●リプレイ本文
●作戦とかいろいろ練ってるようです。
収録の日――朝澄・アスナ(gz0064)は、自分が出演依頼を斡旋した能力者たちよりも一足先にスタジオに入っていた。
割と仕事好きな性分もあり、特別と名のついている割に普通のスタッフのように働いている。段ボール箱を両手で抱え廊下を歩いていると――。
「アスにゃー、今回もヨロシクー!!
荷物大変だったら手伝おっか?」
背後からかけられたそのラウル・カミーユ(
ga7242)の言葉で、能力者たちの到着に気づいた。
振りかえると、ラウルの更に後方では今回の依頼を受けた能力者たちが別のスタッフに連れられてぞろぞろと角を曲がっていく様子が見える。その数は前回の倍以上である。
「――それじゃこれ、ちょっとよろしく」
そう言って、アスナはいったん荷物を床に置く。小柄な体躯に対し段ボール箱が大きく、重さもそれなりにあったのでそれまでも多少ふらつきながら運んでいたのだ。
廊下を歩き去っていく他の能力者たちの姿を横目でちらりと追いながら、アスナはラウルと二人がかりで荷物を運んでいった。
■
「まさか二度目、リベンジの機会が与えられるとは‥‥今回こそ、優勝を手にして見せましょう!!」
拳を握りそう息巻くのは、前回――『能力者改造計画』準優勝組の玖堂 鷹秀(
ga5346)。
その相方が桜塚杜 菊花(
ga8970)なのは前回と同じだが、一点大きく違うのは今回のメインが菊花ではなく鷹秀だということだ。
故に今控え室では、菊花が鷹秀にメイクを施していた。アイシャドウで目元に力を入れ、更に付け睫毛でボリュームを上げる。唇はグロスで艶出しを施した後、ピンク系の口紅を塗った。更にはあらかじめベースを作っておいた肌に軽く頬紅を塗り――仕上げは灰色のリボンを鷹秀が既に被っている、ややくすんだ金髪のカツラにくくりつけてメイクは終わり。
「ヨクニアッテルヨ?」
菊花の言葉がカクカクしているのはおいておき、次いで今度は鷹秀自身が剃刀ですね毛の処理を施す。
「何とも言えない気分ですね‥‥男の身でスネ毛の処理をするのは‥‥」
溜息をつく。なんだろうこの微妙な気分。
なんとなく菊花のセリフがカクカクしている理由が分かったような気がした鷹秀なのであった。
■
「二度目ですが、なんでまた私は此処にいるんでしょうね?」
メイクをスタッフにしてもらいながらそう呟くのは、こちらも前回出場組の加賀 弓(
ga8749)。
前回もだったが、今回も自分で応募した覚えはないらしい。前回は本当に出場までの経緯が謎だが、今回に関しては――採用されたばかりとは言え――【IMP】の一員としての立場もある。意外と『そういうこと』なのかもしれない。
男装ということもありメイクはかなり薄めだ。長い髪はポニーテールにまとめ――それから男性スタッフには一時的に控え室から退席願った。
女性だけになった控室の中で弓は上着を脱ぎ、胸が目立たぬようにさらしを巻き始めた。
■
那智・武流(
ga5350)はたまに悪乗りするタイプだった。
「あ、綺麗にお願いするわね」
――控室でスタッフに頼んだその口調が既に女性になっているのは、なりきっているというべきか。とりあえずノリノリというか、悪乗りが入っている。
しかも口調がクールだ。今の彼の姿も相まって、もしその姿の女性が然るべき場所にいたならば周囲の憧れの的になっていたに違いない。
すでに武流は本来の自分をこの場において捨て去り始めていた。
なぜなら、変身後の自分については性格どころかその他諸々の設定まで考えているのだから。
――無論、賞金のために。
■
「さてと、僕のコンセプトはダンディ&ミスマッチ。ミスマッチなんだけどかっこいい所をみせたいなぁ‥‥」
控え室でそう一人ごちるのは椎野 のぞみ(
ga8736)だ。
彼女はすでに衣装チェンジを終えている。黒い中折れハットをかぶり、ややカジュアル志向のスーツを身に纏っている。スーツにはサスペンダーがついていた。
そんな彼女は黙々とパフォーマンスの練習に励んでいる。
――部屋の外にはかすかに、テンポの速さと小気味のよさを兼ね備えた音の波が響いていた。
■
「また‥‥女装ですか?
