●リプレイ本文
●体験前
能力者たちはそれぞれ、シミュレーターのポッドの前に立っていた。
「ヤンデレとは凄いものを作っちゃいましたね‥‥」
端末を操作しながら、原田 憲太(
gb3450)はそんなことを呟く。
「ボク、美青年とかぶっちゃけどうでも良いんですよねぇ。‥‥人間、大切なのは心ですから‥‥、お肉を奢ってくれる寛大な心が‥‥ね」
芹架・セロリ(
ga8801)はぬいぐるみの頭を齧り、設定に悩む。
悩んだ末に――設定を終えぼけーとしている夜十字・信人(
ga8235)を見遣る。
――閃いた。
口元に浮かぶ笑みは、誰がどう見ても黒かった。
未だ設定を続けていた雄人だったが――不意に、寒気すら覚える視線を感じた。
(「――な、なんだ?」)
戸惑いながら周囲を見回す。
「‥‥気のせいか」
何だったんだ、と考えながら設定に戻る雄人。
設定を続けている振りをしている崔 美鈴(
gb3983)がその視線の主であることに――彼は気付かなかった。
そして、シミュレーターが起動される。
電脳世界にログインした彼らの視界が開けた時――のどかな公園を背景に、キメラが立っていた。
●男性陣の場合・その一 ――スパナとバイクと機関銃――
「お、お前は‥‥サー‥‥いや違う‥‥!
違うよな!? 違うって誰か言って!」
『なんとかなるだろ』くらいの心持でいたヴォルク・ホルス(
ga5761)だったが、目の前に現れたキメラの姿を見て愕然とした。
キメラは眼鏡をかけていた。髪は緑色かつポニーテールで、豊かな胸を覆い隠すように白衣を羽織っている。
『サー』は医者か、それに類する何かが職業だったらしい――が、持っているものが異常だった。
右手の注射器はいいとして、左手のスパナと背中に構えた百トンハンマーは何ですか。
「ま、待って、待ってくれ!」
注射器を構えるサー。ヴォルクは彼女に背中を向け、広場の中を逃げ始めた。
ついでにバナナの皮を彼女の方へ放り投げる。その時、予想外のことが起こった。
『大人しく注射を受けなさい』
「喋れるのかよ!?」
考えてみれば、行動だけでヤンデレっぽい感情表現をするのはちょっと難しい。
『大丈夫よ。すぐにラクになるから‥‥うふふ』
笑い声が怖いんですけど。
が、それを指摘してどうなるものでもない。サーはバナナの皮にはまったく滑らずに追いかけまわしてくる。
「くっそ! アイツなら‥‥きっとこれが弱点だろ!? 喰らえ!」
ヴォルクは反転、懐からほうれん草を取り出す。
濃緑がまばゆい太陽に照らされ――キメラの動きが止まる。
効いた。このまま畳みかけようとも思った時――
『何で‥‥何でそんなことをするの?』
見たくもないものを見たかのように、サーは視線を逸らす。
だが、それも一瞬のこと。
『貴方のためを思って注射しようって言っているのにぃー!』
「う、うわあ!?」
とうとうハンマーを振り回し始めた。
再度逃げ始めたヴォルクだったが、このままでは埒が明かないのは分かっている。
「えぇい! これは本物じゃねぇ! やってやるさ!」
意を決してサーに向き直り、ほうれん草を構えたまま突進する!
