●リプレイ本文
見晴らしの良い山道を往く、人型変形済みのKVが十機。
「今回は蜘蛛退治か‥‥前のゴーレムよりは楽っていうわけにはいかないね」
ディアブロを駆るアセット・アナスタシア(
gb0694)は、少し前の戦いの記憶を思い出しながら呟く。
蜘蛛という単語に反応し、リディス(
ga0022)が口を開いた。
「蜘蛛か――以前にも蜘蛛とはやりあったがあれとは違うんだろうな、聞く限りでは」
これまでにも何度か蜘蛛の類のキメラとは戦ったことがあるのだろう。「これを退治したら蜘蛛退治の専門家として仕事が来るようになったりして、な」と言って苦笑する。
「この忙しい時にまた生理的に厄介なのを‥‥」
飯島 修司(
ga7951)はディアブロのコックピットでそう言って顔をしかめ、それから同行する機体の中にいるであろう傭兵たちのことを考える。
十歳前後と思しきアセットを始め、修司から見ると『若い』者が多い。
如何様なる戦場でも死力を尽くして戦う理由が「彼らに平和を手渡せなかった世代だから」というのは傲慢なのだろうか、と少しばかり自問自答した。
――傲慢だとしても、どのみち譲れない理由ではあるのだ、が。
「あれですか‥‥」
最初に群がる蜘蛛の姿を見つけたのは、アンジェリカに乗っているシン・ブラウ・シュッツ(
gb2155)。
情報通り、七匹の蜘蛛は現在十機のKVがいる位置から傾斜を上に上っていったところで陣を張っていた。
「上から見下されると――無性に引き摺り下ろしたくなるんですよね‥‥」
シンはこれで相手がキメラでなければ或いは不穏にも聞こえる言葉を、ぽつぽつと呟く。
「うわぁ‥‥きもぉい」
戌亥 ユキ(
ga3014)はコックピットの中で思いきり嫌そうな顔をする。
何度見ても蜘蛛だ。一匹だけ背中に異物を積んでいるのがいるものの、それも含めて間違いなく、蜘蛛だ。
「七匹って‥‥足全部で何本あるの〜? きもすぎだよー」
疑問を投げかけつつ数える気はないらしい。嫌そうな表情のままながら、傾斜を利用して何か裏をかいてきはしないかと警戒を強めた。
「バグアめ、また奇妙なキメラを送り出してきたね〜。コレも裏切り者の入れ知恵か〜」
その『異物』――背中に大口径ガトリング砲を積んだ一際大きな蜘蛛を見据え、ドクター・ウェスト(
ga0241)は毒づく。
「クモ七匹、倒せるかな?」
「倒せるか、じゃない。倒すんだよ。糸の強度が気になる所だが‥‥ま、そろそろやるか」
ヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)の言葉に対しファルロス(
ga3559)がそう答え――ついでに戦闘開始を合図する。
――即座に、陣形を組み。
「こちらA班アクティブアタッカー‥‥B班のみんな幸運を祈るよ」
「そちらも」
A・B班それぞれの前衛を張るアセットと修司の短いやり取りを最後に――戦局は、動きだす。
●白き拘束を切り抜けて
はじまりはけたたましい銃声。
ただし蜘蛛のものではなく、修司の長距離バルカンのものだ。それが止んでから間髪置かずに、今度はアセットの突撃仕様ガトリング砲の銃声の嵐が鳴り響く。
そのどちらも、銃弾の雨を伴って。
それもあって蜘蛛たちは、十機――特に前衛の四機が猛然と接近してきていることに気づいた。
最も近くにいた二匹の蜘蛛が白いモノを吐きだす。高々と打ち上げられたその白は、傾斜も相俟って飛距離が伸びる。
