タイトル:【お節】タマゴの憂鬱マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/12/24 22:34

●オープニング本文


 UPC本部食堂――それは、軍人、事務職員、傭兵たちのみならず、広く一般にも利用されている、一種の社員食堂である。
 そんな食堂の秩序を守り、纏め上げている人物――それが、飯田 よし江(gz0138)であった。

「いえ、ですから、無理です!」
「無理や無理やってアンタ、上に言うてもおれへんのに、やってみなわからへんやないの!」
 先生だって走り回っちゃう師走のある日、ヒョウ柄のセーターに身を包んだよし江は、UPC本部内の経理の姉さんに詰め寄っていた。
「傭兵の子らだって、今年は戦い通しやったやないの。労ってあげなアカン!」
 迫るヒョウ。タジタジで身を引く経理の姉さん。
「まあ落ち着きなさい。何の騒ぎですか」
 その様子に、偶々通り掛かったハインリッヒ・ブラット(gz0100)准将が、何事かと仲裁に入った。
「ブラット准将! はあ‥‥実は、ULTに依頼を出そう思てるんですけど、承認が下りへんのです」
「依頼? どのような依頼ですかな?」
「それが、オセチの食材集めなんですわ」
 准将を前にして、少しずつ事情を話し始めるよし江。
 戦い赴く度、傷ついて戻ってくる軍人や傭兵たちに、せめて新年くらいは明るい気持ちで迎えてほしいと、食堂でオセチを出したいのだということ。
 そして、折角作るなら、皆で協力し合って各地の食材を集め、豪華なオセチにしたいのだということも。
「なるほど。偶には、そのような催しも良いかもしれませんな。兵の士気も上がる事でしょう」
 ブラット准将は、根気良くよし江の話を聞き終えると、一つ頷いてそう口にした。
「えっ‥‥ほな‥‥!」
「わかりました。私が承認し、ULTに食材集めの依頼を出しましょう。企画書を回してください」
「ありがとうございます!」

 こうして、ブラット准将の承認のもと、UPC本部食堂より、ULTに新たな依頼がもたらされたのであった。
 『オセチの食材募集。正月グッズ提供歓迎!』

 ■

「キメラにもいろいろあるのかしら」
 執務室に集った能力者たちを前にアスナはそんなことを言い出し、当然のように返ってきたいきなり何を、という突っ込みに肩を竦める。
 それから彼女はコンソールを叩き始めた。
「ま、これを見てもらえば分かるわよ」

 ディスプレイに映し出されたのは、どこかの切り立った崖。
 崖の背後には森らしきものが見えるが、崖下は緑などまるでないいたって殺風景なもの――の、はずだった。

「――は?」
 能力者たちは目を丸くする。

 崖の――今すぐにでも下に落ちてしまいそうなほどの端を先頭に、ずらりと列を作って並ぶ乳白色の楕円体。
 その姿はどこからどうみても、白身と黄身から中身が構成されるアレである。
 ただし、大きさだけは明らかにただの食物としてのそれではない。ダチョウのそれを遥かに凌駕したスケールだ。
 ――と。
 どういう原理で動いているのかは不明だが、崖の一番端、つまり列の先頭にいたそれが――勢いよく、宙に身を投げ出した。
 崖の斜面にそって転がるのではない。本当に跳んだのだ。
 そして――。

「‥‥まあ、これがタマゴを模して造られたというなら妥当な話よね」
 宙を舞ったタマゴの――重力に逆らえなかった故の末路を見終わってから、アスナは溜息をつく。
 落下先の地面には大きな透明な粘膜の海と、いくつかの――中には潰れて歪な形になってしまった黄色いお月様が出来上がっていた。