「うぉぉぉぉ‥‥ぉ?」
――が、途中で足が滑った。原因は自分で投げたバナナの皮。
そのまま仰向けに倒れた彼の視界に、凄惨な笑みを浮かべたキメラの姿がある。
『さぁ、注射の時間ですよ‥‥』
緩やかな狂気を纏うその言葉と、腕に突き刺さる感触が――彼がシミュレーターの中で最後に体験したものだったという。
「ひぃ、有刺鉄線はやりすぎたかな!?」
山崎・恵太郎(
gb1902)はヴォルク同様、逃げながら叫ぶ。なんか口から煙を吐いていた。
電脳世界のキメラでも女の子に好かれるのは悪くない、とは思ったが、やっぱり性質は悪かった。
彼を追いかけまわしているのは、バイクに乗った女性だった。ヘルメットのせいで顔は見えないが、艶やかな長い黒髪を背に流している。身を包んでいるのはレザースーツである。
有刺鉄線とは、バイクの背面、側面についているものだ。しかも触れると電流が流れるという。
バイクの攻撃方法は突進と、正面に備え付けられた二つの機関銃であるため、横に逃れれば隙はあるのだが――攻撃するたびにどうしても電流が直撃してしまう。煙を吐いているのもそういう理由だ。
『何で逃げるの?』
機関銃の弾丸の雨が降り注ぐ中であるにも関わらず、キメラの声はよく響いた。
『こんなにも好きなのに』
証明が機関銃ぶっ放しであるあたりかなりどうかしている。
恵太郎はまた身をよじらせ、側面に回り込むべく疾走する。
こちらの被害も酷いが、それ相応の傷は既に与えている――とどめだって刺せるはずだ。
向きを変えた彼は竜の翼を用い、バイクにまたがるキメラに肉薄――バイクのフロントを蹴って、
「くらえ、必殺! スーパーDXナイトイリュージョン!」
竜の爪を用い、キメラの身体を引き裂く――!
生命活動を止めたキメラは、電脳世界らしく一瞬にして消え去る――。
「あ〜、怖かった。もうヤンデレはこりごりだよ」
勝利の安堵に浸る恵太郎だったが――不意にエンジン音を耳にし、嫌な予感を感じながらそちらを見る。
嫌な予感、当たり。
「えーっと、倒したはずなんだけどなあ‥‥」
冷汗が流れる。
誰かが負けた皺寄せが来たらしい。
けれど、また同じ相手をうまく対処するだけの余力は――恵太郎には残されていなかった。
●男性陣の場合・その二 ――ナイフと鉈とザ・ビッグシザー――
(「――我ながら滑稽だな。こんな場所でまで彼女の影を追い求めるか‥‥」)
御影・朔夜(
ga0240)は目の前に現れたキメラの姿を見、思わず苦笑する。
その姿は――ゾディアック乙女座、イネース・サイフェルのもの。彼女が画家である故か、今はペインティングナイフを手にしていた。
それにしても――ほぼ衝動的に指定したとは言え、実際それが目の前に出てくると色々考えざるを得ない。
(「別に彼女を殺したい訳ではないのだが‥‥」)
『‥‥いきます』
キメラがペインティングナイフを構え、朔夜に向かって疾走する。
口調などは現実のイネースと同じだが、今はその頬に朱を散らしていた。此処まで思われたいのだろうか――朔夜はそんなことを一瞬考える。
結論が出るのは早かった。口元から、うっすらと微笑が洩れる。
(「‥‥確かにこれ以上はないだろうよ」)
現実の彼女は届かない星であり、自分はそんな彼女を想ってばかりいるのだから。
ただ実際問題、今この場を切り抜けるにはその想いが逆に厄介だった。
躊躇う、のだ。彼女の姿をしているキメラを撃ち抜くことを。
更に悪いことに、現実の朔夜が重傷であるせいかこちらにおいても弱っている。
だが――みすみす負けて終わるつもりは、ない。
避けることもせず。
イネースが手にしたペインティングナイフの切っ先が、朔夜の胴体に突き刺さる。
意識が遠ざかり始める中――
「‥‥悪いな」
それでも朔夜は自分より少し背の低いイネースの身体を抱き竦め――こめかみに、避けようもない一射を放つ。
キメラの姿が掻き消える。
朔夜はそれを見送ってから、咥えていた煙草を放り投げた。
