●リプレイ本文
●蜘蛛の意地
――なりふり構わない、というのはこのようなことを言うのだろう。
コアの後方から宣戦布告を出したシバリメ。
彼女の対処へと向かった傭兵たちは、その多くが、
『緩やかに球状展開し、彼女に的を絞らせない様に包囲する』
という認識を持って行動を開始する。
「宇宙での操縦に慣れるのが、目的だったはずなんだけど‥‥」
せめて良い経験で終わらせたい。
氷室美優(
gc8537)は愛機リヴァティー『イチキシマヒメ』のコックピットで嘆息した。
それから、――今は黒檀の闇に覆われ、レーダー上の光点でしかその存在は分からないが――シバリメが駆るフォウン・バウが居る筈の方向をちらりと見やる。
「にしても哀れね‥‥同情はしないけど」
今度こそ引導を――そう思った矢先、
「後ろに来てるわよ!」
自分に向けられた通信にハッとした。
こめかみが灼けるような悪寒が美優を襲い、それから逃れるように機体を右に旋回させる。すると直前までの航行進路をプロトン砲の紫の光が貫いていった。
通信の主である百地・悠季(
ga8270)に胸中で感謝するが、それを声に出す余裕は今の美優にはない。フォウン・バウが自分を追ってきているからだ。
――球状展開、という手段は、前回の戦闘の時点で使っている。
今度はその展開を許す前に突破を図ろうとでもいうのだろう。多対、強大なる一。多にとっての戦闘セオリーを順守させるつもりはないらしい。
ともあれ、今は逃れるしかない。ミサイルポッドとガトリングを放ちながら、美優は機体を大きく斜め左上へと旋回させた。
美優機からの反撃を少し機体の向きを逸らしただけでかわしたフォウン・バウの後背を、クローカ・ルイシコフ(
gc7747)機ラスヴィエート『Молния』が追う。
結構楽しかった。もっと遊んでほしかったのに――。
少し拍子抜けもしながらも、彼女が本気で来るというのなら全力で応えるべきだとクローカは思った。
「さぁ、見せてよ。きみの最期に相応しい、綺麗な死に花を!」
初撃、ガトリング。美優機の牽制を避けたばかりだったフォウン・バウの背面を確かに捉える。
――と、追撃を図る前にフォウン・バウの反応が一瞬途絶えた。
次にそれが出没したのは、球状包囲完成までの間をもたせようとしていたハンフリー(
gc3092)機スフィーダの側面だった。
『脇がお留守よ』
「――ッ!」
フォウン・バウからのガトリングの砲撃。ハンフリー機は被弾しつつも、ブーストを駆使し辛うじて離脱に成功した。
そのタイミングで、フォウン・バウを挟み込んだ二機のKVがいる。リディス(
ga0022)機コロナ『ベラスネーシュカ』とブレイズ・カーディナル(
ga1851)機ニェーバである。
違和感を覚える。それが、この戦いに入るにあたってのブレイズの素直な感覚だった。
少なくともシバリメは、今までハッタリなんて手を使ってきたことは一度もない。
それに、あの時言っていた大きな巣というのがこの事なのだとしたら――。
――仮にそうだとしても、それで易々と此方の命を差し出すほど甘くはない。メトロニウムステークをフォウン・バウの装甲に突き立てるべく、ブレイズ機は接近を開始した。
「らしくねぇな、シバリメ!」そう、呼びかけながら。
「お前なら機体がその状態でもここから逃げることはできたはずだ。なのに何故損傷したままの機体で出てくる?
命を懸けてでも俺たちを倒すとでも言うつもりか!?」
『――さぁて、どうかしら?』
返すシバリメの声音には、まだ余裕さえ感じられた。
だが、それもすぐに消してみせる。
(最早切れた蜘蛛の糸を紡ぎ直す時間すら与えない!)
