと負傷兵に力強く声をかけると、凜はジープを反転させて元来た道を引き返す。
他の傭兵たちは残りのジープに各自分乗し、さらに西を目指した。
それから二十分ほど後、B・C班が運転するジープのライトが、今度は河原に倒れた人間大の生き物を発見した。
伝説の人狼を彷彿とさせるその生物は、全身に爪で裂かれたような傷を負い、俯せのまま絶命していた。
「まさか‥‥アスガイ?」
ゼラスの言葉に、
「違います、こいつは隊長じゃない!」
「天狼」兵士の一人が即座に答えた。長年行動を共にした仲だけに、さすがに上官とキメラの区別はつくのだろう。
闇の奥から、獣同士が争うような複数の雄叫びが聞こえた。
B班は兵士たちとその場で待機。
C班は全員「覚醒」し、ライトを消したジープでゆっくり前進した。
同じ頃、負傷者を後送するA班ジープの前に黒い影が立ちはだかっていた。
ワーウルフに比べると一回り小さいが、やはり狼をベースにしたと思われる獣型のキメラ。おそらく「天狼」残存兵を掃討するため放たれた1匹だろう。
車を停め、覚醒状態に入った凜がスコーピオンの連射を浴びせるが、素早くかわされてしまった。
「速いな‥‥だが、見えないわけじゃない」
「やらせはせんよ! こいつらの命を護りきるのが残してきた仲間との約束だからな」
ロングスピアを取った兵衛がジープを降り、凜もまた刀を抜いて後に続いた。
先行するC班傭兵たちが見たものは、牙を剥き、爪を振り上げてぶつかりあう3匹の人狼たちだった。
まるでキメラ同士の共食いだが、よく見れば傷だらけになった1匹を、他の2匹が集中攻撃している。
「どっちも狼!? 構わねぇ、囲まれてる方だよ! 天狼の隊長さん! 助けに来た!」
ゼラスが叫ぶと、傷だらけの人狼が驚いたように振り返り、残り2匹のワーウルフも一瞬動きを止め、新たな敵を警戒するように咆吼を上げる。
「聖ジョージの加護のあらんことを!」
リズの投げつけた煙幕弾が、辺り一帯を白煙で覆いキメラたちの目を眩ませる。
その隙を衝き、ゼラスと陽気な復讐者が突入した。
「俺の爪と‥‥どっちが先に相手の魂を裂き飛ばすかな!」
ゼラスが回り込んでファングの一撃を叩き込めば、
「貴様の顔が苦痛に歪むのが楽しみで仕方がないよ。さぁ、踊ろうか。舞台の開演だ!」
覚醒の影響でやや異常なハイテンションとなった陽気な復讐者が、踊るようにヴィアを煌めかせてワーウルフに斬りつける。
不意打ちを食らった2匹のワーウルフたちが慌てて飛び退ったのを見計らい、ゼラスが急いで傷ついたビーストマンを助け起こした。
「貴様‥‥ゼラス‥‥か?」
獣の口から、苦しげに人語が漏れた。
「あんた、俺のことを知ってるのか?」
「ふっ、忘れはせんよ‥‥あの頃は、まだ二十歳にもならん若造だったな」
「やっぱりそうか。狼の牙は‥‥まだ折れちゃいないよな?」
グルルル‥‥
体勢を立て直したワーウルフ2匹が、薄れた煙幕の彼方から迫ってくる。
そこに躍り出た朔夜が、鋭覚狙撃でハンドガンの銃弾を浴びせた。
「ククッ、然し狼とはまた都合の良い。私の‥‥この『悪評高き狼』の相手としてはな‥‥!」
「あはははははは!! もっとだ!! 我が舞台を赤く染め上げよ!!」
陽気な復讐者が挑発するようにけたたましく笑う。
アスガイに肩を貸したゼラスは無線機で後方のB班と連絡を取りつつ、仲間たちと共にジープまで後退を始めた。
「こっちは準備オーケーだ、スケベなネーちゃんとイチャイチャしながら待ってるぜー! ニヒヒヒ」
アスガイ救出成功の報告を受けてOZが答えた。
傍らでは隠密潜行で気配を消した宙華、そしてジープの陰からRPG7を構える「天狼」の兵士たちがキメラを待ち伏せていた。
「いいかぜってぇ外すンじゃねーぞー! ‥‥あぁやべぇゾクゾクしてきた、たまンねぇなぁ‥‥ウヘヘ」
間もなくリズが運転するジープと、それを追うワーウルフたちの姿が見えた。
宙華のスコーピオンが火を噴いたのを合図に、B班の狙撃手達が一斉に銃火を浴びせる。
RPG7のロケット弾が噴煙を引いて発射されるが、これは敵にかわされた。
「‥‥あ゛ぁ゛ぁ゛!? ‥‥冗談だろ畜生てめー!!」
スナイパー2人の鋭覚狙撃がワーウルフに殺到。足を狙った何発かが命中し、人狼たちの動きがガクリと落ちた。
さらにジープを降りた朔夜とリズも鋭覚狙撃でキメラの体力を削る。
勝機とみたゼラスと陽気な復讐者が、再び間合いを詰めた。
「醜い‥‥もう踊れない貴様には我が舞台の共演者として務まらん。降りろ」
「恐怖も絶望も裂き飛ばす! それが狼‥‥『天狼』の意志だ!」
ファングとヴィア、それぞれの豪破斬撃が2匹のワーウルフにとどめを刺した。
「伊河だ。こちらは無事撤退できそうだが、そっちはどうだ?」
兵衛と共に獣キメラを仕留めた凜が、無線でB・C班に問い合わせる。
返ってきたのは、OZの陽気な声だった。
『ママン、今から帰るからご飯用意しといてねん♪ ‥‥なんつって』
ジープの中で覚醒を解いたアスガイは、既に白髪交じりの老兵といっていい男だった。
部下の兵士をちらりと見やり、
「馬鹿者‥‥なぜ戻って来た?」
「連れてきたのはあたし。だから彼らを叱るのはお門違いよ」
救急セットで応急手当を施しながら、宙華が窘める。
「今度こそ最期かと思ったが‥‥どうやら、また死に損ねたか」
「お前の様な奴が死ぬには、此処はまだ早い‥‥仲間の為に捨てた命なら仲間の為に拾え」
朔夜の言葉に、アスガイも苦笑する。
「それもまた天命‥‥か。後は、あのカードを‥‥一刻も早く本部に渡してくれ。いまウランバートルには、とてつもない数のバグア軍が集結している。奴ら、何かを企んでいるんだ‥‥何かを‥‥」
やがて鎮痛剤が効いてきたのか、男は深い眠りに落ちた。
<了>