●リプレイ本文
渦中のグラナダはイベリア半島でも南方に位置するためか、スペイン北側の大西洋は静かだった。ところによって散発的に戦闘が発生しているという報告こそあるが、海上でHWなどが大挙して襲いかかった、というものはないことからして半島よりも穏やかな状態であることが窺い知ることが出来る。
だからと言って、『大挙して襲いかかる』可能性がゼロかというと決してそんなことはない。そういう世界なのである。
輸送部隊を乗せた輸送艇四機を護るように陣形を組んで、十一機のKVはそんな大西洋上を進み始めていた。
「前線で待つ兵士の為にも必ず物資を届けないといけませんね。
古来から物資が途絶えて、勝った軍隊はありませんから。今度の作戦にとっても文字通り生命線ですし」
榊 刑部(
ga7524)の言葉に対し、仲間だけでなく輸送艇からも無線越しに返事が返ってくる。
刑部のR−01は輸送艇の右斜め前方を航行、その対となる左側には御影・朔夜(
ga0240)が駆る漆黒のワイバーンの姿がある。二機の斜め後ろ――輸送機の真正面にはディアブロと雷電。これらは搭乗者であるレイアーティ(
ga7618)と御崎緋音(
ga8646)によってそれぞれ純白と桃色にカラーリングされていた。
緋音は婚約者であるレイアーティの隣を翔ぶ喜びを噛みしめながらも、
(「ヘルヴォルの名に懸けて‥‥輸送機を護りきって依頼を成功させてみせるっ!」)
そう強く思い、操縦桿を握り締めた。
ナレイン・フェルド(
ga0506)は正直、あまりKVの操縦が得意ではない。
それでもグラナダ戦線の維持に役立つ補給なら、と考えたのが今回の依頼を受けた理由だが――それとは別に心配なことが、ひとつ。
友人でありこの依頼をナレインたちに斡旋した本人でもあるUPC少尉、朝澄・アスナ(gz0064)である。
依頼内容を説明していた時からどうにも様子がおかしい。依頼の出発前も、
「心中に何かおありのようですが、今はこの任務の達成に集中しませんか」
と、現在は輸送艇後方を護衛している大和・美月姫(
ga8994)に不安定さを指摘され――その場ではアスナ自ら気合を入れてはいたものの、空元気であったのは誰の目にも明らかだった。その様子を見守っていた護衛隊のうち、ラルス・フェルセン(
ga5133)やレイアーティは彼女の様子の原因に心当たりがあるらしく何かを考えていたようだったが、ナレイン自身はその事情までは知らない。
ただ自分が出来ることはやっておきたい。だからナレインはその場において
「ア〜ちゃん、一緒に頑張りましょ! 元気よく、ね♪」
優しい笑顔でアスナに話しかけ――時間があれば、またそうするべきだと考えた。
「常に肉眼の警戒も怠るな、ですね‥‥。Mk1アイボールセンサーとはよく言ったものです」
レイアーティの言葉に『そっすねー』という苦笑交じりの返事が返ってくる。集団の最後方右側を飛ぶバイパー改の搭乗者、三枝 雄二(
ga9107)のものである。
「C3、フォー、フライトリーダー、周辺に敵影なし、静かなもんっす。俺たちのいる意味あるんっすかねえ?」
雄二は本来の性分もあってかいたって気楽なもので、操縦中も無線を通じて仲間に話しかけていた。
その喋りの中には任務とは何ら関係のないものも含まれており、それを窘められると
「りょーかい、後は独り言にいそしんでるっすよ」
と首を竦める。
その雄二の左側には、ラルスが駆るワイバーンの姿がある。
コックピットの中で、彼は依頼説明の時にアスナが呟いた言葉を思い出していた。
(「『謝っても謝りきれない』‥‥何方にですか?)
