タイトル:【VD】逆ロシアンチョコマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/03/01 22:05

●オープニング本文


「はー‥‥」
 自身の執務室で、朝澄・アスナは憂鬱な溜息を吐きだした。
 季節はまさにバレンタイン。恋人たちの季節。
 そして、チョコ。
 いつの間にやら自分のうかがい知れない所にまで知られているようだけれど、アスナにも『本命』を渡す相手はいる。
 ――が、その前に大問題が勃発した。

「‥‥どれだっけ‥‥」
 呟くアスナの目の前の机の上には、無数の包装済みのチョコがある。包装紙は全て同じなわけではなく、かといって全てバラバラ、というわけでもない。
 そのうちもちろん本命は一個だけ。
 あとは同僚とか、馴染みの傭兵に渡す義理――のつもりだったのだけれど。

 ■
 
 アスナは一応自炊している。料理が苦手なわけでもないし、菓子が全く作れないわけでもない。
 ――ただ、今回のが失敗だっただけだ。
 いつどの段階で失敗したのか、心当たりがないのだけれど――。
 ともかく、全て包装し終わった後に余った分を自分で口にし、アスナは火を吐いた。

 これはまずい。まさかこれは渡せない。
 慌ててショップへ急ぎ、本命分と最低限の義理チョコを買って帰ってきた。
 ところが、だ。
 ショップには面白半分で『ただの』チョコではないものが大量に置かれており、急ぐあまりアスナはそれを大量に買い込んでいた。
 ということに気づいたのは、ようやく作業も終わりにさしかかった頃、ふとパッケージの材料を目にした時だった。
 意味がない。 
 それどころか、そのうちのいくつかは本命と同じ包装紙に包んだかもしれない。急いでいたあまり、その辺の記憶も曖昧だ。
 本命のがどれだか覚えていない辺りは完全に失策なので、どうにかしたいのだけど――

 ――そもそも処理するにはあまりに数を増やし過ぎた。

 こんな量を本命を探すためだけに処理しようものなら、自分の身体か、あるいは無駄紙の量が物凄いことになる。
 ――こ、こんな用事に使いたくはなかったけど‥‥。
 アスナは冷や汗をかきつつ、依頼文書をしたため始めた。

●参加者一覧

鳥飼夕貴(ga4123
20歳・♂・FT
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
紅月・焔(gb1386
27歳・♂・ER
HERMIT(gb1725
15歳・♀・DF
芝樋ノ爪 水夏(gb2060
21歳・♀・HD
八葉 白雪(gb2228
20歳・♀・AA
崔 美鈴(gb3983
17歳・♀・PN
郷田 信一郎(gb5079
31歳・♂・DG

●リプレイ本文

●兵どもが惨劇の跡
「アスナ! いえ、アスナ‥‥少尉! そこに座っ‥‥てください! お願いします!」
 凄んでいる割にはヘタレ口調の紅月・焔(gb1386)に言われ、今回の諸悪の根源であるアスナはおずおずと正座する。
「好感度が無機物以上であれば、俺の事は嫌いでも良い。よっちーにむふふ写真の提供をお願いしたのも謝る。殴られたがナ!
 でもネ? 男の夢を木っ端微塵にしてはダメ! イジメ格好悪い!」
 言っていることが割と支離滅裂だが、
「畜生、他人に説教したのは生まれて初めてダ!」
 どうやら説教だったらしい。ちなみにこの男、元警官である。
「今度から依頼文は正確に作ることっ! わかった!?」
 焔の隣で、こちらはまっとうな説教をするのはHERMIT(gb1725)。

 そんな、依頼が終わった後の光景。
 三人の横には――。
 もはやゲテモノに匹敵するモノを食べて悶死した能力者が、四人。
 ちなみになんとか説教をかました焔やHERMITも、説教するほどの気合が足りなければ恐らくこれに属していた。
 幸いそういった大ハズレには当たらなかったが、食べ過ぎて動けない者も一人。
 そして、大量の空き箱。

