タイトル:始まる前の障害物マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2013/04/01 00:29

●オープニング本文


 アイシャ・ローカスは、意外と有言実行派の女である。
 逆に言えば言わないことはやらないのだけれども、一度口にしたことは「言ってしまった」類のことも含め、ちゃんと実行する。

 というわけで――。
 先日傭兵である友人に唆された(半分は自滅だけれども)ことを切っ掛けに、長めの休暇も終わる頃、彼女は初めて日本を訪れていた。
 来日の目的は、これもまたはっきりしている。同僚である高千穂・慎中尉に会いに行くことである。
 けれども――会って彼に何を言うつもりなのか。そのことだけは、移動中もずっとアイシャの思考の隅で燻っていた。
 慎とは欧州軍に入って間もなくからの付き合いだけれど、彼との関係というか距離感は、ここ一年ほどで明らかに変わっていた。
 当初はアイシャも自覚はなかったけれども――。
 戦争が終わり長い休暇が与えられ、久方ぶりに彼のいない時間を過ごしたことで、彼の存在を無意識に探してしまう自分にも気がついた。
 正直なところ、今でも以前の通り『ただの腐れ縁』と思う気持ちはある。
 ただ、それだけだったならこんなにも迷わなかったろう。
 迷わせる原因であるもう一つの気持ちの正体も、本当は分かっている。
 ただそれが本物なのかどうか、如何せん彼との付き合いが長いだけに未だに分からなかった。

 来日したのはそれを確かめるためでもあったけれども――。
 慎の実家がある駅の近くの喫茶店で、やや久しぶりの邂逅を果たした際に、ある意味ではそれどころではなくなってしまったことを知った。

「‥‥東アジア軍へ、異動?」
「ああ」
 告げられた言葉を反駁するアイシャに、慎は肯き返す。
 その視線はアイシャではなく窓の外の風景に向けられていた。この辺りの景色はバグアが襲来する前とそれほど変わりはないそうだけれども、それも日本では場所によりけりなのだと慎は言う。
「こっちにもさ、それこそガキの頃から知ってる奴で軍人になっているのがいて、休暇の間にそいつに会ったんだよ」
 十数年ぶりの再会は、慎に思わぬ転機を及ぼした。
 慎が欧州軍を経て宇宙での戦いにも参加したことを知った友人は、その力を故郷の復興に役立てるつもりはないか、と彼を東アジア軍へ誘ったのだ。
 順調に出世街道を歩んでいた友人は、今や少佐になっていた。ちょっと無理やりではあるけれどもヘッドハンティングじみた真似をも行える立場ではある。
「‥‥まぁ、そりゃあ迷ったよ。
 異動しなかったら欧州軍に舞い戻るだけだろうし、あそこは滅茶苦茶居心地がいい上に、アフリカの復興だってある」
「ならなんで?」
 アイシャの問いは、自分でも気づかぬうちに縋るような声音になっていた。慎はそれを聞いて、ますますアイシャの顔を見るのが辛いとばかりに目を伏せる。
「流石に息子が久々に実家に帰った時の親の感激っぷりたら、さ。出来ればずっと日本に残ってほしい、みたいな感じなんだよ。
 うちの実家自営業でさ、後を継げとまでは言わないから、せめてここで暮らしてくれ、とせがまれてる」
「‥‥‥‥」
 アイシャは口を閉ざした。
 慎の親の気持ちが全く分からないでもない。正直な所、アイシャも帰省した際に親にいろいろと言われたのだ。
 いい歳なんだから、とも。恐らく慎も似たようなニュアンスのことは言われているのだと思う。
 その通り。お互い年齢的にはいい大人になっていなければならない。基本奔放なアイシャですら、親孝行の気持ちくらいはある。
 ――彼の異動の意思を止めるというのも、勿論考えた。けれどもそれは身勝手ではないのか‥‥?