‥‥好きでしているわけでも‥‥無いんですが――まあ女装のプロの‥‥底力見せて‥‥あげましょう」
神無月 紫翠(
ga0243)は挑戦めいた微笑を浮かべる。
「なんで俺が手伝いなんだ? 兄貴が、女装? 似合うと思うが‥‥笑顔が恐いって。キレかけていないか?」
その微笑を見て、彼の双子の弟である神無月 翡翠(
ga0238)は数歩後ずさる。兄の周りに黒いオーラが見え隠れしているような気がしたのだ。
そんな弟を尻目に、紫翠は自力で準備を始める。金髪を一本の三つ編みにまとめ、薄化粧を施し――。
「‥‥」
クローゼットに収納されていた衣装を見て、『怖い』笑顔のままひとつ肯いた。
■
藤田あやこ(
ga0204)には最近、ずっと悩みっぱなしだったことがある。
脱色を繰り返し、その上度々の戦闘の中ですっかり傷みきってしまった髪のことだ。ちょっと探せば簡単に枝毛を見つけ出せるくらいにぼろぼろなのである。
そんな悩みを解決するために、彼女は今日ここに来た。
彼女が控え室で現在身を包んでいるのは、レースクイーンの衣装。遠目では枝毛など分かるはずもなく、普段は白衣を着ている分これはこれで十分様にはなっている。ちなみに変身後の登場前に出演者がスタジオに姿を見せることはないが、その代わり変身前の写真はスタジオの大きなディスプレイに映し出されることになっている。あやこは急遽自分の画像を今のレースクイーンの姿のものに差し替えてもらった。
――が、今回のテーマはそれとは違う。もちろん本来の目的に沿ったものも用意してある。
あやこは決意を込めた瞳で、手にした髪切りばさみを見つめた。
■
その他の参加者の準備も着々と進み、終わり――番組収録の時が訪れた。
●そしてまたやってき(てしまい)ました、この時間
「番組をご覧の視聴者の皆様、こんばんは」
収録が始まり、司会者である女性アナウンサーがまずそう切り出す。
セットはこれも円形のステージと、その後方に位置する巨大ディスプレイが中心となっている。今回はパフォーマンスが多いだろうということでステージは広い。
その他は前回と同じだ。ゲストはスタイリストで、観客席にいる百人の観客それぞれの手には判定用のボタン。
「前回が大変好評だったこともあり、こうして第二回を開くことになりました。
ですが、ただ同じことを繰り返したのでは企画としても面白くありません。ということで、今回はテーマをつけさせていただきました。こちらです!」
アナウンサーが背後のディスプレイに注目せよ、というジェスチャーを送る――ディスプレイには『テーマ:異性装』とでかでかと書かれていた。
その後アナウンサーによる基本ルールと、「今回は元の外見だけでなく性格の変化の方も判定材料に加えてください」という今回の追加ルールの説明がなされ――。
「では早速、一人目の方に登場していただきましょう」
ルール説明を終えたアナウンサーのその言葉を合図に、スタジオが暗転し、BGMが鳴り始める。
ただしディスプレイだけは明るい状態のまま、今回出場する十二人の能力者たちの写真を一人ずつ、ランダムに映し出していく。
やがてBGMが鳴りやむと同時に、ディスプレイの画面遷移も止まり――。
『Takeru Nachi』
――その文字とともに、変身前の武流の写真が固定表示された。一瞬の間をおいてスタジオに照明が灯る。
「資料によりますと、那智さんは本来短気・いい加減で加えてマイペースと‥‥所謂ゴーイングマイウェイな方のようですね」
でも家庭的な一面もあるようです、とアナウンサーは手元のカンペに目を落としながら言う。
「その那智さんがどのように変身されたのか――では、ご登場して頂きましょう!」
ディスプレイの下にあった、両開きの扉がゆっくりと開く――。
コツ、コツ、コツ。
扉の周りに噴出されたスモークの中から、まずそんなヒールの小気味よい音が響いた。
そしてスモークを抜け出してきた武流は――赤いジャケットと丈の長いタイトスカートという出で立ちだった。スカートの下には黒いローヒールとパンストが見える。黒のロングヘアとなるようウィッグを被り、目にはチタンフレーム、楕円形の赤縁眼鏡をかけている。
それだけでも十分女性にしか見えない状態なのだが、特筆すべきは胸が大きいことだろう。恐らくFカップくらいはある。武流の趣味であるようだ。
「本日付けを持ちまして秘書を務めます那智タケルと申します。男のような名前ですって? それは愚問ですわ」
控え室で既になりきっていただけある。冷静と頭の良さ――二つの意味でクールな武流――いやタケルの口調はいかにもキレ者の秘書らしい。
