タイトル:【AW】花開け、未来マスター:津山 佑弥
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 14 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2013/04/15 01:31 |
●オープニング本文
2018年――。
「アフリカで、復興の様子を伺うドキュメンタリーのロケですか?」
「そう」
あるレコーディングスタジオのコントロールルームに、二人の女性の姿がある。
一方は長袖Tシャツにデニムパンツといったラフな格好であるのに対し、もう一方は整ったパンツスーツに身を包んでいる。前者は最近売り出し中のシンガーソングライター、後者はそのマネージャーという間柄だった。
「貴女、メジャーデビューしてから何かあるとやたら『アフリカに行きたい』って言ってるじゃない。
‥‥半分泣き言みたいになってた時もあるけど」
マネージャーが呆れ半分に言うと、ラフな格好の女性はう、と首を縮こませつつ呟いた。
「‥‥あそこに行くとインスピレーションが湧くというか、いろいろな意味で初心に帰れる気がするんです」
「それも何度も聴いた。で、なんだかんだ我慢して結局その時の壁越えてったわよね」
「はい。‥‥で、どうして急にほんとに行けることになったんですか?」
「連邦政府の関係」
「‥‥あー、なるほど。確かに時期的には丁度いいかもしれませんね」
マネージャーの端的な答えに、納得したとばかりに女性は肯いた。
世間では先立って、ミユ・ベルナールの連邦政府主席退任が発表されたばかりだった。
現在はまだ次期主席の選挙戦真っ最中だけれども、支持で言えばカプロイア伯が頭二つ分は抜け出ているとの見方が強い。
恐らくロケを行う番組が放送される頃には、彼による新政府が始まっていることだろう。
そのカプロイア伯も一枚噛んでいたのが、アフリカの復興事業である。
新政府が始まった後に放送することで、より政府への印象を強める狙いもありそうだった。
「元々は事務所のタレントの誰かに行かせようっていうつもりで立てられた企画なんだけど。
貴女は絶対行きたがると思ったからうちに下さいって説得し倒したわ」
「静加さん‥‥」
いつも冷静なマネージャーが珍しく鼻息荒く語っているのを見、女性は何だか感慨深い気分になった。
無論、番組がいい宣伝になるというのもあるのだろう。うまくいけばこれが本格的なブレイクへの切っ掛けにもなりうる。
ただ――マネージャー・静加は、女性がどうしてもアフリカに行きたかったもうひとつの理由も知っている。
数年前、それこそ初めて今の産業府ピエトロ・バリウスが人類の拠点となった頃にも、女性は一度アフリカに行っていた。
「――あの時は見ることが出来なかった産業府の外の景色を、今度はちゃんと見ることが出来るんですね」
女性――24歳になった天鶴・岬は、当時の風景を思い出して目を細める。
その時訪れた当時のピエトロ・バリウス要塞で作った曲は音源化はせず、けれども彼女にとって特に大事なライブの時には未発表曲として現在でも演奏されていた。
一般人の身分では当時は行けなかった、柵の外。そこに広がる新しい世界の景色は、果たしてどんな色だろう――?
早速手渡されたロケの為の資料に目を通しながら、岬はそんなことを思った。
■
戦争は終わり、かつてはバグアへの反抗を強調していた社会もその形を変えつつある。
世界を彩る全てが変わりゆく中、同じように著しく変化したはずの貴方のその人生――。
その軌跡の一部分を、ここに刻んでみませんか。
●リプレイ本文
●再会の誘い
「んー、ずっとこの環境で生活していたはずなんですがねぇ‥‥」
祐介には、久方ぶりに感じる地球の重力がやけに重いものに感じられた。
無論宇宙上の施設でも、擬似的に重力を発生させているものはある。けれども、やはり自然に生じる力というのは特別なものがあるのかもしれない。
祐介は今、月の崑崙基地に所属する軍人となっていた。終戦して任官を経てからは結婚もし、現在は家庭持ちの身である。
そんな彼がわざわざ休暇を取ってまで地球に戻ってきたのは、カプロイア伯が大本命と見られている統一連邦主席選挙の情報収集の為だけれども――。
「‥‥まぁ、それだけというのも寂しいもんですし」
休憩スペースに入った後、祐介は徐に携帯端末を取り出す。
折角だから昔なじみの顔にでも会いたいものだ――。
というわけで、何人かに連絡を取った。
場所のセッティングはそのうちの一人が行うというので、祐介はそれまで、久しぶりの地球の景色を楽しむことにした。
●誘われた者達・1
「まだるなみょんと呼ぶのか‥‥」
ルナフィリアはやれやれと肩を竦めた。
今しがた通話を終えたばかりの祐介からのルナフィリアへの呼称は、五年前からずっと『るなみょん』のままだった。