 二人の間を沈黙が流れてから少しして、辺りにけたたましい警報音が流れた。
 次いで、慎の胸ポケットが振動する。我に返った慎が慌てて携帯を取り出した。
 やがて警報が流れ続ける中、慎は電話越しの相手といろいろと叫び合って――暫くして通話を終えた慎は、軍人の顔に戻ってアイシャへ問うた。
「お前、生身兵装持ってきてるか?」
「当然!」
 ついでに言えば動きやすい格好で来日している。休暇中と言えども、完全に安全とは言い切れない区域に入り込むには相応の準備が必要なのだ。
「‥‥ひとまず、さっきの話は後でだ。仕事、片すぞ」
「分かった」
 二人揃って立ち上がり、キメラが襲いかかってくるであろう駅へ駆け出す。
 アイシャはその最中、唇を噛み締めた。
 言葉を探す時間など出来はしないだろうけれど――彼の決意を覆すことが出来ないという事実を受け止めるには、確かに今の状況を沈静化させるしかなさそうだった。

●参加者一覧

夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
時枝・悠(ga8810
19歳・♀・AA
夢守 ルキア(gb9436
15歳・♀・SF
一ヶ瀬 蒼子(gc4104
20歳・♀・GD
鎌苅 冬馬(gc4368
20歳・♂・FC
結城 桜乃(gc4675
15歳・♂・JG
美優・H・ライスター(gc8537
15歳・♀・DF

●リプレイ本文

●無勢の防衛戦
「あれ? 蒼子?」
 警報が鳴り響く少し前。
 アイシャについてきたものの、空気を読んで外で待機していた氷室美優(gc8537)は、此方に向かって歩いてくる見知った顔に声を上げた。
 気づかれた一ヶ瀬 蒼子(gc4104)は身体を震わせたものの、美優の周りにアイシャや慎の姿がないことに気づいて胸を撫で下ろしたようだった。
「どうなるかは見届けないって言ってなかったっけ?」
「‥‥ほら、やっぱりちょっと気になるのよね」
 美優に歩み寄った蒼子は改めて周囲を見渡した。
「それで、貴女がここにいるっていうことはアイシャと高千穂中尉は‥‥」
「あそこの喫茶店で話して――」
 と、美優が背後にある建物を指差したのと、平穏の終わりを告げる音が鳴り響いたのは、同時。
 警報音に二人は顔を見合わせる。ややあって喫茶店から、アイシャと慎が飛び出してきた。
 蒼子もいることに驚いた二人だったが、それも一瞬のこと。すぐに軍人の顔に戻った。
 四人は揃って駆け出し、その最中も佐官と連絡をとっていた慎が手短に三人に作戦の内容を伝える。
「まったく、バグアの空気の読めなさ加減はいつまで経っても変わらないわね!」
 蒼子が舌打ちしていると、
「そうだ、頭数と言えば」
 佐官との連絡を終えた慎は、続いて携帯でどこかへ通話し始めた。

「商業施設? ああ、了解。防衛に回ります」
 夜十字・信人(ga8235)はランドクラウンの中で、慎からの指示を受け取る。番組制作会社の仕事で「復興の姿」を撮影するにあたり、慎とは連絡をとっていたのだ。
 それにしても、だ。
「‥‥中々銃は置けないな。うん」
 溜息を一つ吐き出してからエンジンをふかした。

「よっちーの馬鹿っ!! 今日は焼肉おごってくれるって言ったじゃないかっ。キメラ肉なんて聞いてねぇよ!!
 いっぱい食うつもりだったから防具もねーし!! 武器はあるけどなっ」
 同乗していた芹架・セロリ(ga8801)の文句を聞きながら、信人はランドクラウンを商業施設の出入口近くで急停車させた。
「頼むから壊れるなよ。新車なんだし」
 トランクから武器を下ろしながら呟く。横では既に武器を構えたセロリが、
「くっそー‥‥キメラじゃなかったら食らいついてやるのに!!」
 自棄になったように叫んだ。

「よし、一先ずここは頼むぞ、ロリ」
 そう言い残し信人は商業施設の中へ姿を消す。
 その姿を見送った後、セロリは視界に入る二つの出入口のどちらを護るか一瞬逡巡した。しかし間もなく、一方の出入口の近くにバイクをふかして時枝・悠(ga8810)が到着したのを見て、自らの立ち位置をもう一方と定める。
「中に入れるわけにはいかないですし‥‥ここは俺が相手だっ」
 商業施設に背を向けたところでキメラが見え始め、セロリは手始めにクリムゾンローズのトリガーを絞った。

