●リプレイ本文
●傭兵派遣会社「SIVA」L・H支社
「『アビス』の一件以来だな。元気そうじゃないか?」
支社の応接室に現れたその男は、ゲック・W・カーン(
ga0078)の顔を見るなり、上機嫌に笑いながら向かいのソファに腰掛けた。
――もっとも、その灰色の目は少しも笑っていなかったが。
「あんたも元気そうで何よりだ‥‥ラザロ」
ゲックは男への警戒心を極力表には出さず、受付で名乗ったとおり「前に依頼を共にした傭兵仲間」らしく、ややぎこちない笑みを浮かべて挨拶した。
「で? 俺に何の用だい」
「いや‥‥シモンのせいで、近頃UPCがDF計画の再調査に乗り出したって噂を聞いたもんでね。あんたの方は大丈夫かと、ちょっと心配で顔を見に来たんだ」
「ああ、うちにもそんな話が来てたっけ‥‥もちろん断ったよ? 俺はシモンの反乱に加わっちゃいない。第一UPCにはあれだけ協力してやったんだ。今さら痛くもない腹を探られるのは御免だね」
(「おまえの場合、探られると痛い事ばかりじゃねえのか?」)
チラっと疑うゲックだが、今回の目的は別にあるので口には出さなかった。
「ときに‥‥九州のK村を知っているか?」
「K村? さあて‥‥初めて聞く場所だな」
顔色ひとつ変えず、悠然と煙草に火を点けるラザロ。
「おとぼけはナシにしようや。おたくらSIVAは、K村の件で何かちょっかいを出してんじゃねえのか?」
それまで被っていた「傭兵仲間」の仮面を脱ぎ捨て、ゲックは凄みを利かせた。
「業務上の機密だ」
にべもなくそう答えてから、ラザロがふいにクククッ‥‥と嫌な笑い声を上げる。
「――といいたい所だが、まあお互い知らぬ仲でもないしね。一応関わっている、とだけいっておこう」
「やっぱり‥‥誰か送り込んでるのか? あの分校に」
「おっと。ここから先は『情報交換』だ。まずは、そっちの手札から晒してもらおうじゃないか?」
「‥‥」
一瞬の逡巡。だがゲックは意を決し、現在K村分校で潜入調査に当たっている高瀬・誠(gz0021)の名を告げた。
「タカセ? よりによって、あのウブな坊やをか? いやはや‥‥」
無遠慮に煙草の煙を吐き出し、元DF隊員の男は呆れたように肩をすくめた。
●九州〜K村近辺山中
「誠からの情報によれば、生徒達も墜落現場に向かっているらしい。怖いモノ見たさというヤツか? 困ったものだな」
「厄介な事になったな。分校の生徒達は、バグア側の洗脳教育でUPCに対して悪感情を抱いている‥‥此処は細心の注意を払って行動する必要があるだろう」
山中の空き地に着陸させた移動艇から降り、深夜の山道を徒歩で移動しつつ、鷹見 仁(
ga0232)と煉条トヲイ(
ga0236)が言葉を交わす。
墜落地点じたいは上空に接近した時点で容易に判明していた。山火事というほどひどくはないが、付近の樹木の一部が赤々と燃えているのが移動艇の中からでもよく見えたからだ。
また墜落したのは旧式機ということもあり、特にバグア軍が鹵獲のため動いているという情報もない。パイロットさえ発見できれば、速やかに救出して移動艇で基地まで連れ帰る――それが今回の任務目的だ。
だが問題が二点ある。
1つは山中に棲息するキメラが一般人のパイロットを襲う危険。そしてもう1つは、近くにあるK村分校の生徒5名が勝手に寮を抜け出し、墜落機を捜しに行ったという誠からの緊急連絡だった。ちなみに誠自身も万一に備えて同行しているので、生徒達の人数は計6名という事になる。
