タイトル:【DA】闇色は過去を包むマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: シリーズ
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/20 22:07

●オープニング本文


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 人の技術がそれを壊さない限り、そこに在る自然は緑、紅、茶、そしてまた緑へ――延々と変遷を繰り返す。
 それが『それらの色』でなければならない必然を、疑問に感じたのはいつだったろうか。
 ――思い出そうとして、やめる。
 そのような記憶、今の彼女には必要ないのだから。

 ■

「‥‥となると、やっぱりここが彼女がバグアに誘拐された場所、と考えるべきかな‥‥」
 ユネは顎に手を当て、唸る。
 彼が眼にしているディスプレイには――先日能力者たちがキメラ退治の依頼に向かった際、その村にある屋敷において撮影した数枚の写真が映し出されていた。
 破壊された部屋。
 そしてイーゼルの上の水彩画に残された『イネース・サイフェル』――ゾディアックの一員である彼女本人と思しきサイン。
 上層部によって公表されたゾディアック各メンバーに関する記述と照合すると、ユネの推測は合っている可能性が高い。

 ――だが、それ以前に分からないことがある。

 今ユネがいる部屋には、他には誰もいない。
 正確に言えば――ごくごく近い未来、数人の能力者がやってくるだろう。
 ユネが抱く、その疑問を解決することにもなる依頼の請負のために。

 ■

「今回は人を探してほしい」
 数分後、能力者に向け単刀直入に話を切り出すユネの姿がそこにはあった。
 彼がコンソールを叩くと、ディスプレイに数枚の写真が映し出された。先ほど彼がひとりで見ていたものと同じものだ。
 その中でも、イーゼルの上の絵画の著者サインをズームアップする。仏語が読めない者のためか、ディスプレイの下部には『イネース・サイフェル』と字幕が出ていた。
「この間キメラ討伐に赴いてもらった村で、見ての通りゾディアックの乙女座である彼女の――かつての、生活の痕跡が見つかったんだ」
「かつての?」
 荒れ切った様子から察するに、どのみちその部屋自体は今は使っていないのかもしれない。
 ただ、写真を見るだけでそこが屋敷の内部にあるのは分かる。以前この写真を収めた能力者たちが行った時に不在だっただけで――イネースが今も住んでいる可能性もなきにしもあらず、なのではないか。
 疑問を口にした能力者に向け、ユネは首を振る。
「それはないと思う。彼女がゾディアックであることはラジオを通じて全世界に知れ渡っているんだから、もしそうなら今頃村に人はいないよ。
 ――それに、彼女はこの荒れ切った部屋からバグアに攫われたっていう話もある」
「!」
 能力者たちは各々に驚いた素振りを見せた。
 公にされた情報によると、イネースは以前は生活が豊かであるだけの一般人だったとされている。
 それが今となっては敵エースとして事あるたびに能力者たちの前に立ちはだかっているのだから、バグアによって何らかの改造――洗脳ないし肉体改造を施された可能性が高い。
 その始まりの場所が、この部屋――?
「話を戻すよ」
 能力者たちが疑念を抱いているのを察し、ユネは再び説明を始めた。
「探してほしいのは、その『この部屋から攫われた』という誘拐情報と――前回のキメラ討伐を依頼してきたコンスタンスという女性なんだ。
 この間は手紙でキメラとイネースのことを知らせてきたから、僕も本人には会ったことはない」
「そんなの、手紙の消印とか住所を辿れば簡単なんじゃないの?」
「それならよかったんだけど、ね」
 ユネは苦い表情を浮かべた。
「考えてもみてよ。誘拐された、って話だけならともかく、攫われた現場まで特定してきているんだよ?」
 何せ攫われてからヨーロッパ攻防戦までの間、資産家の娘である彼女の誘拐はずっと隠蔽されてきたのである。
 それを具体的に現場まで知っているということは――。
「――イネースの家に何かしらの形で関わっている人間だからこそできることだと思わないかい?」
「‥‥確かに」
「だから僕は、サイフェル家のことを調べ上げた。今もサイフェル家は資産家としての力を持っているけど、UPCのためだといったら向こうも詳細を明かしてくれたよ。
 それによると、少なくともイネースがこの世界に生を受けてからこれまでの間、サイフェル家に深く関わる人間の中にコンスタンスという名前の人は――いないんだ」
「偽名を使ったってこと?」
「だろうね」
 肯く。
「ただ、そうしてまで前回の依頼のことや村とイネースの繋がりのことを教える必要が、どこにあると思う?」
「‥‥」
 能力者たちの答えはない。問うユネ自身もまた、その疑問についての答えを持ち合わせていなかった。
「それをはっきりさせるためにも、手紙を出した本人に会う必要がある。もしかしたらイネースについてもっと深く知ることができるかもしれないしね」
 幸い、現在の住所として手紙に書かれていた村は実在するものだ。村のどこに住んでいるかは書かれていないが消印は正しくついているので、差出人が住処まで嘘をついているということはなさそうである。
「だけど問題もある。差出人が今いると考えられる村なんだけど――周囲を囲っている森に、最近キメラが住み着いたらしいんだ。被害もいくらか出ている。
 そのうえ手紙で言っていることが正しいなら、村人たちは能力者たちのことをよくは思っていないみたいだね。
 だからって親バグアってこともないみたいだけど、真っ向から立場を明かして探そうとするのは逆効果だと思う」

