タイトル:憧れのミライを見たい!マスター:津山 佑弥
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 7 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2008/09/18 01:06 |
●オープニング本文
バグアという名の脅威が常に世界のどこかに転がっていると分かっているから。
平穏な街に暮らすことが出来ている人々は、その平穏が未来永劫崩れないことを願い。
戦の激動の中に置かれた者たちは、その激動がいつか晴れやかな形で終わることを祈る。
そのいずれも、今ではない未来の話――。
「んー、凝りもせずによくやるわねこの局も‥‥。ま、いいんだけど」
朝澄・アスナは苦笑交じりに、依頼文書をめくる。
――その表紙には『能力者改造計画4・未来編』と書かれていた。
「というわけで、例によって例の如くテレビ番組のコンテスト出演の依頼よ」
四回目のナビゲートとなると呆れを含め色んな感情に慣れたものだ。
アスナはよどみなく、四度自分に飛んできた依頼を説明し始める。
「今回のテーマは『十年後』。
基本としては、やっぱりメインとして出る人の十年後の姿を想像してもらうことになるわ」
ただ、そういった条件では今の――本来の自分とはかけ離れたものになるわけで。
今までの企画もそうだったように、今回もやはり『今』との性格の差異も審査対象になる。
十年後と言えば未来の話。成長した自分、大人になった自分を思い描いてみるといいかもしれない。
それ以外は、基本的に今までと同じだ。ただ――。
「もちろんそれは守ってもらわないとコンテストで上位を取ることは難しいと思うけど。
――今回のテーマって、それ以外にも使い道があると思わない?」
アスナは微笑を浮かべる。
「たとえば、生活。
十年後にもしバグアが地球からいなくなってて人類に平和が戻ってたとしたら。
傭兵さんたちもそれぞれの生活に戻るでしょうし、私たち軍人だって今の体制じゃいられないでしょ。
――そういう世界の未来予想図を思い描いてみて、その中で自分がどうあるのかを考えるとより変わるかもしれないわね」
●リプレイ本文
●今回もやってきまし――た?
『能力者改造計画』第四弾、未来編収録当日――。
能力者たちは一団となってスタジオに向け足を向ける。
「あ、アスナお久し振り〜」
スタジオ入口の前に立っていた朝澄・アスナに最初に気づいた桜塚杜 菊花が、そう声を上げた。
「いつも大変ねぇ‥‥ま、今回もよろしくねん♪」
「ん、よろしくね」
アスナは笑顔で肯く。菊花もからからと笑った。
「しかし、この局も飽きないよね〜、いつまで続くんだろ、この変身モノ」
「それは私も訊きたいくらいよ」
楽しいけれど、菊花の言葉には割と同意である。アスナは苦笑交じりにまた肯いた。
さて、三回目の出場となる菊花以外に――もはや番組視聴者的にはお馴染みになった顔が二人いる。
「これで四度目ですか、今回は先手を打って自分から応募しましたが――あら? なんの解決にもなってないような気がします、ね」
そう言って、『お馴染み』の一人である加賀 弓が首を傾げる。
解決にはなっていないが、これまで影で彼女のことを応募し続けた存在にとっては大喜びなことなことかもしれない。
「アスにゃーは、十年後メイクの方が実年齢に近いネ!」
もう一人の常連――ラウル・カミーユの言葉に、
「むぅ、それどういう意味よー」
幼い容姿を気にしているアスナは頬を少し膨らませた。もっとも彼に悪気がないのは分かっているので、こちらも半分ふざけてのこと、だが。
それからそろそろ中に入ろうか、と能力者たちが一歩前に進んだところで、
「あ――‥‥二人は、ちょっとこっちに来て」
アスナはそう言って、UNKNOWNと漸 王零を呼びとめた。
その時のアスナが何だか微妙な表情をしていた理由を、二人は彼女に連れて行かれた先の部屋で知ることになる。
部屋で待っていた番組プロデューサーの表情は、見るからに芳しくない。困ったような、心苦しいようなそんな風に。