リディスはブレイズの動きを、スナイパーライフルやG放電装置でフォウン・バウを牽制することで援護する。
逃げなかったことには多少驚きはしたが、それならそれで今度こそ決着をつけるまでだ。
牽制で動きが鈍ったフォウン・バウのすぐ横にブレイズ機が肉薄し、ステークを突き立てるモーションに入る。その最中、フォウン・バウは再び姿を消した。
いつものパターンなら、ブレイズ機の死角に回りこんでくる筈だ。リディス機はそう読んで即座に移動しながらシルバーブレットを構える。
――だが、
「隊長、そっちだッ!」
「何!?」
光点が現出したのは、ブレイズ機の死角ではなくそこへ接近しようとしていたリディス機の側面だった。今度はブレイズ機が援護に入りたいところだったが、丁度リディス機が射線に入る格好になり動けない。次の行動に惑っている一瞬の間に、プロトン砲の光がリディス機を襲った。
『いつまでも同じパターンだとは思わないことね』
「あなたもな」
追撃を図ったフォウン・バウを、後方からバルカンが襲う。アンジェリナ・ルヴァン(
ga6940)機タマモ『ヴァレィリリイ』のものだ。
リディス機とブレイズ機が態勢を整えなおす為の時間を稼ぐ為の更なる牽制の前に、フォウン・バウは今度は機体を加速させてそこを離脱する。
幻龍『蒼牙・銀龍』のコックピットでテレポートの挙動や距離の算出を行っていた一ヶ瀬 蒼子(
gc4104)は表情を険しくする。
今テレポートをしない理由は明白だった。出鼻こそ挫かれたものの、クローカ機やリディス機らが時間を稼いでいる間に球状展開は何とか完成していたからだ。
テレポートをしたところで、現出したところを叩かれる――。今のシバリメの様子を見る限り、それを察知しているのだろう。
今度こそと湧き上がる、飛び出してしまいそうな強い気持ちは今も胸にあるが、それを彼女は懸命に自制していた。
(落ち着きなさい、蒼子。一人でいきがったってどうにかなる相手じゃない‥‥。
どんな状況でも己の仕事を過不足なくこなす、それがプロってモンでしょうが‥‥!)
三機から逃れたフォウン・バウは、次に一度は完成された球状包囲の突破を図ろうとしているようだった。
狙われたのは、離脱先に最も近いところにいた終夜・無月(
ga3084)機ミカガミ『白皇 月牙極式』。その無月機から襲い掛かったスナイパーライフルの銃弾をバレルロールで難なくかわすと、接近しながらもプロトン砲を放つというカウンターを見舞う。
斜め上へと逃れる無月機。そこに、スペースが空いた。フォウン・バウは迷うことなく加速していく。
「行かせないよ!」
それを妨害したのは、赤崎羽矢子(
gb2140)機コロナ。
レーザーライフルで動きを止めたところに、今度は夢守 ルキア(
gb9436)機幻龍『デュスノミア』が長距離バルカンで狙撃した。
(敵の方が速い、追いすがるのは危険。蜘蛛って、待ち伏せするんだっけ)
尤も、ルキアは非常に冷静だった。そしてその判断は正しかったことを、直後にフォウン・バウの機首が自らに向いたことで悟る。
(味方なら、追従出来る‥‥一人じゃ、戦えない。そうでしょう、デュスノミア。私達は戦うタメ、戦いをノゾムタメ在るんだ)
すかさずスキルの発動コマンドを叩き込み、ルキア機の周囲を幻の霧が包んだ。これが結果的に功を奏す。フォウン・バウはそのまま攻撃はせずテレポートでルキア機側面に回りこんだのだが、どの道蜃気楼に覆われたルキア機に正確に狙撃を命中させることは難しかったのだ。
フォウン・バウは逆に、テレポートを退避よりも攻撃に使ってくると踏んでいた抹竹(
gb1405)機タマモのイースクラで狙われる羽目になる。
「はてさて、この乗りかかった船は転覆するか、否、か」
逃れるフォウン・バウを目で追いながら抹竹は呟く。
シバリメの先の宣戦布告は、どちらかというと彼女自身への宣言のように聞こえた。
