●リプレイ本文
●信じることと疑うこと
傭兵たちの中には、とある懸念があった。
もしも内通者の存在を怪しむ者が、これから攻めこむ基地の中にいたとしたら――。
大規模な戦場というこの状況は、それを探るにも容易い状況ではある。
「中司さん‥‥でしたっけ」
戦闘前、何人かの傭兵は中司・冬馬への面会を希望していた。
問いかけた橘川 海(
gb4179)も、勿論そのうちの一人である。
「貴方の上官さんが、他の内通者を送り込んでくることってありますか?」
意外といえば意外な質問に、冬馬は片眉を上げた。
「あるけど‥‥それがどうかしたのか?」
「その人の名前を教えてください」
そして海はその理由――懸念を語る。
もしも内通者でない誰かが内通者を装って、混乱の最中接近を図ってきたなら。
その場合誰よりも危険が及ぶのは冬馬であり、そして琴原・桜であることを。
冬馬は「俺のことは兎も角‥‥」呟いてから黙考した後、顔を上げて肯いた。
「あの基地にいるのは山井・瑞貴っていう女の強化人間だ」
プラス、傭兵である故に情報を握っている者がいた。
「‥‥あと、上官に、椿っていう子供がいたり‥‥しない?」
十歳ちょっとくらいの‥‥と付け足しつつ口を開いたのは、リオン=ヴァルツァー(
ga8388)。流石にこれには祐一も冬馬も目を見開いた。
「何でそれを知っている?」冬馬が問う。
「――前に‥‥ヨーロッパで、会ったことがあるんだ‥‥」
「‥‥確かに椿のヤツ、一時期あっち行ってたしな。
戻ってきたときなんか様子が違うとは思ってたんだが、その時何かあったのか」
「‥‥まぁ、ね」
説明するとやや長くなるので、リオンは曖昧に肯いた。
「そうか‥‥。あの時身篭っていた子供が‥‥」
苦い表情を浮かべている祐一を見遣りつつ、
(でも椿は、まだ、姿を見せてない‥‥)
リオンは胸中で、そう独りごちる。
(彼は、母親といっしょの考えなのかな‥‥。
この前の感じでは‥‥気持ちは揺れてるみたい、だったけど‥‥)
――誰に遭遇するかも、戦端が開かれないと分からない。
様々な感情を孕ませつつ――UPC軍は、樹海への進攻を開始した。
●入り乱れる戦場
人類の前線基地から向かって右、右翼。
「久しぶりに海と並んでだし、ここは頑張らないとね」
微笑を浮かべた百地・悠季(
ga8270)のピュアホワイト『アルスター・アサルト・カスタム』が樹木に覆われた陸地を駆ける。
陸にもCWが大量に配置されているらしく、頭痛は絶えないし通信もままならない。しかしそんな状況下でも前方にHWの姿を見止めると、悠季は果敢に突貫する。ジャミングの影響により命中精度が下がっていると言えど、剣と盾による白兵戦、かつ相手がただのHWとなればそう不覚を取るものではない。
その悠季機に、海機ロングボウが追従している。此方の狙いはHWではなく、CW。
複合式ミサイル誘導システムを発動し、強化型ホールディングミサイルでCWを着実に殲滅しながら悠季機の背中を追う。
信頼出来る親友が前にいる――。
だからこそ、思う。
(裏切りって不思議。信じることから生まれるんだね)
でも、それを恐れて人を信じることが出来なくなるのも嫌だと思った。
二機の突貫により陸上のワームの布陣に亀裂が生じ、後に続いた友軍のKVがその亀裂を横へ横へと拡大させていった。
一方、その上空。
狭間 久志(
ga9021)はハヤブサ『紫電』のAIのブーストカウントを聞きながら、声を上げる。
「宇宙に出てフルブースト状態での戦闘も慣れてきた処だ。下の仕事の邪魔はさせない!