「――全く、我ながら有り得ない展開だな‥‥。然も、それでも既知感を覚えずにいられない事が、忌々しい‥‥」
意識がいよいよ遠のく中、朔夜は呟いた。
憲太は余裕を見せながら広場から西側の歩道に入った。
「ふふふ、出てきたら返り討ちにしてやりますよ」
どっからでもかかってこい。
そう言いたげな気配を醸し出しながら、憲太はずんずんと歩を進めていく、と――。
「‥‥きたっ」
突如、すぐ横の木々の陰から――長い黒髪をなびかせた美女が躍り出てきた。
その手に握られているのは、鉈。ついでに顔にはホッケーマスクを被っている。
ひとまず開けた所に出て戦闘をしよう。憲太はすかさず踵を返し、追ってくるキメラを振り切る――が、
『アイシテルゥゥ‥‥』
広場に出かかったところで、またキメラが木々の陰から現れたのだ。
っていうか。
「これってヤンデレじゃないっ! ただの殺人鬼やっ!」
鉈をぶんぶんと振り回しながら愛してると叫ぶキメラ。
過去に見た映画で抱えたトラウマが蘇り――憲太は戦うことも忘れ、ひたすら逃げ回る。
逃げ回った先には、信人の姿があった。
「む? アスナ? ――君もシミュレーターに入っていたのか?」
どうやら彼の目の前にいるキメラの姿は、彼の恋人に設定されているらしい。
構っている暇はない。憲太はそのまま逃げ続けた。
一方、信人。
目の前には恋人である朝澄・アスナの姿がある。その手には、小柄な体に不釣り合いなほど大きな鋏が握られていた。
「‥‥別にヤンデレ相手に浮気などしないぞ。心配になったのか? 可愛い奴め――って、あれ? 何でぼくの首にザ・ビッグシザーが?」
信人の首を挟み――少し力を入れればちょん切れてしまえそうな状況を作り出すアスナキメラ。
『信人さん、大好きよ。だから‥‥このまま、私の『モノ』になって?』
「ちょっとまって、話し合おう!」
まだこれが本人ではないことに気がついていないらしい。間一髪鋏を逃れ、逃げだす。
「ジーザス!」
叫びながら走る、走る。時折後ろから鋏が風を切る音が響いた。
「もしかして、メイド服着せたこと!?」
「いや、水着の方か!?」
「俺が悪かった! KV少女アスナジェリカはやり過ぎだった!」
一体恋人相手に何をやってるんでしょうかこの人は。
――ともあれ、逃げ続けていた信人だが――不意に同じように逃げている憲太の背中が見え、ついでその背を追うキメラの姿が――。
「‥‥そうか、そういうことか」
その姿がアスナであることに気づき、信人はようやくこれがシミュレーターであることを思い出す。
ゆらり、と、追ってきたアスナへと振り返る。
「俺の心は‥‥良い。――しかし‥‥アスナの外見まで弄んだな‥‥」
信人は鋏を鮮やかにかわし、最上段からキメラの身体を真っ二つにする。
「せめて、俺の手で眠れ。愛しき人の偶像よ」
――偶像と言えば、さっきのも。
信人は憲太を追っていたキメラも背後から急襲して止める。ヴォルクと恵太郎が討ちそこなったのも、二人がかりで片づけた。
●女性陣の場合 ――何でこっちにもヤンデレがいるんですか?――
「流石に同じ顔が五つは――萎えんか?」
秘色(
ga8202)はげんなりとした表情で、目の前に立つ五体のキメラを見遣る。
イケメンキメラ――その姿は、五年前に死別した彼女の夫のものだった。ちなみに後光を放っている。
目が眩み――同時に、意識が少しぼんやりとし始める。誘惑だろうか――そう気づき、もっていかれるのを堪えた。
ただ、折角なので‥‥。
秘色はぐたり、演技でその場に膝をついた。
案の定、ますます誘惑をかけるつもりなのかキメラのうちの一体が彼女の身体を支える。
「ちと肌寒くなってきたのう。‥‥上着をかけるとか、気を利かせぬか」
徹底的に誘惑した後でとどめを刺すつもりなのだろうか。キメラは素直に、自身が着ているコートを彼女に羽織らせる。
しめた、と秘色は思った。
「あー、喉が渇いたのう。何ぞ買って来てくれんかのう」
もう一個頼みごと。
それがちょっとばかり遅くなると、
「自販機が遠かったから、じゃと? 言い訳するでない!