呼称の変化の基準を容姿とするならば、殆ど変化がない以上呼称も変わらないだろう。けれども実際年齢は重ねているわけで、ルナフィリア自身としては前にもまして微妙な心持ちである。
それはさておき――。
連絡を受けた時、ルナフィリアは研究の気晴らしを兼ねたキメラ掃討を終えたところだった。
エミタの関連技術を識る為に未来研に所属している彼女は、技術提携だの研究だのの名目でドローム社など外部に居ることも多い。未来研にいるときはバーデュミナス人やクリューニス、星間航行船LH2に関わっている。
すっかり昔とは立場が変わったけれども――それらのバグア技術の活用に対する世論の反発は非合理だと考える、合理主義思考だけは戦時中からずっと変わっていない。
また、それとは別口で個人的に行なっている研究もある。というか、エミタの関連技術を識るのはその為でもある。
そっちの研究はマッドなのを自覚している為、秘密を隠すのに適しているということで月にある知己のステーションに顔を見せたりもしていた。
久々に会う者達に、その話をすることもあるだろうか――などと考えながら、ルナフィリアは次なる連絡を待った。
●まだ見ぬ景色
紅葉は関東から東北へ、荷物の配送へ向かっていた。
(私はいま、運送屋を開業して世界を転々としてるのさ‥‥といいたいところだけど)
如何せん零細企業。現実は日本国内が精一杯だった。
予定が狂うのも珍しい事じゃないさね。
トラックを走らせながら、苦笑交じりに独りごちる。
「まったく‥‥真っ当に生きるってのも楽じゃないねぇ」
今度はそこに微かな溜息が混じった。元々密輸組織の一員だった身としては、品薄な地域も多い今なら密輸や闇市で大儲け出来るのに、というなかなかブラックな考えが脳裏を過ぎったりもして、現実のままならなさには愚痴りたくなるときもあるのだ。
けれども、
「――まあ、汚れ仕事はしないと誓った以上、辛抱するしか無いかねぇ」
それにこんな暮らしも悪くはない。だからこそ今、こうして真っ当に仕事をしていることに、不満は別になかった。
「それにしても――」
休憩の為にドライブインに立ち寄り、停車させたトラックの中から、周囲の光景を見回す。
「結局戦時中は、この辺りへは来なかったけど‥‥随分と復興してるじゃないかい」
元々東北はそれほど激しく荒らされたという話は聞いたことがなかったのもあるけれども、いま望む景色は、つい数年前まで戦争が起こっていたことなど感じさせないものだった。
戦争が終わったことを改めて実感しつつ、運転を再開する。
途中、山沿いの県道に差し掛かった。
するとガードレールの向こうの山の斜面に、芽吹き始めた緑があるのが目についた
「もう春か‥‥山菜も採れる季節だね」
ふと思い立って、ちょうど視界に飛び込んできていたチェーン着脱場にトラックを停車させる。
トラックから降りた紅葉は近くの畦道に入る。畦道に自生する山菜をさくっと採取していこうと考えたのだ。
探しながら、
「小さい頃はよくやってたがねぇ‥‥」
不意にそんな言葉が口をついて出て、同時に故郷である北海道はどうなったのだろう、と気になった。
配送の仕事は一番遠くて青森市まで。
青森市での仕事が終わってから、その足で青函トンネルを抜け北海道に向かえはしないか、と考えたけれども、それは難しそうだった。北海道がリリアン・ドースンの影響下にあった頃、トンネルの出入り口周囲は北海道、青森ともに崩落させられていたのだ。瓦礫などは除去されたが、まだ安全を確認できない為当面民間の通行は出来ないらしい。
自分の目で北海道の様子を見ることは諦めた紅葉だったけれども、
「もうとっくに縁は切れたと思っていたが‥‥生まれ故郷ってのは、やはり気になるものさね‥‥」
まだ様子を知ること自体は諦めたわけではない。残りの仕事をこなしがてら青森の各都市で情報収集を行った。
聞き及んだ範囲では、一時期富良野の近辺に形成されていたという湖はなくなり、ほぼ元の姿を取り戻しているらしいということと、破壊の激しかった旭川は復興が遅れているものの、それでも着実に人の住む街の姿は取り戻しつつあるということが分かった。
もう少し気になるところもある。たとえば――、
「児童養護施設なんて、もう残って無いかねぇ‥‥」
自分の育った施設も気になるが、状況を知るのが怖くてあえてそこは調べなかった。
「どんな結果でも私が選んだ道さ。後悔なんて‥‥」
八戸の海岸線。
走らせるトラックの中から北海道があるであろう方向を見やりながら、紅葉はそう呟いた。
●誘われた者達・2
祐介に呼び出された第二の友人――アルヴァイムはといえば、色々な意味で戦時中とあまり変わらなかった。
小規模な戦闘に介入したり、復興先へ支援に行ったり。
一方で家に帰る日が少ないので、成長著しい実娘には他人行儀にされたりしている。
恐らく妻には呆れられているだろうけれども、その辺のことを何も考えていないわけでは勿論ないのだ。
さっさと戦後が片付けば妻の実家の再興にも着手出来るし、戦後処理に尽力すれば相応のパイプは出来るだろう、という考えがある。
