●リプレイ本文
「ねえ、どうするのー?」
突きつけられた問いに答えられずにいるアメリーに向け、コレットは声を張り上げた。
「バグアが嫌だって言って死んじゃってもいいけど、こっちは楽しいよー?」
笑みを張り付けて、言う。
「姉さんがキメラになったら、ずっと一緒に居られるしねー」
「でも、キメラになったら‥‥キメラにされた人は、そのことを何も覚えてないじゃない」
アメリーの言葉に、コレットは彼女に悟られないように小さく舌打ちする。
そういえばジャコブに対峙した面子の中にも彼女がいたというのだから、それくらい知っていて当然の話ではある。
ちょっと失敗した、と思いつつも、
「そんなの、うちの組織の技術が完成すれば――どうにでもなるよ?」
言ってのける。実際問題まだ完成には遠く、殆どブラフのようなものでもあったけれど――。
ある意味ではプロトタイプとも呼べるジャコブが、確かな自我を持っていることを知ったからだろうか。
アメリーの表情が、苦しみに歪んだ。
「姉さんは、何も知らないんだよー。バグアのことを、何も」
それはコレットをヨリシロにしたバグア自身の、アメリーに向けた皮肉でもあった。
そして彼女は悪戯っぽく笑ってから、歌声を紡ぎ出した――。
●迎え撃つは数多のルビー
森の中の細道を、五人の能力者が横二列の陣形を組んで駆け抜けていく。
「身内がヨリシロにな‥‥。作戦後の煙草が不味くなりそうだぜ」
そのうちの一人、夜十字・信人(
ga8235)は苦々しい表情を浮かべて呟いた。
最前列でその呟きを聞いていた秘色(
ga8202)は
(「もし‥‥わしの前に夫と息子が現れたれば、わしは迷うのじゃろうか?」)
そう自問自答する。
答えはすぐに出た――『否』。
秘色は知っている。
ヨリシロという存在は既に亡き者と姿形は同じでも、所詮は『真似ているだけ』に過ぎないということを。
そんなもので自分の心は揺るがないし、死者を愚弄しているという意味では我慢ならない。
――でも。
(「アメリー‥‥辛い思いをしておろうの」)
これから赴くべき場所にいるはずの少女のことを考え、僅かに目を伏せた。
直面している現実を、自分のように割り切るには十一という齢は幼すぎる。
――差し伸べられるであろう手が、彼女に届くよう。
「アメリー、何処におるのじゃ! 聞こえたら返事をせい!」
秘色が走りながら叫んだ矢先、
「来るぞ!」
信人とともに最前列にいたヒューイ・焔(
ga8434)が声を張り上げた。
狭い道の向こう側から迫る、異形。その数、二十。
『Vie de letoile』で生み出されたその姿は、全てバラバラだった。
傍目から見て組織にとっての成功作か失敗作かの判断はつかないが、先日ジャコブと対峙した際に彼から聞いたことを思い返すと――少なくとも生成されたモノの形としては失敗といえるのだろう。未だ完成には至っていないらしいが故の幾多の失敗の積み重ねが、新なる悲劇の連鎖を生んでいる。
そしてまた、今日も。
――それを止められるのは、能力者たちしかいない。
「‥‥往くぞ、夜十字。我らの前で、犠牲は出させんぞ」
普段と違う性格どころか、覚醒変化自体が大きく変化している紅月・焔(
gb1386)を見、後ろは任せた、と言うべく振り返ったはずの信人は目を見開いた。そういえばつい先刻、走っている最中に
「最近戦闘中の記憶がない」
と彼が口走っていたことを思い出す。どうやらこういうことらしい。
気を取り直し、信人は前を向く。