「で、今回の依頼はこの――キメラを、一体でも捕獲することになるわ」
「それはタマゴのままでか?」
「当然。いくらなんでも、地面にへばりついた中身をおせち料理になんか使うわけにはいかないもの」
 つまりはこれもまた、オセチの食材募集の一環だという。ちなみに伊達巻きの材料になるのだとか。
 言われてみれば確かに、中身が地面について――かつあの膨大な量では三秒ルールも何もない。
「キメラは見ての通り殻に籠っているから、自発的に攻撃を加えることはできないみたいよ。――ただし、ある一瞬を除いてね」
「ある一瞬?」
「落下して割れる瞬間」
 ああ、という納得の溜息が洩れる。
 何せ割れる前の質量がとんでもないので、落下地点にはちょっとしたクレーター張りの窪みが出来上がっているのだ。
 もし落下軌道の真下で直撃を受けようものなら、能力者とてただでは済まない。まさに捨て身の攻撃である。
 それからアスナは、「ああ」と思いだしたように人差し指を立てて告げた。
「あと、もうチャンスは五回しか残ってないと考えてもらった方がいいわね」
「というと?」
「数日観察した結果、どうにも一日に五個くらいのペースで飛んでるらしいんだけど‥‥皆に行ってもらうことになる日に残っているのが、ちょうど最後の五個なのよね」
 曰く、高速艇等の都合がつかなかったのだから仕方がないらしい。

「それじゃ、頑張ってきてね」
 説明を終えたアスナはそう送り出す言葉を言ってから、ふと再度口を開く。
「にしても、飛び降りる最後の一瞬でしか攻撃できないとか‥‥キメラに対して言うのも何だけど、シュールよね」
「‥‥確かに」
 能力者の一人が微妙な表情で肯いた。

●参加者一覧

如月・由梨(ga1805
21歳・♀・AA
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
芹架・セロリ(ga8801
15歳・♀・AA
崔 美鈴(gb3983
17歳・♀・PN
エル・デイビッド(gb4145
17歳・♂・DG
鷲羽・栗花落(gb4249
21歳・♀・PN
アダム・シンクレア(gb4344
24歳・♂・FC

●リプレイ本文

●ポケットを作ろう
 巨大なタマゴ型キメラが目撃されるという崖の下に、能力者たちと二機のKVの姿はあった。
「卵キメラかぁ‥‥なんだか無駄に飛び降りるところを見てると無性に言いたくなる。もったいないオバケがでるぞー! って。‥‥シュールだなぁ」
 鷲羽・栗花落(gb4249)の言うことは至極ごもっともだった。
 出るとしたら、その飛び降りる姿を目撃した自分たちの前なのだろうか。それはシュールを通り越して嫌になりそうだ。
 エル・デイビッド(gb4145)は溜息をつく栗花落の横で、素朴な疑問を漏らす。
「‥‥卵‥‥ダチョウの卵とかはおいしいって言うし、大きい卵は皆おいしいのかな」
 ――まあ、捕獲指令が出るくらいだからそれなりではあるのだろう。
「それより――このキメラ、何を狙ってるワケ?」
 首を傾げるラウル・カミーユ(ga7242)。
 落ちることのメリットでもあったのか。
 崖下に攻撃対象でもいたのか――考察していくうちに、ひとつの推論にたどり着く。
「割れて腐って、その異臭でご近所サンに精神的苦痛を与えるのが目的とか!?」
 叫んでからラウルは思い出す。
 タマゴの腐った匂いと言うのは、硫黄臭に似ているということ。
 それはつまり――。
「暫くは、硫黄の温泉気分を味わえるかもしねないネ!」
「いやそれ、リフレッシュ出来ないでしょ‥‥」
 っていうかどうでもいい考察だ。今はまだその事態には陥っていないだけに。
 栗花落にそんな風に指摘され、
「タマゴの気持ちになれたら、空も飛べるかもしれないのにっ!」
 ラウルは即座に反論したものの――次の瞬間、
「うん、まぁどうでもヨイよね、確かに」
 転がるタマゴのようにコロッと立場を変えたのであった。

「――うん! たまごはお肉に入らない! 菜食主義者でも大丈夫。うふっ」
 芹架・セロリ(ga8801)はウーフーのコックピットの中でそう自分を納得させ、悦に入る。
 ちなみに所謂ベジタリアンはタマゴも食べないのが一般的なのだが、この少女の場合は『自称』なだけにそういうこだわりはあんまり考えていないようだ。
 悦に入っているセロリの元に、無線通信が入る。
『あー。テステス。マイクのテス。ロリ‥‥アバウトで良い。卵と地面の距離を教えろ』
 夜十字・信人(ga8235)の声だ。
 言われ、セロリは頭上――人型に変形したKVよりもずっと標高の高い崖を見上げる。
 その崖の上には――五個ずらりと並ぶ白。