自らの出場もあるため王零とUNKNOWNを残してアスナが部屋を去った後、
「残念だけど、貴方達の企画書は通らなかったわ」
そう、プロデューサーは静かな言葉を告げた。
セットなどの準備のためもあり、能力者たちは事前に企画書を提出するのだが――。
コンテストの根幹である『いかに本来の自分と変わるか』――特に、そのうちのひとつの肝ともいえる『性格面』の現在との違いが、二人の企画書には見られないのだと彼女は言う。
無論、十年後でも性格が変わらない人間は居るのだろう。だが、この番組はあくまでその『違い』を楽しむためにある。
「UNKNOWNさんの企画書は割と良かったのだけど」
旅人、自由を象徴する草原と世界地図の組み合わせ。セピア色の写真。
壊れた絵画の修復や、大小の機械の修理、田畑開墾の指導――。
争いを諌める言葉に、未だ本名を名乗らない謎の男。薫る白檀。
違いの強調が欲しかったわ、そう残念そうな言葉が伝えられた。
「王零さんも、‥‥ね?」
戦いの日々が今とさして変わるとは思えない。
違いこそあるのだろう、でも今回はそれを主旨に置くべきで、強調すべきだったのだ。
どこが違うのか―――それを明白に、前面に押し出して。
出場禁止、そんな非情とさえいえるプロデューサーの判断で、二人の出場は急遽取り止めになった。
ちなみにアスナ以外の出場者がこのことを知るのは、番組収録が始まる直前のことである。
●そんな舞台裏事情はさておき
「皆様こんばんは。『能力者改造計画』も早いもので第四回を迎えました――」
今回も番組収録が始まった。
前振りをしている女性アナウンサーを舞台袖から眺めるのは、トップバッターであるナレイン・フェルドとアスナである。
前回同様、『変身』するのはアスナ。ナレインはサポートのパフォーマーとしてステージに上がる前に、アスナの変身をプロデュースしている。
「たくさん練習したんだから自信を持ってね。大胆に行きましょ♪」
「――ええ、頑張るわ」
意気込んでみせるナレインに、アスナも応えるよう肯いた。
「それでは早速、最初の方にご登場いただきましょう!」
相変わらずテンション高めの女性アナウンサーが合図すると――ステージが暗転、ステージ後ろの大型スクリーンにはアスナのバストアップ写真が映し出される。
そしてスクリーン下の通路を中心に、スモークが焚かれた。白いバックライトを浴びながら、二つの人影が通路を歩いてくるのが観客にも見えただろう。
「夢見がちでも少尉です。ロマンチストでいいじゃない!
――さて、そんな乙女な少尉は今回はどんな変身を魅せてくれるのでしょうか!」
何だか妙にリズムの良い紹介を終えると――ステージの準備が出来たらしく、照明にスイッチが入る――。
ステージ上は、オフィスになっていた。それも社長室。
社長机を始め、応接用のテーブルセットとソファー、そして社長机の脇には秘書用のデスクが設置されている。
社長机に座っているのはナレインだ。長い銀髪は紐で纏め、インテリっぽい角ばった眼鏡をかけている。さらにダークスーツを着込んだことで、普段の女性にしか見えない雰囲気はなりを潜めていた。
一方秘書用のデスクで黙々と事務作業を行っているのは、アスナ。
白いブラウスの上にグレーのスーツを着ている。同色のスカートの裾丈は膝より少し上。黒のピンヒールを履き、こちらも眼鏡をかけている。いつも三つ編みにしている髪は、今はアップにして団子状に纏めていた。
「朝澄君、次の会議は何時だったかな?」
ふと、ナレインがアスナに声をかけた。
アスナは作業の手を止め、スーツの内ポケットからスケジュール帳を取り出した。一瞬にしてその日の項を開き、
「十一時に五階の会議室で執り行うことになっています」
無機質な――まるで感情の読み取れない事務的、機械的な口調でそう答える。
「わかった、ありがとう‥‥」
ナレインは穏やかな微笑をアスナに向けたが、彼女は相変わらずの無表情で会釈しただけだった。
直後、ステージが暗転する。
数秒後――先ほどよりもだいぶ明るさを抑えたオレンジ色の光が、再度ステージを照らす。背景セットは夜に変わっていた。