迫りくる異形から伸びる触手をいなし、狙いやすい胴体に天剣「ラジエル」を突き刺した。塗り壁のような巨躯故に、斬り上げて振り下ろすといった連続攻撃の合間に剣が上下に貫通することはなかったけれど、形容し難い、ただ悲鳴とは分かる咆哮から確かな手応えは感じられた。
横ではヒューイが狼の突進を身体を逸らしてかわし、彼の背後にいた秘色のショットガン20が火を噴いた。足を撃ち抜かれて機動力の落ちた狼の胴体を、前から秘色の蛍火が、横からはヒューイのハミングバードが切り裂く。
そのヒューイの眼前を、ルーシー・クリムゾン(
gb1439)が放った矢が通り過ぎる。
突き刺さったのは、ヒューイの側面を突こうと刃にも似た爪を振りかぶっていた三本足の異形の前脚だった。バランスを崩して前のめりに倒れ、その爪はヒューイの肩を僅かに掠めるにとどまった。そしてこの異形もまた、ヒューイと秘色によって叩き伏せられる。
不意に、能力者のいる辺りが日陰になった。
「上だ!」
不意に叫んだのは焔だ。
クルメタルP−38の銃口を向けた先には、翼を広げた大鷲。それがただの鷲ではないと分かったのはその巨躯と――舞い落ちる羽根。
「――っ!」
見た目はただの羽毛のはずのそれは、宙を舞って数瞬後には全てが刃と化して能力者たちに降り注いだのだ。地上からの攻撃もあって全てかわしきることが出来たは後衛のルーシーだけで、他の四人の衣服はいくらか切り裂かれ、血が噴き出す。
自身の傷に構わず、真っ先に大鷲の存在に気づいた焔が羽毛攻撃から一瞬遅れて発砲する。片翼を貫通し、キメラから噴き出した血が雨のように地上に降り注ぎ、続いてルーシーが放った弓がもう片方の翼を射抜くと、飛行能力を失いかけた大鷲はそれまでよりも激しく翼を振りながら大きく道を外れた森の中に墜落していった。その際に放たれた羽毛がまたしても能力者たちの身体を傷つけたけれど、今度はキメラがなりふり構っていなかったせいか仲間たる地上のキメラにも被害が及んでいる。
此処にいる多くの能力者たちが持つ自己治癒能力、活性化。
――まだ道の先が見えないほどに控えている数多のキメラを屠り、先に進むために――彼らは揃ってそれを使用した。
とはいっても、最悪自分たちは崖にたどり着けなくても構わない。
わざとけたたましい戦闘音を立て、叫ぶのは――出来るだけ多くのキメラをここに引きつけるためでもあるから。
●囚われたエメラルド
五人の能力者がいる、森の中を真っ直ぐ進む道。
そこから東側――右に弧を描いて進むルートには、八人の能力者がいた。勿論、こちらも全力疾走である。
「相手は強敵と聞く、気を引き締めて遣らねば此方が喰われるな」
時任 絃也(
ga0983)は言葉通り、気合を入れるべく走りながら拳を打ち合わせる。
「それにしても、なんとも嫌な手使いやがる‥‥」
ルイス・ウェイン(
ga6973)は吐き捨てた。
その呟きを聞いていた空閑 ハバキ(
ga5172)は、思考する。
デトロイトで『彼女』に出会ったあの時、彼女の姓を聞いてすぐに反応出来なかったことが悔しい。
悔しいことといえばもう一つあるけれど――これはアメリーに関することだし、仕方がないことだとも思う。
だから、その悔しさを晴らすためにも――。
――刹那、真中のルートの方面からけたたましい銃声と叫び声が入り乱れて聞こえ始めた。
「始まったか‥‥こっちも急がねえとな」
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は呟く。
走りながら、左手首に着けたブレスレットを見遣った。
最愛の姿で、声で誘われたら――。
アメリーが今置かれているであろう状態を自分が味わったとしたら、揺らぐかもしれない。
