●リプレイ本文
●旅人を襲った悲劇
晴天の下、長閑な村の道を歩く二人の男女の姿があった。この村の住人ではなく、村に興味を惹かれた旅人のようだ。
彼らは歩いていくうちにちょっとした広場に辿り着き、そこで休憩を取ることにした。
石材で出来た椅子の上に、まず女が座る。それからその女の膝を枕にし、男が横になった。その状態で互いの顔を見つめながら話す二人の様子は、仲睦まじいようにさえ見える。
しかしその平穏な光景は、空から響いた奇声によって壊されることになる。
ただ事ではないとすぐに察した二人は、それぞれ椅子から離れて空を見上げる。
――自分たちではまるで手が届かないほどの高さを飛ぶ、二つの影が見えた。その身体は翼も含めて全てが灰色だ。
何者か、と考える前に旅人たちの中では「キメラだ」という結論に簡単に行き着く。
次の瞬間キメラが二人の存在に気付いた。広場に向かって急降下し始める。
二人は身を翻し、逃げようとしたが――数歩進んだ時、女がバランスを崩した。
男がたたらを踏んで振り返ったときには、女の身体は腰を支える形でしっかりと抱え込まれていた。
抱え込んでいるのは、一体のキメラだ。
「やだぁ〜! 放してぇ〜」
女が暴れても、キメラは全く動じずにそのまま空へと舞い戻っていく。
男はそれを食い止めようと女に向かって手を伸ばしたが、虚しく空を切る。
そしてその刹那、彼ももう一体のキメラによって女と同じ運命を辿ることになった。
抵抗も一般人同然のこの二人――聖・真琴(
ga1622)と漸 王零(
ga2930)が、自分たちと同胞を倒しに来た能力者の一員であること。
それを未だ、二匹のキメラは知らない。
●鉄槌の車輪は廻り始め
聖堂の前にある広場。その中心に、セイレーンたるキメラは佇んでいる。
建物の周囲にある森の中で散り散りになり、身を潜めながらその姿を見つめる四つの人影があった。
「――あの時のキメラ、か。‥‥此処で、今度こそ殺してやる。
その身の原型を留めぬほどに、驟雨が如き銃弾の雨をくれてやろう」
御影・朔夜(
ga0240)はシエルクラインを構えながら呟く。取り逃がしたという失態は自らの手で終わりにさせる。
「‥‥今度は逃がさん‥‥。あの街での罪もまとめて死を以って償わさせてやる‥‥」
朔夜同様、以前にもセイレーンと対峙した経験のある不破 梓(
ga3236)はそう決意をしながらも木陰で座禅を組み、心を落ち着かせようとする。
「罪人が逃げることは許されない‥‥必ず‥‥」
一方、このキメラを初めて目にした神無 戒路(
ga6003)は冷徹にそう呟き。
「どーせブチのめすンなら女形だよなー。
訳解ンねーけど妙に興奮するっつーの。マ ジ で」
OZ(
ga4015)は舌なめずりをしながら待機する。
この二人の手には、それぞれ自らの得物ではない武器が握られている。
――武器の本来の持ち主は、ガーゴイルに抱え込まれる形で空からやって来た。
■
新たな獲物を捕らえてきた自分たちを仰ぎ見る同胞を飛び越し、二匹のガーゴイルは両開きの聖堂の玄関の前に着地する。
そしておもむろに玄関を開くと、ゴミでも投げ捨てるかのような仕草で真琴と王零を聖堂の中に放り込んだ。
それからすぐに扉を閉め――どうやら飛び立っていったらしい。ばさばさという翼のはためく音が扉越しに二人の耳に届いた。
「また乱暴だな‥‥」
「獲物に気を遣う必要なんかないってことでしょ」
顔を見合わせた二人は不意に、聖堂の中から刺さってくる奇異の視線に気付いた。
当然といえば当然だ。自分たちはこの土地の人間ではない。
――だが、何故自分たちがここにいるかを説明する刻はすぐにやってくる。
玄関の外で、二発の銃声が響いた。
更にそれを機に、銃声とキメラの奇声が入り乱れ始める。
突然のことに騒然とする人々に向け、真琴は「落ち着いて!」と懸命に叫んだ。
その時、丁度二人が背を向けていた玄関が再度開く。
「始まったぞ」
髪が真っ白に染まった戒路と、身体中に幾何学模様を走らせたOZが入ってきたのだ。
二人の手には、それぞれ自らの得物とは違う武器が握られている。
それをそれぞれ本来の持ち主――真琴と王零に返すと、聖堂の中ですべきことを終えた戒路とOZは再び外へ出て行った。
先ほどよりは静かにはなったものの未だ混乱している様子の人々に、真琴は笑いかける。
「私達は能力者だよ。みんなを助けに来たの。だから安心して♪」
それから王零が事の経緯を簡単に説明し、ようやく人々が大人しくなったことを確認してから――二人も聖堂の外へと躍り出た。
●殲滅の歯車は更に加速する
旅人を装った二人が連れ去られたのを遠目に確認しながら――。
村に居た六人の能力者は未だ連れ去られていない村人たちに事情を説明し、今は外に出ないように諭していた。次にガーゴイルがどこに降り立つか分からず、そこで戦闘を起こしてしまったら巻き添えにならないとも限らないからだ。
「その代わり、この戦いで必ず終わらせますから」
佐倉祥月(