 ――会場となったアスナの執務室の中は、まさに死屍累々の様相を呈していた。

●僕らはまだ何も知らなかった
 約三時間前。

「紅月焔‥‥友の涙をこの背に背負い。男一匹ど根性‥‥紅月焔、参・上!」
 大事なことだから名前を二回言ったのか。
 アスナの『本命』である友人が参加出来なかった為、善意で代わりに来たらしい焔だけれど――。
「げっげっげ‥‥あえて名前は出さぬが、夜で十字な奴よ‥‥貴様のチョコは頂いた」
 ――その実悪意はたっぷりだった。
「恋する乙女が頑張ってるんだから、応援しないと。
 アスナさんの為にも、本命を見つけるよ、みんなで」
 こちらは純粋に応援する鳥飼夕貴(ga4123)の言葉に、
「ありがとう‥‥」
 アスナは今にもマジ泣きしそうな表情で肯いた。
「しかしこれは‥‥確かにすごい量ですね」
 横では芝樋ノ爪 水夏(gb2060)はその光景を見て唖然としている。
 執務室の机の上に出来上がったチョコマウンテン。
 高さにして軽く大の大人一人分くらいはあった。‥‥小柄なアスナがどうやってこれを積み重ねたのかは謎である。
 アスナが困っていると聞いてやってきた水夏だったけれど、ちょっとばかし心が折れそうだった。
「『ぎりちょこ』とかゆーのでも準備し過ぎた?
 アスにゃーのうっかりサンめ☆」
 ラウル・カミーユ(ga7242)はアスナを小突きながらそう言って笑う。
 ――アスナが「そ、そうね‥‥」と乾いた弱々しい笑いを浮かべることしか出来なかった理由を、この時点では彼らはまだ知らなかった。

 兎にも角にも、マウンテンを切り崩さなければ本命を探すことだって出来やしないわけで。
 甘いもの好きが集い、チョコ処理作戦が始まる。
「なに、変なものが入っていたとしてもチョコには変わらん。
 それに流石に食えん物は入っとらんだろう」
 ――少し訂正、郷田 信一郎(gb5079)のように、別に甘いモノが好きというわけではなく、バレンタインの空気にあてられたことが原因だった者もいた。
 信一郎は山からおもむろに、一番数が少ないという赤と白の縞模様の箱を取り出す。
「‥‥」
 包装を解き、パッケージを開いて――彼はなんだかイヤーな予感を感じた。
 匂うのだ。
 甘い香りが、ではない。
 ラッパのマークのアレの匂いがする。
 ――恐る恐る、口に運ぶ。
 味は、嫌になるくらいに予想通りだった。
 その横では、
「〜〜〜っ!? ちょっ、なにこれーっ!!」
 HERMITが軽く悶絶した後に叫んでいた。胃薬っぽい味がしたらしい。
 ――ここに積み重ねられたモノが如何に地獄への案内状であるか、ということを彼らが思い知らされたのは、まさにこの頃からだった。

 ラウルはただ一人、不幸にもそれを知るのが遅れた。
 理由は単純。他の七人が苦しみ始めた頃、彼はキッチンを借りて、量が最も多い黒パッケージのチョコを湯煎にかけていたからである。
 どんな味のチョコであるかも気にせず、じゃんじゃんと。
 ――当然ながら、湯煎にかけられたそれの味はよりやばいことになっていた。
 湯煎の影響は匂いにも波及し、不思議な香りがし始めたけれど――。
「‥‥ま、いっか☆」
 更に不幸なことにラウルはそれを気に留めず料理を続ける。

 そうして出来上がったチョコフォンデュやらホットチョコやらを携えて執務室に戻ってきた彼を出迎えた光景。それは、
「ぐぬあぁぁぁ!?」
 信一郎の絶叫と、
「‥‥このブロックチョコレート、最初はカレー味のチョコレートって面白いと思ったんだけど、カレーの風味が強すぎるかも」
 冷静に分析しつつ水に手を伸ばす白雪(gb2228)と、
「ふふ‥‥雄人さん何してるかなぁ? まさか他の女のチョコを‥‥」
 覚醒した後のイッちゃっている目でぶつぶつと呟く崔 美鈴(gb3983)と――早くも割と凄いことになっていた。
 ちなみに美鈴の手には包丁が握られている。
 更に言えば、その包丁にはパッケージごとチョコが突き立てられていた。
 彼女はこれを持ち帰り、意中の相手にあげるつもりらしいけれど――粉砕されたチョコブラウニーを、相手が喜ぶかどうかは謎である。
 それらを横目にしながら、ラウルは席につくとマイペースに手を伸ばした。
 茶色や赤のパッケージの包装を、丁寧に剥がして――現れた一見普通のチョコを食べる。
「何!? 砂糖の塊入ってるんですケド!?」
 ――ここにきて彼もようやく、山の正体に気づき始めた。

