●リプレイ本文
「む、むむ、無限湧き?!
うおお! 貴様ら! 俺様の! 経験値になれえええっ!」
ひと通り説明を聴き終えた後、最初に叫んだのはジリオン・L・C(
gc1321)だった。
「なるほど、海は陸と違って停戦ラインが明確ではないんですね‥‥」
それを綺麗にスルーして、獅月 きら(
gc1055)は口を開く。
だからこそ見過ごせない――そんな思いを抱きながら。
「海中も‥‥宇宙も‥‥人にとっては過酷な環境ですね‥‥」
BEATRICE(
gc6758)は言う。
とは言っても撃破されるわけにはいかないので、気をつけていくしかないのだが。
「一つ提案‥‥というか確認なんですが」
声を上げたのはイーリス・立花(
gb6709)だ。
「私たちが接近するとクラゲが出てくる、という話でしたが‥‥その射程内に入る前に攻撃を仕掛けるのに、何か拙い理由はあるんでしょうか」
「んー、拙いっていうか‥‥やっても弾の無駄打ちになる可能性が高いのよね」
アイシャが頭を掻きながらその疑問に返答する。
「海底に棲んでる他の生物とどうやって区別してるのかは分からないが‥‥『異物』と判断した時点でクラゲが出てくるようなんだ。KV然り、ミサイル然り。
実際、一旦連中の守備範囲外に撤退した後で最後っ屁で試したらしいしな。流石にそれで追いかけられはしなかったけど」
慎が補足したことで、そのアイデアはとりあえずおいておくことになった。
打ち合わせが終わり、ブリーフィングルームを出る。その最中、
「左遷回避おめでとう」
一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)は本気半分冗談半分の言葉をアイシャに投げた。
蒼子にとってはアイシャも慎も知っている人間で、初めて会った時のアイシャは下手を打てば左遷されそうな状況だった。
それから半年ぶりの再会になるわけだが、二人の相変わらずのやり取りには思わず苦笑いしてしまったものだ。
アイシャは蒼子の言葉に「あー」と此方も苦笑いする。
「でも中佐の不倫ネタは忘れないわよ。今のところは上司としては不満ないけど、すっごいのを感じるようになったら迷わずぶつけてやるんだから」
「忘れてあげなさいよ‥‥」
何故か胸を張るアイシャに呆れつつ蒼子は歩く速度を緩め、アイシャの後ろを歩いていた慎の横に並んだ。
「じゃじゃ馬少尉さんの手綱、しっかり捌いて頂戴ね? グッドラック」
「善処するさ」
アイシャのさっきの宣言を聴いては、二人揃って苦笑するしかなかった。
■
そして、戦場へ。
「キチンと、水中戦に、挑むの、初めて、かも‥‥?」
足手纏いにならないようにしないと、とルノア・アラバスター(
gb5133)は拳を握り締める。
そのルノアを含めた傭兵たちと欧州軍、合計十八機のKVが足並みを揃えて向かった、その戦域――。
近づくにつれ深蒼の向こう側に、明らかに造られたシルエットが見え始めた。
が、今はそれ以外には何も漂っていない。僅かながら残っている元来の海の生物も、今いる海域より先には全く見当たらなかった。
「こうも静かだと逆に不気味ね」
「全くだ」
「まぁ、静かなのは今だけですよ」
既に覚醒済みの為口調が変わっている澄野・絣(
gb3855)の言葉に威龍(
ga3859)が肯くと、神棟星嵐(
gc1022)が苦笑交じりにそう付け足した。
「それでは、ぼちぼちやりますか」
アルヴァイム(
ga5051)が言い――。
それを合図に、一部のKVから一斉にミサイルが放たれた。
プラントめがけ飛来する弾頭の数々。だが、その途中――突如猛スピードで急上昇した無数の物体がそれらを悉く受け止めた。
受け止めて尚数を残していたその異物――クラゲは兵力補充とばかりにすぐに海底から追いついてきた同胞とともに――防衛網を敷き始める。
「‥‥出て来たな! 行くぞ! 勇者パーティー!」
その様子を見、ジリオンが声を上げる。
「こちらで敵の動きを監視します。纏まった数で動いてくる場合連絡しますが気をつけてください」
他のKVに比べやや水深の浅いところへ移動していた星嵐が言った。
既に人類側も動いていた。最初に激しい動きを見せたのは、傭兵たち。横に大きく移動し――同時に陣形を組みながら――かつ、ミサイルやガトリングでクラゲの数を漸減させようとする。