――行くぞっ!」
合図と共にブースト発動、すれ違い様にCWにソードウィングでなで斬りを食らわせた後、行き着いた先で右に急旋回、今度はその軌道上にいた別のCWにも同様にダメージを与えていく。
縦横無尽に動き、まさに切り込み隊長と化した久志機の軌道に、HWは惑い、CWはジャミングを維持する余裕もなく爆散していく。地上からの対空砲火も、動きっぱなしの久志機の動きを追いきることが出来ずになかなか当たらなかった。
やがてCWがある程度減ってくると、通信もクリアになってきた。赤崎羽矢子(
gb2140)は若干余裕が出てきたそのタイミングで、友軍にHWの対処を任せて垂直離着陸能力で低空へ降りる。
木を隠すには森、というが、自然の中に浮かぶメタリックなシルエットはあまりに浮ついた存在だった。
「対空砲を目標にPRM−H−Mモード、行けっ!」
手近な対空砲台にロケット弾を撃ち込んだ後、即座に再度垂直離着陸能力を発動させ高空へ。その最中に他の対空砲台から一斉に狙われる羽目になったが、今度はPRMシステムを回避志向に発動させ損壊を最小限に留めた。
すると上がったところを、今度は空から銃弾の雨が襲った。
――衝撃が襲った方向を見ると、黒く塗られた強化型タロスの姿があった。
「‥‥やってくれるじゃない」
小さく舌打ちしてから、
「今ロケット弾を撃ち込んだ左右にもう一基ずつあるから!」
陸上のKVへその情報を伝える。まだノイズは生じるものの、通信はある程度可能になっていた。
そして羽矢子自身は体勢を立て直すと、お返しに長距離バルカンを見舞う。
かわしかけたタロスを横殴りにするように、電磁加速砲の強烈な光が襲い掛かった。
「援護します」
放ったアルヴァイム(
ga5051)機ノーヴィ・ロジーナ『字』からの端的な通信に、援護どころか止めを刺しそうだと思い、苦笑しながら羽矢子は機首を起こしてブーストをかける。
そして体勢を崩したままのタロスの装甲に、すれ違い様にソードウィングで深い裂傷をつけていった。
再び、陸。羽矢子の情報に反応したのが、悠季と海である。
既に二人は、基地の敷地に大分接近している。敷地外の敵は数を減らしており、探す余裕も出来つつあった。
そこに飛び込んできた情報は、残る対空砲台の位置を二人に伝えるには充分すぎた。
羽矢子機の一撃だけでは破壊までは至らなかった砲台には悠季機がレーザーライフルを連射し、
「まかせてっ! 固定物なら、地上からの曲射で充分狙えるはずっ!」
海はそう声を上げると、複合型ミサイル誘導システムを再度発動。先ほどと同じホールディングミサイルでも、強化してある方の照準を別の対空砲台に合わせる。
数瞬の後、前方で爆発。引き換えにその砲台の攻撃が地上に向きそうになる、が。
「いけーっ!」
海はその動きを許さなかった。投射装置を発動させると立て続けにミサイルを叩き込み――対空砲台を一気に鉄の塊へと変えた。
■
ところ変わって、今度は左翼。
「雄人さん! 聞こえる? あのね、富士樹海って人気の観光地だったんだって」
まだCWのジャミング影響下に入る前。崔 美鈴(
gb3983)はやたらと通信を行っていた。
お相手は勿論――と最早言わざるを得ない――雄人である。通信が多い理由は同じ左翼でも、美鈴が空で雄人が陸だからだろう。
「『一人旅』の人も多かったらしいけど、そんなにいいところなのかなぁ?
