●リプレイ本文
●海中進撃
既に始まっていたUPCとバグアの海戦の混乱の最中、十機のKVが揚陸艦を離れ海へ飛び込んでいく。
「コールサイン『Dame Angel』、ケニトラ港揚陸戦に従事し、奥に見据える司令部撃破してラバト包囲の一環を担うわよ」
全機、そして揚陸艦へ向け、アンジェラ・D.S.(
gb3967)は通信を投げる。
「‥‥実は水中って初めてなんだよな。長年愛用している機体だから信用はしてるが」
そのアンジェラ機に牽引された阿修羅のコックピットの中で麻宮 光(
ga9696)が言った。
二機だけではなく、水中戦能力を本来持たない機体を駆る者は水中戦機に牽引される格好になっていた。
「すみませんね‥‥」
「何、地上で頑張ってくれれば良いね〜」
終夜・無月(
ga3084)の言葉に、彼の駆るミカガミ改を牽引するリヴァイアサンのコックピットでドクター・ウェスト(
ga0241)が応えた。
「神棟、身体の調子は戻った、かな?」
UNKNOWN(
ga4276)もまた、自身の機体を牽引する神棟星嵐(
gc1022)の機体へ向け通信を開き、問う。先の戦いで重傷を負った星嵐への気遣いには、「もう問題ないですよ」という返事が返ってきた。
水中用キットは装備している為戦闘自体は行える機体が殆どだったが、唯一、ミシェル・オーリオ(
gc6415)のノーヴィ・ロジーナだけはそれもない為、水上に胴から上を晒している格好になっている。必然的に、そのミシェル機を牽引する抹竹(
gb1405)機も水深のかなり浅いところを潜航することになった。
「皆々様方にお任せして目立たないようにしてますかね‥‥」
抹竹は小語する。それなりに水深の深い場所を進んでいる為、敵にも存在を気付かれにくい状態ではあった。
同様に――此方は牽引する機体もない為、自発的なものだが――ムーグ・リード(
gc0402)のパピルサグもまた、潜行からの奇襲を避ける為に他の機体に比べると浅い位置にいる。
彼の故郷たるアフリカにおける作戦も大詰め。
失敗は出来ない――。
考えていた矢先に、濃い青の向こうにうっすらと黒い影が見え始めた。それが指し示す事象を察知し、ムーグはソナーブイを設置にかかる。
一方で彼より水深の深い場所にいる傭兵たちは――。
「アンノウン殿。囮役お願いします! こちらもすぐに仕掛けますので!」
やはり敵の存在を察知し、動き始める。星嵐が声を上げてUNKNOWN機を牽引していたワイヤーを切り離し、またウェスト機も無月機の、アンジェラ機が光機の牽引を解除した。
「鬼さんこちら、手の鳴るほうへ〜♪」
それまでは全機、港に向かって直進していた。だが前方に敵の姿をはっきりと捉え――傭兵たちから見て手前側にクラーケンがいるということを把握した段階で、須磨井 礼二(
gb2034)のリヴァイアサンが、ガトリングを放ち続けながらもパイロットの言葉通り鬼ごっこでもするかのように軌道を変えた。礼二機がクラーケンの前方、右上に逃れるように走り抜けていく一方で、UNKNOWN機の牽引を止め身軽になった星嵐機、此方はクラーケンの右側を大きく迂回し始める。
アンジェラはクラーケン二匹と自機の間にウェスト機が入るように機体の位置取りを変え――そしてそのアンジェラを含めた海深くにいるすべてのKVのポッドから大量の魚雷が撒き散らされ――弾幕と化したそれは、早くも迫りつつあったクラーケンたちの脚の動きを止めた。更に上から抹竹機も魚雷を撒き散らし、クラーケンの頭頂部への面攻撃に成功していた。
だが主にクラーケンを狙って放たれたその弾幕の範囲の下を掻い潜り、後衛にいた筈のゴーレムたちが上昇、接近しつつあった。
「接近はさせないわ」
アンジェラが言い、ブラストシザースで牽制する。その分弾幕が弱くなり、総数の半数以上が接近していたクラーケンの脚のうち四本が弾幕をくぐり抜けた。
脚はそれぞれウェスト機、光機、無月機を絡めとろうとする。形状からして切断攻撃が有効だろうというのは傭兵たちも暗黙的に理解できていたが、ウェスト機を除いた二機は後に控えるであろう陸戦のための装備を考慮してか、切断可能な武装を持ってきていない。
「コレはイカキメラなのかクラーケンキメラなのか‥‥う〜む」
唸りながらウェストは自力で対処、無月機と光機についてはUNKNOWN機が対処を試みたが――。
「――む」二機の捕縛を防ぐ代わりに、遅れて接近していたもう一本の脚に捕らえられてしまった。
捕らえたら此方のものとばかりに、一瞬でUNKNOWN機の外装の大半に脚を巻きつけたクラーケンはそのまま絞めにかかる。ミシ、と外装が軋む音が聞こえてきそうな様相だった。
だがそれ以上をさせるほど傭兵たちも温くはない。
