●リプレイ本文
●毎度お世話になっております。
テレビ番組『能力者改造計画』――その撮影場所であるスタジオには、高速移動艇を降りてから徒歩数分で到着する。
「二度あることは三度ある‥‥でしょうか。毎度の事ですが応募した覚えはないんですけどね」
スタジオの建物を見上げ、加賀 弓(
ga8749)は苦笑いを浮かべた。毎回誰が彼女をこの企画に参加させているのか結局いまのところ分かっていないが、弓にとっても今回は自身が所属する【IMP】の宣伝を兼ねているという目的もあり、なんだかんだ言ってやる気は満々だったりする。
毎回出場といえば、もう一人いる。
「今回はアスにゃーも参加って話だから、変身楽しみにしてるネ」
第一回の優勝者にして前回の準優勝者でもあるラウル・カミーユ(
ga7242)である。
『アスにゃー』とは今回もまたこの企画への参加を能力者たちに斡旋したUPC少尉、朝澄・アスナ(gz0064)のことだ。ラウルにそう笑いかけられたアスナは、
「まぁ、出来るだけのことはやってみるわ」
そう苦笑交じりに答える。皆に依頼を斡旋した自分が本当に出てもいいのかな、と、ちょっとばかり思わないでもないからこその表情だ。
「アスナちゃん、一緒に頑張りましょうね♪」
今回そのアスナが出場するにあたり、彼女のサポートとステージに上がった際のパフォーマーを兼ねることになったナレイン・フェルド(
ga0506)はそう言って笑った。
彼――『彼女』と言った方が本人は喜ぶかもしれない――は今、いたって上機嫌だった。
自分自身にメイクを施すのも好きだが、可愛い子にメイクを施し、変身させる方がもっと好きなのである。その可愛い子とは、今回の場合はもちろんアスナのことを指している。
ところで、上機嫌なのはナレインだけではない。
「アスナさん、今回もありがと〜! お互いにがんばろうね!」
椎野 のぞみ(
ga8736)は今回もまた出られることへの感激のあまり、スタジオに足を踏み入れようとするアスナを満面の笑顔で抱きしめた。
「え、え!?」
日本人女性としてはどちらかといえば長身であるのぞみに対し、アスナはどの地域の基準で見ても小柄と言わざるを得ない。突如視界を塞がれたアスナは思いきり困惑する。
そんなやり取りを交えつつ、能力者たちは三度戦場(?)に赴くべく控え室へと向かうのであった。
■
撮影という名の依頼に出発する前の話に遡るが、那智・武流(
ga5350)は大変に悩んでいた。
「今回は異世界・異国の仮装だと!?
純和風な俺にどーしろと言うんだ!!」
二度目の参加を決めたのはいいものの今回のテーマを聞き、愕然とした後「ん〜」と唸り続けた。
そして現在――今回の変身後の姿を決めた武流は、控え室でスタッフに手伝ってもらいながらその準備を進めている。
レプリカの甲冑を身にまとった彼は、
「ヘアセットを頼みたいのだが宜しいか?」
自らに誇りを感じているかのようにすら思える凛々しい口調でスタッフに指示を出す。前回社長秘書に変身した時もそうだったが、どうやら彼は控室にいる時から自らの役を作り込むタイプであるようだ。
頼まれたヘアメイクマネージャーは、彼の髪をオールバックに仕立て上げた。
■
「折角ですから、楽しみましょう。すず、乙姫」
「あはは、優勝できればいいけど、楽しむのが一番だよね!!」
ジェイ・ガーランド(
ga9899)の言葉に――皆城 乙姫(
gb0047)がそう笑って肯き、篠ノ頭 すず(
gb0337)も無言で同意を返す。
三人でチームとして出場することにした彼ら――メインとなる出場者は、すずだ。
ぶっちゃけ乙姫的には先ほどの発言の中にはすずにある恰好をさせたいだけ、という意味合いも含まれている。その証拠に一瞬瞳が怪しく輝いたが、当のすずは気付かなかった。
というより、気づく余裕がなかったのである。