取り戻したら、一緒に『いく』?」
「‥‥いかねーよ」
『いく』に妙な凄みを感じて、寒気を覚えながら雄人は首を横に振る。
「乗り気じゃないの? 何が嫌なの? ‥‥お返事は!?」
「樹海に一人でいくのって、あそこ『自殺の名所』だからだっての! 絶対行かねーぞ!?」
こればかりはちゃんと言っておかねばならない。二人で行って帰ってこれなくなった、とかいうのは正直洒落にならなさ過ぎる。
すると、急に美鈴からの返事が途切れた。
(あれ、やばい。言い過ぎるつもりはなかった――いや、そもそも言い過ぎた台詞でもないと思うけど‥‥泣かせたか?)
そう雄人が思った矢先、
「‥‥二人なら寂しくないのに」
そんなことを通信越しに小さく呟かれたものだから、再び寒気を覚えた雄人は一旦一方的に通信を打ち切った。
この一連の戦いが終わったら山梨には、特に樹海には絶対に近づかないようにしようと心に誓いながら。
「にしても軍人さんにしては珍しい気がしますね。自然破壊を減らしたい、なんて。
効率を考えれば森ごと焼き払えば安全な気もするんですがね」
此方は別の通信。周防 誠(
ga7131)が言うと、
「指揮官のご意向も理解できますからな。
少々手間ですが、まぁ、なるようになるでしょう」
飯島 修司(
ga7951)からそんな言葉が返ってきた。
傭兵の能力を信用、期待した上で祐一はあんな指令を出したのだろう。
誠はそう解釈しつつ、何にせよ自分の為すべきことを為すことに集中しようと考えた。
(あいつが首を突っ込んでるという話を聞いてたし、捕まえられると思ったんだが‥‥)
不破 梓(
ga3236)は周囲の傭兵や友軍を見渡し、溜息をつく。
あいつとは行方不明になっている妹のことだが、どうやら今回の依頼にはいないようだった。
「あの馬鹿が‥‥続きは終わってからだ」
■
HWの対処を極力友軍に任せる、という左翼の空にいる傭兵の戦い方は、かなり割り切ったものと言えよう。
その友軍の援護として、美鈴機イビルアイズ『LOVE UT ONLY』はロックオンキャンセラーで空中に浮かぶHWを範囲内に捉えつつ、
「私たちが樹海に行く為にもさっさといなくなってよね!」
自身はスナイパーライフルでCWを狙い打つ。『私たち』のほかにあたるのが誰かは言うまでもない。
また、まずはCWに狙いを定めていたのは美鈴だけではなかった。
エイラ・リトヴァク(
gb9458)機コロナ『aurinkotuuli』は不規則な三次元機動でHWの砲撃をかわしつつ、零距離ないしは近距離にまで接近したCWをスラスターライフルで撃ち落としていく。
二機ともにあえて攻撃を単体に絞ったことにより、耐久性に乏しいCWは確実に数を減らしていった。それにより、次第に友軍の攻撃もHWに届くようになり――。
「来ましたか」
一変した状況に、まず修司が気付いた。
黄色くカラーリングされた強化型タロスが、敷地外へと出てきていた。
一方で誠は、それよりやや低い空でCWやタロスをエニセイで狙い撃ちつつ対空砲台の位置を捜索していた。
探している間にも光の軌道が幾つも大地から空へ向かっている。まだ空の友軍の被害状況はそこまで大きくはないのは分かるが、だからといって放っておくわけにもいかない存在であることは確かだった。
裏を返せば、対空砲台の射線は砲台そのものの位置を誠に教えている。
誠機ワイバーンはそのうちの一基の位置を特定すると、スナイパーライフルの照準をそれに固定する。
空対地、だが相手は固定されたまま動かない砲台である。
「下にも味方、誤射はできませんね――必中させます!」
トリガーを絞り、一瞬の後一撃で機能を停止させられた砲台の爆発音が周囲に木霊した。
陸は、といえば。
空同様にHWは友軍に任せ、右翼同様に傭兵機が先陣を切る形で要塞へと近づいていたが――。
「‥‥これはッ」