視線は再び前へ。
アメリーはどうだろう。
強い子であることは知っている。会わないうちに区切りをつけ、能力者にもなった。
けれど今のこの状況は、あまりにも彼女にとって厳しすぎる――。
そんなことを考えた時、
「‥‥前!」
リオン=ヴァルツァー(
ga8388)が敵の出現を告げた。
真中のルートに立ちはだかる異形たちとは異なり、こちらは大蛇が一匹だけ、道を塞ぐようにして待ちかまえていた。
「倒すまではどけてくれそうにないな‥‥」
雄人はそう言い、覚醒した。
可能ならば戦闘回避をも視野に入れていた者もいたけれど、敵の体躯からしてどうやらそれは不可能らしい。
戦闘、開始。
真っ先に動き出したのは雄人、ルイス、リオンといった前衛組だったけれど、攻撃を仕掛けたのは大蛇の方が先だった。
「危ねえな!」
大蛇の口から吐き出された粘液は、三人の前に撒き散らされ――みるみるうちに地面を溶かしていく。これを人間がくらったらと思うとぞっとした。
ただし、次に吐き出すまでにはやや大きなモーションと時間が必要らしい。長い胴体をのけぞらせた大蛇の頭は、上に向く。その代わりに動いた尾が三人を纏めて吹っ飛ばしたけれど、一発で倒れるほどのダメージにならなかったのはやはり目標を見ていない故か。
続いて肉薄した絃也の連打をまともに喰らい、クラーク・エアハルト(
ga4961)の銃弾が顔に命中したキメラは巨体を横に倒し、のけぞるように暴れ始める。
戦闘続行をやめて先に進んでもいいが、このままではこちらにも敵が接近してしまう。
のけぞる尾の被害を受けながらも、能力者たちは大蛇に止めを刺した。
更に進むこと、一分ほどして――。
あたしの好きな 赤い籠♪
ゆらゆら揺れて どこにいく♪
まるで嘲笑うかのような幼い歌声が、能力者たちの耳朶に響き始めた。
「この歌は‥‥!」
疾走しながら訝しげな表情を浮かべる能力者たちだったが――彼らの中で唯一、ハバキはこの歌声に覚えがあった。
デトロイトで耳にした歌。歌ったのは――。
何にも知らない 無知な鳥♪
籠に揺られて どこいくの♪
なおも続く歌声。
ある確信を抱いたハバキは、それに負けぬように――彼女に届くように。
「アメリー、聞こえるっ? 聞こえたら返事をして!」
走りながら、声を張り上げた。それによって他の能力者たちも、彼の抱いた確信が何なのかを知る。それと同時に、それまでひたすら隠密潜行で気配を消していたハイン・ヴィーグリーズ(
gb3522)が、一人ルートから外れて森の中に入っていった。
歌が途切れ、代わりに
「‥‥いるよっ。ここにいるっ!」
涙声の返事が返ってくる。
――間に合った。
切迫した表情を一瞬だけ緩め、すぐにまた表情を引き締める。
「相談して貰えなかった事、すっげー悔しいんだけど‥‥話は後で」
ハバキが口を開く合間にも、勿論彼を含めた全員が駆け続ける。
最初は緑の匂いに負けていた潮の匂いが、徐々に強くなってきた。今はもう木々の方が目立たない。
そして、
「ソイツの好きにさせるか、コレットの身体を眠らせてやるか、だ」
その言葉の直後――。
能力者たちの前の視界が開け、崖に立つ二人の少女の姿を目にした。
アメリーもまだ、崖に追い込まれた状態ではあるがその場にいる。覚醒はしていない。
けれど近づくにつれ、その表情は酷く不安定であることが分かってきた。能力者たちが現れたことに安堵したことを示すかのように口元では笑みを浮かべている一方で、そのアクアマリンの瞳は明らかに安堵や喜びといったものとは異なる理由で濡れている。
悲しみ? 恐怖?