タケルは脇にかかえていたファイルから書類らしき紙を取り出す。
「本日のスケジュールは、午前中は重役会議、午後は昼食会、夜は接待となっております。今度の日曜日には接待ゴルフがございますのでお忘れないよう」
社長のスケジュール管理までばっちりです。これぞ使える秘書。
「わたくしに惚れるのは百年早くてよ?」
と言い残してタケルは舞台袖に向かって歩き去っていく。その姿には『彼女』が本来『彼』であることを感じさせないキレがあった。
アナウンサーや観客は呆然としていたが――タケルが舞台袖に消えた後、観客席から盛大な拍手が沸き起こった。
「あ、ありがとうございましたー!」
ワンテンポ遅れてアナウンサーが我に返り、叫ぶように言い放った。
彼女の視線がちらちら自分の、お世辞にも豊かとはいえない胸に下りていることに気づいた者はいない。
■
続いてディスプレイに表示された名前と写真は、ルアム フロンティア(
ga4347)のものだった。
「ルアムさんは人と話すのが苦手で、普段は表情を表すことも言葉を放つこともほとんどないそうですが――どのように変身なされたのでしょうか!」
それではどうぞ、とアナウンサーが高らかに叫ぶと、BGMががらりと変わった。アラビア風、とでも称せばよいのだろうか。笛の音がメインの旋律を奏でている。
そんな中登場したルアムが身に纏うのは、アラブ系の踊り子の衣装。露出は激しく、二の腕やら腹やらは肌を露わにしている。腰には鞘に入ったレプリカの短刀を二本携えていた。
ルアムはステージに至る道を往く中、徐にブーケを取り出した。
そしてブーケを持っていないもう片方の手をブーケに突っ込み――すぐさま引き抜くと、ブーケから数羽のハトが飛び出していく!
入場開始直後のパフォーマンスに観客席から拍手が沸き起こる中、ステージに到着したルアムは
「みんな! 応援、よろしくね!」
普段無口な人間が放つとは思えない元気に叫ぶ。
それから――短刀を両手で構えると、音楽に合わせて舞い始めた。
ルアムはステージ上を所狭しと舞い、そのルアムの周囲では剣閃が鮮やかに駆け抜ける――。
舞には美しさだけでなく、その女性としての風体を現すかのような力強さも兼ね備えられていた。
――最後までキレのある舞を見せ、着地。
これで終わりだとばかりに手を振り歩き去っていくルアムに向けられた拍手の意味の中には、コンテストの趣旨ではない何かも含まれていたに違いない。
■
次は弓の出番。
「前回も出場していただき、本気なのか狙ったのか分からない艶めかしい演出まで見せてくださいました加賀 弓さんですが――本来は物静かな方で、物事を即決できないタイプのようです」
そんなアナウンサーの説明とフリが終わり、ディスプレイ下の入場口が開かれる。今回は何故か、それと同時に舞台が暗転した。
――登場BGMは、とある時代劇で使われたもの。
ステージは暗いが、そこに至るまでの道には両脇にライトがついている。その光に照らされた弓の姿は――目に鋭く力強い光を湛えた剣客だ。
草履なので今度はステージ前で転ぶようなこともない。彼女がステージに上がると、舞台照明が再び灯った。
するとステージの端の方に、数名の男がたむろしていた。弓同様服は和服で、こちらの男たちは全員頭にはちょんまげを作っている。
そのままどこかに歩き去ろうとしていた男たちだが――。
「ちょっと待ったぁッ!」
威勢のいい弓の声が、スタジオ全体に響き渡った。
振り返る男たちに、弓は抜き身の刀――もちろん、これもレプリカである――を向けた。
「例え天が見逃そうとも、この俺がお前らの犠牲になった人々の無念を晴らしてやる!」
「誰だ手前ェ!」
男たちの一人が低い声で叫ぶ。
「てめぇ等に名乗る名前なんぞ無え、裁きを受けろ悪党共!」
その啖呵の切り方は、まさに曲がったことが許せない正義の人のもの。
そもそもここまで激しく啖呵を切ること自体、流されやすいという自覚のある本来の弓に出来るかといえば割と難しい。
「――誰が!」
刀を構えた弓に対し、男たちも刀を抜きながら一斉に距離を詰める――。
しかしながら、決着がつくまでにそれから一分も掛からなかった。
弓は相手の刀の切っ先を全く自分に近づけさせることなく、目にもとまらぬ鮮やかな動きで男を一人ずつ斬り伏せていったからである。最初に斬った男は最後の最後でよろめきながら立ち上がったが、それも無駄な話。
サクッと最後の一人を斬り伏せると、弓は鋭い視線で死体(演技)の山を一瞥し――それから何も言わずに颯爽と去っていく。
カッコいい。そんな声が、観客席のいたるところで漏れていた。
■
「次は玖堂 鷹秀さんの登場です!