だとしたら――立ち回りはこれまで以上に面倒なものになりそうだ。そう戦闘前から思ってはいたが、今のところ、これまでとは微妙にテレポートの使用パターンが違う等の差異は確かに見える。
(いやはやしかし、腐りかけながら舞い戻ったこの身の上としては、見届けたいものですね。
――終わる者の姿を)
一方で羽矢子は、テレポートを含むシバリメの動きそのものに違和感を抱いていた。
「靄に隠れるでもなく損傷した機体で現れる‥‥増援とか? いや、この場に現れて状況を覆せる様な速度を持つ機体――シェイドは地上だし、ユダも協定がある以上恐らく出てこない」
明確に分かっているのは、これまでに聞いていた話と違いテレポートで『自分に近い相手の死角の回りこむ』とは限らないこと。
そして最初の行動といい、包囲されるのを嫌っている様子が見えること。
前者は戦い方を変えた、というだけで話が済むことは済むが、後者はどうにもそれだけではないように見える。
突破を図ることといい、執拗に拘っているのだ。
だがその本当の狙いはどこにあるのか、未だ見えてはいなかった。
●滅びる中核
シバリメとの戦闘が始まった頃、後方――コア側でも、最後の戦いが一足先に始まっていた。
「G光線タービンの出力正常――駆動系も‥‥うん、だいじょぶ。
‥‥一緒にがんばろうね、ククルーさん」
戦闘開始直前、入間 来栖(
gc8854)は愛機であるリヴァティー『ククルー』にそう呼びかける。
直後、対シバリメに向かうKVたちの後姿が視界に入り、
「‥‥ぐっどらっく、です」
小さく呟いて、それを見送った。
来栖にとっては初の実戦である。緊張しない筈はない。
けれども、シバリメを倒さんと向かう先輩傭兵たちの意思を目の前に――彼女もまた、バグアとの戦いへ意思を固めた。
今、自分に出来ることを。
来栖が選んだ方策は、ホーミングミサイルやガトリング砲で塵を掃討することだった。
邪魔者のいない戦いではない。その邪魔者――コアからのレーザーの発射タイミングと標的を探る動きもあったが、解析できるまでには時間が必要だ。
ムラサメら艦隊に向けられるものに比べ頻度は低いとはいえ、明確にKVへ向けられたレーザーが飛来することも、被弾することもあった。それでも艦隊の護衛についた者たちが今のところ行えることは、塵を掃討することか身を挺すかの二つしかなかった。
「ひたすらばら撒く!!!」
同様に塵の掃討を選んだBLADE(
gc6335)機アンジェリカが、ガトリングをばら撒く。
きちんと装備を整えてきたとはいえ宇宙機ではなく、ましてアンジェリカの特徴である知覚性能の高さを発揮できない環境。
それなりの不利は覚悟している。そこであえて戦う為に、ブースト空戦スタビライザーを駆使して只管に動き回っていた。
――その最中、塵が、二機の動きを遮るように数箇所に集約する。
それをコアがレーザーを放つサインだと最初に見破ったのは、新居・やすかず(
ga1891)だった。
「入間さんとBLADEさんが狙われています、二機周辺の塵の拡散を」
「了解じゃ!」
まだノイズ混じりではあるが、ここまでの掃討で通信が多少は出来る程度にジャミングは弱まっている。やすかずから向けられた通信に、美具・ザム・ツバイ(
gc0857)が応じる。
やすかず機ピュアホワイトから長距離バルカンが、美具機幻龍『スカラムーシュ・Ω・ブースト』からオービットミサイルが放たれ、一度は集約された塵が次々と拡散する。
丁度そのタイミングでコアからのレーザーが放たれ、幾らか反射もしたが、最終的に来栖機にもBLADE機にも命中することはなかった。
兆候を見破ったやすかず機からデータリンクにより、その情報が伝えられたといっても。
依然として艦隊直衛にあたった者たちは、消耗の激しい戦いを強いられていた。
「出し惜しみは無しだ。遠慮せずに全弾持って行け!」
ムラサメの艦首で護衛を続ける夜十字・信人(
ga8235)機タマモ『Hyperion』からミサイルポッドの中身が射出される。