それとも――。
――考えるのは、今でなくていい。
能力者たちが崖に到達したのを切っ掛けに、それまで背中を向けていたコレットが振り返る。
「此間はどーも」
デトロイトでも彼女に遭遇したハバキは、笑みを浮かべてみせながら蛍火の切っ先をコレットに向け突きつける。
あの時手酷くやられたとはいえ寒気はしないし、ましてや怖くもなかった。
――それは、後ろに控えている親友のおかげか。
しかしながら当然、コレットの余裕の表情は揺るがない。
「また会ったねー。何? 今度こそ死んじゃうー?」
「それは此方の台詞ですよ」
ハバキとは異なり、険しい表情を浮かべてクラークが吐き捨てる。
「生前のコレットが、アメリーをどう思っていたかは今となっては解かりません。
だから、偽者である貴様を生かしておく訳には行かない。
‥‥死者は死者らしく、眠っていてください。そして自分は、自分たちは、アメリーを救います」
言って、ドローム製SMGの銃口を構える。
その瞬間、能力者たちは潮の匂いの混じる風が不意に一瞬冷たくなったような感覚を覚えた。
――始まる。
「自分の身は自分で守れるよな、アメリー?」
ハバキが問う。
相手がコレットだからか、未だに動く決心がつけられずにいるらしいアメリーがそれでも惑いながら答えを返す、その一瞬前。
森の陰から乾いた銃声が響き、コレットの左肩が弾かれる――!
フォースフィールドで護られているとは言え流石に虚を突かれたのか、コレットの視線が森へと動く。
木々の陰に小さくハインの姿を捉えた刹那、肉薄する次なる気配に気づいた。瞬天速で接近していた絃也のローキックをその場に跳躍してかわし、宙に浮いたまま彼の鳩尾に向けナイフを二本零距離で投げようとして、止める。更に次の気配――雄人の存在を察知したのだ。
着地寸前に身体を捻るようにしてナイフを放る。炎を宿した拳と銀のきらめきが交差し、一瞬先にナイフが脇腹に刺さった衝撃により雄人の拳の力は緩んだ。けれども彼は動きを止めることなく、即座にナイフを引き抜いて捨てる。傷口から服にしみ込んだ血の処理など、後でいい。痛みに負けている場合でもない。
着地したコレットの指輪に不意に光が宿る。
その間に瞬天速で一旦離脱していた絃也が今度はスライディングを仕掛けた。雄人に気を取られていたこともあって判断が一瞬遅れ、跳躍したのはいいものの足の先を僅かに掠める。
絃也の身体がコレットの足元を抜け、再び雄人がコレットに仕掛けようとして――寒気を感じて一歩バックステップ。
遅かった。
二人丸ごと呑み込めるほどの質量が、絃也と雄人を同時に襲う。
「く――っ!?」
炎の中にぶち込まれたような熱。
二人ともに電流が消滅するまで耐えきったが、表情に苦悶の色が浮かぶのは避けられない。
一瞬の空白。
埋めたのは、ダメージを察して練成治療を絃也たちに向け連発し始めたアンドレアスと、ハバキ。
ハバキは身を躍らせ、コレットに接近を図る――が、不意に動きを止め、横へと跳んだ。
彼を迎撃すべく指輪に電流を宿し始めていたコレットは訝しげな表情を浮かべたが、すぐさま僅かに目を見開く。
――ハバキがいなくなったその場所の後ろから、リオンが突っ込んできていた。
■
リオンにとってアメリーは友達であり、心配と、そして今回に限って言えばちょっとした羨望の対象でもあった。
孤児でいると、家族への憧れは人一倍強くなるものだと彼は思っている。
だから、ヨリシロだと分かっていてもコレットに会いたいと願ったアメリーの気持ちは痛いほどに分かった。
だから――コレットの、彼女をヨリシロにしているバグアのやり方は。
「絶対に、許さない‥‥!」
■
七色の電気が耳障りな音を立てて奔流となり、指輪の主に迫りくるリオンに向け放たれた。一瞬遅れて再びハインの銃弾がコレットの肩を襲ったが、既に解き放たれた電流は目標を違わない――。
