●リプレイ本文
●見出すのは希望か失意か
「キメラの生存する島でたった一人――生きている可能性は低い‥‥か」
八神零(
ga7992)の呟きは、まさに冷酷な現実そのものを指している。
「明日はわが身か隣の身か‥‥って感じがするね」
双眼鏡で見渡せる限りの地形をチェックしていたミア・エルミナール(
ga0741)の言葉もまた然り。
能力者たちが飛行艇から降り立った地点は、小規模な崖がいくつも積み重なって出来た高台の上だ。双眼鏡で思い思いの場所を確かめようとしているのは、ミアを含め他にも数名いる。
「出来るなら、ご無事でいらっしゃって」
その中の一人である絢文 桜子(
ga6137)の祈るような囁きは、遮るもののない風に乗って全員の耳に届く。
まだ生きていると信じたい――。
全員の中でその思いはあったが、その中でも特に桜子とラピス・ヴェーラ(
ga8928)には思うところがあるようだった。
「生きているかもしれません‥‥確認するまで諦めませんわよ」
救える命なら救いたい。それがラピスが自らの道を決めた理由でもあり、そしてその道を往くための矜持でもあるのだから――。
一通りの周辺観察が済むと、
「急ぎましょ。私達に一つの命と一人の人生が掛かっているのだから」
皇 千糸(
ga0843)の言葉を合図に、十二人の能力者たちは三つの班に分かれて行動を開始した。
●護る力と護られるべき生命
島には兎角岩場が多い。高台から降り始めても、地面から伝わる感触が硬くごつごつしたものである状態はしばらく続く。
幸い、最初降り立った高台から下るルートはあまり厳しくはない――基本的には足場が悪いだけで普通に歩いて行くだけで下ることが出来るものだったが、時折すぐ傍が高さのある崖になっていることもあった。
「‥‥どこにいらっしゃるのかしら」
桜子は落ちないように注意しながら、崖を覗きこむ。これまでも足跡や血の匂いには注意して来たが特にこれといった変化を感じ取ることは出来ず、また崖下に広がる森にも不自然な倒木痕などは見かけられない。
――まだ、遠い。
人知れず唇を噛みしめる彼女の前にはCerberus(
ga8178)と零の姿があり、桜子の後方――最後尾にはリュス・リクス・リニク(
ga6209)がいる。
Cerberusや零は前方を中心に警戒しながらの探索を続け――それは後方にいるリニクも同様だったが、彼女は定期的に腰を下ろしていた。
休むのではなく、何らかのメモを石に挟んで地面に置く。ただしその動作のことは誰にも伝えていないため、彼ら以外の班がすべてのメモを見つけることは難しいだろうが。
行動開始から一時間。少しずつ陽光が強くなっていくのを感じ始めた頃――彼らが最初にそれに出くわした。
最初の岩場を下りきる直前――だいぶ近くなってきた森の中から、唸り声が聞こえたのである。
四人は顔を見合わせる。間違いなく、探している人間のものではない。獰猛な獣の気配。
しかも一つではない。森の闇に包まれ未だ姿は見えないが、唸り声だけでもそれは分かる。
生憎と安全に逃げられる道は今来た道だけのようだ。だから四人は襲われる前に、覚醒を済ませる――。
しかしながら今回は手が足りない上、このあとの行動を考えると余計な練力の消費や怪我は避けたいところだ。場合によっては逃げることも必要になることも視野に入れ、とにかく手早く何らかの決着をつける必要がある。
「雑魚に付き合っている暇はない‥‥」
手にした二本の刀両方に黒炎を纏わせ、零は低く呟く。
その言葉に敏感に反応したのだろうか。敵意が一斉に動き始めた。
岩場の道を降り切ろうとしていた四人に襲いかかるべく森の中から姿を現したキメラ、その数は八。そのどれもが野犬のような形状のものである。
先に地面に降り立ったCerberusと零が、突進してくるそれらを迎え撃つ――!