傭兵達が基地を出発した時にはもう生徒達も寮を抜け出したというから、時間的に考え現場で鉢合わせ、という可能性もある。加えて彼らがキメラに襲われる危険も無視できない。キメラじたいは地球人を発見しだい攻撃するための本能を刷り込まれているため、親バグア派だろうが何だろうが区別などつけないからだ。
ただしこれには例外もあり、バグアの寄生を受けた宿主(俗にヨリシロとも呼ばれる)、バグア側能力者、その他何らかの肉体改造を受けた人間等にはキメラも手を出さず、逆にその命令で動くケースも多々報告されている。
「墜落した機体の、パイロットも心配だけど‥‥。現場に向かってるっていう誠も、心配‥‥。今までの潜入活動が‥‥ムダにならないように。急がないといけない、ね」
前回、誠とは別ルートでK村に潜入し調査にあたったリオン=ヴァルツァー(
ga8388)が、心配そうに呟く。
「暗くて色々と注意しないとだけど、なるべく早く現場に向かわないとね」
艇を降りるなり覚醒したフィオナ・シュトリエ(
gb0790)は、「探査の眼」を使い一通り周囲の安全を確認。前回の傭兵部隊の報告通り、K村を取り囲む夜の山林は競合地域とは思えないほど平穏だった。
「時間をかけると面倒な事になりそうだ。急いで現場に行こう」
伊河 凛(
ga3175)が仲間達を促した。
(「親バグアの洗脳教育か‥‥確かにどちらが正しいか、は問題じゃあない。これは戦争だ」)
幼い頃、バグア軍の侵略で家族を喪った凜はふと思う。もしあの時、周囲の大人達から「あれは全てUPCが仕組んだ陰謀だ」と教えられていたら、自分も簡単に信じ込んでしまったかもしれないと。
(「だが、戦う理由は重要だな。誰かに唆される訳ではなく、自分の意思で」)
「ちょっと待ってください! いま、誠と回線が繋がりました」
バグアのジャミング下で通常の無線が使えない中、唯一使用可能な特殊短波無線機を耳に当て、リヒト・グラオベン(
ga2826)が一同を呼び止める。
誠の方も同タイプの小型無線機を所持しているのだが、もし移動中おおっぴらに使えば当然一緒にいる生徒達に怪しまれてしまう。そこで事前に打ち合わせ、誠の方は送信スイッチONの状態のまま無線機をズボンのポケットに忍ばせるよう指示してある。
こうしておけば、他の生徒との会話や周囲の音声などで、彼らの動向や居場所がだいたい把握できるというわけだ。
『――ったくしけてんなぁ。結局6人だけかよ? どいつもこいつもビビリやがって』
雑音混じりの無線機から最初に飛び込んできたのは、17、8と思しき少女の声だった。
「こいつ女か? 男みてえな喋り方しやがって」
佐間・優(
ga2974)が呆れたようにいう。もっとも彼女自身も、非覚醒状態の口調は似たようなものだが。
『ま、しゃーねーだろ? 幹也と千尋は後で先生に叱られたくないっていうし。幼年組のチビ達なんか連れてきたって足手まといだしな』
続いて、誠の脇にいるらしい別の少年の声が入る。
仁はその声に聞き覚えがあった。
「こいつは確かキム・ウォンジン‥‥前に来たとき、俺も会ってる」
『アイちゃん、怖いよう‥‥キメラが出たらどうしよう?』
『へっちゃらよぉ。この村には、キメラなんて出ないもーん♪』
少し遠くから、10〜12歳くらいの子供達の会話がとぎれとぎれに聞こえた。
『あ、木が燃えてる! 北の方だ‥‥ここからなら、あと15分くらいかな?』
最後に、一際大きく誠本人の声が聞こえた。少々わざとらしいが、何とか自分達の現在位置を伝えようという苦肉の策だろう。
「やはり生徒達も墜落現場に向かっているようです‥‥皆さん、急ぎましょう」
リヒトの言葉に、傭兵部隊は墜落地点を目指して改めて移動を再開した。