その『ある恰好』をすることになるとは、乙姫に誘われる形で参加した時にはまるで考えてもいなかった。驚きと不安――そして多少の羞恥心が今、彼女の心の余裕を奪っているのだった。
「うーむ‥‥しかし、この着ぐるみは欧米の方々に喧嘩を売っておりますね」
パフォーマーとして出演するジェイは、その時に着る着ぐるみを見てしみじみと呟く。
見るからに西洋国籍だと分かる彼に、
「それって、自分で自分に喧嘩を売ってるんじゃないか」
と考えるスタッフもいないことはなかったが、とりあえず黙っておいた。
それからジェイはふっと別の方向に目を向ける。
「すず、着付けのほうは‥‥乙姫、手伝っていらっしゃいますよね?」
視界に映ったカーテンの向こう側にはすずと、彼女の手伝いをしている乙姫がいる。そう問うと、
「もうすぐ終わる〜」
とても機嫌がよさそうな乙姫の返事が返ってきた。
その言葉通り、それから間もなく二人はジェイの前に再度姿を現す。
そして、
「なりきるではない、我は――――なのだ」
なんだか本気の決意のこもった言葉を、すずは口にするのだった。
■
ナレインによってメイクを施されたアスナは、三つ編みを今は下ろしていた。ついでに軽くウェーブもかかっている。ちなみにパフォーマーとしての出演もあるナレインは自身にもメイクを施しているが、アスナに施したもののような華やかさはない代わりに、落ち着いた雰囲気を漂わせるものにしている。
後はメイクといえばアスナの頭に小さなティアラを乗せるだけ、となったところで、ついに衣装とのご対面の時を迎えた。
衣装や演出を全てナレインに任せていたため、コンセプト以外は何も知らされていなかったアスナだが――。
「か、かわいい‥‥!」
コンセプトを知っていても、目にした衣装にはそんな言葉を口にせざるを得なかった。
さっそく袖を通す――。
「お花の妖精さんみたいでとっても可愛い♪」
ナレインにそう言われ、アスナは慌て――しかしながらまんざらでもない、というような照れ笑いを浮かべた。
■
「さてと今回のテーマはせくしー&妖艶‥‥なんだけど――この衣装、想像していたのより大胆‥‥」
一方のぞみは、控え室に飾られていた本番用の衣装に少しばかり戦々恐々としていた。
露出度の高さで言えば大胆を通り越してもはやきわどい。
それを纏えば間違いなく大人の色気は出るだろうが、だからこそ余計に自らの胸の小ささが気になって、のぞみはちょっと泣きたくなった。
ともあれ、女性スタッフに手伝ってもらいメイクを終え、『それ』を着る。
ここで恥ずかしがるのはまったく問題ない。本番でそれを見せなければいいだけである。
というわけでぎこちないながらもパフォーマンスの練習をしていると、突如控室のドアがノックされた。
「本番が始まりますので、スタジオへお願いします」
ドアは開かずに、外からそんな言葉だけが告げられた。
●大人の色香で魅せるステップ
「『能力者改造計画』も、早くも第三回を迎えました」
収録が始まり、女性アナウンサーがそう切り出す。ちなみに出演者という枠で言えばこのアナウンサーも皆勤賞である。時折自分の立場を忘れて出場者に対して素の反応を見せているのが、仕事的にはよろしくないのだろうが視聴者側にはスタジオの反応が分かりやすいと好評らしい。
ルールは前回と同じ。スタジオにいる百人の観客審査員+ゲストに出場者が「元の自分から変わった」ということを示す。審査員ひとりひとりの手にはボタンが渡されており、変わったと思えたならボタンを押下する。その押下数を競うというわけである。
「テーマは異文化・異世界」ということを含めた前振りも終わると――照明が落とされ、ステージの背後に構えられた大型スクリーンに今回のメイン出場者である六人のウェストアップ写真が映し出される。
最初は六人全員が映り、次からは一人ずつ映す形で画面が遷移する――。
遷移が止まったのは、のぞみを映し出したときだった。
「トップバッターは、前回から続いて二回目の出場となる椎野 のぞみさんです!