●未知なる味との死闘
 ここまで来ると流石に真意を隠し通すわけにもいかないらしい。
「とりあえずアスナさん。どういう事か説明して頂けますか?」
 水夏の笑顔には凄みがあった。
 う、と喉を詰まらせてから、アスナはおずおずと説明する。
「――事情は分かりました」
 水夏は小さく溜息をついた。
「別に隠さずに、本当の事を言ってくれても良かったのに。
 そう言う事情なら、ちゃんと手伝いますよ。主に焔さんが」
 言いつつ、その焔の前にずらりとパッケージを並べる。
「焔さん、頑張って下さい」
 また笑顔の水夏。
 焔は聞いていない。聞こえていない。
 今彼の脳内は黒パッケージで当たった死にそうなほどの辛さから逃れる方法を模索することで精一杯だった。
 ――仕方ない、とばかりにまた溜息をついて、水夏はまだ苦しんでいる焔を引っ張って部屋の隅へ。
「ただの口直しです。特別な意味は無いですから」
 ツンデレっぽくそんなことを言いながら、お手製のチョコケーキを彼に差し出した。

「‥‥何、このジンギスカンチョコって。ジンギスカン鍋の悪いところだけをひたすら集めて凝縮したような味。
 ――不味いにも程があるわ。白雪‥‥責任もって食べなさいよね」
 白雪の身体に宿るもう一つの人格――覚醒状態になったときのみ発現する真白は、思いきり苦々しい表情で言う。食物が胃を通ることになるのは白雪の身体だ。
 彼女――というか大半は白雪だが――他の面子に比べるとここまでは比較的まともなものばかりあたっていたけれど。
 それも所詮、運。
 次に手に取ったチョコは――
「こ‥‥これは―――」
 驚いた様子を見せつつ、
「うん、普通に不味いわね。すごく不味い」
 結局はそういうことだったりする。
 白雪の身体が悲鳴を上げ始めるのも時間の問題だ。

「こんなモノをバレンタインに送ったら‥‥ただの嫌がらせだよね‥‥」
 最初にハズレを引いて以来、山に伸ばす手が恐る恐るといった感じになっているHERMITが言葉を吐き出す。
 まともなものがまったくないわけではない。
 が、まともなものに当たって喜んだ直後にハズレを引くと落差が大きい。そんな言葉が飛び出るのも肯ける。
 彼女の横では信一郎が、
「明らかにチョコではないだろ、これは‥‥」
 黒こげになった何かの食感と味がするチョコを噛みしめながら、苦々しく呟いた。

 いくら甘いモノ好きとはいえ、黙々とチョコを食べ続けていては飽きる。
 ――それを回避するために、一部の者は口直しのためのものを持ってきていたわけだけれど‥‥。

「完全に色が信用出来なくなったよ‥‥」
 紅茶を一気に飲み干してから、夕貴はしみじみと言う。
 さっき彼が食べたのは、緑がかった色のチョコ。
 抹茶味かと思えば山葵味だったのだ。
 後はキャラメルっぽい色かと思えば、その実和辛子だったりもして。
 ――口直しが出来なければ、とうに挫折していておかしくない状況だと夕貴は思う。
 けれどそんな彼の口直しの飲料も、そろそろなくなり始めてきていた。

 一方、口直しとはまったく別の目的でモノを持ち込んできたのが約一名。
「見た目は悪いけど、きっと味は美味しいよね。ほら、女だって、見た目より中身‥‥って言うし♪」
 一気に幾つもパッケージを開いた美鈴はそんなことを呟きながら、ノリノリでチョコにモノをかける。
 コチュジャン、ソース、醤油、豆板醤、魚醤といった調味料から、キムチ、ひきわり納豆、めんたいこといったどっちかというとチョコよりご飯につけあわせるもの。
 そして何故かその白ご飯やりんごの甘煮といった、とても『かける』ものじゃないものもあるわけだけれど――持ってきた美鈴は当然そんなこと気にするわけもなく、次々とそれらを如何にもカオスな割合でチョコにぶっかけていく。 近くにいた信一郎や焔などはとばっちりを喰らった。自身が目の前にし、これから食そうとしていたチョコにまで美鈴のカオスアレンジが飛び火したのである。
「はい、召し上がれ♪」
 しかも美鈴はまったく悪びれる様子も――というか、悪気自体がないようだった。笑顔でアレな状態になったチョコを差し出す。
 ――当然二人が食したのは、それまでよりも一層アレな一品となっていた。信一郎に関して言えば、どちらにせよとどめの一撃だったのだけど。
 ともあれ、ノックアウト×二。

