●リプレイ本文
●それぞれに理由がある。
その日、能力者たちはUNKNOWN(
ga4276)の提案もあり、実際にプロデュースする部屋を下見しながらアイデアを練ることにした。
「‥‥近頃少し、疲れているかな」
道すがら、ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は肩をこきこきと鳴らしながらそんなことを言う。
――日々続く戦いに身を投じていれば、心身ともに疲れてくる。
その疲れを癒す場所――ホアキンはそれを切実に望み、もしフロアが完成したなら自分も利用しようと考えている。
似たような目的を持って今回のプロデュースに参加した者がもう一人。レティ・クリムゾン(
ga8679)である。
自分がゆったりとくつろげるスペースを作りたい――。
それでデザイナーが喜ぶかどうかは分からない、が。
フロアに到着する。
まだ当然ながら何もない。塗装すらもロクになされていない有様だが――これからこの空間は、人々に癒しを与える空間に生まれ変わるのだ。
●都会のオアシスは二面構造。
UNKNOWNが淹れた紅茶を手に、能力者たちはテーブルを囲い話し合いを始めた。ちなみに、彼らに依頼したデザイナーも同席している。
基本となるコンセプトは、ここに来る前から既に決まっている。
岩盤浴エリアとアロマなどによるリラクゼーションエリアという二つのエリアを設けること――。
今はそれぞれのエリアに関し、個々が持ち寄ったアイデアを擦り合わせて細部を詰める工程に入っていた。
まず真っ先に決めるべきは、内装。
壁紙は淡いトーンのものを用い、高いところにある天井だけは白。
床は基本的にフローリングだが、女堂万梨(
gb0287)が「自然の中でお昼寝」というコンセプトを持ち出してきたことも踏まえ、一部芝になっている。その付近だけは壁紙も木を模したものにした。
アロマエリアは夕方以降プラネタリウムとしても利用できるようにすることも踏まえ、天井に二台設置するシーリングファンは静音性が高いものを用いることにする。
パーテーションは最低限――そうすることで視覚の癒しを得ることができるという万梨の主張に加え、石動 小夜子(
ga0121)が提案した窓を大きく取るという案も圧迫感をなくすためには効果的だろう。フロアのパーテーションは最終的に二つのエリアと、その共通の入口となるフロントだけというものになった。ロッカールームやトイレもフロントに設置することにする。
レティが提案した物品の配置案には一切の無駄がない。あまりデザインと関係がないのでは、とデザイナーは言ったが、レティは
「実用を伴ってこそのデザインが欲しかったのだろう?」
と切り返した。デザイナーもこの切り返しにはその通りと返さざるを得なかった。
時計を置かないことで時間の流れを気にすることなく過ごすことができ、室内に流れる穏やかな環境音楽もそのゆったりとした感覚をさらに人の中に溶け込みやすくする。
時間や周囲の流れとは完璧に切り離された、自分の世界、自分だけの癒しの空間――それが徐々に形を見せ始めている。
●きめ細やかなサービスとセキュリティが自慢です。
一通り内装が決まれば、次に決めるのはサービス面のことだ。
「俺たち傭兵はとかく体を張っての仕事が多い。
故に自己管理はある意味必然的ではあるんだが‥‥どうしても行き届かない所があるのは否めないのが現実だ」
その意味で、マッサージは必要だし需要もあるのではないか。白鐘剣一郎(
ga0184)はそう主張する。
マッサージという言葉は他にも数人が考えてきていたこともありその案は即可決。ちょうどリラクゼーションチェアを置くという案も出ていたので、ある程度長い時間をかけなければいけないマッサージの待ち時間をそのリラクゼーションチェアで過ごすということでいいのではないか、という話にまとまった。待ち時間の間にくつろいでおくだけ、実際マッサージを受けた時の心持も楽なものになるだろう。課題を挙げるとすれば腕のいいマッサージ師を複数人確保できるかどうか、ということだが、こちらはデザイナーがフロアを経営する会社と話し合ってどうにかするらしい。