クラゲたちの意識は、当然彼らに向いた。海底から浮き上がってきたモノ、またまだ浮き上がってくる途中のモノの標的も彼らとなったことで、クラゲたちの出没ルートがプラント正面から徐々にずれ始める。
「こうも心強いと、あっちとしてもいい釣り餌なのかしらね」
「お前‥‥」
妙な表現で傭兵たちの幸運を祈るアイシャに、慎だけでなく一瞬傭兵たちも脱力しかけたが――どうやら、そんな暇はなさそうだった。
ある程度標的へ向かう流れが定まった所で、クラゲたちの動きが速度を増したのだ。
加速したといっても差を急激に詰められるようなものではないが、何せ数が数なのでその様は圧巻である。
「この勢いに呑まれるわけにはいかないな‥‥!」
威龍機やルノア機、蒼子機が魚雷ポッドや水中用ガトリングで弾幕を張り、接近を図るクラゲの勢いを削ぐ。
確かに命中はしているし、撃墜されて海底に沈んでいく姿も少なからず見えた。たとえ掻い潜ったとしても、イーリス機、ジリオン機がガウスガンでそこを狙い撃っている。
だが、所謂無限増殖が相手ではそんなものは気休めにもならず――それどころか同胞を撃ち殺された怒りなのか、勢いは更に激しさを増した。
否、より厳密に言えば増したのは『速度』という勢いではなく『物量』という圧力だ。
それを指し示すのは、つい直前までと同様に張り巡らされていた弾幕を掻い潜るクラゲたちの数が明らかに増したことだった。
傭兵たちの防衛網を突破したと見るや、更なる接近を果たしたクラゲは――前衛にいた機体へ向かって、レーザーを放出し始めた。
全てを一機に集中させて、というわけではないが――数が多いだけに、むしろ分散される方が厄介だ。
「う、お、お、お、‥‥おおおおっ?!」
自機が狙われ始めたと判断したジリオンは退き撃ちに転じるものの、かえって「逃げながら同胞を殺す」というその光景がクラゲの怒りを買ったようだ。迫るクラゲの数は他の前衛機よりも多い。
「おおおっ! た、たすけろおおっ! 勇者パーティーっ!」
「‥‥言われなくとも‥‥」
全力でチキンレースに入り始めたジリオンの懇願に、BEATRICEが応じる。
というか彼女の狙いは最初から、前衛に迫るクラゲなのだが――ともあれ、魚雷ポッドから放たれた魚雷はジリオン機に迫っていたクラゲを一掃した。
一方で、イーリス機や威龍機にもレーザーは及んでいたものの、
「そう簡単に攻撃は通さないわよ!」
その前に悉く、エンヴィー・クロックを起動した絣機が立ちふさがっていた。
盾を構えながらの防御行為の為、被害は然程でもない――筈だったが。
「あ‥‥ッ!?」
異変は、何度目かの被弾の後――構えていた盾を、絣機が取り落としたことから始まった。
それからも、絣機はなかなか動く様子を見せない。
動こうとはしているのだ――だが、盾を支えていた腕に突き刺さっていた無数のレーザー痕が、彼女の機体に何が起こったのかを示している。
「澄野さんの機体が‥‥!」
傭兵の中でいち早く気づき声を上げたのは、きら。
クラゲたちもその異変を見て取ったのか、レーザーの照準が絣機に集中し始めた。――だが。
「そうはさせないわよ」
きらの警告に最も早く反応した蒼子が間に割って入る。そのついでに魚雷ポッドを射出していた為にクラゲの数は減っており、絣機の代わりに狙われる格好にはなったもののエンヴィー・クロックのおかげもあって耐え凌ぎきることに成功した。
ところが、更なる動きはその集中攻撃が止んだ時に起こった。
「上と左右、それぞれから来ます‥‥!」
流石にこれは面倒だとばかりに星嵐が舌打ちをする。最初は一つの大きな流れだったクラゲの侵攻が、今は大きく三つに――。
「――いえ、下からもです!」
続いて警告を発したのはきらだった。正確には四つの流れが生じていたのだ。
これらの動きに素早く反応を示したのはアルヴァイムとルノアだった。
元より側面に警戒を強めていた二機は左右から迫る流れに対し、それぞれ水中用アサルトライフルとガトリングで迎撃する。BEATRICEや威龍もそれぞれに加勢し、左右の勢いをせき止めた。
上に対しては、最も対等な位置にいる星嵐機がシステム・インヴィディアを使用しつつ小型魚雷で迎撃し――撃ち漏らしたものを、イーリス機がガウスガンで狙い撃った。
そして下は――麻痺から立ち直った絣機が盾となると同時にその巨体を遮蔽物として用い――その死角となった位置から、蒼子が魚雷を射出する‥‥!