華麗なタップダンスを披露しながら入賞に至らなかった前回のリベンジはなるでしょうか!」
あおりをつける辺りアナウンサーも微妙にパワーアップしている。これも経験なのだろう。
ともあれ、その後にのぞみの本来の人となりについてアナウンサーによる説明がなされる。今回も前回同様性格面での違いも見るためだ。
常に元気で冷静とかおしとやかなどという言葉は無縁な一方、その精神はキリスト教のそれに傾いているという一面もある――。
「それではご登場して頂きましょう!」
未だ照明は落ちたままだが、説明後のアナウンスを合図に、スクリーン下の入場口とステージへの道がライトアップされ、スモークが炊かれる。
そのスモークの中を歩き、やがてステージに立ったのぞみの姿を見た観客席から――おぉ、という感嘆の声が上がった。ちなみに声を上げたのはだいたいが男性である。
のぞみの恰好は、所謂ベリーダンスを踊る時のものであった。
緑を基調にしたホルタートップブラやヒップスカーフからはアラブの雰囲気を漂わせ、そのヒップスカーフを彩るコインベルト――その名の通り金貨を無数につなぎ合わせた形状をしている――が豪奢さを更に引き立てる。
スパンコールが入ったベールで煌めきを増し、レザーシューズまで金色にまとめた彼女の華やかさといったら――胸の小ささなどもはや気にならないほどだった。
エキゾチックな雰囲気のメイクを施されたのぞみは覚醒して瞳が青くなっている。普段の元気さからは決して出せない大人の艶を込めた穏やかな表情のまま――流れ出した激しい音楽に合わせ、踊り始める。
踊り始めると照明は全体的に抑えられ、オレンジ色の光だけが彼女を照らすようになった。その光もまた、雰囲気をかき立てる。
家でも控え室でも必死に練習しただけある。のぞみはベリーダンスの技術――腹を凹ませたり戻したりとウェーブさせるアンジュレーション、普段は使わない部位まで使ってそれを単独で動かすアイソレーション、そして腰を振るわせ振動を表現するシミー――それらすべてをモノにしていた。
曲のテンポもかなり速かったが、のぞみは笑顔を揺るがさずに踊り続ける。
ダンスの激しさと大人の穏やかさ・艶を共存させた彼女に、観客はまずは見惚れ――次第に、歓声が起こり始めた。
最後の最後まで、徐々に応援は大きくなり。
フィニッシュを綺麗に決め、ウィンクをするのぞみに――。
送られた拍手と歓声は、スタジオ全体をも揺るがすものだった。
●どこぞの国のお姫様?
暫しスタジオ全体が余韻に浸った後、
「それでは次の方に出てきていただきましょう」
アナウンサーがそう言うと再度照明が消え、スクリーンの映像が遷移し出した。
――今度はアスナが映し出されたところで、画面遷移が止まる。
「前々回に続いてこちらも二回目の出場! UPC軍の少尉でもある朝澄・アスナさんです!」
普段は見た目とは裏腹に実年齢相応の落ち着きをもっているものの――ロマンチストの気があり、そういう面を見せるときはちょっと幼くなっているという説明の後、先ほどと同様の合図で入場演出が行われる。
出てきたアスナの姿は、控え室でナレインが形容したとおり妖精にすら見える可憐なものだった。
桜色のノースリーブのドレスは素材故かふわふわとしており、腰には大きなリボンがついている。裾はギャザーフレアータイプ――腰回りを狭めることで裾の広がりを更に大きく見せるもの――になっており、胸元は少し大きく開いていた。ヒールも桜色で、三つ編みを解いた頭にはティアラを載せている。コンセプトは差し詰め、西洋風のお姫様といったところか。
スクリーン上のウェストアップでは軍服での姿が映っているのだが、服装の時点で雰囲気のベクトルが百八十度逆に向いている。後はどう中身が変わっているか、だが――。
アスナがステージに到着するとともに、照明が灯る。
照明が落ちていた時間はあまり長くなかったが、ステージの上には花畑のセットが出来上がっていた。
中心にはテーブルセットが設置されており――その脇には執事服姿のナレインが、アスナを待ち構える形で立っていた。長い髪は紐で一つにまとめ、シックな執事服に合わせて白い手袋を嵌めている。ちなみに本人との関わりがない人間には知る由もないことだが、ナレインが男の姿をしているというのは非常にレアな光景だったりする。
フルートの穏やかな音色が鳴り響く中、アスナはテーブルに腰かけた。