だから家族のことは、今のところはあまり気にしてはいなかった。
さて、祐介に呼び出された上に、その場には義娘であるルナフィリアも来ると知ったアルヴァイムは、折角なのでそれぞれに役立つように編纂した資料を渡すことにした。直接会うのは久しぶりにしろ、祐介が権力に食い込んだことやら、ルナフィリアの研究テーマ、将来的な希望については聞き及んでいる。
それにあたり乗り込んだ高速艇で、これまた懐かしい顔に出くわした。
「えーと、確か貴方は」
「‥‥そりゃあ、普通に顔あわせてた時期ですらそうだったのに今覚えてるわけもないよな‥‥」
雄人は五年経っても能力者に名前が思い出されなかった。
「まぁそれはさておき、積もる話もあるでしょうからこの後どうです?」
「さておきにすんなよ‥‥まぁいいけど」
「では予約はとっときますか」
「あれ、今のいいけどってそういう意味じゃ」
とか言ってる間に、アルヴァイムは料亭の予約を入れていた。無論人数には雄人もカウントされている。
「いまから人数減らすとキャンセル料出ますし」
「‥‥いきゃいいんだろ、いきゃ」
雄人は諦めたように溜息を吐き出し、高速艇の窓縁に寄りかかる。
「積もる話っていえば、あいつはうまくやったのかな‥‥」
雄人の脳裏に浮かんだのは、戦時中によく顔を合わせた戦友の存在だった。
●孤児たちの未来・1
雄人の言う「あいつ」ことリオンは、今も能力者としての活動を続けていた。
彼が重点的にこなしているのは、未だ現存するバグアの研究施設の調査・探索に関する依頼である。
その行動方針の根底には、「アメリーと同じような立場の子を一人でも救いたい」という思い――つまりは恋人がかつて置かれていた境遇がある。同様の理由で、そのアメリー自身もまだ能力者として在り続けていた。
ただリオンが依頼を受ける理由の中には、二つの夢の存在もあるけれども。その為に目下貯金中だった。
受けていた依頼が思いのほか早く片付いて、数日のオフが生まれた。
アメリーも同様にオフに入っていたらしく、折角だからと彼女を誘って出かけることにした。
「改めて、話したいことも‥‥あるから、ね」
「え、なに?」
「後で話すよ」
首を傾げるアメリーに、リオンはそう答えた。
アメリーを伴ってリオンが向かった先は、自分が育った孤児院だった。
未だかつてアメリーが来たことのなかったこの場所で、リオンはまず彼女と、自分の恩人である院長とを引き合わせた。アメリーの出自を聞いた院長は無論驚いたけれども、二人ともを温かく迎えたのは言うまでもない。
それから孤児院で暮らしている子供とふれあった後、リオンはアメリーの前で、
「僕も‥‥自分の手で孤児院を開きたい」
そう、一つ目の夢を口にした。
「僕たちが手を差し伸べて、助けてきた子供たち‥‥。
でも、仕方ないこととは言え‥‥僕たちはその手をすぐ離して、別の人たちの手に委ねなければいけなかった。
それで、思ったんだ。いつかその子たちの手を離すことなく‥‥成長を見守ることはできないかって」
そしてアメリーにも一緒に見守っていて欲しい、とリオンは口に出さずに思う。
「二つ目の夢」はそれとも繋がるのだから。
●復興の軌跡・1
時雨は戦争終結後も暫くは傭兵として残敵掃討等に従事していたけれども、やがて本来自分の行こうとしていた道をまた歩き出した。
生き残った声楽の先生に師事しつつ、東京近郊の復興を手伝い、通っていた芸大の再興を経て大学へ復帰したのである。
とはいえ復帰までにも色々あったので、現在はまだ院生だけれども。
その院生としての歌曲の勉強の為、彼女はヨーロッパへ旅立った。
学習自体の目的地は主にドイツだけれども、それ以外にも気になっていることがあり。
旅の出発点として、彼女が最初に選んだ場所はイタリアのとある都市だった。
イタリア南部、アドリア海に臨む都市・ブリンディシ。
かつてバグア整備士・ユズにより焼き払われたかの都市は、イネースが倒されたことを切っ掛けにイタリア半島が解放された後、順調に復興への道程を歩んでいた。
ブリンディシの海岸通りへ出た時雨は、海に面した灯台へ向かった。灯台は元々復興開始後に、再度のバグア襲来に備えて警戒用に建てられたものだそうだ。けれどもいまや民間にも展望台として解放されており、アドリア海を一望できる観光名所のひとつになっている。
屋上にある展望台へ上った時雨はまず、通り抜けてきたブリンディシの街並を改めて眺めた。
「夏草や兵どもが夢の跡‥‥。たった10年‥‥、でも、もうあの激戦を思い起こさせるものは‥‥」
既に街の復興事業が始まってからは10年近い歳月が経過している。
都市の街並も、かつてと同様にとは言わないまでも、少なくともそれなりに規模のある「街」としての姿を見せていた。
「それでも私は覚えてる‥‥。自分の未熟さが何をもたらしたのかを‥‥」
ユズによりこの街が焼き払われるのを止められなかったのは、自分たちの力量不足が原因だ。