その気配に最初に気付いたのは佐賀重吾郎(
gb7331)だった。
大地の蠢く音。
『足元から来ます!』
そして、地殻変動計測器を備えた友軍機からの警告が入る。
直後に前方に飛び出したのはサンドウォーム。出てきた勢いだけで周囲の木々をなぎ倒し、その勢いのままに倒れこむように傭兵機を呑み込まんとする。
だが、
「シラヌイは爆発力は無いが――スピードならそこらの新型に遅れは取らんよ!」
計測器の情報を常に受け取り更新し続けていた梓の反応は早かった。
サンドウォームが倒れこむ前にシラヌイ『隼風』がその腹へと迫り、それまでも幾度となくCWを裂いていた二刀が、生体装甲を斜め十字に掻っ捌き、力を奪われた状態ながらそのまま倒れこむサンドウォームの下敷きにならぬように即座にサイドステップする。
陸上に置かれるような形になったワームの頭部めがけ、重吾郎機ラスヴィエート『暁5号』がレーザーバルカンで弾幕射撃を浴びせる。
「でかけりゃいいってもんじゃねーんだよッ!」
次いで側面へ回り込んでいた雄人機ディアマントシュタオプがレーザーライフルでワームの眼球に当たる部分を打ち抜いて視覚を奪い取ると、サンドワームは一度態勢を整えるべく地中に潜り込もうとし始めた。
尤も、それを許す筈もない。梓機が再び側面から剣戟を浴びせるとワームはその余力も奪われ――。
最後には重吾郎機にヴィガードリルで頭部と腹を貫かれた。
●突入
両翼で戦闘が繰り広げられる中、その間を横切るクノスペの姿がある。
対空砲台は自身が狙われなければ陸の存在を標的とすることはないらしく、あっさりと基地内への侵入を許した。
「ここは手っ取り早く、見取図を入手するべきかと思いますが、どうですか?」
潜入を果たしクノスペのコンテナを降りた神棟星嵐(
gc1022)はそう提案する。無論、異論のある者はいない。
リオンの探査の眼と星嵐のバイブレーションセンサーを用いつつ、敷地内を捜索し始める。
生身の強化人間はそれほど数が多くないようだった。
しかもその殆どが二人一組で流動的に行動している為に『上官』と思しき人間を特定しにくくはあったが、戦闘においては都合がいい。
相手が尻尾を掴ませてくれる状況を作り出せないのであれば、掴みに行くまでである。
手頃なところにいたペアに対し、攻撃を仕掛ける。ミリハナク(
gc4008)とリオンが盾で守りを固めつつ、それで怯んだところを星嵐がミスティックTや凄皇弐式といった武器を距離によって使い分け、ミリハナクについては自身でもハミングバードによる斬撃を浴びせてさくさくと敵を伸していく。数の利があるのならば、攻守の役割がはっきりとしている三人がそう後手を踏むことはなかった。
また、
「私の名はミリハナク。戦場に映える華ですの。名乗り返す勇気はあるかしら?」
ペアに遭遇し、その中に強そうな者を見止めると、ミリハナクはそう名乗りを上げるようにしていた。
名乗りを返させることで、その中に冬馬が言っていた内通者の名前と一致するものがあるかを自然に探る狙いである。
すると、四組目、女性二人組のペアにて――。
「村坂・樹理、よ。こっちは山井・瑞貴」
誘導に乗った一人が、そう相方を含め名乗る。
傭兵側三人は視線だけを合わせた。
少々意外な展開ではあった。樹理と名乗った女が声をかけるに値する雰囲気を漂わせていたので名乗ったのだが、一方で山井・瑞貴は肉弾戦に抵抗感を抱いていそうな表情の、恐らく支援役だと思われる小柄な少女だったからだ。
ともあれ、生身部隊の目的の一つは――この場にいる樹理さえ倒してしまえば果たされるのだが、これがなかなかに歯ごたえのある相手だった。
アジリティに秀でている樹理本人の戦闘能力も他の強化人間にはないものだったが、その性質を引き立てるのが銃での後方支援に徹し、ミリハナクや星嵐の動き方を絞らせる瑞貴だった。内通者である彼女が本気で戦うことは考えにくいが、逆に加減をすれば樹理に怪しまれるからかそれなりに能力は発揮しているのだろう。
