●リプレイ本文
●あの日の光をもう一度
太平洋上――。
小型輸送艇とガリーニンを護るよう囲いこむ、十機のKVの姿があった。
「一等星が三つか、配置的に少々歪だが春の大三角ってところだな」
セージ(
ga3997)は言う。春の大三角、というのは彼自身、叢雲(
ga2494)、そして彼の戦友であるヴァレス・デュノフガリオ(
ga8280)が搭乗しているシュテルン三機のことだ。叢雲は前衛哨戒、ヴァレスは輸送艇の左舷方向、そしてセージ自身は輸送艇の後に続くガリーニンの右舷方向に位置していた。
「局面を左右する決戦兵器。
切羽詰った人類が何をするか思い知らせてやりましょう!」
左舷側最後方には熊谷真帆(
ga3826)が駆る雷電が居り、彼女はコックピットの中で意気揚々と拳を振り上げる。
「切り札になるかもしれんブツ、か。
それは精々無事に届けねばならんだろうな」
リュイン・カミーユ(
ga3871)は言う。
『届けなければならないモノ』は、彼女から見ると左斜め後方にある――はずだ。
或いは今頃、全く別の空域からラスト・ホープを目指している可能性もあるわけだが。
「輸送任務‥‥FRに続いて二度目、ですか。
まぁ、相変わらずダミー‥‥でしょうけど」
昨年のことを思い出して、叢雲(
ga2494)は苦笑いを浮かべる。
それに対し、アズメリア・カンス(
ga8233)が溜息を吐いた。
「ま、たとえこちらがダミーであっても、しっかりと守らないとね」
「何はともあれ‥‥DRの成功の鍵を握るかも知れない任務か。
必ず成功させようじゃないか、各方」
「ああ。――希望の焔、握りつぶさせはしない」
榊兵衛(
ga0388)とリュインの言葉に、それぞれ回線越しに首肯を意味する返事を返した。
■
百地・悠季(
ga8270)にとって、G4弾頭に関して去来する思いは他の傭兵と少しばかり異なる。
名古屋防衛戦時――彼女はまだ傭兵ではなく、かの戦役の一被災者だった。
(「思えば一年以上前はこれに救われたのよね」)
ちょうど自らのディアブロの右側を航行している輸送艇にちらりと目を向ける。
ギガワームを沈め、あの戦いを終わらせるのに多大な役割を果たしたモノ――。
それが今は、ラインホールドを討ち果たすべくロシアへと向かっている。
(「‥‥今更だけど、切り札としては適役かしらね」)
なんとなく、そんなことを思った。
●見慣れぬ空を
ラスト・ホープを出発して二日。
太平洋上では散発的に戦闘が起こったものの――いずれも小型HWのみの編成やキメラなど、軍勢とも呼べぬほどの相手だった。
故に特に護衛のKVにも、もちろん輸送艇やガリーニンにも損傷はないままにロシア領土に入った。
基地での補給の間の、僅かな休息の時間――。
祠堂 晃弥(
gb3631)、それと深い傷を負ったまま任務に就くことになったヴァレスは、基地内の待機スペースにいた。ヴァレスに関して言えば、少しでも身体を休ませようという意味合いが強い。
付け加えて言うなれば、彼には傷以外にも悩むべき点がある。
先の任務で愛用していた武器を失ったことだ。
「――どうすっかな‥‥」
「‥‥まぁ、これでも食べて元気出そう」
そう言って晃弥が差し出したのはラーメン。
とりあえず今は、この任務を。
ヤクーツクへの道程は、まだ続いているのだから。
■
補給を終え、十二の機体は再度空へ飛翔する。
基地から離れて一時間程が経過した。
距離はまだあるが――補給以後はまだ敵影も捉えていない。
「今のところは順調――」
リュインが言葉を紡ぎかけた時、
「‥‥いえ、前、来ます」
叢雲の静かな声が響く。彼の機体のレーダーが反応を示したのだ。
(「さて‥‥何が出たものですかね」)
前衛にて、叢雲は未だ距離のある敵の機影を予測する。
――が。
「‥‥砲撃、きます!」
真っ先に迫ってきたのは、機影ではなくプロトン砲の歪んだ光だった。今まで見てきたプロトン砲とは似ても似つかぬほど、その光は力強く太い。
射程外射撃。真直ぐに伸びる砲撃は、哨戒班として他より前方にいた四機の間を抜ける軌道で迫ってくる。
仮に哨戒班がこのままの軌道で航行を続けても掠りすらしない。
そのことに違和感を覚え――そして、
「――あかん!」
「輸送艇は横に逃げて!」
烏谷・小町(
gb0765)とアズメリアが咄嗟に叫んだ。
ともに哨戒班である二人は、自分たちに当たらない――否、自分たちが狙われなかった理由に気づいたのである。
何故なら、傭兵たちが組んだ護衛の陣形では。
哨戒班の中間を抜けた先には、無防備な輸送艇とガリーニンが居る。
アズメリアの通信を受けて――輸送艇とガリーニンがともに右方向に旋回・離脱しようとし、砲撃がその後部を僅かに掠めた。だが輸送艇もガリーニンも、今のところは今後の航行に影響はなさそうだ。
