●リプレイ本文
メトロニウム合金を利用した生活用品の開発プレゼンは、UPC本部の一室を借りて行われることになった。
部屋には、それぞれのアイデアを抱えた八人の能力者の姿があった。
「メトロニウムを生活用品にって、面白いコト考えるネー」
笑いながらのラウル・カミーユ(
ga7242)の言葉に、水上・未早(
ga0049)が肯く。
「戦争の為に生まれた技術でも、こうやってどんどん平和利用考えていくべきですよね。やっぱり」
「ショップの販売品のバリエーション不足には日ごろから悩まされていることもありますしね‥‥」
そう言うのは辰巳 空(
ga4698)だ。
「もっとも――使うのは傭兵ですから、その種類を増やすといってもそれなりに実用性が求められるでしょうけどね」
その場にいる全員がその言葉には肯いた。
「えっと‥‥今日は、よろしく、です」
「こういう依頼って初めてだから、ちょっと緊張しますね‥‥」
周藤 惠(
gb2118)やクラウディア・マリウス(
ga6559)にとっては今回初めて『開発』に携わる依頼であるが故、やや緊張の面持ちを見せている。クラウディアは部屋の空気を和ませる狙いもあってか、お菓子や飲み物を持ち込んできていた。
一方――、
「‥‥おべんとおべんと嬉しいな‥‥」
夜十字・信人(
ga8235)は何やら小声で歌っていた。無表情なのだが、声の調子からして上機嫌なのが分かる。
そんな時ちょうど、彼の上機嫌の原因が部屋の前方のドアを開けて入ってきた。
「――ん、皆もう来てるわね」
プレゼンに同席することになった朝澄・アスナ(gz0064)は、面々の顔を見ると満足げに肯く。
能力者たちは、アスナに続いて彼女の知人であるカプロイア社社員、平瀬・千尋が入室してくるのを見――、いよいよプレゼンの始まりの時であることを悟った。
●プレゼン開始
『利便性』や『デザイン』、その他諸々の観点を踏まえた『完全性』――。
カプロイア社が、そのトップである『彼』が求めているのはそこにある、ということを再確認し、プレゼンは始まった。
トップバッターは、未早。
「誰もが考えるところですが、私が代表して」
そう言って彼女がまず提案したのは、包丁。
硬く加工しやすいというメトロニウムの特性はつまり――欠け難く切れ味が持続し、また研いだ時の刃付けも比較的容易であると言えることから、刃物にはぴったりだと彼女は考えたのだ。
ただし、と未早はプレゼンの最中に人差し指を上に向け――唯一の注意点を挙げる。
「重さの要る出刃包丁などには向かないでしょう。
造るのであれば牛刀やぺティナイフ、家庭用の三徳包丁辺りがいいと思います」
「私もいいと思います!」
そう同調したのはクラウディアだった。
「刃の部分に穴あけ加工して、切った物がくっ付かない加工とか!」
一般家庭にも人気が出るだろうし、傭兵にも料理人がいるのだから欲しい人が多いはず、とクラウディアは語る。
「あ、可能なら小型のSESをつけて武器に出来るかもしれませんね。
そうすれば魚キメラの活き造りが出来るし!」
その思いつきは割と千尋に受けたらしく――SESの搭載も考慮に入れられることになった。
その後、未早はその製造方法についても提案した。メトロニウム合金単体で鍛造する方法の他に、もう一つ――メトロニウムは刃金にだけ用い、それをモリブデン鋼を地金として挟みこむ方法を提唱する。
そうすることで更にしなりや粘りが出せる――そう説明した未早に、その場にいる誰もが「何でそんなに詳しいんだ」と言いたげな、きょとんとした表情を向ける。
その意思を代表したかのように千尋が問うと、未早はやや得意げに笑った。
「専門的に料理を齧った事がある人なら、包丁の構造くらい知ってますって!」
未早は他に、『外装材』や『楽器』として用いることも提案した。
前者は落下衝撃や圧力に対しての強さが求められるものに対して用いればどうか、といった狙いである。生活用品ではないため社での会議で認められることは難しいが、そういった方法での有用性も考えられることは報告することになった。後者は未早自身「軽い金属だから音も軽くなってしまう」という懸念を持っていたため、こちらの実用化は難しいだろう。
■
次のプレゼンターは秋月 祐介(
ga6378)。
彼自身が提案したものはただ一品のみだが、逆に言えばそれほどその一品へのこだわりは強いようだ。
それは、懐中時計。
ガラス部分以外はすべてメトロニウムを用いるというものだ。
動作機構を電池式ではなく、手巻式か特殊な自働巻式がいいとしたのは、祐介自身が『機械式のコチコチという音が好みだから』という理由が根底にある。
また、型としてはハンチング式――蓋のあるものを提案したのだが、これには製作するのがカプロイア社だということを踏まえた理由があった。
「『ハンチングカバーに意匠の凝ったデザインを彫刻する』『メトロニウムで複雑かつ特殊な精密機械を製作する』‥‥カプロイアなら、両方やるというのは、そうムズかしい事じゃあないでしょう?」
祐介はそう言って、挑戦的な笑みを千尋に向ける。
そして駄目押しとばかりに言葉を続けた。
「それに、カプロイア製の懐中時計が傭兵の命を救った――となれば、伯爵好みの逸話ができるのではありませんか?