瑞貴の二丁拳銃での地上掃射で足元の動きを止められた星嵐の鳩尾へ、樹理のボディブローがもろに入り、数メートル吹っ飛ばされるなどということもあった。返す刀で樹理はやはり足元を止められていたミリハナクにサイドアタックを仕掛けようとしたが、これは盾を構えたリオンに止められる。
「流石に油断なりませんね‥‥」
正直瑞貴の方がある意味厄介なのだが、彼女を迂闊に倒すわけにもいかない。盾に防がれ一瞬怯んだ樹理にすかさず練成弱体を浴びせた星嵐は、続いてミスティックTで意趣返しとばかりに樹理の動きを止める。
そして樹理が態勢を整えなおそうとした頃には、先ほどとは逆にミリハナクが彼女の側面に回りこんでいた。
「悪く思わないでくださいな」
そう呟いてハミングバードを振り下ろし、刹那の後に樹理の身体が崩れ落ちた。
「や、ばいかな‥‥」
その光景を見た瑞貴は踵を返そうとしたが、
「貴女の素性は聞いていますよ、山井・瑞貴殿」
星嵐がそう呼び止めたので、瑞貴は恐る恐る三人を振り返ろうとして――。
「ひゃっ!?」
「細い割に、出るところは出てますわね」
ミリハナクが後ろから、彼女の胸を揉んだ。背を向けていた為に瑞貴は接近に気付けなかったのだ。
勿論、これは単なる役得――もといセクハラの為ではない。いや、やっていることはしっかりセクハラなのだが、本当の狙いはその行為に対してどういう反応を見せるかを計ることだ。
尤も、敵意を見せるという可能性を考慮すること自体杞憂だったのかもしれない。
胸をもまれる=攻撃されない、即ち傭兵たちに攻撃の意思はないことと認識したのか、瑞貴はその場でへたり込んだのだ。
「あー‥‥疲れた‥‥」
『山井・瑞貴殿の身柄は確保しました。後は内通者と名乗られても無視して構いません』
その通信を星嵐から受け取り、生身部隊の中でただ一人、ドゥ・ヤフーリヴァ(
gc4751)だけは若干先行していた。
星嵐から報告と同時に、各施設の位置情報――瑞貴から口述で得たものだ――を得、司令部と示された場所へ向かう。
(なるほど、これは空からじゃ見えないわけだ)
やがて司令部を発見した彼は、思わず上を見上げた。
そこに空は見えない。鬱蒼と生い茂る森――を描き出したカムフラージュが、平屋の建物全体の上に被さっている。空からでは森の一部にしか見えないだろう。
ともあれ、内部に投稿者がいないかと潜入はしてみたが――。
(‥‥いない?)
大部屋が二つだけという非常にシンプルな作りになっていた司令部を一通り探してみたが、人影は全くなかった。
上層部も総出で戦闘にあたっているか、既に逃亡を図っているか。
ワームの戦力からだけでは判別出来かねる面はあるが、どの道誰も居ないのであればこの場所に用はない。
途中、奇襲で残る強化人間を伸したりしながら、星嵐がバイブレーションセンサーを用いながら行った誘導を元に他の生身部隊に合流した。
■
その頃両翼のKVは、首尾よく対空砲台を破壊し要塞の敷地内に侵入しつつあった。
『樹海で死にランデヴーする気分はどうだい?』
「その台詞、そっくりそのまま返してやろう」
緑色の強化型タロスと邂逅し、梓はそう言い返した。
重吾郎機はもう一機現れたサンドウォームの処理に入っている為、今強化型タロスに相対出来るのは二機だけだった。台詞の直後に放たれた雄人機の高分子レーザー砲を強化型タロスが避ける間に、梓機もまた動き出す。
が、数歩で足を止めた。タロスの姿が一瞬見えなくなったからだ。
更に次の瞬間、後背で何かが草木を勢いよく踏みしめる音、銃撃、いくらか木をなぎ倒しつつ何かが吹っ飛ばされる音が立て続けに響いた。
「――くそッ!」
『厳密に言や、別に樹海でなくとも出会えるんだけどなァ?