この方は前回、準優勝の桜塚杜 菊花さんをサポートされていたようです。
本来の性格はかなり我が強く、一旦怒り出すと特に口の攻撃性が強くなるとのことですが――」
前振りもそこそこに、アナウンサーはどうぞ、と合図する。
入場時にはまた舞台が暗転した。
通路の光に照らされた鷹秀の姿は――薄汚れたワンピースに、汚れくすんだ金髪。
ざわめく観客をよそに、鷹秀はステージに到着する。
その刹那再びステージに照明が灯り――。
コンコン、と扉を叩くようなSEが鳴った後、
「娘がいると聞いて来たのだが」
ステージの端から、そんな通りの良い声がスタジオ中に響き渡った。
見ると、そこには中世貴族風の衣装を身に纏う男の姿があった。長い髪も同じような色のリボンでくくっている。
声を聞いた観客のうちの何人が、この貴族の正体が女だと分かっただろうか。流石に前回の準優勝者、とまで特定するのは難しいかもしれない。それほど菊花も役に入り込んでいる。
「はい」
鷹秀はおもむろに菊花に近づき――ドアを開くようなジェスチャーを見せてから、活発には程遠い弱々しい声で言う。
もしここにいるのが鷹秀がモデルにした少女そのものであったなら、この時脳裏に夢のようなある光景を思い浮かべるだろう。鷹秀はその思考の元、自らもどこか夢を見ているような表情を見せている。
「‥‥確かにおりますが、私のことでしょうか」
「それはどうか分からないが――兎も角、この靴を履いてみてほしい」
そう言って菊花が取り出したのは――ほぼ透明に近いガラスの靴。
観客の一部がそこで何かに気づき、あ、と声をあげる中、鷹秀は菊花に言われるままに靴を履く。
――ガラスの靴は、ぴったり鷹秀の足にフィットした。
それを見た菊花は、歓喜の叫びをあげた。
「おお、君が私のシンデレラか!」
それを機に、舞台にスモークが焚かれ――晴れるまでの間に、念のためとばかりにシンデレラのあらすじが流れる。
それほど間を空けずに舞台から煙が消え去った時、鷹秀、もといシンデレラの風体は先ほどまでとは大きく異なっていた。
薄い青のプリンセスドレスを身にまとい、髪は先ほどまでの薄汚れたものが嘘のようにすら思える、鮮やかな光を放つロングボニー。その頭の天辺にはティアラも載せていた。
「では姫、この間の約束の続きとして踊っていただけますか?」
その菊花、もとい王子の言葉に、シンデレラは満面の笑みで肯き――ワルツが流れ出す。
息の合ったダンスを少々見せた後、王子はシンデレラを抱きかかえた。
思わず頬を染めるシンデレラ。
そのまま立ち去っていく王子とシンデレラの背後では、盛大な拍手が巻き起こっていた。
●都合により一部ダイジェストでお送りします。
今回は出場組数が前回の倍以上なのだが――番組としての時間枠は単純に倍の増加とはならなかったため、一組あたりの時間を短くしなければならなかった。
かつそれでも時間枠をはみ出したものだから、出場者の一部をダイジェストで放映しなければならない。
鳥飼夕貴(
ga4123)は普段の服装もオネエ系だが、それはただの趣味でれっきとした男である。
オネエ系の印象通り性格もそこそこにきつい(?)彼が演じたのは文学少女。
黒髪をおさげにし、眼鏡をかける。清純そうなイメージを与える白いブラウスと長いスカートをはけば完璧である。
文学少女だけに、目立ちたくないという性質が強いのだろう。ステージ上に出てもまったくパフォーマンスらしきものはせず、むしろ今すぐ舞台から降りたいとばかりにステージの端に佇んでいた。