「こっちも正体を隠しながら、本人の正体だけを暴け、ってことね」
「そういうこと。
 ――くれぐれも、村人を刺激しないようにね。あくまで可能性の話だけど、コンスタンスを見つける前に村から追い出されるかもしれないから」
 閉鎖的な村だけに、その辺はシビアそうだしね。
 ユネはそう言って説明を締めくくった。

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
御影・朔夜(ga0240
17歳・♂・JG
鳴神 伊織(ga0421
22歳・♀・AA
西島 百白(ga2123
18歳・♂・PN
ゼラス(ga2924
24歳・♂・AA
クラウディア・マリウス(ga6559
17歳・♀・ER
魔宗・琢磨(ga8475
25歳・♂・JG
エリアノーラ・カーゾン(ga9802
21歳・♀・GD
レイヴァー(gb0805
22歳・♂・ST
トリストラム(gb0815
27歳・♂・ER

●リプレイ本文

●時世を象徴する来客
 森に囲まれた小さな村にある日、二人の若者が立て続けに訪れた。

 一人目は、その日の昼頃。
「数日だけでもいい。この村に留まらせて貰えないか」
 そう懇願する彼――御影・朔夜(ga0240)が羽織っているトレンチコートはややくたびれてしまっていた。
 武装もなく、憔悴しているようにも見える彼を数人の村人が囲う。一人が事情を尋ねると、彼はキメラに襲われた村から逃げてきたと語った。
 彼が口にしたその村の名は、何人かには耳覚えがある単語だったらしい。
 とんだ災難に見舞われた、と認められた彼が村に留まることに異議を唱える者はいなかった。

 二人目は夕方。
「このご時世、旅をするのも命がけになりましたね‥‥」
 村に到着するなり自分に話しかけてきた村人に対し、トリストラム(gb0815)はそう語る。
 一日に二人も外界からの来客があることに訝しむ者も勿論いたが、そもそも朔夜とトリストラムでは事情がまるっきり違うためにその疑いが大きくなることはなく。
「最近の各国の情勢は――」
 隔離されたように佇む村の人々は世間に疎い。外来者である二人の情勢話に興味を持って聞き入る者もいた。
「そういえば――この近くの森にもキメラが棲み着いた、という話も伺ったんですが」
 多少表情を曇らせて言う彼に、話を聞いていた村人たちは肯いて返す。
 朔夜にしても言えることだが、この村に来る途中に襲われることがなくて本当によかった、と彼らは素直に安堵する。
 ――彼らの一挙一動を、二人の来客が注意深くチェックしていることに気づいた者はいなかった。

 夜になり、それぞれ避難者と旅人に扮していた朔夜とトリストラムは『能力者』としての行動を開始する。

 朔夜は誰にも見つからないよう夜闇に紛れ、村中の家々の位置を確認して回る。
 その足取りは冷静にして――しかし内心、自分が高揚感に似た感覚を覚えていることに朔夜は気づいていた。
 ゾディアック乙女座、イネース・サイフェル。
 偵察に赴いたサラゴサと、ヨーロッパ攻防戦中――自身が二度邂逅している彼女という存在は朔夜にとって、敵であるということ以外にも感ずるものがあった。
 人が興味と呼ぶそれを忘れて久しかった朔夜には、ある種新鮮な感覚であり――。
 新鮮であるが故に、その切っ掛けとなったイネースのことを更に知りたいと思う。その一念は恋にさえ似ていた。
 そんな考えを胸中によぎらせたまま歩いていると、どうしても注意が逸れてしまう瞬間もある。
「‥‥どうしたんだ? こんな夜中に」
 不意に村人に声をかけられた。
「寝付けなくてな」
 朔夜は用意してあった台詞を吐き出す。
 夜空を眺めていたのは、逃げてきた村のことを考えていたのだろう。
 村人はそんな思い込みもあってか、深くは追及せずにその場を立ち去った。