ナレインが予測していた通り、彼やレイアーティはアスナの様子がおかしい理由を知っている。だからこそ浮かぶ疑問である。
誰に、何を謝りたいのか。
それは流石に分からなかったし、恐らくアスナ自身にしか分からないことだろう。
ただそれでもラルスには、そのように悔やんでも生まれるのは負の感情だけだということは分かる。
後悔に囚われることは避けたい――たとえ、感情が理解できなくても、だ。身内の例を見ているからこそ、彼は思った。
――大西洋上は非常に穏やかなもので、敵機と言えば小型のHWが二機ほど現れた程度。
かつ輸送艇は何の被害も受けずに、ビトリアへと到着した。
●傷痕深く残る街
元が広場だったと思しき開けた場所には臨時の離陸場が設けられており、そこに各自輸送艇と機体を止める。
KVに護衛されて運ばれてきたこともあってなのか、金網フェンス越しでは人々が積みだされる荷物を見守っていた。
復興用物資を輸送艇から積み出している間、傭兵たちはそれぞれの時間を過ごす。
朔夜は休憩がてら、街の中を歩いていた。
(「これがイネースの描く破壊、か。成る程」)
報告書には具体的に名は上がっていないが――最近の動きから類推し、彼はこれがゾディアック乙女座、イネース・サイフェルの手によるものだという結論に至っていた。
イネースが描く破壊、彼女自身の言うところの『芸術』の痕跡――街に聳える瓦礫の山は、出来あがってから半年経つ今も崩れる気配を見せていない。依頼を受けた際に聞いた話では『復興が進んでいる』というのはあくまで市政に関し重要な施設の再建築と、生き残った人々の『最低限の』生活水準レベルの話であり、街がかつての景観を取り戻すにはこれから更に数年の時間を要するという。もっともこの時勢、その数年が何事も起きずに過ぎるとは限らないが。
それにしても――。
(「‥‥破壊と創造が表裏一体である以上、破壊にもまた創造と同様の価値があるとは言え――破壊に美しさを見出すとは難儀な話だよ」)
『創造より意義のあるもの』という考えを以ての破壊だとはどうにも思えない――。
朔夜にしてみれば、余りにも刹那的と言わざるを得なかった。
朔夜以外の面々はといえば、休憩を決め込んでいた刑部と文月(
gb2039)を除いた全員が自機の整備・補給と物資運びだしの手伝いを行っていた。
アスナは今回の輸送の監督役も兼ねているらしく、荷物の積み出しを見守っていた。
しかしながらその視線は、輸送艇と街を行き来している――。
「ア〜ちゃん」
自機整備を終えたナレインは、そんなアスナに話しかける。隣には友人である神無月 るな(
ga9580)の姿もあった。
アスナの視線が街へ向いていた時に話しかけたせいか、二人は彼女が――或いは依頼説明の時以上に――暗い表情を浮かべていることに気づく。
「苦しいなら、吐き出してしまいなさい? 内に溜めてると辛いわよ」
そんなアスナを見かねて、ナレインは言葉をかける。
そこへ、物資運び出しを手伝っていたレイアーティと緋音もやってきた。更に少しずつ遅れて休憩中に荷物運び出しの様子を見ていた刑部と、自機整備を終えたラルスが傭兵たちが集まっているのを見て足を向けてくる。
「朝澄君。あの時私達は自分の仕事を最善を尽くして――成功しました。‥‥この街が襲われたのは誰であっても予測不可能でした」
『事情』を知るレイアーティは、真顔のまま言葉を続ける。
「仕方ないとは言いませんが、朝澄君の国で言う所の後悔盆に返らず、です。気にしすぎると大人になった時に良い女になれませんよ?」
もう一応大人なんだけど、と呟いて小さく頬を膨らませた小柄なアスナを、
「大変だったんですね」
緋音が抱きしめ、その背中を撫でる。彼女は運び出しの手伝いをしている最中に、レイアーティに事情を聞いていたのだった。
「アスナさん‥‥貴女の手で護れるモノと護れないモノがあります」
抱擁から離れたアスナに飲み物を渡しながら、るなは言う。
「だから――護れるモノを絶対に護り抜く‥‥私達に出来るのはそれだけしかないのではないでしょうか‥‥?」
アスナは紙カップの中の飲み物に視線を落とした。
「‥‥確かに、そうかもしれないわ。けど」
「私もピレネー越えに関わった者です。――でも、後悔はしませんよ」
アスナの反論を遮るように、ラルスが口を開いた。
後悔などしない。何故なら――。
「全てを救う力なんて、私は知りませんから」
「神ならぬ身ですべてを見通す事は出来ませんし、もう少し自分に力があれば、と思うのは不遜に過ぎませんか?」
続き、事前に件の報告書を読んでいた刑部が説く。ラルスに遮られた時に少しだけ開きっ放しになっていたアスナの口から、う、という呻きが漏れた。
「少尉は自ら出来る事を為した。それでは自分を許せませんか?」
問われ――アスナは少し考えた後、首を縦に振る。
刑部はその答えを待っていたかのように言葉を続けた。
「ならば、自分が許せるようになるまで自ら為すべき事を為して下さい。
――おそらく、それしかないはずですから」
「‥‥ん」
アスナは一度視線を落としてから顔を上げ――そこに集っていた者たちの顔を順々に見遣る。
正直、ここまで言われるとは思っていなかったのである。自分はそんなに分かりやすい状態にあったということに、今更ながらアスナは気づく。
でも、だからこそ――今一度、『自分が出来ること』を考えることができる。
だから、
「ごめんなさい。‥‥ありがとう」