加えて、受注生産限定にして世界に一つの特注品という形にすれば、まさにカプロイア‥‥となりませんかね?」
実際に生産するとなれば、採算を取ることを考えると『特注』以外にも市販品を作るべきでもある、が。
この懐中時計案はクラウディアやクラリッサ・メディスン(
ga0853)も推したこともあり、カプロイア社での会議でも積極的に推していくことになった。
一通りプレゼンを終えた祐介は、最後に苦笑めいた笑みを浮かべる。
「実際の所‥‥自分が『デザインと性能と良い懐中時計が欲しい』‥‥というのが本音ですがね‥‥」
■
三番手として立ちあがったのはクラリッサ。
プレゼンをする際に挙げた品目は――ハサミやペーパーナイフ、穴あけパンチなどといった文房具類だった。
「まだまだ紙媒体の資料が多い以上、丈夫で軽く使いやすい文房具類の需要はきっと高いと思います」
そう言って説明を始める。
「紙も枚数がかさむと切り辛かったり、思うように切れなかったりしますし。
穴を開けようとしても結構力が要りますし、しかも、ステープラーが混じったりするとすぐに刃こぼれを起こしますからね。
メトロニウム製ならそう言う欠点をかなり克服してくれるのではないかと。
それなりに需要は望めると思いますけれど」
そこには、女性として、更にはサイエンティストとしての希望も大いに入っていた。
「あと、すぐに武器に転用出来そうなものは余り賛成出来ませんわね。
悲しいですけど、何時の時代でも不心得な人は存在するのですからね」
文房具のプレゼンを終えた後で彼女はこう言って締めくくった。もちろん、この意見も社での会議に取り入れられることになるだろう。
■
続いてプレゼンターとなったのは、クラウディア。
考えていた三つのうち包丁に関しては未早のプレゼンの時に意見を述べていたため、残る『万能ナイフ』『ドライバーセット』についてのプレゼンを始めた。
まずはドライバーセット。家庭用工具セットからハンマーなどを抜き、ドライバー各種とラジオペンチ、ニッパーで構成された軽く持ち運びに便利なものを提唱する。
おもなターゲットは、傭兵。
「簡単なKVや機械の整備や、滅多にないけど、爆発物処理にも使えるかなって。
あと、なんといっても――機械いじり好きのサイエンティストにとっては、軽いドライバーセットは魅力なのですっ」
そう熱く語るクラウディアもまたサイエンティスト。だからこそ説得力があるというものである。
万能ナイフの中でも、クラウディアが提案したものは軍隊向けのものだ。ナイフ以外の機能として、ハサミ、ドライバー、缶切り、栓抜きなどがついている。
こちらも主ターゲットは傭兵。
「サバイバルする事もある私たち傭兵にとっては、ひとつあるだけでいろいろに使えるのは便利です。
それに――カプロイア社さんが素敵なデザインで作ってくれたら人気爆発ですよっ、きっと!」
UPC軍の正規装備にしちゃうとか、という彼女の言葉に、部屋の端に立っていたアスナが、
「それもありかもしれないわね‥‥」
と小声で呟いた。実現するかどうかはまったくもって未定ではあるが。
■
次は空の番だ。
提案するのは――『コンバットアンブレラ』『スコップ』『万年筆』の三品。
コンバットアンブレラは、『メトロニウムで傘を作ったら、豪雨どころか銃弾や矢の雨ですら耐えられる盾としての意味合いを持つ物になる』という狙いをもって考えられたものだ。
「外見は傘ですけど――武器としても使える様にSESを搭載し、骨はメトロニウム製で畳んだ状態でトンファーとして使用可能です。
傘にもメトロニウムの金属繊維を編んだ布に対電磁・耐酸性のコーティングを施した物となっています」
スコップ。
普段は折り畳んで小型にしてあり、かつSESを搭載することで高い掘削能力を実現するというものだ。塹壕や壁掘りといったシチュエーションでは大きな活躍を見せるだろうと空は語る。
バリエーションとしてはツルハシやハンマーも提案した。
万年筆。
これに関してメトロニウムを用いているのはチップ部分のみで、本体はラピスラズリと金を用いるという。
一応豪華さを最も強く押し出したものではあるが――ギミックとして、これで書いたものを記憶する小型カメラやマイクの機能を備えている。
「能力者の活動を、カプロイアの流儀でエレガントに支援する為にはもってこいのものだと思います」
そう強く主張して、空はプレゼンを終えた。
■
次は惠。
「えっと‥‥幾つか、案を纏めて、みたんですけど‥‥」
喋ることが得意でない彼女は、自分の案を記述したレポートを人数分用意している。
全員に配られたレポートには四つの項目――『大工用具』『火箸・トング類』『鏡』『ネジ』があった。