ga6384)は真剣な眼差しで村人を見つめる。もとよりキメラなど恐怖の対象に過ぎない村人は、懇願の視線を返しながら肯いた。
村を回り説明を終えると、能力者たちは見晴らしのいい場所で再びガーゴイルがやってくるのを待っていた。隠密潜行を使える者は使用し、気配を消すことが出来ない者は物陰に隠れている。
「なかなか厄介な相手みたいだな」
九条・縁(
ga8248)は村人たちの様子を思い出して言う。今のところはただ連れ去るだけのキメラ。まだ村人たちは、連れ去られた人々が放っておけばどうなるかという末路を知らない。――それでも怯えきった様子を隠せないのは、やはり村全体を恐怖が覆い尽しているせいか。
「それでも見逃すわけにはいきません」
優(
ga8480)はこれから対峙するであろうキメラ――否、バグアに与する全ての者への憎しみを込めて呟く。憎しみに流されてしまいそうな心を律するのも忘れない。
そんな風に能力者たちが待機していると、
「‥‥来ました」
双眼鏡を手に遠くの空を見つめていたオリガ(
ga4562)が告げた。彼女が指差した先には確かに異物が飛んでいるのが、肉眼でも分かる。
異物――ガーゴイルが飛んでいく方角に合わせ、能力者たちも移動を開始した。
――キメラが再度大地に降り立ったのと、能力者たちがその降り立ったところに追いつくまでにそれほどタイムラグはなく。
六人は三つの班に分かれ、獲物を探しているガーゴイルを建物の陰から見つめる。
「必ず、全部倒します‥‥!」
レイ・アゼル(
ga7679)は怒りに満ちた視線をキメラに向け、
「星よ、力を」
クラウディア・マリウス(
ga6559)はそう呟いて覚醒を済ませる。彼女の左手首にブレスレットが顕現したことを見止めると、他の能力者たちも覚醒する。
そして――。
スパークマシンΩの電波と、弱体の電波が同時にキメラのうちの一匹に襲い掛かった。
それを契機に、今攻撃を行った以外の四人の能力者は次々と建物の陰から躍り出る。
「滅しなさい」
一切の感情を消し去った優は、ただ冷淡でしかない言葉と共に月詠による斬撃をガーゴイルに刻もうとする――が、話に聞いていた通り敵の皮膚は相当に硬く、小さな傷こそつけたものの逆に優自身の刀を握っていた手が多少痺れてしまう。
「おらぁっ!」
刀による攻撃なので、額に刻印を浮かべた縁の攻撃も目に見えた効果は現れない。しかしながら斬ることよりもたたきつけることに意識を向けていた彼の一撃は、傷をつけるのではなくキメラの硬い皮膚を砕き散らした。
近接距離に接近した二人に、それぞれ体勢を立て直したガーゴイルの一撃が飛ぶ。
ただのパンチとキックだというのに、キメラならではの身体能力と皮膚の硬さが馬鹿にならない威力が生んでいた。ガードはしたものの縁も優も吹っ飛び、二人の背後にいたレイや祥月との間を遮るものがなくなる。
しかし、だからといって黙って近寄らせる二人ではなかった。
「セイレーンの元には行かせない。もう一匹とも連携させてあげない。もう少し私達と遊んでちょうだい」
祥月はその微笑みから全ての温かな色を消し、言う。レイも真紅の瞳で以ってガーゴイルを睨みつけた。
彼女たちが張った牽制の弾幕は二匹のキメラを分断する役目も果し、その内の一匹に再度電波が飛ぶ。
今度はダメージを与える電波も一発だけではなかった。
「オリガさんっ、いっきに畳み掛けましょう!」
予め自らの知覚を高めたクラウディアが、続けざまに電波を放ったからだ。
強固さを誇るキメラの皮膚も、物理的ではないものには何の防御手段にもならない。特にクラウディアの攻撃の効果は抜群に高く、それだけで一匹のキメラが大きくよろめく。そこに接近していた縁が一撃をたたきつけると、流石に効いたらしくキメラは数歩後退した。
目標を電波を放ってくる二人に変えようとしたガーゴイルたちだったが、その前に立つ四人がそうはさせないと牽制する。その隙にオリガやクラウディアが電波を放つ。
数度それを繰り返し、先にレイと優が牽制を行っていた方のガーゴイルが倒れると――それまで牽制を担っていた四人も一気に攻勢に出る。
「これで終わり。どこにも逃げられないわよ」
祥月がその言葉とともに、己の持つ全てのスキルを用いて死に体のキメラに弾丸を穿ちこむ。
――結果として最後までオリガやクラウディアには触れることすら出来ないまま、二匹のキメラは地に伏すことになった。
●旋律の途切れる時
セイレーンとの戦闘では、様々な音が飛び交っていた。
銃声、打撃音、斬撃の反響音。
そしてそれらの音に紛れて優艶さを失い、耳障りですらある歌――。
戒路とOZによる先制攻撃を受け森に潜む能力者の存在に気付き、最初はその人数を察して逃げようとしたセイレーンだったが――。
「逃がしはない、その翼も喉も何もかも全て――この悪評高き狼の爪牙が撃ち抜き潰してやる」
絶対零度に等しい温度の声音で呟く朔夜。その彼が身に纏う漆黒の炎は、慄然たる風格と爛々たる狂気を帯びていて。
呟いた次の瞬間にはシエルクラインをセイレーンめがけ構え――間髪を入れずに引き金を引く!