 セロリからおおよその距離を伝えられると、
「ふむ。‥‥卵の質量をxと仮定し、地面への距離をyとすると、問題は重量か、こいつをγ、KVの全長を(α)と仮定し、xと‥‥ぶつぶつ」
 信人はノートと鉛筆を取り出して何やら真剣に計算し始めた。
 そして計算結果、発表。
「‥‥出来た。今月の食費は先月より少し高いな。見直さねば」
「何の計算!?」
 崔 美鈴(gb3983)がすかさず突っ込む。そもそも依頼で捕獲するキメラを食費として考慮する必要もない気がする。
「それより二人とも手伝ってヨー」
 少し離れた場所でラウルがスコップを振り上げた。

「働かざる者食うべからず、とは言いますが――」
 ディアブロのコックピットの中で如月・由梨(ga1805)は呟く。
「――それにしても、大きすぎでは」
 捕獲するタマゴ型キメラの全長は十五メートルだという。人型時はおろか、種類によっては飛行形態時のKVの全長もかなわない。
(「‥‥まあ、出来るだけ全部捕獲するつもりでいきましょう」)
 そんなわけで由梨が駆るディアブロは今、メトロニウムピックで以ってざっくざくと地面に穴を掘っている。
 既にここに墜落したタマゴ型キメラが作ったクレーターは、複数が同じような場所に堕ちたためか形が乱れ切っていたため、事前にセロリのウーフーがツインドリルで新たに捕獲用のポケットの大本を作った。今は由梨とセロリの二人がかりで、その穴の中の土を掘り出して更にポケットを深くしているのである。
 KVによる土木作業を行っているのは二人だけだが、他のメンバーが何もやっていないかというとそんなことはない。
「KVに完全に任せきりにするよりはネ」
 ラウルは既に割れて、かつ緩衝材としても使えそうにないキメラの一部をバケツに入れて運び出していく。
「フランス外人部隊に居た頃は、後方で土木作業をよくやっていたからな。任せて貰おうか‥‥」
 信人はそう得意げに言いながらスコップを振りかぶり――
「さあ、ロリ! せっせと穴を掘れ!」
 得意げに言った割には人任せだった。しかも命令形。
 しかし――しかし、である。
 信人は現在、生身。
 対するセロリはKV搭乗。
 ――信人の命令に返ってきた答えは、直前までウーフーが掘り返していた部分にあったタマゴの殻だった。
「カルシウムの塊だぜ、おいよっちー。邪魔だから食えよ」
 セロリは滅茶苦茶強気である。
 ただまあ、殻の欠片と言っても軽く信人の体格くらいはあるわけで。
 普段二人の間でいろいろあるんだろうなあ、というのが、他の能力者たちにも分かるワンシーンだった。
 
 ――その直後、だった。

「‥‥あら」
 KVのレーダーは、ワームは勿論キメラにも反応する。だから由梨は最初に気づいた。

『――こちらKV班。一匹目、来ます!』
「うわっ!?」
 生身のメンバーが慌てて作りかけの穴から飛び出す。
 キメラが飛び降りる間隔は一時間おき――だが、最初の一匹はいつ落ちてくるか分からない。
 ぶっちゃけタイミングが物凄く悪かった。
 ――目に見えて巨大だと分かる白が、崖上から空へと飛び出す。そして――落下。
「うわっ、ほんとに自分で落ちた。網破けませんよーに」
 一足先に逃れることが出来ていたエルが、空を見上げて念を込める。
 KV班の二人は時間がない状況でも、二人故に網を張ることは出来ていた。三枚まとめたので強度もそれにある。
 ただそれでも、それだけで完全にキャッチするのは無理だった。
 張った網に、キメラが全身を突っ込ませる。勢いも加わったその質量に、KVも思わず体勢を崩しかけたがこれは堪えた。
 そして、勢いを殺しきれなかったキメラの身体がバウンドし、網から離れる。
 ――タイミングが悪かった、というのは、生身のメンバーの準備が出来ていなかったからだ。
 バウンドした後のためにもう一枚網を張っておく手筈だったが、それが間に合わない――。