その弾頭の数、九十。その殆どがムラサメ正面に集約しつつあった塵に命中し、拡散するが――塵はまたすぐにじわりじわりと密集を始めていく。
正面だけではない。ムラサメの至近――しかも側面にも、同じように塵の密度が高まりつつある地点があった。乱反射を行う以上、集中されては危険な箇所ではある。
「おっとこんなトコロに‥‥」
最初にその地点に気づいたのはラサ・ジェネシス(
gc2273)だった。タマモ『毬藻・ツインタワー』人型形態、その左腕はウィングエッジのコーティングがなされている。
塵は一個一個の耐久力がないに等しい為、左腕一振りで回避が追いつかなかったモノが次々と小規模の爆発を起こして消失する。それを何度か繰り返すと、密度はあっという間に最初の状態に戻った。
――だが攻略自体は容易くとも、その箇所が一度に両手の指の数を超える程になると流石に処理の負担が大きい。
やすかず機からの情報を直に受け取ったアルヴァイム(
ga5051)機ノーヴィ・ロジーナ『字』、そのアルヴァイム機とデータリンクしている森里・氷雨(
ga8490)機クルーエルがそれぞれ管狐とガトリング砲で複数の密集地帯の掃討にかかる。
勿論二機だけでなく、他のKVも動いてはいるのだが――次から次へ密集地帯が生じている以上、手が追いつかなくなるタイミングがある。
そのタイミングを、コアは見過ごさない。
密集遺体が一定数溜まった段階で、複数のレーザーを一気に放った。レーザーは一本一本が別の方角に放たれたが、最終的な標的が何に定められているかは言うまでもない。
今度の標的は――ムラサメ艦橋の、コア破壊の切り札になるG光線ブラスターを放つ砲台。
「‥‥決め手を、破壊させはしない‥‥!」
流石にここを破壊されるわけにはいかなかった。ラナ・ヴェクサー(
gc1748)機リヴァティー『オルフェリオ』が盾を構えて割って入る。
前回作戦の時点で、コアの破壊を行えなかった――というある種の悔恨がラナにはあった。今度こそ成功させるためにも、ここだけは絶対に守り抜かねばならない。
一度目の衝撃、ビリジーチで防いでいるにも関わらず、乱反射の乗った一撃は思ったよりも大きな損耗を与えた。
すかさずレーザーシールドも構え――第二、第三の衝撃に耐える。
五まで続いた衝撃にラナ機自身はあと一撃でも浴びれば戦闘不能になるほどに消耗させられたが、その代わりに砲台は守りきってみせた。
それでもラナ機は盾をしまうと反撃に転じた。代わりに取り出したアサルトライフルで、間近にあった密集地帯をバラしていく――。
ラナ機のように直接的な被害は大きくなくとも、護衛にあたる傭兵たちはある行動を行わざるを得なかった。
補給である。
一度に多くのKVが流れ込めば、それだけ外の護りが手薄になってしまう。
ここで一役買ったのがリヴァル・クロウ(
gb2337)だった。彼は(自身のものを含む)全てのKVに番号を振った。補給の際に誘導で使用する番号である。
一度に補給できる機体が三機であることを確認し、常に戦艦への出入りから補給中に機体の数を計算する。
後は補給しようとするKVをなるべく早い段階で目視ないしはレーザーで認識し、それらを先着順で補給に入らせ、ローテーションを組ませる――。
無論被害の大きい機体は優先的に補給に入るようにはしていたが、どちらにしろどのタイミングでも艦隊の防備が手薄になることもなくなった。補給にすぐに入れない機体は、それまで艦橋に張り付いてでも防備に回っておけばいい話だった。
その補給を終えたヘイル(
gc4085)機タマモはムラサメから飛び出していくと同時に、レーザーの飛来を見た。
ムラサメの側面に迫っていたそれを、身を挺して防ぐ。補給の意味が早くも半分なくなってしまったが、裏を返せば補給できていなかったら危なかったかもしれない。
(前回の轍は踏まん。間違い無く今度は砕かせてもらう‥‥!)