自分のせいで多くの犠牲が出た――その意味では、時雨にとってこの街は贖罪の場所だった。
暫く街を眺めた後、今度は展望台の上でも海のほうへ近づきながら、懐から白い花を取り出す。
鎮魂の為に持ってきたその花を、展望台でも柵の低いところから放り――その色が海に消えるのを見送った。
それから顔を上げ、今度こそアドリア海を望む。
「イネースもユズも死んで、バグアは地球から撤退しだけど、アドリア海の美しい青は変わらない‥‥。
イネースのあんな芸術よりもこっちの方がよっぽど綺麗‥‥」
そんなことを呟きながら。
ブリンディシを後にした時雨は次に、やはりイタリアはナポリ――イネースにより焼き払われた都市へ向かった。
ブリンディシよりは復興開始がやや遅くはなったものの、此方も順調に人の住む平和な街の姿を取り戻しつつある。
どちらの都市にしろ、もう二度とその景色が喪われることがなければいい――。
そう考えつつ、彼女は次の目的地を目指した。
●復興の軌跡・2
戦後、医療分野のスペシャリストとして一般人や傷痍軍人のケアにあたっていたまり絵には、定期異動の希望先として決めていた地域がある。
「LHにはいない、と‥‥」
まり絵が調べていたのは、とある個人の現況についてである。
かつて依頼で関わったその人――ステラが、まだLHにいるかどうか。
結果はNO、ただし健在ではあるらしい。ということは――。
かつてステラがいた村――彼女と瓜二つの姿を持つ『英雄』レイチェルがいた村と、まだ関わりを持っているのではないか、とまり絵は考えた。
定期異動の希望先も、勿論その地域一帯だ。
大都市が激しく破壊された、ということはないものの、逆に小さい村などはやたらとキメラやワームに襲われて激しい損壊を伴っているところが多かった。
いまやその勢いも収束気味ではあるけれども、傷病者は数多く、医療の手が今もなお足りない現状ではある。
バグアに喰われたレイチェルを取り戻しには行けなかったけれど、生前の彼女とステラが護ろうとしたものを取り戻す手伝いは出来る――。
その時にできることをしよう。まり絵はそう考えながら己の仕事に従事した。
●情熱の先にあるもの
「まだまだ何が起こるか分からないんだから、備えは必要よね。
使わずに済むに越したことはないんでしょうけれど」
とは、フローラの言である。
その言葉どおり、2018年になった今でも彼女は能力者を続けていた。
――と同時に、今の彼女はクルメタル社の社員でもある。
研究開発、テストパイロットなど、様々な分野で活動していた。
勿論、戦闘の勘を忘れないようにする為にも、周辺でキメラの出現があれば積極的に赴くようにもしている。
そんな彼女の目下の研究テーマは、KV用のレーザー銃である。
尤もキメラの掃討を主眼に置いたものである為、威力よりも取り回しを重要視したものを考えていた。
更に目標を挙げれば、拡散レーザー的な範囲攻撃。それに向かって試行錯誤を続ける日々である。
「これが上手くいけば、殲滅速度が一気に上がりそうなものなんだけど‥‥」
今日もまた試作品を試すべく、自らテストパイロットとしてKVへ乗り込みながら呟く。
そんな彼女に研究者としてとは異なる視線を向ける同僚の男性がいたけれども――。
当の本人がその視線の意味に気付くのはまだ先のことになりそうだった。
●重なった道・1
「めでたしめでたし、の後は、忙しい日々だな」
機材車を兼ねるランドクラウンを走らせながら、信人は呟く。
彼は小隊の仲間とともに番組制作会社【AG】(アクティブ・ガッツ)を立ち上げていた。
社員の働きもあり会社としての評価と規模は右肩上がりを続け、企画やら取材やらに追われる多忙な日々を過ごしていた。
そんな信人の今の帰る場所は、とある孤児院だ。
これも【AG】で出資したものだということもあるけれども、帰る場所である理由はもう一つある。
「あ、お帰りなさい」
門を潜り抜けたところで声をかけられた。
孤児の中でもやや年長にあたる子供たちと共にベランダで大量の洗濯物を干しながら、信人にそう笑みを向けたのはアスナである。
「ただいま」信人も応える。
戦後からそれほど間をおかず挙式をあげ、ふたりは晴れて夫婦になった。
その時点ではまだアスナはUPC軍に所属していたけれども、終戦から二年が経った頃にとある理由によって軍を辞め、当時設立されたばかりだった孤児院の院長になったのだった。
「アスナねーちゃん、こっち終わったー」
「そろそろお昼の準備出来たと思うし、みんな集めておいてー」
男の子の言葉に対し、アスナは顔だけを男の子の方へ向け次の指示を出す。
孤児院の院長と言っても、アスナの現状のポジションは「みんなのお姉さん」である。
「本当はお母さんなんだが、見た目がな」
「流石に三十を越えてもこれだと、嬉しいやら悲しいやらだけどね‥‥」
男の子をはじめとした数人が屋内へ駆けていくのを見送り、夫婦揃って苦笑する。五年の歳月は信人を多少は精悍な顔つきに変えたけれども、一方のアスナは殆ど変わっていなかった。