 警報を聞いてバイクに跨り、いつもの仕事だ、と言いそうになって、悠は口を噤んだ。
「もう本業じゃないんだっての、なあ」
 友人と喫茶店を始めて暫く経つ。それでも今や副業となった仕事の方が身体に馴染んでいる辺り、如何ともし難い。
 ここに来たのも、傭兵仕事とは何の関係もなかった。LHに来る前に世話になっていたこともある親戚に挨拶にきたというだけだったのに、
「タイミングが良いのか悪いのか。いやはや」
 一言、付け加えるように吐き出す。
 ――最早いつもの仕事ではないが、いつも通り何とかしようとは思っている。

 悠からも、信人やセロリの姿は見えていた。
 世間は広いようで狭い、と考えながら、セロリとは別の出入口前で施設に背を向ける。
 ――敵は、間もなくやってきた。道路の向こうにある歩道、そこから続く路地裏から、蟷螂型のキメラが三匹。群れを成している。
 キメラたちが標的――悠の姿を捉えたときには、彼女の方はキメラへの接近を開始していた。鎌を振り上げられる前に、脚甲の一撃が一匹を吹っ飛ばし、更にはその後ろにいた一匹も巻き添えになって二匹揃って路地の壁に激突する。
 もう一匹は鎌を振り上げてはいたが、小型故にリーチも短い。バックステップしてかわすと、即座にカウンターを見舞わせた。これもまた、先ほどとは反対側の壁に激突して沈黙した。
 キメラの反撃は、間髪おかず。尤も、伸したばかりの蟷螂ではない。
 悠自身は商業施設の通りにいたが、右から敵意が猛烈な勢いで接近するのを感じた。身体の向きを変えずに前方へ跳躍したものの、小さな痛みが背中を掠める。
 互いに勢いを緩め相対する。キメラは小型ではあるものの、二つの犬頭とチーターに似た脚を持っていた。
「‥‥キメラはあくまでキメラか」
 呟いた時にはキメラは再び悠へ向かって猛進を始めていた。
 だが今度は悠にも敵が明確に見えている。飛び上がって頭に噛み付かんとする牙をかわすと、がら空きになったキメラの胴体が通過しきる前に横殴りの一撃を浴びせる。
 複数の頭がある故に形容しがたいキメラの悲鳴が辺りに響き――、
「多少邪魔でも刀でも持ってくりゃよかったかな」
 路地の奥からぞろぞろと現れ始めたキメラの群れに、悠はうんざりしたようにそんな言葉を口にした。長期戦になるだけに、体力は勿論のこと練力も銃弾も温存しないといけない状況。かつ一匹一匹が強力ではないにしろ数が多い相手に、残弾を気にせず戦える武器が脚甲だけでは若干心許ない。
 時を同じくして、別の路地からも群れが接近しつつあった。
 最初に気付いたのは、丁度その場に駆けつけたところだった結城 桜乃(gc4675)である。
 路地に入り進攻を妨げるように立つと、接近される前に制圧射撃。群れの脚を止めたところで、今度は一匹ずつ遠目から頭と思われる箇所を狙ってトリガーを絞る。
「この感じだと、中にも紛れ込んじゃってるかな‥‥」
 手が回らない路地裏から、とか。或いは――空から。
 そこで気が上空へ回ったのは、丁度鴉キメラが群れの上を通過していこうとする時だった。進攻を許せば商業施設にまず辿りつく。
 桜乃は群れに接近を許すのを覚悟で、狙いを上空のキメラへ変えた。
 超長距離射撃で――キメラの頭蓋を撃ち抜く!

 時は遡る。
「今から外に出るのは危険です。キメラを排除するまで店内で息を潜めていてください」
 信人は商業施設の従業員に対しまずそう伝え、続いて指示を飛ばした。
「店内放送で一か所に固まって貰えるように指示を、シャッターを閉めて、窓の近くには近づかないでください。なに、兵揃いです。ご安心を」