「おおっと危ない〜」
B班のもう一人の前衛であるウェストのバイパー改のすぐ横に、そのうちの一つが落下する。塊の状態で射出される上に落下地点は地面だったので、バイパー改自体には何の被害を及ぼさずに済んだ。
残りの白の第一射は、最前衛の四機が通過した後にその経路上に落下した。
そのうちの一つが、その場に無残な状態で散らばったままの戦車の残骸にぶつかる――。
――蜘蛛の巣の糸となるべく割れる音は布地でも広げるかのような乾いたものだったにも関わらず、残骸と地面に根を張っている辺りは粘着性が強いようにも見えた。
最前衛の四機もそうだが、二つの班に分かれた傭兵たちは班ごとに左右で列を作って立ち向かっていた。
糸がまき散らされたのは、ちょうどA班後衛陣の射線上。しかし――
「それでも!」
A班の最後衛にいた飛田 久美(
ga9679)が叫び、手元のトリガーを引く。R−01改が構えた長射程を誇るスナイパーライフルD−02の弾丸は射出後、キメの粗い糸を容易く通過し――小蜘蛛の胴体に命中した。傷はそれほど深くないようだが、それでも蜘蛛はやや慌てたかのように足をばたつかせ――再度糸を吐きだす。
見えていたのか、それとも本能か。
吐き出された白塊は先ほどよりも高度があり、絶妙な角度で中空を舞って落下軌道に入る――その落下地点には、久美より十メートルほど前にいるヴァレスの雷電。
「うわっ」
いきなり舞い降りた白塊に対しガトリング砲で迎撃を加えるが、命中精度は良くなかった。更に十メートル前――A班後衛陣の一番前にロレンタ(
gb3412)がいることもあり、射程の長さが想定外だったのだろう――糸が人型形態の雷電の機体全体にびっしりと――同時に地面にも根を張り、纏わりつく。
「面倒なことしてくれるじゃない」
すかさずロレンタの岩龍が反転、雷電の傍まで移動するとディフェンダーで絡みついた糸の根元を斬り払う。
「ありがと!」
幸いすぐに自由になったヴァレスは礼を言い、ヘビーガトリング砲の砲身を粗い障壁越しの蜘蛛へと向ける。
「そぉれ今度はこっちだ!」
吐き出された弾丸の雨の一部は障壁に纏わりつかれたものの、障壁を超えてなお十分な威力を伴って蜘蛛へと降り注ぐ――!
一方B班後衛。こちらは幸い、A班の方にまき散らされた糸の邪魔は受けていない。
邪魔を受けていない理由は運が良かっただけではない。
「いっけぇー!」
後衛の中では一番前にいるユキが叫びながら放った20mmバルカンの標的は、ちょうど姿勢を変えていた蜘蛛だった。
『蜘蛛が口を上にあげた時が、糸の射出タイミング』――シンから全機に向け情報が放たれたのはその直前だった。彼も前衛に向かっている手前、流石に予備動作の所要時間まではカウントする余裕はなかったが――その合図さえ分かれば、よく動きを見極めることで阻害はずいぶんと容易いものとなる。案の定、ユキに狙われた蜘蛛は慌てて態勢を元に戻す。
「そのまま黙っててもらおうか」
ユキの背後――こちらもやはり十メートル間隔で位置しているリディスとファルロス、型番だけが違う二丁のスナイパーライフルが続けざまにその蜘蛛に命中し――蜘蛛が倒れかける、と。
それまで沈黙を保っていた大蜘蛛が頭をもたげ――KVが持ち得るそれよりも遥かに口径の大きなガトリングの砲身が、B班の方向に向けられて。
これまでよりひと際けたたましい銃声、と、弾丸の嵐が吹き荒れる――!