すかさずナレインがすす、と傍に寄り、彼女の前に置かれたティーカップに淹れたての紅茶を注ぐ。
「どうですか? 今日はアッサムにしてみました」
アスナがカップに軽く口をつけた後、ナレインは問うた。低くした声には大人の色気が漂っている。
「とても美味しいわ」
アスナはそう、花のように微笑んで返す。普段が軍人という無骨ささえある職なのだから、その無骨さの対極――可憐さ・繊細さを目指したのだ。演技に自信がある方ではないが、幸いにして上手く狙った通りの雰囲気を出すことが出来ていた。
アスナがティータイムを楽しんでいる間、静かな時が流れ――。
やがてカップの中身が空になったところで、ナレインは不意にアスナの傍で片膝をついた。
そして彼女の手を取ると、手の甲に軽く口づけをする。
その演技自体は着替え終了から本番までの間に知らされていたし、模擬練習もしていたアスナだったが――それでもちょっとだけ素が出た。心なしか顔が赤い。
「たまにはあなたを独り占めさせて下さいませんか?」
甘い響きさえこもったナレインの言葉で観客席からは黄色い声が上がり、アスナは現在の状況を思い出した。再び微笑み、肯く。
二人揃って立ち上がり、テーブルから少し距離を置く。
互いの手を組みあわせ――ダンスのスタートの姿勢をとった。
BGMがそれまでのフルートの演奏から、タンゴに変わる。それを機に、二人はステップを踏み始めた。
踊り始めると、スタジオの上部からフラワーシャワーが降り注ぎ始めた。よく結婚式で用いられる演出だが、花園でのダンスというこのシチュエーションにもよく似合っている。
リードは勿論ナレインがとっていたが、アスナには事前に練習しておくようにも言ってあった。
アスナのステップにはややぎこちなさが残っていた――練習を始めてから日にちが浅かったためだ――が、おかげで踊り自体が止むことはない。曲が進むにつれテンポも上がっていったが、それは変わらなかった。
やがて音楽がフェードアウトしていき、完全に止んだところで二人は踊るのをやめる。
「まだ、独り占めの時間は終わっていませんよ」
ナレインはそんなことを言って――アスナを抱き上げた。所謂お姫様抱っこというやつだ。
アスナの顔が紅潮する――素、再び。
だがそれは上手くナレインの陰に隠れて観客に見えることはなく、ナレインはアスナを抱きかかえたまま退場していった。
観客席のそこかしこで、拍手交じりにはぁ、という女性の感嘆の溜息が洩れていた。
●騎士の誇りにかけて!
続いてスクリーンに映し出されたのは、武流。
「こちらも前回から続いて二度目の出場、那智・武流さんです!
前回はクールな社長秘書を演じ見事に入賞した那智さん、今回は一体どんな変身を魅せてくれるのでしょうか!」
性格はゴーイングマイウェイだがフレンドリーかつ家庭的。ついでに傭兵稼業以外にも宮司としての顔を持つだけあり、神道精神の持ち主であるという説明が入った後、照明が落ちた。
スモークの中から登場した武流は――なんというか、そのスモーク演出がとっても似合っていた。
西洋風の甲冑を身にまとい、堂々とした姿勢でステージへの道を歩く。
腰に提げた西洋剣はレプリカではなく、自前の居合用の日本刀を改造したものである。レプリカではない分、改造品とはいえ妙なリアリティがあった。
ステージに上がった武流は、改造剣を鞘から抜き、正面につきつける。
「我はアーサー王に仕えし『円卓の騎士』の一人、ランスロット!
君主のためならば、この命を投げ出す覚悟はできている。それが『騎士道』というものだ!」
凛々しく響いた声に一瞬スタジオが静まり返り、その直後大きな拍手が響き始めた。前回もそうだったが、なりきり具合が半端ではない。その賞賛の拍手でもあった。
「皆の声援、感謝致す」
武流は拍手に応え、そう礼を述べる。
その後、彼が――否、ランスロット卿が抱く騎士道精神のままに、己の信念をアピールする。
円卓の騎士の中でもっとも美しいとされる、湖の騎士ランスロット――その波乱万丈な人生において、騎士道精神が曲げられたことはなかったという。
詳しい逸話を知らない人間にすらそれを垣間見させる迫真の演技を見せた武流は最後に、
「円卓の騎士の結束は永久なり!」
剣を天高く掲げそう叫び、入場時同様、堂々とした立ち居振る舞いのまま退場する。
彼の背中に届いた拍手は、アピールの冒頭で起こったそれよりもさらに大きなものだった。
●ウソツカナイ!