次に小夜子が猫との触れ合いコーナーを設置することを提案した。
アロマエリアの一部を利用し、人懐っこい猫を数匹放し飼いにしておく。そこに行けば猫と自由に遊ぶことができるというものだ。
「動物と触れ合うのは癒されますし、とてもリラックスできると思います」
猫用玩具なども貸し出せば大人気になると思う。小夜子は控えめながら自信ありげにそう語った。
レティがこだわりを見せたのは、『癒し』以外に彼女が考えていたコンセプトである『ゆとり』と『安心』の実現だった。
アロマエリアとフロントを区切るパーテーションを半分ほど取り払い、そこをダイニングキッチンとする。パーテーションを更に切り詰めエリアの場所を広げ――つまりより開放的にしたことで『ゆとり』を実現し。
代わりにフロントの前のセキュリティを二重に設置することで『安心』を実現する。
安心できる空間だからこそ開放的に出来るし、開放的にするからには安心できるものでなければならない。レティはそう主張する。
セキュリティという言葉に反応しUNKNOWNは岩盤浴エリアに防犯カメラを設置するよう提案した。――セキュリティがさらに強固なものになるため真っ向から反対するものはいなかったものの、結局話がうやむやになるように会議が流れたのは、一部にある種の予感があったからかもしれない。
それはさておき、
「これが私の考えるデザインだ。一人暮らしの女性が欲しい要素を詰め込んだ。この部屋なら喜ぶ事間違いなしだ。
‥‥私は駐車場が無ければ満足しないがな」
駐車場ならビルのすぐ近くにありますよ、とデザイナーが言うと、そうか、とレティは一瞬だけ微笑んだ。
更にホアキンの提案でダイニングキッチンの隣にバーコーナーが設置されることになった。
これで岩盤浴の後に飲み物だけでなく料理も味わえることになりそうである。
――更に細かいレイアウトまで詰め。
完成した設計図を見てデザイナーは
「‥‥贅沢の限りを尽くした、でも厭味さを感じさせない――まさに癒しのためにある空間ですね」
と呟く。
その表情は満足そうなものだったという。
●カタチになっていく時間。
話し合いから数日後、能力者たちは再度フロアを訪れた。
フロア内の改装作業を見学するためである。
壁紙や床はすでに新しい姿を見せており、今は岩盤浴用の岩盤設置とプラネタリウムの機能設置を並行作業で行っているようだ。
ちなみに今は保護材によって隔離されているが、アロマエリアの数か所には観葉植物が置かれ、エリアの隅には小さいながらガーデニングスペースが設置されることになっている。
観葉植物の方は話し合いの後にUNKNOWNは花屋などを回り、室内に設置する植物を一週間で取り替えるレンタルが出来ないか交渉していたものだ。一週間は流石に厳しい、というものの、スパンを変えることでレンタル自体は交渉成立している。ガーデニングスペースは小夜子の提案で置かれることになったもので、ラベンダーやライラック、ハスカップなどが植えられることになっている。
それぞれの花言葉は『あなたを待っています』『思い出』、そして『幸福の再来』――。
癒しという名の幸福の思い出は、『あなたを待つ場所』――つまりこのフロアを訪れることで、幾度でも味わい作ることができる――。
フロア自体の名称もそれを踏まえて考えられることになった。
「しかし、これだけ複合型のリラクゼーション施設になると、一度に受け入れられる客の数は限定されそうだな」
剣一郎はそんなことを言う。確かに、と誰かが肯いた。部屋にいる人数が多いということは、それだけである種の圧迫感を与える。
いっそ完全予約制にしたらどうか、という剣一郎のちょっとした提案に、ちょうどその場に居合わせていた実際に経営を行う会社の人間が「考えてみます」と答えた。
「‥‥早く完成しないかな」
「実際に体験してみたいですね」
ホアキンの言葉に、小夜子が肯く。
流石に一日二日で出来るものでもないから完成はほんの少し先になるだろうが、それでも体験できる日はそう遠くはない。
「私も、いつか来よう」
UNKNOWNはそう言って、被っている帽子の鍔をそっと手で下げた。