彼もまた前回作戦に参加していた一人だった。しかも、まさに今回と同様の任務で、である。それこそ同じ失敗をするわけにはいかない。
――その思いは、
「――見えた、コアだ。よし、ここからが正念場だな。残弾はある、今度こそ‥‥!」
ムラサメの艦首の方を向いて、視界に飛び込んだ禍々しい色を放つ球体に気付いてより強くなった。
ヘイル機はとりあえず正面の密集した塵をミサイルで一網打尽にする。打ち漏らした塵を信人機が再度ミサイルポッドで叩き落とし、一方で氷雨機も多目的誘導弾でコアへの道を切り開いた。
ちなみにムラサメら艦隊の中の状態も良好だった。塵が艦内に侵入した艦もあったが、それの掃討が行われる間はやすかず機が新手の侵入を防いでいたからだ。
おかげで先の作戦のように、砲術士が不在ないし昏倒しているなどということもない。
一刻のことにせよ、コア正面の塵の密集がなくなる。
コアはすぐに、そこに防備がてら塵を動かそうとした。
が、美具機の対艦ミサイルがコアに――この戦いにおいて初めてコアに直撃し、そのタイミングをずらす。
それと同時に、他の――余力を残していたKVの残弾が尽く叩きこまれ、正面どころかコアに塵を動かす余裕がなくなり――。
「ッてェ――――ッ!!」
黛の号令と共に艦隊から一本ずつ、合計三本の光条が放たれ、コアを貫く。
――今度は衝撃を与えだだけではない、確かに貫いた。
一瞬戦闘宙域の時間が止まり――次いで、コアの至る所から白い閃光が吹き出し始める。
そして――ひときわ大きな光がコアを包み込んだ。
――宇宙には音がない。
だからコアが消失したことも、事実として認識するまでに、少し多くの間を必要とした。
それでも少しずつ、傭兵たちと艦隊にその実感がわきはじめた頃。
「皆、シバリメの狙いはムラサメだ。自爆が失敗したから自分の手で沈める気だ!」
――シバリメに相対していた羽矢子の通信が、全機全艦に届いた。
安堵の瞬間にはまだ早いようだった。
それを裏付けるように、コアの消えた向こう側には、巨大な異形が蠢いている。
●蜘蛛の終焉
フォウン・バウは相変わらず、いつもと違う戦いを続けていた。
回避の方法がただ機体を逸らすだけかテレポートを使うかというのにも主だった規則性が見当たらない上、テレポートするにも従来の『迫っていた敵の死角』なのか、それとも全く関係のないところなのかというパターンがあった。
この嫌らしさこそが、シバリメというバグアの本性の一部であるとも言えた。御蔭で手負いの相手であるにも関わらず、傭兵たちはまだ致命打を与えられずにいる。
ただそれは、何かにつけて目下の交戦相手を替えるフォウン・バウにしても同様の筈だったが――。
シバリメの様子が明らかに変わったのは、コアの破壊が行われたまさにその瞬間だった。
フォウン・バウを巨大な閃光が包み込んだかと思うと、次の瞬間には一転して宙よりも暗い、それでいて輪郭のある黒に染まる。
明滅を繰り返しながらもその輪郭は徐々に大きくなっていき、それに伴い――次第に、光の中に蜘蛛の脚らしきものが見えるようになった。
「変身を呑気に待ってくれるのは、漫画の中だけよ」
変身させる暇を与えまいと、美優機からドリルライフルとガトリングが立て続けに放たれる。ガトリングはドリルの誘爆を狙ったもので実際光の中で小さな爆発が起こったようだったが、効いているのかどうかは今の状態ではわからない。