折角ここまでご足労願ったんだ、特別にオレがそこまで連れて行ってやるよ』
気付けば大分後ろに回りこんでいたタロスが、雄人機の後背に回りこんで即座に銃撃を浴びせたのだ。
機体の色はこれが狙いか。
梓は悟った。樹海には緑だけでなく幹の茶色もある為完全なステルスにはなりはしないが、跳躍などを行えば短時間姿を隠すには充分だ。
「‥‥やなこった」
戦闘前の美鈴との会話が脳裏を過ぎったのか、心底嫌そうに言いながら雄人機が立ち上がる。その寸前に、再びタロスが姿を消した。
だから梓は叫んだ。
「上を狙え!」
「――そういうことか」
肯いた雄人機のレーザーガトリングが樹海の緑を掃射しつつ空へ流れていく。
違和感のある音が響いたのはその最中で、次いで少し離れた場所にタロスが不時着した。
『――とと、ばれるのが早くねェ‥‥か!?』
「だから死と出会うのは貴様だと言っただろう」
梓機は頭をさするタロスの後背にミサイルを浴びせ、タロスが蹈鞴を踏んだところに一気に接近する。
そして――再び消える暇を与えるまでもなく、一気に連撃を叩き込んだ。
右翼。悠季機と海機の前に立ちはだかったのは、青い強化型タロスだった。
『眠いんですけどー。宿舎で寝たいんでさっさと潰れてくれません?』
「お断りね」
両手で構えた大剣を袈裟懸けに振り下ろしつつ気だるそうに言うタロスパイロットの女に対し、悠季はそっけなく返すと、その一撃を盾で防いだ。ただ重量ある一撃に、防いだにも関わらず装甲が軋みを上げる。
「悠季、横に避けてっ」
後ろで海が叫んだ。すかさずサイドステップをすると、一瞬前まで悠季機がいたところをホールディングミサイルが通過してタロスへ命中した。
『いたたた‥‥なんですか、あたしにここで寝ろって言いたいんですか。寝心地悪いのにここー』
「なら天国‥‥いえ地獄で寝ることね。寝れる環境かも分からないけど」
吹っ飛ばされたタロスにブーストで接近し、側面からGFソードを振り下ろす――。
「手が空いてる所はキューブをお願い。ジャミングが無くなるならばその分だけ味方の損耗も少なくなるから。こっちは引き受けたから任せたよ!」
その上空に漆黒のティターンが現れたのは、先ほど空に現れた強化型タロスを羽矢子機とアルヴァイム機が撃墜した直後。同時に、友軍と共に空のタロスを全て撃墜してきた久志機が合流する。まだ残っていたCWについて羽矢子が友軍にそう要請したところで、ティターンから通信が届いた。
『こんな辺鄙な場所まで来るなんて、ご苦労なことですね』
「辺鄙な場所でも大事にしたい人間がいるものでね」
妖艶な響きを伴った女の声に羽矢子がそう返す。すると、女は続けて言った。
『軍の上官あたりですか?』
「‥‥ッ」
何故それを。一瞬内通者かと思い、名乗りを上げさせることで本人かどうか確かめることを考えた羽矢子だったが、
「アレはブラフです。本物の内通者は既に生身部隊が確保しています」
アルヴァイムが羽矢子と久志だけに対象を絞った通信を送る。
羽矢子はそれで気を取り直し――相手がどうであれ言おうと思っていたことを告げる。
「誰だっていいじゃないか。
どっちみちもうすぐここは落ちるし、地上のバグアも宇宙へ脱出し始めてる。奴等に従うのはやめて投降する気はない?」
『そうする気があるなら、もうこんなところにいないと思いますが』
「‥‥それもそうだね」
通信だけで相手の姿は見えないのだが、恐らく女は肩を竦めただろう。
羽矢子もそうしたい気分だったが、そうする前に動き出す。アルヴァイム機が再度電磁加速砲を放ち、ティターンがこれをかわした先には久志機が迫っていた。
「再生する暇も与えないぞっ!」
ソードウィングで装甲を切り裂き、行き過ぎた先で空中旋回、返す刃でもう一度同じ箇所を切り裂いていく。