ウェスト機が再度レーザークローを閃かせ、UNKNOWN機を拘束する脚の、拘束部分より根元に近い方を切断する。すると力が抜けた拘束具はUNKNOWN機自身の力によって呆気無く効果を失った。
拘束されるまでの一瞬の間にウルを構えていたUNKNOWN機の損壊は、先程の様子ほど大きなものではない――のだが。
「‥‥思ったより面倒なキメラだな」クラーケンのある様子に気づいた光が舌打ちする。
――計四本の脚を切断された二匹のクラーケン。
だがその切断部分から、新たな脚が生えようとしていた。
一方、礼二と星嵐は自分だけを狙い迫り来る数本の脚をかいくぐりながらも反撃の機を窺っていた。
ゴーレムは二機とも完全に他の機体狙い、クラーケンも主な攻撃目標はそちらであるらしく、二人にはそれぞれ一、二本程度の脚しか襲ってきていなかった。脚の射程は思っていたよりも長く、かつ切断してもまた生えてくるなどという情報も厄介ではあったが、自分めがけてくると分かっているのであれば、その脚の機敏さ故に回避し切ることが不可能だとしてもまだ対処はしやすい。絞めつけられるのはまずいが、たたきつけられることまでは許せる。
そんな理由もあって鬼ごっこの要領で逃げ回っていた礼二は不意に機首を下方のクラーケンに向けると、
「いけっ」ガトリングのトリガーを絞った。
噂で弱点と聞いた目を狙って降り注いだ弾丸の雨は、途中でクラーケンの脚に当たって防がれた。その脚は元々礼二機を狙っていたものであることを考慮すると、やはり弱点というのは間違いではないらしい。
と――不意に、背後から不自然な動きの波紋が襲いかかった。
クラーケンに捕まらないようにすぐに移動を開始しながら様子を窺う――恐らく本来の攻撃目標ではないゴーレムが、先程まで自分がいた場所の後方でよろめいていた。
「悪い、一機そっちにやっちまった!」
「問題、アリマ、セン‥‥」
直後、欧州軍の軍人らしき声とムーグの声が回線越しに響いた。
ムーグがソナーブイを設置したのは横撃の可能性を憂慮したからだったが、その予感がズバリ当たった。礼二機の後方で不意打ちを仕掛けようとしたゴーレムをガウスガンによる射撃で阻止したのだった。
――というのを礼二はもう少し後に知る話だが、ともあれ追撃でさっさと仕留めることにする。よろめきから立ち直りかけたゴーレムにセドナを浴びせ再び体勢を崩させ、クラーケンを近づけないことも兼ね牽制のガトリングを浴びせつつ接近。クラーケンがその間脚を接近させられなかったのは、ムーグや抹竹といった水深浅くにいる機体が援護をしていたからでもあった。
礼二は最後はシステム・インヴィディアを発動しながらレーザーブレードで薙ぎ払い、爆発に紛れてクラーケンの視界から逃れる。
丁度その頃星嵐はといえば、反対側から同じクラーケンに接近を図っていた。後ろからはもう一匹に追い回されているが、他方の動きに気を取られている敵こそ標的とすべきと踏んだのだ。
クラーケンの背後――目がない方向なのでそうなのだろう――から接近し、頭を斬りつける。するとクラーケンが体を躍らせて暴れだし、同時にすべての脚が海底を叩くように下に沈んだ。
戻ってくるまでの時間は僅かだったが――それだけで十分だった。
側面から接近していた礼二が今度こそ、エンヴィー・クロックを使用しながらガトリングを目に叩き込んだ。
――弱点というからには攻撃することで何か変化をもたらすことには間違いないだろうと思っていたが、それはある意味想定以上に劇的なものだった。
視界を失ったことで恐慌状態に陥ったのか、それきりクラーケンは攻撃を止めて一目散に逃げにかかったのである。
本来の任務からして止めてまで倒す必要はなく――、もう一匹も援護を得ながら礼二と星嵐とで弱点を突いてしまえば、残ったゴーレムなど敵ではなかった。
●揚陸襲撃
合流、再度牽引の関係を結び終えた傭兵たちは、それからは何事も無くケニトラの陸地に到達する。
尤も、全機が最短距離の港から揚陸したわけではない。礼二は残ったゴーレムの対処に当たり、警戒の為に一歩遅れて上陸することにしていたムーグも今はそちらに行っていた。
――その二機以外が上陸した、まさにその刹那。
港のコンクリートをいとも簡単に突き破り、KVの目の前にEQが出現した。
EQは突き上がったその勢いのまま体を上昇させるところまでさせ、背中をくねらせる。
あわよくばKVを呑みこんでしまおうかという勢いだったが――標的となっていた無月機は揚陸直後の奇襲そのものを読んでいた為に難なくこれを躱す。
EQがまたコンクリートを破砕するのを横目に、そのまま横へ移動した無月機は――レーザーライフルで司令部の狙撃を試みた。
EQが起こした土煙のせいで視界は悪かったが、それでも一発命中したらしく遠くで小さく破壊音が響く。その間にも、他のKVたちは単身自分たちのテリトリーに飛び込む形になったEQを叩いていた。