続くようにクローカ機がここぞとばかりに全火器を一斉掃射したり、羽矢子機がG放電装置で巨大化と明滅を続ける光へ攻撃を仕掛ける。が、やはり有効打になっているかは判断出来ない。
次第に巨大化の進攻と明滅のタイミングが共に緩やかになり――最後に仕掛けたのは、ドクター・ウェスト(
ga0241)機『天』だった。
「吹き飛びたまえ〜、バ〜ニシング、ナッコォ〜!」
光の中心へ向け、バニシングナックルの一打。
質量が質量だけに、流石に吹き飛ぶには至らない。即座に離脱態勢に入ったウェスト機だったが――。
「おっと〜」
後方から糸が襲い掛かり、増加装甲をパージしてそれを囮にしつつ何とか攻撃をやり過ごす。
その頃には、光は完全に消え失せ――暗い紫の蜘蛛が、宇宙に浮かんでいた。
全長は少なくともKV十機分は超えるだろう。あくまで少なくともなので、実際のところはもっとあるはずだった。
その巨体の――口にあたる部分から、誰もいないほど高いところをめがけ、白い何かが放たれる。
伸びれば伸びるほど横の面積も増したそれは――頂点に達したところで、たたきつけるような勢いで下り始めた。
何人かは予想できていたが、横に広がったそれは網目状、まさに蜘蛛の巣のようになっていた。
放射状に広がりながら振り下ろされるそれを、予想できた者や反応出来た者は掻い潜ったが――そうでない者のKVは、叩きつけられた糸に装甲を深く傷つけられる。
そしてその網目の先端は――今しがたコアを破壊したばかりのムラサメの至近距離にまで至っていた。
それに気付いた瞬間に、羽矢子がシバリメの狙いを悟ったのだった。
即ち――コアを破壊したその時こそ、ムラサメはシバリメにも最接近している、標的。
更につけ加えるならば、彼女がひたすらに包囲を嫌った理由は、恐らくこの糸の効果範囲にあるのだと。
羽矢子の叫びがシバリメの目的を物語ったとはいえ、
『デメテルといい、雲といい‥‥玩具をいいように壊されると、流石に気分が良くないのよねえ』
それに構うシバリメではなかった。飢えた蜘蛛が巣というテリトリーに獲物を捕らえた時のように、高速で糸を伝い、ムラサメへと接近していく。
また――巣として張られた糸は、粘着性をも伴っていた。
掻い潜ることに失敗した無月機やブレイズ機、またそのブレイズ機を救出しようと切断を試みたルキア機が、ムラサメへ向かうシバリメの進攻ルートの近くでもがいていた。
シバリメは移動を行いながらも、その三機を多脚を活かし蹴り飛ばす。
三機ともに糸が切断され自由を得た代わりに、計器類に異常をきたすほどの被害を被った。
しかし一方で、傭兵たちにとっての好機も廻っていた。
羽矢子機はシバリメの脚を掻い潜ると、光輪『コロナ』とライフルをたてつづけに叩きこみ、潜った脚の関節部分を切断する。
すると一瞬バランスを崩したシバリメの口が、羽矢子機の目の前に降りてきたのだ。先程『巣』となる糸を吐き出した部分である。
唐突な事態と痛みによってか、シバリメがまだ何かをする様子はない。その一瞬の隙を、羽矢子は逃さなかった。
「お前の自殺に付き合うのなんか御免だね!!」
叫びながら、シバリメの口へ向けたレーザーライフルのトリガーを引く!