四番目の出場者は、弓。
「今度はこれまで毎回出場している加賀 弓さんの登場です!
普段はおっとり、初回はチャイナ、前回はサムライ、今回は――?」
例によってアナウンサーの言葉が切れたと同時に照明が落ちる。
スモークの中から現れた弓を見た観客のほとんどが、目を瞬かせた。
「アワワワワワワワ」
そんな声を放ちながら、どことなく落ち着かない様子で現れた弓の姿は――それは。
日に焼けたように見えるように全身に塗られた茶の上に、更に施されたボディペイント。
頭には羽飾り。首には動物の牙で作ったような首飾りが下げられている。
最低限隠すべき場所以外のほとんどを露出した、インディアンなのである。
登場前の説明の合間に、彼女がアイドルプロジェクト【IMP】の所属メンバーであることも明かされていたこともあり、スタジオは弓があまりに意外な方向に突っ走ったことに一時騒然とした。
ステージに上がった弓は照明が点灯した直後、アピールの一環としてレプリカのトマホークを上空に投げ飛ばそうとした。
そこへ、
「インディアンは本当に嘘をつかないんですか?」
と、目を瞬かせたままアナウンサーが疑問を投げかける。
「インディアン嘘つかない」
弓は、そう肯き返す。
その答えを聞き、アナウンサーは「うーん」と少し唸ってから、
「じゃあ、スリーサイズを教えてください」
と言い放った。
刹那――弓の顔が、茶色いペイントがなされていても分かるくらいに真っ赤に染まる。
「ぇ――あ、あぅ‥‥ぇぅ‥‥あうぅぅぅぅぅ‥‥‥‥」
演技と素の間で揺れまくり、顔を真っ赤にしたまま視線をきょろきょろと左右に動かしながら呻いた末――
「〜〜〜〜っ!」
涙目になってその場から一目散に退場していってしまった。
スタジオ内の面々は暫し呆然としていたが、涙目になりながらも『それっぽい』動作で逃げて行った弓にやがて盛大な拍手を送った。
ちなみに収録の後、放送時の話になるが。
彼女の出番の後と番組末尾に【IMP】の宣伝が入っていたりした。
●闇に生きる華
「次の方は――毎回この番組をご覧の方なら知っている人も多いでしょう。
初回の優勝者にして前回の準優勝者、ラウル・カミーユさんです!
普段は飄々マイペース、しかして花嫁、極道と見事に演じ切る千変化スキルの持ち主でもあるラウルさんは、今回はどんな変化を見せてくれるのでしょう!」
――西洋風、和風と来て今回は中華だった。
中華結いとストレートロングが組み合わされている、闇夜のような漆黒の艶を放つウィッグ。
長袖のチャイナドレスにはスリットが入っており、蒼紫の布地の上で銀の蝶が舞い踊っている。その上には透けるような薄絹のショールを纏っていた。
顔に施されたメイクにはしっとりとした印象と、妖しく煌めく艶が共存している。
歩くたびに鳴り響く片足のアンクレットの鈴の音は、どこが物悲しい憂いを秘めていて――闇の中に咲く一輪の花のような、孤独さと儚さを醸し出していた。
『彼女』は孤独な暗殺者だった。
愛する人を殺されたのがそもそもの始まり。仇を討つために暗殺者となる道を選び、これまで何人もの人間を殺めてきた。
そのうちに秘めるのは常に憂い、悲しみ、そして愛――。それらを源にし、彼女は刃を振るい続ける。
そして今宵もまた――。
ステージに上がり、照明が灯る。
照明が落ちている間にステージ背後にはもう一つ、こちらは布製のスクリーンが設置されていた。光を受けることでその背後のものの影を映し出す仕組みのものである。
ラウルは懐から匕首と呼ばれる中国製のナイフを取り出した。日本で言うところの『合口』だが、起源である中国製のものは刃先が匙に似ているという違いを持っている。
闇に生きる暗殺者は匕首をしばし見つめ、やがて再度隠すと、華麗にステージの上を舞い始める。舞う度にショールが艶やかに翻り、時折観客席に向け投げられた視線はひどく物悲しいものだった。
その姿にはいまや、先ほどまでの儚さとともに――獲物を狙う鋭ささえも宿っていて。
舞の佳境、暗殺者は舞を続けながらも匕首を両手に一本ずつ取り出した。それと同時に、布のスクリーンに人影が映し出される。
暗殺者は人影めがけ、二本の匕首を同時に放る――。
刃は寸分違わず脳天、そして心臓に突き刺さった。
――倒れ逝く影を見詰めながら、暗殺者はゆっくりと、静かに舞を終える。
「――貴方、彼に少しだけ似ていたわ‥‥。でも、彼はもういない‥‥」
立ちつくす。
その眼は悲しい色を帯びているのに、
「‥‥待っていて――もうすぐ、だから」
口元に浮かんだのは、儚い笑み。
そのまま再度鈴の音を鳴らし、静かに退場していく。
姿が完全に消えてから拍手が鳴り始め、それは次第に大きくなり――やがて、スタジオ一杯に鳴り響いた。
●これどこの深夜枠アニメ?