流石に一発で破壊できるほど弱い構造ではないらしく、視界が晴れた後もビル状の建物の形は崩れていなかった。
せいぜいガラスが破壊されたくらいだろう。もっと近くに行けば必然的に狙える武装も増えるため、傭兵たちは前進を始めた。
進むのは100m――司令部まで400mのところまででいいのだが――歩み始めてまもなく、強烈な頭痛がコックピット内の傭兵たちに襲いかかり始めた。
「頭痛の種が1つ2つ‥‥」
渋面を作りながら、抹竹は目に付くCWを長距離バルカンで破壊していく。陸戦になってようやく自由に動けるようになったミシェルもまたガトリングの銃弾を周囲のCWに対して撒き散らした。
尤も、警戒すべき対象はCWのみではない。
UNKNOWNや抹竹、光はEQの存在にも注意をしていたが、地殻変動計測器はその頃漸く上陸したばかりのムーグ機しか持ってきていなかった。
足元の音や振動というものは、如何せんそれだけを頼りにするにはあまりにも頼りない情報源で――。
「――もう一匹いたようね」アンジェラが口を開いた直後、前衛と後衛に分かれていたKVの丁度中間に一気に二匹EQが現れた。
二匹とも後衛を狙っていたため、背を向けられている前衛にとってはチャンスではあったが――その刹那、好機を活かそうと振り返っていた無月機、UNKNOWN機、ウェスト機、光機の背後に次々とガトリングの銃弾が叩き込まれた。
幸い後衛機もEQの攻撃から逃れることに成功し、その別の襲撃にも気づいたようだった。
「こっち方面ではよくよくゲルトに会いますから、ね。まさかとは思いますが‥‥」
星嵐が険しい表情を浮かべると――。
『あんれ。なんでいるってわかったんだよ。つまんねーな』
――思わぬ反応が返ってきた。
まさか本当にいたとは。星嵐は思わず唖然とし、彼同様先日してやられたばかりの抹竹は「勘弁して下さいよ‥‥」と零す。
「――無月、少し任せてもいいかね」
一方、UNKNOWNはすぐ横の無月機に向かってそう通信を投げた。EQにも背を向け――前方、司令部との間に見えたティターンを見据える。
任せるとはEQのことだろう。無月は肯きつつロンゴミニアトを振るい、
「月狼にも四神がいましてね‥‥」
呟いた。直後に、UNKNOWN機を挟んで向こう側にいた光機もまた振り返る。
光機が前を見据えた頃にはUNKNOWN機はブーストをかけ、迎撃にも構うことなく接近して盾をティターンに圧しつけたところだった。
『‥‥その黒い機体、なんかこないだも見た覚えあんなー』
圧力を受けながらも、ゲルトの口調には余裕が感じられる。
「――誰だったかな?」一方でUNKNOWNも――実際先日相対したばかりなのだが、そう問う。
『機体がちげーからわかんねーか?』
「おお‥‥あの時の」言われ――わからないと言ったのがわざとかどうかは兎も角、UNKNOWNは思い出した素振りを見せる。
「借りを、返そう」
『そんなもん返さなくていーんだぜ。身軽なのが好きなんでな』
ゲルトはくっく、と通信越しに笑い声を零した。
「その割に、白虎なんて肩書きついてるじゃないか」
それまで接近しながらも会話を黙って聞いていた光だったが、ティターンの側面に到達したところで口を開いた。
ん? とゲルトは首を傾げたようだった。
『そりゃああの人からの頂きもんだから貰ってるけど、別にその名前にこだわりはないんだよなー。僕は僕だし』
「そうか。だけどこっちは、月狼隊長としての『白虎』にこだわりがあるからな――お相手願おうか」
言って、スラスターライフルのトリガーを引く。
反応したゲルトは機体を光機から見て奥へ逃がした。一瞬で前方にかかっていた圧力が消えたUNKNOWN機だったが、こうなると逆に好都合だった。
未だに頭痛は消えきらないが、物理武器なら構いやしない――その意思が呼応したわけでもないのだろうが、後方からも司令部目がけての狙撃が始まっていた。早い段階で合流したムーグが地殻変動計測器をしかけていたことで、最初の奇襲に失敗したEQの足取りを簡単に把握、残っていた全機で撃破したのである。
『あ、やべ、中に馬鹿残したまんまだった』
狙撃の様子に気づいたのだろう。接近していた光機のツイストドリルを逃れながらゲルトは司令部を見た。その時には既に四角柱は形を崩し始めており――。
『――まぁいっか。どうせお互い本命はここじゃねーんだろうし、な』
言って光機に向き直り、手にしていた槍にて一閃する。
光機の損壊は決して小さなものではなかったが、それまでの被害が小さかったのが幸いし、まだまだ動ける状態にあった。
――やがてビルが爆発しても、やはりゲルトは愉しそうに戦闘を続けたままで――。
「次は、まあ。互いに万全な時に、だね」
『まったくだな』
UNKNOWNの言葉に苦笑いを浮かべ――任務を達成し撤退を始めたKVたちも黙って見送ったのだった。