「うお‥‥っ」
「怖っ――っていうか前の人たち大丈夫ー!?」
防御手段こそあまり考えていなかったものの、後衛は距離があったことから被害は大きくはない。
むしろ心配なのは、直撃に等しい前衛――ウェストのバイパー改と修司のディアブロである。
●
「――思った以上に強烈ですね」
修司が唸る。
小蜘蛛の耐久力はそれほど高くなく、早い段階でウェストや修司――B班のもっとも近くにいる一体を沈めていた。二体目に迫ろうとしていたところで――嵐発生。
機体にはダメージはそれなりに受けたが、損壊、というにはまだ遠い故にアラートもすぐに鳴りやむ。ウェストに関しては、ちょうどメトロニウムシールドを構えていたタイミングだったということもあり被害は修司よりも小さい。
まだまだ戦える――そう判断した時に、左側で戦っていたアセットとシンも一体目の蜘蛛を大地に還らせた。
陣形に穴、すなわち大蜘蛛に接触できるルートを作るまいという防衛本能か。六角だった陣形が四角になったことに気づいた残りの小蜘蛛たちが――大蜘蛛を取り囲むように陣形を組みなおしながらも、糸を吐きだす。
狙いは正面――だがそれ故に分かりやすい。A班の前の蜘蛛はアセット、B班の方はウェストに向かったその塊を、二人はそれぞれ機剣「黄龍」とヒートディフェンダーで素早く切り裂いてかわした。
ついで生まれる蜘蛛の隙――。
「周りから崩すのは城攻めの基本だ」
シンが冷静に呟いて、ビームコーティングアクスを振るう。
斬撃の軌道上には、蜘蛛の脚数本。一度に切り裂かれて蜘蛛が体勢を崩すと、アセットがマシンガンで避ける術のない弾丸の雨を降らせた。
三角――否、それからほとんど間をおかず、B班の方も後衛のリディスが放ったライフルの弾丸で一匹が沈み、これで大蜘蛛を囲う陣は消滅。
直後にまた大蜘蛛がガトリングを構えた。
流石に追い込まれつつある状況に危機感を覚えたのか。一射目をA班の方角――班全員が入る角度に向け放ったかと思うと――巨体に似合わぬ俊敏な動きで身体の向きを変え、今度はB班全員に向けて雨を降らせる。
更にはその攻撃を防いでいる隙を縫った小蜘蛛が前衛の背後にまわり、
「うおっ!?」
叫びをあげたのはシン。後ろから脚で突き飛ばされたのだ。B班の方ではウェストが同様の被害に遭っている。
ただし――後ろに回り込んだということは、大蜘蛛までの道を遮るものがないということ。
「ここで振るわずどこで振る――ターゲットインサイト!」
小蜘蛛の狙いが自分にはないことを瞬時に確信したアセットは迷わず大蜘蛛に肉薄、機剣を横薙ぎに一閃する――!
大蜘蛛の胴体右半分に深い裂傷が生じ、ガトリング砲の重みもあって姿勢が傾く。更に、
「これだけでかい図体だ、脚をやられれば只では済むまい」
ファルロスが高分子レーザー砲を用い、蜘蛛の足の数本を焼きちぎると、いよいよ立ったままの姿勢を保てなくなった蜘蛛は横倒しになった。
それでもなお大蜘蛛はガトリング砲を発射するものの、焦りと痛み故か命中精度は極めて悪かった。目の前にいたはずのアセットのディアブロにだけ、しかも僅かな損傷しか与えていない。
前衛の背後にまわった小蜘蛛たちも、距離が近づいたことで後衛陣の格好の的になっていた。
「予定とはちょっと違うけど――いけっ!」
久美がライフルの引き金を引き、瞬後にその衝撃は蜘蛛の目の辺りに与えられる。
本来の作戦では小蜘蛛を殲滅してから大蜘蛛を倒す手筈だったが、前衛がわざわざ背後のキメラを相手にするようでは逆に大蜘蛛に対して隙を与えることになる。大蜘蛛が立てないとは言えそれは危険である。
だったら、今のうちにここで後衛陣で小蜘蛛を倒してしまった方がいい――。
そう考えた能力者たちの攻撃は一気呵成に叩きこまれ、間もなく二匹とも動かなくなる。
そして、大蜘蛛に対してのチェックメイトはウェストの渾身の一撃。
「爆熱! バニシングナッコォー!!」
●拓かれた山の先
「科学も道具も使い手次第、ね。堪ったものじゃないわ」
転がる七つのキメラの残骸を眺めつつ、ロレンタは溜息をつく。
彼女の岩龍の横、ディスタンのコックピット内ではリディスが軽く髪をかきあげる。
「やはり明日から蜘蛛退治の専門家を名乗るべきか?」
なんてな、と自ら苦笑した。
「‥‥あーあ、終わっちゃったか」
相変わらず離れた場所で戦局を見守っていたレイチェルは苦笑する。
「ま、いくら武器を積むことが出来たってそれを生かしきれなきゃ‥‥ね。キメラも、人間も」
その点バグアという人種は違う。強化人間も、ヨリシロも、もちろん元来の意味でのバグア人も。
ヨリシロとして第二の生を得たレイチェルはそう思う。
「――まあ、そろそろ動かないと怒られそうだしね」
そう言って彼女のゴーレムは、人知れず踵を返した。