すると入れ違いに、今度は小さい子供たちがこぞって玄関から姿を見せた。男の子が、信人が来たことを教えたのだろう。
その先頭に立って信人のほうへ駆けてくるのは、三歳の女の子。
「ぱぱー」
屈んで待っていた信人に勢い余って抱きついた女の子は、彼に向かってそう声をあげた。
この女の子こそが、アスナが軍を退くことを決めた理由である。孤児ではなく、夫婦の間に産まれた愛娘だった。
他の子供たちも次々と信人を囲み、信人はそこから身動きが取れなくなる。
「もう‥‥毎度のことだけど、こうなると中に入れなくなるのよね」
「まぁいいさ。ちーも、この子たちも、大事な俺たちの子供だよ」
近寄ってきたアスナに対し、信人は言う。ちなみに「ちー」とは愛娘の愛称である。
言葉の裏には、戦時中に多くの子供たちを助けられなかったことの贖罪の意味もある。
それを口にしたことはなかったけれども、アスナには気付かれている可能性は大きそうだった。
ややあって年長の子供が出てきて、ご飯だよと告げる。すると年少組の子供たちも施設の中へ戻っていき、信人は解放された。
「そういえば、さっきセロリさんも来たわよ」
立ち上がった信人の傍にきて、アスナは言う。
「ロリがか?」
「ええ。子供たちの遊び相手をしてもらってるわ」
セロリは戦後、士官学校へ入学した。
なんとか卒業し、今の階級は少尉。本人曰く「女の幸せは結婚だけじゃないんだぞ」とのことで、キメラプラントの処理等の活動を主としていた。仕事に取り組む態度は真面目だけれども男口調は直っておらず、身だしなみを整えていることを考慮しなければ女としての魅力は未知数である。
「で、最近はどうなんだ?」
子供たちの昼飯時。世話役から解放されたセロリに、信人が尋ねる。
それに対し彼女は、
「ば、馬鹿‥‥お前に心配されるようなことは何もないぞ。軍に入ったのは最近だけど戦場にはずっといるんだからな」
と、そっぽを向きながら答えた。
そのつっけんどんな態度が兄に対する遅れてきた反抗期か「自立した女」アピールなのかは、実のところ本人すらわかっていなかったりする。
一方で、実はちょっと弱気になっている部分もあるらしい。
昼食が終わって今度は信人が子供たちの遊び相手になり、アスナとセロリは院長室でつかの間の休息に入る。
ここにきて、
「正直俺なんかが部下持っていいのかな、なんて‥‥。何かあったらと思うとなんか、怖くて」
ぽろっと本音が出た。
「すみません‥‥昔と比べると全然、ずっと落ち着いてるのに」
「――まぁ、気持ちは分かるけど。私も経験あるし」
アスナは穏やかに笑う。
「でも、そういう時こそ我武者羅になった方がかえっていい結果になったりするわよ。
それで振り返ってみると『なんとかなった』っていう自信にもなるし。過信は禁物、だけどね」
先輩としての助言を加えながら。
そんな折、「そうだ、言い忘れてた」何かを思い出したらしく信人が部屋に入ってきた。
「さっき秋月教授から連絡が来てな。久々に皆で会わないか、と誘われたんだが二人も来ないか」
●重なった道・2
ティリアは家の中でひとり黙々と、目の前の銀粘土に模様を彫りこむ。
大凡の形を作って乾燥させた銀粘土は、乾燥しているとはいえ彫りこみ作業も力加減を間違えると出来的には大惨事になりうることがある。故に細かな模様を入れるのには、繊細さと集中力が要求される。けれどもいまのティリアには、それらは両方とも備わっているようだった。
LHに来た際に親友に教えてもらった銀細工。戦いが終わった今、彼女はやがては自分の店を持つという夢に向かって、仕事と修行、そして貯金に励んでいた。
「――ふう」
一際細かい箇所の作業を終えて、思わず息をつく。
これで今手がけているアクセサリーに関しての彫りこみは終わった。少し休憩しようかと肩の力を抜いたところで、
「ただいま」
玄関から声が聞こえた。
ティリアの夢は、決して一人で向かっているものではない。
共感し、支えてくれる大切な人――ノエルの存在がある。
終戦して数年が経ち、元々恋人だった二人の関係は更に近づいていた。
同棲を始め、ノエルはティリアに対してだけは敬語を使わず、ティリアもティリアでノエルにだけは「さん」をつけずに話すようになっていた。
変わらないことといえば、ノエルの容姿が相変わらず中性的なこと。最近「女子力向上」を密かなテーマに掲げているティリアにしても、髪型や服装が以前と変わらず、一人称も「ボク」のままだったりする。そういうところが変わるのは、どうやらなかなか難しいらしい。
それと――ノエルが明るく笑顔を絶やさない性格なのは勿論ティリアも知っている所。
けれども最近、時折彼が妙に寂しそうな表情を浮かべていることがあるのが、ティリアとしては気がかりではあった。
ノエルが帰宅したのを機にティリアも作業を中断し、二人でお茶の時間を迎える。
ティリアの修行の成果物のことやら、将来出したいと考えているお店のことやらを話した後、一瞬、ノエルが静かになった。