しっとりとした余韻を残したあとは、いよいよ最後の出場者である。
「最後に出ていただくのは、今企画初の三人チームです!
メインは篠ノ頭 すずさん。一見冷静沈着ながら、実は感受性豊かで強がりであったりもするようです。
それでは――どうぞ!」
(あれ?)
スタジオ内でそう思った者は少なくないだろう。
なぜならスモークの中から出てきたすずは、上部のスクリーンに映し出されたそのままの姿だったからである。
が、次に舞台袖からステージに出てきたものに目を疑う。
それがキメラ――を模した着ぐるみだというのは分かる。
上半身がタコ、下半身はイカ、ついでに頭はイソギンチャク――命名するならば『イソギンタコイカキメラ』とも言うべきそれは、なんというか、グロい。見る者のSAN値が下がりそうですらある。
ちなみに着ぐるみの中に入っているのはジェイだ。
「ぶぅるぁああああ!」
物腰丁寧な普段を知る者にとっては想像もつかないようなおどろおどろしい奇声を上げ、ステージ上で暴れるキメラ――もとい、ジェイ。
ステージの端の方から、すずはそれをきっと強いまなざしで睨みつけた。
「我は篠ノ頭すず。この姿は世を忍ぶ仮の姿。
鈴の音が鳴り響く時‥‥我は力に目覚める‥‥」
その言葉の一瞬後、鈴の音のSEが鳴り響き――スタジオの照明が、明滅し始めた。
観客たちがどよめくその間隙を縫って、すずの周りには輪型の簡易ドレッサーが用意される。
「はやくはやく! わ、すず、色々見えてる!!」
ドレッサーの中に素早く潜り込んだ乙姫が、すずの『着替え』を手伝いながら小声でそう叫んでいた。
何が見えているか言わないのはきっと良い子のお約束だ。
明滅が止んだのは、およそ十五秒後。
その瞬間、ステージの上には――イソギンタコイカキメラと。
「私、魔法少女プリチーベルだにゃん♪」
なんとも魔法少女ファンタジーな衣装に着替えたすずが立っていた。ついでに口調も全然違う。
白を基調にしたジャケット、スカートは青色のフリルがいっぱいついており、首には大きな青いリボンと、それに繋がる形で大きな鈴がついていた。にゃん、と語尾についているだけあり猫耳と尻尾も完全装備、二―ソックスは白。
魔法のステッキは、先に大きなネコの手がついている。ファンシーな見た目なのだが、とても固そうである。
「見ぃつけたぞぅ、魔法少女プリチーベル(二十五歳独身)!」
プリチーベルに向かってキメラはそう叫ぶ。括弧の中身まで早口でしっかり喋る辺りジェイはなかなか舞台慣れしている――というか、着ぐるみの中の暑さで壊れかけているのかもしれない。
「きみをベルが血みどろにしてやるにゃん‥‥♪」
すず――もとい、プリチーベルの目がなんだか怖い。ステッキを素振りするその瞳の奥に暗いものが見え隠れしているように見えたのは、きっとステージ上のジェイだけではない。
「そうはいくかぁぁぁぁ!」
相変わらず奇声を上げながら、キメラはぶんぶんと腕――いや、脚を振り回しながらプリチーベルへと突進していく。
それを迎え撃つプリチーベルはステッキを構え、
「プリチー☆にゃんこスマーッシュ!」
思いっきりキメラを殴り飛ばす!