『ならこれも避けてみてください』
ティターンから放たれたのは、多弾頭ミサイル。羽矢子機、久志機、アルヴァイム機に満遍なく襲い掛かった。
多かれ少なかれ被弾しつつもこれを耐え切ったところで開けた視界の先では、何故かティターンが基地の方を向いていた。
『しまった‥‥ッ』
そのティターンの視線の先には、ルリム・シャイコース(
gc4543)のグロームbisの機影があった。
敵を無視して敷地内の奥地に踏み込む理由など、一つしかない。
追いかけようとしたティターンだったが、
「行かせないよ!」
長距離バルカンを放ちながら距離を詰め、羽矢子機もソードウィングでティターンの足を止める。
二機に交互に接近されては装甲を切り裂かれ、定期的に電磁加速砲が飛来する。攻撃は確かに三機を苦しめたが、逃げ場を失ったティターンに勝ち目はなかった。
そして――要塞敷地の奥深く、司令室を発見したルリムは。
低空から90mm連装機関砲と135mm対戦車砲をスキルを発動させたまま放ち、これを破壊した。
左翼の上空に現れた白いティターンには修司機と美鈴機が相対していた。
「諦めが悪いんじゃない? さっさと樹海を渡しなさいよ!」
二人の為に、と付け足すのを忘れなかった美鈴である。
『‥‥以前のお前たちがそうしたように、足元から相手をひっくり返す準備をしている。その邪魔をされたくないだけだ』
此方は、渋みを伴った男の声が響く。
「だったらその準備ごと無為にするまでですな」
これは修司。言うが早いか、修司機から放たれたツングースカの銃弾の雨がティターンへ襲い掛かる。
更に続いたスナイパーライフルの銃弾からもティターンが逃れたところへ美鈴機のロケット弾と牽制射撃が飛来し、これをかわしたところに再度修司機の――今度はエニセイの砲撃が襲い掛かり、これは被弾する。
反撃として襲い掛かったレーザーライフル――馬鹿に出来ない精度と攻撃力を誇っていた為、損傷もいくらかあった――をやり過ごしつつ、手を変え品を変えつつ砲撃と銃撃を繰り返したところ――突然、
『やはり借り物の機体では本気は出せんな』
ティターンのパイロットはそう言うと、自身の周囲に煙幕を張り出した。
その煙幕が消えた頃、ティターンの影はどこにもなくなっていて――。
「仕掛けます」
誠が宣言し、ブーストに加えマイクロブーストを起動しつつ一気に格納庫上へたどり着く。
すかさずフレア弾を投下し、対空砲台の射線が自分に向く前に高度を上げ――衝撃が『横から』襲い掛かった。
「――ッ、まだいたんですか‥‥!」
『意地の悪い性分でな。まぁ、本当にこれで最後だが』
ティターンはそれだけ言って踵を返し、一気に機体を加速させて北西の空へ消えていった。
●唯一にしてある種最大の過失
取り逃がしたティターン以外は全てのエース機を撃墜し、拠点の戦力そのものも全滅とはいかないまでも大半を削ぎ落とした。
後は傭兵の助力がなくとも、直に樹海という名の自然も、人類の手に戻るだろう。
ミリハナク、星嵐ら生身部隊は、山井・瑞貴を連れて人類拠点に戻るべく再度クノスペのコンテナに乗り込んだ。
コンテナの中で、瑞貴は終始ほっとしたような表情でいた。
規模が大きい拠点での唯一の内通者だけに、肩身の狭い思いをしていたのかもしれない。
誰もがそう思っていた。
――だが。
「違うぞ、こいつは山井じゃねえッ!」
「!?」
無事に任務を終えた傭兵たちを労うべく、祐一は作戦前同様司令室に傭兵たちを招いていた。
そこには冬馬の姿もあったのだが――山井・瑞貴と名乗っていた少女を見た彼の叫びに、誰もが驚愕した。
――ただ一人を除いて。
「やー。やってみるもんだね。
まさかソッチについてるのが中司さんだとは思わなかったけど。あと、胸揉まれたのは普通にびっくりしちゃったよ」
「どういうことだ!