『あ、が‥‥ッ』
レーザーは吸い込まれるようにシバリメの体内へ消えていったが、確かなダメージを与えたようだった。喘ぐシバリメの行進が、止まる。
この機を逃すわけにはいかなかった。メテオ・ブーストを発動させつつ羽矢子機と同地点まで接近したハンフリー機が十六式螺旋弾頭ミサイルをシバリメの口へ叩き込む。
それだけではない。
「――もう少しだけ、遊んでよ」
クローカは呟くと、短距離リニア砲のトリガーを絞った。至近距離から撃った故、その砲撃はシバリメの頭部――眼球を貫く。
『邪魔、なのよ‥‥ッ!』
言葉通り目障りとばかりに、シバリメは多脚の多くを振り回した。これでは近づけず、既に接近した三機も一時離れなければならなかった。
その時間を稼ぐべく、あえて近づかなかった者たちは射撃を行う。ウェスト機がアサルトライフルや高分子レーザーガンで腹部にダメージを与えると、
「何をそこまでして‥‥あんた何の為に戦ってんのよ?」
ミサイルやガトリングで砲火を行いながら、美優は問うた。だが、シバリメは返す言葉を持たないようだった。
返す余裕がないのか、或いは――返したとて、それを理解されるわけもないのだから無駄だと思っているのか。両方という可能性もあるが、それはシバリメにしか分からない。
射撃が収まりかけた時、一度は全力で退いたクローカ機が、再度旋回し接近した。
その動きを抹竹機が援護する。荷電粒子砲「レミエル」を再度頭部へ放ち輪郭を穿つと、一瞬だけの間を置いて接近を果たしたクローカ機が前足の関節を機剣で切断した。
前脚にあたる二本を切り落とされ、シバリメの身体がやや前のめりに倒れる。故に今度はクローカ機が、シバリメの口の正面にいることになった。
今度はシバリメも動いた。巣、ではない、従来からある――それでも破壊力は増している糸を、退避しようとがら空きになっていたクローカ機の背中に向け射出し――。
「そろそろ終わりといこうか、シバリメ!」
それは、間に割って入ったリディス機が光輪「コロナ」で灼き切った。ブーストとエミオンスラスターを駆使しここまで接近を果たしていたのである。
更に、
「今度こそ逃がすかッ!!」
腹部の上に乗ったブレイズ機が、その場で思い切りメトロニウムステークを突き刺し、更にハンマーでそれを深く打ち抜いた。
『あァァァァァッ!!』
初めて、シバリメが絶叫を上げた。体全体を振り回し、ブレイズ機を振り落とす。咄嗟にステークを回収できたことは救いと言えよう。
シバリメの動きに、死の間際の焦燥感が見え始めた。
その時――不意に、彼女の目の前に現れる二機のKVの姿があった。悠季機と、それに守られるように後方に立つO2(
gc8585)機ラスヴィエート『おにがしま』である。
虫の息になりつつあるとはいえ、何をするか分からないシバリメの前に現れたO2は――、
「私はシバリメが好きじゃ、一目惚れをしたのじゃ、愛しておるっ!」
誰もが――厳密に言えば悠季以外の全員が――驚く言葉を、発した。
「じゃからこそ、この想いを伝えたい! 死ぬなんて簡単にいうのじゃないのじゃっ!! まずおぬしの自由な生き方が好きじゃ、その吸い込まれそうな瞳に恋しておるっ!――」
放っておけば、延々とシバリメに対する思いの吐露が続きそうだった。
だが誰よりそれを許さなかったのは、他ならぬシバリメである。ただでさえ機械融合までして戦ってもこうにも傷ついているのに――と苛立つ彼女には、O2の感情も余計なものに過ぎない。
結果、O2機の護衛として矢面に立った悠季機だけでなく――O2機も、至近から明確に自分たちを狙って放たれた巣の餌食になった。無数の先端に貫かれ、そのまま動けなくなったところを脚で蹴り飛ばされる。
――そうして苛立ちに気を取られたことが、彼女にとっての最大の隙となっていた。
即ち、コアの破壊を終えた部隊の態勢が整い、完全なる包囲網が完成していたのだ。
氷雨機の多目的誘導弾、信人機のアサルトライフルを始め、次々に襲い来る砲撃は既に終わりのない十字砲火の様相を呈していた。
糸と脚だけでは事足りないと感じたか、シバリメは口からプロトン砲を吐き出す。確かにKVにダメージを与えはしたが、大勢を覆すには至らない。
傭兵たちは気づきようがないことだが、機械融合を果たした時点でシバリメはテレポートを使わなかったのではない。
融合を果たした段階で、フォウン・バウのその能力を継承出来なかったのだ。糸があるから不要という考え方が出来たのは、最初のうちだけだった。
蒼子はもし自分が最後までこの戦場に立っていたなら言おうと思っていたことを、叫ぶ。
「貴女、この前、すぐにもっと大きな巣を張ってまとめて食い破ってあげるって言ったわよね?