大量のクラゲによる追撃戦は、一旦その迎撃を最後に収束を見せ始めた。
勿論一気に敵が全滅したわけではないが、各々が迎撃しながらも、明らかなる感覚として捉えることが出来た。
無限増殖といっても、相当数を撃墜していることから補充に時間がかかっているのかもしれない。どれだけ撃ち落としたのかは誰もが数える気にもならなかったが。
とはいえ、退きながらの戦闘を繰り返しているうちに大分欧州軍やプラントからは距離が離れてしまった。
ここからではよほど射程の長い武器でないと援護には回れないし、戦闘前のアイシャの言葉からするにその武器で援護を試みても無駄――というか、プラントに到達する前にまたクラゲが邪魔をするのだろう。
その場合、今度は明らかにプラント射程内にいるアイシャや慎に危険が及びかねない。
だからといって放置しておくのも、やはりクラゲの居場所を考えると不安ではある。
結局のところ、傭兵たちは再度接近を図らざるを得なかった。
――二度目の大量出没を迎える直前に傭兵たちが目にしたのは、最初よりも明らかに破壊されているプラントの姿だった。
この調子であれば、破壊はそれこそ欧州軍だけに任せて大丈夫かもしれないが――。
その安堵感をぶち壊したのは、当然ながら海底から射出された大量のクラゲだった。
今度はすぐに攻撃を行うことが求められた。一瞬でもタイミングを逃すと、よりプラントに近い欧州軍が狙われかねない為である。
「はーっはっはっは! 俺様の! ハイッパーな火力をォ‥‥!」
ジリオンがコックピットの中でタメを作る。きっと今頃彼の頭の中では機体が何らかの演出的な変化を迎えていることだろう。気分の問題だが。
兎も角。
「くらええっ! 勇者! クラーーーッシュ!!」
システム・インヴィディアを使用しての一撃が、真上へ向かうクラゲの流れの横っ腹を殴る格好になった。
このままでは彼が集中狙いされてしまうこともあり、他の傭兵たちも即座に攻撃に加勢する。
――ひときわ大きな爆発音が轟いたのは、その直後だった。
「こっちは終わったわよ!」
続いて、アイシャからの通信が入る。
プラントの破壊――その非常事態は、クラゲの判断を迷わせた。
その間にジリオンは危険地帯を脱し――否、すべての傭兵と欧州軍がそれぞれにその場からの脱出を開始する。
無論、クラゲはすぐさま追手と化したが、
「残念ながらミサイルではありませんが‥‥」
言いながらBEATRICEが放ったエキドナや、蒼子が放った重量魚雷等――大量射出により弾幕でその勢いを削ぎ、その間に全力移動で撤退していく。
勢いはあるものの、決してクラゲ自体が速いわけではない。一度距離が開いてしまえば、後は追いつかれるようなことはなかった。
■
戦闘終了後――。
前線基地のドッグで、傭兵たちとアイシャや慎ら欧州軍は再会を果たした。ピンピンとしていた二人を見、きらや蒼子あたりはほっと安堵の息を吐いたものである。
「お陰でこっちは殆ど何の被害もなく逃げ切れた。全く傭兵様様だな、助かった」
そう言って、慎は軽く頭を下げる。
その横でアイシャはからからと笑った。
「ほんとほんと。それに戦闘中とはいえ、いいもの見させてもらったしね」
「いいもの、ですか?」
イーリスが問うと、アイシャは笑みを悪戯っぽいものに変えた。
「ばったばったとクラゲなぎ倒してたじゃない?
やってる方は大変だったと思うから勿論感謝してるけど、同時に爽快感もあったのよね。バグアなんかーって」
「あぁ‥‥成程」
何となく彼女が言わんとすることを理解し、その場の誰もが(人によっては苦さ交じりの)笑みを浮かべた。
ちなみに、傭兵が帰投する時――。
ジリオンは愛機の装甲の上に乗り、見送りに来たアイシャの姿を見下ろした。
そして、叫ぶ。
「アイーーーーシャ! 俺様の熱き魂の輝きを見たか!
ふふ‥‥俺様の無敵街道はまだまだまだまだ続くぞ! この無限に続く空の果てまでな!
アディオス! アフリカ!
アディオス! アイシャ!
そして‥‥また会おう! 運命の女神達よ!」
一方的に叫ぶだけ叫んで、颯爽とコックピットに乗り込むジリオン。
「‥‥ねえ、アレっていつもあんななの?」
「‥‥気にしたら負けだと思います」
呆然としているアイシャに向かって、傭兵たちの中では最後までドッグに残っていたきらがどこか残念そうに頭を振った。
――その後、件の海域でクラゲの姿が見られることはなくなったという。