 そんなわけで従業員や客は高層階の広場に集まり、周辺のシャッターは全て下りた状況になっている。
 それでも、完全に集まってはいない。
「襲撃前に子供とはぐれてしまっていて‥‥」
 避難してきた、親のそんな申告があったのだ。
「‥‥はぁ‥‥。‥‥久しぶりの戦闘か」
 復興支援の仕事で茨城に来ていた鎌苅 冬馬(gc4368)はその子供の捜索も兼ね、まだ避難できていない一般人が他にいないかどうか商業施設を回っていた。
 はたして、子供は存外にあっさりと見つかった。非常に喜ばしくない形でだが。
 商業施設の窓は全面ガラス張りになっている。子供はその傍にある休憩スペースで泣きじゃくっていたのだが、問題はその後方の窓の向こうに蜻蛉キメラが見えていたことである。
 キメラが窓を突き破るのと、冬馬が子供を抱えて跳躍したのがほぼ同時。
 一般人が傍にいる状態で戦闘になるのは避けたい。キメラが壁に激突して此方を見失っている間に冬馬は子供を抱えたまま駆け出した。
 子供が恐怖のあまり泣くのをやめたのが幸いして、キメラは追ってこなかった。そのまま広場に駆け込んで子供を預けた後、冬馬は即座に踵を返す。
 辿ってきた道筋をそのまま引き返す途中でキメラとは再遭遇した。ただ、
「あ」
 呼びかけを終え店外へ行く途中だった信人が既に遭遇している。尤も店内では交戦を控えるつもりだったのか、信人は覚醒していなかったが。
「後は俺がやるから、夜十字さんは外へ」
「分かった」
 そうして冬馬が大剣をキメラに向けて振るった瞬間、その横を信人が通過していった。

 店外へ出て、まずセロリと再合流した信人はもう一方の出入口を悠と桜乃が護っていることを知った。
 そして、自らの盾と刀を地面に突き刺した。
「では、やろうか」
 今度こそ、覚醒。
 かつてその際に現れていた、誰かを護る意思の象徴――幻影の少女の姿は既にない。代わりに、命を燃やさんとばかりに右目と左腕に炎が灯る。
「‥‥何で今更」
 立場と意思の変化、だろうか。考えている暇はない。
 敵は既に大分数が増え、施設を包囲しかかっている。
 セロリが入口から離れた場所へ向かってから、信人はガトリングを包囲網へ向かって乱射した。同時に仁王咆哮で、その注意を自分へと引き寄せる。
 一斉に自身へ向かい始めたキメラの群れ。その先頭に立つのは、小象の石像のようなキメラだった。その身体が硬いことは、進攻する度に削れる地面が物語っている。
 信人が傭兵時代を共に駆け抜けた愛銃のトリガーを引くと、腕の炎が一層激しく燃え盛る。
 銃撃がキメラを打ち抜いた時には、信人は既に刀と盾に持ち替えて群れへの突貫を開始していた。

 一方、駅よりも、少し手前、商業施設寄り。
「迎撃のスタンスがいいかな? 車両の場所を確認して、戦線を押し上げるように――」
 やはり復興支援で茨城にきていた夢守 ルキア(gb9436)は双眼鏡で線路の様子を探った。電車がどれだけ近くにいるか確かめる為だったが、どうやら今回の街の被害の影響を受けない程度には離れているらしい。
 双眼鏡から目を離すと、今度は肉眼で周辺の様子を探る。一般人はどうやらどこかしらに避難したらしく外に姿はない。
 代わりに、商業施設には向かわなかったキメラの群れの姿が目に飛び込んできた。
 ルキアはわざと自らの手を傷つけて、血を流す。するとまるで弾かれたように、キメラの敵意が一気にルキアへと向いた。
 まずは制圧射撃でその群れの勢いを止めたところで、
「嗅覚をマヒさせれば、集中力も削げるかも」
 用意していたアンモニアを叩きつける。狙い通り、悶えるキメラが続出した。
 その間に超機械の火炎弾を当てるのは容易かったが――次第に匂いが効かないキメラの数が多くなっていく。
 一人では相手しきれない、と判断した段階で
「大漁だーい!」
 迅雷を用いつつ駅へと一時撤退した。

 撤退した先では蒼子が前衛となって駅前に立ちはだかっている。一方美優が後衛として改札付近でその蒼子の援護射撃を行っていた。これと同様の布陣を、もう一方の改札ではアイシャと慎がやっていた。
 駅前に直接来るキメラの数はそれほど多くなかった為、ルキアの行動でより効率よく一網打尽が出来るようになったともいえる。
 今度は蒼子が制圧射撃を行い、その後三人がかりで群れを削っていく。乱戦になるにあたり蒼子は小太刀に持ち替えていたが、そのリーチが一部の敵の突破を許すことになる。
 だが、突破されたままでは終わらない。仁王咆哮で再度蒼子が自分へ注意を向けたところで、隙だらけの頭に美優が銃撃を見舞わせた。
 ついで、空の気配に気付いてこれも狙撃。一番警戒していたと言ってもいい箇所からの進撃を、終ぞ許すことはなく――。