「邪魔だ。契約主を傷つけさせはしない」
背後のリニクを護ることを第一に考え、Cerberusは刹那の爪を振るう。真っ向から突っ込んでくるキメラに対してフォルトゥナ・マヨールーを構えている時間がなかったための咄嗟の判断だったが、振るわれた爪はキメラの首筋を深々と切り裂いた。一撃で息も絶え絶えになったそのキメラを、まだ手が空いていた零が月詠で切り刻む。
そして迫りくる二体目、三体目――が、うち一体は二人の至近距離に入る前にのけぞりかえる。体感時間としてはそれとほぼ同時に、まだ崖の少し上の方にいたリニクが、自らの体の丈よりも大きな弓でもってキメラを射抜いたのだ。
それでももう一体は怯むことなく、前衛の二人へと突っ込んできた。倒れ逝く前のキメラに気が向いていたわずか一瞬の出来事だったこともあり、キメラの突進は一気に二人とも吹っ飛ばした。
吹っ飛ばされた二人も着地に成功したものの――キメラはどれも小柄な割に、突進速度もその衝撃も馬鹿に出来ない。
次々と突っ込んでくるキメラ。今度は攻撃が向かってくるのを読むことも容易だったが、それでも連続で来られると零にもCerberusにも避けることは容易ではなかった。
「これをっ!」
リニク同様崖の上、キメラたちの攻撃が直接届かないところから回復の練力を投げる桜子。しかしそれに加えCerberusが自らの細胞を活性化させることで傷を癒しても、襲い来る敵がすぐさま新たな傷を作っていく。
しかも、戦闘中に仲間を呼んでいるのだろうか。倒しても倒しても森のどこからか気配が増え、まったく戦闘が終わる気がしない――。
「‥‥ここは、駄目です‥‥!」
リニクの言葉の意味は、他の三人にもすぐに伝わった。
前衛の二人はキメラに真っ向から向かう姿勢を解き、その一瞬の間にリニクと桜子は大地に降り立つ。
そして――敵の攻撃が止んだ一瞬の隙をつき、四人は岩場に沿って駆けだした。
おもな探索目標である岩場だけは見失わないように、四人はしばらく逃げ続けた。
練力を無駄遣いしないように覚醒は逃げ始めてすぐに解いたため、追いつかれるかもしれないという不安を抱く者もいたが――幸い、それきり野犬キメラの群れが四人に襲いかかることはなかった。
しかしながら態勢を整えなおしたあとも、コウの手掛かりになるようなものは見つからず――ただ、時間だけが過ぎていく。
●暗闇に彷徨う気配
昼過ぎ、別の班では――。
「――ここ、行ってみよう!」
ミアが指し示した先には、崖の下をくり抜かれたような形で出来た洞窟だった。
ここまで決して闇雲に歩いてきたわけではない。機体が墜落したならあるはずとミアが踏んだ倒木痕などは高台から見える範囲では見つからなかったが、代わりに岩場をくり抜いたようになっている洞窟の入口が木々の隙間からいくつも見え隠れしているエリアを発見したのだ。彼女たちの班は洞窟や湖などを重点的に探すことにしていたので、行かない手はない。
ミアの言葉に肯くのは、アグレアーブル(
ga0095)、近伊 蒔(
ga3161)、ハルトマン(
ga6603)。
「早く任務を達成してお風呂に入りたいのです」
森の中を往き、汚れ始めたせいでもあるのだろう。ハルトマンがそんなことを言う。
行動開始から六時間。そろそろ昼食かという時間にもなってきたが、この班はまだ一度も覚醒を行っていなかった。コウが生きているなら自分たちより先にキメラが彼を発見するだろう、というアグレアーブルの判断の効果が大きい。キメラの気配を感じたら気配を潜め自ら近づくようにしていたのだが、結果キメラが適当に徘徊しているだけと分かると、それが逆に自分たちが戦闘を避けやすくすることにも繋がっている。
この洞窟の探索が終わったら、昼食、そして集中力を持続させるための小休止か――。
昼にあっても薄暗い洞窟の中を手さぐりで歩きながら、班員の中にそんな考えがよぎった時だった。
未だ最奥の見えぬ洞の闇の向こうから、何かが転がるような音を立てて近づいてきている――。
岩? ――いや、そんなはずはない。誰もが一瞬脳裏によぎった疑問を即座に否定した。
ここは平坦な道だ。いくらなんでも自然物が、猛然と称するにふさわしい速度で――ましてますます速度を上げて近づいてくるわけがない!
洞窟の中では覚醒をしないと考えていた蒔以外の三人は、迫りくる敵に備えて覚醒する。
道幅は十分。最悪壁にへばりつけばかわせるだろう――そう思った時には、既にエマージェンシーキットの懐中電灯が照らす先にキメラの姿があって。
その大きさと形状に、
「‥‥岩? それともあるまじ」
きょとんとしながら放った言葉が終わる前に、ハルトマンは転がりすぎたキメラに轢かれた。挽肉になったわけではなく、地面にくっきりと人型の穴を開けて埋め込まれている。それでも相当痛かったらしく、仰向けになっている彼女は軽く目を回していた。
懐中電灯があるとはいえはっきりしない視界のせいで、結局ハルトマンが抱いた疑問の答えは分かりそうにない――否、考える余裕もない。
何せ、一度通り過ぎたキメラは少し行ったところで転がるのをやめ――またこちらに向かって転がってきたのだ!