胸を撫で下ろす一方で、傭兵たちは前方を見据えた。
「‥‥来たな」
兵衛が呟く。
――砲撃の前はレーダーでしか捉えることの出来なかった敵も、今は視界に入る距離にまで来ていた。
立ちはだかったのは、こちらに刃の切っ先を向けるような散開陣形を組んだ六機の小型HW。
そしてそれらに囲まれた、一機の見慣れぬ大型機体。
「あれは‥‥?」
誰かが訝しげに呟いた。
今まで目にしてきたHWというのは、大きさの違いはあれどどれも丸みを帯びたフォルムだ。
しかしその大型――恐らくHWだと思われる機体は、尖った形状だった。それは全体的なフォルムに限った話ではなく、機体から数本飛び出ている――武装かどうかは未だ不明である刃のような形状の部分からもイメージすることが出来た。
時をほぼ同じくした大規模作戦第一フェイズに出現したという、本星型のHW。その情報はまだ少ない。分かっているのは、その時はゾディアックの魚座が搭乗していたこと、そして攻撃を無効化したかのような強力なフォースフィールドを持っているということだけ。
だが、その能力はあくまで魚座が乗っていた機体がエース機だからという可能性もある。
回線越しの反応がないということは、相手はおそらく無人のはずだ。先ほどの砲撃こそ威力からいって間違いなくかのHWによるものだろうが――。
「――ともあれ、警戒してばかりでは始まらんな。祠堂、援護は任せたぞ」
リュインは後方の晃弥に向けそう言って、スナイパーライフルD−02の引き金に指を当てる。
引く。
小型HWのうちの一機に銃弾が直撃し、銃撃音が号砲の如く空に響き渡った。
「いけよ――ッ!」
忠勝と名付けられた兵衛の雷電から、数多のホーミングミサイルがHWの軍勢に向け放たれる!
狙いはまず小物掃討――そう決めてあっただけに目標選定は見誤らない。本星型も射程圏内にはあったものの今はそこにはミサイルを向けず、射程圏内にある小型HWにはその分多くミサイルが撃ち込まれた。全弾が綺麗に炸裂し、最初にリュインの射撃を受けた一機が早くも煙を上げながら高度を落として――爆散する。
小型に関しては、やはり今まで見たものと大差はない――。
そう判断した輸送艇直衛班は輸送艇をフリーにしないように注意しながら陣を動かし始めた。
それと時を同じくして、哨戒班とホーミングミサイルを耐えきった五機のHWが空中ですれ違う。哨戒班は本星型HWに狙いを定めていたし、その本星型だけを残して進撃を続けている小型HW群の狙いもどうやら輸送艇一択らしく、すれ違いざまに多少の牽制はあったものの互いに無駄弾を撃つことはなかった。
哨戒班と小型HWが完全に背中を向け合う格好になった――乱戦突入の兆し。
特攻まで仕掛けるつもりはないようだが、なおも輸送艇とガリーニンがいる方向へ砲首を向ける小型HWたちに向けて――。
「うまくいってくれよ‥‥」
晃弥が援護の意味合いの強いホーミングミサイルを撃ち、
「テメーらの相手は俺達だ。よそ見するんじゃねぇぞ?」
セージはそう叫ぶと、UK−AAMを放った。
二人の攻撃は続けざまに一機の小型HWに命中し、機体が揺らぐ。更に悠季のアハト・アハトのレーザーがそいつを貫いて、刹那の後に二つ目の爆発が起こる。
悠季は即座に兵装をレーザーガトリング砲に切り替えると、別のHWに連射を叩き込んだ。
レーザーの雨が止んだ後でそのHWの前に現れる、真帆の雷電。
反撃を試みたHWのフェザー砲は軽く横に動いた雷電を掠めただけに終わり、真帆はそのままの挙動を続けながら、
「この一発一発は明日を賭けた重い一発です」
高初速滑腔砲を連射した。――爆発、三度目。
その真帆と悠季のディアブロの近くにはヴァレスのシュテルンの姿。
「護ってばかりだが、落とされるわけにもいかん」
援護に専念するつもりでいた彼だったが――乱戦という状況では輸送機やガリーニンの姿を煙幕装置でくらますことは出来ても、自らに迫る敵の魔手を振り払いきることは難しかった。重傷故に咄嗟の判断力も落ちており、回避しようとしてもしきれずに重い体に更に負担が増していっていた。
悠季、そして縦横無尽に動き回るセージに助けられ、目の前にまで迫りつつあった一機を何とか撃墜したところで――ヴァレスは驚くべき光景を目にした。
哨戒班が相手にしているはずの本星型HWの砲首から真直ぐに放たれる、幾条もの光の柱――。
「プロトン砲の連射か‥‥!?」
それは哨戒班の機体を掠め、あるいは直撃してもなお乱戦模様のこちら側に向かってきていた。
当然小型HWも巻き添えを食らっているものの、それ以上に傭兵たちへの被害は大きかった。それまではほぼ無傷でいられたリュインや晃弥の機体にも決して浅くはない損壊を与えている。直衛班と小型HWとの乱戦に紛れる格好になったおかげで輸送艇とガリーニンに被害が及んでいないことだけが幸いだ。