 ――ばきゃ。
 乾いた音を立て、乳白色の殻にひびが入る。
 中身がぶちまけられ、近くにいた一部の能力者にちょっとばかりかかることになった。
「ふぎゃ、なんかどろどろした粘液が出てきてるよ‥‥中身も卵かー、孵ったらどうなってたんだろ?」
 エルが疑問を口にする。
 そういえば謎だ。
 タマゴ自体がキメラなだけに、恐らくは何らかのキメラなのだろうが――そもそも飛び降りることを習慣にしているように見えるキメラだけに、そもそもそんな成長形など想定されていないのかもしれかった。

●今度こそ、捕獲に挑戦
 気を取り直して、作業再開。
 幸い、今度はだいたい一時間という時間があるのは分かっている。作業も半分以上は終わっているので時間に余裕はあった。
「あー、身体中がどろどろしてて動きにくいわ‥‥」
 先ほどの中身を被ってしまった信人が呻く。
「うふ、うふふ‥‥私、負けない。あの人のために‥‥」
 同じく被害を受けた美鈴に至っては何か目が危ない。
 このタマゴで作った卵焼きにいろいろ入れるんだと一人ごちる。何を入れて誰にあげる気なのだろう。
 誰にあげるにしても、今の彼女の目を本人が見たら寒気を覚えそうだった。

 ほどなくして、今度こそ作業が終わる。
 深く掘られた穴の底には、砂と混ぜ合わされた白身を緩衝材として突っ込んでいる。ちなみに先ほど捕獲に失敗したものも利用した。
「今月の食費‥‥うーむ」
 白身の残骸をふき取らない――ふき取れる環境にない――信人が、煙草をふかしながら思考し始める。
 視線が空に向いている辺り、彼もキメラを自分用の食材にしようと思っているのかもしれない。
「‥‥臭くなる前でよかったよね」
「ほんとほんと」
 栗花落とエルはそんな会話を交わす。
 もう少し時間が経っていたら、硫黄臭の漂う中で作業しなければいけなかったかもしれない――そう思うとちょっとばかりぞっとした。

 そんなこんなで、一時間がそろそろ経とうとしていた。
 今度は生身のメンバーもしっかり網を張って待ちかまえている。

 そして――再度、レーダーに反応。

 白が空へと舞い上がり、落下軌道へ。
『せーの!』
 タイミングを合わせ、由梨とセロリの機体が跳躍する。
 ――タマゴとぶつかりあった網は先ほどよりもさらに凹み、そしてタマゴの方はバウンドする。

「呼吸と心を今、一つに‥‥さあ、歌おう。何か、こう、心を一つに出来る歌を!」
 何の歌だ。
 信人の発言に全員が抱いた突っ込みはおいておき、生身メンバーが全員でバウンド先に網を張る――。
 網の幅はキメラの全長よりもやや短く、またバウンドによる回転の不安定さもあったが――それでも大分勢いを殺されていたこともあり、能力者たちが張った網に、斜めに収まった。
「やった!」
 栗花落が歓声を上げ、
「うひゃ、近くで見るとすごい大きさだねこれ‥‥オムレツ何個できるかな?」
 エルが再び素朴な疑問を口にする中、彼らは捕獲したキメラをゆっくりと地面に下ろした。

 ■

 その後、残り三体についても捕獲挑戦が行われた。
 結果は成功二、失敗一。
 成功した二回のうち一回は先ほどと同じ方法。もう一度は、KVだけでキメラの勢いを完全に殺すことに成功してポケットに収めたのだった。
 失敗は――KV班が使用した網の方が、三枚とはいえど繰り返しぶつかる質量に耐えきれなくなって破けてしまったからだった。
 生身班が使用していたものやポケットの下に設置していたものと交換するなどすれば、破けることはなかったかもしれない。

 ともあれ、捕獲成果は三体。
 すべてとはいかなかったが上々の結果といえよう。

●後片付け
「――あの卵一個で、何人分の卵酒が出来るんだろうな」
 ポケットとして利用した穴に大量の砂を入れ、KVで踏みならして埋めながら――セロリはそんなことを呟いた。
 未成年でしょう、君。