――けれど、リオンは避けなかった。
守るものなど無意味だと言わんばかりに、前に構えた盾越しに身を焼く電流。
ふと気を抜いてしまえば一瞬で意識を持って行かれそうだった。
それでも――彼の突進の勢いは、緩むことなく。
「う、ああああ――!」
「――っ!?」
まさか肉薄するとまでは思っていなかったらしく、リオンが目前にきたところでコレットは初めてサイドステップで突進をかわす。刹那、体力をごっそり持っていかれた状態で突進の目標を失い、崩れかけたリオンへ向かってアンドレアスの治癒の練力が飛んだ。
「アメリー!」
これまでの能力者たちの攻勢により、コレットの意識は完全にアメリーから離れていた。その隙をついて、ルイスが未だ立ち竦むアメリーを抱きかかえる。
ただしアメリーが崖の端にいたということは、そちらに行ったルイスも端の方にいるということだ。
「邪魔だよ!」
一瞬で我に帰ったコレットは、端側から森の方へ駆けようとするルイスへとナイフを投じる。
動く直前にアンドレアスにより練成超強化をかけられていたとはいえ、少しばかり避けるには無理があった。
――ルイスはあえて、崖の端から跳ぶ。
アメリーを抱えたまま落ち行く先は、海――
――とは、ならなかった。
「踏ん張れっ!」
崖の上でアンドレアスが叫ぶ。
コレットと遭遇する少し前に腰同士を繋ぎとめていたザイルが、今まさにルイスとアメリーの命綱になっていた。崖際に姿を見せたアンドレアスと雄人が、二人がかりでそれぞれ自身の腰に繋がれたザイルを引っ張り上げる。ルイスも岸壁に足を置き、アメリーを抱えたままバランスを整えた。
引っ張り上げられるルイスとアメリーの視線から、一瞬だけ七色の電流の端が見えた。次いで引っ張り上げている二人の背後でくぐもったうめき声が上がる。
「大丈夫!?」
「ダイジョーブ。行けるっ!」
ルイスの問いに崖の上で答えたのはハバキだった。電流の衝撃は確かに大きいけれども、彼はその発射までの僅かなタイムラグを見逃さずに虚闇黒衣を纏い被害をいくらか相殺したのだ。
ルイスとアメリーが崖の上に立ち、アンドレアスと雄人は再び己が役目に戻る。
が、どうやら崖から飛び降りた際にナイフが刺さっていたらしい。回復しきらなかった大蛇戦のダメージもあって、ルイスが崩れかける。
治癒の練力を向けたけれど、すぐには立ち上がれないルイス。それを見つめるアメリーに、アンドレアスは叫んだ。
「走れ、アメリー! 死に逃げるな!」
――お前が選んだのは、そういう道だ――!
アメリーは、ある意味では賢い子だった。
彼の言わんとしていることを瞬時に察し、覚醒。今度は自分がルイスを支える形でコレットと距離を取った。
「ふーん‥‥」
それを見たコレットは、覚醒と同時にアメリーが決めたことを真っ先に悟ったようだった。
「‥‥じゃあ、皆まとめて死ねばー?」
七色の電流を能力者たちが目にするのはこれで何度目か。まだ、彼女には余裕があるようだ。
崖の上の能力者の数が元に戻るまでに、絃也、ハバキ、クラークは時間を稼ぐべくコレットに攻撃を仕掛けていた。けれども三人、それに遠距離からの射撃を続けているハインだけでは波状攻撃も効果的にはならないのか、彼女の傷は未だ浅いのだ。それどころか何度も電流やナイフが三人を襲っていた。またコレットの攻撃は、時折アンドレアスや雄人にも向いている。アンドレアスが自分の練力のギリギリまで治癒を最優先して用いることがなければ、とうに誰かが倒れていてもまったくおかしくはない状態だった。
先ほどと同じように虚闇黒衣を使用しているハバキは兎も角、特に絃也とクラークの消耗は激しい。クラークは持ってきていた貫通弾も全て使用しきっていた。
アメリーの救出は済んだ。彼女に自分の意思も戻っている。
――撤退戦――?