――思い知りなさい、食い破られるのはそっちの方ってことをねっ!!」
そうして、イースクラ発射のコマンドを叩き込んだ。腹部の装甲が破け、生体と機械が入り混じった奇妙な内臓が顕になる。
その直後、ひときわ大きな二本の光条がシバリメの両脇を襲った。叢雲艦隊のうちの二隻が、G光線ブラスターでシバリメの残る全ての脚を根こそぎ焼き切ったのだ。
「最後は当然お前らの役目だ、さっさとその蜘蛛にトドメをさせッ!!」
ムラサメ艦橋から黛の指示が飛ぶ。
――言われるまでもなかった。
移動手段を奪われた以上は、横を向くこともままならない。
その両脇に、リディス機とアンジェリナ機が降り立つ。――共に、シバリメには深い因縁を感じている者たちだった。
「あなたにとって私たちは等しく人類という遊び相手であったのかもしれない」
アンジェリナは言う。
前回は、最後の最後で力を振り絞れず取り逃がした。だが今度は、そうではない。だからこそ、言葉を紡ぐ。
「だがその一人一人が他の誰でも無い個という存在だ。全は大勢の個からなる。個の力、そして意思無くして全はあり得ない。
それを蔑ろにしてきたあなたにいつか言ったハズだ――『この機体に乗っているのが私である』という事を!!」
「女郎蜘蛛、これで最後だ――貴様も、その因縁も!」
FETマニューバAを起動したアンジェリナ機の機剣が、がら空きどころか中身も顕になったシバリメの胴体へ振り下ろされ、両断し。
リディス機の光輪『コロナ』が――頭部と胴体の接合部を灼いた。
『――――ッ!!!!!!!!』
声にならない絶叫を上げたのも、一瞬。
コロナの光が頭と銅を完全に切り離すと、途端に静かになり――。
「!」
あることに気づいたリディス機とアンジェリナ機はその場を少し離れる。
直後、ちょうど機械融合を行った時と同様に白と黒の明滅が切断されたシバリメの身体を包み込み――。
今度その明滅が消滅した頃には、ゼオン・ジハイドの5、シバリメの存在は、この世界から消滅していた。
「――これでもう、退屈せずに済むだろう、シバリメ」
呼びかけた相手にもうその言葉は届かないことを知りながら――だからこそ、ブレイズは小さく呟いた。
■
「疲れた。泥のように眠りたい‥‥」
ムラサメに帰還すると、コックピットから出てきたBLADEは近くにあったベンチに倒れこみながら言う。
幸い怪我は大事に至るものではないが、それよりも精神的疲労が凄まじい戦いだったのだ。
ラナは途中で継戦不能に陥った悠季とO2を回収し、ムラサメへ帰還する。
その最中。
「――終わった、のかしら‥‥」
安堵の息を吐いて――ただ、そんな安らかな気分に浸れたのも、ほんの一瞬のことだった。
眼帯に覆われた左目を抑える。
強敵がまたひとり消え――戦争の終わりを感じ始める。
すると、一つの憂慮を感じざるを得なかった。
――即ち、
「戦いが終わり‥‥どう、私達はなるのやら‥‥」
能力者の、末路について。
――今はまだ、答えを知るには早かったけれど。
こうしてラグランジュポイントを巡るひとつの戦いが終わり。
――そのすぐ近く、まさに月そのものを巡り、更なる大きな戦いの幕が切って落とされようとしていた。