頭を下げ、告げる。
その口調からは、少なくとも先ほどまでよりは暗いものが薄らいでいた。
●戦乱れる最中の地へ
復興用物資の運び出しと補給を終え、ビトリアを発ってから暫くし。
全員ほぼ同時に頭痛が起き、またレーダーが狂い始め――更に少々の時間をおいて、遠い空にいくつもの機影が見え始めた。
数は大型HWが三、CWは多すぎてすぐにははっきりしないが、少なくとも二十はいる。
自由に動き回ることのできるKV戦力は輸送艇護衛から離れられない四機を引いた七機。CWが与える精神的ダメージを踏まえると、少々面倒な戦いである――。
もっとも早く動いたのは朔夜だが、先制攻撃を仕掛けたのはKV兵装のどれよりも射程の長いプロトン砲を持つHWだった。
スラスターライフルの射程圏内進入よりも早く乱れ撃ちされ始めたプロトン砲の雨の中を、朔夜のワイバーンはその機動力を以てかいくぐって行く。掠めてコックピットにも僅かに衝撃が走ったことはあったが、第一の波状攻撃が終わるまでに直撃を受けることはなく、
「その程度で私を捉えられると思うなよ」
挑発のようにも聞こえる呟きを漏らし、牽制のスラスターライフルを放ちながら更に接近する。
その後方にいた輸送艇を含む各機も、その頃には距離を詰めていた。ただしKVのほとんどは輸送艇からは離れていないが。
「つッ‥‥――厄介な頭痛ですが、この程度で怯む訳にはいきませんね」
文月は頭を振り痛みを追い払うと、高分子レーザー砲を起動する――放たれた三本の光線がそれぞれ空を舞うCWに直撃し、三つの小さな爆発が空に奔った。
彼女だけでなく、輸送艇横や後方にいたKVの攻撃の狙いはCWにある。
「来ないで! あなた達に渡すモノは何もないわ!」
ナレインはそう叫ぶと、アンジェリカの特殊能力――エンハンサーを起動させ、直後にレーザーの引き金を引いた。威力を増した光線がCWに襲いかかり、更なる爆発を空に生む。
先制がHWの波状攻撃ならば、反撃は傭兵たちのバルカンやレーザー、ミサイルによる波状攻撃だった。
「C3、スプラッシュ、ざまあみろっす!」
CWにミサイルを命中させた雄二が思わず小さくガッツポーズを作る。
その頃には空の景色はだいぶ様変わりしていた。KVの手数の多さもあり、三分とかからぬうちに全てのCWの撃墜に成功したからだ。今雄二が倒したのが最後である。
勿論その間にHWからのプロトン砲やフェザー砲の攻撃を各自受けはしたものの、輸送艇には被害を与えていない。
そのHWには、朔夜と――同じく最前衛にいた刑部と、ロッテを組んで動くレイアーティと緋音が迫っている。
CWが居なくなろうと、一度降り注ぎ始めたプロトン砲の雨は止むまでその激しさを弱めることはない。
ワイバーンのコックピットに疾る、衝撃。
「‥‥ッ、被弾‥‥か。やれやれ、私もまだまだと言う事か」
距離が近づくだけ砲撃を避けるのは難しくなる。朔夜は一瞬だけ苦笑し、すぐに思考を切り替えた。
もはや敵は目と鼻の先――ソードウィングでさえも射程圏内である。すれ違いざまにコーティングされた翼での一閃を浴びせ、HWの背後まで来ると角度を変えてもう一閃。更にそのHWの中心に美月姫が放ったスナイパーライフルRの弾丸が命中し――援護のつもりで放ったその一撃が、結果的にはHW爆散の引き金となった。
残る二機にも、接近戦と遠距離――両方からの攻撃が浴びせられていた。
「あんまり使いたくないけど‥‥仕方ないかなぁ」
緋音はそうぼやきながらもアクチュエータを起動、更にその状態で8式螺旋弾頭ミサイルを放つ――。
ミサイル先端のドリルがまずはHWの装甲を突き破って食い込み、そこから小爆発。それでも未だ堕ちないHWに、レイアーティのディアブロが迫っていた。
ソードウィングにより深く刻まれた装甲の傷の内部から、激しい爆発が起き――レイアーティはそれを尻目に、最後に残った一機へとレーザーの照準を向ける。
最後のHWはしかし、彼が引き金を引く前に堕ちることになった。残り一機になったことで後方のKVの援護がそちらへと集中したからである。
そして――
「これで終わりです!」
小爆発を引き起こしていたHWに対し、もっとも近い距離にいた刑部がミサイルを叩き込んだ。
■
消耗を引き起こした戦闘は幸いそれきりで済み。
後は順調に航行を続け――。
「最終目的地到着、任務完了っす!」
マドリードの基地に着陸すると、雄二は高らかに宣言した。
補給物資の運び出しを手伝いながら、ナレインはある箱にそっと私物――柿ピーチョコを忍ばせた。
「たまにはお菓子食べたくなるものね♪」
グラナダを巡る戦線も大きく動こうとしている。それだけにその欲を楽しむ余裕もまた必要かもしれない。
ちなみに着陸したKVの影では、緋音がレイアーティを抱きしめていた。ビトリアでアスナを抱きしめた際、婚約者である彼にも後でする、と言ったことを実行しているのだった。
「グラナダはどうなるでしょうか」
文月が呟く。
彼女が見つめる空の先では、今も激しい戦闘が行われているはず。もうすぐ自分もそこへ向かうことになるだろう。
「‥‥どうなるもこうなるも、成すべきことを成したなら結果はついてくるんじゃないかしら」
半分は受け売りみたいなものだけど、とアスナは自分が言ったことに苦笑した。
そう――たとえ戦争の最中で後悔を伴う失敗をしてしまっても、それならそんな自分を許せるようになるまで事をなした方がいい。
或いは全てのことが、そうなのかもしれない。