――中の人、もとい中のジェイも多少本気で痛かったのではないだろうか。宙を舞ったキメラは墜落し、それきり動かなくなった。まさに一撃必殺技である。
それをよそに、プリチーベルは両手でこまねくポーズ――にゃんポーズを作り、
「ベルの魔法でどんな相手もイチコロにゃん♪」
そんなことを笑顔で言ってのけた。
――魔法?
まだ時間が少しあったので、それからアナウンサーを交え質問タイムが始まった。さながら、デパート屋上や遊園地のヒーローショーの後の余興である。
出身地は魔法王国ニーホンだとかいうのはいいとして、
「目的は世界征ふk‥‥ううん、バグアから世界を護る事だにゃん♪」
言いかけたことがかなり危うかったということは、スタジオ内の誰の記憶にも残っただろう。
とても日曜朝の幼児向けアニメのモデルには出来ない魔法少女だった。どちらかといえば深夜向け。
●――結果。
全出場者がパフォーマンスを終え、メイン出演者全員が再度ステージに上る。
「‥‥き、着ぐるみって、暑いんで御座いますね‥‥」
メインではないため舞台袖に控えたジェイは、着ぐるみから這い出てぐったりとしている。
「それでは、結果発表の時間です!」
アナウンスと歓声が響いたものの、ジェイには聞いている余裕はなさそうだった。
結果が入賞者、つまりは第三位から発表されていく。
第三位はラウル。鮮やかなパフォーマンスが観客たちの目を引き、また三度目の女装ながら今回も容姿だけで大変好評だった。
第二位は――これには本人が一番驚いたのだが、アスナだったりする。少し素が出ていたのは観客の目にはほとんど見つからなかったのが功を奏した。
ちなみに賞金はチーム内一人ひとりに順位通りの金額が渡されるのだが、アスナは今回はほぼ全てをナレインに任せ、ましてこの企画に皆を誘った立場でもあるため正直受け取りにくい気持ちもあった。だから彼女は一度は自分の分の賞金を手にしたものの、収録終了後にスタッフに返還した――というのは関係者のみが知っている話である。
そして第一位――。
これもこれで、本人が一番驚いたかもしれない。
「第三回能力者改造計画、優勝者は――椎野 のぞみさんです!」
審査基準でのレベルの高さもさることながら、初っ端としてのインパクトも評価大だったらしい。
表彰されたのぞみはまだ衣装も化粧もそのままだったが、本来の元気のいい笑顔を見せた。
■
収録が終わり、後片付けも終え――能力者たちはスタジオの外へ出る。
「楽しかったわ〜。違う自分になるって面白いわよね♪」
素に戻ったナレインは上機嫌で言った。アスナのお姫様姿だけでなく皆の変身姿も見れて大変にご満悦だったようだ。
「アスナちゃん又一緒にやりましょうよ♪」
「そうねー」
アスナも笑った。お友達になろう、というナレインの誘いにも快く肯く。
上機嫌はもう二人。
「ナッちゃんの手腕も期待通りだったネ」
「今回もありがと! 今度も絶対でるよ〜!」
ナレイン同様周りの変身を楽しみにしているラウルと、優勝しただけありひときわ機嫌のいいのぞみである。
一方、
「次こそは!」
入賞を逃した武流は早くも次の番組出場への意欲を燃やしている。賞金を稼ぐためでもあるだろうが、友人であるラウルに負けたのが悔しいという気持ちもあるのかもしれない。
「‥‥‥‥」
すずはすずで何やらぶつぶつ言っていた。普段の自分にないものを出した自分の心が痛いらしい。
そんなすずを、
「すず、とってもかわいかったよ!!」
乙姫は懸命に元気づけようとする。
「ね、後でさ、‥‥部屋で着てみせて? 二人っきりでじっくり見たいな‥‥?」
それだけ可愛かったのだといいたげに、乙姫が少しもじもじしながらお伺いを立てると、すずも少しだけ立ち直ったようだった。
「次はテーマどうしてくるのかなあ‥‥」
アスナの呟きの答えは、誰にも分からない――が、楽しみにしている人間がいるのは間違いないようだった。