 ■

 まだ許容範囲――そんな風に自分に言い聞かせながらラウルは砂糖の塊入りのチョコを何とか食し、次へ手を伸ばす。
「‥‥」
 ものすごい酸っぱかった。酢の風味が強すぎる。そもそもなぜ、酢。
 甘酸っぱいとかそんなチャチなもんじゃなかった。もはや感想を口にする気にさえならなかったくらいに。
 まさか、この山の全部が――?
 恐る恐る手を伸ばした、三つ目のチョコ。
「‥‥うん、これはセーフ」
 たとえ中身のジャムが梅味だろうと、さっきの酢入りよりはだいぶましである。
 その後もいくつか何とか食したラウルは、考える。
 そろそろ口直しが必要だ――。
 ――そうしてお手製のホットチョコを口に含んだラウルは、すっかり油断していた。

 このホットチョコだって元はこの山にあったチョコ。まともなわけがない。

 しかも湯煎にかけられる中で、幾つものチョコの風味が混ざり合い――。
「――ぶほっ!?」
 結果、吹いた。
 甘苦しょっぱい。あえて形容するのなら、そんな味。
 しかもツブツブ入りのおまけつきだ。コーンスープじゃあるまいに。
 もはや自分で手を加えたものすら敵になりつつある――何となくそんなことを考えつつも、ラウルはもう一つの手製品であるチョコフォンデュに手を伸ばす。
 バゲットと合わせて食したのは、ある意味最後の希望のため。まさしくラスト・ホープ。
 ――が、そんなラスト・ホープはバゲットの風味を完全に食った、口の中に走る強烈な刺激に打ち砕かれることになった。
「アスにゃー、まともなチョコがありませーん‥‥」
 ラウルはとうとうぐったりとなってしまった。

 ラウルだけではない。
「胃薬‥‥い、ぐすり‥‥」
 HERMIT、夕貴、白雪――次々と究極的なハズレを引き、兵たちはぐったりと倒れ伏していく。
 最終的に残ったのは水夏と美鈴。
 二人とも運が良かっただけだけれど――強いて言うなら水夏は最初にパッケージの原材料を見ていて心の準備が出来ており、美鈴に関してはむしろ自分から地獄をより巨大なものにしただけあり、ある程度はへっちゃらだったということが要因としては挙げられる。

 味ではなんとかなっているといっても、量を食べればそれはそれで胃が悲鳴を上げ始める。
 水夏がそんな状態だった。口直しのチョコケーキももうない。
 これで次にハズレを引いたら――そんなことを考えながら伸ばした手が触れたチョコは、何だか今までと違う感じがした。
 包装紙を剥がして出てきたのは、茶色いパッケージ。原材料の記述がないということは、アスナの手製のようだ。
 パッケージを開くと――中にあったのは、ひとつひとつがハート型に作られた十個のトリュフチョコ。
「あ‥‥」
 覗き込んだアスナが声を上げる。
 ――実際の時間以上に長かった戦いが、終わりを告げた瞬間だった。

●惨劇の跡・二
「‥‥胃が痛い。よくもまあこんなに不味いものを集めたわね」
 真白は胃の辺りを押さえながら感想を述べる。
(「そう? 結構楽しめたけど」)
 脳裏に響く白雪の声に、真白は笑みを浮かべた。
「‥‥それにしてもこれだけチョコを食べたんですもの――明日の体重計が楽しみね」
 そう、体重計で絶叫を上げるのは白雪なのである。

 焔とHERMITの説教が終わり、礼を述べた後。
「急いで渡してこなきゃ」
 言うが早いか、能力者たちと一緒に執務室を出たアスナは廊下を駆けて行く。
 その背中を見つめていた信一郎は、食べている最中から感じていた疑問をぽつりと呟いた。

「‥‥本命、まともなのか?」

 ――――。
 その疑問に答えを出せる者は、いない。
 ――執務室前の廊下に、無駄に重い沈黙が流れた。