「えっと‥‥、真っ先に、思いついたのが‥‥大工道具でした‥‥」
レポートには利用案に加え、『低コストで量産』『切れ味、耐久性は既存のものより上』というメリット、『デザインを凝れない』といったデメリットが記述されていた。
次の項目である『火箸・トング類』に関しては、
『熱を通しにくいということは、逆に熱を避けるためにある火箸に向いている』
などの記述がなされている。
「えっと‥‥個人的に、これはお勧め出来そう、かなって‥‥思うんですが」
そう惠が自信を見せたのは鏡。
見た目・デザインに凝りやすく、高級品でも廉価品でもいけるだろう。また貧弱な感こそ否めないが、手鏡であれば戦闘中に簡易的な盾にもなる。
デメリットを挙げるなら、金属の鏡面加工なのでコストがかかるということか。もっともメトロニウム自体が安いので言うほど高コストにはならないかもしれない。
このアイデアには、クラリッサが特に強い同意を示す。
「やはり、鏡は女性にとっての必需品ですし、需要は高いと思いますわ」
女性能力者からの支持も得やすいだろう、と彼女は主張した。
最後の一品――『ネジ』だが、これはそもそも生活用品というよりは工業製品に近いため、やむなく却下されることになった。
■
七番目は信人。
まず一つ目、と前置きしプレゼンを始めたのはオイルライター。
「実用性、装飾性は言うまでも無く、胸ポケットに忍ばせればハンディーサイズの守護者となる」
戦場ではザラな心臓を貫く弾丸や、刃の切っ先を弾くピンポイントなプロテクターと成りえるだろう、とここまでは冷静に述べる。
それから信人はちらり、と自分が一番近い位置にいるアスナの姿を一瞬見、再び前を向く。
そしてプレゼンする品物の二つ目――弁当箱について語り始めた。
「最初に言っておきます。
コイツには派手な装飾はいらない。ただシンプルなデザインの箱であれば良い」
静かだったのはそれまで。
だん、とテーブルを叩き、前傾姿勢になって更には拳を握り締めた。
「蓋を開けば、そこには愛情の具現。
母から子へ、恋人から恋人へ送られた心の篭ったメニューの数々。
時には自分から自分への弁当もあるだろう。だが、汝隣人を愛するがごとく、自分を愛せ。その選択も正解なのだ。
頑強なメトロニウムに守られた愛と幸せは、今日もお昼の時間に貴方の舌の上にやってきます」
やたらと熱い。
締めくくりの言葉は更にテンションが高かった。
「――そう、目に見える形で語るだけが美では無い。
弁当の主役はただひたすらに中身、ソレを引き立たせ、守る謙虚な美があっても良いのではないかな!?」
はあ、と一つ息をついて、信人は冷静さを取り戻す。
「ん? 武器としての運用?
――石でも入れて重くして、ぶん殴ると強いと思うよ?」
最後だけちょっととぼけて、信人のプレゼンは終了した。
■
トリはラウル。
プレゼンする品目として用意したのは『コースター』『ベルトバックル』そして『名刺入れ』。
コースターは、もちろんグラスの下に敷くあれのことである。
「武器としては、東洋の手裏剣とかゆーのみたく投擲で使えそーじゃん?」
デザイン的にも、透かし彫とか入れたりすれば装飾性も高くベネチアングラスとかに合いそうな感じになりそうである。
ベルトバックル。
武器にするなら、射撃性能を持つ殴打武器になる。
「バックルも装飾性は凝れると思うんだヨネ、元々がオシャレ小物でもあるし」
ただしベルトを切られると使えなくなるという弱点もあるため、実用化するのであれば「ベルト裏にもメトロニウムの細いチェーンを仕込んでおくとヨイかなー」というのがラウルの意見だった。
全員がこれまで出してきた品目の中で、もっとも反響が大きかったのは最後に挙げた名刺入れだった。
それ自体が所謂『死亡フラグ』防止の役割を果たす上に。
惠が先ほど挙げた鏡に関してもケースの内側に――となれば、手鏡にもなるそれに反意を示す者がいるわけもなく。
一番実用化に近いといえるのはこれだろう、と殆どの者が納得することになった。
●ひとまずの検討結果とプレゼン余話
プレゼンが終わり、いつの間にか場に張りつめていた緊張も緩む。
「何が製品になるか楽しみだネ♪」
というラウルの言葉に皆が肯く一方で、公私の『私』モードに入った信人はアスナに言う。
「アスナ、一緒に食事でもどうだい? 美味しいおでんの店があるんだ」
おでんなんだ。
信人さんらしい、と微笑しながら呟いてアスナは肯く。
そんな二人の空間に、祐介が冷やかしを入れる――。
緊張の解けた場には、祐介と信人の冷やかしと反撃が生み出す楽しげな雰囲気が満ちようとしていた。