「さて――そろそろ終わろうか。明日も早いからね」
穏やかな笑顔でナレインがそう口にし――それに首肯したアスナが、それまで上げていた髪を下ろす。
それと同時に、どこか妖しげな――ムーディーな曲調のBGMが流れ出した。
つかつかと社長机に歩み寄るアスナの唇には、いつの間にか紅いルージュがひかれている。アスナは決して胸が大きいわけではないが――ブラでバストアップを図っていることもあり、ボタンを開けて寛げた胸元からは妖しさが溢れている。
社長椅子に座ったままのナレインの横に立ったアスナは眼鏡を外し、
「クスッ‥‥夜は長いですよ、これからが楽しい時間じゃないですか」
言いながら、ナレインの頬を撫でる。その微笑も、口調も、撫でる手つきも――全てが妖艶である。
撫でていた手は、やがてナレインの眼鏡をも取った。
「君は――相変わらずだな‥‥」
ナレインは苦笑交じりにそう言いながらも、アスナの腰に手を回した。
「あなたもこの私が好きなんでしょ?」
アスナはと言えば、相も変わらず艶やかな――それでいて挑戦的ですらある言葉を放つ。
そして、二人の身体が、唇が徐々に近づいていき――。
唇が触れ合おうとしたまさにその瞬間に、照明は再度落ちる。
フェードアウトしていくBGMは、演技の終了の証。
ドラマのような演出・シーンに息を呑んでいた観客たちは。
BGMが完全に消え、照明が元の明るさを取り戻したところで大きな拍手を送った。
■
「さて、次は――こちらも、二回目の出場の方です」
そういえば今回は初出場者がいない。正確に言えばいなかったこともないのだが、それは観客には言えないお約束である。
直前の打ち合わせでそのことを知ったアナウンサーは、とりあえずその思考を追い払って司会としての台詞を続けた。
「温和で美形なお兄さんは女性に間違われても仕方なし!?
十年経ったら男前!? ――神無月 紫翠さんのご登場です!」
ライトアップされたステージ上の光景は、本屋。彼の住居でもある書房を細部まで模したものである。
途切れなく――されど落ち着いて働いているのは、紫翠本人。
年が経ったことを表すために多少メイクは施しているが、まだまだ美形の若者で通りそうでもある。ちなみに服装が和風なのは今も未来も変わらないようだ。唯一の違いは、ステージ上の紫翠はエプロンをつけているということ。
やがて、店内に人がやってきた。
「いらっしゃいませ。ごゆっくりどうぞ」
本を整理しながら穏やかな口調で紫翠はそう言ったが――何だか、客の様子がおかしい。
本を探しに来た様子ではない――となると。
「裏ですか? では、奥へどうぞ」
「で、何を調べて欲しいんだ?」
書房の裏の部屋に来た紫翠のキャラがいきなり変わった。怒っているわけでもないのに口調がきつい。
客の男は紫翠に、一枚の紙切れを差し出す。
紫翠はそれを見、目を細める。
「これはまた、やっかいな調べ物だな。時間がかかるぞ?」
面倒そうな口調で言いながらも紫翠は立ち上がり――適当な資料を見漁り、和風の家屋の雰囲気にはそぐわない端末を弄ったりと『調べ物』を進めた。
暫くして資料をまとめ終えた紫翠は、それを客に差し出す。
「手伝うのはここまでだ。後は、自分達でなんとかするんだな」
――礼を述べて客が去った後、再び作業を始める前に紅茶で一服。
「‥‥引退している自分を戦場に引っ張りだすのは、勘弁してほしいものです」
呟く。
その代わりに始めたのが情報屋ともいえる裏の顔なのだから。現場経験があるからこそできることであり、だからこそ多少横柄な態度も取れる。
それから――紫翠は部屋の片隅にある写真に目を向けた。両親の写真である。
「復讐は終わったから――好きにしても、いいよな?」
穏やかな微笑を浮かべ紫翠がそう言ったところで、照明は落ちた。
■
穏やかな余韻の後――照明は灯り。
拍手の後に、アナウンサーが再び司会を始める。
「三番目の出場者は、二回ぶりの登場となるこの方です!」
ちょうどスクリーンに映し出されたバストアップは、菊花のものである。
「姐御肌の和風美人は、十年後は姐御そのもの!?