「ノエル、どうしたの?」
「実は‥‥僕の親族のことで」
ノエルが神妙な面持ちになった理由を、ティリアはそれで理解した。
ノエルは――勿論ティリア自身もだけれども――能力者稼業を続け、ティリアのお店の為の資金を稼いでいる。
能力者を続けているもう一つの理由は、稼業を続けながらもノエル自身の出生について調べる為でもあった。
けれども――出た結論は、親族は見つからず、即ち出生についての手がかりは、どこにもないということだった。
そのことを告げた後、ティリアがなんとも言えない表情になっていたのが気になったのだろう。
「でも大丈夫っ!」
努めて明るく、ノエルは振る舞う。
その様子がますますティリアの胸を詰まらせて、無意識に彼を抱き締めていた。
「‥‥もう。ノエルは嘘をつくの、下手なんだから‥‥ボクの前で、強がる必要なんてないんだよ?」
「ぁ、く‥‥」
ティリアに頭を撫でられ、強がっていたノエルの瞳が涙で潤んだ。
同時に――出生を知る親族が、いないのなら。
今目の前に居る恋人と、本当の家族になりたい――そう、強く願い。
少し経って落ち着いた後、意を決してノエルはその言葉を口にした。
「ティリア‥‥キミを愛してる。この世界で、この先もずっと。
だから――僕の、妻になってくれませんか?」
告げた所、今度はティリアの双眸から涙がこぼれ始めた。
「――あは。変、なの‥‥。
物凄く、心の底から嬉しいのに‥‥涙が、止まらないよ‥‥」
服の袖で拭っても、拭っても。その嬉しさは、瞳から溢れ出てきて止まらない。
それでも、言葉を返すことは――受け入れることは、出来る。
「こんなボクでも、本当にいいのなら‥‥。愛していると、言ってくれるのなら‥‥。
ノエル――ボクは、貴方のお嫁さんに、なりたい‥‥」
そうして、そっとノエルに口付ける。
ノエルはそんなティリアの身体を強く抱き締めて、より唇を深く重ねた。
「‥‥今日はもう、放さない」
そう、宣言して。
●繋がり続ける縁・1
蒼子には終戦から五年経った今も、定期的に連絡を取り合っている軍人の友人が二人居る。
アイシャと慎である。
終戦後まもなくのとある出来事でやっと互いの気持ちが繋がった二人は、半年ほどの時間を経て籍を入れたらしい。
挙式などはあげていないようだけれども、慎の実家近くに家を建てて暮らしているのだ。軍籍も揃って東アジア軍。
アイシャが気持ちを伝えに日本に行ったことも、慎が東アジア軍に異動になるというのなら押しかけ女房的についていけばいいと唆したのも自分なだけに、晴れて二人が結ばれても、何だかんだいってその後が気になる蒼子だった。
そんなわけで、受けていた仕事が早く片付いたのもあり不意打ち気味に二人を訪ねてみることにしたのだけれども、
「あ、丁度美優も来るっていうからそのつもりでね」
電話越しのアイシャがそんなことを言うものだから、何となくデジャヴを感じた。
美優は丁度その頃、日本へ向かう高速艇の中にいた。
終戦後、彼女はUPC欧州空軍に身を置いていた。
そうすることに迷っていた時期もあったけれども、以前アイシャたちと話した後に迷いを捨てないまま飛ぶのは危険と考え、現在の夫であるところの恋人とよく相談した上で決めたことだった。
とはいえ、現在は休暇を貰っている。
夫との間に子供を授かった為だ。大人しくしている今も、お腹では新しい生命が誕生のときを迎えるべく成長を続けていた。その成長には日々、頬を緩まされるばかりである。
(どうしてるかな、アイシャたち)
会いにいくのは近況が気になるだけでなく、ちゃんとした用事もある為だ。けれども久々に会うアイシャと慎はどんな顔をしているだろう、と想像してみたら、何となく幸せそうな表情を浮かべているような予感がした。
自分も似たようなものだからかもしれないと思って微苦笑を浮かべる美優を乗せた高速艇は、間もなく日本へ到着し――。
蒼子が感じたデジャヴは思いのほか以前の記憶に近い形で的中した。
最寄の駅に蒼子が降り立ったときに連絡を取ってみると、先に街へ到着していた美優と夫婦は既に待ち合わせ場所の喫茶店の前にいるという。
「‥‥なんか前にもこんな光景あったような気がするわね」
「微妙に違うけどね。二人はあの時もう喫茶店の中にいたし」
久々に顔を合わせた蒼子と美優は苦笑いを浮かべ、美優の言葉でいつのことかを察したらしいアイシャと慎はその時のことを思い出してか微妙な表情になった。
ともあれ喫茶店の中へ入り、それぞれの近況を語り合う。
蒼子はといえば、相変わらず能力者と身辺護衛業を兼業していた。尤もバグア絡みの事件が少なくなってきた今、専ら後者の方が仕事が多いけれど。
寧ろ最近はエミタを装着した者が引き起こす事件が多く、能力者のボディガードというのは結構引き合いがあって繁盛しているのだという。
「力を振るう相手がいなくなって、勘違いを起こして暴れるような馬鹿に暴れられたら、真面目にやってる同じ能力者の自分たちが迷惑するのよ」