 多少の血は流れたものの、やがて状況終結の報告が届き。
 その頃にはキメラも自主的に撤退を開始していた。

●気持ちの行く末
 戦闘が終わって少し経って、アイシャと慎が商業施設前にやってきた。その頃には美優や蒼子も既に施設前にきている。
 アイシャはやってくるなり、すぐに蒼子に一人引っ張られた。一人になった慎に気付いたセロリは、驚きつつそちらへ駆け寄る。
「ほわー。こんなところで会うなんて!
 なんというかお久しぶりですねっ。相変わらず夫婦漫才とはねたm‥‥羨ましい限りですよー」
「別に今回は漫才っぽいことは何もしてないんだけど‥‥」
 事実だったが、それはさておき、とセロリは気を取り直す。
「そういえば俺も軍に入ろうかなーって思ってるんです。すぐに、ではないですけどいずれ‥‥勉強とか、勉強とか。しないとだし」
「そうかー。でもまぁ軍の環境も管轄によるんだろうな。俺ももうすぐ東アジア軍に異動するし、これからどうなるか」
 と慎が言うと、セロリは目を丸くした。
「え‥‥慎さん東アジア軍に行くんですか?
 いいなぁ‥‥俺も日本育ちなので羨ましいです。アイシャさんもいるなら心強いですし俺も入りたいなぁ‥‥あれ? アイシャさんは一緒じゃないんです?」
「えーと、それは‥‥」
 気まずそうな慎の表情からアイシャの立場を察したらしく訊ねてくるセロリに、慎は何も言い返せない。
 蒼子とともに路地裏へやってきた、そのアイシャといえば。
「‥‥あー、もう!
 自分の気持ちが本当かどうか確かめるって言ってたけど、本当じゃなかったら今こんなに悩むこともないはずでしょ!?」
 蒼子に説教を喰らっていた。
「彼が異動するからってそれで今生の別れってわけでもないでしょう? なんだったらそれこそ押しかけ女房宜しく貴女も異動希望出したっていいじゃない!」
「そ、それもそうね‥‥」
 本気でそこには思い至ってなかったらしく、アイシャはおずおずと肯く。ただまぁ思い至らなかったのも、ある種の迷いのせいだろう。
 その迷いを振り払わせるように、蒼子は言う。
「――好きなんでしょ、彼の事。
 だったら‥‥今は、思うだけじゃなくてちゃんと言葉で伝えなきゃ。違う?」

 説教が終わり、蒼子とアイシャは再び仲間たちの下へ。
 微妙な視線を交し合う、慎とアイシャ。その様子を見て、
「‥‥家庭の事情にはあんまり首を突っ込まない方がいいかな、とは思うけどね」
 美優は盛大に溜息を吐き出した。
「でも、一度くらい素直になってみてもいいんじゃない? アイシャ。それに慎。
 あんた達散々回り道してきて、いい加減な形で終わらせるつもり?」
 この言葉には、慎の方が肩を震わせた。此方も此方で迷いがあったらしい。
「それこそ『いい大人』なんだしね。決めるのはあんた達だけど、友人としてあたしからお願いさせて。
 ――後悔だけはしないで」
 美優はそれだけ言って、二人に背を向ける。
 沈黙が通り過ぎて――それを破ったのは、
「‥‥シン、ちょっと話があるの。さっきの続き‥‥といえなくもないけど、大事なコト」
 意を決したように吐き出した、アイシャの言葉だった。

 そして二人は再び喫茶店へ戻り――十分ほど経った頃、外へ出てきた。
 何が話されていたのかは、やや照れくさそうな二人の表情からして語るべくもない。
「嫁は大事にしましょう。お互いに」
「何かもう確定事項のような言い方だな‥‥」
 信人の言葉に、まぁいいけど、と半ば諦めたようには慎は返したものの、その表情はどこかすっきりしたようなものだった。