能力者たちの脳裏にその単語がよぎり、実際ハバキが照明銃を放とうとしたその刹那――。
「間に合った!」
不意に背後から声が響き、続いてコレットの足元に数発の銃弾と弓が襲いかかった。ずっとここにいる八人の能力者のものでは、ない。
偶然ながらハバキが死角に立っていたおかげでコレットは増援に気づけず、直撃こそしなかったものの多少バランスを崩した。
戦闘開始時点からずっと崖の端に近いところにいた彼女だったが、今度降り立った地点はまさに端。
はっとしたのは、アンドレアスとハイン。
これで数度目になる、ハインによるコレットの左肩への狙撃。ダメージ自体はそう深くない、はずだった。
端に追い詰められた状況を打開すべく電流を放とうとしたコレットは――思いがけず奔った痛みに顔を歪める。
その一瞬の隙に――アンドレアスはエネルギーガンを、彼女の足元の地面に向け放った。
僅かに振動する、大地。
本能がそうさせるのか、痛みを味わった状態であるにも関わらずステップし避けるコレット。
その足元に、今度はクラークの銃弾が襲いかかる。
これもステップし、避けたかに見えた――が。
「‥‥あ」
その先に、足場はなかった。
●アクアマリンの慟哭
ヨリシロといえど、重力の重さを知ったからにはそれには耐えきれない――。
コレットの身体が、崖の上から消える。
制止を振り切って、アメリーは崖の端まで走った。
覚醒した状態だから、すぐに到着する。他にも数人の能力者が、彼女の後を追って崖の先端に来た。
未だ落ち往く軌道上に在ったコレットの身体。
その顔が、不意にアメリーの方を向いた。
馬鹿。
実際のところは風に負けて聞こえなかったけれど、嘲笑うような表情でそう言われたような気がした。
それはバグアとして向けた嘲笑なのか、或いはコレットとして言ったことなのかは分からない。
このまま海に沈むのか。
アメリーがそう思った刹那、
「やっぱ来やがったか!」
不意に影が差したことを不審に思い、空を見上げたアンドレアスが叫ぶ。
――鷹にも似たキメラが上空から滑空する。
能力者の存在を無視して、キメラはその背にコレットを乗せる。その前にアンドレアスが練成弱体からエネルギーガン、といったコンボを叩きこんではいたが、キメラの滑空の勢いは一人だけでは止められなかった。
――そのまま何処の空へ飛び去って行く、キメラとコレット。
覚醒を解いたアメリーはその場に蹲ると、
「‥‥どうして、なのかな」
そのすぐ傍にいたハバキとリオンにしか聞こえないくらいの小さな声で、呟いて。
それから更に背中を丸め。
――――あぁぁぁぁぁぁ――――ッ!
遥か遠くまで絶叫を響かせ、泣いた。
■
「無事に戻ったか」
「ああ‥‥」
雄人はラスト・ホープに戻ってくるなり、この件でいつも顔を合わせているオペレーターの元を訪ねていた。
「成果は聞いている。‥‥まあ、成功、といってもいいだろう」
「――でも、コレットを逃がしてしまったんだぜ?」
申し訳ない、と言いたげな表情を浮かべる雄人に対し、オペレーターは「ああ、いや」と首を横に振って見せた。
「それなら心配はいらない。
どうやらあちらさんも、コレットの行方は掴めていないらしくてな」
「‥‥は?」
「というか、それどころじゃない、と言った方が正しいんだろう」
オペレーターはそれまでよりも静かな声で、告げた。
「――奴等のしてきたことが、そろそろ公にされようとしているからな」