悪態をつく一方で、
「同じ力を持っている者として、そういう連中を何とかしないと。そのための能力者、でしょ?」
という義務感じみた思いが彼女の本音なのだろう。と、そこまで話を聞いていたアイシャが訊ねた。
「ところで、恋人とかは?」
「‥‥‥‥周りは多いわね、貴女のときのようなパターンも含め」
やや長めの沈黙と、その後「周り」を強調したことが答えになっているのだろう。特に慎と美優が「訊いちゃいけないこと訊いた」という顔をした。
「恋人といえば、じゃないけど」
なんか微妙な沈黙が流れ始めたので美優が話題を変えた。アイシャと慎の方を見、
「二人は子供、まだなの?」
昼もそうだけど夜も心配、と笑う美優をよそに、夫婦は顔を見合わせていた。
「‥‥こないだの結果結局訊けてないよな。忙しくて」
恐る恐るアイシャに尋ねる慎の言葉に、美優と蒼子が揃って「え」と声を上げる。
三人の視線を集めたアイシャは慎から視線を外すと自らのお腹を見、それから少しだけ顔を上げて――美優と蒼子がかつて聞いたことのないほどしおらしい声で告げた。
「あー‥‥実はね、いるみたい。まだ分かったばかりだけど」
照れくさそうに俯いたアイシャを美優と蒼子で祝福した後、気を取り直して少し真面目な顔になった美優は、夫婦の顔を見た。
「あたしもお腹の子が第一子なわけだけど。‥‥そう、お腹の子の事でお願いがあって」
「ん?」
「名付け親に、なってあげてくれないかな。
いっきなりで申し訳ないけど‥‥夫もそれがいいって言ってくれたし」
「!?」
これには夫婦は顔を見合わせて驚いたようだった。蒼子も目を丸くしている。
「元気な男の子で、時々お腹を蹴るんだよ。
だから、その‥‥良かったら、お願い」
美優の懇願に、夫婦は顔を見合わせたまま
「――本当にいきなりだな。でも、まぁ‥‥」
「そうね、断る理由なんかないし。あたしたちでいいの、って思うくらいだけど」
そう肯きあった。
「ただまぁ、流石に人の子供だしねー。
今ここでパッと名づけてしまうと、なんか後々後悔しそうな気がするわ」
「お前にしちゃ珍しく慎重な‥‥。まぁ正直、俺も同感なんだけど」
そこまで相談した後で、二人は美優に向き直った。
「‥‥ってわけで、考えはするけどちょっとだけ時間くれない? そう、三日くらい。そしたらこっちから連絡するから」
「三日待たせる分期待していいってことよね」
横から蒼子が茶々を入れると、「うわ」と慎が微妙な顔をした。
「‥‥ま、いい名前つけられるようにするけど」
何だかんだ言いつつ真剣に考えてくれる様子の二人を見――。
美優は逆に二人の子供の名前を考えてみてもいいかな、なんて考えたりもしたのだった。
●孤児たちの未来・2
リオンとアメリーは、リオンが育った孤児院を離れた後――アメリーの故郷の村があった場所を訪れていた。
荒れ果てたその光景は、風雨に晒され家々の骨組みの老朽化が激しくなっていることを除けば、数年前と変わらない。アメリーの生家跡が、かつての戦いの影響で周囲より損壊が激しいこともそのままだった。
その戦いにより倒した相手――ヨリシロと化していたアメリーの妹、コレットの遺骸が埋葬されている場所が、レオナール家の墓でもある。
墓の前で二人並んで瞑目、祈りを捧げる。これまでにも何度かそうしてきていたけれども、今日だけはリオンの心持は少し違っていた。
祈りが終わり、二人は向き合う。いつもなら「帰ろうか」となるところだ。
だけど今日は、事情が違った。リオンだけでない、アメリーもだ。
「ねえ、さっき言ってたことだけど」
先に口を開いたのはアメリーだった。
「孤児院、ここに建てるっていうのはどうかな?」
「え?」
「ここをこのままにしていても、きっと何も始まらないと思うんだよね。
村を復興させるのに何かきっかけが必要なら、わたしは――そのきっかけを自分で作りたいな」
それに、と付け加えた後はアメリーは何も言わず、代わりに再び墓へ視線を投げた。
それだけでリオンも何となく言わんとしたことを察する。
「‥‥うん、いいと思う」
反対する理由もない。リオンは肯いてから、「僕からも、ひとつ」と告げる。
何かを窺うときに小首を傾げるアメリーの癖は、出会ったときから変わらない。
その目を見ながら、
「‥‥僕の、もう一つの『夢』。
それは、この世界で一番大切な君と、これから先もずっと一緒に歩んでいきたい‥‥ってこと」
リオンは意を決して、「ここで言おう」と決めていた言葉を口にした。
「――アメリー。君のことを愛している。僕と、結婚してくれませんか‥‥?」
その求婚の言葉を聞き、アメリーは驚きに目を丸くした後――、
「――はい」
やがて笑顔で、応えた。
●繋がり続ける縁・2
アルヴァイムが予約を入れた料亭に集まったのは、祐介、ルナフィリア、アルヴァイム、雄人、信人、アスナ、セロリの七人。プラスして、信人・アスナ夫婦の娘も。
とりあえず、話は近況報告から。