 そこから少し離れた人目につかない場所で、トリストラムは佇んでいた。
「もしもし――はい、二人とも潜入できました。
 今のところは露骨に怪しいと思う方はいませんね‥‥」
 無線を手に、彼は声を潜ませた。

●脅威を振り払う者はまた、脅威にもなり得る
 無線連絡を受けた仲間たちは村を囲む森の外側で待機していたが、翌日の朝になって行動を開始した。

「任務‥‥開始‥‥だな‥‥」
 西島 百白(ga2123)は自らにも言い聞かせるように、静かに息を吐き出す。
 その横でレイヴァー(gb0805)はいつも持ち歩いているコインを、毎度そうしているようにトスする。
「‥‥表。いいね、縁は大事にするのが俺の信条だ。
 一度関わった以上、最後まで付き合わせてもらう」
「――乗りかかった船は、泥沼を進む泥船って可能性が高いのが嫌になるけどね」
 エリアノーラ・カーゾン(ga9802)は苦い表情を浮かべた。
 彼女の手には一枚の文書がある。そこに載っているのは、依頼を請け負ってから現地に赴くまでの期間にユネに調べてもらった結果――サイフェル家に深く関わった人間の血縁関係を辿ったデータだ。もしやその家族の中に『コンスタンス』という名があるのではないか、と踏んだエリアノーラだったが、どうやらそれは不発だったらしい。
 データ参照に飽きたエリアノーラが文書を千切り、手を離す。一枚の紙だったモノは風に乗って紙吹雪となり、クラウディア・マリウス(ga6559)の前を横切る。
 流されていくその様を横目で追う。
 紙吹雪が包み込まれる先は、未だ生い茂る緑。
 しかし――。
(「あの絵、とても悲しい絵だった」)
 クラウディアは一瞬目を伏せる。瞼の裏に思い描いた光景は、屋敷で見たあの水彩画だった。
 バグアに攫われ、与するようになる直前のイネースが描いたというあの絵の中では、目の前にあるような緑すら炎に燃やし尽くされていた。世界を拒絶しているようだとクラウディアは思う。
 瞳を開き、前を向く。森の中へ続く道、その上に見える青空を見上げた。
(「イネース、貴女はあの絵で何を言いたかったの?」)
 言葉にならないその思いの答えを知る者は、おそらくイネース本人以外にはいないのだろう。
 仮に他の誰かが知っているとすれば、今から探しに行く『コンスタンス』はきっと――。
「‥‥来ましたね」
 鳴神 伊織(ga0421)の声で、一同に緊張が走った。
 直後、道の先に一体の――成人男性の背丈を軽く超える体躯の熊キメラが姿を現した。数は一体。まだ村へは距離があり、わざわざキメラを引きつけるなどしなくても村人たちに気づかれることはなさそうだ。遭遇したにしては良好ともいえる状況である。
 ただし、油断するわけにもいかない。
 すぐに戦闘態勢に入れる状態にあったのは、八人の能力者のうち半数なのだから。
「速攻で決める!」
 魔宗・琢磨(ga8475)は紫に染まり上がった右手に剣を携え、キメラに向かって切り込んでいく。
 正面から迎え撃ったキメラはその豪腕を横薙ぎに振り回し、琢磨はそれを剣で受けた。衝撃に耐えきれず数歩後退したものの、その甲斐あってダメージは小さい。
 キメラが攻撃後の体勢を立て直そうとした時には、
「――仲間を呼ばれるわけにはいきませんので」
 すでにその脇腹近くで踏み込んでいた伊織の姿があった。伊織の月詠による一閃は、とても肉を裂いたとは思えないほど滑らかにキメラの片腕に滑り込んでいく。
 大量の鮮血が上がり、その勢いもあって巨躯を誇るキメラの視界が一時的に赤に染まる。闇雲に振り回された豪腕は伊織の脇腹を掠めたが、その腕が生み出すであろう本来の破壊力を想像する限り、今受けたダメージはずっと小さいものだろう。
 伊織が距離を置いたことに気づかずに腕を振り回し続けるキメラの懐に、全身から白い光を放った百白がタイミング良く飛び込む。
「――」
 無言のまま、コンユンクシオを昇龍の如く振り上げる。百白自身の覚醒能力が瞬間的に引き上げられていた上に、コンユンクシオに搭載されているSESの能力も底上げされていただけあり、斬撃は速度も軌跡も揺らぐことなくキメラの脳天に届き――最終的に頭蓋に食い込んだ。気持ち悪い手応えと、鈍い音。しかしそれは両方ともに勝利を確信づけるモノ。
 ふらふらになりながらもまだ態勢を立て直そうとするキメラの背後に、レイヴァーが回り込む。
「これで終わりです」
 キメラが不安定な前傾姿勢になったところで飛び上がり、その首筋に急所を突くべく手刀を叩き込んだ。