――桜塚杜 菊花さんの登場です!」
スモークの中から現れた菊花は、純白のウェディングドレス姿だった。
Aライン――なだらかに広がる裾のシルエットがアルファベットのAに見えることからその名のついたドレスは、もとよりウェディングドレスの中でも装飾が派手な方ではない。
ただしそのシンプルさ故に、着る本人が意図する雰囲気も出しやすい。
胸元に大きなリボンが一つついている以外には目立った装飾もない菊花のドレスには狙ったとおりの可憐さがあった。
それはしとやかな歩き方や、とても普段が姐御肌とは思えない――穏やかな笑みのおかげでもあるだろう。
ステージの上にまで来たものの、なぜかスモークは止まなかった。むしろステージの上に来てから心持焚く量が増えた感じさえある。
それを意に介することなく、変わらぬ足取りと笑顔でステージ中央まで来た菊花だったが――突如、それは起きた。
照明が落ち。
「キャァァァ――――――――!」
菊花の絶叫。
再び灯る照明。
――たった一瞬の間に、菊花の姿は見るも凄惨なものになっていた。主にドレスが。
――たった一瞬前まで純白だったはずの晴れ姿は、今は血の色に染まりきっている。
一体何があったのか。
「ふ、ふふふフフフ‥‥‥‥」
血濡れたブーケを携えたまま壊れた笑みを浮かべる菊花に訊くことができる者など、誰ひとりいないだろう。
怖くて。
変身してるー、というよりある種の感動よりも衝撃の方が観客にとって大きかったのは言うまでもない。
確かに変身はしてるのだが。いろんな意味で。
■
「ラスト二人は、これまで毎回出場して頂いている方々となりました!」
もはや見慣れている故の期待か、アナウンサーのテンションは先ほどまでよりも更に高くなった。
「毎回入賞はもはや変化の達人の証!
今回は一体どんな風になってくれるのか!? ――ラウル・カミーユさんです!」
シックな雰囲気のダイニングセットに、夫婦役のスタッフが座っている。
しかもこの夫婦、ただの夫婦ではない。調度のいい家具や優雅な衣装を見るからにそれが分かる。
食事を摂っていた夫婦がフォークとナイフを置いた瞬間――ワゴンにティーセットを載せてラウルが現れた。白いウイングカラーシャツにダークグレーのアスコットタイを着け、更にその上に黒いフロックコート。古くは十六世紀にその歴史が始まり、十八世紀には英国紳士の外出の際の正装として確立もしたれっきとした礼装の組み合わせである。白い手袋を装備しシルバーフレームの眼鏡をかけたラウルは――『十年前』には決してなかった種類の落ち着きを持っている。その態はクールとさえいえた。
「本日はテミ農園より取り寄せました、シッキムティーで御座います」
夫婦――『旦那様』と『奥様』が食事を終えたことを察した『執事』ラウルは、手際のいい手つきで紅茶を淹れ、サーブする。
落ちついた様子で紅茶を飲む二人を、ラウルはテーブルの脇で――感情の読み取れない目で眺めていた。
やがて朝のティータイムが終わり、ラウルは「失礼致します」と旦那様の横に立った。
「本日は十時より本社にて重役会議。
十二時より――男爵とのお食事を同じく本社にて。シェフの出張準備は整っております。
十五時より‥‥」
一切の淀みなく、淡々と旦那様のスケジュールを述べ上げていく。
旦那様が二、三入れた質問にも、ほとんど間を空けることなくスムーズに返答し――何気ない仕草で眼鏡の位置を直すと恭しく礼をし、部屋を退出した。
ラウルが部屋を出て行くと、ステージでも奥の方――部屋とされた方の前にカーテンが下り、ステージ前方のラウルの背景が区切られる。
ラウルはといえば銀製食器が載ったワゴンを出し、食器を淡々と磨いている。
――放浪癖が収まったを含め、若かりし頃の性質も大分なりを潜めている。
住み込みで淡々と働くその様子からは、とても彼が元傭兵だったということを想像することは出来ないだろう。
――が。
「妹が訪ねてくるまで3時間ですか‥‥」
懐中時計を取り出してそう呟いた彼の表情は――それまでのやや冷たい雰囲気とは全く異なる、少しばかりにやけたもの。
隠しきれてないあたり、その辺りの気持ちは今も未来も変わっていないようだった。
■
「最後に登場して頂くのは、加賀 弓さんです!