今回が能力者として初めての依頼でもある穂摘・来駆(
gb0832)は、中性的な顔立ちを生かし女子高生に扮した。
元来釣り目であるせいか、いかにも街をうろついているギャル系っぽく変身するのにそこまで苦労はしていない。
むしろ問題なのは内心だ
パフォーマンスとしてはノリノリで女子高生っぷりを見せたのだが、その間も内心は常に何でこんな恰好をしているのか、という嫌悪感が彼を襲っていた。
――舞台袖に下がった後、彼はその場に崩れ落ちるのではないかというくらい後悔したという。
神無月紫翠と翡翠の双子。
主役である兄・紫翠は婦警に変身していた。装備もばっちりである。
普段は温和かつ冷静沈着な彼だったが、今回ばかりは強気を演じていた。スタッフを連れとし、アナウンサーに絡んだ(もちろん事前承諾済みである)不良役・翡翠の前に現れると笛を吹いた。
「ちょっと、そこ何しているの? 怪しいわね? ちょっと来てもらいましょうか。
ほらぐずぐずしない。早く歩く。何? あたし直々に取り調べてもらいたいの? ご希望なら、隅から隅まで調べてあげるわよ!!」
どうやらツンデレ属性も入っているようだ。
紫翠は抵抗の振りをし続ける翡翠を引きずって、そのまま退場していった。
控え室で藤田あやこはあの後、かなり思い切った行動に出ていた。
何せステージ上で姿を見せた時、彼女はモヒカン暴走族に変身していたのだ。このモヒカンが地毛だったりするあたり思い切りがよすぎである。
しかもこれだけでは終わらなかった。
自己紹介後、突如舞台を去る――これで終わりかと誰もが思ったところに再度現れた時、彼女の頭皮は全体がつるつるになっていたのである。
これには誰もが唖然としたのは言うまでもない。
最初は自分が出場する気はなかったという犬塚 綾音(
ga0176)だったが、出ると決めたからにはそれなりにやる気になっていた。
本来の自分は力押し。ならばその逆――文学青年が、彼女が選んだ変身後の姿だ。
普段は真っ赤なスーツに身を包んでいるが、今回は男子っぽくということで黒いブレザーを着用し、幅の広いフレームの眼鏡をつけ――そして文学青年を名乗るからには必須ということで、本を携えてステージに登場した。
「皆さんはどのような本が好きでしょうか‥‥本は人類の文化ですよ」
パフォーマンスの時はにっこりと微笑み、スタジオ内の人々にそう問いかけた。
慣れない眼鏡がずり落ちてくるのをしきりに直さざるを得なかったが、度が入っているおかげで逆に観客が見えず、そのおかげで余計な緊張はしなかったという。
今度はのぞみの出番だ。
いつも笑顔を振りまき元気いっぱいの彼女だが、今日はテーマの中にダンディを含むとだけあってその辺りは封印している。ついでに覚醒し、瞳は青くなっていた。
そんな彼女が控え室で練習に励んでいたのは、タップダンス。――そのリズムに使用したのが、北海道の某民謡だから驚きである。
しかも三味線は生演奏――ミスマッチにもほどがあるというものだが、実際にのぞみがタップダンスをしているのを見た観客の一部は、
(「‥‥結構いいかも」)
などと考えた。演奏開始時に誰もが予想していたよりは、ずっとはまっている。
全体的に暗いステージの中、射しこんだ一筋の光の下でのぞみは踊る。踊る――。
フィニッシュを綺麗に決めた時、観客からは大きな拍手が巻き起こった。
●後半戦突入
残すはあと二組。
――ディスプレイが映し出したのは、ラウル。
「なんと、前回の優勝者がまた来てくれました!