「あと二匹、出てくるかな」
「‥‥出てこないのが一番楽ではあるのですが」
 戦闘を終始見守っていたエリアノーラの言葉に、横でアグレアーブル(ga0095)はそう返してため息をつく。
 出てこないなら出てこないで、村への脅威は残ったままになるが――今回の依頼の本分はその討伐ではない。それ故に、少々複雑な気分にもなる。

 結果としてそれ以後、キメラが能力者たちの前に姿を現すことはなく――。
「さぁて、楽しい商いの始まりだ」
 袋に一杯の荷物を詰め込んだゼラス(ga2924)は、そう言って唇の端をつり上げた。

●珍しき来客
 二日続けての来訪者。
 それは村人たちにとっては奇異なものに見えたに違いない。
 しかも――今度は八人の集団である。

「初めまして。私は旅商を営んでいるリエ=ブラフと申します。
 色々とご用意しておりますが、如何でしょう?」
 村の入り口で集団を出迎えた村長に対しゼラスは偽名を名乗り、挨拶ついでに商売へと誘う。ブラフなのは勿論名前だけではないが。
 自給自足できるものはしているし、出来ないもので必要であれば近くの街に赴いて買ってくる――そういった生活を営む村人たちにとって、彼が持ち込んできた商品は魅力的に映ったことだろう。何せラスト・ホープのショップで売られている製品である。その販売価格はショップでゼラスが買ったときより少々高めに設定してあるが――それでも一般人に決して手が届かない額というわけでもなく、それがまた購買意欲をそそった。特に高級煙草の売れ行きは快調だった。
 客の中には、朔夜とトリストラムの姿もあった。朔夜は昨日自分が調べたことをメモにし、煙草を買う動作の間にそれをゼラスに渡す。
 トリストラムはといえば、客の中でも特に女性の動きに目を配っていた。
 少しでも怪しい動きをしている者がいれば、するべきことがある――。
 目を光らせていたトリストラムは、やがてある女性に目をとめた。

 買い物を済ませたり、あるいは珍しいモノを見たりしただけでほくほく顔になっている村人たちに、
「この人知りませんか? 私の父なんですっ、バグアから逃げる時はぐれちゃって‥‥」
 クラウディアが父の写真を見せてそう尋ねた。
 この子は一体、という顔をする村人に、ゼラスは商売の手を一時止めて告げる。
「この子たちは旅先で拾いましてね。今は手伝いをして貰っているのですよ。よく気のつく良い子ですよ」
 ゼラスの言う『この子たち』にはクラウディアの他に、彼女の友人だというアグレアーブル、旅の修道女を装うエリアノーラが含まれている。
 ちなみにクラウディアの父は既に故人なので、旧知でもなければ知っているわけもない。だから彼女がこの写真を見せた目的は、勿論別にある。
「じゃっ、以前――に居たという女性を知りませんか?」
 次に彼女は、先日キメラ討伐のために訪れた街の名を口にした。
「こちらに向ったようだと聞いて。その人が、父の行方を知ってるかもしれないんですっ。お屋敷に勤めていた事があるかもって‥‥」
「ああ、それなら――」