――穏やかだった新人アイドルは、十年後にはどう生きているのでしょう! それでは――どうぞ!」
ステージ暗転。ただしこれまでと違い、スモークはまだ焚かれていない。
点灯した時には――アナウンサーはまだそこに立っていたし、セットもあまり通常のそれと変わらない。
ただ、ひとつを除いて。
一昔、あるいは二昔前の懐かしき歌番組――その特色でもあるランキング形式のボードのセットが設置されていた。
どうやら時代はまたそこを求めたようである。
第二位までが既に発表済みであり、ジングルとともに第一位の項目がシャッフルされ始める――。
『憧れのミライ / 加賀 弓』
それが表示されると同時――今度こそスモークが焚かれ、弓が入場する。紫に近い色合いの――パーティードレスにも似た、けれど和風のドレスを身に纏っている。
彼女がステージに向かって優雅に歩く最中も、司会であるアナウンサーが歌番組そのもののような前口上を入れていた。
それによると、十年後の彼女はどうやらアイドルユニット【IMP】を卒業し――ソロで歌手活動を行う傍ら、女優としても活動しているらしい。
三十六歳という年齢は衰えではなく、むしろそれだけ実績を積んだという彼女の――『十年前』にはなかった自信の裏付け。
最近は雑誌などでの対談やインタビューの機会も増えているが、その自信に基づいたはっきりとした物言いがまた高い評価を得ているらしい。
やや濃いめの化粧も含め、『十年後』の弓は大人の女性の色気を存分に出していた――そんな彼女の、少しばかり久しぶりの、新曲。
前口上が終わり、照明がいくらか落ちる。
未だ灯っている明りに照らされながら、ステージ中央に立った弓は――。
緩やかなインストゥルメンタルから始まる楽曲に、
「曇ったガラスの向こうのように 遠い明日(みらい)は見えなくて」
声を乗せる。
歌うその声もゆったりとした――けれど、芯の通った声で。
曇ったガラスの向こうのように 遠い明日(みらい)は見えなくて
ただ憧れるだけの 届かない明日(みらい)は
変わらない今日(いま)は ここで終わりにしよう
人は皆変われるはず 希望満ちた自分に
ただ待つだけじゃ駄目だから この先へ進もう
だから行こう 理想の自分目指して
きっとそこにある 憧れの明日(みらい)へ
――。
すっかり聞き入った観客たちは――演技終了を示すかのようにステージが暗転した刹那、これまでより一段と大きな拍手を響かせた。
●結果発表と、その後のこと。
結果。
今回は二位が二人。アスナとラウルである。それぞれ『今』の自分の性格とは対極をいった役柄を演じたことが評価に大きく結びついたようだ。
ちなみに前回同様、アスナは後でこっそり賞金を局に返した。能力者たちに斡旋している立場でもある手前、貰ってしまうのは気が引けるのである。
そして――優勝は、弓。
すっかりベテランの風情を纏った雰囲気もさることながら、まさに今回のテーマ――だけでなく、ひいてはこの企画そのものにさえ見合ったとも言える歌を披露したことも大きいだろう。
これは今回に関してのこと、だが――その『変化』がもたらしてこその弓が唄う歌なのだから。
今後この企画のテーマ自体にも使いたいという話が弓の元に届くのは、それよりほんの少しだけ先の話である。
■
収録終了。
落ちる日は赤く色付き、建物を同色に染め上げる。照らし出された影が歩くにつれて揺れ、帰途とは逆方向に長く伸びる。
向かう先はラストホープ、歩みに言葉はなく――日差しにほんのりと体を照らされながら、UNKNOWNが吐息混じりに言葉を零す。
「王零、君は一体どんな企画を書いてきたのかね?」
無言で王零から差し出される企画書、問いの返事は彼の簡潔な一言で、
「‥‥妻とのラブラブ生活」
「‥‥なるほど」
煙草を照らしたライターをしまい、企画書を受け取り、指先で捲りながら。
企画書に落とされたUNKNOWNの視線が、王零の方を覗く。
「君はいつでも彼女のことを考えてるんだね」
微かな笑いが、煙草の煙と共に漏れた。