だがこれだけの砲撃を受けているとなると、哨戒班の攻撃はやはり――。
考えたところで、一瞬――しかし致命的な判断の鈍りが出た。乱戦の空を貫くプロトン砲の光が、ヴァレスのシュテルンの下半分を撃ち抜く。
――駄目か。
そう判断するのに、今度は時間はかからなかった。撃ち貫かれた衝撃のせいで一度血を吐きだしてから、不時着の準備にかかる。
――不時着に成功し意識が遠ざかるまでの間、空中では更に『四度』、壮絶な爆発音が鳴り響いた。
そのうちの一度が悠季の機体のものだったと彼が知るのは、少しだけ後の話である。
■
「これがデフォルトやというんか‥‥!?」
驚愕の声を上げたのは哨戒班の小町。
哨戒班は射撃武器であればどれでも射程圏内に入るほどに本星型HWに接近していた。
既に四機による連携攻撃を数度試みているにも関わらず、本星型には未だ損壊らしい損壊を与えることが出来ていない。
考えられない可能性ではなかったが――『本星型』の強力なフォースフィールドは、エース機でなくても搭載されているものらしい。
まして大型だけあって性能も高いらしく、プロトン砲を――もちろんそれ以外の手段による射撃もしてくるが――連発してきている。今回の任務を受けた傭兵たちの機体の中では回避に優れている小町のディアブロ、防御に優れるアズメリアの雷電はそこまで損壊は大きくなかったが、兵衛や叢雲の機体の被害は大きい。まさか連発するとは思っていなかったであろう直衛班に至っては、どうなっているか分からない。
四機の中でも叢雲のシュテルンは特に損壊が激しく、あと一歩間違えば大破するといった状態にあった。
それでも戦闘を続けるにつれ、彼は確かな状況の変化に気づいていた。
最初の方こそプロトン砲を撃ち続けていた本星型HWの攻撃が、次第に多目的誘導弾やバルカンといったものに変わっていったからである。
フォースフィールドこそまだ張られているが――。このままなら。
「敵の能力も限界に近いようです‥‥!」
通信にてそう伝達し、そして自分はすぐさまG放電装置で本星型の動きを止める牽制を行った。
彼のその言葉は――長引きつつあった戦闘によって流石に疲弊し始めていた他の三人に、力を与える。
「エース機には及ばずとも、この『忠勝』とて幾多の死闘を潜り抜けてきた俺の鎧!
簡単に落とせると思うな!」
兵衛はそう叫び、スラスターライフルの引き金を引く。
吐き出される弾丸の雨は砲首近くに命中――はせずにまたもフォースフィールドによって無効化されたが、
「輸送機には手を出させないわよ」
次いでアズメリアが放ったアテナイの――もはや雨というよりも圧力に近い七百五十の弾丸は、ついにフォースフィールドを発生させずに命中した。
もっとも損壊を受けても、フォースフィールド抜きでも高性能を誇るらしく、更に放ったスラスターライフルは掠める程度で終わったが――その頃には、直衛班と小型HWの戦いには決着がついていた。本星型のプロトン砲の影響でこちらも長引いたが、既に空に小型HWの姿はなくなっている。
その状況を察知し、機首を翻す本星型HW。そこへ、
「無事に帰す気はサラサラない!」
叫んだ小町が追撃をかける。アグレッシブ・フォースを起動させ、スラスターライフルの照準を逃げるHWの中心に合わせた。
――この戦場に最後に鳴り響く、弾丸の雨の音。
そして、爆発音。
「‥‥あ」
煙を上げながらも、何とか小町の攻撃をやり過ごした本星型が彼方の空へと消えていくのを四人は見つけた。
撃墜まではいかなかったが、一目散に撤退していくその姿からはもはや戦闘意思は見えなかった。
●見慣れた空へ
離れたところにいた本星型に苦しめられることになった直衛班だったが、前衛二人、後衛一人の組を二つ作って輸送艇を護る、という作戦は小型HW相手には最後まで有効だった。結果として戦闘が終わった段階で輸送艇についた傷と言えば、最初に喰らったかすり傷程度で済んだのだから。
航行不能に陥った二機、そして重体になった悠季と、傷をまた痛めることになったヴァレスを搬送すべく一度基地に戻ってから、再度護衛を開始する。
次の作戦までの時間も押し迫っているため補給は出来なかったが――今度は何事もなく、八機のKVと輸送部隊はヤクーツクに到着した。
■
「‥‥やっぱり小型化はまだ無理だったそうよ」
どうやら本命は一足先に到着していたらしい。任務完了の報告にきた傭兵たちに、アスナは複雑そうな表情で告げる。
けれど、すぐに表情を和らげた。
「でも――貴方たちがいたから本命の方に向かうバグアの攻撃が減ったのも、確かな話よ。
――まだこの言葉を言うには早いけれど‥‥ひとまず、お疲れ様」
そう言ってアスナは、傭兵たちを労うのだった。