 ■

 買い物に夢中だった村人たちだが、揃って能力者に対する警戒心は強いらしい。
 ゼラスは「護衛の傭兵」としか言っていない――つまり能力者だとは言い切れないためか、あからさまに敵意を向けてくる者はいなかったが、それでも村の中の活気に比べると護衛班の四人の周囲は物寂しい。
「『森の中の村』‥‥か‥‥」
 百白は周囲の森を見渡して、故郷に似ているとこっそりつぶやく。それと同時に、森の中はやはり落ち着くと考えた。
 それ以外の三人の意識は、能力者を嫌うという村人についてのことに向けられている。
 三人は道中、アグレアーブルがユネから聞いたという――『能力者を嫌う人がいるということは、手紙にはどういった流れで書かれていたのか』ということの答えを思い出していた。
 ユネの答えは、こうだ。

「コンスタンスが村に行くよりも前の話らしいんだけど、村に能力者らしき人が訪れたことがある。
 その能力者、っていうのが――精神的にひどくおかしな人で‥‥あまり言いたくないことをしていったらしい」

「人は自らを脅かす存在に対しては、過敏な部分がありますからね――バグアにしても能力者にしても、それは変わらないでしょうし」
 伊織が目を伏せる。かつて村に訪れたという能力者は確かに人道的とは言えないが、全ての能力者がそうだと思われるのは何ともいたたまれない。
 だからこそ、か。琢磨はティーセットを用意し、「どうぞ」と護衛班の仲間や近くにいた村人たちをお茶に誘う。
「落ち着いて話せれば、俺たちだって普通の人間だって事、解って貰えると思う。だから‥‥」
 その言葉に、能力者たちと村人たちはお互いの顔を見合わせる。
 ――この茶席を経て本当に警戒が解けたかまでは分からないが、少なくとも能力者たちへの目に見えた不信感は払拭されていくことになった。

●接触
 商売が落ち着いたところで、ゼラス、クラウディア、アグレアーブル、エリアノーラは村の中を歩き出す。
 とは言っても、既に行き先は決まっている。
 トリストラムとクラウディアがそれぞれ特定の人物に注目し、その人物の家を知っている朔夜が事前にトリストラムとともに向かっているからだ。

 ――手はず通り、二人はある家の前で待っていた。ついでに茶の席を畳んでいた護衛班の姿もある。
 再度、情報を照合する。
 女性の本当の名はジネット・ヴィルヌーブ。
 年齢は二十代後半――今のところつかめている情報はそれくらいだ。彼女も、まだここに来て日が浅い。
「ごめんください」
 伊織が玄関の扉をノックすると、程なくして女性――ジネットが姿を見せた。
 突然の来訪者――それも全員が昨日今日の外界からの客であることに驚くジネットをよそに、伊織は訊ねる。
「――コンスタンスという名で、以前UPCに文書を届けたのは貴女ですね?」
 ぴく、とジネットの体が一瞬揺らいだ。
「何故、こんな回りくどい方法で、俺たちに接触したんっすか?」
 琢磨の質問に、「――それは」と、ジネットはやや間をおいて答えた。
「直接自分の名を出したら‥‥何より、自分が怖かったから。
 何で私は、彼女とここまで関わってしまったんだろう。知ってしまったんだろう、って」
 彼女。それが誰かは、言うまでもなく分かる。

 ――あるいは、言ってしまったのがまずかったのかもしれない。

「教えていただけますか。イネース・サイフェルのことを」

 その単語に、ジネットは大きく肩を震わせた。
 誰もが彼女のその様子を見て思った。――怯えている。
 思えば、彼女はこれまで文章でも口頭でも一度も『イネース』という言葉を使っていない。イネースが誘拐されたという場所を知っておきながら、『ゾディアックのこと』だとか『彼女』だとか、そういう遠回しの表現を繰り返しているということは――イネースがゾディアックの一員として世界を脅かすようになった今では、ジネットはその単語にすら恐怖を覚えるのではないか。
 世界のために手がかりを教えることはしたけれど、その手がかりを求める矛先が自分に向くことを予想していなかったのかもしれない――。
 そう思ったときには、もう遅く。

「‥‥今お話することは何もありません」
 能力者たちが呆然とした一瞬の隙を見計らって、ジネットはすかさずドアを閉める。
 ――それから何度応答を求めても、彼女が応じることはなかった。