ツラだけで人生上手くいくなれば、皆整形しておるわっ!」
説教をかます。生前の夫を相手にするかのように秘色は楽しんだ。
――が、流石にへたれ具合まではシミュレーターではマネし切れないらしく、やがて飽きてきた。
スコーピオンによる掃射で、さっくりと四体を片づけ――。
■
セロリの目の前に現れたキメラ。それは――。
「うわ! すごいのが来たー!!」
赤・青・黄色・緑・ピンク――五色のタキシードに身を包む、信人の姿。タキシード戦隊?
ひとしきりげらげらと指をさして笑った後、セロリは現実世界でそうしたように笑みを黒いものにするを。
「てか、何か生意気じゃね? 後光とか、生意気じゃね?
‥‥よし、ボクが――ホントに仏様にしてあげるよ‥‥」
百トンハンマー、こちらでも登場。
セロリの背中で、黒い炎のようなオーラが立ち上り――キメラのうち一体を、横殴りに吹っ飛ばす。
■
(「電脳世界に興味はないけど‥‥ちょっとドキドキしちゃうなあ」)
考える美鈴の目の前に現れたキメラの姿は――雄人のもの。どうやらこの少女、雄人に並々ならぬ情念を覚えているらしい。
目の前とは言え、美鈴は今木々の間に隠れているためかキメラは気づいていない。
都合がいい状況――それを利用し、二体を電脳世界から葬り去る。
そんな中――美鈴の目に、他の仲間たちの姿が映って。
――にやり。
仲間たちの暴れっぷりを見、何かのスイッチが入った。
■
そして、三人と八体のキメラが、戦場に揃う。
数は圧倒的不利。だが――。
「わしを残して逝くくらいなれば、わしが逝かせてやるわ‥‥これがわしの愛――受け取れい」
秘色が蛍火を振り払い、
「確かにイケメンなのは認めよう。‥‥しかし、中身が変態ではな! ブッリリアントー! 数だけは多いゼ!」
「あははっ、どんな風に啼いてくれるのかなあっ!」
セロリと美鈴に関しては完全に壊れている。
それぞれハンマーと爪を振り回し――秘色とも連携しキメラを蹂躙する。
まさにヤンデレ無双。
●体験後
「設定を間違えたー。やり直しを要求するー」
悔しかったのか、シミュレーターから出てくるなり憲太は言う。
「あぁ‥‥いい‥‥と怖い夢を見た‥‥」
こちらはヴォルク。あれ、良かったんだろうか。
「さて‥‥次はどんなコスプレをしてもらおうかな」
懲りる様子のない信人は――こそこそとその場から逃げだそうとしているセロリの姿を見つける。
「どうした、ロリ」
「‥‥何でもないよ?」
その割に自分を見る顔が物凄くひきつっているのは何でだろう。後で問い詰める必要がありそうだった。
皆に一通りフルーツ牛乳を振る舞った後、美鈴は雄人に近寄った。
「はい、お疲れ様♪」
何故かきょどっている彼の様子を気にしないまま、タオルをかけ――鞄からホットドリンクを取り出す。
――が、そのパッケージ――の、ULTショップを切り盛りしている某少女特製という文字――を見た瞬間、
思いきりそれを床に叩きつけた。
「ごめんね! 他の女が作ったのなんて飲めないよね?」
そんなことを言って、雄人にラムネを差し出す。
「‥‥どうしたの?」
雄人がなんかちょっと青ざめていることに気づき、美鈴は首を傾げる。
「‥‥いや、何でもないぜ」
彼はふるふると首を横に振った。
彼がシミュレーターで見たキメラの姿と言うのが、目の前にいる少女だったというのは誰も知らない話。
設定間違いが、ある意味あまり間違いでなかったような気がしてならなかった。