暗視スコープを装備した者が先行し、スコープ未装備の者は無駄にキメラを引き寄せないよう明度の低いランタンで足下を照らしつつ、なおかつ足早に現場へと急ぐ。
能力者の体力が幸いし、キメラの襲撃を受けることもなく10分ばかりで墜落現場に到着することができた。
戦闘機の機体は山肌にのめり込むようにして大破していたが、コクピットの中はもぬけの殻だった。どうやら、パイロットは射出座席で脱出に成功したらしい。
傭兵達は三班に分かれ、各々パイロットの捜索、キメラ警戒、そしてこちらに向かっているはずの生徒保護のため行動を開始した。
「空中で投げ出されてるなら、誤差はあるにしても、てんで方向違いの所にはいないわよね‥‥」
覚醒変化で女らしい口調に戻った優が、事前に入手しておいた墜落までの飛行記録を元に、這った後はないか、血の跡はないか、など人間が移動した痕跡をチェックしつつ墜落地点を起点としてリオンと共に捜索にあたる。
間もなく、森の奥から立て続けに銃声が上がった。
キメラ対応班の仁、ゲック、フィオナも含む傭兵達がすかさずそちらに向かうと、山犬を一回り大きくしたような獣型キメラ3匹が、大木の根元に負傷して座り込んだ正規軍パイロットを取り囲み、涎を垂れ流して今にも襲いかかろうとしている所だった。
「く、来るなぁー!」
まだ若いパイロットは悲鳴を上げて手にした拳銃を発砲するが、赤く輝くフォースフィールドに銃弾を弾かれ、キメラの群は唸り声を上げつつジワジワと迫っていく。
傭兵達はただちに戦闘体勢に入った。
分校の生徒達が近くまで来ている可能性を思えば、迂闊に射撃武器は使えない。
まずファングを構えた優が瞬天速でキメラの囲みを突破、パイロットを庇う位置に飛び込む。
地面を蹴って襲いかかってきたキメラに対し、仁はカウンターのソニックブームで斬りつけ大きく後方へ弾き返した。
ゲックはロエティシアの爪を振りかざし、狙いをつけたキメラに瞬天速で肉迫するなり急所突き、先手必勝などスキル併用をいとわず切り刻む。
「他の班の邪魔はさせないよ」
イアリスの鞘を払い、間合いを詰めたフィオナは枝の多い山林での戦いという判断から、突きと縦斬りを主体に攻撃した。噛付きと体当たりによる敵の攻撃はあえて受けに徹する。身体の傷はロウ・ヒールで自己回復させた。
5分ほどの戦闘の後、残る最後の一匹に仁が蛍火と白雪の二段撃でとどめを刺し、とりあえずその場にいたキメラ達を全滅させた。
銃声を聞いた他のキメラどもが寄ってこないうち、優とリオンが急いでパイロットに応急手当を施す。
「た、助けに来てくれたのか‥‥ありが‥‥たい‥‥」
そこまでいいかけると、緊張の糸がプッツリ切れたのか、正規軍の若い男はそのまま眠るように気を失った。
リオンは周りの木の枝とトレンチコートを組み合わせた簡易担架を作成、自らパイロットの搬送役を引き受けた。
体重だけでも自分の倍はある大の男を、少年が軽々担ぎ上げたとき。
「――止まれ!」
トヲイの鋭い声と共に、森の奥で動いていた複数の光輪がピタリと止まった。
懐中電灯を手にした6人の少年少女――分校の生徒達だ。現場近くまでたどり着いたとき、やはり銃声を聞きつけここまで来てしまったらしい。
「待ってください! 僕たち、怪しい者じゃありません!」
最初に両手を挙げ、大声を上げたのは誠だった。傭兵達のうち何人かとは既に顔見知りだが、もちろんお互いその事はおくびにも出さない。
また仁は前回の調査で生徒達と会っているが、周囲が暗いうえ暗視スコープで顔を覆っているため気づかれていない様子だ。
「失礼、現地の方達ですか? ここはキメラ出現の恐れがある危険エリアですので避難して下さい」