普段の性格は――明るく元気、飄々としていて掴みどころがないとのことですが、果たして今回はどのように変わってきたのでしょうか!」
スモークが炊かれ、その中からラウルの姿が現れる――。
まず目についたのは、その髪と瞳の色だろう。前回は普段同様銀髪紫眼で出てきたラウルだったが、今回はその両方ともがダークグレー。それが覚醒による効果だと気づいたのは、一緒に来た能力者たちくらいだろう。
髪は結いあげ、珠簪でシンプルにまとめる。メイクは全体的に清楚だが、口に塗られた紅の赤は他のパーツに比べて目立っていた。
服装は和服。ただし紅白牡丹、金流水の黒留袖なんてものを身につける女性は――少なくとも趣味では――そうそういない。帯も金糸を用いた市松模様で、これらだけでも特殊なものであると分かった観客も多いはずだ。
特殊であることを決定づけるのは、腰に携えた長物だろう。
いわゆる、極道なのである。
怖いキャラなのか、と思った観客も多いし、舞台袖から見ていたアスナや既に出番を終えた能力者たちも同じことを考えていた。
――が、ステージに上るラウルの様子は恐る恐る、もっと言えばびくびくしている。視線は陰を探すように右往左往して一向に落ち着く様子がない。まして腰の長物――と書いてドスと読む――を必死になって隠そうとしている。隠そうとすればするほど逆効果になっているのだが、不審者の様相を見せている今のラウルはそれに気づくわけもなかった。
「えと、お名前をもう一度お願いします」
何か派手なパフォーマンスをするでもなく自分に近づいてきたものだから、アナウンサーはラウルに声をかけた。
すると――。
「すいません、すいません、すいません」
ラウルはその場に座り込み、泣きながらそんな風に謝りだした。
「あ、謝る必要なんかないですよ!? ともかく、えーと、自己紹介をお願いします」
アナウンサーもすっかり困った様子である。
彼女に手を差し出されて立ち上がったラウルだったが――恐る恐る何かを言おうとしたその口の動きが、半開きのまま止まる。
周囲が何事かと首を傾げた時――ラウルは突然着物の片肌を脱ぎ、腰のドスを抜いた。ちなみに片肌脱いだことで露わになった着物の内側は、詰め物で作った胸の上にさらしが巻かれてある。
そして、
「神由組四代目をお舐めでないよ!」
唐突に啖呵を切って、ステージの上をひとり舞い始めた。
スタントはいなかったが、ラウルの動きはどうみても殺陣のものである――。
観客がその鮮やかさに見惚れ始めた直後に、ラウルは動きを止めた。
ドスを鞘におさめ――
「す、すいませんすいませんすいません!」
どうやら唐突に入ったスイッチが切れたらしい。何度も頭を下げると、あわあわ言いながらそのまま舞台から走り去っていってしまった。
いろんな意味での衝撃に、既に観客は拍手も忘れて呆然である。ようやく拍手が鳴り始めたのは、ラウルが舞台から姿を消して十秒ほど経ってからだった。
■
ついに最後の一組。
もはらディスプレイもランダムに遷移する必要がない。最初から出場者――蓮沼千影(
ga4090)を映し出している。
「最後の登場となりますのは、蓮沼千影さんです!