「嘘だー!?」
蒔とミアの絶叫がユニゾンする。壁際にいれば安全、なのは次からも続くとは限らない。壁に衝突することを覚悟で突っ込んでくるかもしれないのだ。
「ともかく逃げましょう」
一人冷静なアグレアーブルが、ようやく気がついたハルトマンの体を起こしかけ――手を離し、横に跳躍。その直前までいた場所を、キメラが通過していく。地面に再びはめ込まれたハルトマンの傷は今度は浅いもので済んだが、避けきれなかったアグレアーブルはそうもいかなかった。不安定な体勢のまま地面に不時着する。しかし彼女はそれをものともせず、すぐに体を起こした。
ハルトマンを今度はミアと蒔が二人がかりで起こし――流石にこれ以上奥へ進むのは危険だと踏んだ四人は、身を翻した。
追われては逃げ、先に行かれるようなら――たまに巻き添えを喰らいながら――やり過ごし。
来るときは十五分で済んだ外への道のりも、戻るときは一時間近くかけてしまった。
ちなみに四人を追って地上に飛び出たキメラは勢い余ってそのまま森をなぎ倒していってしまったので、四人は軽く休憩を挟んだ後に再び例の洞窟の探索を試みたが――。
二時間近くかけただけの成果は、残念ながら出なかった。
●湖畔に潜む願い
三つ目の班は、ひたすら湖を狙って探索を試みていた――。
時間はすでに午後六時。日はすっかり傾き、それとともにコウがまだ生きているという可能性も徐々に低くなっていく――。
「こちらA班。今のところ収穫なしよ」
千糸の声にもやや疲れが見えるのは、この班は他の二班とは違い厄介なキメラに遭遇はしていないものの、その代わりに敵に遭遇する機会が多かったためだ。覚醒と戦闘を何度も繰り返しては、練力には余裕があろうと体力には多少影響が出てくる。
「まだ生きているんじゃろうか‥‥」
ルフト・サンドマン(
ga7712)のその言葉は、聞く限りではややコウの生命を不安がる弱気なもの。しかしながら班員には、ルフトが未だ諦めていない、望みを捨てていないのが彼の表情で分かった。
「腹ぁ減ったな‥‥」
すでに一度目の食事を終えてから六時間以上経っている。あくまでコウの救出が最優先だと自分でも決めてはいるものの、筋肉 竜骨(
gb0353)の口からそんな言葉が漏れるのも無理はない。
ちょうどその時、道なき道をかきわけて森を進んできた班員たちの目の前に、島の中にいくつかある名もなき小さな湖の一つが現れた。
これで幾つ目か――考えるのも面倒になってくる。
「‥‥そろそろ夕食の時間ですわね」
一瞬浮かんだ鬱屈した感情を振り払うべく、ラピスは自らが作ってきた弁当を取り出そうと荷物を地面に置いた。
――その時である。
「‥‥いえ、待って」
声を小さくした代わりに手で合図したのは、千糸。
彼女が無言で指差した先は、湖の向こう側。そこにはサイに似た形状のキメラの姿があって――その灰色の背中の上には、血に汚れぼろぼろになった服を着た人型。
――いた。
ここからではまだ生死は分からないが、それを確かめるためにも――。
真っ先に動いたのは、最初にキメラとコウに気づいた千糸だった。
仲間に知らせるため、また音でサイ型キメラの気を引くため――薄闇に包まれた空に向け、照明銃の引き金を引く。
効果あり。キメラはこちらに顔を向け、それからすぐに湖を回り込んでこちらに向かって突進し始めた。興味はそれほどでもないのか、それともこちらを全員同じようにしてからまとめて運ぶつもりなのか――勢いに負けて投げ出されたコウの体は放っている。
どのみち、能力者たちにキメラに思うように行動させる気は毛頭ない。
「どぃせー!」
竜骨は叫びながら、キメラの物量ある突進をルフトと二人がかりで受け止める。がっつり組み合ったまま数歩後退することになったが――もっとも恐るべき武器ともいえる角の切っ先は外していたこともあり、ダメージはありながらも突進を止めることに成功した。
動きが止まったところに、千糸が氷雨での一撃を見舞う。同時に少し離れた場所で、ラピスが小太刀型の超機械を振るった。
斬撃と電波――二つの軌跡が交わる地点は、キメラの頭部。
両脇から同時に攻撃をうけ、キメラの力が緩む。そこに――
「悪いが俺の筋肉の糧になってもらうぜ!」
「待つ人がおる人間を、放っていくわけにはいかないんじゃ!」
今度は正面から、竜骨の槍での一閃とルフトの斬撃が連続して繰り出される!
――キメラは数歩ふらふらの様子で後退したかと思うと、湖へ落ち――それきり、上がってくることはなかった。
●その先へ進む者
キメラを倒した能力者たちは、ほっと息をつく間もなく倒れ伏すコウの元へと駆け寄った。
三人が傍で見守る中、ラピスは医者としてコウを診る。
そして――。
「よかった‥‥流石にちょっと脈は弱くなってますが、まだ生きてらっしゃいますわ!」
あのままキメラに連れ去られていたら終わりだったろう。間一髪、といったところか。
しかし今彼の意識がないことには変わりはない。ルフトがコウを担ぎ、能力者たちは足早にその場を去った。
合流地点でもある最初の高台に戻ると、既に八人の仲間たちと、能力者たちを下ろしてから一度島を離れていた飛行艇の姿があった。
生きている。今から速攻で帰ってしかるべき治療をすれば、まだ生きていける。
その報告を聞き、素直に喜ぶ者、表には出さないながらも胸を撫で下ろす者――能力者たちの反応は様々だ。
しかしながら。
本当に一番喜ぶのが誰か――口にするまでもないことは、その場にいる誰もが分かっていた。