翼を撃ち貫かれ、丁度飛び立とうとしていたキメラはよろめく。そこに、
「まずは喉か羽根を潰す‥‥地面に縫いつけ、貴様の禍々しい声を出せなくしてやる‥‥っ!!」
梓が迫る。振りかざされた爪は言葉通りにセイレーンの翼を切り裂いた。
見覚えがある二人の能力者に再度相見えたキメラは――飛ぶ能力を一時的に痛みで失ったのだろう。足を器用に動かしてバックステップで後退する。
そして――切り裂く力さえも帯びた旋律を奏で始める。しかし、
「今日の私に――貴様の歌声など意味を成さんっ!! その歌は己の葬送曲にでもするんだなっ!!」
梓は身体の至るところに裂傷を生んでいることに構わず、キメラに向かって駆ける。自らの身を顧みぬ彼女の行動にセイレーンはたじろぎ、歌うことをやめた。
更に後退を試みたキメラだったが――その腕を後ろから羽交い絞めされる。
「逃がさないよっ!」
聖堂から出てきた真琴だった。まさか背にしていた聖堂から敵が現れると思ってもみなかったのだろう。動きを縛られたキメラは懸命にもがくものの、真琴は揺るがない。
「狂える仮面よ。我が元に。
――さぁ、グランギニョルの開幕だ。汝に許されるは我が刃で狂う事のみと知れ!!」
彼女と同様に聖堂から現れた王零は、『狂える仮面』を装着している。蛍火を袈裟懸けに振り下ろし、これまでにも既に多くの攻撃を受けていたキメラの片翼を完全に使い物にならなくする。真琴は彼の攻撃にあわせてキメラから腕を離しており、キメラは勢い余って地面に転倒することになった。
起き上がりながらなおも奇声を上げ、能力者たちに裂傷を作るキメラ。しかし、
「歌は、確かに人の心を魅了するモノだよ。喜びを与え、悲しみを和らげ‥‥心を癒してくれる」
その身体を、背後から再び真琴が縛り付ける。幾何学模様が浮かんだ腕を片方振り上げ、
「‥‥けど、アンタのソレは絶望しか齎さない―ーそンなのは『歌』なンかじゃねぇっ!」
首筋に一撃を叩き下ろす!
絶叫も最後の方は声にならず、キメラは死に体で地を這う。
その前に、
「逃がさないと言っただろう――貴様は今、此処で死ぬ。これは絶対だ」
そう言ってシエルクラインを構える朔夜と、
「貴様等バグアどもを裁く法は無い‥‥ならば‥‥この私が‥‥鬼が――裁く!!」
額に一対の角を生やし、腕は赤黒く変質し――まさに『鬼』と呼ぶに相応しい様相になっていた梓が仁王立ちする。
――そのキメラが最期に聴いたものは己の狂った歌声ではなく。
自らを永遠の闇に叩き落す、雨のように連続する衝撃音だった。
●終焉の手向け
分かれていた能力者たちは合流を果たし、三体のキメラを適当に葬り去る。
――これで、村に大量虐殺の歴史が残ることはありえない。
たとえこの先災厄が降りかかることがあったとしても、その時はまた――。
能力者たちは村を去った後、ほとんどがラスト・ホープに帰還した。
だが一人だけ――梓は別の場所を訪れていた。
そこは二ヶ月ほど前、セイレーンと対峙した丘で。
今は静かになった頂上には、自分を含めた能力者たちが作った一つの大きな墓標があった。
梓はその墓標の前に膝をつき、手向けの花を墓前に置く。
「‥‥遅くなったが‥‥やっと‥‥仇を討てた‥‥。
今度こそ、安らかに‥‥」
そして彼女は立ち上がり一礼すると、ゆっくりと丘を下っていった。