見た目はクール、でも中身は熱血漢。昔は営業の仕事をしていたそうで、そのためもあってかなかなか饒舌な方のようです――では、ご登場して頂きましょう!」
アナウンサーの言葉を合図に、本日数度目の舞台暗転。
今度は再点灯までにやや時間があった――その理由を、観客は再点灯した瞬間に悟る。
ステージの背景に室内風のセットが出来上がっていたのである。
そのステージの中央に立つのは――
「例え一時でも、綺麗な服を着て、王子様と踊れて‥‥幸せな時間だったわ」
もちろん千影である。いじらしい様子で佇む千影はぶかぶかかつぼろぼろの服で身を包んでおり、化粧っ気も薄い。黒髪のエクステンションも野暮ったく、このままでは女性には見えても華麗ではない。
まして、ある意味千影にとっては不利な条件となっていた。
今のセリフと千影の様子を見て察した者も多い――これは先ほど鷹秀と菊花がやったのと同様、シンデレラの寸劇であることを。
もっとも同時に救いなのは、能力者たちにとっても一発勝負であることはあらかじめ告げられていることだ。
ネタが被ってしまうのは仕方ない――その時の勝負の決め手は、いかに大きなインパクトを与えられるかということだろう。
現実は分かっている、でもまだ夢から覚めたくはない――。
そんなことを考えていたシンデレラに転機が訪れるのは、それから間もなくのこと。
つい先日、一緒に踊ったばかりの王子様――役の七瀬 帝(
ga0719)――まさにその人が、踊った時にシンデレラ自身が履いていたガラスの靴の片方を持ってやってきたのである。
そしてシンデレラはその靴を履き――。
「おぉ、このガラスの靴がはけるとは!! キミがまさしくシンデレラ!」
「王子様‥‥!」
驚きの次に来たのは、喜び。
シンデレラがうっとりとした表情になった時――突如、ステージの真上からカーテンが下りてきた。これまでなかった演出に、観客は揃って驚く。
普通に場所変更をするのなら、別に今まで通り舞台暗転で構わない。だがそれでは困る事情が、今ステージ上にいる二人にはあるのだ。
それは――。
カーテンが上がるまでの間は、約十秒。
上がった瞬間息を呑まなかった観客は、果たしてどれくらいいただろうか。
セットは城の中を模したものになり、シンデレラの容姿は一変している。
この容姿変化、変わっているのは服装だけではない。純白のふわりとした感触のドレスは、鷹秀のものとの差異もありそれはそれで目を引くのだが――何より皆が驚いたのは、たったあれだけの間でヘアセットやメイクまで完璧に『灰被り』から『シンデレラ』へと変化していたことだ。
「おぉ、やはりシンデレラ‥‥!」
町娘から美女へと変身したシンデレラを見つめ、王子は感極まった声を上げる。ちなみにシンデレラのメイクを瞬時に施したのはこの王子――いや、帝だったりする。
「ありがとう、王子様。私を探し出してくれて‥‥!」
対するシンデレラもすっかりうっとりとしている。声もワントーン高めなのは千影が狙った通りの演技である。
抱き合う二人――本来の背丈は千影の方が高いのだが、今はシークレットシューズを履いている帝の方が頭は高い位置にある。
そのままキスシーンまでいこうとし――ていたが。
ちょうど唇か触れ合うか触れ合わないか、というところで、その直前から降りはじめていたカーテンが二人の姿を隠してしまった。
そこで演技をやめた二人だったが、その耳にはしっかりと拍手が届いている。
ついでに言えば、カーテンの外ではスタンディングオベーションが起こっていたりしたのだった。
●これは栄冠なのかはさておいて、結果発表です。
舞台袖に戻ってきた千影は、拍手を耳にしたこともあってか機嫌がよかった。
出番を終えた他の能力者とともにアスナがそこにいるのを見かけ、
「よぉ! アスナちゃん久しぶり」
女装姿のまま笑いかけた。
仕事お疲れ様、次はアスナのチェンジを間近で見たい――そう語った千影に対し、前回は出場していたアスナは「次のテーマによるけどね」と、決して拒みはしなかった。
結果発表――。
とはいえ、最後のあの反応を見ていた者たち――能力者たちも含む――からすれば、優勝者は誰か火を見るよりも明らかで。
むしろ他に誰が入賞賞金をもらえるか、そこに関心が向いている。
ここで発表された結果は、実に意外性に富んだものだった。
今回は三位までに賞金が用意されているのだが――観客による公平な判定が導き出した結果は、二位も三位も二組ずつというものなのだ。
二位には優勝者の千影と同じシンデレラを演出した鷹秀と、前回優勝者のラウル。
三位には剣客っぷりが高く評価された弓と、トップバッターとして堂々と秘書になりきった武流が入った。
もちろんその四組には、本来の順位と同額の賞金が与えられた。
その中でもとりわけ喜んだのは武流で、
「よっしゃ!」
とずっと続けてきた演技をやめて素でガッツポーズを作っていた。
収録が終わり――
「いや、やっぱり楽しかったです! また同じ催しがあったら参加したいです!」
のぞみは笑顔でそんなことを言った。またオファーがあればその時は斡旋しよう、とアスナは思う。
一方――
「木魚でエイトビートだぜ!」
思いきった行動に出たものの入賞賞金を獲得できなかったあやこの叫びは、なんだかやけくそ混じりだった。
鬘だったら報酬で買えばいいじゃないか――そんな風に思ったものの口にはしないでおいた者もいたという。