なるべく生徒達を刺激しないよう、穏やかな声でリヒトが告げた。
「あんた達、UPCの能力者かよ‥‥?」
茜とキムが敵意を込めた目で睨み付け、アイ、一樹、ユンら小さな子供達は怯えたようにひしと抱き合っている。誠は誠で、パイロットが無事救出されたのを見て内心ホッとしている様子だった。
「ああ、その通りだ」
トヲイが正直に答える。変に身分を隠したり嘘をついた所で、彼らの疑心暗鬼を深めるだけだ。
(「できれば穏便にお帰り願いたい処ではあるが――これで大人しく帰るなら、誰も苦労はしないな」)
「ここへは仲間を助けに来た。少なくとも俺にはお前達と戦う理由がない」
敵意の視線を浴びながら、凜もまた静かに呼びかける。
既にパイロットの応急手当も済み、あとは一刻も早く移動艇へと運ぶだけだ。とはいえ、子供達をこの場に残していくわけにもいくまい。
傭兵達は相談し、負傷者搬送の傍ら子供達を山の出口まで送っていく事となった。
一方の生徒達は、誠を除き一様に戸惑い気味だ。
当然だろう。いくら授業で「敵だ」と習っていても、彼らの殆どは生まれて初めて実物の能力者を目にするのだから。
「余計なお世話だ! 誰がおまえらなんかに――」
「まあ、待てよ。面白いじゃねーか」
気色ばんで怒鳴りかけた茜を、キムが押しとどめた。両手をポケットに突っ込んだままゲックの前に歩み寄り、挑発するかのようにガンを飛ばしてくる。
「じゃあ何かい? もし帰り道でキメラが出たら、オッサン達が身代わりになってくれんの?」
「‥‥ああ。約束しよう」
「おーい聞いたか? なら、ありがたく送ってってもらおーぜ。うまくいきゃ、バケモノ同士のケンカが拝めるしな」
強がってはみてもやはりキメラが怖いのか。茜を始め他の生徒達も不承不承、キムの提案に同意せざるを得なかった。
意識を失ったままのパイロットを移動艇内の簡易ベッドへ寝かせると、(面の割れる怖れがある)リオンと仁を付き添いに残し、他の傭兵達は誠を含む生徒らを寮の近くまで送り届けた。
幸い――というよりむしろ奇妙な事に、キメラの襲撃は一度もなかった。
時折フィオナが「探査の眼」で探るとそれらしい複数の気配を感じるのだが、なぜかこちらに近寄って来ないのだ。まるで何者かの命令を受けているかのように。
「もうこの辺でいいぜ。あんたらと一緒にいる所を他の連中に見られたら、それこそ後が面倒だからな」
木々の間から寮の建物が見えたとき、キムが再び口を開き、分校の生徒を傭兵達から引き離すようにして先に帰らせた。
そして自らも寮の方へ向かって歩き出した時、一瞬だけゲックの方へ振り返り、(名演技だろ?)と言いたげにニヤッと笑った。
「キム・ウォンジン。能力者のダークファイター。いま、ある任務のため例の分校に潜入中だ‥‥ただしこの事は仲間にも秘密にしておけよ? もしあんたが他言するようなら、タカセの安全も保証できんからな」
ゲックの脳裏に、ラザロの言葉が蘇る。
(「SIVAの連中‥‥一体、何を企んでいる?」)
移動艇に撤収した後も考え込むゲックの傍らで、
「‥‥次はあの子達も救えれば良いのですが」
「救ってみせるさ。俺はあいつらの友達だ。たとえ疑われようが、嫌われようが‥‥友達になったんだからな」
リヒトと仁が、艇の窓から分校の方角をじっと見つめている。
「今の段階で何を言ったところで、馬の耳に念仏だろう。俺達は現状で出来る限りの最善を尽くす‥‥それだけだ。信頼は言葉ではなく、行動で勝ち取るものだからな」
離陸する艇内で腕組みし、トヲイは目を閉じたまま静かに答えた。
<了>