「近々アイドル事務所も立ち上げる予定でな。何か仕事があれば是非言ってくれ」
「アイドルですか‥‥」
名刺を渡しながらの信人の言葉に、祐介は思考する。
今の祐介の立ち位置は、崑崙基地に所属する軍人であると同時にバグアとの折衝役でもある。何か役立つ方法はないか、などと考えてみたりしたのだ。
「自分は問題が起きないでくれれば気楽な仕事なんですがね‥‥。
とはいえ、そうもいかないのが現実ですかねぇ‥‥」
と、嘆息混じりに語りたくなるような苦労の多い仕事なものだから、縋るようなことを考えてしまうのも仕方はないのかもしれない。
役立つ、といえば、アルヴァイムが会って早々祐介に渡した資料は、自身が主に活動しているアジア圏や宇宙における人員派遣や施策に関する資料だった。更に、
「‥‥これは、親バグアの?」
「実績の一助になればと思いまして」
アルヴァイムは肯く。彼が遭遇した親バグア派の処遇を祐介に委任する、ということで、その親バグア派の情報と委任状がついていた。実績とは、アルヴァイムのではなく祐介の、である。
「有難く頂戴しますよ。
そっちは‥‥あぁ、いつも通りだよな」
諸々受取りつつ、祐介は言う。
「いつも通りってあーた」
「いや、だってある種邪神だろ? そんな相手に慈悲は無い」
アルヴァイムからツッコミが入ったが、祐介は言葉通り無慈悲に切って捨てる。
「いつも通り」なのは、今の資料の話からしても戦時中の彼を知る者からすれば明らかなことだった。
「そちらは今はどうですか?」
と、祐介が話を振ったのはルナフィリアだった。義父であるアルヴァイムに甘えるようもたれかかりつつ、彼女もまたその義父編纂の資料に目を通していた。
「んー、ちょっと前までキワモノKVに関わっていたけど‥‥」
ルナフィリアは言って、再び手元の資料を一瞥する。
彼女用にまとめられたデータは、宙間戦闘に関するものだ。ちなみに付け加えると、この資料以前にエミタ関係の情報としてキメラの細胞サンプルや採取対象の特性に関する報告書を送付したり、プラントを特定したら事前に通報し、時には現地調査の護衛を担ったりもしていた。
それもこれも、ルナフィリア自身の将来の野望の為である。
具体的には、二つ。
ひとつは、「人間を超える」ことだ。
エミタとバグアの力が同質なら、バグアに出来る事は理論上能力者にも可能――ルナフィリアはそう考えていた。
バグアは新しいモノ創るのが不得手だから、能力や技術の応用は進んでない筈。それならばバグアの能力を再現し、更にそれ以上のモノを実現出来る可能性もある。
即ち目標を達するための個人研究のテーマは、「バグアの能力と技術及びエミタのより高度な制御」。その為にはエミタに関する情報はいくらあっても多すぎることはない。
もうひとつは、外宇宙に行きたい、というものだ。
「ま、こちらは仕事の都合上面白いモノは色々と入ってきたりしますからね」
諸々の話を聞いた祐介は、そう言ってにやりとする。それから婉曲に、今後の協力関係の強化を打診するのだった。
だいたい近況報告やら今後への企てやらの話が終わった後は、単なる世間話へ。
「漸く、あの乳社長も退任‥‥」
祐介は言う。統一連邦主席の話である。
「後任は現況から予想するに伯爵ですかねぇ‥‥。
まぁ、あまり変わりはなさそうですなぁ‥‥」
「お二人の関係が関係だけに、ですね」
アルヴァイムも肯く。
「それにしても」口を挟んだのはセロリだ。
「なんだか皆さんを見てると昔を思い出しちゃいますね‥‥。
辛いこともいっぱいあったけど‥‥楽しかったなぁ。
――戻るのはごめんだけどね」
「まったくだ」
日本酒ですでにほろ酔いになっている信人が同意する。
「あの時は最悪で最高だった。戦争が俺の人生だった。
だが、今の俺の人生は、家族の為だ」
今の方が、もっと最高なのだから。
宴もたけなわ。
ところで、この場で相も変わらずの扱いを受けていたのが一人だけいた。名前を思い出されない、で察してほしい。
話の途中で
「フリーターなんて勿体無い。月で仕事しません?」
などと祐介に打診されたりしたものの、やっぱり名前は「速水」呼ばわりだったりした。
(俺、これからもずっとこうなのかな‥‥)
「早川様は月で仕事するのを私も勧めますがね」
「そうか‥‥うん?」
アルヴァイムの言葉に、雄人は違和感を覚えた。
あれ、いま、名前――。
「ちゃんと覚えてるぞ、早川雄人」
ルナフィリアが言う。
雄人的には何かが救われたかもしれない瞬間だった。
そうして、またそれぞれの生活へ戻っていき――。
●ネバーエンディング
未来は、いずれ「今」になる。
ひとつの戦いが終わり。
戦い続けることを選んだ者もいれば、別の道を歩み出している者もいる。
それでも――それぞれの未来への道を歩む中で。
いつかまたどこかで、互いの道が交わり、或いは重なることもあるかもしれない。
その微かな予感を胸に。
生き続ける限り終わることのない「今」を、彼らは今日も生きていく――。