何でお前が山井のフリしてここに居やがる、朝比奈ァッ!」
人類の元に現れてから初めて、冬馬は強化人間たる身体能力を発揮した。刹那の間に朝比奈と呼んだ少女に肉薄すると、その襟元を掴み上げる。
しかしながら動揺も隠せない。一方で、少女は余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
「基地の外のことなら兎も角、中の人間の情報も把握し切れてないと思ってた?
――瑞貴ちゃんなら、この戦いが始まるちょっと前に死んだよ。正確に言えば、ボクが殺したんだけど」
その場に戦慄が走る。山井・瑞貴の内通者としての存在は、此方が対策を施す前に露見していたのだ。
あと冬馬が傭兵に山井の情報を伝えたならば、少女は山井の振りをすれば難なく接近できる。伝えてなくとも内通者の振りをすれば充分だった。
或いは名前と性別以外の情報を掴んでいれば――。
しかし、そんなたらればも後の祭りである。
「中司さんが居るってことは、大本は甲府の琴原さんカナ? あの人厭戦主義者だし」
「‥‥ッ!」
こうなると、少女をこの場から逃がさないことだけが余計な漏洩を防ぐ唯一の手立てとなる筈だったが――。
「じゃじゃん♪」
次いで自身の胸ポケットを探った少女は、そこから小型の機械――通信が開かれた状態の無線機を取り出し、愉しげに示した。
「――中司、この少女は‥‥」
「――あの樹海の拠点にいた、エースのうちの一人だよ!
つっても生身の実力は俺以下だから、てっきりティターンかタロスに乗り込んでるもんだと思ってたぜ。畜生‥‥ッ!」
祐一の問いに冬馬はそう答え、歯噛みしながら乱暴に襟を放す。蹈鞴を踏んだ少女を、すかさず兵士が数人がかりで取り押さえた。
あの人に何て言えばいいんだ。
吐き捨てる冬馬を、身動きが取れない少女はなおも勝ち誇った表情で見つめていた。
■
「‥‥冬馬が内通者であることがバレました。
――攻略には成功しましたが、朝比奈・遥にしてやられました。山井・瑞貴も彼女の手で殺害されたのことです」
「‥‥そう」
側近の男の言葉に、執務机の上で手を組み合わせた琴原・桜は何かを諦めるように溜息をつく。
樹海基地の者にも悟られぬように斥候を走らせておいてよかった。齎された情報は、危機的以外の何物でもなかったが。
バレること自体は想定内だが、如何せん時期が早すぎる。せめて人類の攻勢が、甲府や山梨市に迫ってからにしたかった。
「樹海の『議会』の人たちはどうなったのかしら?」
「当然捕縛された朝比奈を除いた六人のうち、五人はワームもろとも戦死したようです。
ただ――その生き残ったのが、『議長』だとか」
「‥‥山梨から粛清に来るでしょうね」
桜が再度溜息をつくと、男も苦い表情で肯いた。